試合時間自体は短いですが、それなりに内容濃いと思います。
なお、キャラ崩壊みたいなのがあるかもしれないので、ご了承ください。
「せいっ!」
「くっ!?」
組み合ってからすぐ、千冬は萩原の脇をくぐりバックを取る。
『先手は織斑、バックに回りました』
『ダックアンダー、いいタイミングで入ったな』
「このっ!」
しかし萩原も取られたままではおらず、すぐに切り返す。
『スイッチでバックを取り返します』
『基本が丁寧にできてるな』
だが千冬はクラッチを組まれる前に萩原の手を掴み、腰を外に出して抜けながら腕を捻り上げる。
「フンッ!」
「うぅっ!?」
『おっと更に切り返す!』
そのまま更に捻り、腕を極めながらバックに回る。
「このっ!」
「ッ!?」
極められた萩原は同じように腰を外に出して抜け、逆に千冬の腕を極める。しかし、ここで千冬は更に切り返す。
「はっ!」
「うっ!?」
頭を内側に入れるように体を回転させ、今度は正面から両手を使って腕を極め、そのまま倒そうとする。
「く、うぅ……この!?」
「なっ!?」
だが萩原は極めている千冬の腕をそのままに体を捻り、千冬の身体を投げ飛ばすと流れそのままに腕を脇に抱えて絞め上げる。
「ぐっ!?」
『序盤から目まぐるしい攻防です!』
『こりゃあいいね。なかなかに玄人好みの展開だ』
極められながらも体を動かし、回るようにしてポイントを外すと千冬はそのまま立ち上がり、四つ組みの体勢から腕を引き落としてバックに回る。
『アームドラッグ、バックに回った!』
「せぃやあっ!!」
「ぐぅっ!?」
踏み込んだ勢いで持ち上げると、萩原を正面からマットに叩きつける。
『ポップリフト、高々と跳ね上げた!』
『巧く全身の力を使ってるね』
そのままバックからコントロールしようとするが、そうはさせまいと萩原は動きを止めずにエスケープする。
『これはうまい!エスケープで距離をとった!』
『まだ粗削りだけど、悪くないな』
スタンドに立ち戻り、リングを回りながら少しずつ距離を詰める。そして再び組み合おうとした瞬間、千冬の腕を跳ね除けて萩原が張り手を放つ。
『おっと張っていった!』
「やぁっ!」
「ッ!?」
続けて二発、三発と千冬の顔を張っていくが、もらいっぱなしで終わらないのが織斑千冬という女性。張り手を止めると反撃のエルボーを放つ。
「フンッ!」
「ガッ!?」
一撃で萩原の身体がぐらつき、その光景に観客は驚きの声を上げている。
『強烈な反撃!一発で持ち返しました!』
『体重差、筋量差がありますからね。こりゃ効いたかもなぁ』
「くぉっ……のおっ!!」
しかしそこは経験が浅いながらもプロ、よろけた体勢から体を捻り、回転の勢いを乗せた蹴りを千冬の側頭部目掛け放った。
「がっ!?」
『お返しとばかりのスピンキック!!身軽さを活かした鋭い蹴りが突き刺さるー!!』
ぐらつく千冬に対し、更に追い討ちをかけるように、萩原はその場で跳躍すると両足底で蹴り飛ばす。
「とりゃあっ!」
「うおぅっ!?」
『ドロップキック、これも打点が高い!』
10kg近い体重差はあるものの、スピンキックにより体勢を崩した状態で受けたことで簡単に倒れてしまった。
『織斑ダウン!モロに食らってしまったか!?』
『いや、あれはそこまでダメージはないだろう。体勢を崩していたことが幸いしたな』
その言葉の通り、倒れた千冬に萩原が追撃しようとしたが、すぐにロープに逃げられてしまう。
「ブレイク!」
「くっ!」
この試合の特別レフェリーを勤めている風間がブレイクをかけると、萩原は惜しみながらも指示に従って離れる。
(あまり時間もない。織斑さんがロープから離れたら、一気に攻める!)
