なくならないもの   作:mn_ver2

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夏イベ始まりましたね!
さっそくですが、E2のフラヌ改に毎回ボコられて沼りました!泣
目標はとりあえず完走。資源は5万程度なのが心配です。

それでは新章、突入。


My Teacher
邂逅


「おおおお……」

 

 工廠で提督はこれまで蓄えに蓄えた資材の山の前に感嘆を漏らす。

 この時をずっと待っていた。この時のためにどれだけの出撃海域の制限を行い、遠征に徹してきたことか。今となっては懐かしいほど。

 それは恐れであり、不安であり、またそれらを上回る期待でもある。

 

「提督、本当にいいのですね?」

 

「ああ……」

 

 隣に立つ明石が誇張して尋ねる。

 それもそうだ。これまでずっと「……しませんか?」と尋ねると、まるで重い病のように頭を抱えて呻き出すのだから。そして今日。錆び錆びのブリキの首に油がさされ、ついに縦に振ったのだ。

 提督はどのような結果だろうと受け入れてみせるメンタル強化はすでに行っている。あとは妖精さんたちを信じ、託し、膝をついて手を合わせ、深く祈ることしかできない。

 提督は目を瞑り、片手を強く握め、めいっぱい力を溜めてから拳を上に突き出した。

 

「ーー大型艦建造の時間だああぁぁッ!!」

 

 ◆

 

「改めて、金剛型高速戦艦、一番艦、金剛です。よろしくお願いします」

 

 これは金剛の決意表明の次の日の朝の集会。

 グラウンドに集められた艦娘たちや職員たちの前で、金剛はマイクを握り、今一度自己紹介をした。

 

「皆も知っていると思いますが、私には記憶がありません。今ここにいる全員との記憶がありません。艦娘として戦っていた記憶もありません。それでも……私は、私の理由のために戦うことを決めました」

 

 皆が静まり返り、顔を上げて金剛の話に聞き入る。

 

「今の私はかつての頼り甲斐のある『金剛』ではありません。何も知らない、非力な金剛です。それでもこの私を……明るく接してくれるととても嬉しいです。どうか……どうか、よろしくお願いします」

 

 そう言って、金剛は深く頭を下げる。

 しん……、と静まる艦娘達。

 しかし金剛はなおも頭を下げたままだ。

 この時、金剛には恐怖があった。他の艦娘たちが自分をどう思うのかが怖くて仕方がなかった。もちろん好意的に接してくれた子が多かったが、まだ全員と接したわけではない、中には以前の金剛との変わりように失望する子がいるかもしれない。だがどうしようもない。

 そんな行き止まりな関係になるのが堪らない。

 ようやく金剛が頭を上げようとした、その時。

 隣に立っていた提督が金剛の手からマイクを取った。

 

「……お前らは金剛のことをどう思う? 受け入れられないか? 邪魔か? 消えてほしいか?」

 

 提督の思いにも寄らない言葉に一同の顔が強張った。

 

「金剛はな、悩んで悩んで、ギリギリまで本当に悩み抜いて! それで艦娘として戦うことに決めたんだ。これが金剛の決断なんだ。……いったい誰が否定できる? 唯一無二の、金剛の意思だぞ?」

 

 提督が熱く語る。そして、小声で金剛に「顔を上げろ」と促す。

 金剛はゆっくりと顔を上げ、周りを見回す。たくさんの艦娘。そして職員。今度はその表情を目に焼き付けようとした。

 

「俺たちは、仲間を大切にする。そういう奴らだ。戦い? できないのならできるようになるまで俺たちが一から千まで手取り足取り教えてやればいい。ただそれだけのことだ。金剛を歓迎しよう、と心から思う奴は拍手してくーー」

 

 するとどうだろう。

 提督の言葉を邪魔してまで皆が割れんばかりの大きな拍手したのだ。それはグラウンドだけにとどまらず、鎮守府全体にまで轟くほどに。

 身体が震えるような音に、金剛は感極まり、目頭に涙が浮かんだ。

 

