六月の最終週、ここIS学園はこれから行われる学年別タッグトーナメント一色に染まっていた。全校生徒が雑務や来賓の対応に追われ、解放された者から更衣室へ向かい、ISスーツへの着替えを行っていた。俺こと織斑一夏もスーツに着替え、今は同室のシャルルと一緒に更衣室のモニターを見ている。
ちなみに男子組は更衣室の一つを三人で使い、そのしわ寄せが反対側の更衣室にいっている。恐らく今頃大変なことになっているだろう。
「しかし、すごいなこりゃ……」
更衣室のモニターには、各国の政府関係者や研究所職員、企業エージェントなどの顔ぶれが映し出されていた。
「三年にはスカウト、二年には一年間の成果の確認にそれぞれ人が来ているからね。一年には今のところ関係ないみたいだけど、それでもトーナメント上位に入ればチェックが入ると思うよ」
「ふーん、ご苦労なことだ」
あんまり興味がなかった、というよりはそれよりも気になることがあるので話もそこそこに聞いていたのだが、シャルルには俺の考えてることは筒抜けらしい。というより、シャルルも同じことが気になってるらしい。ちらちらと視線をある方向に向けている。つられて俺も同じ方向に視線を向ける。
「シッ!シッ!シッ!」タンッタンッタンッ
視線を向けた先、更衣室の一角では、俺等の同級生でありレスラーの齊藤龍輝がジャンピングスクワットをやっていた。数えてないが、恐らく200や300はやってるだろう。
「ね、ねえ一夏。龍輝って試合前はいつもああなの?」
「い、いや、俺もよく分からん」
そういえば、試合前の龍輝の様子を見るのは今回が初めてだな。何というか、すげえ鬼気迫るものを感じる。
「フンッ!フンッ!フンッ!」バッバッバッ
今度はプッシュアップを始めた。熱気がここまで伝わってくる。やはりレスラーはあれくらいやんないと体温まらないのかな?
「フンッ!フンッ!……フゥ」
どうやら終わったらしく、プッシュアップを止めて立ち上がって深呼吸を始めた。ただでさえ太い腕がパンプしてより太く見える。
「試合順は?」
「いや、まだ決まってないけど」
「そうか」
龍輝は一言そう言うと、今度はその場に腰を下ろし空気椅子の体勢をとった。
「ね、ねえ龍輝。僕はそんなに詳しくはないけど、オーバーワークじゃないの?」
シャルルが心配して声をかけるが、龍輝は何でもないって顔で答えた。
「全然。これでも少ないくらいだ」
「そ、そうなんだ……」
あれで少ないって、普段はいったいどんなのやってるんだ?
「お、対戦票が決まったみたいだぞ」
そうこうしてるうちにモニターに対戦カードが表示され始めた。
「どれどれ」
流石に気になるのか、龍輝が空気椅子を止めてモニターの前まで来た。
「「―――え?」」
「ほう」
出てきた文字を見て、俺とシャルルは唖然とし、龍輝は只モニターを見つめていた。モニターにはこう表示されていた。
―――一回戦第一試合
齊藤龍輝×セシリア・オルコット
VS
ラウラ・ボーデヴィッヒ×篠ノ之箒―――
◇
「一戦目で当たるとはな。待つ手間が省けた」
アリーナの中央付近でラウラはそう呟いた。近くにはタッグパートナーである篠ノ之箒がいるが、まるで興味がないとばかりにそちらには一度も視線を向けてはいない。彼女の視線は、自分が出てきたピットの反対側、標的である齊藤龍輝がいるピットに向けられていた。しかし、開始時刻が迫っても龍輝は未だ姿を現さない。
「―――フン、怖気づいたか」
ラウラはそう言って鼻を鳴らしたが、その直後アリーナのスピーカーから音が出始めた。
『あーあーテステス。OK。……ゴホン』
スピーカーの向こう、放送席にいる人物は一つ咳払いして、アナウンスを続けた。
『青コーナーより、齊藤龍輝、セシリア・オルコット組の入場です!』
ワアアアアアアア!!
