インフィニット・レスリング   作:D-ケンタ

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前回の前書きについて、大変ありがたいコメントをいただきました。
本当に、頭の下がる思いです。

これからも突っ走っていきますので、付いてこれる人だけ、付いてこいやあああああ!!
よければ感想、評価、推薦など、よろしくお願いします!!

ちなみに、試合に出た選手全員に名前のモデルがいます。よければあててみてください!!


第四十七話 伝説VS英雄

三矢田和歩は、天才ではなかった。

身長176cm、通常体重94kg。体重(ウェイト)こそヘビー級だが、身長は低い。なのに何故世界王者にまで上り詰めたのか。端的に言えば、並々ならない努力と、目指す先があったからだ。

三矢田和歩は、初めから強いわけじゃなかった。

彼は元々引っ込み思案な性格で、体重も今より重く、学校ではいじめの対象となっていた。しかしそんな彼に転機が訪れる。

高校入学した頃、偶然テレビでボクシングの試合を見た彼は、瞬く間に引き込まれ、食い入るようにその試合を見ていた。そして、一念発起した彼は、近所の上川ジムに入門を決意。そのジムではボクシングの他にキックも教えていたが、彼は迷わずボクシングを選び、その日から毎日練習に励んだ。そのおかげか、それまで110kgあった体重はみるみる減っていき、85kgまでの減量に成功する。脂肪の代わりに筋肉が付き、肥満体だった体は学校の不良たちも目を置く筋肉質な体へと変貌した。

そして入門から半年後、ライセンステストに見事合格し、更にはデビュー戦を勝利で飾る。それからも勝ったり、負けたりを繰り返しながらも順調なボクシング生活を送る。そんな彼に、二度目の転機が訪れる。

高校卒業してからのある日、彼は衝撃的なものを目撃した。ジムの仲間に連れられて観戦に行った、あるTV局主催の興行。その興行はボクシングだけの興行ではなく、キック、プロレス、柔術、MMAなど、多種多様な格闘技が入り乱れる、異種格闘技戦の興行だった。その試合で、彼は衝撃を受けることになる。

その興行の試合の一つに、現役の世界ランカーのボクサーと、プロレスラーの試合があった。そのボクサーは有名な選手であり、三矢田はボクサーの勝利を確信していた。しかし結果は違った。5分3R中の第1R、組み付いたプロレスラーになす術なく投げられ、そのままKOを奪われてしまった。三矢田は驚愕のあまり、放心状態に陥った。しかしその後の試合で彼はまたもや驚愕することになる。

その試合は、キックボクサーと柔術家の対決。先程の試合の事もあり、組み付かれておしまいと思っていたのだが、そのキックボクサーはいい意味で彼の予想を裏切った。柔術家を一切寄せ付けず、組み付かれても逆に投げ倒し、最後は相手の組際に合わせたショートアッパーでKO。その鮮やかさに、三矢田は目を奪われた。

そのキックボクサーこそ、キック界の伝説と呼ばれる前の川戸翔、その人であり、先のレスラーは風間龍輔であった。

興行終了後、帰路に着いてる途中で、彼は決意した。

 

―――絶対に、ボクシングで他の格闘技を倒してやる。そして、いずれはあの人に挑んでやる―――

 

そう決意してからの三矢田は凄かった。我武者羅に走り、只管にサンドバッグを叩き、それまで以上に努力を重ね、更に川戸と闘うために、精力的に筋トレに励んで今までライトヘビーだった階級をヘビー級まで増やした。その努力の甲斐あって、数年後、彼は世界の舞台で、当時の世界王者に挑んでいた。試合は熾烈を極めたが、最終ラウンドでかつて目に焼き付けた試合のように、ショートアッパーでKOを奪い、見事世界王者になったのだ。

そして数度の防衛線を行い、ベルトを返上。キック界に殴り込みをかけた。蹴りは一切使わず、ボクシングの技術だけで勝ち進んだ。全てはボクシングの強さを示す為。そして、あのキックボクサーと闘うため。