「どうだ金剛。どうやら皆、お前のことが大好きなようだぞ?」

 

「とても嬉しいです。ありがとう……ございます……!」

 

 指で涙を拭い、笑顔を浮かべる金剛。

 ーーそれを、比叡を筆頭としたお姉様大好き大好きシスターズと青葉は見逃さなかった。

 前者はたっぷりと脳内の『金剛』ファイルに厳重保存し、後者は迅速にシャッターを切った。その用途は言わずもがなだ。

 こうして、金剛の新たな『人生』が始まる。艦娘としての金剛の、がだ。そして深海棲艦との戦いが同時に、これまで意識の希薄だった金剛に根強く絡まってくる。

 その果てに何を見、何を考え、何を導き出すのか。それはこれからの金剛次第だ。

 

「ん。金剛の件はこれで終わりだな。話が変わるがふたつ、俺から伝えておかなければならないことがあるからよく聞いてくれ。どっちも重要なことだ」

 

 相変わらずの唐突な切り替わりようだが、『重要』という単語に反応して皆の態度が一変した。

 

「まずひとつ、この鎮守府に新しく艦娘がふたりやって来る。ひとりは他の鎮守府から。もうひとりは建造でだ」

 

 どよっ、とグラウンドがざわめく。

 つい最近ガングートが着任して間も無い中、再び新しい艦娘と会えるのだ。新たな戦力の増加に川内が「太っ腹っ!」と声を上げる。

 まず始めることは練度の上昇だろう。前者はどれほどかわからないからなんとも言えないが、後者は明らかな新米だ。ガンガン演習などに引っ張りだこになるのが容易に想像がつく。

 みるみるうちに力をつけるその様子を見られるのがなんとも達成感の感じられるものだ。

 

「他からやって来るほうだが……あーー、うん。性格というか人格に難があるからそこはどうか理解してほしい」

 

 言葉を濁しながら話す提督。

 人格とは深く言ったものだ。艦娘にはそれぞれ個性がある。例えば『時雨』を例にあげる。各々の鎮守府にいるいないは目を瞑る。時雨は時雨であり、その姿、体型、言葉遣い、基本装備、そして根本的性格などは全くの同一である。しかし、ひとりひとりよく観察すると微妙に異なる点がいくつかある。右利きの時雨がいれば左利きの時雨もいる。アウトドアな時雨がいればインドアな時雨も……。

 まるでパソコンのように、初め与えられるアプリは同じだが、使う人物、環境によって様々な特徴を持つようになる。

 その中で提督は『人格』と言ったのだ。どういった意味だろうか。

 

「馴染むのは下手しぃ無理かもしれないが、そこは皆の努力次第だ。まあ頑張れ。最後に建造で来る艦娘だがーー」

 

 もはや慣れた。提督の適当な性格に。投げやりな言葉を紡ぐと提督はそっと目を閉じ、開いた。

 

「ーー喜べ、大和型でち。しざい……? しらないこですね」

 

 あまりにレベルの低い提督の言葉に皆がズッコケた。

 うんうんと頭を抱える提督が、きっとこれから消費される莫大な資材の量に四苦八苦されるのは間違いない。

 

「とまあ、場の雰囲気を和ませようとしたんだがどうだろうか? ……エッ、つまらない? これは泣いたな」

 

 隣の金剛に耳打ちされ、悲しい評価に提督があからさまな嘘泣きをしてみせた。

 これでは重要な話をすると言ったくせに、それが嘘のように思えてしまう。

 ごしごしと袖でない涙を拭うそぶりを見せ、提督はマイクを持ち直す。

 

「……」

 

 しかし提督は何も話さなかった。

 ガヤガヤと話し声がたむろする中、提督はただじっと立っていた。

 

「……」

 

 提督は何も話さない。

 

「……」

 

 提督は何も話さない。

 

