インフィニット・レスリング   作:D-ケンタ

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第二十八話 認めよう。

『ここで織斑先生よりルールの変更をお知らせします』

『ここからは凶器使用以外の反則カウント、及び場外カウントを行う』

 

普通のIS戦ならあり得ないようなルールであるが、今現在は龍輝の仕業によりリングが出現したため、無問題である。

 

「フン……リングの上だろうと、私の勝ちは揺るがん」

「ようやく本調子で行けるぜ―――!」

 

ステップで互いに距離を詰め、がっぷり腕四つで組み付く。

 

「フン―――ッ!!」

「くうぅ―――!?」ガクン

 

が、途端に腕を曲げられ、ラウラの膝がマットにつく。

 

『やはりここはパワーの差が出るか、腕を押し込んでいくのは齊藤選手』

 

何とかして立ち上がるものの、その瞬間龍輝はラウラの片腕を捻じり上げた。

 

『ここでハンマーロック!きつい角度で捻っていく!』

「こ、この程度―――!」

 

ラウラはその場で跳躍するとそのまま前宙で着地。そしてその勢いでお返しと言わんばかりに龍輝の腕を捻る。

 

『腕をとり返した!これまたきつい角度だ―――!』

「やるな!だが―――」

 

パシッ

 

「ロープが近かったな」

「そんなもの関係あるか!」

 

龍輝が近くのロープを掴むが、お構いなしとばかりにさらに締め上げる

 

「痛たた!?審判、ブレイク!」

『ブレイク!ボーデヴィッヒ、ブレイクだ!ワン、ツー……』

「チッ!」パッ

 

カウント―――というよりも千冬の声を聞いてようやく手を放す。この行動で、観客席からブーイングが起こるが、当のラウラはどこ吹く風といった様子。

 

『ここでブレイクです。しかしボーデヴィッヒ選手、これはいけませんね』

『まったくだ。こんな序盤で反則負けなど、危うく会場がしらけるところだったぞ』

『いえ、そういう意味でなく……』

 

捻られた腕の肩を抑えながら、龍輝は再びラウラと相対する。

 

「おー痛え。ブレイクっつってんだろ」

「知ったことか!」

 

ラウラはその両手にエネルギー刃を展開すると、龍輝に向かい手刀を放つ。

 

『強烈なチョップの嵐!しかしまるで効いてないと言わんばかりに齊藤選手微動だにしない!!』

 

袈裟、一文字、突き。ありとあらゆる角度と方向から放つが、どれも決定打にならず、打ち疲れたのかついにラウラの手が止まる。

 

「なってねえな。チョップて言うのはな―――」グッ

「ッ!?」サッ

 

龍輝が腕を振りかぶったと同時に、ラウラはバックステップをするが、龍輝の踏み込みにより、その距離は一瞬で縮まった。

 

「こう打つんだよ!」ブン

 

バチィン!!

 

右手がラウラの胸元に叩きこまれ、ラウラの身体は赤コーナーまで吹っ飛ばされた。

 

「かは―――っ!?」ガクン

 

危うく膝をつきそうになるが、ロープを掴んで耐える。

 

『強おおお烈な逆水平ええええ!!観客席まで音が響く―――!!』

『直前にバックステップしたため多少は軽減されただろうが、あの威力では関係ないか』

 

打たれた胸を抑え、荒くなった息を整えてるラウラの背中にポンっと何かが触れた。

 

「交代だ。少し休んでろ」

「余計な真似をするな!この程度、なんともn」

「いいから下がってろ。それに、私の方が奴について知っている」

 

そう言ってリングに入ってきた箒と入れ替り、ラウラが渋々といった様子でコーナーに下がる。

 

『ここでタッチです』

『篠ノ之も武道を修めてるからな。どうなるか分からんぞ』

 

千冬の解説によりアリーナ内の期待が高まる中、先に動いたのは龍輝だった。

 

「行くぞオラァ!」

「来い!」

 

組みに行く龍輝に対し、箒は体を半身に構えてその場から動かず、待ち構えていた。

そして龍輝が組もうとした瞬間、体を沈め、足のバネを使い龍輝の顎目掛けて掌底を繰り出した。

 

「フン!」

「か―――っ!?」

『カウンターの掌底アッパー!綺麗に入ったー!』

 

箒の攻勢は終わらず、続けて連撃を叩き込む。

 

「せいっ!やぁ!」

「ぐっ!?」

 

肘、手刀、膝。そのすべてが急所という急所に叩きこまれ、さしもの龍輝も頭に血が上り始めた。

 

「この―――!」

 

反撃に逆水平チョップを放つが、箒はそれを受け止めると体を反転させ―――

 

「せいやあああ!!」

「おわあっ!?」

 

ダァン!