「……」
千冬がロープから離れると再び両者はリングを回りながら距離を詰める。
「やあっ!」
『シングルレッグダイブ!萩原仕掛けた!』
先に動いたのは萩原。組み際に持ち前の身体能力を活かした高速のレッグダイブで千冬の脚をとる。
(とった!このままテイクダウンして―――)
「フッ!」
その瞬間、千冬が動いた。
「なっ!?」
『こ、これはっ!?』
「せやあっ!!」
なんと千冬は脚をとられた瞬間、肩口から肘を落とし、そのまま手を差し込んで内腿をつかむと、軽く踏み込んで腰を落としながら萩原を後方に投げ落とす。
『カ、カウンターです!シングルレッグダイブを仕掛けた萩原に対し、鮮やかなカウンター!!』
『ナイスなタイミングだ。躊躇いが一切なかったのがよかった』
千冬はそのままの流れで自身の脚を萩原の腕に絡め、同時に首を捕らえるとそのまま肩の関節を極める。
「ぐぅああ―――っ!?」
『ガッチリと極まった!抜け出すことができるか!?』
なんとか脱出しようするが、下手に動くと逆に極まってしまうため、ロープに向かって少しずつずれていくしか方法がない。
(させるか!)
しかしここで千冬は自らロックを外すとポジションを変え、萩原の脚を取る。
『アキレス腱固めにチェンジか!?』
『あーあれか』
片膝を立てるとその上に萩原の脚を乗せ、爪先を掴むと自分の腿を支点にして捻る。
「いっ―――!?」
『トゥホールド!手際がいい!』
萩原も体を捻ってエスケープをはかるが、更に千冬はそれに合わせて技を変える。
『逆片海老固め!新人殺しの技を逆に仕掛けた!』
『腰を深く落としてるから、あれはきついですね』
グイグイと萩原の背骨を反らしていく。背骨の痛みと圧迫されることで呼吸も苦しくなってくるが、なんとかプッシュアップの要領で体を上げ、そのまま一気にロープへと逃げる。
「ブレイク!織斑、ロープだ!」
「はい」
あそこまで攻めていたにも関わらず、千冬はあっさりとブレイクに応じる。
『ここはクリーンブレイク。いやしかし、織斑の技の切れがスゴいですね』
『ふむ。これはうちのメンバーの中でも上位にはいるかもな』
『そこまでですか!?』
『さすが一番弟子だな』
称賛しつつも、藤井のその目はまるで何かを見極めるように鋭く、千冬の動きを捉えていた。
(こないだのは本気じゃなかった……いや、
数日前の道場マッチでは束と同等程度の実力に見えたが、それは長い間離れていたブランクのせいでもあったのだろう。今リングの上で見せているのが、彼女本来の実力……レスラー・織斑千冬の姿なのだ。
「せいっ!」
「ぐぁっ!?」
萩原の頭を掴み立たせると、強烈なエルボーを叩き込む。そしてロープに走り、その反動で勢いをつけた肘を叩き込む。
「だあっ!!」
「かっ―――!?」
『ランニングエルボー!なぎ倒したあーあっ!!そのままピンの体勢!!』
「ワンッ、ツーッ……」
そのまま千冬が抑え込み、カウントが開始される。
「うああっ!!?」
『しかし返した!萩原もまだ終わらない!』
萩原が肩を上げたことで、カウントはツーでストップ。しかしダメージは大きく、すぐに立ち上がることができない。
その隙を逃さず、千冬は再び立たせると、更にエルボーの連打で攻める。
『ヨーロピアンアッパーカットの連打!萩原たまらずロープにもたれ掛かる!』
『今の状態には厳しいねえ』
「フン!」
ロープに持たれる萩原の腕を掴むと、反対のロープに振って自身も追走する。
そして跳ね返ってきたタイミングでエルボーを振る。だが!
