インフィニット・レスリング   作:D-ケンタ

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第四十一話 第一試合!

カアァーーーン!!

 

ゴングが鳴り、試合が始まると龍輝と呉石の両名はリングの中をゆっくりと周りながら、互いに少しずつ距離を詰める。

 

『静かな始まりとなりました第一試合。実況は私、野上真司がお送りします。解説席にはこの方、今大会の主催者でもあります、ドラゴンピット代表の風間龍輔さんにお越しいただいております。風間さん、よろしくお願いします』

『お願いします』

 

最初に仕掛けたのは呉石。龍輝の足を取りにいくが、素早く躱し再び距離をとる。

 

『いきなりのレッグダイブ!しかし距離があるせいかなんなく避けられました!』

『恐らく様子見と牽制だろうな。龍輝の奴、何先手許してんだ』

 

距離が開いて様子見が続くのかと思われたが、掛け声と共に流れが動いた。

 

「イィヤッ!」

「ぐっ!?」

 

今度は龍輝が組みにいき、がっぷりと四つで組み合う。そのままロープまで押し込むと、レフェリーがブレイクをかける。

指示に従い、ゆっくりと離れた龍輝。だが次の瞬間!

 

「オラアッ!!」

 

バシーン!!

 

「うぐっ!?」

 

離れ際に呉石の胸に逆水平チョップを放つ。道着の上からでもダメージがあったのか、打たれた部位を押さえる呉石。

 

『おっと離れ際に打っていきました!道着の上からでもいい音が響く!』

『これで流れを掴めるほどやわな相手じゃないが、意識はさせただろうな』

 

そのまま呉石の腕を掴むと、反対側のロープに振り、跳ね返ったところに追走した龍輝がショルダータックルでぶつかる。

体重差は僅かであるが、そのパワーと勢いで弾き飛ばされ、呉石の体がマットに沈む。

 

「おっしゃあ―――っ!?」

「フッ!!」

 

しかし龍輝が雄叫びをあげようとした瞬間、下から呉石が足に絡み付き、そのまま龍輝をマットに倒し、膝の関節を極める。

その鮮やかな技の入りに、場内から感嘆の声が上がる。

 

『寝技に持ち込んだ!これは極っているか!?』

『いやー上手いね。流石森先生のとこの子だ、鮮やかに持っていったよ』

 

一気に極めて勝負を付けようと呉石が力を入れる前に、龍輝がロープを掴みブレイクが入る。

 

「フゥッ……」

(あっぶねえな、あの野郎壊す気だったぞ)

 

短く息を吐いて立ち上がった呉石を睨みながら、龍輝は顔にこそ出してないが、内心冷や汗をかいでいた。

それもそのはず。今しがた呉石が極めていたのは龍輝の左膝……そう、爆弾を抱えている左膝だったのだ。あと一歩ブレイクが遅ければ危なかっただろう。

 

(だが……そっちがその気でもな、俺は只―――自分のプロレスをするだけだ!)

 

左膝を軽く抑えながら立ち上がった龍輝に対し、スタンドで組みに行く呉石。しかし組もうとした瞬間に龍輝のエルボースマッシュが炸裂し、よろけた呉石に追い打ちの逆水平を叩き込む。

 

『エルボーからの逆水平!かけられた膝十字のお返しだー!』

 

バチィーン!!と肉を打つ音が再び会場内に響くと、直後に龍輝が組み付き呉石の身体を軽々と持ち上げる。

 

(嘘だろ!?俺だって79kgあんだぞ!体重差はそんなにないのに、それをこんな―――!?)

