なくならないもの   作:mn_ver2

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今回はほのぼの回


卓球

 本日の朝食を運んできたのは霧島だった。

 それだけで、なんとなく昨夜明石の言っていた『お話』の内容がわかってしまう。

 どうせ、金剛お姉様の朝食はこの霧島に任せてください! とか何とか言ったのだろう。

 

「おはようございます、お姉様」

 

「うん。おはよう、霧島」

 

 朝食は食パン。あと、牛乳とヨーグルトだ。

 

「いい匂いがするよ」

 

「そうですか。ふふ、よかったです」

 

「霧島はもう食べ終わったの?」

 

「はい」

 

 霧島がどんな朝食を食べたのか知らないが、やはりそうとうな早食いなのは確か。

 比叡たちとの食事もできれば一緒にとってほしいものなのだが。

 

「別にそんなに急がなくてもいいんだよ? どうせ私は暇だから朝食べるのが遅くても構わないんだけど」

 

「お姉様とふたりきりであることに意味があるのです!」

 

 鼻息を荒くしながらそう語る霧島がいろいろと怖い。

 そんな感情を押し殺しながら上半身を起こし、霧島からパンを受け取り、もそもそと食べ始めた。

 ふわっとしたこの食感。美味しい。

 

「ねえ霧島」

 

「なんでしょうか?」

 

「そんなにジロジロ見られたら食べにくいっていうか……恥ずかしいっていうか……」

 

「霧島は大丈夫ですので」

 

「金剛は大丈夫じゃないんだけど……」

 

 完全に榛名の真似だが、つい反射的に同じように返してしまう。頑張って霧島を意識せずに食事に努めるが、視線がどうしても気になってしまう。ちらりと見ると、微笑みを向けられる。なんだか変な気分だ。

 沈黙を守り続けるのも癪だ、金剛は話の種を蒔いた。

 

「あー、今日はどうしようかなー」

 

 とてもあからさまな棒読みだったが、これに霧島は魚のように食いついた。

 

「だったら運動しませんか! 運動ッ!」

 

「運動かぁ……いいね」

 

 全く運動していないし、そろそろ車椅子に押されながらも移動も少し飽きてきたところだ。2日目にしてこれでは、妹たちに車椅子を押してもらう機会が減ることになってしまうが……我慢してもらうしかない。

 といっても、過激な活動はできないから、走ったりなどはNGだ。

 

「で、何があるの?」

 

 どうやらこの言葉を霧島は待っていたらしい。

 メガネをくいっと上げ、目を光らせた。

 

「ーー卓球です!」

 

 そう、言ったのだった。

 

 ◆

 

「この鎮守府には卓球なんてあるんだね」

 

「そうよ。提督が私たちのために娯楽を取り入れてくださっているわ」

 

 とある棟に案内され、金剛は目を見開く。そこは、どう見ても体育館のそれだった。バスケットゴールもきちんと設置されており、バドミントン用の穴もちゃんと床に打ち抜いてある。

 赤城とペアで卓球台を準備していた加賀が続ける。

 

「私は、何事にも本気で取り組む主義なの よ」

 

 ドヤ顔でそんなことを言われても困る。

 他にも何人か初めて見る艦娘たちが準備を手伝っている。当然ながら妹たちもいる。

 

「ちょっと! もっと力入れなさいよ!」

 

「力入れにくいから難しいのよ!」

 

 3人組の小さな子たちが懸命に卓球台を立てていた。しかし、身長的にそれはどうも難しそうだった。

 

「3人で力を合わせればできるさ」

 

「さすが響、わかってるわね!」

 

 金剛からしたらそれは微笑ましい様子だったが、いつまでもあれだと進みそうにないから、手伝ってあげようと思い、車椅子から立ち上がった。

 

「お姉様?」

 

 榛名が心配して声をかけてくれたが、大丈夫だとなだめる。

 

「手伝おうか?」

 

「んににいぃぃ! お子様扱いしないでよ……て金剛さん⁉︎」

 

 顔をしかめながら力を入れていた黒紫色の長い髪の子は初めは金剛だと気づかなかったようで、驚いた拍子に手が離れかけ、咄嗟に金剛はそれを支えた。

 

「おっと……うん、金剛だよ」

 

「あ、ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 そのまま4人で協力をして無事卓球台を設置できた。

 

「ありがとう。助かったよ」

 

 そう言ったのはおとなしそうな白髪の子だ。ズレた帽子を被りなおす。

 

「うん……えっと……」

 

「響だよ」

 

「響……」

 

「そう」

 

