インフィニット・レスリング   作:D-ケンタ

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第三十六話 対決!最強対天災

「何?試合形式でやりたい?」

「「はい!」」

 

俺がジムに到着したときに、ちょうど二人が風間さんに直訴しているところだった。

 

「いいだろう。二人ともリングに上がんな」

 

それをあっさりと承認する風間さん。ちなみにちらほらと夜練のメンバーらしき人たちがジムに集まってきているため、結構な注目を浴びている。

 

「なんだ、試合か?」

「束ちゃんがやるのか。相手は誰だ?」

「なんでも龍輝の担任で、風間さんの弟子らしいぞ」

 

リングの近くに人が集まってきた。あとで龍輝から聞いたんだが、夜練のメンバーにはプロ選手が多く参加しているらしい。確かにサイズ差はあれど、ほとんどが午後練のメンバーよりガタイがよく、オーラが違う。

 

「なんの騒ぎだ、これ?」

「あ、龍輝おかえり」

 

いつの間にか龍輝がランニングから帰ってきてた。食後に走りに行ってから、大体一時間近くか、いやそんなかかってないかな?どっちにしても結構走ってたな。

 

「あれ、セシリアとラウラは?」

「多分もうすぐ来るだろ。で、どんな状況、これ?」

「かくかくしかじかで、何故か千冬姉と束さんが道場マッチすることになった」

 

自分で言っててよく分からん状況だと思う、マジで。

 

「ほー。でも束姉さん(たばねーさん)強いからな。いくら先生でも無理じゃないか?」

「いやーどうなんだろ……てか何その呼び名」

「「戻りました(わ)~……」」

 

龍輝に説明していたら二人がくたくたになりながら戻ってきた。んで二人にも同じ説明をしたんだが……

 

「いくら束姉さんでも、教官が相手では難しいのではないか?」

「いえ、束姉さんの技術なら、織斑先生にも通用する筈ですわ」

 

その呼び方流行ってんの?というか二人とも束さんを見て驚かないのか、と思ったけど、よくよく考えたら俺達より早くこっちに来て龍輝と一緒にここで練習してんだから、色々知ってて当然か。

 

「ルールは5分一本勝負。道場マッチのため、凶器攻撃やリング外に行くのは禁止だ」

「はい」

「りょーかい」

 

5分か、結構短いな。ルールも普通の試合よりも安全重視っぽいし。

 

「よし、二人ともコーナーに戻って」

 

風間さんによるルール説明とボディーチェックが終わり、二人がコーナーに戻っていく。千冬姉が赤コーナーで、束さんが青コーナーだ。

いよいよ始まるとあって、周囲の人達もざわめきだしてる。中にはどっちが勝つか賭けてる人もいたくらいだ。

 

「でも実際、どっちが勝つんだろうな?」

「さあな。やってみなきゃわからんさ」

 

そして風間さんが振り上げた手を下ろし、試合開始を告げた。

 

「ファイッ!」

 

 

「ファイッ!」

 

試合開始と同時に、二人は互いに接近しがっぷりと組み合う。が、瞬時に束がヘッドロックで千冬を捕らえ、そのまま締め上げる。

 

「フン……っ!」

「ぐぅっ!?この……!」

 

しかし千冬は束の背中を押して頭を引き抜き、そのままロープへ振る。反動で帰ってきた束にエルボーを放つが躱され、そのままもう一度ロープの反動で戻ってきた束のドロップキックをもろに喰らい、マットへダウンした。

 

「ガハァッ!?」

「ふっふーん!どう、ちーちゃん?」

 

フォールへはいかず、千冬を挑発する束。

 

「くっ……このッ!!」

「なっ!?」

 

千冬は立ち上がるとそのまま一気に組み付き、そのまま持ち上げてマットに叩き付ける。

 

「かはっ!?」

 

そのまま覆いかぶさり、フォールの体勢をとる。

 

「ワン―――」

「っせい!?」

「くっ―――!?」

 

しかしカウントワンで跳ね返し、そのまま二人とも立ち上がって距離を取る。

 

「オオー!」

「いいぞー二人共ー!」

「起き上がってすぐスパインバスターとは、やるな先生!」

 