「くぅっ!?」
『おっと萩原転がって躱した!』
そう、萩原は跳ね返った勢いを逆に利用し、千冬が放ったエルボーをマットを転がって躱したのだ。
そしてすぐさま立ち上がると、振り返った千冬の顔面目掛け蹴りを放った。
「か―――っ!?」
『反撃のトラースキック!まともに食らってしまった!』
受けた衝撃で千冬の身体がぐらつき、萩原はそのまま組み付くと、千冬の身体を担ぎ上げる。
『ファイヤーマンズキャリーで担ぎ上げた!』
『練習してたアレを出すのか』
萩原は千冬を担いだまま片方のニュートラルコーナーまで歩くと、反対側のコーナーを目指し駆け出した。
『おおと走りだした!これはまさか!?』
(……確かに私は
十分助走をつけた後、萩原は軽く跳躍すると、前方に重心を傾ける。
(この技なら、相手の体重が重ければ重い程威力を増し、更に私の体重もプラスされることで与えるダメージは大きくなる!喰らえ!私の新技――――――)
『こ、これはあぁ――――――』
そして空中で体を回転させ、千冬の身体をマット側に向けるとそのまま自身の体重も乗せて、マットに叩きつけた!
「だらっしゃあああああ――――――!!!」
みしり、とマットが軋む。
「がふ……っ!?」
『カ、カナディアン・ロッキー・バスターッ!!これが彼女の新技かーあっ!!』
『本来はカミカゼ・クラッシュという名だがな。うん、いい仕上がりだ』
叩きつけた体勢をそのままに、千冬の身体の上に乗り抑え込む。
「ワンッ、ツー……」
リングの上では、風間のカウントを数える声だけが響いている。
◇
「ち、千冬姉っ!?」
目の前の光景に、一夏はつい声を上げた。自分の姉が、
「ま、まさか千冬さんが……」
「このまま決まっちゃうんじゃないでしょうね……」
彼だけではない、周りの生徒たち全員が動揺していた。自分たちの担任であり、憧れの存在が倒れて、抑え込まれている。龍輝のおかげでプロレスに多少は触れたとはいえ、この状況は堪えるものだった。
「あんな隠し玉を持っていたとはな」
「萩原さんもやりますわね」
しかし、この状況でも落ち着いてたのはこの二人、ラウラ・ボーデヴィッヒとセシリア・オルコットだ。
だが、彼女たちもこの状況を受け入れてはいない。だからといって、周囲のように動揺はせず、冷静にリングを見ていた。
「随分冷静だな」
「当然だ。教官の実力であれば、あの程度では沈まん」
「確かに、萩原さんもかなりの実力者です。デビューして日が浅いとはいえ、プロなのですから。わたくしも何度抑え込まれたことか……」
「ですが」と一拍おいてから、セシリアはさらに続ける。
「織斑先生の実力が劣っているなんてことはあり得ませんわ。何せ、風間さんの一番弟子なんですもの」
龍輝についてジムにやってきた二人は、ジムの練習に参加し先輩たちと手合わせをしていた。もちろんその中には萩原もいたため、その実力を知っていたのだ。
故に、だからこそ確信していた。この試合、ここでは終わらないと。
「……そうだよな」
「一夏?」
「弟の俺が、千冬姉を信じなくてどうすんだ!」
二人の言葉を聞き、一夏は動揺していた心を切り捨てるようにそう言い放つと、再びリングに目を向ける。
「立ってくれ千冬姉!これが千冬姉の夢だってんなら、憧れの舞台だってんなら、俺はもう、全力で応援する!だから、勝って帰ってきてくれ!!」
リングの上にいる自分の姉に向かい、声を上げて声援を送る。その声が届いたのか、あるいはほかの観客の声援に紛れてしまったのか、それは分からない。しかしその想いは、確実に届いているだろう。
◇
(……ああ、そうだな)
カウントが進む中、千冬の意識ははっきりとしていた。あれだけ強烈に叩きつけられたのにもかかわらず。
事実、叩きつけられた瞬間はその衝撃により一瞬意識を刈り取られた。だが、直後に飛んできた声援により、強制的に覚醒したのだ。
(せっかく舞台に上がれたんだ。こんなところで……)
「スr―――」
風間が三つ目のカウントを数え、マットを叩こうとした。その瞬間、千冬の身体は動いた!