「……」

 

 提督は何も話さない。

 いつしかグラウンドは静まり返り、物音ひとつ立てることすら許されないような空間と化していた。

 艦娘も、職員も提督の沈黙に、息をするという行動を禁止されたような錯覚を覚え、息苦しさを少なからず感じていた。

 金剛にはそんな様子がよく伺えた。金剛はどちらかというと提督側だから、皆の雰囲気が変わりゆく様を眺めていた。

 しかし流石にこの沈黙は長すぎる。

 金剛が提督にそのことを言おうとした、その時。

 ようやく提督は口を開いた。

 

「……ふたつ目だが、これはおふざけなしでいくぞ。新たな深海棲艦が発見された。すでに何人かは知っているが、そこらの特異個体とはさらに異質なヤツだ。こいつは知性が遥かに高く、おそらく俺たちよりも高い可能性すらある」

 

 思い起こすは蜘蛛に弄ばれた屈辱。

 そのどこにもぶつけることのできない激しい憤りをあの3人は密かに感じているはずだ。

 危険。あまりに危険だ。蜘蛛はこれまで戦った、一定時期になると出現する特異個体の強さが10だとするならば、『戦力的な評価を抜きにして』たやすく50は上回るだろう。言わばこれは知性面での話だ。他の要因も付け足せば……。

 謎のベールに包まれた蜘蛛。果たして今、何をしているのだろうか。

 

「これから遠征を徐々に減らし、出撃を増やすつもりだが、ひとつだけ約束して欲しいことがある。これは提督としての絶対命令だ。……蜘蛛を見つけた瞬間、その報を鎮守府に送り、ただちにその場を離脱して全速力で帰ってこい。あらゆる任務を放棄してでもだ。そして帰り次第、我が鎮守府は戦闘配置につき、付近の住民の避難をさせ、24時間体制で警戒にあたる」

 

 皆、黙って聞き入る。

 

「よし、これでお知らせは終わりだ。たぶん今日中に新しい艦娘を紹介できると思うから楽しみにしとけよ。あと、17時に長門、陸奥、赤城、加賀、大淀、明石、門番長の佐伯、広報長の柏木、警備長の石田は執務室に来るように。じゃ、解散!」

 

 ◆

 

 ああ宣言したのはいいものの、何から始めたらいいかわからない金剛は、比叡たちのアドバイスの元、出撃ドックへやって来た。

 今の金剛は海の上を走ることすらままならない。ということで基本中の基本を再び学ぼうというわけだ。

 

「もう着いたんだけど、いつまで手を握っているの?」

 

 苦笑いを浮かべながら両脇の比叡と霧島に尋ねる。

 じゃんけんで負けた榛名はとても悔しそうだ。

 寮を出てからずっとこうしていて、周りからの視線が恥ずかしかった金剛だが、すでに鎮守府の皆から公認のレズ姉妹であり、比叡たちも何を気にしていない。

 

「お姉様成分を補充中です」

 

「あ、うん」

 

 タイミングよく比叡と霧島が声を揃える。

 そのまま金剛たちは艤装保管室へ入った。中では妖精たちが何やら作業をしている。トンチンカンとトンカチを振るったり、せっせと資材を運んだりと忙しそうだ。

 

「すみませーん、私たちの艤装、使えますか?」

 

 榛名が妖精のひとりに声をかける。

 すると、トンカチの手を止めて何やら話を始めた。

 金剛には妖精の言っていることがわからない。音としてちゃんと聞こえてはいるものの、それの理解が出来ない。加賀曰く、艦娘たちは妖精の言葉を普通に日本語として理解しているらしい。そして、提督は金剛と同じく理解が出来ないらしい。

 なぜ金剛は妖精と会話できないのか。

 記憶がなくしたから、ではないだろう。聴神経の欠陥なら納得できるが、特定の、それも妖精だけというのはどうも都合が良すぎる。

 記憶だかではなく、それ以外で何かに傷を負った……? のは確かだろう。しかし、致命的ではないし、金剛もそこまで気にしていない。杞憂に終わればいいのだが、また新たな障害が浮き彫りになるのは、怖い。