「オラァッ!!」

 

そしてそのままマットに背中から叩き付ける。こういった投げに慣れていない呉石は、受け身を取るも完全にダメージを逃がしきることはできず、肺の中の空気を無理矢理押し出される。

 

『ボディスラム!軽々と投げ捨てた!』

『練習通りのいい投げっぷりだ』

 

軽いとはいえ呼吸困難に陥った状態を逃す龍輝ではなく、ロープに走りその反動で戻ってくると同時にジャンプし、右足を呉石の喉元に叩き落す。

 

「カハッ!?」

「フンッ!」ガバ

『ギロチンドロップからそのままピンの体勢!』

 

そのまま抑え込み、体固めでピンフォールの体勢に持っていく。

 

「ワン、ツー―――」

「うおっ!?」

 

しかし、カウントツーで跳ね返す。流石にそこまで消耗してはない。

 

『カウントはツー。齊藤選手いい動きですね』

『アイツも今日の為に仕上げてきたからな。只こっからどうなるか、だ』

 

頭を掴んで無理矢理起こそうとしが、その途中で呉石が低空のレッグダイブでテイクダウンを奪う。龍輝も背中からは倒れず、身体を捻って正面から倒れたが、マットに着いた瞬間呉石がバックにつき、両の足を胴に巻こうとする。が、龍輝も抵抗しエスケープを図るがしつこく食い下がり、とうとう片足が入り、フックして首を狙う。

 

「チィッ!」

(好き勝手やってくれたな。ガードしても無駄だ、俺は指が入れば絞めまで持っていけるんだよ!)

『バックを取った!これは危険な体勢、絞殺王子の本領発揮か!?』

『今は肩でガードしてるけど、これは不味いね』

 

ガードした肩の隙間から指を差し込みスリーパーを狙う。分厚い僧帽筋と三角筋で阻まれた硬いガードではあったが、とうとう呉石の指が差し込まれる。この瞬間、呉石は油断してしまった。普段であれば決して油断はしないであろう彼だが、今回の舞台はいつもの柔術の舞台ではない。異種格闘技戦とはいえ、プロレスのリングだということを失念していたのだ。

 

「いっ―――!?」

『おっとどうした!?絞めの一歩手前で突如動きが止まってしまったぞ!』

 

柔術の舞台は、選手を怪我から守るため厳密なルールが定められている。それはプロレスも同じだが、プロレスのルールは最低限のものでしかなく、あってないようなものだ。ルールに守られていた者(アマチュア)が、ルールの希薄な(プロレスの)リングに上がるとどうなるのか。彼はそれを、今この瞬間に思い知ったであろう。

 

「おりゃ」

「があああああっ!?」

『ありゃ指とってるな。三本だからレフェリー反則とらないぞ』

 

指を極める。この柔術どころか他の格闘技でも見られない技と、その想像以上の激痛から逃れるためもがくなかで、折角の足のロックを自ら外してしまう。その隙に龍輝は指を極めたまま立ち上がり、持ち手を変えて今度は腕を捻ってうつ伏せに倒し、呉石の肩と手首を極めにかかる。しかし今度は呉石が足をロープにかけブレイク。

再度離れて仕切り直しとなる。

 

(あ、あの野郎指を……!)

(アマチュアじゃ禁止だが、プロレスじゃ立派なテクニックだ。まさか卑怯とは言うまいな!)ドン

「ぐぅっ……!?」

 

指を抑えた状態で立ち上がろうとした呉石の背中をストンピングで踏みつぶし、そのまま連続で踏みつける。ぐったりとした呉石の首を掴み無理やり立たせると、首を抱えて手首を掴み、腕を開けさせて頭を脇に突っ込んで道着を掴むと、踏み込みの力を使い一気に頭上まで抱え上げる。

 

『一気に上げたー!ブレーンバスターの体勢!まだ落とさない……長時間の滞空、呉石の頭に血が上る!』

 

そしてたっぷりと十数秒滞空した後、満を持して真っ逆さまにマットに叩き付ける。

 

バアァーーーン

 

『落としたああああ!!この衝撃は計り知れない!!』

 

叩きつけられた後、ダメージが大きいのか呉石は仰向けのまま動かない。龍輝は体を翻して呉石の身体を抑え込む。

 

「ワン」

 

その瞬間、呉石が動いた。

 

「ふっ!」ガッ

「何!?」

 