(終われるか!)
未だ力はうまく入らない。しかし、それにもかかわらず、千冬の身体に力が宿り、萩原の体を跳ねのけた!
「やぁあッ!!」
「なっ―――!?」
「エスケープ!カウント2.9だ!」
『か、返したあーあ!!織斑、ギリギリで返しましたあっ!!』
本当にギリギリだった。一瞬でも遅れれば決まっていただろう。だが千冬は返した!
膝をつきながらゆっくりと立ち上がるが、そこには先に立ち上がった萩原が待ち構えていた。
「くっ!?この―――」
千冬が立ち上がった瞬間、萩原はエルボーを放つ。相手はフラフラの状態、一発でもあてれば倒れてしまいそうである。しかし、次の瞬間!萩原はおろか、観客たち全員が驚愕した。何故なら!
「フンッ!」
「が……あ……!?」
『あ――――――』
エルボーが当たる瞬間、千冬の手が萩原の顔面を捕らえたのだ。
『アイアンクローッ!ミシミシと軋む音が、こっちまで聞こえてくるようです!!』
『うわー、あれは痛いな。まだあんな力あったのか』
そして、顔面を鷲掴んだまま萩原の脇をくぐると、そのまま全身のバネを使って持ち上げ、マットに叩きつけた。
「せぃやあっ!」
「ガハッ!?」
『アイアンクロースラムッ!強かにマットに叩きつけた!』
そのままフォールに行くかと思いきや、顔面を掴んだ手を放さず、そのまま起き上がらせる。
『フォールにはいかない、何をする気だ?』
『いや、ちょっと予想付かないですね』
萩原を立ち上がらせると、アイアンクローを極めたまま再び萩原の脇をくぐる。
『もう一発アイアンクロースラムか!?』
『いや、あれは違うな』
そして背中側に腰を入れ、空いてる手で萩原の脚を抱えると、自身の背中に萩原の身体を乗せる。
(風間さん、あなたから授かったばかりの技、使わせてもらいます)
千冬の脳裏には、試合前日の夜の出来事が思い浮かんでいた。
―
――
―――
「そうだ千冬ちゃん」
「何でしょうか?」
ビール瓶の中身が少なくなった頃、不意に風間が立ち上がった。
「千冬ちゃんは、何かフェイバリットは持ってるかい?」
「フェイバリットですか?でしたらスノードロップがそうですが」
「違う違う。俺から教えられた技ではなく、自分で考え、辿り着いた技のことだ」
「オリジナルってことですか?」
「完全なオリジナルじゃなくていい。既存の技の改良でも、自分なりの完成形を作れればな」
そう言われて、千冬はそういう意味ではフェイバリットを持ってないことに気づいた。もちろん、テクニックに関しては試行錯誤してはいたが、フェイバリットとなると教えられた唯一の技であるスノードロップを使い続け、その発展をさせていなかったのだ。
その技は、師である風間からの贈り物であったため、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「……よし!じゃあ千冬ちゃんのデビュー祝いに、一つヒントをやろう」
「ヒント、ですか?」
「ああ。じゃあ、ジムに行こうか」
風間に促されて千冬も一緒にジムに向かう。
そしてジムに入ると、風間はスパーリングドールをリングの上にあげ、自身もリングに入る。
「まずは、これを見てくれ」
「はい」
そう言うと風間はドールの首を取りながら背後に回り、脚部分を脇に抱えながら背中にドールを乗せる。
「これは……」
「メキシカンバックブリーカー。アルフォンソ・ダンテスやルイス・ヘルナンデスが得意とした技だ」
技を見せた後、一度ドールを下ろしてから千冬の方に向き直る。
「これだけでも十分強力だが、俺はこれに改良を加えたのを考えた」
「改良、ですか?」
「それがこいつだ。よっと!」
今度は先程のとは違う掛け方で、ドールに技をかけていく。
「こ、これは……確かに原型のメキシカンバックブリーカーよりも、上体が起きてる分、安定感がある」
「ヒントはここまでだ。……この技は千冬ちゃんにやる、あとは自分で考えるんだ」
「えっ!?」
突然のことに千冬は驚きのあまり、声を上げてしまった。何かの冗談かとも思ったが、風間の目が真剣であることが、これは冗談でないということを物語っていた。
それを理解した瞬間、千冬の心は決まった。
「分かりました。この技を、私の物にしてみせます」
「ああ、期待してるぞ」
それは、レスリング以外は不器用な男から、一番弟子へのプレゼントであり、信頼であることに千冬は気づいていた。だからこそ、この難題とも言えるものを受け取ったのだ。
それに応えようとしている千冬の姿を、風間は優しい眼で見つめていた。
―――
――
―
(風間さんから授かったこの技、これが完成かどうかなんて分からない。だけど私の十数年の積み重ねが!こう掛けろと叫んでいる!)