「覚えたよ。他の子は?」

 

「さっき助けたのが暁。もう一人は雷だよ」

 

 響が一人一人指差して金剛に教える。

 

「わかった。ありがとう」

 

「気にすることはない」

 

「ついでだし手伝うよ」

 

「私は構わないさ」

 

 でも、と響はふたりに視線を向ける。金剛はそれにつられてふたりを見ると、どうも納得していない方に偏っているようだ。しかし、助けが必要であることもちゃんと理解しているっぽい。

 

「頼られる私が頼ることになるなんて……」

 

「私は子供扱いしてほしくないだけよっ」

 

「じゃあ手伝わないでおこう……か?」

 

 そう言ってもなんだかすっきりせずにうやむやになっていている。

 

「せっかくの善意だ。たまには頼ることも必要ではないだろうか」

 

 響が見た目にそぐわぬ対応をしてふたりをなだめている。きっと精神的には響がはるかに年上だ。

 なんとかふたりの了承を得て3人を手伝い始めた。結果、ものの五分と少しで終わった。

 

「さて、では始めましょうか!」

 

 赤城が号令をかける。

 メンバーは金剛、比叡、榛名、霧島、赤城、加賀、暁、響、雷、瑞鶴だ。

 

「どうしてあなたがいるの?」

 

 呆れはてた顔で目頭を押さえながら加賀が呟く。ラケットを持った瑞鶴は腕を捲り、ふふん、と威張った。

 

「私もたまたまここを通りがかっただけよ。なに、文句ある?」

 

「……ないわ」

 

「ふん」

 

 仲が良いのか悪いのか、やはりわからないこのペア。さっそく加賀に決闘を申し込んでいるところ、瑞鶴はやたらと加賀に絡みたがる。

 

「金剛お姉様、どうしますか?」

 

「私、卓球やったことないからなぁ」

 

 榛名に尋ねられ、ポリポリと後ろ頭を掻きながら答える。知識としてはもちろん知っているが、実際したことがあるかと訊かれると、ない。

 

「大丈夫です、お姉様。私たちが手とり足取り教えるのでっ!」

 

 霧島と比叡も、榛名の言葉に賛同して頷く。

 比叡にラケットを受け取り、卓球台まで移動した。

 

「どうしようか? どうせだしダブルス?」

 

 ふたりが卓球をして、もうふたりが休憩ならば、それより皆でやった方が断然楽しいと判断した金剛の提案だった。

 ……ここに、戦いの火種が生まれた。その内容は、誰が金剛とペアを組むかだ。必然的にそれはひとりに断定される。

 さらに、比叡たちには順番で回すという、ごく一般的な解決方法を頭に欠片も思い浮かばなかった。車椅子の件でそれを提案した霧島でさえもだ。

 

「霧島は今朝金剛お姉様の朝食の相手をしていたから別にいいよね?」

 

 笑顔を浮かべながら霧島に語りかける榛名だが、その目は笑っていない。ちょうど金剛は赤城から軽いレクチャーを受けているからそのような妹たちの修羅場を目撃することはない。

 

「そういう榛名は今日はお姉様の車椅子を押したからもう大丈夫よね?」

 

「そんなこと言ってないですよー?」

 

 はたから見ればそら恐ろしい有様であるが、別段仲が悪いわけではない。表面では仲良くして……なあれでもなく、ただ、金剛のことになると、気持ちがハイになるだけ。3人とも本心からの悪意ではない。

 

「O・HA・NA・SHIしたいところですが、そんな時間はなさそうですね……」

 

 残念そうに霧島がピンポン球を握る。プラスチック製のそれはいとも容易く割れてしまう。それを偶然にも見かけてしまった暁は不幸としか言えまい。

 金剛が赤城のもとから帰ってくる。比叡たちの嵐はここで急速に勢力を失うことになる。

 

「ごめんね、3人とも。待ったかな?」

 

 口々に否定し、かぶりを振る3人。

 

「そう? よかった。チームは……じゃんけんで決めようか」

 

 さっきまでそのことで修羅場となっていたのに、そんな純枠な言葉で一瞬にして治められてしまった。

 じゃあいくよー? と金剛が声かけをし、4人でグッパーで別れましょ! と手を出す。

 

「私はグーだから……アハッ♪ やったぁ! 金剛お姉様と一緒だぁ!」

 

 結果は榛名、霧島のペア。そして金剛、比叡のペアとなった。

 

「覚悟してくださいね。私の計算で翻弄してさしあげますわ!」

 