その瞬間、場内が割れんばかりの歓声に包まれた。
「な、なんだ!?」
この状況にラウラは思わず面食らうが、それと反比例するように会場のボルテージが上がっていく。そしてスピーカーからはアナウンスの代わりに音楽が流れ始めた。
♪You’re the best! Around! Nothing’s gonna ever keep you down
曲もサビに入ったころ、ピットの出口に人影が現れ、それを確認するなり、観客席からさらに歓声が起こった。
最初に入場してきたのはイギリス代表候補生、セシリア・オルコット。いつものISスーツに身を包んでいる彼女は、入場してすぐに自身の専用機『ブルー・ティアーズ』を展開し、アリーナに降り立った。
続いて入場してきたのはお馴染みプロレスラー志望、齊藤龍輝。以前と同じ黒のショートタイツとレスリングシューズといった出で立ちの龍輝は、両手を広げてたっぷりと観客にアピールすると、滑走路から後ろ向きに飛び降りた。見た目飛び降り自殺の様にも見える状況だが、アリーナ内では慌てる様子はない。せいぜい来賓の方々が驚愕してるぐらいだ。
観客たちに見守られる中、落下中の龍輝の身体が光に包まれ、収まった時には彼の専用機『フロストTypeD・G』が展開され、そのゴツイ両足でアリーナに着地した。そして駆け足で開始位置まで移動し、再度周囲を見回すとアリーナにいる全員にアピールするように両腕を上げた。
ワアアアアアアアアアア!!!
観客の歓声を背に受けつつ、龍輝は目前の敵、ラウラを見据える。
「逃げずに来たことは褒めてやろう。観衆の目の前で潰さなくては意味がないからな」
「そうかい。だが生憎、簡単に潰れるような鍛え方はしてねーよ」
「そのほうが遣り甲斐があるってものだ。ところで―――」チラ
ラウラは龍輝の足を一瞥してから言葉を続ける。
「膝はもう大丈夫なのか?壊れる寸前だったはずだが?」
「おかげさまで絶好調だよ」
「それはよかった。これで遠慮せず戦えるという訳だ」
「遠慮とか露ほども思ってないだろうに」と龍輝が言おうとした瞬間、スピーカーからアナウンスが流れ始めた。
『これより、学年別タッグトーナメント、一回戦、第一試合を行います!』
ワアアアアアア!!
『赤コーナー。一年一組所属、『中学剣道全国チャンピオン』篠ノ之ぉぉ…ほうぅぅきいいぃぃ!!』
熱の入ったコールに、思わず箒は軽く赤面してしまう。慣れてないため恥ずかしいのだろう。おまけに観客からの少なく無い声援も原因の一つだろう。
『一年一組所属、『ドイツ代表候補生』ラウラァァ・ボーデヴィッッヒイイィィ!!』
此方は箒とは違い、目の前の
『青コーナー。一年一組所属『イギリス代表候補生』セシリアァァ・オルコッットオオォォ!!』
ブーブー
セシリアのコールが起こった途端、観客席からブーイングが起こる。理由は単純、嫉妬だ。
この反応にセシリアはつい顔をしかめるが、すぐに平静を取り戻し、目の前に敵に集中する。
『一年一組所属、新世代のプロレスラー。168cm、77kg。齊藤うぅ…龍うう輝いいいいいい!!』
ワアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
コールによって上がった会場のボルテージが爆発し、今日一番の歓声がアリーナを埋め尽くす。例年とは違う様子に来賓達は非常に困惑した表情を浮かべていた。
「よくもまあ、ここまで沸かせられるものだ。たかがプロレス如きが」
「プロレスに限らず、格闘技全般は観客を沸かせてなんぼだからな」
「所詮アマチュアの考えだ。実戦では何の意味もない」
「だったら、試してみるか?」
龍輝はラウラを睨み付け、レスリングの構えをとる。対するラウラは構えず、腕を組んで仁王立ちしている。
プロレス対マーシャルアーツ。レスラー対軍人。決して相容れることのない両者。異種格闘技戦の火ぶたが、今切って落とされる!