第六駆逐隊平均レベル、60。
あと時雨かわいい。
簡単に言うならば、それは阿鼻叫喚の如き恥辱であった。
長時間その動画を観ていた金剛は廊下をふらふらとした足どりで歩く。
あれに映っていたのは間違いなく自分ーー記憶を失う前の金剛ーーだ。彼女は執務室に入ったかと思いきや、勢いよく提督に向かって大きくジャンプして抱きつき、電探カチューシャを提督の頭にぐりぐりと押し付けている様なんて失神ものだ。
今の自分にはとても想像できない、スキンシップという名のじゃれあい。
あれではまるでバーニングではなく、ボンバーラブだ。
思い返すだけでも恥ずかしい。顔を覆い頭をぶんぶん振り回す。
その時偶然通りかかった川内姉妹たちに「頭大丈夫?」的な質問をされ、もう泣きっ面に蜂だ。
悶々とひとり木造りの廊下を歩き、やがて我慢できず頂点に達し、奇声をあげた。
「うに゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ !!!」
頭を抱えてガンガンと壁に打ちつけるその姿は、ヤバイ薬に手を出した者の典型的な症状のようだ。
しかし、金剛にさらなる不幸が襲い掛かる。
「……貴様、何をしている」
ちょうど向こうの角から現れたひとりの女性。
長い銀髪を惜しみなく垂らしていて、燃えるような朱いつり目。帽子を浅くかぶり、僅かに驚愕の混じらせた声で言ったこの人物を金剛は知っている。
ほんのつい最近、この鎮守府に着任したガングートだ。
事もあろうことか、何かと怖いという印象のそんな彼女に見られてしまったのだ。
これは、扶桑姉妹も驚きの不幸っぷりであることは間違いない。
「あ、いや、これは……」
「金剛型戦艦一番艦、金剛……」
「どうしてフルで呼ぶ……?」
依然ガングートは険しい表情だ。
ひやりひやりと汗が背中を流れるのを感じる。
「まるで覇気が感じられんな。貴様それでも戦艦か?」
「……」
「まあいい。記憶喪失だとか言っていたな。知ってるとは思うが、つい最近着任した身だ。私としては、はやく前線に立ちたいものだが……って聞いているのか?」
「へ? ああ、うん」
壁に手をついたままの金剛は我に返り、空返事した。
すると、ガングートが突然何かを思いついたようで、「そうだ」とひとり呟いた。
「金剛よ、私を提督のところに連れて行ってはくれないか。まだ数回しか顔を合わせていないからな。なに、親睦を深めるためだ」
「いいよ」
「ありがたい」
できるだけ何事もなかったように澄まし顔で姿勢を正すと、金剛は凛々しく、そして美しくガングートを案内し始めた。
全てはさきほどの失態を自分の記憶から抹消するため。ナニモミテマセンヨネ? という意味も込めて。
金剛とガングートがいるのは本棟から離れた別棟。その二階。距離は遠くなく、むしろ目と鼻の先だ。
あっという間に本棟に入ると、エレベーターに乗り込んだ。
「もうこの鎮守府の地図は頭に入っているのか?」
「もちろん。この一週間近くはいっぱい歩き回ったけどね」
思い返せば、半分以上が妹たちに車椅子を押してもらって、だが。
ふと、今ごろ妹たちは何をしているのか気になった。
(たぶん)少し金剛にお熱な彼女たちだ。それは金剛自身もある程度理解している。ずっとべったりくっついて離れない、磁石のような存在。
もしかするとどこかでストーキングされているのかもしれない。
別にされても嫌ではないが。
上りたい階層のボタンを押し、閉のボタンを押す。
ゆっくりと閉まっていくドア。
しかし、その隙間から……。
「待ってくださあああぁぁぁぃーー……!!」
ひとり、全速力で駆けてくる少女。
灰色のポニーテールをぶんぶんとプロペラのように振り回し、必死の形相だ。
その顔に圧倒されて、金剛は反射的に開のボタンを押した。
ゆっくりとドアが開き、そのギリギリの隙間を縫いわけ、スピードを抑えきれずに中に飛び込んできた。
ーーガングートの胸へと。
「へぶしッ!!」
その衝撃、無きに等しく、むしろ柔らかな弾力に彼女ーー瑞鳳ーーの顔は包まれる。
気まずいのか、瑞鳳はそのまま動くことができない。
金剛にはその心境がよく……とてもよくわかる。あわよくばこのままカッコよくムーンウォークでもキメて、何のハプニングなど起きてない、と自己暗示すらかけたい気分だろう。
「……おい、貴様」
「……」
ガングートは無言のまま腕を伸ばし、瑞鳳の頭をがしりと掴んだ。
ああマズイ。とてつもなく気まずい。
金剛はこの場から消えてしまいたい衝動にかられるが、不幸かな、ここはエレベーターの中だ。
「私の故郷なら銃殺刑ものだぞ」
そう言いながら胸から引き離す。
「……ごめんなさいいぃぃ!!」