それから一年、今宵、彼はあるリングに上り、ゴングを待っていた。かつての目的を果たす、その機会がやってきた。視線の先には、かつて自分の目指す先を示してくれた、今では伝説と呼ばれる漢が佇んでいる。

ボクシングの強さを示すため、自分の積み重ねたモノを、目の前の伝説に全てぶつける。

彼は、伝説に打ち勝つことができるのか。

 

 

「まさか三矢田の試合が見れるなんて、来てよかったぜ!」

 

目の前の光景に一夏は興奮していた。三矢田と言えば、たびたびスポーツニュースに取り上げられる、日本の英雄。興奮するなというのは無理な話だ。

 

「あの選手は有名なのか?」

「ああ。中学の時は、男子の間じゃあ知らない奴はいないくらいだったからな!なんせ日本の英雄だぜ!」

 

興奮した様子そのままで箒に説明する。その興奮っぷりに周りは若干引いているくらいだ。

 

「相変わらずねぇ。んで、あっちの方はどうなの?」

「川戸さんですか?」

「伝説って言ってたけど、川戸さんってそんなに凄いの?」

 

一夏に呆れつつ、鈴とシャルは川戸についてセシリア、ラウラに尋ねる。

 

「わたくしも実際に観た訳ではありませんが、織斑先生が言うには、今でも世界を取れるほどの強さらしいですわ」

「そうなの?」

「教官曰く、歳こそ取ってはいるが、その実力はまったく衰えていないどころか、更に洗練されているらしい」

 

その言葉を聞き、鈴にシャル、箒、一夏は驚く。そして鈴は思い出した。ジムにあったあの常識外のサンドバッグ、アレを常に扱っているのが誰なのかを。

 

カアァーーーン!!

 

「ゴングが鳴ったぞ」

「いったいどっちが勝つんだ!?」

 

 

両腕を顔の前で合わせたピーカブースタイルのまま、ジリジリと距離を詰める三矢田。対する川戸はアップライトに構え、軽くリズムを取りながらゆっくりと三矢田の周囲を回る。

 

『静かな立ち上がりとなりました。伝説対英雄、日本屈指のストライカー同士の対決。解説席には、現日本女子フェザー級キック王者であり、第六試合で見事勝利を収めた吾孫江蓮の姉でもあります、吾孫雪華選手にお越しいただいております』

『よろしくお願いします。江蓮見てるー?さっきの試合でランキング上がっただろうから、アンタも早くチャンピオンになりなさいねー』

『麗しい姉妹愛ですね。さて、吾孫選手、どう見ますか?』

 

リングの上では、二人の選手は未だ接触せずに、お互いの様子を見ている。

 

『そうですね。三矢田選手は今のボクサーの中で最も勢いのある選手。対して川戸さんは一度リングを降りましたが、一度もリングに沈むことはなかったですから、身内贔屓を抜きにしても予想付かないですね』

『成程。もしかしたら我々は、歴史的な瞬間を目撃することになるかもしれませんね』

 

その時、リング上で動きがあった。

 

「シッ!」

 

三矢田が一気に距離を詰め、目にも止まらぬジャブを放つ。

 

『高速のジャブ連打!空気を切り裂く音がここまで聞こえてくる!』

『まるで機関砲ね、ジャブとは思えないわ。でも……』

 

ジャブとはいえ、喰らってしまえば只では済まないと思えるほどの強打である。

 

「ッ!?」

 

しかし、その悉くを川戸は躱し、捌き、受けても衝撃を流していた。

 

『おおっとこれはっ!?川戸選手、三矢田選手の強打の嵐を前に、見事なテクニックで対応している!』

「チィッ!」

 

この状況に三矢田も動きを変え、ストレートやフックを織り交ぜたコンビネーションで攻める。

しかし川戸はそれをも捌くと、三矢田の足に蹴りを打ち込む。

 