 

「ふむふむ、そうですか。ありがとうございます!」

 

 話を終えた榛名が金剛の元へ戻って来る。

 榛名の押す荷台には四人分の艤装が乗せられている。見るからにとても重そうなのに、なんなく運んでいる。

 

「私たちの艤装、使えるそうですよ、お姉様!」

 

 私もあんなに力がつくのかな、なんてぼんやり金剛は考えながら榛名に促されるがままに出撃パネルを踏み、艤装装着アシストによってあっという間に装着が完了する。

 ギュッ、と押し付けられるような装着に

 声が絞り出されてしまうのはきっといつまで経っても克服できないような気がする。

 そんな様子を妹たちに笑われて恥ずかしくなったが、(そんなことはないが)仕方のないことだと張り切り、「もう」と頬を膨らませる。

 そして恐る恐る海の上に足をつける。脚部艤装がうまく作動し、水面上に留まる。さらに反対の足を乗せ、金剛は完全に海の上に立った。

 

「さあお姉様こっちですよ!」

 

「何を言ってるの霧島! お姉様は私のものよ!」

 

「いきなり『もの』に発展するのはどうかと……でも、私はここであえて、お姉様は私のものと言います!!」

 

 レズレズしい喧嘩を始める3人。

 妙に達観した目で妹たちを眺めながら、金剛はよろよろと足を進めた。

 

 ◆

 

「なあ陸奥よ」

 

「何かしら?」

 

「大和型が来る、ということは提督は蜘蛛の撃破を目指すということでいいのだよな?」

 

「まあ、そうじゃないかしら?」

 

 長門は提督の報告にやっとか、と歓喜している。長門自身、まさかここまではやく建造されるとは思わなかったが、はやいに越したことはない。

 長門は淹れた紅茶を陸奥に手渡した。

 

「ありがとう。……うーん、正直に言うと昨日の方が美味しかったわ」

 

 陸奥は一口啜ると、僅かに口を歪めて評価を下す。

 

「そうか。淹れ方を少し変えるだけでこうも違うのか」

 

 ぼそりと呟き、メモ帳に事細かに記録する。

 ここ最近、長門はほぼ毎日紅茶を入れている。そして陸奥に飲んでもらう。もはや日課となったこれだが、陸奥は確実に上達していると確信している。初めこそその辺の粗茶と同じだったが、今や人に出しても恥ずかしくないほどまでになった。

 なぜこんなことを始めたのかはなんとなく想像がつくが、だからこそ訊く必要がない。

『紅茶を淹れる長門』はそうない個性だろう。もうどこの鎮守府の長門かは忘れたが、『機械いじりが大好きな長門』を思い返し、あれより強烈なのと遭遇することはない……はずだと願う。

 陸奥はここ最近の出撃、遠征の詳細をまとめた書類をパラパラとめくり、不備がないことを確かめる。

 

「うん、問題ないわ。出撃もないし、今日は暇になるわね」

 

 ふぅ、と息をつき、陸奥が両手を上げて伸びをする。

 残っていた紅茶をこくこくと飲み、やがてなくなったティーカップを長門に返した。

 

「17時に執務室に、と言われたが、なんだと思う?」

 

 簡単に水洗いし、スポンジに洗剤を染み込ませて使った食器を洗いながら長門が問いかける。

 

「私が知っているとでも思って?」

 

 ごく当たり前な返答に長門が小さく笑う。

 

「そうだったな。すまん」

 

 といっても陸奥も提督に呼ばれた身だ。気にならないこともない。

 ふと時計を見れば14時で、まだまだ時間がある。三時間もある。手持ち無沙汰な長門と陸奥にとっては長ーい三時間だ。

 

「少し目も疲れたことだし、2時間ほど寝ようかしら」

 

