サマーメモリー
「ーーーはぁ……」
真夏の熱気に魘されながら山道をレンタカーで走る。コンクリート舗装がされているとはいえ中央線が引かれていない一本道を森林を眺め、時折道路の真ん中に放置してされている落石を避けながら。
「全く、都会に出て来て分かる。俺の実家ってマジで未開の地にあるな」
「ーーー未開の地っていう割には道路がちゃんと舗装されてるけど?」
「ここまでの道路って最近になってようやく完成したんだぞ?俺がガキの頃は山道で、爺さんが面倒だって言って実費で業者雇って舗装させたんだよ」
「ーーーここまで?30分は走ってるわよ」
「マジマジ。小中高は山道走って下まで降りてたからな」
「一体どれだけお金を使ったのよ……」
木綿季が窓から身を乗り出しながらはしゃぎ、詩乃が爺さんの散財に頭を抱えているのを見て笑う。人生経験の浅い詩乃では深く考えるなと言われてもそう出来るほどに経験を得ていないので無理だろうけど。
「木綿季ぃ、次カーブだから危ないぞぉ。詩乃、あの爺さんのすることを深く考えちゃいけない。そんなものだって思った方が楽になれるぞ」
「楽になれるって……」
「おぉぉーーーぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
「言わんこっちゃ無い」
俺の忠告を聞かなかったばっかりにカーブで曲がった際の遠心力で窓から飛び出しそうになっている木綿季のベルトを掴んで車の中に引き戻す。一本間違えれば大惨事になっていたというのに木綿季はシートの上に放り投げられて楽しそうに笑っている。
「時期に着くから寝ておけ」
「却下で」
「……私は寝させてもらうわ」
木綿季は俺の提案を一蹴したがさっきのを学んだのか窓からは身を乗り出さずに景色を楽しそうに眺め、詩乃は爺さんのことを考えて疲れたのか持って来ていたアイマスクを着けて寝る姿勢に入った。
ーーーこれは2021年の出来事。SAOの正式サービスが開始され、デスゲームとなる一年前の夏の出来事である。
「着いたぞ〜」
「到ッ着ぁぁぁぁぁぁくッ!!」
「あっつぅ……」
未開の地である山の中を車で走って1時間。ようやく辿り着いた先は森を開いて建てられた一軒の日本家屋。ここが俺の実家で、爺さんからうざったいくらいの呼び出しを受けたので木綿季と詩乃の夏期休暇に合わせて一旦帰省することにしたのだ。
にしてもここに帰って来るのは久し振りだ。木綿季が来てからは2人の学校の関係から都心にある紺野家の方で過ごしていたので実家には全く顔を出していないのだ。母さんは趣味である強者の蹂躙をして来ると言って俺が高校生くらいの時から海外に出て時々帰って来る生活をしているのでここにいるのは爺さん1人だけ。寂しくて呼び出しをしても仕方がないと思う。
あの爺さんが寂しいとか天変地異の前触れだとしか思えないが。
「早く家に入って涼もうや。暑くて仕方がない」
「そうだねーーー」
「エアコンをーーー」
木綿季と詩乃の言葉が途切れる。俺の目の前に現れた1人の老人が、現代社会においては芸術品としてしか評価されない日本刀を俺に向かって引き抜こうとしているから。それは抜刀術の構え。このままなら俺は斬られ、2人に俺の死体で新たなトラウマを刻み込んでしまうだろう。
それだけは避けねばならない。だが、そもそも
殺そうと放たれる抜刀術に対し、引くのでは無くて踏み込む。日本刀が引き抜かれる前にその手を抑える事で抜刀術を未然に防ぐ。
「抜刀術で出迎えか?ついに耄碌したか?ヘルパーでも雇おうか?」
「ーーーバカ言え、この程度で死ぬ玉じゃねぇだろうがよ。それに耄碌はしていねぇし、ヘルパーも要らん。そもそもこんなところまで来てくれるわけねぇだろうよ」
抜刀術で出迎えしてくれた頭のおかしい老人ーーー漣