『4分経過、ラスト1分!』
萩原の脚を肩口で固定し、顔面を掴んだまま、背中合わせで担ぎ上げる。
『こ、これは!なんという技だーあ!?』
『これは……メキシカンバックブリーカーとリバースゴリースペシャルの複合か?いや、顔面はアイアンクローで捕らえたままか……形としてはリバースのリビルド・カナディアンバックブリーカーのが近いな』
千冬は捕らえた脚と頭部を引き、萩原の体を反らせる。
「か……っ!?」
『これはえげつない角度だー!』
『アイアンクローによる顔面、更にそれを引くことにより首、そしてバックブリーカーの効果で背骨と、三点同時攻めか』
そしてもう一人、間近でこの技を見ている者がいた。この技が生まれるヒントを千冬に与えた、風間龍輔だ。
(ふむ、腕を首に巻くのでなく、アイアンクローで掴むことでより鋭角に反らせ、ダメージの少なさを解消したか。だが―――)
『―――あれでは不十分だな』
解説席の藤井もまた、風間と同じ感想を抱いていた。
『確かにダメージは大きいだろうが、頭のロックが握力だよりだ。これではすぐに外される』
『成る程確かに。萩原にもまだチャンスはありますね』
事実、かけられてる萩原はこの状況から脱しようともがき、その中で千冬の腕に触れている。このままでは外されるのも時間の問題だろう。
(……だが、これで終わりじゃないんだろう?千冬ちゃん)
しかし、風間は違った。レフェリーという立場ではあったが、千冬のフェイバリットが、完成形がこれではないと確信しているのだ。
事実、千冬は更に次の行動に移ろうとしていた。
(確かに、このままでは不完全。どうしても腕で押さえるのには限界がある。だから―――こうする!)
次の瞬間、会場にいる人々は目を見開いた。普通、担ぐタイプのバックブリーカーと言えば、揺さぶってダメージを与えるものがほとんどだ。
(風間さん、見ていてください……これが、私の―――)
しかしこの技は違った。千冬が辿り着いた技は、ここから始まるのだ。
(フェイバリットだあああ―――あああっっっ!!!)
何と千冬は、萩原を捕らえたまま片膝をマットにつき、立ててる方の膝に萩原の喉元を打ち付けたのだ!