 眠そうに目をこすり、腕を上げて大きく欠伸をする。

 

「どうしようか……少しトレーニングでもしようか」

 

 そう言いながら長門は窓の外を眺める。

 日はすでに登り、燦々と地上を照りつける。

 長門はリズミカルな音を耳にした。たったったっ、と走る音。いったいどこからだ? と下を見れば、吹雪、初雪、深雪、沖波に長波が走っていた。

 長波が先行して前を走り、その後を追っているという様子だった。

 

「ランニング……ランニングか……いいな」

 

 即座に決めると、洗い終わった食器を拭き、シンクに並べて濡れた手を拭く。

 ランニングに行くのならもっと楽な格好をした方がいい。今来ている服は言わば戦闘服。いささか不似合いだ。

 そうと決まれば行動は早い。

 

「私はランニングに行くとしよう」

 

「終わったらお風呂に入るといいわ。提督の前に汗をかいた状態で行くのもあれだからね」

 

「もちろんわかっているとも」

 

 確か前に新しく買ったランニングウェアが棚の中にあったはず。少し見た目が地味だが、そんなのに興味はない。

 

 ……胸が熱くなるな。

 きっと長門はそんなことを思っているだろう。

 なんせ大和型が来るのだ。感動というか興奮というか、それらがいろいろとボウルに突っ込まれ、ガチャガチャとかき混ぜたような様々な思い。

 長門はこの鎮守府では古参者だ。その練度共々、皆に慕われるビッグセブン。例え日本最強の戦艦だろうと導いてみせる。

 そのためにはやはり力がいる。名ばかりの軟弱戦艦だと失望されるのは間違いない。

 言ってしまえばこれは長門のプライドだ。誰にも譲れないプライドだ。常に皆から頼りにされる艦娘でありたい、そう願う長門の。

 短く別れを告げると、長門は資料室を出た。

 小走りに離れて行くその足音はちゃんと陸奥の耳に届いていた。

 

「……あ」

 

 そろそろ私も行こうかしら、と立ち上がった陸奥は、偶然それを発見してしまった。

 

「忘れてるじゃない、これ」

 

 それはメモ帳。

 びっしりと事細かに紅茶のことについて書かれていて、その字もとても美しく、意外にすらすらと読むことができた。

 こんな、何かに没頭することはきっと楽しかろう。

 ふふ、と笑う。

 

「私も何か、始めてみようかしら」

 

 陸奥は紙の匂いが強く鼻につく資料室を、ゆっくりと出た。

 

 ◆

 

 どこかで。

 蜘蛛は歌う。

 

「ーー♪ --、--……♪」

 

 月夜に照らされる海上。

 今宵は以前に比べて観客が多い。

 姫や鬼だけではない。一定期間にだけ出現する特異個体の姿も複数確認できる。

 普段ならば決して出会うことのない深海棲艦たちが邂逅する。

 皆が静まり、蜘蛛の歌に聴き惚れる。

 そんな様子に蜘蛛は嬉しくなる。

 

「嬉シイわ。歌は素バラしいモのよ。皆もウたイましょう」

 

 今宵は無礼講だ。

 海上は会場と化し、黒い歌声は魚たちの子守歌になる。

 

 病的なほど白い腕を月に伸ばし、「アア」と感嘆する。

 

 蜘蛛はひとつ。ひとつだけ残念に思っていることがある。

 

 ーー歌という、素晴らしい文明を産んだ人類を滅ぼすことを。

 

 ◆

 

 夜だ、晩飯だ、宴……! ではない。お酒はほどほどに。二十歳になってから。

 酒の入った軽空母はよろよろとでろでろとだらしない。戦場での勇ましさは彼方へと消えてしまった。

 年季の入った針時計が七時を知らせる。

 

「悪いな、また招集かけて」

 