「フッ!」

「くぁっ!?」

『強烈なロー!!まるで鞭で打たれたかのような音がここまで響いてきます!』

『アレ痛ったいのよねえ』

 

しかし、三矢田は動きを止めず、なおも前に出続け強打を繰り出す。

 

『なんと三矢田選手!川戸のローをもらっても全身を止めない!』

『まともにもらったわけじゃないからね。川戸さんも様子見だったろうし』

 

川戸はまたもやうまく捌くと、フットワークを使って三矢田の横に回る。

そして、お返しとばかりに鋭いジャブを突き刺す。

 

「くっ!?」

「シッ!」

 

そのままワンツー、ミドルと繋げる。三矢田もガードはするも、川戸の蹴りはそのガードした腕にダメージを残した。

 

『バックステップで距離を取った。一度仕切り直しか?』

『腕のダメージが心配ね。川戸さんの蹴りにとって、ガードはガードにならないからね』

 

今度は川戸が距離を詰め、ジャブ、フックからローキックを繰り出す。パンチはガードするが、今度はまともにローをもらってしまった。

しかし三矢田は、その蹴り終わりにステップインで距離を詰めると、左フック、右アッパーを繰り出す。フックは軽くもらってしまうが、アッパーはしっかりガードする。

 

『ローをまともにもらってすぐ攻めれるなんて、流石は世界チャンピオンね』

「シィッ!」

「ッ!」

 

更に三矢田は距離を詰め、強烈な左ボディを叩き込む。しかし、川戸はヒットの瞬間肘を下げてブロックし、続く右フックも左手で二の腕を押さえてストップさせると、左足を上げ三矢田のボディに正面から蹴りを突き刺す。

 

「かっ!?」

『前蹴りが炸裂!たまらず吹き飛ばされた!』

『綺麗に刺さったわね。呼吸出来てるかしら?』

「シャッ!」

 

川戸は空いた距離を詰め、三矢田に組み付くと両手で首を抑え、膝をボディに突き刺していく。

 

『おおっと捕まってしまった!これは危険な体勢です!』

『下手にガードすると腕折れるからね。これは苦しいわよ』

 

必死でもがき、何とか首相撲から逃れるも、待っていたのは想定外の一撃。

 

「かっ!?」

『離れ際に肘ーぃっ!これは強烈だあっ!』

『クリーンヒットはしなかったけど、効いたでしょうね』

 

そのままラッシュを仕掛ける川戸。しかし、三矢田は逆に肩からぶつかり、ラッシュをストップさせると、身体を捻ってショートレンジのアッパーを繰り出す。

 

「ぐっ!?」

 

ガードはしたものの、その強打に押されて下がってしまう。

 

『アッパー炸裂!あまりの衝撃に川戸選手後退したーっ!』

『流石世界を取った剛腕ね。ショートでも威力は十分か』

 

再び両者の距離が開く。両者とも構えを取り直し、三矢田はピーカブー、川戸はアップライトの構えをとり、相手の出方を見る。

 

『ここでいったん仕切り直し。吾孫選手、これからどうなりそうですか?』

『そうですね。恐らくこの試合……』

 

仕掛けたのは三矢田。その脅威のダッシュ力を以って、一気に距離を詰める。

 

『1Rで終わるわね』

『え?』

 

接近した途端、左のジャブから右のフックに繋ぐ。川戸もそれをガードしながら合わせて打撃を返す。しかし相手は世界屈指のハードパンチャーとなった日本の英雄。乱打戦では分が悪く、徐々にだが押され始め、ついにはコーナーの近くまで押されてしまった。

 

『追い詰めた三矢田!このまま滅多打ちかあ!?』

 

しかし川戸もこのままやられない。右のショートフックから左ひざを繰り出すと、そのまま脛を当てて三矢田のこれ以上の接近を阻止。

 

「チィッ!」

 

更に、放たれた左ジャブに合わせて組み付くと、そのまま足を払って三矢田をリングに倒す。

 