「悪気があったわけではないからこれ以上は言わないが……次はないぞ」
おそろしく怖かった。
瑞鳳はもう涙目だ。
ガングートが本気で怒っているわけではないのはわかるが、それでも威圧というか、恐れというか……とにかくそういうものを感じた。
ガングートがぱっ、と手を離す。
痛そうに瑞鳳が頭を抱える。
「ふんっ、軟弱だな」
鼻で笑うと、金剛に執務室の階層を聞いてさっさと三階のボタンを押した。
それに遅れて瑞鳳が屋上のボタンをおずおずと押す。
「屋上? 何しに行くの?」
屋上とは珍しい。まだ金剛は行ったことがないが、どんなものか興味がそそられる。
きっといい風が吹いていることだろう。
「ああ……はい。お弁当を食べようと思いまして」
手に持った弁当箱を上げる。
包みがなんとも可愛らしい。緑色の水玉模様だ。
金剛が可愛いね、と言うと瑞鳳はえへへと笑う。
「ひとりで?」
「今日はなんとなくそんな気分でして……」
「あれか、ぼっちというやつなのか?」
「違いますよ!」
ガングートの率直な言葉に瑞鳳が耳を赤くして否定する。
そうしている間にもエレベーターは上昇し、やがて目的の階に着いた。
「金剛さんたちは執務室へ?」
降りようとする金剛たちの背中に声をかけられ、後ろを振り向いた。
「え? そうだけど?」
「提督なら今食堂にいますよ? 昼食には少しはやいですけどね。たぶん……島風ちゃんと食べてますね」
とんだすれ違いだ。
せっかくここまで来たというのに、戻らないといけないのか。
ガングートには悪いことをしてしまった。
「そうなんだね。ありがとう瑞鳳」
「いえいえ〜」
そう手を振りながら言って、残った瑞鳳は屋上へと上っていった。
「ごめんねガングート。戻ろうか」
「チッ……仕方ないか」
執務室はすぐ向こうに見えている。
しかし、提督はそこにはいない。
ガングートもガングートで、提督といい瑞鳳といい、苛立ちが溜まってきているようにも見受けられる。
果たして今日の占いはナニ吉だったろうか。きっと自信満々に金剛はこう言える。凶だと。
ドミノのように連鎖する不幸の連続に、戻ってきたエレベーターにガングートと乗り込んだ金剛は心の中で声を大にして嘆いた。
◆
「提督さん、おっそーい!」
「島風、はっやーい!」
「……提督さんが言ったらなんだか気持ち悪いですよ?」
「……悪かったですネ」
とうの昔に食べ終えた島風が提督の肩を大きく揺さぶる。
おかげさまでろくに食事が取れない。箸で掴んだコロッケが、カオスなことに味噌汁の中に入ったとき、顔面蒼白になった言うまでもない。
そして食べ物を粗末にしてはいけないと、あのふやふや、ふにゃけたコロッケを食べたのは泣いた。
食堂は現在、とても空いている。ちらほらと時雨や足柄などがいるが、それだけだ。
……と思ったらまさかの江本がいた。
ひとり寂しく食べているのかと思えばほうなことはなく、むしろその逆だった。
睦月型の子たちに囲まれ、そこだけ騒がしい有様だった。
時々「にゃししぃ」と聞こえる。
なるほど、日々文字通りヤバイ仕事をしている彼にとっては癒しであり、心の拠り所なのかもしれない。
「はーやーくぅー」
「……」
すでに皿の返却も終わらせた島風がピーピー騒ぎだす。
「お前には『ゆっくり』って概念はないのか?」
「ない!」
「さいですか」
提督は再び箸を動かす。
しかし、じっと島風に見つめられながら食べるというのはなんだか気恥ずかしいものだ。
「そんなに見つめられたらあんまり集中できないんだけど……」
「気にしないで!」
「うん、する」
ちらりと江本のほうを一瞥すると、偶然にも目が合ってしまい、江本はにやりと口角を上げた。
あんなやつは無視だ無視、と提督は即座に視線を外し、八つ当たりをするように一気に残りのコロッケを食べ、味の変わった味噌汁をごくりと飲み、白米をガツガツ箸でかいだ。
「提督、はっやーい!」
「……ふっ」
立ち上がり、皿を返却しようとした時、誰かに呼びかけられた。この声はほぼ間違いなく金剛だ。そう結論づけて声のしたほうを向いた。
確かにそこに金剛はいた。
こちらに大きく手を振っている。提督も手を振り返す。
「意外だな」
「なにがですか?」
「ガングートと金剛のふたりきりっていうのが」
ガングートは血気盛んな性格だ。
思ったことをストレートにぶつけるし、何かあるごとに銃殺刑銃殺刑とうるさい奴だ。
それは別にガングートの特徴と言えば済ませられるのだが……どうも彼女には相手を見下す悪い癖がある。
金剛が記憶喪失となった次の日に着任したのだが、提督に対する第一声が「貴様が提督というやつか」だった。そしてあの目。あれは品定めをするまでもなく、一方的に下に見る目だった。