 

龍輝の身体を投げ飛ばした。

 

『これはなんという事だああああ!あの齊藤選手が投げ飛ばされたああああ!!』

『逆一本背負いか。あの逆水平に対してカウンターで決めるとは、やるな』

 

そのまま抑え込むが、カウントが始まる前にキックアウトで返される。ならばと今度は腕をとり、関節を極めた。

 

『流れるような腕十字!齊藤選手これは危ないか!?』

「もらったぞ!」

「舐めんなよ……この程度!」

 

完全に極まったかに思われたが、龍輝は何ともないと言った様子で体を起こした。

 

『なんと齊藤選手立ち上がった!すごいパワーだああ!』

『いや、あれは力ではなく、元々うまくポイントを外していたからだ。でなければいくら力に差があっても起き上がれん』

「くっ!?なら!」

 

体制を変え、今度は下からの三角締めに切り替える。

 

(いくら頑丈でも、頸動脈を絞めれば―――!)

 

その考えは間違っていない。事実、ガッチリと箒の足が首にはまり、脱出は不可能に見える。

 

『あれは……マズいな』

「!?な―――」

「ディイイイヤッ!!」

 

だが相手はレスラー、齊藤龍輝。簡単に終わるはずがない。

 

『なんと齊藤選手!三角締めを極められたまま持ち上げたああああ!』

「しま―――!?」

 

ドォン!

 

龍輝は箒の身体を高々と持ち上げると、そのまま勢いをつけてマットに叩きつけた。

 

「かはッ!?」

 

受け身はとったものの、その威力は到底消し去れるものではなく、さらに叩きつけられた衝撃で足のロックが外れてしまった。

 

「流石にきつかったぞ」

 

そう言うと龍輝は箒の腕をつかんで立ち上がらせ、首を抱えるとそのまま青コーナーまで引っ張る。そしてセシリアが龍輝の背中に触れリング内に入り、龍輝は箒をセシリアに預け、入れ替わりでコーナーに下がる。

 

『ここで齊藤組も交代です』

 

龍輝と交代したセシリアは箒の背中に肘を落とし、そのままバックにつく。

 

「せいっ!」

 

そしてそのまま後方に落とし、グランドに移行する。

 

『バックラテラルとは、なかなか味のある技を使うな』

 

そのまま背中に乗ると、顎を掴んで箒の身体を無理矢理反らさせる。

 

「ぐああああ!?」

『キャメルクラッチが極まった!これは厳しい!』

 

グイグイと体を反らされ、苦痛に顔を歪める箒。しかしその目は死んでおらず、ジリジリ、ジリジリとロープに向かい体を寄せていく。

 

「あと……少し……!」

「逃がしませんわ!」

「ああああ!?」

 

逃がすまいと強引に体を反らさせるセシリア。更なる激痛が襲う中、少しずつ体を動かし懸命にロープに向かって手を伸ばすと、遂に指先がロープに掛かった。

 

『ブレイク!』

 

アナウンスとほぼ同時にセシリアは手を離して立ち上がり、距離を取った。

 

『篠ノ之選手なんとか逃げ切った!しかしダメージは大きい!』

 

ロープを掴みながら立ち上がるが、待ってましたとばかりにセシリアが接近、そのままエルボーを放つ。

 

「タアッ!」

「がっ!?」

『エルボーアッパー炸裂!』

『この場合はヨーロピアン・アッパーカットの呼称が正しいな』

「まだまだですわ!」

 

よろけた箒の腕を掴み、その身体を一度ロープに押し付けると、その反動を使って反対のロープに振る。

 

『ロープに振った!そしてそこから―――』

「ヤアッ!」

「がっ!?」

 

ロープに跳ね返って来たタイミングに合わせて跳躍。両足底が箒に突き刺さり、セシリアの身体が宙を舞った。

 

『決まったダグ・ファーナスドロップキック!打点が高い!』

 

間髪いれずに倒れた箒の足を抱え、反対の腕を上げて観客にアピールする。

 

「行きますわー!」

 

オオォォオオ!!