「がっ―――!?」
『こ、これは強烈!織斑、自身の脚に萩原の喉元を打ち付けたー!?』
『しかも、そのまま顎を自分の脚にひっかけ固定している!これならガッチリとロックでき、更に体重を乗せることでよりダメージを与えられる!』
片膝をつくことで体が安定したことにより、より強力に萩原の身体を反らしていく。
(……風間さん、これが、私が辿り着いた《答え》です。素敵な贈り物を、ありがとうございます)
瞬間、千冬の脳裏に浮かんだのは、かつての記憶。幼き頃、公園で偶然に出会い、そのまま様々な教えを受けた、懐かしく、美しい思い出。
(ああ、見せてもらったよ。僅か一日で辿り着くとは……今この瞬間から、その技は千冬ちゃん、完全に君のモノになった。俺の真似でも何でもない、君が見つけた技だ)
風間は自分の胸が、温かくなっていくのを感じた。かつて偶然出会った少女に、気紛れでレスリングを教えてから、どれくらいの月日がたったのか。今やその少女は、一番弟子として恥じぬ姿を風間の前で魅せている。この試合は二人の空白を埋めるのに十分な、濃厚すぎる時間であった。
そして―――試合の終わりを告げる、乾いた音がリングに響く。
パンパンッ
「ストップ織斑!タップアウトだ!」
カンカンカンカーン!
風間のサインを確認した瞬間、本部席のゴングが鳴り響いた。
『4分31秒、変形バックブリーカー、織斑千冬選手の勝利です』
ワアアアアアア!!!
思いもよらぬ好試合に、観客からの大歓声が会場を揺らす。
『織斑選手、一番弟子に恥じぬ、素晴らしい試合を魅せてくれました!』
『いやあ、ありゃ龍輔の奴が自慢するのも分かるなあ』
リング上では、二人の選手が互いの健闘を讃え合い、握手を交わしていた。
「ありがとうございました。流石、風間さんの一番弟子ですね」
「やめてください萩原さん。私は只、あの人の期待に、応えたかっただけですから」
「ふふっ、次リングの上で会う時は、負けませんから」
そう言って萩原はリングを降り、一足先に控室へ向かった。
リングに残った千冬は、今一度四方の観客に礼をしてから、リングを降りたのだった。
◇
「千冬ちゃん、おめでとう。お疲れさん」
「風間さん!ありがとうございます」
控室に戻る道中、風間が千冬に労いの言葉をかける。
「アレが千冬ちゃんのフェイバリットか。一晩でよく辿り着いたな」
「いえ、風間さんのおかげです。昨夜のヒントが無ければ、私は只、風間さんの模倣をしているだけでしたから」
「……これでようやく、千冬ちゃんも一人前のレスラーになった、ということだ」
その言葉は、千冬の胸に強く響いた。憧れの人から一人前と認められるのがどれだけ光栄で、幸せなことか。ましてや幼き頃からの夢であったのなら、尚更だ。
「今でも鮮明に覚えています。あの日、初めてお会いしてからのことは」
「ちっさかった嬢ちゃんが、今や立派なレスラーに成長した。時の流れってのは、案外早いねえ」
しみじみと、思い出を振り返る。これは二人だけのかけがえのない財産であり、誇りであった。
「そういえば、あの技の名前は何て言うんだ?」
「名前、ですか?いえ、実はまだ……」
「そうなのか。じゃあ俺が決めてやろう」
「えっ!?」
いきなりのことに吃驚してしまう。しかし当の風間はすでに何やらブツブツと呟きながら、技の名前を考えこんでいる。
「よし決まった!こんなのはどうだ?」
「ゴクリ……」
「名付けて"グリップオーバー・バックブリーカー"!分かりやすくていいだろ?」
「グリップオーバー……確かに分かりやすいですが」
「よし決まりだ!いやーよかったなあ、はっはっはっは!!」
「……ふふ、そうですね」
豪快に笑う風間に釣られ、千冬もつい笑ってしまう。
(あなたにレスリングを教わってから、私の人生は変わった。灰色だった世界に色を付けてくれた……今の私があるのは、あなたのおかげです。返しきれないほど恩がありますが、いつかきっと、倍にして返しますから……待っててくださいね―――龍兄ちゃん……)
改めて決意を胸に抱き、かつての少女は恩師へと誓う。当の恩師は気付いているのかいないのか、只々笑っていた。
―――エキシビジョンマッチ Most STRONG LADY
●萩原莉緒 4分31秒 変形バックブリーカー(グリップオーバー・バックブリーカー) 織斑千冬○