「ぐぁっ!」

『おおっと投げ倒した!川戸選手、見事ピンチから脱しました!』

『ボクシングじゃ反則だけど、ムエタイじゃ投げは立派な技術だからね。これは三矢田選手も面食らったでしょう』

 

三矢田が倒れている隙に距離を取る川戸。すぐさま立ち上がるも、すでに両者の距離は空いている。

再び距離を詰めようとするも、足に痛みが走り、動きを止めてしまう。

 

「くぅっ!?」

『三矢田選手の動きが止まった?!』

『あれだけローを受けたんだから、当然よ』

 

しかしその眼にはいまだに闘志の炎が燃え盛り、構えをとったまま川戸を見据えている。

 

 

「さ、流石三矢田だぜ。ボクシングのテクニックだけであそこまで闘うなんて!」

 

試合を見て、一夏も更にヒートアップし、興奮した様子で観戦している。

 

「確かにすごいけど、ちょっと受けすぎじゃない?」

「そうだな。ミドルはともかく、ローキックのカットすらしていない。あれでは足にキているだろう」

 

三矢田の闘い方に、鈴とラウラは冷静に苦言を呈し、それに周りの女子達も頷いている。

しかし一夏は彼女らの方に振り向くと、熱く語り始めた。

 

「お前らは何も分かっちゃいない!ボクシングには蹴りはないし、ましてやその防御の仕方もボクシングのテクニックにはない。三矢田はボクサーとして、ボクシングのテクニックだけで闘っているんだ。だから不利になると分かっていて、敢えてキックの防御をしないんだ!!」

 

三矢田はこれまでも、ボクシングの技術だけで強豪クラスのキックボクサーをリングに沈めてきた。全てはボクシングの強さの証明のため。その誇りのため。

 

「いいぞお三矢田あぁー!頑張れえー!!」

 

その誇り高き姿に、少年達は魅せられた。一夏もその一人だ。

誇りを胸に抱いた男の偉大な背中に向かって、精一杯の声援を送る。それが、今の彼にできる唯一のことだった。

 

 

(足が、鈍い……)

 

キックへの挑戦の中で、当然三矢田は数々の蹴りを受けてきた。ローキックなぞ数え切れないほどだ。しかし三矢田は、そのボクシングへの誇りから、カットは一切使わず、代わりにいくら打たれても耐えられるよう、徹底的に脚を鍛え、鋼の如き堅牢さを手に入れた。そのお陰か、今まではいくらもらってもこれといったダメージも少なく、その機動力を奪われることはなかった。

しかし今回の相手は今までの相手とは格が違った。伝説と呼ばれた男の脚は、鋼をも蹴り砕く。

 

(だけど、それが何だ!!)

 

しかし、三矢田は前進を止めない。痛む脚に力を込め、その驚異のダッシュ力をもって距離を積める。

 

『なんと!?ダメージを負ったかに見えた脚で、なんという踏み込みだあぁー!?』

(脚が鈍くても、近づけば殴れる!)

 

その三矢田に対し、川戸は前蹴りを繰り出して迎撃。しかしヒットの瞬間三矢田は体を捻り、川戸の蹴りは表面を滑っただけに終わった。

そして捻った体を戻すと同時に右のフック。何とかガードするも、その豪腕はいとも容易く突き破り、襲撃によって川戸のバランスが崩れる。

 

『強烈な右ぃー!ガードの上から叩きつけたあー!』

 

更に振り抜いた体を切り返し、左のボディを打ち込む。

川戸は肘を下ろしてガードするも、三矢田の拳はミシリとその上からめり込み、ダメージを与える。

 

「くっ!?」

 

まるで鉄球が打ち込まれたかのような痛みに思わず顔をしかめるが、すぐに体勢を直し左を返す。しかし、そこに三矢田の姿はない。

 

『上体を沈めて躱したぁー!川戸の左が空を切るー!』

(もらった!)