提督は寛大だから見逃したが、いつかはきちんとたたきこんでやらなければならない。
ここしばらくは金剛の対応に忙しく、構ってやれないのは申し訳なく思っている。
提督の唯一の危惧するところは、他の艦娘との衝突だ。
そんなガングートが金剛といるのだ。
見たかんじでは仲が悪そうには見えなかったからひとまず安心し、ふたりが寄ってくるのを待った。
「こんにちは、提督」
「ん、こんにちは。ガングートもこんにちは」
「うむ」
ガングートはひとつ頷くと、提督と島風の前の席にドカッと座った。
金剛はガングートの隣に座る。
「お前があいつらを置いてくるなんてな。よく許してくれたもんだ」
「話せばちゃんとわかってくれたよ」
「そうか」
そんなわけない、と提督は我ながら酷いと思いながらあいつら……比叡とか加賀のことを考えた。いやもしかすると加賀は引き下がるかもしれないが、重度のシスコン3人組は絶対に引き下がらないだろう。絶対。
「んで? どうしたよ」
「私は特に何もないんだけど……」
ちらりと金剛がガングートの方を見る。
金剛ではなくガングートが、というわけか。
「貴様は一応私の上司ということだから、最低限のコミュニケーションは取ろうと思ってきた。ただそれだけだ」
どこかの曙みたいにツンデレ属性ではなく、ツンツンを超えてツンツンツンな属性だ。
「だから何か話せ」
「とんだ無茶ぶりだなおい」
「提督ならばそれくらいやってみせろ」
「……提督って万能なんだな」
「ね、ねえガングート。食堂に来たんだから、どうせだしお昼食べようよ」
嬉しい助け舟だ。
金剛に連れられて間宮に注文しに行くガングートの背中を見ながら、提督は太くため息をついた。
ここ最近でとても疲れた。有給休暇が欲しくてたまらない。
金剛の記憶喪失についての大本営への報告。そしてその返事の対応。大和型の建造。……もちろん蜘蛛のこともある。
ガングートが根は悪い奴ではないのはわかっている。そもそも艦娘たちはみんないい子だし、欠点さえなんとかできれば長門や日向と仲良くなれそうだ。それこそ建造できればの話だが武蔵なら素晴らしい友になれるはずだ。
「私、もう行くね。ガングートって人、苦手かもしれなーい。じゃあ提督、また後でー!」
ずっと静かだった島風は立ち上がると、そばにいた連装砲ちゃん達と一緒に食堂を出て行った。
さすがは速きこと、島風の如しだ。
「おまたせ、提督……ってあれ? 島風は?」
しばらくすると金剛たちが戻ってきた。
キョロキョロ見回すが、とうの昔にいなくなっている。
「あいつなら今さっき行ったわ」
「残念だなぁ。話したかったのに」
ガングートは大盛りのカレー。……しかし、金剛は小さなおにぎりふたつだけだった。
「貴様、それだけで足りるのか?」
不思議そうにガングートに尋ねられ、金剛は苦笑いを浮かべた。
「まあ、ね。そんなにいっぱい食べられないから。全然運動してないのも理由だけど。これでも前に比べたらだいぶ食べられるようになったんだよ!」
そう言うと、エッヘンと胸を張った。これを喜ぶべきか悲しむべきか。
「そんなのでは戦いに出ても力なんて出ないぞ」
「そうだね」
「食欲がなくても食べれるだけ食べろ。基本だ」
「私を心配してくれてるの?」
「多少はな」
「嬉しいな。ありがとう」
「……ふん」
提督はいつの間にか江本がいなくなっているのに気づいた。通りで食堂が静かになったわけだ。睦月型の子達も全員いなくなっている。
「そうだガングート」
「ん? なんだ」
提督に話しかけられたガングートは食事の手を止め、水を飲んだ。
「ロシア出身だよな? ならちょうどいい。ここには響がいる。どうか仲良くしてやってくれないか」
「そうなのか? それは私としても嬉しい。是非そうさせてもらおう」
響と仲良くなるのはもちろん嬉しいことなのだが、必然的にいつも一緒にいる暁と雷との仲が心配だ。何も起こらなければいいが、と素晴らしいフラグを提督は立てる。
こうして、提督と金剛、ガングートの楽しい食事は続いた。
◆
カサカサ。
カサカサ、カサカサ。
「マイクチェック。……パーフェクト。さすが私ね」
3人は気配を殺し、誰にも気付かれず、そして無音にて。
全ては己が姉を求め。己が姉を見守るため。
……例え姉に同行を断られようとも。
コードネームHIEIの手には青葉から借りた双眼鏡。
コードネームHARUNAの耳には青葉から借りたヘッドフォン。
コードネームKIRISHIMAの手には青葉から借りたヘッドフォンに繋がった集音マイク。
シスコン3人組は、今日も平和であった。
ガングートいません。
長門いません。
艦娘保有数、基本97。ヤバイ。
評価してくださったシュツットガルトさん、ありがとうございました!