抑え込んでいる龍輝の手首を取り、肩口から腕を通して自分の手首を掴んで捻り上げる。

 

「ぐぅああっ!?」

『下から極めにかかった!!ダブルリストロックがガッチリと極まっているー!!』

 

なおも捻り上げる呉石。龍輝も力で堪え、その隙に逃げようとするが、呉石の足が絡んで脱出できない。

 

『今は力で耐えてるけど、これじゃ時間の問題だな』

『通常であれば角度を変えて逃げるところですが、足が絡んでそれも難しい!』

 

エスケープは難しいと察すると、龍輝は極められた手で道着を掴み、片腕を背中の方に回すと、片足を立てて極められたまま持ち上げ、そのまま立ち上がる。

 

『なんと!あの体勢のまま立ち上がったー!?何という筋力だああああ!!』

『まずああなる前に逃げなきゃダメだろう。まだまだ甘いなあ』

 

完全に立ち上がり、ロープに近づいていくが、呉石は素早くダブルリストロックからフロントネックロックにチェンジした。

 

『ここで首を取りに行った!ガッチリとはまっている!!』

 

先程とは違い、呉石の腕が龍輝の首にぴっちりと巻き付き絞め付ける。

 

「う……ぐ……!」

(このまま落としてやる!)

 

頸動脈を絞められ、龍輝の動きが止まる。このまま落ちるかと思われたが、龍輝は体の向きを変えると、一気に走りだす。

 

「何っ!?」

「おるあああ!!」

『5分経過、5 minutes have passed.』

 

そして走った勢いそのまま、コーナーポストに呉石を背中から叩きつける。

 

「ぐふっ!?」

『コーナーポストに叩きつけた!これは予期しない反撃だ!』

『これはいい手だな』

 

その衝撃に絞め付けが緩み、その隙を突いて首を抜き脱出。そのままコーナーに呉石の身体を押し付け、エルボーを叩き込む。

 

(やってくれたなこの野郎……ただじゃおかねえ!!)

「ぐっ!」

 

ガードの上からでも衝撃が響き、着実にダメージが溜まっていく。

 

「調子に、乗んな!!」ドガ

「うぐっ!?」

 

振りかぶった一瞬の隙をついて前蹴りで蹴り飛ばす。リング中央まで後退する程の威力ではあったが、コーナーに寄り掛かってた為か、龍輝の鍛え上げられた腹筋を貫くことはできなかった。

 

『強烈な前蹴り、呉石選手組技だけでなく打撃も冴えています!!』

「セィヤアッ!」ドゴォ

「ぐぅっ!」

 

更に距離を詰めてミドルキック。そして龍輝の下に潜り足を取り、また足関節を狙う。

しかし察知した龍輝が足を抜いて正対すると、呉石はそのままマットに背中を付けて、いわゆる猪木・アリ状態となる。

 

『マットに転がった!これは誘ってますね』

『ここからが本領発揮といったところかな。だけど、そう上手くはいかんだろうなあ』

『それはどういう事でしょうか?』

『見てりゃわかるよ』

 

リングに寝た状態の呉石の周囲を周って様子を見ていた龍輝だったが、ついに接近して足首を掴む。すると―――

 

「レフェリー!アレ!」

「?」チラ

「ほいっと」ガッ

 

レフェリーの背後を指差して注意をそらし、その隙に膝を股間に落とす。

 

『おっとこれはダーティーな戦術!もろに喰らってしまった!』

『あんなのどこで覚えたんだ、俺教えてねえぞ』

「〜〜〜っ!!?」

(こういうのもあるんだよ。思い知ったかエリート(アマチュア)野郎!)