 

かがんだ三矢田はそのまま足のバネを使い、上方向に拳を繰り出す。

その拳は、吸い込まれるように川戸の顎へと向かい、その勢いのあまり、川戸の身体が宙に浮く。

 

『強烈なアッパー!!川戸の巨体が宙に浮いたー!?』

 

打ち上げられた川戸の身体は、宙に浮いたまま後方に反っていき、数瞬の滞空の後、リングへと横たわる様に落ちた。

 

『そしてそのままダーウンッ!まさかのまさか、伝説が倒れたあぁー!!』

『流石の剛腕ね。あんなの喰らったらひとたまりもないわ』

 

レフェリーにより三矢田はニュートラルコーナーへと下がり、ダウンカウントが始まった。

 

(頼むから立たないでくれ……)

 

そしてカウントが9を数えた時、川戸は何もなかったかのように軽やかに立ち上がった。

 

『立った、立ちました!ダメージはどうなのか?!』

『多分そんなないでしょうね。カウント9まで休んでいたというところでしょう』

 

レフェリーは川戸の様子をチェックすると、続行可能と判断し、試合再開の合図を出した。

 

『第1ラウンド残り1分!』

(そうだよな。アンタはそんな簡単に沈まないよな……なら!)

 

再開直後、その脅威のダッシュ力で再び接近した三矢田は、川戸の迎撃を受けながらも懐へ潜り込み、左ボディを放つ。川戸はそれを、今度は膝と肘の両方を使って防御する。

 

『またもやボディー!しかし今度はガッチリとガードしたぁー!』

 

打った左を戻し、今度は左フックを打ち、それがガードされると今度は右のアッパーを繰り出す。それをスウェーで躱すと、川戸はその流れで膝を繰り出し、三矢田の鳩尾に突き刺す。

 

「カフッ……ぐっ!」

『止まらない!膝をまともにもらっても、三矢田の前身は止まらないー!!』

 

三矢田はそのまま肩で押し込むようにぶつかり、川戸のバランスを崩しつつ若干のスペースを空けると、前傾姿勢を取ったまま上半身を左右に揺らす。

 

『こ、これは!三矢田の十八番の……!』

(伝説の男……この人を相手にして、出し惜しみはしない!!)

 

段々とペースが上がっていき、更に三矢田は、その勢いを利用して高速のフックを放つ。

 

「ぐっ!?」

 

ガードするも受けた腕がビリビリと痺れるような錯覚がするほどの威力に、川戸は眉をしかめる。

 

(行……っくぞオオォォ―――!!)

 

振り抜いた身体が戻る反動でまたフックを放ち、その反動でまた、更にその反動で……いつしかリング上では、三矢田による高速フックの嵐が吹き荒れていた。

 

『デンプシイィー・ロオォールウゥ――――!!!』

 

無限()に続く拳の連打が、川戸の身体を打つ。

 

『かつて日本を制し、世界のベルトを守ってきた三矢田の必殺技!その姿はまるで暴風雨!!』

『前傾姿勢で体重を乗せてパンチを打つ……近代ボクシングじゃ当たり前だけど、あそこまで昇華させたとなると、ジャック・デンプシーも喜んでいるでしょうね』

 

ただ回転が速いだけでなく、一発一発が芯に来る重さのフックの連打。それにより川戸の身体は徐々に下がっていき、ついにはロープを背に背負うまでになった。

 

『ロープを背負った!これは危険だ!!』

(……いける!)

 

三矢田は確信していた。このままいけば、あの伝説の男を仕留めきれると。三矢田はこの技、デンプシー・ロールに絶対的な自信を持っていた。ある日、昔のボクシングのビデオで見て以来魅了された、ある日本人ボクサーが使っていた技、デンプシー・ロール。そのボクサーはフェザー級の選手であったが、その威力は目を見張るものであった。

それ以降、三矢田は時代に逆行するように、デンプシーを使いこなすために鍛え始めた。そのおかげか、三矢田は当代最高のインファイターとして名を馳せ、そしてデンプシー・ロールを放つ姿は、吹き荒れる暴風雨のようだと、世界中のボクサーから畏怖されることとなった。

 

(このデンプシーで、俺は……伝説を超える!!)

