なくならないもの   作:mn_ver2

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知らない登場人物を書くのは難しいですな


外へ行きましょう

 朝が来た。

 金剛は窓の方に寝返りを打って、カーテンを開けるか数秒考え、結局開くことにした。

 サッと勢いよく開くと、飛び込んで来たのはこれでもかというほどの眩しさ。

 

「おうっ」

 

 手で目を覆いながら、提督が持って来てくれたグラスの水を飲み干す。

 さすがに一晩置きっぱなしだったから少しぬるくなっていた。

 腕の痛みも幾分かマシになっていて、無理をしなければ支障はおそらくない。長時間腕を使う作業はまだ当分できそうにない。

 窓がちょっとした鏡のような役割をはたし、金剛の顔を薄く映す。

 そこにいたのはどう見ても美少女。

 

「……」

 

 顔をぺたぺたと触ると、その逆をそれは映す。

 頬をつねってみても、やはり同じ。

 

「……いひゃい」

 

 そして、金剛はある不自然なものが映っていることに気がつく。それは寝る姿勢によって様々なフォルムをとるもの。

 

「……寝癖だ」

 

 右側でぴょんと独立し、ワタシダ! と言わんばかりに自己を主張している寝癖を発見したのだ。

 頑張って手で抑えようとしても、離してしまえばフザケルナ! とバネのように元に戻る。

 

「んん〜〜!」

 

 なんだか頭にくる。何度やっても寝癖は治らず、ついに金剛は諦めてしまった。これはもう別の生き物なのだ。そう思い込まないとやってられない。

 

「私が悪いんじゃなくて、この寝癖が悪いんだから……ん」

 

 最後にもう一度だけ挑戦してみたが……世の中、思い通りにならないことなど当たり前である。フンッ! と元に戻り、もう完全に諦めることにした。

 

「金剛……さん?」

 

 そして、突然後ろから誰かに名前を呼ばれて、ふぁっ! と馬鹿丸出しな声を漏らしてしまうのだった。

 

 ◆

 

 ーー正直に言おう。

 

 あの時はもうダメかと思った。

 

 工作艦、明石。彼女の仕事は主に艦娘たちの装備の手入れである。改造をしたりもあるが。

 彼女はあまり戦場には行かない。だから、サポートに力を入れることとなった。しかし、そういった仕事だけではない。怪我人の看護なども彼女の仕事に含まれる。

 たいていは入渠すれば治る。なのでそのような仕事は滅多に回ってこない。滅多に、だ。

 

 ……あの時がその『滅多』だった。

 

 あれは誰が見ても入渠では治らないと心の中で悟っただろう。なにせ、明石も全く同じ思いを抱いていたのだから。

 白い担架に乗せられ、それを一瞬で赤く染めながら運ばれる無残な金剛の姿を間近で見た明石は改めて死の恐怖というものを認識した。

 背筋が凍り、息がつまり、知らず知らずのうちに担架の骨を握る手が震えていた。もし自分も戦場に行くと、こうなるかもしれないと思うと、どうしようもなく怖かった。

 緊急かつ最優先で入渠させた結果、金剛の見た目は元どおりになった。見た目だけ、は。

 艦娘は人間より頑丈な身体を持っている。ちょっとやそっとのことでは怪我はしない。せいぜい、3階建ての屋上から飛び降りて小破に届かないくらいだ。

 見た目だけが治っても、その内側でどんな酷い傷を負ったのかは、実際起きない限りわからない。

 マズイのは神経系に大打撃を受けた。最悪は精神的にやられた、だ。

 神経系なら入渠である程度修復され、長い時間をかければ治る。精神的に、だったら……もうどうしようもない。もしかすると、根気強いカウンセリングで癒やすことができるかもしれないが、そんな都合のいいことは起こらない。

 トラウマ、というものは本当に恐ろしいものだ。以前、明石は精神病についての本を読んだことがあるが、そこでそれがとても厄介だということを学んだ。

 何がトラウマを呼び覚ますのかわからないがその理由だ。これほど厄介なことはない。

 

 金剛が目覚めたのは入渠してから4日後のことだった。

 その間ずっと鎮守府では緊張が張りつめていた。

 金剛はどうなったのか、なんて言葉は誰も口にしない。その言葉はもうある意味禁句となり、そのせいで大きな不安が胸につっかえ、それがさらに緊張に拍車をかけるのだった。

 