 

実際には膝ではなく脛なのだが、自身も注意をそらしてしまったせいでもろに受けてしまったため、ファウルカップ越しでもそのダメージは大きい。

 

「おっしゃいくぞーっ!!」

 

そして片足を持ち、スタンディングでアキレス腱を極め、痛みで腰が上がった呉石の身体をそのままひっくり返し、腰の上に乗っかる。

 

『逆片エビ固め!ガッチリとはまっているぞ!』

『最初からこういうのやれってんだ』

 

膝まで抱えてさらに反っていく。龍輝の強力(ごうりき)で極められてるのだ、その激痛は想像に難くない。

 

「(このまま極めてやるぜ!)うおおお!!」

「ぐうぅう!?」

 

反り上げられることで肺が圧迫され、呼吸も難しくなってくる。このまま決まってしまうのだろうか。

 

 

「あんな戦い方もできるんだな、龍輝の奴」

「しかし、アレは流石に卑怯ではないか?」

 

試合の経過を見ていた一夏と箒がそう話していた。

 

「あれもテクニックの一つですわよ」

「いや、だからと言ってな」

「観客は盛り上がっているけどね」

 

セシリアがフォローし、シャルがなんとも言えない表情で周りの状況を説明する。実際に新人とは思えない試合運びに、観客たちは歓声を上げていた。

 

「アマチュアならばともかく、これはプロの舞台だ。レフェリーが見ていなければ、反則にはならん」

「……釈然としない」

「まあまあ。でも危ない場面もあったけど、もう決まりじゃないか?」

 

以前から何度か龍輝の逆エビを実験台になっている一夏の言は妙に説得力がある。

 

「それはどうかしらね」

「鈴?」

 

しかしそれに鈴が異を唱える。そして意外な人物もそれに同意した。

 

「その通りだ。あやつめ、狙っているぞ」

「流れが変わるとしたら、そろそろですわ」

 

ラウラとセシリアだ。この三人は只応援するのではなく、冷静に試合を観察していた。

 

「それはどういう―――なっ!?」

「あんな返し方が!?」

 

彼女たちの言葉通り、再びリングに視線を戻した時には、また流れが変わっていた。

 

 

「オラァア!」

 

グイグイと、さらに背骨を反らしていく。このまま背骨が折れるのではないか、そう思えてしまうほどだ。

 

「くっおおおお!」

『おおっとプッシュアップで立ち上がった!このままロープへ逃げるか!?』

(させるかよ!)

 

逃がすまいと思った龍輝が腰を据えなおそうとした瞬間、呉石が動いた。

 

「フッ!!」

「なっ!?」

 

呉石はプッシュアップで出来た隙間に体を肩口から入れ、そのまま龍輝の足を取ると、自身の足を股関節部分にひっかけて龍輝をマットに倒した。

そして、その勢いのまま体を起こすと、龍輝の上に馬乗りの体勢になる。

 

『これはどういうことか!?あっという間に形勢逆転、呉石選手がマウントを取った!』

『うーんいいテクニックだ。あれやれる人あんましいないよ』

 

マウントを取った呉石はニヤリと笑うと、顔面目掛けて拳を振り下ろした。

 

「オラァッ!」

「ガッ!?」

『そのままパウンドだー!体重を乗せた拳が降り注ぐー!』

 

もちろん、拳での殴打はプロレスでは反則だ。しかし、5カウント以内なら反則としてはとられない。そのため断続して放たれるパウンドは、反則であって反則でないのだ。

ガードはしているものの、グローブのない拳を完全に防ぐことは難しく、被弾する割合の方が多い。

危険を感じた龍輝はブリッジでは跳ね上げると、そのまま体を捻って脱出を図るが、呉石は待ってましたとばかりにバックマウントを取り、一気にバックチョークで捕らえる。

 

『は、速い!?あっという間に両足を絡め、首を絞めにかかるーっ!!今度はガッチリと入っているぞーっ!!』

 

隙間なくピッチリと絞められ、酸素がいかなくなった龍輝の顔の色がみるみる青くなっていく。

 

(や……べ……)

(終わりだ。ここまで入ったなら、逃げられはせん!)

