「きゃあああっ!?」
我に返ったのか慌ててシャワー室に戻りドアを閉める女子。
「えーと……ボディーソープ、ここに置いとくから……」
「う、うん」
一夏がボディーソープのボトルを置いたと同時に脱衣所を出る俺達。何がどうなってるんだろう?シャワーを使ってるのはシャルルのはず―――確かに思い返せば、シャルルの顔立ちと似ていたな。……意外とでかかったな。
「なあ、さっきのって―――」
「あ、上がったよ……」ガチャ
この声、やっぱりシャルルのだよな。
「お、おう」
「早かったな」
改めて見ても、やっぱ女子にしか見えんよなあ。ていう事は待てよ……もしかして俺、今まで結構やばいことしてた?
「あー、その……お茶でも飲むか?」
「う、うん。もらおうかな……」
「俺ウーロン茶」
「わりい、切らしてる」
「じゃあ同じのでいいや」
一夏が気をきかせてくれたが、まだやっぱ気まずい雰囲気のままだ。きっついな。
「もう大丈夫だろ。ほい」
「あ、ありがとう」
「サンキュー」
ズズッと渡された茶をすする。はぁ~あったまる。
「じゃあ、まあ、改めて、何で男のフリなんかしていたんだ?」
「それは、その……実家の方からそうしろって言われて……」
「実家って、確か親がどっかの会社の社長なんだっけ?」
「うん。僕の父がデュノア社って会社の社長で、その人からの命令なんだ」
へー。そういえば前そんなこと言ってたような気が……すっかり忘れてたわ。
「命令って……親だろう?」
「なんでそんなことを―――」
「僕はね、愛人の子なんだよ」
愛人―――てことは、コイツの親父は浮気していたって事か。俺の師匠が聞いたらブチギレるだろうな。なんたって俺の師匠は周りが引くほどの愛妻家だし。
「引き取られたのが二年前。ちょうどお母さんが亡くなった時にね――――――」
それからシャルルは、辛いだろうに自分の身の上話をしてくれた。引き取られてからIS適応が高いことが分かって、テストパイロットをしてたこと、父親の本妻から殴られたこと(個人的にはこれが一番許せん)、会社が経営危機になった時に俺等のニュースがあり、それに乗る形で広告塔として男装させられ、さらに俺等に接触してデータを盗んで来いと命令されたこと。
―――そして、恐らく本国に呼び戻されることになるだろう、と。
「ああ、なんだか話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、今までうそをついていてゴメン」
話し終わると、シャルルは俺等に向かって深々と頭を下げた。その姿に、俺はなんだか―――
「シャルル、面あげろ」
「?」
―――無性に腹が立った。
「歯ぁ食いしばれえ!!」
バシン!
顔を上げたシャルルの頬を、張り手でぶっ叩いた。手には少しジンとした感触がある。
「た、龍輝……?」
「シャルル、お前何諦めてんだ」
シャルルは驚きと脅えが混じったような表情をしているが、んなこたあ関係ねえ。
「テメエの人生はテメエのもんだろうが!親が社長だか何だか知らねえが、誰かに何か言われたぐらいで諦めようとしてんじゃねえ!!」
「龍輝の言う通りだ。確かに親がいなけりゃ子供は生まれない。だからって、親が子供に何をしてもいいだなんて、そんな馬鹿なことがあるか!」
俺に続いて、一夏も声を荒げながらシャルルに言葉を浴びせた。何か熱が入っているが、まあいいか。
「僕だって―――僕だってこんなことやりたくはなかった!でも仕方ないじゃないか……!」
シャルルは俺達の言葉を聞き終わると、うつむきながら震えた声でそう言った。
「したくもねぇことならやらなきゃいいだけだろう!」
「龍輝には、分からないよ……」
……ああ、そうだな。確かに俺にはさっぱり分からねえ。
「シャルル……」
「……」
だが、それで納得できるほど俺は頭良くはねえ。
「なあシャルル、お前は一体どうしたい?」
「え……?」
「親とか会社とか国とかは関係なく、お前は今どうしたいんだ?」
シャルルは困惑した様子だったが、暫し考え込むように俯いた後弱弱しく口を開いた。
「そうだね……許されるなら、この学園でみんなと過ごしたい、かな」
へっ、ようやっと本音を言ったか。
「でも、無理だろうけどね……」
「バカヤロウ!無理を通して、道理を蹴っ飛ばすんだよ!」
ちょっと面を喰らった様子のシャルルに、俺はさらに言葉を紡いだ。