つまり、爺さんは普通に俺を殺そうとしていたわけだ。孫を斬り殺そうとするとか本当にこのジジイ死んでくれないかな。
「爺ちゃぁぁぁぁぁぁん!!」
「お久しぶりです、蔵人さん」
「おう、木綿季ちゃんに詩乃ちゃん久し振りだな。まぁ何も無いところだけどゆっくりしていけや」
「おい、俺への対応が塩過ぎやしないか?」
「あぁ?可愛く無いクソ孫よりも可愛い可愛い義理の孫予定、どっちを可愛がるのか分かりきってるだろうがよ」
「くたばれクソジジイ」
木綿季と詩乃に対して顔を緩ませながら酷い事を抜かすクソジジイに中指を突き立て、2人の荷物を運ぶ事にする。
すれ違いざまに爺さんの脛を折るつもりで蹴っておくのを忘れない。衝撃を流されて、打撲程度に抑えられてしまったが。
「あぁ……茶が美味い」
「ジジ臭え奴め。若さが足りんぞ、若さが」
「爺さんに言われるか……俺ももう歳だな」
縁側で茶を飲んでいたら爺さんからジジ臭いと言われてしまい、歳をとった事を感じてしまう。木綿季と詩乃はエアコンの効いた部屋で夏休みの課題を頑張っているだろう。未開の地と称される程に山奥にある我が家だがそれでも電話線や電気は用意してあるし、ネット環境だって整っている。どうやってやったのかは知らないが、やったのは爺さんだ。深く考えた方が負けなので考えないようにする。
爺さんが懐から灰皿を取り出して来たのでタバコを一本渡して火を着ける。
「くはぁ〜……木綿季ちゃんと詩乃ちゃんの面倒見るために都会に出て弱くなったと思ったが、中々どうして強くなってるじゃねぇか。向こうで誰か強い奴でも見つけたのか?」
「都会で……ってよりも現代社会で俺たちみたいなイカれた奴なんているわけ無いだろうが。まぁ、心境の変化があったんだよ」
「成る程成る程、心構えが決まったか。それはいい事だ……だけど気ぃ付けろよ?心技体、三つが揃って強い奴は当たり前のように強い。お前は技と体だけだったけど心が揃って強くなった……だけどな、
「へいへい、分かってますよ」
爺さんの言葉を聞きながらタバコを咥えて火を着ける。我が家に現存する最長年齢のキチガイであるこの爺さんだが、それはそのまま人生経験が豊富である事を意味している。爺さんがわざわざ神妙な顔つきになってまで言ったのだから、この言葉は意味のある事なのだろう。頭の片隅にでも刻んでおくとしよう。
「分かりゃいいんだよ……あ、そうそう。今日の夕方に
「母さんが?マジで?」
漣蓮葉……俺の母さんが帰って来るらしい。母さんは趣味である強者の蹂躙をするために海外を飛び回っているキチガイだ。この前にハガキが送られて来た時には住所はイタリアで、マフィアらしき人物たちを石畳に頭から突っ込ませる田植えの作業を現地の住人たちと笑顔でやってる写真が同封されていた。
あの時は酒が入っていたから爆笑していたが、今になれば何をしているんだと頭を抱える光景だった。それに、最近になって木綿季と詩乃に何やら余計な事を教えている気配が感じられるので出来れば2人に合わせたくは無いが、2人は母さんの事を慕っているので接触を禁じる訳にはいかない。
そとそも、母さんの方から接触を求めて来たら止めようとしても笑顔でボコられる未来しか見えない。
「まぁ、なんだ、覚悟しておけ」
「他人事のように……!!って……そういや婆さんって確か……」
「おう、俺に一目惚れしたからって金に糸目をつけずに世界中から殺し屋掻き集めて俺を捕まえようとして来た女傑だ」
「……漣の女って強過ぎない?血とか関係無しに」
「そういう家なんだろ?」
「う〜んこの」
「ーーーいよぉ、アタシが帰って来たぞ〜!!」
「お義母さぁぁぁぁぁぁん!!」
「お義母様!!」
「ニュアンスが違う気がする」
「手ェ出しちまえよ」
「俺に社会的に死ねと申すか」