 ラケットを比叡に向け、宣戦布告。

 

「姉として、受けて立つ!」

 

 胸を張って比叡が声高に宣言する。

 そして、ここに(金剛を除いた)姉妹喧嘩の火蓋が切って落とされた。

 

 ◆

 

「さて、私たちもやるわよ!」

 

「もっちろん!」

 

「ハラショー」

 

 彼女らの小さな手には似合わない大きなラケット。そして、胸の上まである高い卓球台。誰の目から見ても卓球どころではないのは明らかだった。

 

「暁ちゃん? その高さでも大丈夫なの?」

 

 心配そうに赤城が声をかけた。

 意地でもやり遂げるつもりの暁だが、側で白熱の試合を繰り広げている加賀と瑞鶴ーーの使っている卓球台の高さーーを見て、さらに実際の戦闘よりも殺気の漂った試合をしている金剛姉妹ーーの使っている卓球台の高さーーを見てその意地にセメントが上塗りされる。

 

「大丈夫よ。私たちは立派なレディーなんだからっ!」

 

 ふんすと無い胸を張る暁。ある赤城からするとそれは哀れなことだった。しかし、これからの成長に期待。

 

「いや、普通に無理でしょ」

 

 素直なツッコミを雷がいれる。響も無言だが首肯する。もしそのまま卓球をしたところで、まともに球など打てないし、逆に子供っぽく見えてしまう。

 暁はどうも『レディー』もしくは『大人の女性』、またはそれらに類するものに非常に敏感だ。子供の背伸びにしか思われないのだが、その心がけは殊勝なことである。本物の『レディー』にいつなれるかは誰にもわからないが、余裕をもった女性となることを願う。まだ着任していない暁型駆逐艦4番艦の電の面倒もみられるような。

 

「脚の高さ、調節するの手伝ってあげますよ」

 

「わ、私はそんなこと頼んで……わかったわ」

 

 両横からのふたりの視線に耐えきれなかったのだろう、暁は意外にあっさりと折れ、大人しく協力して脚の高さを下げた。

 

「さ、やるわよ!」

 

 雷が先導して卓球を始めようとする。

 

「なんで雷が仕切ってるのよ!」

 

「別にいいじゃない、ほら、しよ?」

 

 暁たちにちょうどいい高さになった卓球台に立ち、球を手に持つ。

 しかし……。

 

「3人……はキツイわね」

 

 暁がポツリと呟く。

 シングルにすると、1人余ってしまうし、かといってダブルスだと釣り合わない。赤城をちらりと見る。加賀の応援をしていて、それ以外は特に忙しそうになさそうだ。

 暁は意を決して赤城に近づいた。

 

「赤城さん」

 

「ん? どうしたの暁ちゃん」

 

 振り返った赤城が暁に尋ねる。

 何度か脳内シミュレーションを行ったが、いざとなるとどうも緊張する。口をパクパクさせ、やっとのことで意思を伝えた。

 

「私たちは3人だからシングルもダブルスもで、できなくて……だから」

 

 俯いていた頭を上げて、赤城を見つめる。

 

「だから私たちと一緒に卓球してほしい! ……です」

 

「うっ……」

 

 今の赤城の呻きは嫌悪感からではない。自分より小さな子に上目遣いでそんなことを言われてしまったのだ。過度な上方修正をほどこされ、まるで赤城しかいない、かのように聞こえてしまったのだ。

 何かの扉を開きかけた赤城であった。

 

「も、もちろんよ。さあ行きましょう」

 

「あ、でも高さが……」

 

「心配しないで。ハンデだと思えばいいのだから」

 

「うん」

 

 実は赤城、卓球についてはだいぶベテランだったりする。

 

 ◆

 

 金剛があの棟にいると聞き、提督はそこへ足を向けた。

 入った瞬間、提督を襲ったのは熱気だった。卵を一気に焼いてしまうような。

 

「なんだこれは……!」

 

 そばにいた長門が驚愕を隠せない様子だ。それもそうだろう。意地の争い、そして姉妹喧嘩がここで渦巻いているのだ。そうなるのも仕方のない。

 陸奥はあらあら、と完全に傍観者視線だ。

 あわよくば俺も参加を……という思惑でやって来たのだが、どうやらそれは叶いそうにない。

 そして、提督の後ろからぞろぞろと艦娘たちが押し寄せてきている。誰もが皆、金剛がいると聞きつけてだ。

 

「終わるまであまり関わらない方が良さそうだな……殺される」

 

