切り替えて今話。
使者がやって来る。果たしてどのような意図か。それは提督しか知らない。
突然のお呼び出しかと思えば提督に今日のお側付きを命じられた。どうもいつも提督の側にいる人たちはこぞっていないらしい。
それを咎める気はザラには無い。なぜなら興味がないからだ。彼女たちにも休息は必要だし、どう過ごそうが彼女たちの自由だ。
そのことは、まあいい。だが、ひとつだけ、今の現状で違和感を覚えている。
「……」
霧島だ。
ソファーに提督を挟んで反対側に座っている。しかし、誰が見てもテンションが低いのは明らかだった。
「いいか? お前たちを選んだのは、お前たちがどんな状況になっても冷静に事を判断できると信じているからだ」
そんなことできませんんんん!! と叫びたかったが、できなかった。
今さら否定しても、あと数分で来客は来る。もはや逃げ道はない。
「キリシーマさんはどうしてうなだれているのですか?」
「ええ……金剛お姉様にちょっとした秘密がバレてしまいまして……」
何かを思い出したように霧島が再びうなだれる。よほどショックだったのだろう、ザラはそれ以上首を突っ込むのはやめておいた。
◆
「用件は聞き及んでいます。どうぞ」
大門は車から降りた中年の男を丁寧に招く。
角張り、微かに青がかった白い制服。几帳面な部位がこれでもかと溢れるような、遊び心の一切ないワックスで固められた髪型。
カツカツとアスファルトの道を黒光りした革靴が鳴らしながら、男は大門の後ろを歩く。そのさらに後ろに筋肉質の護衛がひとり着いてくる。
「ほう、綺麗だ」
感嘆する男に、大門はつい嬉しくなる。
なにせ自分が所属している鎮守府を遥か上の地位の者に賞賛してもらえたのだから。
やがて鎮守府本館の玄関を踏み、男を導く。
「君はこの鎮守府に配属されてどれほどになるのだ?」
「もうすぐで一年が経つほどです。まだまだ、といったところです」
「なるほど……」
質問の意味は分からなかったが、特に詮索することなく、それきりだ。
妙に緊張する。別段男が殺気を放っているわけでもないのに、広範囲に照射された標準レーザーに当てられているような感覚だ。
ふつ振り返ってみれば男は寡黙な表情で窓から外を眺めながら歩いている。
どこか威厳ある風格に、大門は黙って前を向きなおる。
「お待たせしました、こちらです」
執務室の前で立ち止まり、男に説明する。
「そうか。感謝する。君は持ち場に戻るといい」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
綺麗に敬礼をしてから男を背を見せる。
大門はこれから始まる男と提督の会談の内容は全く知らない。ただの気まぐれということもありえるし……まあ金剛のことだろうと想像はつく。
……ちょっと飯でも食ってから戻るか。
◆
入って来たのは2人の男。うち一人は護衛か。見るからにごつそうなガタイに黒スーツ。確定だ。
「ようこそお越しくださいさいました、黒禎様。どうぞおかけください」
提督と霧島とザラは立ち上がり、小さく礼をしてから提督が黒禎を座るように促した。
黒禎が正面のソファーに腰掛け、護衛はその隣で後ろ手を組んだ。
「うむ」
そしてぐるりと部屋を見回してから一言。
「綺麗だな」
「ありがとうございます。なんせ、昨日全員で鎮守府を掃除しましたから」
「ほう。その心意気や良し。汚れが残るのは虫唾が走る」
「そうですか。……して、本日はどうなさいましたか?」
提督は黒禎にどうぞとお菓子を勧めるが、丁重に断られる。
「私は大本営からの使者として来た。だから私の言葉は大本営の言葉と思ってくれて構わない。私が訪れたのは……そう、君の報告書にあった金剛のことだ」
「そうですか……」
「ああ、記憶喪失というのは前例がないのでね。大本営としても詳しく調べておきたい。金剛の様子はどうだ?」
黒く、しかし青い声で尋ねる。
姿勢正しく座り、生涯腰が曲がったりする心配は皆無であるほどだ。
「元気ですよ。一般的な金剛に見られる英語訛りがない程度でしょうか。ここに連れて来ましょうか?」
今日は艦娘全員に基本的に自室待機を命じている。厳命ではないから何人かはうろちょろと散歩なりしているだろう。そして彼女はきっと金剛型の部屋にいるはずだ。
今頃きっと、比叡たちに(過度な)スキンシップでもしていることだろう。
