第一話 突き刺さる視線
「……」
俺の名は齊藤龍輝。プロレスラー志望の高校一年生だ。中学に上がってから地元のレスリングジムに通い、自慢ではないがそこそこの成績も残してきた。本来であればレスリング部のある高校に通うつもりだったのだが、何故かIS学園という場違いなところに進学してしまった。
「……」「……」「……」
にしてもこの静けさはなんだ?自己紹介で何か変なことでも言ったか?俺?
「あ、ありがとうございました~!では次の……」
あまりの沈黙に見かねてか山田という巨乳教師が次の生徒に進める。
ハァ……なんで俺はこんな学校に来ちまったんだ。
―
――
―――
数か月前―
「ったく、日曜だっつうのに何で学校に来なけりゃいけないんだ」
受験も終わって自由の身となり、あとは練習に打ち込むだけだというのに、俺は学校の体育館にいた。
いや、俺だけではない。他の『男子』生徒も集められている。
友達に聞いてみたところ、何でも男のIS操縦者が出たらしく、それで急きょうちの学校も検査することになったらしい。
ISなんぞ俺は、女性にしか動かせないこと以外欠片も知らんから、正直どうだっていい。それより早く練習に行きたい。
「……では次」
っと俺の番か。どうせダメなんだからさっさと終わらせて帰ろう。そう思いながら俺は目の前に鎮座してるISに触れた。
(―――?!)
触れた途端、頭の中が焼けつくような感覚に襲われ、気が付いたら俺はISを纏っていた。
「……は?」
「…―――!?緊急連絡!男性適合者を発見した!!繰り返す―――」
もう何が何だかわからない。が、たぶん面倒なことになるんだろう。
俺の直感は当たる。特に、悪い直感は……。
―――
――
―
見事直感は命中し、こうして面倒なことになってる訳だが。
(まあ、だからといって俺のやることに変わりはないわけだが)
そう思い俺は残りの自己紹介の時間を、今日の練習メニューを考えるために費やした―――。
――――――
「……全員終わったか」
ん?いつの間にか終わってたか。メニューはまだ中途半端だが、授業中に考えればいいだろう。
そんな事を考えてると、チャイムが鳴った。
「SHRは終わりだ。諸君らには半月でISの基礎知識を覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染み込ませろ。いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ、私の言葉にはイエスで返せ」
なんだこの教師、前時代的な事言ってやがる。まあ、俺のレスリングの先生も昔そんな感じで鍛えられたらしいし、結構ある話なのか?
◇
「さて……」
一時間目が終わって休み時間。メニューも考え終わり、どうやって暇を潰そうか。
しかしこの異様な雰囲気はなんだ?いくらもともとは女子だけの学校とはいえ、そんな珍獣を見るような視線を向けなくてもいいだろう。
「よお」
「ん?」
ふと声をかけられた。コイツは確か、オリムラとか言ったか?俺と同じく"何故か"この学校に入学した不幸な奴だ。
「二人だけの男同士だ、これから仲良くしようぜ!」
「ああ、そうだな。よろしく頼む」
自己紹介のときの印象はアレだったが、話してみるとなかなかいい奴だな。
「しっかし齊藤、お前凄い体してんな」
「まあ、鍛えてるからな。それと龍輝でいいぞ、織斑」
「じゃあ俺も一夏でいいぜ」
何という爽やかイケメン。こういうのがモテるんだろうな……。
「ところで龍輝、何でプロレスラーになりたいんだ?」
「ああそれは」
「……ちょっといいか」
質問に答えようとした時、横から声をかけられた。声の方を見ると、後ろ髪を括ってポニーテールにした女子が立っていた。
「あれ箒?どうした?」
どうやら知り合いのようだな。こんなかわいい娘と知り合いだとは、少し羨ましいな。
「話しているところスマンが、一夏を借りていくぞ」
「別に構わんが」
「え?え?」
「廊下で話そう、早くしろ」
「お、おう?」
戸惑ってる状態のままポニテ女子について教室を出ていく一夏。彼女の様子からして甘酸っぱい感じにはならんだろうけど、少し心配だな。
しかし……
ザワ ザワ
一夏達が出て行ってから教室内の空気が変わった。例えるなら決壊寸前のダムの様な。恐らくさっきまで牽制しあって絶妙なバランスだったのが、あのポニテ女子の出現で変わったのだろう。
まあ別に取って食われることはないだろうから、気にせんでもええか。
そう思ってカバンから本を取り出して読み始めた時、
「何読んでるの~?」
「ぅおわっ!?」
吃驚した!まったく気配を感じなかった。
いつの間にか俺の目の前には、何というか、のほほんとした雰囲気の娘が立っていた。
「のほほんさん、いつの間に?!」「また先手取られた」「まだよ、まだチャンスはあるはずよ!」
視線がさらに突き刺さる。まるで獲物の隙を狙う肉食動物の様な……。