『さらに回転が上がった!三矢田、これで仕留めることができるか!?』

 

事実三矢田の左右のウェービング速度は上がり、それに比例するように拳速も上がっていく。

このまま川戸のガードを突き破り、伝説超えを果たすのも時間の問題に思える。

 

「――――――っ」

『ど、どうしたことかあー!?三矢田の動きが止まって―――っ!?』

『うわぁ、川戸さんエッグいことするわねー』

 

……そう、思えたのだ。しかし伝説は、そう簡単には超えさせてくれない。

 

『ひ、肘だっ!!川戸の肘が、三矢田の拳にめり込んでいるうー!!?』

『あの速度にカウンターで縦肘合わせるとか、まだ眼は衰えてないってとこね。下手したら折れるってのにね』

 

肘という、人体でも最も硬い箇所。しかも川戸の肘は、想像を絶する鍛錬により驚異的な硬さを誇り、そこに三矢田は自身のスピードを乗せて拳を叩き込んだのだ。三矢田も生半可な鍛え方はしていないので、グローブの厚さもあり拳は砕けなかったものの、その痛みは地獄の如き激痛だろう。

しかし―――。

 

(だから……何だってんだっ!!)

 

三矢田の闘志は、未だ消えず。片方が使えぬなら、もう片方でぶん殴るだけ。身体を返し、更に連打を続けようとした。その時!

 

「シュッ!」

「ぐほっ―――!?」

 

川戸は三矢田の首を抑え、そのどてっ腹に左膝を突き刺す。

 

『首相撲からの膝ーっ!三矢田の身体がくの字に曲がる―!!』

 

そしてそのまま左のショートレンジアッパー、右のショートフックと繋げ、その振り戻しで左ボディを突き刺す。

 

『離れ際に連打!お株を奪うかのような強打の連続!!』

 

左拳を引き、下がった頭に左のスマッシュを叩き込み、それにより三矢田の頭が打ち上げられる。

その直後、川戸の左足が消え、三矢田の頭に衝撃が走る。

 

『き、決まったあぁー!!世界を獲った、川戸の左ハイキックうぅー!!』

『やばいわね、結構まともにもらったわよ』

 

鋭く、的確に三矢田の頭を打った蹴りは、確実に三矢田の意識を奪いつつあった。

世界のベルトを獲り、誰にも敗北しないまま、絶対王者として君臨した男。その片鱗を今、三矢田は己の身体で体感した。衝撃により揺らいだ身体は、重力に抵抗することもなく、マットに吸い込まれていった。

 

(――――――それが)

 

ダァンッ!!

 

しかし、三矢田の意思は、想いは沈まない。

 

(どうしたああああっっっっ!!!!)

 

その脚で、強く……強くマットを踏みしめ、身体を支える。今ここでマットに沈むことは、ボクサーとしてのプライドが、矜持が、かつての決意が許さなかった。

 

『倒れない!未だ三矢田、日本の英雄は、沈みはしない!!』

『凄いタフネスね。いや、これはもっと別の何かか』

 

しっかりと両足に力を入れ、マットを踏みしめ折れた身体を起こして拳を構える。そして、その双眸で、越えるべき目の前の相手を見据える。

―――しかしその視界は、すぐに奪われた。

 

メギョッ!

 

(―――あ……)

 

三矢田が顔を起こした瞬間、その顔面にそれは突き刺さった。

 

『じゃ、ジャンピングニイイィィ―――ッ!!三矢田の顔面に、深々と突き刺さるううぅぅ―――!!』

『容赦ない一撃……でも、それが川戸翔という男なのよね』

 

川戸の跳び膝蹴り。その衝撃により、三矢田の身体は後方に反れていき、そして……リングへと仰向けに倒れ込んだ。

 

『ダウゥゥ―――ン!!強靭なタフネスを誇った三矢田が、リングへと崩れ落ちたああっ!!』

 

レフェリーが川戸と三矢田の間に割って入り、川戸がニュートラルコーナーに下がったのを確認すると、三矢田の様子を確認する。

そして……両腕を頭上で交差させると、ほどなくしてゴングが打ち鳴らされた。

 

カンカンカンカーン!

