なくならないもの   作:mn_ver2

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スパ子と初月が掘れるまでE5は終われません。


生意気のはね返り

 吐き気がするほどつまらない毎日である。

 電による講義への強制参加を命令されてからはや数週間。ガングートのストレスはピークに達しようとしていた。

 つい先日、金剛が初出撃し、決して目立つ戦果ではないが、無事帰投したという。

 戦艦が新たに戦力に加わるのは非常に頼もしい。しかしその分競争が激しくなり、出撃の際に召集がかかる頻度に差が現れてしまう。だから今すぐにでも海に出て、戦いたい。

 なのに。

 

「私たちは艦娘だ。あのバカみたいに巨大な図体はない。それゆえの耐久力もない。だが、人型である私たちは機動力を活かし、艦に縛られない動きができる。……では武蔵、例をなんでもいいからひとつ挙げてみせろ」

 

 当てられると思っていなかったのか、武蔵は身体をピクリと震わせ、雲の上の天使を探すように視線を彷徨わせながらも、自信無さげに答えた。

 

「……私たちには手があるから、誰かの手を掴み……遠心力を用いてスピードを殺さずに急激な方向転換……だろう、か……?」

 

 まさに虚をつかれた様子で電は一瞬だけ目を丸めた。そしてパチパチと小さく拍手した。

 

「素晴らしい。武蔵、お前のそれはとても素晴らしい。全くもってその通りだ」

 

 チョークで黒板に武蔵の例を書き、さらにもうひとつ項目を作った。

 ガングートはそれをつまらなさそうに見ている。

 

「他にも例はたくさんある。主砲や魚雷などに頼らない戦い方だ。天龍型が持つ太刀や槍。あれも非常に便利なものだ」

 

『砲撃以外の攻撃方法』とチョークで書き殴る。

 ハッ! とガングートは心の中で盛大に電を馬鹿にした。砲ではなく、あの原始的な武器が良いと言うか。笑止。全くもって笑止である。

 そんなものに頼るのは、砲では倒せないからである。だからそんなものに神様に縋るが如く言いよるのだ。そして誤魔化しの言葉を自身の心に泥のように塗りたくる。

 見るに耐えない惨状だ。

 

「他に挙げるならば、陸上での戦闘というのもある。私たちは艦娘だが、だからといって必ずしも海の上で戦うわけではない。もし敵が陸から撃ってきても海から反撃し続けるのは愚かの極みだ」

 

 武蔵を筆頭に、何人かの艦娘は真剣に電の言葉に聞き入っている。だがそのさらに少数の艦娘はあまり理解できないと首を曲げている。

 電は普段では誰も教えてくれない、非常識的なことばかりを取り上げる。彼女のリアルすぎるその話はきっといくつかは実際に体験して得た教訓なのだろう。

 例えばこんな話をした。

 作戦完了からの帰投中、敵艦隊に襲撃された。全員疲労困憊で、電を含めて無傷の者はいなかった。

 当然燃料も弾薬も雀の涙ほどしかなく、絶体絶命のピンチに陥った。まず初めにやられたのは四番艦だった。敵戦艦の連撃が命中し、左脚を根元から撃ち抜かれ、さらに脚部艤装も破壊されてバランスを崩したその艦娘は、ぶくぶくと海に沈んでいったという。

 必死に手を伸ばし、電の足にしがみつこうとしたが、電からしてみればとんでもない迷惑でしかなかった。はっきり言うと道連れに等しい行為であったが、虚しくもその手は果たして電に届くことはなく、孤独に沈んだ。

 そしてひとり、またひとりと撃沈され、ついに電と旗艦だけになった。旗艦は希望を信じ、弾幕を張りながら撤退することを命令したが、電はそれを拒否し、頭部を喪失し、ぷかぷか浮いている味方戦艦の身体を抱き上げて言った。

 

『私はこの人を盾にします』

 

 結果、戦場でくだらない喧嘩が発生することになり、結局弾薬が尽きた旗艦だけが恨めしそうに電を睨みつけながら沈み、電はなんとか生還したという。

 

「戦場とは、決して綺麗なお花畑ではない。生き残るためならば、手段を選ぶな。どんなに汚い手を使ってでも、生き残れば勝ちだ」

 

