城壁から飛び降りる。それは側から見れば自殺行為でしかない。飛び降りる事そのものでは無い。SAOのステータスを持ってすれば高々50メートル程度の高さは怪我もなく着地出来るし、リアルでもやろうと思えば足を挫くかもしれないが出来る事だ。問題点は〝アルゲート〟の外へーーーフィールドに出ると言う事。城壁という守りを捨てて、その身1つでフィールドに出れば、眼前に広がるのは街を、NPCを、そしてプレイヤーを殺そうと殺意を漲らせながら向かってくるモンスターの群れ。どれもが息を荒くし、どれもが目を血走らせ、本来持っているであろう生存本能をかなぐり捨ててただ壊す為、殺す為に迫ってくる。
その光景を眺めながら地面に音もなく着地し、ユウキとシノンから貰った〝宵闇の剣〟を順手に、〝煌翼の剣〟を逆手に握り直してモンスターの群れに向かい、全力で突貫する。これもまた自殺行為。自己評価は違えてはならないものだから理解している。俺のプレイヤースキルはSAO内で間違いなく最高峰、最強は誰かと聞かれれば候補に上がるという自負はある。それでも数の暴力には勝てないと理解している。このままではあの群れを突き抜ける前に中程ごろでモンスターのの攻撃を捌き切れずに圧殺されるというビジョンが見える。
それを分かっていながら、足を止めるどころか更に加速する。何故こんな自殺行為を躊躇わないのか?そんなの、俺が1人では無いからに決まっている。
「laーーー」
城壁の上から歌が聞こえてくる。静謐に、それでいて熱く、されど優しく戦場に響き渡る歌声はまるで魔的。心を掴み、精神を震わせ、麻薬の様な中毒性すら感じさせる歌が響き渡るのと同時にHPゲージの下に現れるのは〝攻撃力アップ〟〝守備力アップ〟〝状態異常耐性アップ〟のアイコン。歌によるバフなんて出来るのはこの階層ではユナしかいない。エクストラスキル〝
時折歌声に混ざる様に聞こえるユナの名を叫ぶ声はきっとノーチラスだろう。あいつも色々と末期だから。
そしてバフによって向上したステータスを駆けている間に手早く確認しながらモンスターの群れの先頭と衝突する。手始めにぶつかって来たのは突進力に優れたイノシシのモンスター。何があっても真っ直ぐに進み続けてやるという意思を燃やす瞳を確認しながら〝宵闇の剣〟を一閃、文字通りに真っ二つにしてやる。
殺したことで発生するヘイトを嗅ぎつけて周りのモンスターのタゲが俺に集中し、押し寄せてくる。殺してやる殺してやると、ただただ殺意を向けて来るモンスターの姿に苦笑しながらその全てを一閃にて急所を断ち切って皆殺す。
「
「
秒に10匹以上は殺したというのに衰える事のない殺意を滾らせながら迫り来るモンスターの吹き飛ばしたのは後ろからやって来たキリトとアスナの突進系ソードスキル。まるで鏡合わせの様に放たれたソードスキルを見れば2人のコンビネーションの練度が見て取れる。
「足を止めるな、前を向いてただ進め。
「分かってるよそんな事!!」
「簡単に言ってくれるわね……!!」
俺たちの役目は〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟までの道を切り開く事。全員で当たればモンスターの群れを切り抜ける事は確実に出来るだろうが、消耗が激しくなってしまう。それを防ぐために俺たち3人だけでこの群れを相手にする。
先頭を駆けるのは俺1人。一斬必殺を心掛けながらも時折出て来る取り零しを考えて〝暗黒剣〟のバトルスキル〝崩壊の一振り〟で、例え生き残ったとしても〝防御力ダウン〟のデバフを付与しておく。そうして生き残りながらも防御力が下がったモンスターは俺の後ろから着いてくるキリトとアスナが瞬殺、さらにその後ろをユウキ達が追従する。
そして頭上から、瓦礫と砲弾が雨の様に降り注いだ。
これはモンスターの妨害では無く〝アルゲート〟からの支援攻撃。アルジェントが用意していた投石器と大砲が使われているのだ。アルジェントはこの事態を予測していたらしく、余裕のない資材を遣り繰りして何とか十数台ずつであるが用意をしていた。ちなみに投石器の瓦礫は崩壊した建物の物を、大砲の弾はエギル商会から仕入れた物が使われている。支援攻撃はありがたいが狙いはかなり大雑把で下手をすれば俺たちにも当たりかねない危険性がある。それでも無いよりはマシだと判断して遠慮無しでやれと伝えたが。
攻撃の手を一手、踏み出す足を一歩間違えれば即座に周囲のモンスターに、頭上から降り注ぐ瓦礫と砲弾に圧殺されかねない現状。失敗が許されないという緊張感ーーーそれが非常に
頭上から飛びかかってくる猿の亜人モンスターを斬り殺しながら自分の歪み具合を再確認する。普通ならばこんなシチュエーションで心地が良いなどとは感じない。あるとすれば自分のミスで彼らを殺してしまうかもしれないという恐れのはずだ。だが、俺の中にはそんな物は微塵も存在しない。