 そして、突然走ってきた榛名に呼ばれ、直接金剛の状態を確認したところ、もう最悪中の最悪。明石が最も危惧していたことだった。

 それも、単なるトラウマではなく、記憶喪失。

 廃人にならなかっただけまだ喜ぶべきか、と考えてしまった自分を明石は深く呪った。

 

 ◆

 

「おはようございます、金剛さん。朝食を持ってきました」

 

 そう言いながら入ってきた桃色の髪の人、明石。昨晩寝る前に一度検診ということで診てもらったからよく覚えている。

 金剛は先ほどの声で完膚なきまでに恥ずかしさに打ちのめされ、明石に気の抜けた返事を返した。

 ふふ、と小さく笑うと、明石は朝食を乗せたお盆を側のテーブルの上に置いた。

 

「ぁ、ありがとうございます」

 

「どういたしまして」

 

 こちらを向いて、ニコリと微笑む。一瞬ドキッとしたが、彼女は女であり、その辺の心は動じない。

 

「食べられますか?」

 

「はい、でも……」

 

 そう言って金剛は気まずそうに自分の腕を見る。昨日に比べると楽にはなっているが、器用に箸を使って食べるのはまだ難しそうだった。

 

「わかってます。私が食べさせてあげますね」

 

 明石は椅子に座ると、箸を手に取り、白米をつまむと、金剛の前に持ってきた。

 素直に金剛は口を開け、それを食べ、咀嚼する。

 

「おいしいですか?」

 

 おいしいです、と返したかったが、まだ口の中に残っていたので、それを呑み込んでから答える。

 

「ふふ、よかったです」

 

 今度は明石は器用に焼き魚の身を切り開いて、一口分を持ってきた。

 

「……ん、あ?」

 

 しかし、食べようとした金剛の口から箸が離れてしまった。

 明石はというと、頑張って笑いをこらえようともう片方の手で口を隠している。

 

「いや、ごめんなさい。ちょっとイタズラがしたくなってしまいました」

 

「……もう」

 

「次はちゃんとしますよ。金剛さん、はい、あーん」

 

「っ⁉︎」

 

 言ったそばからまたもや明石は爆弾を投下した。

 今食べようとしてたのにっ! と金剛は心の中で毒づきながらもさっと頬を朱色に染めた。

 

「何するんですか⁉︎」

 

「何って……あーん、ですよ。ほら、カップルとかがよくやるっていう」

 

 ニヤリ顔の明石がそれが何か? とでも言いたげに再び箸を金剛の口元に持っていった。

 

「……」

 

「……」

 

 無言のにらめっこが続く。ここには2人しかいないから、誰かが介入してこの奇妙な状況が変化することはない。

 やはり抵抗が強い。明石が変なことを言いだしたからどうしても意識してしまう。

 しかし、明石の介護なしでは食事がとれないのは事実であるし、感謝もしているからどうも抵抗しにくい。

 少しして、ついに金剛は折れ、躊躇いながらも受け入れることにした。

 

「あ、あーん」

 

「はい」

 

 羞恥に満ちたこのやり取りは、結局金剛がお腹いっぱいになる最後まで続いたのであった。

 

 ◆

 

「たぶん、もうすぐしたらあの4人が来ると思うので、あとは任せておきます」

 

 そう言って、半分食べ残した朝食をお盆に乗せて出て行った。可愛かったですよ、と最後に言い残して。

 案の定、その4人が部屋に走りこんできたのはそれから10分もなかった。

 

「お姉様! ただいま参りました!!」

 

 ドアのつくりが弱ければ絶対に壊れていた。それほどの強さでドアを開けて比叡、榛名、霧島が声を揃えて入ってきた。その後ろを加賀がついている。

 

「おはようございます」

 

「おはようございます、お姉様!」

 

「うん、おはようございます」

 

 またもや3人の声が揃う。本当にこの3人は仲が良さげだ。加賀が挨拶したのはわかっていたが、それをかき消すほどの声量。

 

「ではお姉様、早速ですがこの霧島が外へお連れしますねっ!」

 

 それはもう現実的にキラキラのエフェクトを出しそうなまでに目を輝かせた霧島が、鼻息まで荒くして金剛に詰め寄った。

 

「いえ、ここは榛名が!」

 

 ぎゅう、と霧島を押しのけ榛名が。

 

「普通に考えてここは次女である私、比叡ですよねっ! お姉様っ!!」

 

 最後にぐいぐいっと押し込んで比叡が割り込んできて、結果的に金剛は3人の妹たちにぎゅうぎゅうに押しつぶされそうになってしまった。

 

「ちょっ、ちょっと……ぐるじぃでずぅ……」

 

 助けて加賀さん!