 上手い具合に言い含めることができた電は、これで終わりとばかりに簡単な会釈だけをして部屋を出て行った。

 まるでそれがスイッチのオンオフの切り替えのように、一斉に艦娘たちが口々に話を始めた。

 まず我先にと口を開いたのは暁だった。ふんすと胸を張り、さも電の言っていたことが全て理解できたかのような自信が眩しいほどに輝いていた。

 

「つまりあれね!」

 

「あれとは?」

 

「あれって……あれよ! えっと……そのぉ……」

 

 響の鋭いツッコミに、暁の自信はしだいに降下し、呆気なく地に落ちた。姉だというのにグイグイ攻めるところ、容赦がない。

 摩耶と鳥海が部屋を出て行き、その後に暁たちも出て行く。急ぎ足であることから考えるに、何かを急いでいるようだ。どうせ電関連のことだろう。歓迎会、といったところか。ガングートは嘆息し、もうここに用はないと椅子から立ち上がった。

 

「ガングート」

 

「ん?」

 

 掛けられた声に反応する。

 声を掛けたのは武蔵で、ガングートの机の横に歩み寄ってくる。世界に名高い大和型からくるだなんて少しばかり光栄な

 気持ちにもなれようが、今の彼女にはそうする心の余裕はなかった。

 なんせ武蔵は電への関心がとても高い。時々尊敬すら孕んだ眼差しを向けていた。

 駆逐艦ごときに。あの最強戦艦が? 失望すら通り越して笑ってしまいそうだった。

 

「今から暇か? もし暇なら私の訓練に付き合って欲しいのだが」

 

 暇かと訊かれると、確かに暇であった。事実これからぶらぶらと鎮守府を散歩しようと呑気なことを考えていた。

 提督と顔を合わせたくないし、電はもっと願い下げだ。どうせアイツは大好きな提督のところに行くはずだ。この時間帯なら彼は本棟の執務室にいるから、自然とそこにふたりは集まる。

 タイミングとしては最高だ。

 内心武蔵に付き合うのは嫌だったが、同じ戦艦の、さらに後輩の頼みだ。そう無下にするのも後味が悪い。

 

「ああいいだろう。砲撃訓練か? それともーー」

 

「私とお前の一対一だ。その方が心躍るだろう? 最近あまり出撃していないからな。腕が鈍ってしまいそうで心配だったんだ」

 

「ハラショー。言うじゃないか。貴様の腕が鈍っていよういまいが私にとってはどうでもいい。所詮まだ貴様はぺーぺーのひよっ子。私には到底かなわないという事実を教育してやろう」

 

「では負けないと? いいだろう、負けたら何をしてくれる?」

 

 武蔵の問いに、ガングートは笑いが止まらなかった。

 すでにふたりしかいない部屋を、たくましい彼女の笑い声が支配する。

 

「はは、ははははははは!!! この私が? 着任ほやほやの貴様に負ける? ありえんっ!! 終わった後、貴様には涼月の愛妻弁当を一週間食べてもらおうか! 知っているぞ? まだ消費しきれていないカボチャが冷蔵庫に眠っていることを」

 

 ガングートは武蔵が涼月の料理が軽いトラウマであることを知っている。なんとも最低な要求だったが、武蔵は掘り返されたそれを必死に引きつった微笑みで隠し、ポーカーフェイスを維持しながらなおもガングートに反撃した。

 

「ならば私が勝てばなんでもしてもらおうか」

 

「いいだろう!」

 

 バチバチとふたりの間に交わる稲妻は決して敵意のぶつかり合いではない。己が力を誇示したい。自分の力を試したい。戦艦ならば本能的に抱く欲求である。

 互いの肩を力強く叩き、どちらも『にっこり』と美人さながらの笑みを浮かべながら出撃ドックへと歩く。かと思いきや、いつの間にか早足になり、しまいには全速力になっていた。

 それがちょうど改修中だった明石を驚かせ、見事失敗させることに成功した。そして自然とこのツケを払うのも負けた方、と決まる。彼女が改修していたのは機銃だった。

 武蔵とガングートは砲身がおかしな方向に湾曲した機銃には目もくれずに艤装を装着する。燃料、弾薬の確認を数秒で済ませ、海の上に立った。弾薬はもちろん演習用のゴム弾。本物を使ってしまい、味方を沈めてしまったとなると笑うことも出来ない。

 

 がらがらがらがら。

 ……ゴトンッ!!

