あ、大鳳来ました。
『今日はすべての出撃、遠征を休みとする。明日は大本営から使者が来るので、代わりに全艦娘と手の空いている職員は大掃除に取りかかれ』
この日、鎮守府で戦争が始まった。
◆
「やばいですー。今までで一番やばいですー」
言葉と全く一致しない必死さ。
ポーラはめちゃくちゃに並べられた何本もの酒瓶を眺めながら呟いた。
突然の提督直々の放送に早くも鎮守府内は大騒ぎだ。鎮守府全体を震わせるほどのドタバタ。よく耳を澄ませてみれば、皆がやばいやばいと相当焦っているのがわかる。なにがやばいのかはそれぞれ。知られたくないあれや、秘密のあれ。
今だってポーラは隼鷹と飲み明かした後だ。酔いも完全に冷めておらず、ふらふらと立ち上がる。自分の部屋で飲んだのがマズかったか。だが、そんなことをしなくともきっとポーラのセリフは変わらないだろう。
「そうだ、昼からやろう〜うん。私はーできる子ー」
そして再び机に突っ伏して二度寝に突入しようとしたところを……。
「あー! やっぱり!!」
ザラが突入体勢で部屋に入るやいなや、指をさして叫んだ。
「放送を聞いて、もしやと思ったけどそのもしやだったわ!」
酒くささに眉をひそめながらも、ザラはポーラの潜り込む布団を掴むと強引に剥ぎ取った。
その瞬間、むわっと生暖かい空気が解放され、ザラの周囲に纏わりつき、ザラの怒りゲージがさらに上昇した。
「ちょっ、なによこれぇ! いったいどれだけ飲んだのよ⁉︎」
「あぁ、ザラ姉様……そんなに喚くと頭がギンギンする……」
もそもそと芋虫のように身体をくねらせながら、服がはだけて情けない格好のポーラが姿を現し、そんな彼女をザラは強引に立ち上がらせて優しく寝起きの往復ビンタをしてやる。
「おぅ、いたい、いたいよぉぅ。……起きた! 起きましたからー!」
「あのねぇ、この部屋はあなただけの部屋じゃないのよ? 昨夜は他の子のとこで泊まったけど、いつもは私もここに寝たりして生活しているのだから、そこのとこ気をつけなさい」
「はい、はい、はいぃぃ」
全く、ちゃんとしてよね。とザラは頬を膨らませると、カーテンを開け、窓を開けた。酒の臭いで充満した空気を外へと追い出し、綺麗な空気と交換だ。
まるでナマケモノほどの遅さでポーラはゆっくりと布団をたたむと、ひとつ大きく欠伸をする。
ポーラはザラがいなければ果たしてどのような生活を送ることになっていたのだろう。ポーラオンリーの部屋。想像するだけでもそら恐ろしい。ザラはそれ以上のことを考えることを放棄して、頭だけ後ろに向ける。
「私も手伝うから、必ず今日中に終わらせるのよ?」
「了解です、ザラ姉様」
だらしなく敬礼するポーラをさておき、テキパキとザラは掃除にとりかかり、まずはと空になった酒瓶を一本掴もうとした。
だがその瞬間、さっきまでのぐだぐだは嘘だったかのような機敏な動きでポーラはザラの手から酒瓶を奪い取った。
「な、なにするのよ!」
せっかく善意でやってあげようとしているのに、それを邪魔するとは何事か。
しかし、それを大事そうに、まるで可愛いものを愛でるように撫でる仕草を見せつけられ、怒りを通り越してしまった。
「これはすごーく年季の入ったお酒。そう簡単には捨てられないですぅ」
さらに頬づりまでしている。
目頭を押さえながら、ザラは静かに上を向いた。
誰かこの異常なまでの酒への愛を治してくれないだろうか。何度注意しても。何度注意しても。いつの間にか懐に酒瓶を隠して飲んでいるのだ。
何度か本気で怒ったこともあった。でも、やはり妹とは可愛いもので、どうしても許してしまう。甘々なのは自分でもよくわかっているのだが、これ以上怒るのはさすがにかわいそうかな、と無意識にストッパーが作動してしまう。
「……はぁ。わかったわ。じゃあいらないものは自分で出して。ゴミ出しは私がやるから」
「了解ですぅ」
えへへぇ、と微笑むポーラを見て、またもや私は甘さを表に出してしまったと後悔する。しかしまあいいかと思ったりもする。
なんだかんだ、自分自身にも甘々なザラだった。
◆
鎮守府内で一番焦っている艦娘『達』は言うまでもなく、あの三人だ。
「マズイですよ、大掃除は私たち秘密の花園を抱える乙女には過酷すぎます」
「いいえ、霧島。あんな秘密を抱えていて今さら私たちは乙女だと胸を張って言える? 絶対大丈夫じゃないわ」
「……言えません。ですが! なら私たちはどうすれば……!」
「苦渋の決断ですが、やはりお姉様を除いて掃除するしか……」
「「だめです」」
「ですよね」
金剛がお手洗いにいなくなった隙に彼女達は密談を始める。もちろん内容は『秘密のアレ』をどうするか、だ。
記憶を失う以前の金剛にも知られていないこの秘密……『金剛これくしょん』。姉妹の、姉妹による、姉妹が金剛を影で愛でるためにつくられた絶対神性。
その実状は全て青葉が隠し撮りした金剛のあれやこれなのだが、その量は言うまでもなく異常。
表向きは本棚なのだが、奥の方に隠されている小さな部品を外せば、カチリとさらに連動している奥の部品が外れて金剛これくしょんがぎっしり……という仕様だ。
「私たちに課された試練は……金剛お姉様に絶対に本棚を掃除させないこと。異議は?」
比叡が珍しく頭を使って妹達に語る。ふたりとも黙って頷き、三人の意思はここに固まる。
ちょうどいいころに金剛が戻ってくる。
「さてさて、じゃあ掃除を始めよっか!」
可愛らしいエプロンに身を包み、謎のテンションで箒をくるくる回す。
これはこれで眼福であり、比叡たちは即脳内に連続して写真を保存し終えると、金剛の前に出た。
「そうですね、じゃあお姉様は私とあそこの机をお願いします。榛名と霧島はそこの本棚を。『とても大事だからゆっくり』、ね?」
ーー謀られた!