 

若干薄れつつあるが、龍輝の目はまだしっかりと開いていた。

そして両目を動かして辺りを見回すと、以外にもロープが自分の足に近いことに気づいた。

ジリジリとゆっくりと動き、何とか足をサードロープの下に通す。

 

「ブレイク!呉石、ブレイクだ!」

「何だと!?足はかかってないだろ!」

「リングサイドに体が出てもブレイクになるんだ!早く離れろ、ワン、ツー」

「分かった、分かったよ!クソッ!」パッ

 

反則カウントが入ってようやく離れるが、その寸前まで絞められていた龍輝はたまったものじゃない。かなりの体力を消耗し、呉石が離れた後も暫く横たわっていた。

 

「齊藤、立てるか?」

「ハア、ハア……大丈、夫っすよ、和田さん……立てます……」

 

ゆっくりと、ロープを掴みながらも立ち上がる龍輝。この段階で、試合時間はまだ半分ほどしか経っていない。

 

『いやー九死に一生を得ましたね。しかし何故ロープに近いことに気づかなかったのでしょうか?』

『柔術ルールに慣れすぎたせいだろうな。柔術は極められた状態で故意に場外に出ることを禁止している。加えてここはプロのリングだ。場馴れしてないことも原因だろう』

「うぅ……」

 

立ち上がったはいいものの、足元がおぼつかずロープにもたれ掛かる。

グロッキー状態から回復する暇もなく、呉石が首相撲で組付き、膝蹴りを叩き込んでいく。

 

「オラ、オラァッ!」

「うっ!ぐぶっ!?」

『間髪入れずに膝ーっ!!休む暇もないーっ!!』

 

膝、膝、膝。連続して襲いかかる膝蹴りに、龍輝の身体がどんどんくの字に曲がっていく。

いくら鉄壁の腹筋を誇ろうとも、こうも立て続けに喰らってはたまったものではない。

しかし、このままやられっぱなしではない。

 

「なめ……んじゃねえ!!」ドンッ!

 

身体中の筋肉を爆発させ、曲がった身体を一気に起こして胴体に組付きそのまま持ち上げる。

 

『ここで齊藤選手の逆襲!そのまま投げ捨てるのか!?』

 

実況の言う通り、龍輝はそのままフロントスープレックスで投げようとしていた。スープレックスは龍輝の得意技、決まれば試合を終わらせる自信はあった。

 

(甘いっ!)ヒュン

「ガッ……ッ!?」

 

しかし、簡単にそうはさせないのが柔術家、呉石水穂。

持ち上げられた瞬間腕を首に巻き、胴体を両足で挟んで身体を反る。それにより龍輝の首が絞め付けられ、徐々に身体が折れていく。

 

『またもやフロントネックロック!今の状態で、これは厳しい!!』

『こりゃ読まれた、と言うよりも対応されたと言った方がいいか』

 

先程も似た場面はあった。しかし、その時はまだ龍輝も余力があったが、今は先のスリーパーと膝蹴りで体力が削られ、起死回生の投げを防がれたことで意識的にも消耗してしまっている。

ロープに向かおうにも、スープレックスで投げるために自分からロープから離れてしまったため、それも難しい。

 

(うっ……あ……)

(あれほどまでに俺の絞めを逃げたのは誉めてやる。だがいい加減辟易してんだ、これで落ちやがれ!)

 

ついに呉石の背中がマットにつくほど龍輝の身体が折れ、意識もどんどん遠ざかっていく。

 

―――

――

 

 

「お、おい、アレヤバイんじゃ?」

「完全に入っている……アレは不味い」

 

一夏が戸惑い、箒も冷静に分析しながらも、その表情はまるで苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

「普段の龍輝なら、絞められてても持ち上げて投げれる……でも流石に消耗し過ぎたんだ」

「それ程までに、相手の実力が高いって訳ね……」

 

シャルもジムで練習していた姿を見たため、信じられないと言った表情をしつつも龍輝の状態をしっかりと見ていた。

最初は無人機戦、そして二つ目はタッグリーグと、二度龍輝の戦いを見ていた鈴も、その龍輝を追い詰めている呉石の技量、技術の高さに舌を巻く。

彼女達でさえそうなのだ。生の、本当の試合の凄みに慣れていない学園の生徒達には、他の観客達のようにコールを送るというのは無理なことであった。

多くのクラスメイトが目を反らし絶望的だと悲観する中、コールを送る観客達と同じように、未だ龍輝の勝利を信じ、祈る者がいた。

 

(龍輝……お前の力は、そんなものじゃない筈だ!あのとき、私を魅了したお前の姿は……プロレスへのお前の想いは、この程度で潰れはしない!)