 

 鎖が巻き取られ、目の前の開閉ゲートが開放される。

 

「戦艦、オクチャブリレヴォリューツィヤ、ガングート。抜錨!!」

「戦艦武蔵。参るッ!!」

 

 脚部艤装が一気に最大出力まで引き上げられ、海水がふたりよりも高く屹立する。どちらも低速艦とは思えないほどの加速で出撃ドックから飛び出した。

 徐々にふたりの距離は離れていき、互いの姿が豆粒ほどの大きさとなった時、始まった。

 まず仕掛けたのは武蔵だった。ガングートは彼女の砲が火を噴いたのを視覚した瞬間、回避運動に移行する。ゴム弾がついに見えるほどの距離に近づき、遅れて重い発射音がようやく耳に届く。

 速度、位置、方向、風向きから落下予測地点を導き出し、悪すぎる精度に鼻で笑う。

 続いて発射音を追い抜いて飛来する弾の雨もガングートはなんなく避ける。

 

「この程度か! まったく、大和型が聞いて飽きれるぞ!!」

 

 その声はきっと届いていない。しかしガングートはそう叫ばずにはいられなかった。

 数秒後、砲撃が止んだことを悟ると素早く水偵を二機飛ばした。今日はすこぶる良い、雲ひとつない天気のせいで発見されることは間違いないだろうが、問題ない。武蔵の正確な位置さえ把握できればこちらの勝ちだ。

 今度はガングートの番だ。

 大きく旋回しながら、しかし確実に距離を詰める。副砲をばら撒いて適当に注意を引きつけながら水偵からの連絡を待った。

 命中することは期待していない。あくまで時間稼ぎだ。そのことはきっと向こうもわかっているはずだ。少しして、武蔵の副砲が上空に向けられたことを視認した。どうやら水偵がバレたようだ。落とされては困る。ガングートは咄嗟に副砲から主砲へと切り替え、彼女の対空射撃を阻害する。

 ゴトンッ、と空弾が排出され、海に落ちる。再装填、発射。

 十発中三発命中。

 武蔵の鍛え上げられた身体がぐらりと揺れ、倒れまいと踏ん張りを見せた。

 

「ほう」

 

 正直な賞賛。

 膝をついても仕方のない砲撃を浴びせたつもりだが、どうやら存外にあの戦艦は耐久力に自信があるそうだ。だからといって手を抜いてやろうなどという半端なことはしてやらない。

 

 ーーもっとだ! もっとこのガングートを滾らせろ!!

 

 弾の装填を急がせる。

 着弾観測するための用意は完了した。だがガングートはそれをする前に、武蔵がどこまで耐えられるかという興味が湧き上がったのだ。

 装填完了の知らせを妖精から受け取り、さらに副砲の使用も命令する。

 撃って撃って撃ちまくる。日本を誇る武蔵という名がただのお飾りではないこと、訴えろ!

 

「全砲門開け! 撃ち方……始めッ!!」

 

 火薬の燃える匂いがガングートの鼻腔をくすぐり、彼女の戦意にさらに拍車をかける。

 頭の中で思考が弾ける。しかしそれを反動で身体にかかる海水が冷やしてくれる。武蔵はどうやらここが正念場と思っているようだ。水偵を意識から完全に排除し、避けることに徹底しているようだ。

 

「は、は、はははははは!!!」

 

 あれだけ大口を叩いておいて、これか!

 武蔵を馬鹿にする。どれだけ電に対して執心していようと結局最後にモノを言うのは正直な、純粋な、そして残酷なまでの単純な力なのだ。

 笑う。これだから駆逐艦は弱い。価値もない。せいぜい対潜ができるだけではないか!!

 だがこの瞬間、ガングートは確かに油断をしていた。それゆえに、武蔵がガングートの砲撃の嵐の隙間を、針糸を通すような絶妙な一発の弾に気づくことができなかった。

 それはガングートの左肩に見事命中し、ズパアアァァン……!! という誰が聞いても快音であると頷く音が爆発し、肩を外れさせた。

 

「な……!!」

 

 痛みよりも先に、なぜ、という疑問が全身を光速で駆け巡った。ガングートの砲撃は一切の正確さを無視したデタラメな砲撃などではなかった。水偵の補助がないため決して良いものとは言えないが、それでもある程度の照準は合わせていたはずだ。いったい、なぜ…………。

 当てられた、よりも撃ち返されたという事実にショックを受け、ガングートの攻撃が一時止まる。そこを武蔵は見逃さず、そして出力を上げてこちらへと急接近し始めた。

 