まだ始まって一分も経ってないが、二人の動きに歓声が上がる。

歓声を受けた二人は再び組み合うが、今度はすぐ離れ、千冬が束にエルボーを入れるとすぐさまフライングメイヤーで投げ、スリーパーで締め上げる。

 

「フンッ!」

「くっ―――か―――っ!?」

 

指を入れて防いではいるものの、ジリジリと確実に腕が首に食い込んでいく。

 

「な……んのッ!」

「ッ!?」

 

しかし束は体を回して千冬の腕を潜り、首を抜くと同時に腕をハンマーロックで決める。が、千冬は前転して脱出し、そのまま立ち上がると今度はスタンドで束の腕を捻り上げる。すると束は前転、ネックスプリング、側転からのヘッドスプリングの連携(所謂丸藤ムーブ)で抜け出し、逆に千冬の腕を捻り上げる。

 

「ぐッ―――まだまだぁっ!?」

 

しかし千冬も負けてはいない。前転してから身体を捻り、ヘッドスプリングで脱出すると(所謂タイガームーブ)間髪入れずにアームサルトで投げ捨てる。

 

「ぐっ!?この!」

 

投げられた直後、束は両足で千冬の頭を挟み、ヘッドシザースで締め上げる。

だが千冬は足の方に歩いて腰を上げると、左右に飛んでからヘッドスプリングで抜け出した。直後にエルボードロップを落とすも躱され、今一度距離を取る。

 

「やるね、ちーちゃん……」

「お前もな、束……」

 

今度は二人とも組もうとはせずに、互いにエルボーを打ち合う。ゴツ、ゴツと鈍い音が連続して響いていく。

 

「セイッ!だぁりゃあ!!」

「フンッ!おぉりゃあ!!」

 

意地と意地の張り合い、だが束が突如放ったバックハンドエルボーによりその均衡が崩れ、続けざまに放った前蹴りにより、千冬が前かがみに体勢を崩す。

 

「これで、終わらすよ!!」ガシッ

「く……っ!?」

「ふんぬううぅぅっ!!」

 

束は前かがみになった千冬の身体をサイドからガッチリと捕らえ、千冬を抱えたままその場で回転を始めた。

 

「―――っ!?」

「ちーちゃんは頑張ったよ……でも、勝つのは私だ!!」

 

遠心力により千冬の身体が持ち上がっていき、マットと並行以上になった時、束が回転を止め、足と腰の力を使い一気に頭上まで持ち上げる。

 

「これが、私が風間さんから教わった唯一の必殺技――――――」

 

一瞬の溜めを作った後、自身の前方に千冬の身体を勢いよく振り下ろし――――――

 

「スピニングボムだあああああああ―――――――!!!!!」

 

強かにリングに叩きつけた。

 

「―――かっ―――はっ―――!?」

 

背中から強烈にリングに叩きつけられた千冬は肺を押しつぶされたような感覚に陥り、呼吸が困難になっていた。束はその隙を逃さず、そのまま体をかぶせ、フォールの体勢をとる。

 

「ワン、ツー……」

(勝った……!)

 

カウントが進み、束は勝利を確信し、誰もがこれで終わりかと思った。だが―――

 

「スr……」

「おおぉりゃあああッ!!」

「なあっ―――!?」

 

千冬の眼は死んではいなかった。カウント2.9でフォールを返し、フラフラではあったが、しっかりと立ち上がった。

 

「あ、あれを喰らって、立つなんて―――?」

「ハァー、ハァー……なかなか効いたぞ……今度は―――」

 

千冬は一気に踏み込むと、束の顎にエルボースマッシュを叩き込む。

 

「こっちの番だ!!」

「がふっ―――!?」

 

エルボーでかち上げられたことにより、束の体勢が一瞬崩れ、その隙に千冬はバックに回る。

 

「スープレックス!?させるか!」

 

束は腰を下ろしてこらえようとするが、千冬はニヤリと不敵に笑い―――

 

「残念、外れだ……」

「え?」

「フンッ!?」

 

突然の言葉に呆ける束の脇に頭を突っ込むと、顎と足を抱え、肩の上に担ぎ上げる。

 