「いいかシャルル、親がどうとか、愛人がどうとか、そんなものに縛られんな!お前がやりたいこと、お前が自分で選んだことが、只の操り人形じゃねえ、お前という一人の人間の証明だ」
「龍輝……」
「そうだぜシャルル。それにさ―――」ゴソゴソ
そう言って一夏は一冊の手帳を取り出し、あるページを開いて見せてきた。
「『特記事項第二二、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする』―――つまり、少なくとも三年間は大丈夫って事だ!」
そんなのあったのか、知らんかったな。この学校もちゃんとしてたんだな。
「こんなんよく覚えてたな」
「特記事項って五十五個もあるのに」
「……勤勉なんだよ、俺は」
嘘つけ。成績俺とそう変わらんだろ。
「ふふっ。……二人とも、ありがとう」
……ついドキッとしてしまった。まあでも、やっと笑ってくれたか。
「いい笑顔するじゃねーか。お前にはこっちの方が似合うぜ」
「そ、そうかな?」///
「おう!……シャルル、これから先お前になんか言ってくる奴がいたら―――それがどうした!―――って言いながら、笑い飛ばしてやれ」ニッ
「―――!」
昔師匠が言ってたな。人の悪口も笑い飛ばせる人間になれって。今のシャルルに必要なのは、その度量だ。
「それでも懲りない奴がいたら、俺が駆けつけてラリアットぶちかましてやる!」
「い、いやそれは……」
「おいおい、お前のラリアットなんて喰らったら死んじまうぞ」
それもそうだな。と答えたところで全員が吹き出し、部屋の中が笑い声に包まれた。
あれ?そういえば何か忘れてるような……。
◇
「……龍輝さん、いらっしゃいませんわね。まだ来てないのかしら……?」
◇
「……ありがとう。なんだか勇気が出てきたよ」
そう言ったシャルルの眼に、もう諦めの色はなかった。
「それならよかった。な、龍輝」
「ああ。俺の筋肉も喜んでるぜ」ピクピク
「ふふっ、なにそれ。……ところで龍輝、一つ気になってたんだけど―――」
?何だろ。俺の筋肉に何か変なところでもあったかな?
「―――なんで上半身裸なの?」
……あ!
「しまった、トレーニングの後熱かったから脱いだままだった」
「ああ、全然気が付かなかったぜ」
しまったなー。道理で冷えると思った。
「いや、気付かないはずないよね」
「だって龍輝だし」
「どうしよう。一瞬納得しかけたよ」
うーん、どうしよう。部屋に上着取りに行こうにも、頭使ったから凄い腹減ってるし。何よりメンドイし。
コンコン
「「「!?」」」
「龍輝さん?こちらにいらっしゃいますか?」
この声はセシリア?食堂にいる筈じゃ。まずい、今シャルルが女だと広まるのはたぶんまずい。
「お、おうセシリア!今開ける!……やべえぞおい」
「ど、どうしよう?」
「と、とりあえず隠れろ」
小声でやり取りし、慌てて動く俺ら三人。シャルルがベッドに入ったのを見計らって、ドアを開ける。
「よ、ようセシリア!どうした?」
「龍輝さん!い、いえ、食堂に龍輝さんの姿がなかったので、気になってしまって……」///
「そっか。悪かったな、心配かけて。シャルルが体調悪いみたいで、看病してたんだ」
どこかもじもじとした様子で話すセシリアに、謝罪の言葉を返す。ついでに言い訳も。
「そ、そういう事でしたら仕方ないですわ」
「さっきようやく落ち着いたから、後は一夏に任せて先に飯行こうとしてたんだ。よかったら一緒に行かねえか?まだなんだろ?」
「は、はい!喜んでご一緒しますわ!」
よかった。これでバレる心配はなさそうだ。
「じゃあな一夏、先飯行くわ」
「あ、ああ。またあとでな」
「ごほごほっ。またね、龍輝」
「お、おう」
「デュノアさん、お大事に。さあ龍輝さん、参りましょう!」
するっと俺の腕に自分の腕を絡ませ、そのまま体も寄せてきた。セシリアのなんか柔らかい部分が当たって、正直ヤベえ。とりあえず、このまま行くしかない。
さっきとは別のものと闘いながら、俺はセシリアと食堂に向かった。
◇
「……ねえ」
「ん?」
龍輝がセシリアを連れて食堂に向かって少ししたとき。シャルルが布団をかぶりながら俺に訊いてきた。
「何であの格好について何にも言わないの?」
確かに。龍輝は上半身裸のままだったのに、セシリアは何も言わなかったな。たぶんだけどやっぱり。
「……龍輝だから、じゃないかな?」
「……もうそれでいいや」
そんなことで引っ掛かってたらきりがないぞ、シャルルよ。
シャルルの問題解決はまだ少し続きがあります。
次回を待っててください。