「ちょっとよろしくて?」
「へ?」
「あ?」
二時間目後の休み時間、一夏と談笑してると急に声をかけられた。
話しかけて来たのはいかにもお嬢様といった感じの金髪外人の女子だった。クラスの約半数が外人の為か、特に珍しさは感じない。というかこの学園に限れば俺ら二人の方が珍しい。つーかその髪型、今時縦ロールって……ブフ。
「訊いています?お返事は?」
「あ、ああ。訊いてるけど……どういう用件だ?」
一夏が答えると、目の前の女子はわざとらしく声を上げた。他の女子達(一部除く)と違い気後れというか、そういったのがないな。この女。
「まあ!なんですの、そのお返事。わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないかしら?」
「「…………」」
二人して閉口する。……なんだこの女。いくらISとかいうののせいで女尊男卑の風潮になったとはいえ、ここまでわかりやすいのいるか?少なくとも俺の地元にはいなかったぞオイ。
「悪いな、俺達はお前がどこの誰かは知らん」
一夏も頷いている。実際知らんしな。自己紹介のときは俺の番が終わったら練習メニューを考えてたから他のは聞いてなかったしな。
ん?何か目の前のチョココロネ(仮)の目が吊り上がったな。まあ知らんと言われて気分よくする人間がいるわけないか。
「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリスの代表候補生にして、入試主席のこのわたくしを?」
チョココロネの名前はセシリアっていうのか、よし覚えた。てかそんなことより。
「ほう。アンタイギリス出身なのか」
「そうですが…何か?」
「いや、俺の師匠の大先生がイギリス出身でな。それに、イギリスと言えばCACCのメッカだろ?」
師匠のレスリングジムに入門してから耳にタコができるほど聞かされた話だ。師匠自身も直接ではなく、その御弟子さんにその大先生の凄さや当時のレスラーのこと等を聞いたらしい。その御弟子さんというのが師匠の師匠、俺の大先生だ。
「?CACCてなんだ龍輝?」
「CACC、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンはレスリングのスタイルの一つで、今のプロレスやアマレスの原型になったスタイルだ」
今の人間はCACCの事を知らんか。俺も師匠に教わるまで知らんかったしな。
「イギリスは、詳しくはイギリスのランカシャー地方というところがCACCが栄えた地方なんだよ」
「へー、凄い国なんだな」
「生憎、わたくしはそんな事に興味なんてありませんの」
……あ?
「おいテメe」
「ところで一つ質問いいか」
このチョココロネに突っかかろうとしたら、タイミングいいのか悪いのか一夏が質問を吹っ掛けた。
「ふん。下々のものの要求に応えるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」
「さっき言ってた代表候補生って、何?」
ズコーーー!
ズッコケた音でようやく冷静になれた。確かにそれは俺も気になっていた。
「あ、あ、あ……」
「「『あ』?」」
「あなた方っ、本気でおっしゃってますの!?」
訊いたのは一夏なのに俺まで一括りにされた。まあ、俺も知らんけど。
「おう。知らん」
一夏がどこか誇らしげに言う。セシリアは頭が痛そうにこめかみを指で押さえている。
「代表というからには、オリンピック選手みたいなものか?」
「……まあ、あながち間違いではありませんわね。国家代表IS操縦者の、その候補生として選出されるエリートの事ですわ」
「へー。そーなのか」
成程。そんなのがあるのか。
「そう!エリートなのですわ!」
あ、復活した。流石は代表候補生。立ち直りが早い。
「本来ならわたくしの様な選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運なのですよ。その現実をもう少し理解していただける?」
「そうか」
「それはラッキーだ」
「……馬鹿にしてますの?」
そんなつもりは毛頭ないが。
「大体、あなた方ISについて何も知らないくせに、よくこの学園に入れましたわね。男でISを動かせると聞いていましたから、少しくらい知性を感じさせるかと思っていましたけど、期待はずれですわね」
「俺に何かを期待されても困るんだが」
「悪いな、格闘技しか能がねーんだ」
「ふん。まあでも?わたくしは優秀ですから、あなた方の様な人間にも優しくしてあげますわよ」
何だコイツ。優しさをはき違えてんな。
「ISのことでわからないことがあれば、まあ……泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよくってよ。何せわたくし、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートなのですから」
唯一を強調して言いやがった。
「入試って、あれか?ISを動かして戦うやつ?」
それ以外にないだろ。
「あれ?俺も倒したぞ、教官」
「は……?」
ほう、こんなとぼけた感じしてなかなかやるな。昔剣道やっていたというがそれのおかげか?