夕方になって、爺さんが言っていた通りに母さんがキャリーバッグを片手に帰って来た。ダークグレーのスーツにグラサンを装着している上にあの写真の事を思い出しているのでどこからどう見ても女マフィアにしか見えない。
「お帰り、今どの辺りにいるんだ?」
「イタリアでマフィアのボスして、裏社会の腕自慢を元気にボコしてる」
「母さんがガチのマフィアになっていた件について」
見た目だけかと思ったらガチのマフィアになっていたよ。人生何があるのか分からねえな。
「色々と向こうの方の酒持って来たから飲もうや!!」
「お、いいなそれ。おい不知火、ちょっと山入ってなんか狩って来いよ」
「ったく、しゃあねぇなぁ」
「ねぇお義母さん!!この間の続き教えて!!」
「あ、私は練習したから見て欲しいのだけど……」
「2人がどのくらいになったか見してもらおうか」
熊か鹿か猪か、何か一匹でも狩れば酒のツマミにはなるかと思いながら後ろから聞こえる会話を耳に入らないように思考で埋め尽くす無駄な抵抗をして山に入る。
無駄な抵抗だとは分かってる、でもせずにはいられないんだよ。
「たぁまや〜!!」
「鍵屋〜!!」
「父さんもいいセンスしてんじゃないの!!」
「綺麗なのは認めるけど暇だからって花火に手を出すか?普通」
山で猪を見つけたので仕留め、酒のツマミにしていると酔いが回った爺さんが何処からか花火を出して打ち上げ花火を始めた。木綿季と詩乃は母さんが出した浴衣に着替えて花火を眺め、母さんと俺はそれを当てに酒を飲む。
免許が必要だったと思い聞いてみたら暇だったから取っていたらしい。
「不知火、誰か良い女見つけたかい?」
「ストレート過ぎやしない?もう少し遠回しに聞けよ」
「だってお前ももう24だろ?アタシが24の頃にはもうお前が8つだったから遅いって思っちまってな」
「前から聞かされて思ってたけど今更な感想言うわ。16で出産とかおかしくね?」
母さんは16の時に俺を出産した。だが結婚はしていない。父親に当たる男と寝て、俺を孕み、1人で産んだのだ。だから俺は父親の顔を知らない。気になるかと聞かれれば気になるが、別に知りたいとは思わない。
「俺は母さんたちに比べて常識人だからな、こんなキチガイの家に気軽に誘おうだなんて考えられないんだよ」
「真面目だねぇ。そんな難しく考える必要なんてないと思うんだけど?それに、お前はもうあの娘たちの気持ちに気がついてるだろ?」
「……まぁ、ね」
母さんの言うあの娘たちと言うのは木綿季と詩乃の事だろう。俺は2人の気持ちに気が付いている、2人が好意を俺に抱いている事を知っている。日々向けられる視線から読み取る事が出来るし、そもそも母さんから習った房中術で拙いながらにも俺を誘っているのを体験すれば嫌でも思い知らされる。
だけど、今はその気持ちに応えることは出来ない。だって木綿季は12歳で、詩乃は13歳だ。手を出したら社会的に死んでしまう。成人するまでか、それとも16歳を越えるまでは手を出すわけにはいかない。
「その時になって俺を好きでいてくれるのなら、全力で応えるさ」
「分かってるなら良いけど……あの娘たちを泣かせたら承知しないよ?」
「ねぇ、なんで実の息子よりも2人を優先するのさ」
「可愛くない息子よりも可愛い義理の娘予定の2人を可愛がって何が悪い?」
「真顔で断言するなよ」
爺さんもだが俺への対応が塩過ぎて辛い……と思ったけどそんなに辛く無かったので母さんが大切に飲んでいたロマネコンティを掻っ攫って飲む。
母さんの悲鳴と花火の音をBGMに、夜空に咲く大輪の華とそれを見て一喜一憂する2人の少女を見てこのひと時を過ごした。
色褪せることのない平穏な思い出。デスゲームに参加する過去の出来事である。
SAO開始の1年前の夏休みでの出来事。漣が誇るキチガイジジイとキチガイマザーを登場させました。