(龍輝さん、あなたの努力を、夢に向かって歩み続ける姿を、わたくしは知っています……信じていますわ、どんな逆境も乗り越え、その脚で立ち上がると!)

 

ラウラは知っている……龍輝の想いの力を。

セシリアは知っている……龍輝の不屈の心を。

 

(だから、負けるな!!)

(だから、負けないで!!)

 

祈りは、届く。

 

 

……

………ああ。

なんかもう、疲れたな……。身体に力入らないし、もう逆転は無理だろ。

何で俺、こんな意地になってるんだっけ?

苦しいというよりも気持ちいいし……このまま寝ちゃおうかな。

何かさっきから名前呼ばれてる気がするけど。まあ、いいよな。

ああでも、アイツらには、悪いかな。でも、許してくれるよな――――――

 

―――

――

 

――――――おい。

なんでだ。なんでアイツらの顔が、あんな遠いはずなのに、はっきり見えんだ?

なんで、アイツらが、()()()()()()()()()()()()?()

……

………俺のせいか。

アイツらは俺の勝利を信じてくれてんのに、俺が勝手に諦めようとしてるからか。

 

――

―――

――――――ざっけんな。

アイツらが俺を信じてくれてんのに、何で俺は、自分で自分の終わりを決めようとしてんだ!?

俺はまだ、何も出し切っちゃいねえ!!俺はまだ、まだアイツらに、()()()()()()()()()!()!()!()

魅せてやるよ。プロレスラーの……底力を!!

 

「っうううおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!」

 

 

『た』

『おお』

 

その時、会場にいる観客は全て、リングの上の一人の男に惹き込まれた。

 

『立ち上がったあああああ!!!!??齊藤龍輝、あの完全に落ちたと思われる状況から、起死回生の復活うううう!!!』

『これだよこれ、これが見たかったんだよ』

 

雄叫びを上げながら立ち上がった龍輝の首は完全に起き上がり、もはや呉石の絞めは意味を成さない。

 

(こいつ、どこにこんな力が―――や、やばい!?急いで離れないと―――ッ!?)

「に~がさねぇよ」ガッ

 

ロックを解いて離れようとした呉石の身体を、今度は龍輝がガッチリとクラッチを組んで逃げられないように捕獲する。

 

(お前にゃたっぷりと借りがあるからな)

 

そしてそのまま数歩後ろに下がり、角度を微調整し――――――

 

(コイツはお返しだ―――)

(お、おい……まさか!?)

 

両足をがっしりと踏ん張り、腰を若干落とすと――――――

 

「釣りは―――」

 

背後のコーナーポスト目掛け――――――

 

「―――いらねえぜ!!」

 

――――――スープレックスで投げつけた。

瞬間、会場内の時が止まったような錯覚すら感じた。

 

(……あ……)

 

予想はできたものの普通ではまずありえない投げに、碌に受け身も取れず、呉石は顔面からコーナーポストに突っ込んでしまった。

 

『ターンバックルスープレックスっ!!顔面から突っ込んだーっ!!』

 

投げつけられた呉石も、投げた龍輝も、お互いダメージが大きく、そのままリング上に横たわる。

しかし、プロレスラーは何度でも立ち上がる。

 

「おおおお!!」

『雄叫びを上げながら、ゆっくりと齊藤が立ち上がる!呉石は未だ動けない!』

 

立ち上がった龍輝は、呉石の頭を掴み無理やり起き上がらせる。

 

「立てやオラァ……!フンぬ!」

 

そして背後から脇に頭を突っ込み、顎と足を抱えてそのまま担ぎ上げる。

 

『アルゼンチンバックブリーカー!このまま極めるのか!?』

『アイツ、あれをやる気か』

 

呉石を担いだまま、リング中央に移動する。

 

「……ハッ!」

(気付きやがったか。だがもう遅い!)