「アルゼンチンバックブリーカー!?だけど、これでギブアップすると思ったら―――」

「思ってないさ……だから、こうするんだよ!!」

 

そう言うと千冬は束を担いだまま旋回を始めた。

 

「風間さんから必殺技を教えてもらったのが自分だけだと思ったか!?」

「なっ!?まさかちーちゃん!?」

「食らえ!風間さん直伝――――――」

 

旋回した勢いをそのままに束を足の方向に回し、肩口に腰が乗ったところで胴体をクラッチすると、勢いそのままに後方に反り―――

 

スノオオオドロッッップウウウ(大雪山落とし)―――!!!!!」

 

束の体をリングに叩きつけた。しかし、そこで精魂尽き果てたのか、フォールには行けず、束も想定外の一撃で体力を削られ、二人ともリングに大の字になっていた。

 

「ハァー、ハァー……くっうう―――!」

「う、ああああ―――!」

 

気力を振り絞り立とうとするが、力が入らずなかなか立ち上がることができない。ロープやコーナーにもたれ掛かりながら、なんとか立ち上がり、ふらふらと今にも倒れそうな足取りで互いに相手に向かっていく。

 

「こ……ん、の―――」

「い、いかげ……んに―――」

 

振り上げた拳を同時に振り下ろす。……だが、その拳は相手に届くことはなかった。

 

「そこまで。時間だ」

 

間に入った風間が二人の拳を掴み、試合時間の終了を告げる。

その言葉を聞いて力が抜けた二人は倒れそうになるが、風間に支えられて、再度マットに沈むのは避けられた。

 

「この勝負はドローだ。皆、二人に大きな拍手をやってくれ!」

 

オオオオオオオ―――ッッッ!!!!!

 

言うや否や、周囲からは歓声や拍手が沸き上がり、健闘した二人を讃える。

 

「二人とも、ナイスファイトだ」

「「あ、ありがとう、ござい……ます―――」」

 

尊敬する師からの労いの言葉を受けた二人の顔は自然とほころんだが、親友(ライバル)に勝てなかった故にどこかぎこちない笑顔だった。

 

 

ワーワー

 

「……」

 

正直、見入ってた。たった五分だったけど、二人の真剣な試合に、言葉を失っていた。

 

(千冬姉……)

 

あれほど真剣な千冬姉を、俺は見たことがなかった。束さんだって、別人じゃないかと思ってしまうくらいには俺の記憶とは違い過ぎる。

でも……今の二人の方が、生き生きしているように見える。ただ、一つだけ――――――

 

(箒、お前やっぱり来ない方がいいかも……)

 

絶対容量オーバーで気絶するから。

 

「よーし、それじゃあ夜の合同練習始めるぞ!全員準備しろ!!」

「「「「「はいっ!!」」」」」

 

風間さんの一言で、空気がビシッと切り替わり、全員がマットに集合する。その中には龍輝やセシリアにラウラ、先程試合したばかりの千冬姉と束さんの姿もある。あんな激しいのやったのに……どんな体力してんだろう。

 

「あれ?一夏やらんのか?」

「ああいや、俺は見学してるよ。付いて行けそうにないし」

「そうか。ゆっくりしてな」

 

しかし、夜の練習ってどんなんだろう?あの午後練よりすごいっていうけど、どんなだか想像つかない。

 

――――――その後、始まった夜練の風景を見て、参加しなくてよかったと、俺はしみじみとそう思った。




技解説

『スピニングボム』
・サイドスープレックスの要領で抱え、旋回することで相手の身体を持ち上げ、パワーボムで叩き付ける。遠心力を利用することで、自分よりも体格の大きい相手にもたやすく仕掛けることが可能で、ジュニアヘビーの選手に使い手が多い。
元ネタはスティーブ・ウィリアムスの『ドクターボム』とジム・スティールの『ターボドロップⅡ』

『スノードロップ』
・アルゼンチンバックブリーカーで担ぎ上げた相手を足の方向に旋回させ、勢いを乗せてバックドロップで叩き付ける。相手によって担いだ状態で回転しながら相手を振り回し、平衡感覚を狂わせることで受け身を取りづらくしてから投げるパターンも存在する。
元ネタは『バックドロップ』と『アングルスラム』

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