 

試合の終了を宣告するゴングの音が、会場内に響き渡った。

 

『1R2分32秒、KOにより、川戸翔選手の勝利です』

オオオォォォオオ!!

 

たった、それだけの時間であったものの、とてつもなく濃厚であり、何より会場にいる全ての人間は、伝説の、伝説たる所以を目の当たりにした、そんな時間であった。

 

『凄まじい……これが絶対王者、これが伝説!!川戸翔、ここに、完・全・復・活!!』

『引退してないから復活はちょっと違うけど……おめでとうございます、川戸さん』

 

会場内は伝説の復活に湧き立ち、盛大な拍手に包まれていた。その向く先は、勝者の川戸だけではなく、敗れはしたが、ボクサーとして勇敢に闘った、三矢田にも向けられている。

試合後、気絶したまま担架で運び出された三矢田に、その拍手と声援が届いていたかは、定かではない。

そしてリング上では、川戸がマイクを持っていた。

 

「えー皆さん。長いことリングを空けていましたが、俺は戻ってきたぞおぉー!!」

 

その言葉に、会場内から拍手が飛ぶ。

 

「ありがとう。今日の試合は、俺の復帰戦として、かなりいい試合だったと思う。対戦相手の三矢田は、流石ボクシングで世界を獲っただけあって、結構手強かった」

 

「だが」と一つ置いて、川戸はさらに続ける。

 

「勝ったのは俺だ!いいか三矢田、ボクシングの強さを証明したいんなら、もっと荒波に呑まれろ!呑まれて、打たれて、己を磨け!そして強くなったら、また俺に挑戦して来い!!」

 

三矢田への激励に、更に会場の観客達は歓声と声援を送る。

 

「俺もそれなりの地位になっとくからよ。さしあたり、また世界のベルトでも獲っておくとするか!それを奪うつもりで頑張りな!!会場の皆さん!!次がドラゴンピット10周年記念興行最後の試合だ!!一瞬たりとも見逃すんじゃねえぞ!!それじゃあ、また会おう!!」

 

そう言い放ってからリングを降りる川戸に向かい、会場内から盛大な拍手と歓声が沸き起こる。

かつて世界を舞台に、絶対王者として君臨し、伝説となった男の背中は、とてつもなく大きく、観客達はその背中に期待を寄せて見送った。

 

 

「川戸さんって、あんな強かったんだ」

「あんな凄い人に僕たち、送迎してもらってたんだね」

 

壮絶な試合内容に、鈴とシャルは驚いたようで、特にジムへ送迎してもらったときなどとはまるで別人のような川戸の姿に、なにやら複雑な気持ちになっていた。

 

「ま、マジか……あの三矢田が……」

「い、一夏……」

 

一夏は驚愕していた。日本の英雄、男子の憧れの存在が、1RでKOされたのだ。無理もあるまい。

心配した箒が、どう声をかけるか迷っていると―――。

 

「うおおおおっ!!やっぱ三矢田はカッコいいぜ!!」

 

その心配は杞憂であった。一夏は先程の様子が嘘のように、高らかに声を上げた。

 

「何度もクリーンヒットしたのに倒れない不屈の闘志!そして最後まで貫き通したプライドのボクシング!!くぅ~っ痺れるぜ!!」

 

その様子に、周りもさすがに呆れたのか、だれも止めようとはしなかった。只箒だけが、静かに微笑んで見守っていた。

 

「三矢田あーっ!あんたはやっぱし俺等の憧れだあーっ!これからも応援するから、頑張ってくれえーっ!!」

 

―――セミファイナル Who is KING of STRIKER

 

○川戸翔 1R2分32秒 ジャンピングニー 三矢田和歩●

 

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