 

上げた腕でもう片方の足も抱えて引っくり返し、深く腰を下ろして箒の身体を反らさせる。

 

「あ―――が―――っ!?」

『これも基本技、逆海老固め!』

『徹底して腰を狙っているな。定石通りのいい攻めだ』

 

再度の腰攻めにより声すらも上がらないほど悶絶するが、それでも箒の身体はまたジリジリとロープの方へ向かっていった。

先のキャメルクラッチのときよりは近かったため、さほど時間がかからず到達するが、その手がロープに掛かることはなかった。

 

「二度も逃がすと思って!」グイ

「っ―――あああああ!?」

『あと一歩のところで中央に戻された!これは精神的にもきつい!!』

 

腰へのダメージ、肺が圧迫される苦しさ、更に引き戻された精神的ダメージも相まり、箒は動くことができない。

 

「さぁ、ギブアップなさい!」

「ま…だ、まだ―――!」

「なら―――これならどうですか!」

「がああああ!?」

 

ギブアップの意思を見せないと見ると、片足を外してもう片方の足を両手で抱える。

 

『逆片海老にチェンジ!これは厳しい!』

『まるで先輩レスラーから新人レスラーへの洗礼だな』

 

観客が息を飲んで見守るなか、ジワジワと背中の反りが深まっていく。

 

(もう……だめ……)

 

今まで意地で耐えていたものの、それも限界に達し、タップするために腕を上げた。あとはマットを叩けばこの地獄から解放される。

 

「きゃあっ!?」

「っ!?」

 

しかし彼女がマットを叩く前にセシリアの体が背中から離れ、図らずも極めから解放された。

 

「な、何が……?」

 

上体を起こして周囲を見回すと、さっきまで自分の上に乗っていたセシリアが、首にワイヤーが絡まった状態で引き倒されていた。

 

『ここでボーデヴィッヒ選手がカットに入った!いいタイミングですね織斑先生』

『危うくタップアウト寸前だったからな。うまく機体の特徴を活かしたな』

 

突然のことに頭が回らず、呆然とする箒にラウラが手を伸ばした状態で声を張り上げた。

 

「何をしている!さっさと交代しろ!」

「―――あ、ああ……」

 

悲鳴を上げる体を起こし、自身のコーナーへ向かう。しかし、彼がそれを黙って見てるはずがない。

 

「させるかよ!」

 

リングに入った龍輝が一直線に箒に向かう。が

 

「―――っ!?ぐぉっ!?」

 

ドォン!

 

ラウラが放ったリボルバーカノンにより青コーナー付近まで押し戻され、そのおかげで箒は赤コーナーに到達することができ、よろけながらラウラの手に触れた。

 

「すまん、助かった」

「勘違いするな。貴様がどうなろうが知ったことではないが、このルールではどちらかが倒されれば終わりだからな。不本意な敗北はごめんだ」

 

そういいながらリングインし、拘束してたセシリアを龍輝の方へ投げ捨てた。

 

「私のターゲットは貴様だけだ、さっさと代われ」

「……オーケー。セシリア、タッチだ」

「分かりましたわ。……お気をつけて」

 

セシリアと入れ替わり、龍輝がラウラと相対する。

 

「成る程ワイヤーか……」

「妨害はありなのだろう?まさか、反則とは言うまいな」

「いや、いいカットだった。お陰でいい感じに会場があったまった」

 

事実先程のラウラの行動で会場内の熱気は上がり、観客の声援も強くなっていた。中にはラウラへの声援も聞こえる。

 

「名残惜しいが、もうすぐクライマックスだ。……決めさせてもらうぜ」

「それはこちらの台詞だ。ドイツ軍(教官)仕込みの格闘術(マーシャルアーツ)、その身に味わうがいい!」

 

両者同タイミングでステップイン。射程圏内に入って先に仕掛けたのは龍輝。右腕を振りかぶり、逆水平を放つ。

 

「それはもう食らわん!」

「チィッ!」

 

屈んで逆水平を躱すとそのまま龍輝の脚を払う。

 

「おわっ!?」ドタン

『まるで独楽のように回転して脚を払った!織斑先生これは?』

『水面蹴りだな。元々は中国拳法でよく見られる蹴りだが、かの橋本真也が使用したことでプロレス界にも広がっていった』

『丁寧な解説ありがとうございます!』

 

ラウラは屈んだ体勢から立ち上がるとその場で飛び上がり、倒れている龍輝に向かって膝を落とした。

 

「アブねっ!!」サッ

『ボーデヴィッヒ選手のニードロップ!しかしこれは躱された!』

 

龍輝が逃げたことで自爆したが、それでも何ともないといった様子で立ち上がり、そのまま起き上がる最中の龍輝の首をとらえた。

 

「もらったぞ!」

「くっ!?」

『フロントネックロックだーーー!がっちりと齊藤選手の太い首に入っている!!』

 

腕が食い込むほど強く絞め上げてはいるものの、龍輝の首の力は強く極めきるまではいかない。

 

「生憎、この程度じゃ極まるかよ……!」

「なら……これならどうだ!」

「!?」

 