「ねーねー、無視しないでよ~?」
「お、おおスマン」
周りの凄みですっかり忘れていた。
「で、何の本、それ?」
「これは俺の尊敬するプロレスラーの自伝だ」
「え~と、小橋建太?聞いたことないな~?」
むぅ、まさか小橋建太を知らんとは……。まあ仕方ないか
「俺の親父が子供の頃のレスラーだし、俺も師匠から聞くまで知らんかったからな」
「師匠って?」
「レスリングの師匠だ。親父の友人で、元プロレスラーなんだ。何を隠そう俺がプロレスラーを目指すきっかけが、その人なんだ」
今思い返してみても師匠の試合は凄かった。それまでの俺は、プロレスはエンターテイメントで真剣な格闘技ではないと思っていたが、その試合を見て考えが180度変わった。それほどまでに衝撃的だった。
「へぇ~、そ~なんだ。でもプロレスって今は」
キーンコーンカーンコーン
タイミング悪くチャイムが鳴った。それを聞いて周りの女子が急いで席に着く。
「お前も早く席に着いた方がいいぞ…えーと……」
「私は布仏本音だよ~。覚えてね~」
「OK布仏、また後でな」
「うん、じゃあね~たっつん~」
そう言ってポテポテと自分の席に戻る布仏。……たっつんて俺の事か?喋ってる間周りの視線とかプレッシャーがきつかったが……。
ちなみにチャイムが鳴って少しして戻ってきた一夏達は、担任様から愛の鞭をもらっていた。合掌。
◇
「……むぅ」
やばいな。まったくわからん。師匠からの教えもあり、授業はちゃんと受けようと思っていたが、正直全くわからん。
大体俺は中学三年間レスリングと友達との遊びに費やし、勉強なぞテストで平均点前後取れればいいやというタイプの人間だったからな。
「―であるからして、ISの基本的な運用は―」
副担任の山田先生が解説していくが全然だ。教科書もまるで何を書いてあるのかわからんし、俺だけか?
チラと一夏の方を見るとアイツもまるで意味不明といった顔をしていた。少し安心。
しかし、それ以外(女子全員)はごく当たり前のようにノートを取っていた。俺と一夏(たぶん)は特別枠だったけど、元々はかなりの倍率らしいから、みんな頭いいんだな。
「えっと、今の時点でわからないところはありますか?」
ちょうどいい、聞くは一時に恥じ、聞かぬは一生の恥。このままでは平均点どころか赤点だ。赤点取ったら師匠に怒られちまう。
「「あの」」
声が被った。一夏も同じタイミングで聞こうとしたみたいだ。
「では、織斑君からどうぞ」
「ほとんど全部わかりません!」
やはりか。まあ俺も同じだが。
「えっ?!えっと、齊藤君は…どこが」
「同じく全部です」
若干食い気味に返答する。一夏も同志がいたことに安堵してるようだ。
「え、えっとぉ……織斑君と斎藤君以外で、今の段階でわからないっていう人はいますか?」
挙手を促す山田先生。
シーン……。
他の誰も手を挙げない。……え、マジで俺等だけ?
「二人共、入学前の参考書は読んだか?」
教室の端で授業の経過を見守っていた織斑先生が訊いてきた。参考書?ああ、あれか。
「古い電話帳と間違えて捨てました」
「ダンベル代わりに使ってました」
パアンッ!パアンッ!
「必読と書いてあっただろうが馬鹿者共が」
正直に答えたら出席簿で叩かれた。まあこれは俺達が悪いな。
「後で再発行してやるから一週間以内で覚えろ。いいな」
「い、いや、一週間であの分厚さはちょっと……」
「流石に無理が……」
「やれと言っている」
「「……はい」」
何だあの眼光は。怒った師匠より怖いぞ。
「ISは機動性や攻撃力など、あらゆる面で既存の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解できなくても覚えろ。そして守れ。規則とはそういうモノだ」
全く持って正論だ。
だが俺は望んでここにいるわけじゃねえ。
偏差値がそこまで高くないとはいえレスリング部のある高校に進学が決まり、プロレスラーへの道を進むつもりだったのに……。たかがISとかいうヘンなのを動かしただけでこんなところに無理くり入学させられた。友人は羨ましがっていたが……。
「貴様等、『自分は望んでここにいるわけではない』と思っているな」
サードアイでも持ってんのかあの教師。
「望む望まざるにかかわらず、人は集団の中で生きなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだな」
きっついこと言うな。人の意見を無視して勝手に決めたくせに何が……。
といかんいかん、こういう悪態はつくべきじゃない。師匠もそう言っていた。それに、やろうと思えばレスリングの練習なぞどこでもできるとも……。
「え、えっと、織斑君齊藤君、わからないことがあったら授業が終わってから放課後教えてあげますから、頑張ってくださいね? ね? ねっ?」
山田先生の気遣いが染みる。早く馴染めるようにしよう……。