 熱気に混じって感じるのは、鋭い殺気。鋭利なそれは、無闇に踏み込んだ瞬間に首を狩られそうだ。

 しかし、赤城たちの方はその中で悠々と卓球を楽しんでいる。飛んで火に入る夏の虫が火をもろともせずに飛翔しているのだ。

 なんというイレギュラー。

 

「ど、どうする?」

 

 長門が尋ねる。

 ビッグ7の彼女ですらこの怖気ようだ。提督たちはそうとう恐ろしい領域に踏み込みかけている。

 

「あの二組が終わるまで待機だな……」

 

「ああ、それがいい……」

 

 後ろの艦娘たちもわかってくれている。

 

「提督」

 

「どした」

 

「金剛姉妹の金剛への執着……あれって異常じゃないかしら?」

 

 注意深く観察している陸奥が提督に質問を投げる。

 

「元々異常だったろ。で、あの件があってそれに拍車がかかった。それだけだ。いずれ元に戻るさ」

 

「そうね」

 

 どうしてこんな質問をしたのか意図がわからなかったが、その後陸奥が長門を見る目を見て確信する。なるほど、百合百合しいやつだ。

 

 静かに卓球が終わるのを待って10分くらいした頃。ようやく勝敗がついたようだ。

 勝者は加賀、そして榛名、霧島のペアだ。

 

「終わったかな?」

 

 背中に冷や汗を感じながら提督は肩で息を吐く彼女らに話しかけた。

 かいた汗を袖で拭う姿に思わず見惚れる。

 

「どうしたの? 提督?」

 

 金剛のひと声で引き戻された提督は視線を泳がせた。

 

「お前がここにいると聞いて、な。他にもいっぱい来てるんだが、その相手をしてくれないか?」

 

 親指で後ろを指差す。金剛は大人数の艦娘たちを見て、苦笑いを浮かべる。

 

「私、卓球したばかりで疲れてるんだけどなぁ……」

 

 嫌だ、と言えば簡単なのだが、そういうわけにもいかない。実際疲れているし、はやく車椅子に座りたい。完治したわけではないから無理はあまりしたくなかった。

 だがこれはチャンスだ。今は赤城、瑞鶴、翔鶴、暁、響、雷と仲良くなったが、この鎮守府にいる艦娘はもっといる。その子たちと仲良くなるチャンスなのだ。

 鈍った身体に鞭打ち金剛は笑顔をつくってみせた。

 

「うん、わかったよ」

 

「大丈夫ですか?」

 

「大丈夫! 金剛、気合い、入れて! いきます!」

 

「さすがお姉様!」

 

 自分の真似をしてくれた比叡がとても嬉しそうだ。その様子を見て金剛も嬉しくなる。

 

「じゃあ一緒に卓球しようか! あなたはなんて名前なの?」

 

 ◆

 

 彼女は歌う。

 

「ーー♪」

 

 怒りをのせて。

 絶望をのせて。

 

 寄せられるように味方が海に浮上する。

 

「ーー♪ ーーーー♪」

 

 その歌声に聞き入り、その聴衆は増えに増え、とどまるところを知らない。

 雄叫びが海に轟く。それはまだ、陸には届かない。

 まだだ。

 

 ◆

 

 金剛は車椅子に乗せられ、ぐったりしている。疲労が溜まり、眠りに落ちている。

 その寝顔がとても可愛らしく、車椅子を押していた榛名は比叡と霧島に見られないようにこっそりと頬を突く。

 

「んにゅ」

 

 金剛が短く呻く。

 それが榛名の庇護欲を大きく揺さぶる。

 爆発寸前となったが、そこは理性でどうにか抑える。

 

「着いたわね」

 

 霧島が呟く。病棟に戻った彼女たちはエレベーターに乗り、金剛の部屋の階まで上がった。

 

「起こす?」

 

 榛名が提案する。

 しかし、ふたりがそれに反対した。どうせ返事はわかっていたのだが。

 

「ですよね」

 

 金剛の背中に手を回し、軽々と持ち上げる。そして、ベッドに寝かせ、優しく布団をかける。おだやかな吐息をはき、眠っている。

 比叡たちは金剛のしばし魅入り、見惚れてしまう。

 

「私たちも行こうか」

 

 比叡の呼びかけで妹たちは部屋を出ていく。

 その前に。

 

「お休みなさい、お姉様」

 

 ひとりひとり、眠る金剛の頬に軽く口づけをし、今度こそ部屋を出ていった。

 笑顔になったように見えたそれは、決して見間違いではない。




ほのぼのだったり……そうじゃなかったり……上下激しいです
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