常識からかけ離れた、狂っているとしか思えない思考。しかしそれでも良いと思う。世界は広いのだから、こんな狂人が出て来てもおかしくない。それに、こんな俺の事を愛していると一途に想ってくれる少女達がいる。こんな俺の事を信じてついて来てくれる者たちがいる。
「あぁ、安心しろ。俺は負けないーーー」
愛してくれる少女たちの為に、信じてついて来てくれる者たちの為に、誓うのは常勝。群れの最後尾、終わりが見えて来たところで現れたのは3メートルほどサイズで鎧を着込んだ3匹のリザードマン。〝リザードマン・コマンダー〟といういかにも指揮官らしい名前を与えられたネームドボスは俺たちを待ち構えていたのか2メートルはあろう曲刀を抜いて切り掛かってくる。
「ーーー〝勝つ〟のは、俺だッ!!」
1匹を〝宵闇の剣〟で、1匹を〝煌翼の剣〟で斬首し、残る1匹が振るう曲刀を見切って
「抜けッ、たーーー!!」
極度の緊張状態で全力疾走をした際か、キリトの声は掠れていたがモンスターの群れを抜けた事を喜んでいる。高台から観察した限りではモンスターの群れと〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟の間には空白の部分が見えた。モンスターたちは群れを抜けた俺たちには目もくれずに真っ直ぐに〝アルゲート〟に進むので〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟が新たなモンスターを産み出すまでの間はここが最後の安全地帯になる。
となれば、仕掛けてくるのはここしか無い。
「キリト、PoH、ストレア!!」
「あぁ!!」
「OK!!」
「任せて!!」
群れを抜けた瞬間に向かってくる気配が4つ。それが何なのか理解しているのでキリトとPoHに指示を出し、それぞれの相手に向かわせる。
真っ正面から小細工無しで振り下ろされる片手剣を〝宵闇の剣〟と〝煌翼の剣〟を交差しながら受け止め、俺の頭を砕かんと振り下ろされる両手剣をストレアが受け止める。
「よぉ〝ホロウ・ウェーブ〟、久し振りだな。イメチェンでもしたか?」
「ウェーブゥーーーウェェェェェブゥゥゥゥ!!!」
俺の相手は〝ホロウ・ウェーブ〟。しかし何があったのか抜いている武器は片手剣のみで目は血走り、濃密な殺意と怒気を撒き散らしながら迫ってくる。
「ヤッホー〝ホロウ・ストレア〟。悪いけどウェーブが〝ホロウ・ウェーブ〟を倒すまでの間、私が相手をするわよ」
「ん〜本音を言えばウェーブに相手して欲しかったんだけど……確かにあっちの方が優先よね。良いわ、その誘いに乗ってあげる」
ストレアの相手は〝ホロウ・ストレア〟。いつも通りにストレアが装備したがらない紫を主体とした鎧を着込んでいる。正直、ストレアを無視して俺に襲い掛かってくる可能性もあったのだが、彼女は誘いに乗ってくれた。これで一対一で〝ホロウ・ウェーブ〟に集中する事が出来る。
キリトは〝ホロウ・キリト〟を、PoHは〝ホロウ・PoH〟を、この場にいない〝ホロウ・ヒースクリフ〟はヒースクリフのいる〝アルゲート〟に向かったのだろう。こちらが予定していた通りにホロウたちをそれぞれの元となったプレイヤーが相手する構図が自然と出来上がった。
そしてホロウたちと対峙する俺たちを置いてアスナたちは〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟に向かって行く。別に彼女たちは俺たちを見捨てた訳では無い。アルゴでもフロアボスに関しての情報を調べ切る事が出来なかったので不足している情報を補う為に〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟に挑んで威力偵察をしてくる仕事があるのだ。アスナもユウキもコタローも敏捷を優先して伸ばしているので回避に専念すれば死ぬ事はない。
仕切り直しの為に〝ホロウ・ウェーブ〟の片手剣を弾いた時、〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟に向かって行く途中のユウキが一度だけ振り返って口を僅かに動かした。声は聞こえなかった、でも何を言われたのかはしっかりと理解出来た。
彼女からの〝勝って〟というエールを、確かに聞き届けた。
「さてーーー良い加減、決着つけようか」
「アァァァァァァァァァーーーッ!!!」
俺を真似て俺に成り切り、俺に成ろうとした〝ホロウ・ウェーブ〟との決着をつける為に、〝宵闇の剣〟と〝煌翼の剣〟を構え直して突貫する。
〝勝つ〟のは自分だという絶対の誓いを胸に。
五十層フロアボス攻略開始。バフはかけるし、投石器や大砲なんかの兵器もガンガン使う。でもそれだけじゃ止まらない数の暴力。要するに〝ティアマト・ザ・ロアードラゴン〟を倒すのが先か、〝アルゲート〟が滅びるのが先かの競争。