 金剛は必死に頼みの綱である加賀に救いの目を向けた。そして意味が通じたのか、加賀は口を開いた。

 

「……ではここ間をとって私が」

 

「加賀さんは黙っててください!」

 

「あ、はい」

 

 素晴らしい3人の被り声で加賀はしゅんと一撃でおとなしくなってしまった。

 頼みの綱、脆すぎぃ! 金剛は目力だけで加賀に訴えたが、気まずそうに視線を逸らされてしまった。これで金剛はシスコン3人に流されることになってしまった。

 

「ではこうしませんか? 私、榛名お姉様、比叡お姉様の順で1日交代ではどうでしょうか?」

 

 ハッ! と霧島が何かに気づいたようでご自慢のメガネくいっをして明らかに悪者がするような笑みを浮かべながら提案を出した。

 頭がいい霧島、腹黒い。霧島の提案した順番で一週間のローテーションを組んだとすると、3人とも2回は金剛の車椅子を押せることになるが、最後の7日目で必然的に霧島に3回目が回ってくるのだ。

 加賀はそれに気づいたようだが、あえて口出しはしない様子。

 

「順番ですね、それなら榛名は大丈夫です」

 

「それなら……私も……はい」

 

 ……どうやらこの2人はポンコツだったようだ。

 おそらく金剛の車椅子が押せる、という喜びしか頭の中にはなく、それ以外のことはまるで気にもとめていない。

 霧島はというと、勝利の笑いが我慢できず、目に出てしまっている。口をもごもごと動かして必死に我慢している。

 

「では決定ですね。ふふふ……では、今日は私が金剛お姉様の車椅子を押させてもらいます。いいですか?」

 

「あ、はい。お願いします」

 

「では、失礼しますね」

 

 霧島は金剛が被っていた布団を退け、身体を倒させた金剛をお姫様抱っこで持ち上げた。

 

「わわっ⁉︎」

 

 そして、そのまま車椅子に降ろす。

 

「ありがとうございます、霧島さん。ちょっと恥ずかしかったですけど……」

 

「いえいえ、こちらこそごちそうさまです」

 

「……え?」

 

「……え?」

 

 ついつい霧島は本音を漏らしてしまったみたいで、2人とも動きを止めてしまった。すぐ隣では比叡と榛名が羨ましそうにしている。

 お姉様方は2回できるからいいではないですか、まあ……私は3回ですけどね。

 今のボロがまるで無かったように霧島は金剛へと笑みを向ける。すると、金剛も返してくれ、彼女はとても幸せに感じた。

 

 というのは表面上のことだ。もちろん本当にごちそうさまではあったのだが。

 

 同時に、霧島はショックを受けていた。

 

 ーーあまりにも金剛が軽かったのだ。

 少し痩せたのはわかっていたが、それでもだ。力を入れて持ち上げようとした自分がバカに思えるほどの軽さだった。

 おそらく加賀、比叡、榛名も軽々と金剛を持ち上げた霧島を見て同じショックをうけたはずだ。それでも顔に出さないように普通を装った。

 金剛は自身が四日間も眠りに落ちていたことを知らない。今朝も他の艦娘たちの食べる量の半分を与えたが、その半分しか食べなかったとすれ違った明石から聞いた。つまり、金剛は普段の食事の四分の一しか食べていないのだ。

 もしかしたら無理をしているのかもしれない、ついそう思ってしまったが、それは金剛の純枠な笑顔を見せつけられるとその疑惑は一気に晴れた。

 悲しみを誤魔化すようによしっ! と自分に喝を入れ、霧島はハンドグリップを掴む。

 

「さあ、行きましょうお姉様。……まずはどこへ向かいましょうか?」

 

 そして金剛は目覚めてから初めて、この部屋を出るのだった。

 心臓がばくばく打っているのがよくわかる。緊張しているのかもしれない。でも、楽しみにも思っている。これから一週間、できるだけたくさんのものを見よう。そう心の決めた。

 

「ところでお姉様、私たちずっと思っていたのですが、これってまさか寝癖ですか?」




髪を下ろした金剛ってどんな感じか気になる。

どこに行かせようかな。
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