「倒したというか、勝手に壁に突っ込んで自爆したんだがな。龍輝は?」
「成程ね。生憎俺は倒してねぇよ」
倒されてもねぇがな。というかセシリアの反応がないな。そんなに驚きだったのか?
「わ、わたくしだけと聞きましたが?」
「女子だけってオチじゃないか?」
ピシッ。と嫌な音が聞こえた気がした。
「つ、つまり、わたくしだけではないと……?」
「まあ俺等は特別枠みたいなもんだからノーカンかもしんないけどな」
「あなた!あなた方も教官を倒したっていうの!?」
「うん、まあ。たぶん」
「俺はちげーよ」
「たぶん!?たぶんってどういう意味かしら!?」
「聞けや」
ヒートアップしてるせいか全く話を聞かない。俺にまで矛先を向けんなや。
「お、落ち着けよ。な?」
「こ、これが落ち着いていられ―――」
キーンコーンカーンコーン
チャイムに助けられた。
「っ……!またあとで来ますわ!逃げないことね!よくって!?」
よくねーよもう来んな。
◇
「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する」
一、二時間目と違い、この授業は織斑先生が教壇に立つようだ。よっぽど重要な内容なのか、山田先生もノートを取っている。
「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないとな」
ふと、思い出したように織斑先生が言う。クラス対抗戦?そんなのがあるのか。
「クラス代表者とはそのままの意味だ。……まあ、クラス長だな。一度決まると一年間は変更できないからそのつもりで」
ざわざわと教室内が色めき立つ。面倒だな。練習時間が削られそうだし、俺は絶対ならんぞ。
「自薦他薦は問わない。誰かいないか?」
「はいっ。織斑君を推薦します!」
「私もそれがいいと思います」
一夏の奴災難だな。まあがんばれ。
「私は齊藤君を推薦します!」
と思っていたら俺の方に矛先が来た。
「さんせーい!齊藤君、凄い筋肉だし、対抗戦も優勝できるよ!」
そんな理由で推薦すんな!
「お、おい待て!俺はそんなのやらないぞ!」
「俺もだ!」
「自薦他薦は問わないと言った。他薦されたものに拒否権はない」
「だが―――」
どうにかして断ろうとしてる俺達を、突如甲高い声が遮った。
「納得がいきませんわ!」
そう言って立ち上がったのは、あのセシリア……クロコップ?だ。
「そのような選出は認められません!大体、男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」
……第一印象からわかっていたが、ほんと典型的な女尊男卑思考だな。
「実力から言えばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しさや筋肉がどーのとかいう理由で極東の猿にされては困ります。大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないということ自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で…」
増々ヒートアップするセシリア。正直そろそろ止めようと思ったが、別に気になんないし、キャッチレスリングもイギリスが本場だしなあ。
「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」
そう思っていると、いい加減限界に達したのか一夏が反論した。イギリス料理も美味いのはあるぞ?
「あっ、あっ、あなたねえ!わたくしの祖国を侮辱しますの!?」
まあ少しスッとしたし、面倒だし放っとくか。
「決闘ですわ!」
決闘とはまた前時代的な。え?格闘技界ではよくあるだろって?少なくとも俺が通ってたジムはみんな仲良かったぞ。
「おう。いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい。なあ、龍輝?」
……は!?俺に振るなバカ!
「言っておきますけど、負けた場合二人ともわたくしの小間使い―――いえ、奴隷になっていただきますわ」
なんで俺まで。喧嘩吹っ掛けたのは一夏だけだろ。
「ちょっと待て。俺はやらんぞ」
「何でだよ!あんなこと言われてるんだぞ!?」
確かにそうだが、俺は別に腹立ってないし、それに何より俺には戦えん理由がある。
「俺は女には手を上げん。女子に手を上げるなんて、そんなこと出来るか」
俺の発言に教室内がシーンとなる。なにも変なこと言ってないだろ?