榛名と霧島は比叡のダダ漏れの欲望に気づけなかったことを今さらながら深く悔いた。本棚の件でひとまず安心したのがマズかった。比叡はそこを逃すことなく突いてきたのだ。
今日の比叡はどこかがおかしい。3周ほど回って……賢いッ!
「いえ、それはおかしいのでは? 2人組で掃除をするのは些か効率が悪い。ひとりひとり役割分担をしたほうがよろしいかと。……ああ、でもまだ金剛お姉様はこの部屋を詳しくわかっているわけではないので、『あくまで補助』ということで私がついてやるべきです。ええ。本棚は『大事』ですからね。ふたりで『ゆっくり』、そして『時間をかけて丁寧に』本棚を掃除してください」
2人組だと効率が悪いと言ったくせに最後は謎に2人組に落ち着かせた。
比叡と対照的に霧島の知能は落ちたが、メインの目的はしっかりと忘れていない。
「いえいえいえいえ、補助をするならやはりこの榛名が一番適任でしょう。ガサツさもなし。そして大雑把なところもなし。清廉で大和撫子なこの榛名が金剛お姉様と掃除をすべきです。そう! 私は金剛お姉様と掃除がしたい! その思いは誰にも負けません!」
本音ダダ漏れたかー、と比叡に霧島。
その素直さは評価すべきだろうが、状況が状況だ。今の言葉はもはや意思疎通を図る必要すらなくマイナス100点である。
三人のいっそ見苦しいまでの欲望に、金剛は乾いた笑いを漏らす。
掃除する場所ならばいくらでもあるのに、三人は意地でも金剛と掃除がしたいようだ。
「うーん、難しいね……。時間はいっぱいあるし、どうせなら4人で掃除しようか」
時計を見ればまだ昼にもなっていない。提督の言う大本営の使者が来るのは明日だし、余裕は手に余るほどある。
「そうですね。さすがお姉様。ではそこのソファーをまずはしましょう」
金剛の鶴の一声で、飲み込みのはやい霧島がテキパキと行動を始める。その後に続いて比叡と榛名がソファーの両端に立ち、持ち上げた。
「さあお姉様、(愛の)共同作業です!」
「う、うん」
何かが間に挿入されたような気がするが、違和感を感じながらも相槌を打ちながらも霧島とタイミングよく箒をはく。
「いいね、4人なら効率は悪くなるかもしれないけど、楽しいね!」
「はい、お姉様! この調子でじゃんしゃんやっていきましょう!」
その後、完全に本棚のことを忘れ、金剛が偶然仕掛けを解除し、何百回と聞いた音に彼女たちの興奮が一気に氷点下まで転落したのは言うまでもない。
◆
「感謝する、大淀。流石の私も高さの問題となるとどうにもできないからな」
「いえいえ。そういう電ちゃんこそ、よくこの数日で配置を全て覚えましたね」
最後のファイルを棚になおし終えた大淀は同じく雑巾を絞る電に振り返る。
「掃除はいいものだ。心の整理にもなる」
意外な言葉に大淀の手が止まった。
戦闘狂、という先入観がどうも勝っていた大淀の中で、家庭的な発言に心底驚いた。出会い頭あのようなことを言っていたことが非常に印象に残っているから、それを完全に拭うのはまだ先になりそう。
「おーお前ら、終わったか。ご苦労様」
ちょうどいいタイミングで提督が執務室にやって来た。
だが、その後ろにはなぜか長門、陸奥、そして江本がいた。意外な組み合わせに、大淀はたいそう不思議がった。
「すごく助かった。ん、みたらし団子」
提督が手提げ袋を電に渡す。
「ありがとうございます、先生」
「あの……提督?」
「なんだ大淀? もしかしてみたらし団子足りなかったか? 結構買ったんだけど……」
「いやいや! 私、そんなに食いしん坊じゃないですよ⁉︎ ……じゃなくて! どうして長門さんたちが?」
提督はああ、と言いながら椅子に座り、背中を預ける。
三人は黙ったまま、しかし何もわかっていないような表情だ。
「それはあとで。ひとまずは皆、掃除お疲れ様。これで明日を無事迎えられそうだ。江本、休暇は楽しめたか?」
「ええもちろんですとも。癒しも十分。やる気100倍ってとこですかね」
「それは結構」