 

先の衝撃からようやく気を戻した呉石は、状況を把握すると打破するために体をバタつかせる。

が、完全に決まったこの体勢からは逃れられない。

 

(この技は伝説の、ミスタープロレスの技だ……テメエにゃもったいねえくらいだぜ!!)

 

龍輝は一度ガッチリと極めた後、担いだ呉石の足を跳ね上げて首を傾け――――――

 

「うおおおりゃあああああっっ!!!」

 

自分の身体ごと倒れ、頭頂部から叩き落した。

 

「――――――あがっ」

『で、出たああああ!!バァーニングハンマァー!!危険な角度で、叩き落したあああ!!』

 

叩き落した後、龍輝はフォールにはいかずに立ち上がり、観客にアピールする。

そして、叩きつけられたダメージでリングに横たわる呉石の頭を掴み、とどめを刺すために再び立たせる。

 

「――――――っらぁ!!」バシン

「っ!?」

 

しかし、龍輝の腕を振り払い、横っ面目掛けて張り手をかます。

 

『張っていく!まだ反撃する力が残っていたのか!?』

『ありゃもう意地だろうね。いやあ凄いね』

 

とてつもない衝撃とダメージに、呉石の身体は限界を迎えていた。しかしそれでも立ち上がり、張り手をかましたのは、ひとえに彼の柔術家としての矜持と、男としての意地が、彼を支えていたからだ。

右手、左手、また右手と、往復で龍輝の顔を張っていく。

 

「フンッ!」ゴッ

「がっ!?」

 

だが振り終わった瞬間、龍輝の頭突きをモロにもらい、身体がふらつく。

龍輝は呉石の腕を取ると、そのままバックに回る。

 

(アレを喰らって反撃するなんて、すげえよお前)

『バックに回った!』

 

ガッチリと呉石の胴をクラッチで捕らえ、万力のように絞め付ける。

 

(だから、お前に敬意を表して、俺のフェイバリットで決めてやる!!)

『これは、行くのか!?行くのか!?』

 

両足を一気に踏み込み、全身の力を使って跳ね上げる。

 

(コイツはプロレスを象徴する、最大最高の投げ技だ!とくと味わいやがれ!!)

『行ったあああ!!』

 

そしてブリッジで後方に反っていき――――――

 

「ディイイイイヤアアアアアアアア!!!!!」

『ジャーマンスープレックスッホールドオオオオ!!!』

 

――――――急角度で、リングに叩きつけた。

観客は、全員息を飲んだ。

投げつけた後、ブリッジで相手を固めたその姿を一言で表すなら――――――「芸術品」。

龍輝の投げは、それほどまでに美しかった。そして、観客に伝えたのだ。自分の、プロレスへの思いを……。

 

「ワン!」

 

レフェリーがカウントを進める。観客は只、それを見ていた。

 

「ツー!」

 

あと一秒。たったの一秒ではあるが、永遠にも感じる一秒。

 

「―――スリー!」

 

その瞬間、龍輝の身体から力が抜け、ブリッジを解いてリングに横たわった。

 

カンカンカンカーン!

 

――――――試合の幕を閉じる、ゴングが鳴らされた。

 

『9分33秒、ジャーマンスープレックスホールド、齊藤龍輝選手の勝利です!!』

ワアアアアアア!!!