 提督の号令により食堂に集められた艦娘達はそれぞれの表情で壇上の提督を見る。眠かったり、酔っていたりと様々だ。

 全艦娘がやって来たから食堂はごった返している。食堂の構造的になんとか全員が入れているが、本当に『なんとか』だ。

 

「これから新しくやって来た艦娘の紹介をする……の前にひとつだけ連絡事項な。俺の呼び出し食らった奴らにはもう話したし渡したが、緊急時のマニュアル的なやつがある。俺ひとりが全員に内容を教えるのは難しいから、その辺は貰ったやつに一任する。結構大事なことだから、ちゃんと教えて、皆が覚えられるように計らってくれ。よろしく頼む」

 

 提督の言ったのは長門、陸奥、赤城、加賀、大淀、明石たちのことだ。他にも従業員の方でも同じものが渡されているが、そっちはそっちだ。

 

「で、皆お待ちかねの……だ。今から呼ぶから、お前ら仲良くしてやれよ」

 

 俺のハーレムがまた前進したぞ……なんて小言を漏らし、妄想から帰ってきた提督は側のドアに呼びかけた。

 

「入ってくれ」

 

 提督の声に、ドアがゆっくりと開いた。

 入って来たのはふたり。ひとりは高身長で、健康的に焼けた褐色の肌にガングートと同じ、白髪。そことなく両側でぴょこっとはねている部分がどうも犬耳に似ているっぽい。そんな言ったらポイされそうっぽい。それほどの威厳を持っていた。

 対してもうひとり。

 

「ーーーー」

 

 ーー艦娘たちの時が止まった。いや、盗まれた。

 

 ぞわり、と背骨の髄まで強引に滲み込むように感じられるナニカに支配され、昼前の提督に似た雰囲気を錯覚した。

 その主はひとり目と比べるとはるかに低身長。もともとは白だったのか、もうボロボロで、灰色がかった軍服を羽織り、薄茶色になぜか白が混じった髪の毛が違和感を生む。左目に眼帯。残された右目が写すのはーー……。

 

「こいつらが新しく配属される艦娘だ。自己紹介をしてくれ」

 

 そんな空気の中でも提督はふたりに問いかけた。

 大きい方の艦娘が一歩前に出て、腕を組む。どことは言わないが、豊かな双丘がこれでもかと強調される。

 

「私は大和型戦艦、その二番艦、武蔵だ。この鎮守府にまだ大和がいないのは残念だが……まあ、これからの提督に期待しよう。皆、よろしく頼むぞ」

 

 ニヤリと口角を上げる武蔵をよそに、提督はうんうんと頭を抱えて唸る。

 やめて! 提督さんの蓄えている資材の量はすずめの涙よ!

 なんてツッコミが入りそうだ。

 

「……善処しよう、うん。じゃあ次」

 

「はい、先生」

 

 嗚呼、まただ。この雰囲気。

 この艦娘からはただならぬ気を感じた。酔っていた軽空母も冷水を顔面に浴びせられたように正気に戻り、さらに気づかぬうちに手に持つグラスがカタカタと震えていた。

 空気の読めない古時計の、静かに秒を刻む音すらよく耳に聞こえるほど、食堂は静かになった。

 

「ーー私は」

 

 その声は冷たく、絶対零度。

 

「暁型駆逐艦、四番艦、電」

 

 その表情は、悲しく、強く、恐ろしい。

 

「いろいろな事情が入り混じり、先生の鎮守府に飛ばされた身」

 

 その振る舞いに女神すら見惚れ、地に堕ちる。

 

「よろしく、などとは言わない。私の生きる目的はただひとつ……深海棲艦を『殺す』こと。それ以外は不要だ」

 

 ◆

 

 それは、死神と疫病神の、邂逅。

 

 




ということで、前回宣言した通り、キャラ崩壊艦は電です。嫁艦の提督さんには申し訳ないです。
あと、ツイッター始めました。@TK_321321です。気が向いたらフォローよろしくお願いしますm(_ _)m
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