「しかし提督、俺に用とは……『仕事』ですか?」
江本はうすら笑みを浮かべるが、提督は首を振った。
「ただの仕事だよ。お前なら鼻ほじりながらでもできるだろう」
「……ほう」
会得顔だ。
とても楽しそうだ。大淀はそんな江本を見て奇妙にすら感じる。
いつも江本は提督の用心棒として暗躍しているらしいが、その内容は誰も知らない。どう見ても提督よりも歳上なのに、提督に対して敬語。単に立場的な問題なのだろう、彼はどの部門にも所属していない、言わばフリーだ。大淀には彼が秘書艦のような立ち位置だと認識している。
「提督」
「?」
ここまで黙っていた長門が口を開く。
「大淀も言ったが、なぜ私たちが呼ばれたのだ? このメンバー、何かあると私はみたのだが」
誰もが提督にいつも側にいる人物だ。電に限っては、おそらく彼女たちの中で一番長いだろう。しかし江本もいるのというのは長門にはよくわからなかった。
「おっ? 正解だ長門。他にも何人かは察しているが、まあ御察しの通りだ。お前たちには申し訳ないが、明日ここから離れてもらう。提督命令とさせてもらい、異論は許さない。その代わりお前たちは動物園に行ってこい。なに、休暇だと思えばいい」
懐からチケットを5枚取り出すと、徐ろに長門の手に握らせた。可愛らしくデフォルメされた象の絵。大人四人分に子供一人分。
「……は?」
「悪いが、命令だ。素直に引き受けてくれ」
「いや、しかし明日は……」
明日はとても大事な日のはず。いつも基本的に提督といるメンバーがここにいる。そんな彼女たちをあえて手放す。そんな馬鹿げたこと、当然長門には受け入れられない。さらに言うと、誰ひとり欠けることは論外なのではないか。
しかも、動物園ときた。冷やかされているのかと、長門の怒りに手が掠る。
「ーーな?」
ーーああ、これだ。
時折見せる、まるで普段の提督とは真逆の、比喩できぬ反転、提督の鋭い眼光に貫かれ、長門の呼吸が刹那の間、停止した。
彼女を以ってしてもこの様だ。これをされると、どうしても逆らえない。断固として拒否しているわけではないから抵抗は強くないが、このなんとも言えぬ感覚。おそらく一生耐えることはできない。
「……はい」
「明日は俺の側付きを霧島とザラに頼むつもりだ。心配するな。お前たちがいなくてもちゃんとできることを証明するさ」
うまく言いくるめられた気がするが、これ以上どう言おうが提督はブレないだろう。それに命令となれば長門にはどうしようもない。
「わかった。今まであなたは私たちを正しく導いてくれた。ならば信じるまで。陸奥はどうだ?」
「別にいいわよ。あなた最近、働きすぎだから。たまには息抜きも必要よ?」
「む」
ジト目で陸奥に睨まれ、長門がすごむ。
嫌々やっているなんてわけではないのだが、どうやら陸奥の目に余った様子。逃げるように視線を泳がせる。
「江本を呼んだのはお前たちの保護者的な役割を頼むためだ。江本は状況把握力に長け、臨機応変にも対応できる」
「そのために俺も動物園に行けと」
「そうだ。あと、動物園へは車で行くこと」
「車」
「運転できるだろう?」
「まあ……ここしばらくはしていませんでしたが、大丈夫でしょう」
「よし決まりだ。大淀は問題ないか?」
「いいですけど……」
まだ不満そうだ。何か言いたげな大淀に提督は歩み寄ると、なんの前触れもなく抱きしめた。
「⁉︎⁉︎」
突然の抱擁に頭がついていけず、混乱して思考がフリーズしている。
「日頃からお前には本当に感謝している。明後日、お前の頼みごとをなんでもら聞いてやろう。できる範囲でだけど」
誰にも聞こえないように耳打ちされる。ぶるぶると身体が震え、脳髄にその言葉がこだまし。
……大淀の頬が、ぽっ、と赤く染まった。
主要な艦娘たちを敢えて遠ざけるという、理解不能な提督の命令の意図とは何か。
江本が絡んだらだいたい事が面倒くさくなる。
戦艦の改二は武蔵と噂が広まっていますが、設計図が無いので親指しゃぶっておきます。