「クッ……」

 

 我に返ったガングートが武蔵に対して容赦のない砲撃を浴びせる。すると武蔵は両腕を頭の前で組み、防御の体勢を維持しながら突っ込む。例え命中しようとそれでも近づいてみせる。そんな戦艦ならではの耐久力を生かした、あまり良い作戦とは言えない方法だった。

 身体がこちらに向いているため、当てられる面積が少ない。当てられたとしても腕で防がれる。ダメージは与えられるが、結果がどうなるかなど火を見るより明らかだった。

 つまりこの状況において砲撃は無意味となった。実弾ならばなんとかなることもあるが、ゴム弾程度ではどうしようもない。

 砲台を確認し、砲身を常に真横に向けるように命令する。

 腕を払い、ガングートも脚部艤装をフル稼働させて武蔵を出迎える。

 互いの表情の細かな変化すらわかるほど近づいた瞬間、先に手を出したのは武蔵だった。

 咄嗟に腕を解き、ガングートに殴りかかった。

 

「ふっ!」

 

「くどいぞ!」

 

 腰の動きに集中し、まずは足運びを意識する。まずは右足を踏み込み、腰を突き出す。そして左足を軸にして回転。

 そうすることでガングートの砲台がちょうど良い具合に武蔵の攻撃を防いだ。

 そして……。

 

「撃てッッ!」

 

「!!!」

 

 砲身がちょうど武蔵の顔を覗き込む。そしてまた武蔵もその奥にうずうずしている砲弾を窺った。

 火が爆ぜ、瞬間的に爆発エネルギーを得たゴム弾が放たれる。

 首の骨が折れてもおかしくない角度まで武蔵は首を横に曲げ、なんとか手から肩まで軽い火傷だけで済んだ。しかし、命中してしまった腰艤装はそこの部分だけ少し変形し、ガギギ!! と嫌な金属音と共に砲台を圧迫し、命中率の低下というお土産がきた。

 けれども武蔵はまだここで諦めていなかった。そのまま彼女の砲身を掴み、ぐいっと身体を胸元まで寄せ、獣のようなどう猛な笑みを浮かべていった。

 

「ーー海を汚すなよ?」

 

 横を向いているガングートではこれに対応するだけの余裕はなかった。

 腹部への超至近距離での砲撃。それも大和型の。

 内臓が一瞬だけ薄紙一枚になったかのような急激な身体の変化に耐えきれず、ガングートは喉まで込み上げてきたものを吐きかける。数秒だけ世界が暗転し、海の果てを見届ける。

 膝をつき、口元を抑える。

 

「参ったか。随分と私を見下げていたが……今はどんな気分だ?」

 

「……クソだ」

 

 ようやく砲身を正面に向けたガングートが汚い言葉を吐き捨てる。

 今の攻撃は勝敗に大きく影響するものであったことは確実だ。しかし、これはそうではない。

 口角がわずかに上がる。

 武蔵が怪訝そうな表情を見せた瞬間、ガングートは真下……海に向かって発射した。

 海水が空高く吹き上がり、注意の削がれた武蔵の隙をつき、ガングートは彼女の意識から逃れた。

 つい反射的に武蔵は主砲をお見舞いした。するとすぐに肉体を叩く快音が帰ってきて、命中を理解した。

 大量の海水が降ってくる。そしてそのカーテンを裂いてぬうっ、と現れたのはガングートだった。

 

「は」

 

 右手が伸び、武蔵の襟首を掴む。そして一気に身体を寄せ、激しい頭突きを武蔵にお見舞いした。

 武蔵が大きく仰け反る。しかし手は離さず、そして武蔵もガングートの左袖を確かに握った。身体をびくりと震わせ、再起動した武蔵が今度はとガングートを引っ張る。ガングートもそれに対抗すべく服が破けるほど力強く引っ張った。

 鼻と鼻が触れ合う距離にまで密接し、互いの荒い呼吸が顔にかかる。

 そこからふたりが動くことはなかった。束の間の休息が訪れたかのように思えたが、それは間違いだった。

 

「私の勝ちだ。最後の一瞬、感情的になったのが決め手だったな」

 

「……」

 

 言われた方は無言を貫いたまま、相手の砲が顔面に向けられていることを確認する。そして自分のを確認するが、せいぜい偶然手足に向けられているだけで、実弾ならば一撃必殺の絶体絶命的状況から脱することはどう足掻いても不可能だった。