 

少しの間をおいてアナウンスが流れ、観客から大歓声が飛ぶ。今、観客たちの心は、デビューしたばかりの新人に魅了されていた。

 

『勝った!勝ちました!圧倒的に格上の柔術家に対し、プロのリングで、齊藤龍輝が、デビュー戦を勝利で飾りました!!』

『あんのやろう魅せやがって。後の選手が大変だろうが』

 

そう言いながらも、風間の顔は綻んでいた。

当の龍輝は、全力を出し切り、リングに横になったまま動けずにいた。

 

 

敗北した呉石は、駆け付けたセコンドの肩を借り、長居は無用と黙ってリングを去る。

その際、観客から呉石に対しても、歓声と拍手が起こった。

 

(参ったな……これがプロレスか)

「どうした?痛むのか?」

「いえ……ただ」

 

問いかけたセコンドに、呉石は答える。

 

「惹き込まれたな、と」

「……そうか」

 

それ以上、何も語らなかった。ただ、彼の胸のうちには、小さくはあるが、炎が灯る。

 

(次は、俺が魅せてやるさ)

 

 

場面は戻り、リング上。

ようやく回復した龍輝は立ち上がると、観客にアピールしながら、あることを考えてた。

 

(あの時、アイツに絞められて落ちかけた時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()())

 

そう。あの時、龍輝の頭は完全にリングに触れるくらい落ちていた。その状態で、しかも絞められていながら、二階の観客席を見ることなど不可能だ。

であればなぜ彼女らの顔が見えたのか。

 

(ま、考えても仕方ねえ。走馬灯か幽体離脱的な何かだろう)

 

ありえんと思いつつもそう思うことで無理やり納得する。

アピールし終わると、リングから降りて、花道を戻っていく。その途中、IS学園の人間が座っている、二階席の一角が目に入り、腕を上げてアピールする。

そして、幕の奥に歩いて行った。

 

 

「……すげえ」

 

単純に言って、一夏達は魅了されていた。彼らの試合で、自身の魂までも熱くなっていくのを感じていた。

 

「私とやラウラとやった時とは、比べ物にならんくらい……熱い」

「なんか、身体が熱いよ……」

 

箒はその迫力に圧倒され、シャルは彼らの熱さに感化され、自身も体の芯から熱くなっていた。

 

「一時はどうなるかと思ったけど、勝ってよかったわね……てアレ?」

 

そして鈴がそう言って横を見た時、席が二つ空いていた。

 

「ねえ」

「「「?」」」

 

ある疑問が起こり、他の三人に問いかける。

 

「セシリアとラウラの二人、どこ行ったの?」

 

 

「お疲れさん」

「翔さん、ありがとうございました」

 

控室に戻る通路を歩きながら、川戸が龍輝を労う。

 

「一時はどうなるかと思ったけど、まあ勝てたし観客も魅せたからな。アイツも文句はないだろう」

「アハハ、そうっすかね」

 

そのまま歩いていると、何か足音が近づいてくるのを聞き、その方向を振り向いた瞬間。

 

「龍輝さーん!」

「嫁ー!」

「おわぁ!?」

 

走ってきたセシリアとラウラが龍輝に飛びつき、その勢いで通路に倒れ込んだ。

 

「お、お前ら、観客席にいたんじゃ」

「嫁が勝った瞬間、いてもたってもいられず」

「観客席から駆け付けましたわ!」

 

ギュウウウッと抱き着いて、離れる様子はない二人。ちなみに川戸は「邪魔しちゃ悪い」と先に控室に戻っていった。

 

「……」

 

二人の顔を見て、龍輝はなにやら考え込む。

あの時、危うく落ちかけた時に見えた顔、それこそがこの二人の顔なのだ。それが何を指すのか……うっすらと気付き初めてはいるものの、まだ自覚はしていない。

 

「龍輝さん?」

「……なあ二人とも」

 

しかし、それでも龍輝には彼女たちに伝えたいことがあった。

二人を軽く抱きしめ返しながらセシリアとラウラに、自分の気持ちを伝える。

 

「ありがとう……おかげで立ち上がれた。本当に、本当にありがとう」

 

それを聞いた二人は、微笑みながら応えるのだった。

 

 

―――第一試合 異種格闘技戦

○齊藤龍輝 9分33秒 ジャーマンスープレックスホールド 呉石水穂●

 


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