次の瞬間ラウラは自ら後ろへ倒れ、その勢いで龍輝を頭からマットに突き刺した。

 

「かっ―――!?」

『フロントネックロックからDDT!鮮やかに決まった!!』

『当然だ。あれは私が教えたからな』

『え?あ、そういえば織斑先生もかつてモント・グロッソにてあの連携を使ってましたね』

 

そのままの流れで頭から落ちてダウンした龍輝をラウラが押さえ、スピーカーからカウントが流れる。

 

『ワーン、ツー……』

「オラァ!」ガバ

「チッ!」

 

寸でのところで跳ね返し、互いに距離を取って立ち上がる。

 

「おー痛え。一瞬トンだぞ」

「フンッ。しぶとい奴め」

「今度はこっちの番だ!」

 

そう言うと龍輝は目の前にいるラウラに向かって駆け出し―――

 

「セイッ!」

「うぐ!?」

「何!?」

『なんと齊藤選手、コーナーの篠ノ之選手に向かってエルボー!!』

 

その横をすり抜けコーナーに立っている箒をエルボーでエプロンから叩き落した。

 

「セシリア!」

「了解ですわ!」ヒュン

「ぐぁッ!?」

 

龍輝の掛け声でいつの間にかコーナーに上ったセシリアがラウラ目掛けて飛び、その身体を吹っ飛ばした。

 

『ここでオルコット選手のミサイルキックが炸裂!!ボーデヴィッヒ選手ダウンだーーー!!』

 

龍輝はラウラの頭を掴んで引き起こすと、胴体を両腕でがっちりと抱え、真っ逆さまに抱え上げた。

 

「行くぞ!」

「はい!」

 

龍輝が合図を送るとセシリアは再びコーナーに登り、抱えられたラウラ目掛けて跳び、両足を空中で掴んだのと同タイミングで龍輝が尻餅をついた。

 

「食らえやあーーー!!」

 

ガンッ

 

「ガッ―――!?」

 

セシリアと龍輝。二人分の体重を乗せた勢いで、今度はラウラの頭部がマットに突き刺さった。

 

『合体式のパイルドライバーが炸裂うううう!!』

『正確にはハイジャックパイルドライバーだ。最近ではあまり使われないが、昔のタッグではポピュラーなツープラトンの一つだ』

 

そのまま龍輝がラウラの上に乗り、片海老で押さえる。

 

『ワーン、ツー……』

「させるか!」

「のわ!?」

 

しかし復活した箒によりカットされる。

 

「龍輝さん!?よくも―――っ!?」

 

視線を龍輝から箒に向けた瞬間掌底が顎を撃ち抜き、そのまま手首を捻られセシリアの身体がマットに倒された。

 

「キャアッ!?」

『これは鮮やかな投げ!』

『合気の小手返しの応用だな。あそこまで綺麗に決まるのも珍しいが』

 

そのまま腕を極めようとするが、復活した龍輝により妨害される。

 

「させねーよ!」

「くっ!?この!」

 

龍輝は振り返りつつ放たれた箒の拳を受け止め、そのまま軽々と担ぎ上げる。

 

「後ろががら空きだ!」

「おわあっ!?」

 

しかし、復活したラウラがカットに入った為、投げることは出来ず、箒の脱出を許してしまった。

 

『目まぐるしい攻防が続いておりますが、ここで最初の構図に戻りました!』

 

互いのパートナーはリング外に落ち、残っているのは試合権のある二人。

 

「中々やるな、お前」

「そっちこそな。ここまで昂ったのは初めてだ」

 

言葉を交わした二人の口元は、自然と笑みを作っていた。

 

「認めよう。プロレスは、貴様は強い」

「漸くか……ありがとよ」

「礼はいらん。……名残惜しいが―――」

「ああ。楽しい時間も、もう終わりだ」

 

双方自分の構えを取り、次の衝突に備える。

 

「いざ―――」

「尋常に―――」

 

プロレスとマーシャールアーツ。二つの長き闘いの終わりが近づいていた。

 

「勝―――!?」

 

―――しかし、運命の神は残酷だった。

 

『どうしたことかボーデヴィッヒ選手?突如倒れ込んでしまった!』

『あれは、もしや……』

「お、おい!どうした!?」

「うゥうウああアァぁーー!」

 

龍輝や実況席、観客が見守る中、突如ラウラの周囲に黒いナニかが出現し、彼女の身体を包みこむと何かを形作っていく。

 

「な、なんだよこいつは……」

 

気付けば目の前には、おぞましさすら感じさせる人型の存在が立っていた。

 


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