 頭を垂れ、大人しく手を離した。すると彼女もちゃんと手を離す。ついでに少し乱れた服も直してやる。

 

「……参った」

 

 そして、涼月の愛のカボチャ弁当、悦びの七日間が決定した。

 

 ◆

 

 勝った。

 ガングートは当然の結果を噛み締めながら武蔵の肩を叩いた。

 

「言っておくが、朝昼晩毎日だぞ? はは、痛快だ。駆逐艦も喜び、win-winじゃないか」

 

 そう言われた武蔵は満更ではない様子でガングートの手を払い、絶望を隠すことなく顔に出して叫んだ。

 

「ああ私には無理だ! カボチャに汚染された私が簡単に想像できるぞ⁉︎」

 

「知るか。もともと決まっていたことだ。気にするな。なんなら私がちゃんと食べられるように側にいてやろうか?」

 

「……悪魔め」

 

「戦艦だ」

 

 ぐだぐだと航行し、ようやく鎮守府に帰ってきた頃には夕日が沈もうとしていた。出撃ドックの開閉ゲートは開かれており、誰かに帰っているところを確認されたのだろうと考えてふたりはそそくさと中に入る。

 艤装をパージして、妖精たちに預ける。そして適当な休憩室に入った瞬間、どっと重荷から解放されたふたりはその場に腰を下ろした。

 

「約束は約束だからな? まさか大和型が反故にするなんてことはあるまいよ」

 

「くっ……」

 

 全く、上手いことを言う。こいつは本当にロシア出身なのかと疑うほど口が達者だ。だが言われていることはどうしようもない事実で、武蔵には反論のしようがなかった。

 つまらぬ……なんてことは決してないが、それなりのプライドのぶつかり合いだったのだ。今からうだうだと駄々をこねても見苦しいだけだ。武蔵は魂すら抜け落ちそうなため息を吐いて、空を仰いだ。

 

「……やっと帰って来たか」

 

 いつの間にかドアを開けてこちらを見ていた男がいた。

 提督だ。そして電もいる。彼女の無機質な視線がガングートに突き刺さり、あからさまに舌打ちをする。

 その一部始終を提督は見ていたが、あえて何も触れずに話を切り出した。

 

「勝手に演習を行ったそうじゃないか? 演習をすることはいい。だがそのことをちゃんとする前に上官である俺に伝えてからしろ。事後処理は誰がしていると思う? 消費された燃料。ゴム弾の調達。それに傷ついた艤装を修理するのに妖精たちから鋼材を要求される。お前らにとっては楽しい楽しい演習だったんだろうが、俺にとっては辛い辛い事後処理が始まるんだ。自己中心的な考えから離れろ。お前たちの精神年齢はそう低くないはずだ」

 

 目頭を軽く押さえ、提督はきたる事後処理に頭を悩ませる。くるとわかっていたのならそこまで問題なのではないが、突然だと非常に困る。なにせそれに当てる時間が無いからだ。提督としてやらなければならないことが山積みで、綿密なスケジュールの上で鎮守府を運営している。それなのにはいよろしくと書類を突っ込まれてもそれに手をつける時間が無いのだ。

 いっそ提督が複数人だったら、なんて馬鹿な願いを抱いた提督は頑として厳しい態度で二人に接した。

 

「今回は電が早く気づいてくれたからそこまで面倒なことにはならなかったが、今度はどうなるはわからん。次は相応の処罰をするから、心の深く刻みつけろ。わかったな?」

 

 そう冷たく言われて、武蔵は少し凹んだ。

 期待されて鎮守府に建造という形で着任したのだ。周りの人や艦娘たちの想いに応えなければという使命を背負って頑張ってきたつもりだった。それは足枷だとかそんなものではなく、ただ純粋に武蔵が応えたいと願った。そして今まで頑張ってきた。

 だから提督を失望させるような真似をして、自分の浅はかさを悟った。

 

「す、すまない提督。私はーー」

「理解できん」

 

 素直に謝罪を口にしようとした武蔵を、ガングートが遮った。

 ここでガングートも謝ればそれで終わりだったのに、なぜ蒸し返すような真似をする。

 敵意むき出しの眼で提督を捉え、糾弾する。

 

「それはつまり資源が根本的に足りていないということだ。戦艦ふたりを満足に運用できない奴にとやかく言われる筋合いはない。それに時間が足りない? いつだって思い通りに事が進むわけないだろう」