「い、いや龍輝。そんなこと言ってる場合じゃ」
「俺はレスラーだ、何があっても女に手を上げることはせん」
食い下がる一夏に一言言って席に座る。俺の師匠も絶対に、何があっても女性に手を上げない人だったからな。そのせいなのか、夫婦喧嘩はいつも負けてたけど。
「……ふん。そんなこと言って、自信がないからやらないつもりなのでしょう」
セシリアが挑発してくるが、全く効かねーよ。
「何とでも言え」
「それはそうですわよね。プロレスなんて只のショー、そんなのをしているんじゃ自信なんてありませんわよねえ?」
……ハ?イ マ ナ ン テ イ ッ タ ?
「そもそもプロレスなんて野蛮なモノ、とうの昔に無くなったと思っていましたわ」
……
「大体あなた、確かに体付きは多少はいいですが、そのような低い身長では無理ではありませんの?」
ブチン
「テメエ……言ってはならねえことを言いやがったな!?」
ビクッ。と教室中が震え上がるような感覚がした。がそんなの知らねえ!
「プロレスがショーだ?ヤラセだ?インチキだあ!?ふざけんじゃねえ!!プロレスは真剣な格闘技だ!確かに最近のプロレスはショー化してきてはいる。だがそんなのは本当のプロレスじゃねえ!!本当のプロレスはなあ、あんなもんじゃねえ。……かつてUWFという団体があった。その真剣そのものの試合内容は当時としても異色でな……残念なことに時代の流れに乗れず、フロントと選手陣の対立もありUWFは解散し、団体としては残っていない。だが!その技術、精神は今でも受け継がれている。それがU系レスラーと呼ばれる人達だ!俺の師匠も、そのまた師匠も、Uの血が流れている。その人達は本当のプロレス、何にも染まっていない、純粋なレスリングを残そうとしているんだよ!!誇りを持ってプロレスをやってんだよ!!今お前が言ったのは、その人達に対する侮辱だ!!プロレスを馬鹿にすんじゃねえ!!」
「ひっ……」ビクッ
「お、落ち着けよ龍輝!」
ハァー、ハァー。
一夏の声で少し冷静になれた。
「……すまん、熱くなり過ぎた」
「お、おう。何か人が違うみたいだったぞ」
「……気にするな」
そう言って席に着こうとしたが肝心なことを言い忘れていた。
「これだけは言っておく、身長のことは言うな!気にしてんだから」
「え?え?」
今度こそ席に座る。熱くなると周りが見えなくなる、俺の悪い癖だ。
「話は終わったようだな。齊藤、好きなものを侮辱されて怒るのも分かるが、やりすぎだ。少しは押さえろ」
「すみません……」
「そしてオルコット。他人やその好きなものを貶めたりするな。お前の行動は、代表候補生云々の前に人としてやってはならんことだ」
「申し訳ございません……」
「織斑もだ。分かったな」
「わかったよちふy……織斑先生」
「ならいい。それで、クラス代表の事だが」
激昂してたせいですっかり忘れてたが、そういえばクラス代表を決めるんだったな。
「オルコットがいい案を出してくれたのでそれで決める。勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。三人とも用意をしておくように」
……は?