が、霧島はここにいるから仲間はずれな気がして、少しかわいそうなのかもしれない。
「他には? 戦闘については」
「それは……全くのド素人ですね。戦い方も全て忘れてしまったようで、最近ようやく艤装の装着にも慣れて、ゆっくりではありますが航行できるようになったほどです」
「では戦闘能力はゼロ、と」
「はい」
「ならば彼女は必要ないのでは? なんならこちらで彼女を預かってもいいのだが」
「いえ、そちらに預けるつもりは同じくゼロです。失敗ばかりしていますが、彼女なりに日々訓練に励んでいますし、なによりも彼女自身がここに残りたいと言いました。誰よりもそれを姉妹たちがわかっています。だよな? 霧島」
金剛が訓練すると言えばほぼ必ず側にいた姉妹たち。時々加賀も混じって海へと出ている。最近は脚部艤装だけでなく、武器艤装の装着もしているところだ。
しかし重心がうまく定まらず、その度に加賀を巻き込んで水浸しになっているのだが。
ずぶ濡れの姿でお風呂へ直行すること何度やら。そんな笑い話も積もりに積もっている。
「もちろんです。私たちにとってのお姉様は金剛お姉様ただひとりです。いつも私たちがゼロから100と言わず1000まで教えています」
「そうか。それは残念だ」
やや不満そうに黒禎が眉を曲げる。
「どうしてもか?」
「はい。どうしてもです。これは譲れないです」
「うむ……残念だ……とても残念だ……」
黒禎がカップに注いだお茶を飲み干す。それにすかさず霧島がおかわりを淹れた。
「潔く諦めるとしよう。メインは終わったから、これは少し私自身の興味から知りたいのだが、報告書にあった黒い深海棲艦とはどういったものだったのだ?」
「それですか。少々お待ちください」
提督は立ち上がると後ろの自分の机の裏に回り込み、引き出しの中からファイルを取り出した。
「これです。私が直接見たわけではないですが、撃破した電がその特徴を絵に描いたので、イメージとしてはそんなものと思っていただければ」
「電、か」
ファイルを黒禎に見えるように開き見せる。始めの数枚はガングートたちによる報告文を簡易に留めていて、最後の2枚は電による直筆のイラスト付きの報告書だった。
「ふむ。わかりやすいな。外見は従来のヲ級と変わらないが、黒いオーラを纏っていると。で、その護衛に黒い怪物が腕びっしりに砲台を構えていると。特異個体のそれと似ているな」
「ええ。電によりますと、ヲ級が空母役を担い、怪物は戦艦役を担っていると言っていました」
艦載機についても事細かに描写されていて、前方に発射口のようなものがあるものと、後方に発射口のようなものがある、つまりは二種類存在すると書かれている。
「最低限の絵心で多くの情報を表す。実に分かりやすい」
「ご満足いただけましたか?」
「もちろんだとも。そして『この程度』、君の電なら十分だったろう」
黒禎の眼光が少しだけ、鈍く、鋭くなる刹那の移り変わりを霧島とザラは感じ取った。ふたりはその只者でない覇気、豹変ぶりに身を強張らせた。
しかし、提督は微動だにせず、逆に半笑いすら浮かべる。
「やめてください。ふたりが怖がっているじゃないですか」
「これは失礼。つい癖で」
ザラはこの瞬間、悟った。
もしかすると、今、とんでもない修羅場にいるのではないかと。こっそりと霧島の方を見れば、同様に彼女もこちらを見返している。
それほどまでにこの鎮守府にいる電は大本営にとって大きな存在なのか。プラスの意味かマイナスの意味か全く見当もつかないが、あれだけ異質なのだ、無理もないだろう。
「彼女を頼むぞ? 君とふたりでようやく真価を発揮するのだから。これまでの我々の『苦労』に見合った働きをしてもらわなければならない」
「わかりました。私とあいつをくっつけるということは、それほどの『何か』があると受け取ってもよろしいですね?」
「……ああ」
静かで、そして荒々しい空気が去る。
黒禎は手を握り、開きを繰り返す。
外で誰かがグラウンドで楽しそうに遊んでいる声が、微かにこの部屋に聞こえる。
沈黙が部屋を制し、ただただゼロの時間が流れた。
一体どうすればいいのか。ザラは焦りに焦った。提督も黒禎も一向にだんまりのままで、話し始めようとするそぶりすら見せなかった。
「黒禎さん」
「ん?」
