インフィニット・レスリング   作:D-ケンタ

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プロローグ

(……どうしてこうなった)

 

今日は高校の入学式。新しく一年生になった学生がこれからの青春に胸を躍らせる、そんな日だ。

しかし俺はそんな気分には到底なれない。

 

「それでは皆さん、一年間よろしくお願いしますね」

 

副担である山田真耶先生が呼び掛けるが、教室内は変な緊張感に包まれており、誰からも反応がない。

 

「で、では皆さん自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」

 

この緊張感のせいで、俺は高校生活を謳歌するどころではなくなっている。

何故か。

それはこのクラス、いや、この学校に男子は俺を含めても二人しかいないからだ。

 

(一人よりはましだが……それでもかなり、キツイ……)

 

そりゃ女の園に男が紛れ込んだら嫌でも注目を浴びるに決まっている。しかも俺の席は最前列。もう一人の奴は二列目だから幾分楽だろうな。

チラっと窓際の方に視線をやると、久しぶりに再会した幼馴染である篠々之箒はプイッとそっぽを向いた。どうやら助けるつもりはないらしい。何て薄情な奴だ!

 

「……くん。織斑一夏くん!」

「は、はいっ!?」

 

いきなり大声で名前を呼ばれたせいで声が裏返って変になってしまった。そこら中から笑い声が漏れてきて、ますます落ち着かない。

 

「ご、ゴメンね!あ、あのね、自己紹介『あ』から始まって今『お』の織斑くんなんだよね。だからね、自己紹介してくれるかな?だ、ダメかな?」

 

山田先生はそう言いながら何故かペコペコと頭を下げていた。

 

「いや、あの、そんなに謝らなくても……自己紹介しますから、先生落ち着いてください」

「ほ、本当ですか?やくそく、約束ですからね!」

 

今の今まで下げてた頭を上げ、俺の手を取って詰め寄る山田先生。……またすごい注目を浴びているんですが。

こうなった以上、ヘタな自己紹介はできない。始めに溝を作ると今以上に大変になるだろうし。

しっかりと立って、後ろを向く。

 

(うっ……)

 

後ろを向いたお陰でさっきまで背中に刺さっていた視線をもろに受ける。や、やりづらい。

ちらっともう一人の方を見ると、我関せずと言った感じで腕を組んで俯いていた。恐らく寝てるのだろう。お前も後でやるんだぞ?

 

「え、えーっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

そう言って頭を下げ、上げる。いやいや、そんな『もっと何か喋れよ』的な視線を向けられても。

他に喋ることなんて何もないぞ?

 

「以上です」

 

ズコー

まるでよしもと新喜劇のような見事なずっこけだ。

 

「あ、あれ?ダメでした?」

 

パアンッ!いきなり頭に衝撃が走った。

 

「いっーーー!?」

 

こ、この覚えのあるダメージは……。

恐る恐る振り向くと、そこに立っていたのは。

 

「げぇっ、ヘラクレス!?」

 

パアンッ!また叩かれた。

 

「誰がバーサーカーか、バカ者」

 

な、何でここに千冬姉がいるんだ?月に数えるほどしか帰ってこない俺の実姉は。

 

「あ、織斑先生、もう会議は終わられたんですか?」

「ああ、山田君。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」

「い、いえっ。副担任ですから、これくらいはしないと……」

 

先程までの涙声から一転、若干熱がこもった声と視線で応えている。

 

「諸君。私が担任の織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物にするのが仕事だ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」

 

この物言い、間違いなく俺の姉だ。

この言い方じゃ流石にドン引き

 

「キャ―――――!本物の千冬様よ!」

「ずっとファンでした!」

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです!北九州から!」

 

意外や意外、飛んできたのは黄色い声援だった。

当の本人は迷惑そうにため息をついているが。

 

「静かにしろ、まだ自己紹介の途中だろうが……山田先生、続けてくれ」

「は、ハイっ!では次の……」

 

千冬姉の登場で忘れられてたが、そういえばまだ途中だったな。

これから自己紹介するのにこんな空気にしてしまって申し訳ないが、許してくれよ。

 

――

―――

 

「……です!よろしくお願いします!」

「ありがとうございました!次は、え~と……」

 

次は……アイツか。先程の件で俺以上に注目の視線が刺さっているかもしれない。俺のせいではあるが、頑張れとしか言えない。

 

「齊藤君、お願いします!」

 

その「お願いします」に、先程の挽回も含めたもろもろを期待する気持ちが込められてるように感じたのは、気のせいではないだろう。

 

「はい」

 

一言返事して立ち上がったソイツを、女子達は注視してるが、俺はこんな状況にしてしまった罪悪感からか視線を向けることができない。

俺にできることといえば、せめて失敗しないように祈るくらいしか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「山形出身、齊藤龍輝!好きなものはレスリング。好きな技はスープレックス、サブミッション(関節技)。将来の夢はプロレスラー!よろしくお願いします!!」

 

 

シーーン

 

この重圧をものともせず、ソイツは声高らかに自己紹介をした。しかしこの場所(IS学園)に合わない内容のせいか、辺りはシーンと静まり返っていた。

俺は恐る恐る振り返ってソイツの方を見る。……驚いた。さっきまでは俯いてたせいでよく分からなかったが、凄い体つきをしている。

身長はそれほどではないものの、制服の袖は腕の太さでパンパンになり、襟元も首が太すぎて閉まっていない。耳は潰れており、他の部位も制服の上からでも分かるほどデカい。

呆気にとられてると、ふとソイツが俺の方を見た。睨まれるかと思ったがそんなことはなく、そいつは只、ニッと笑った。

 

これが俺と彼、齊藤龍輝との出会いだった。


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