 

 武蔵が息を飲む音が聞こえる。

 上官に対して挑戦的な態度をとるガングートに、場の空気が瞬間に凍りついた。

 提督は澄ました顔でガングートの主張に耳を傾けた後、「確かに」と彼女のただの煽りでしかない反論に返事する。

 

「資源が足りないのは武蔵を建造するために消費がかさんだからだ。それに臨機応変な対応力というのはお前のいう通りだ。だからといって全て完璧にこなす者が存在するとでもいうのか?」

 

「少なくとも私は貴様にそうあれと思っている。……まったく、こんな低能な男の鎮守府に着任するだなんて後悔してもしきれんぞ」

 

 わざとらしく肩を竦めてやれやれと言わんばかりに失望を露わにする。

 ガングートの、提督への態度の悪さはどうしようもないレベルだ。ロシアならではの気質の違いが如実に表れている。だがそんなことを言ってしまえば響にも同じ事が言える。

 だからこれは、『ガングート』個人の人格である。

 提督は残念そうに目頭を押さえ、短く嘆息する。

 その意味するものは何か。お手上げなのか、それともガングートに対する哀れみなのか。無性に腹が立ったガングートはさらに提督を問い詰めようとした。

 その時。

 

「お前……今なんと言った?」

 

 ガングートの目の前に電が立ち、彼女を見上げていた。

 しかしその眼は殺意すら孕んでいるもので、魂が萎縮するほどの力のこもったそれがガングートを見上げていた。

 それでもガングートは電をひと笑して繰り返した。

 

「こんな低能な男の鎮守府に着任するだなんて後悔してもしきれんぞ、と言った。なんだ? あと何度言って欲しい? 可愛い可愛い駆逐艦様のお願いだからな」

 

 圧倒的な身長差のせいもあって、電はガングートの裾の部分を汚く掴み上げた。

 対するガングートは顔色を変え、何かあればこの駆逐艦を退けようとする準備をした。

 

「先生を低能と言ったな? それはお前が五度海の藻屑になってバクテリアに食われてもなお飽き足らぬ失言と知れ。前々から目を瞑ってやっていたが、お前のその態度はもはや見過ごせるレベルを通り越した。……殺してやる。今すぐにでもお前を殺してやる」

 

「はははっ!」

 

 駆逐艦が? 戦艦を? 可愛い冗談を。

 面白おかしく感じたガングートは場の空気にも関わらず大笑いした。微かに目尻に浮かんだ涙を拭って、電の手を払うこともせずに言った。

 

「殺すと。味方を殺すというのか、末っ子。随分と幼稚な戯言を言ってくれるじゃないか。だがもしそれが本気ならば……その言葉は聞き捨てならんぞ」

 

 ふたりの視線が交差する。バチバチと見えぬイナズマが迸り、ついに衝突して爆散した。……つまりは両方の堪忍袋の尾が切れた。そういうことである。

 

「先生、この戦艦との演習を希望します。今から」

 

 尋ねられた提督は考えるそぶりすら見せずに答える。

『これ』が起こることを想定していて、そのために用意していたカンニングペーパーを読み上げるような反応だった。

 

「許可する。だが殺すのはダメだ。あくまでお前たちはこの鎮守府に所属している艦娘であり、仲間だ」

 

 睨み合い、いがみ合い、嫌い合う。

 ようやく電はガングートから荒々しく手を放すと、妖精の一人に話しかけ、艤装の用意をさせ始めた。

 提督は無言でガングートを見つめる。そして数秒視線を交差させた後、何事もなかったかのように部屋を出て行った。今の無音の会話は、駆逐艦が相手ならば連続で演習を行っても問題ないだろう? とある種の挑発にも似たものを感じた。

 初めて食堂の壇上で紹介された瞬間からただものではない気配を放っていた。……間違いなくあの電はそこらの駆逐艦より異質な存在だ。

 

 ーーだからどうした。

 

 駆逐艦は駆逐艦の枠を超えることはできない。

 駆逐艦は戦艦には敵わない。絶対に敵わないのだ。

 ゆえにガングートの勝利は約束されている。この生意気な駆逐艦と、馬鹿な男に事実を知らしめてやるのだ。

 そう考えると、ガングートは電との演習がとても楽しみになってきた。

 口角を上げ、音もなく嗤った。

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