意外にもここで話を切り出したのは霧島だった。
「私たちはこれまで戦ってきたわけですが、確かな進展はあるのでしょうか? 金剛お姉様のことや、今のその黒い深海棲艦。わからないことだらけで、むしろ後退すらしているように感じられます」
黒禎が小さく唸る。
霧島は黒禎の……大本営の把握している現在の状況を知りたいだけだ。
護衛の視線が霧島を刺す。
「以前にも同じようなことがあったな。……もちろん進展していたとも。君の姉がそうなるまでは。実は他の鎮守府でも同様に、黒い深海棲艦の目撃情報がいくつかある。それらの全ては滅多打ちにされ、徹底的に嬲られ、撃たれ、瀕死で逃げ帰るのがせいぜいだそうだ。しかも轟沈した例もあるらしい。結論から言えば、これから後退するだろう」
「……そう、ですか。ありがとうございます」
「君のその好奇心、私は評価するぞ。しかしだからといってそれだけに盲目になると、足元をすくわれる」
「肝に命じておきます」
他愛のない話をして、二時間ほど経った頃、黒禎は鈍色に光る腕時計を見て立ち上がった。
正直、霧島とザラは一発触発しそうな場面を何度も見せつけられ、精神的に憔悴してしまっている。
「さて、最後なんだが……ところで君の鎮守府に『鼠』はいるかね?」
後ろの護衛が長時間の直立に疲れたのか、右足を半歩下げて小さく肩を回して固くなった肩をほぐす。
「『鼠』……ですか? ええ、いますよ。この建物もさすがにどちらかと言えば古い。時々駆逐艦の子たちが見つけて騒いでますよ」
もっとも最近のものだと時雨と暁が見つけたものか。トイレで見つけたらしく、それを退治すべく長門がわざわざ艤装の砲で焼き払おうとまでしていたが、結局龍田が何食わぬ顔で駆除した。
……いや、あれはGだったか。
あれからGホイホイを置いているが、時々引っかかっているのが笑えない話だ。
「違う。そっちではない。もっと『大きな鼠』のことだ。何とあろうことかその鼠は堂々と大本営の廊下を歩くのだよ。放っておけば『いろいろなもの』を齧られてしまうし、かといって捕らえようと罠を張っても容易に破られる。そんな鼠……」
今度こそ眼に殺意がこもった。ザラは確信した。幾度も戦場を駆けるザラにはわかった。深海棲艦が向けてくるそれに非常に酷似していたからだ。その本質、度合いは違おうとも、間違えるはずもなかった。
明らかに提督よりも歳は上なのに、それを一切感じさせないような新鮮な殺意だった。
「……いないか?」
だが、これすらも。
「いえ、いませんよ? むしろ鼠ごときが通れる警備体制……大丈夫ですか?」
どこ吹く風、提督は涼しい顔で皮肉すら込めた。
背中に汗が流れる。ザラは恐ろしすぎて、眼だけしか動かす余裕はなかった。
「大丈夫とは言えんだろうな。結局、人の敵は人、というわけか」
大きく息を吐き、黒禎はドアを開けた。
その後ろを護衛がつく。
何とも言えぬドス黒い雰囲気が、ドアの隙間から抜けていく錯覚すらした。
何の会話もなく、提督とふたりは黒禎の乗ってきた車までついて行った。
護衛が補助席のドアを開け、黒禎が乗り込む。そして窓を下ろして頭を出す。
「今日はここで帰らせてもらう。これから君の活躍に期待するとしよう。それと……」
黒禎が提督を手招きし、軽く耳打ちすると、窓を閉め、静かな駆動音で発進し、鎮守府から去っていった。
「……ぷはぁ!」
最初に根をあげたのはザラだった。
へなへなと力を抜き、アスファルトの上にお尻をついた。
顔を上にあげ、だらしなく口を開ける。
「お疲れ様、ふたりとも。それと悪かったな」
提督はザラに近づき、脇を抱えて立たせた。
「ホントですよ、こんなのだと知っていれば私、断ってましたよ」
霧島が鼻頭を抑えながら疲れたように話す。
「だから言っただろ? お前らが適任だって。他のやつらだったらきっと無理だったさ」
「ならそれこそ長門と陸奥に任せればよかったのでは? 暇を与えたそうですが」
「あれがベストなんだよ」
「はあ……」
ほら帰るぞ、と提督はふたりを促した。
どちらも頭がバーニングしているのは間違いないだろう。しばらく休息が必要だ。
財布の残金を脳内で計算し、少し高いデザートでも買ってやるか、とふたりを見てほくそ笑み、鎮守府へと戻っていった。
ーー調子に乗るなよ、若造が
では次回。
江本と電たちのドキドキ☆ワクワク動物園!