「では授gy」
「ちょっと待ってくれ!さっきも言ったが、俺は女に手は」
「上げないというのだろう?安心しろ。お前が殴った程度じゃ、ISは傷ひとつつかん」
いや、そう言う事じゃなくてだな。
「反論は受け付けん。……それでは授業を始める」
ぐう。無理やり終わらせられてしまった。傷とかそういったことが心配なんじゃないっつーのに……。
◇
「はあ……。どうしたもんか」
放課後、俺は自分の席で頭を抱えていた。別に授業が分からなかったとかそんなことじゃない。二時間目が終わった後も何とか降りさせてもらえないかと織斑先生に抗議したが、結局聞き入れてもらえなかった。
ストレスで胃が痛い。昼休みに一夏に誘われて一緒に学食に行ったが、いつもの6割しか食えなかった。
「ああ、織斑君齊藤君。まだ教室にいたんですね。ちょうどよかったです」
「「はい?」」
呼ばれたので顔を上げると、山田先生が書類を持って立っていた。どうでもいいがこの先生、凄い巨乳だよなあ。今時のグラビアアイドルでもこんなのいないぞ。
「えっとですね、寮の部屋が決まりました」
そう言って部屋番号の書かれた紙とキーをよこす山田先生。
「俺等の部屋、決まってなかったんじゃなかったですか?確か暫くは自宅から通学してもらうって話でしたけど」
俺としちゃ助かったけどな。こいつは家が近いかもしれんが、俺の実家は山形だからな。ホテルに泊まってちゃ金がかかるし。まあ学校だか国だかが出してくれそうだが、卒業してから返せとか言われたらたまらん。
「事情が事情なので、部屋割りを無理矢理変更したんです。……二人ともそのあたりの話って政府から聞いてます?」
最後だけやけにちっちゃい声で言って来た。
政府の指示ならこんな早く部屋が決まったのも納得がいくな。何せ今まで前例がないらしいからな、『男のIS操縦者』とかいうのは。
そのせいで酷い迷惑をかけられたがな。ったくマスコミやらわけのわからん科学者みたいな連中共、家はともかくジムにまで押しかけやがって。まあ「練習の邪魔だ!!帰れ!!」と師匠が一喝したら、クモの子を散らすように帰って行ったがな。
あの時の師匠、かっこよかったなあ……。あれ?
「あの先生、俺と一夏の部屋番号が違うみたいなんですが」
「あ、ほんとだ」
何かのミスか?まあこの先生抜けてるみたいだしな。
「それなんですが、とにかく寮に入れることを最優先にした結果、二人の部屋がバラバラになってしまって。一ヶ月もすれば調整できますから」
と言う事は女子がルームメイトになるのか。まあ変なことしなけりゃいいだろうし、する気もない。俺は鋼の理性と評判だからな。
「それで、部屋は分かりましたけど、荷物の準備したいので、今日は家に帰っていいですか?」
俺はすでに学校宛てに実家から送られてるから、楽でいい。
「あ、いえ、荷物なら―――」
「私が手配をしておいてやった。ありがたく思え」
いつの間にか織斑先生までいた。この人、気配遮断A+でも持ってんのか。
「ど、どうもありがとうございます……」
「着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」
大雑把だな。俺はかなり選んだけど。
「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時、寮の一年生食堂で取ってください。ちなみに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もありますが……えっと、その、お二人は今のところ使用できません」
まあ仕方ないな。
「え、何でですか?」
コイツ馬鹿か。
「まさかお前、女子と一緒に入りたいのか?」
「あー……」
まあしばらくはシャワーで我慢だな。
「えっと、それじゃあ私達は会議があるので、これで。お二人とも、道草食わずにちゃんと寮に帰るんですよ」
校舎から寮まで目と鼻の先なのにどこで道草食えというんだ。まあトレーニングルームとかあるんなら行ってみたいがな。
まあでも、今日は早く休みたいし、何より女子のこの視線から解放されたい。
「……寮に行くか」
「……そうだな」
一人よりはましと二人で寮に向かったが、途中女子生徒のヘンな会話が聞こえた。……聞かなかったことにしよう。
寮に入って暫く歩いていると、不意に一夏が立ち止まった。
「1025……あ、俺の部屋ここだ」
「じゃあここでお別れだな。また明日」
「ああ、また明日」
挨拶を交わし一夏と別れる。何か怒号が聞こえた気がするが、気のせいだろう。
「……っと、ここか」
そんな事を考えてると、俺の番号の書かれた部屋に着いた。
「荷物は運びこんでるらしいし、飯食いに行く前に整理しとくか」
キーを使って鍵を開け、部屋に入る。……どうやらルームメイトはまだ来てないようだ。いやに豪華な家具が並んでいるが、どんな奴だろうな。