インフィニット・レスリング   作:D-ケンタ

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時は来た。それだけだ。


第四十八話 メインイベント

―――何故、このジムを起てたのか……

 

『俺が先生から教わった、本当のプロレス、原初のレスリングを残すためですね。見せかけではない、本当のテクニック、そのための精神などを、若い人達に受け継いでもらいたい』

 

―――本当のレスリングとは……

 

『レスリングの歴史は古く、うん千年以上……少なくとも古代エジプト時代には既にあったと言われています。その長い歴史の中で磨き上げられた、真に理にかなっている技術を用いる……要するに競技化される前のレスリングです』

 

―――現代のレスリングとの違い……

 

『昔よりはマシですがね。ソクラテスの言葉を借りるなら、理論だって説明できるのが技術であり、そうでないのは迎合だと。競技化して、観客や一部の選手に迎合してからレスリングは変わってしまった。身体能力や勝敗にこだわりすぎて、理論がない。理論がない、ということは基本がないと言うことでもある。だから我々は基本を大事にしている、基本を身につければ、そこから様々な状況で応用が効きますから』

 

―――それは、今や多くのレスラーが忘れてしまったもの……

 

『だからこそ今、若いレスラー達にはこの基本を身に付けてほしい。そして、これからも受け継いでいってくれる、それが、先生の代から続く、俺達の願いです』

 

―――ジム設立以前からの彼の信念。それは確かに、ジムのメンバーに伝わっている……

 

 

『今の時代、格闘技って色々な種類がありますけど、それでもここを選んだのは、やっぱり風間さんの存在が大きいです』

 

―――そう語ったのは、ドラゴンピットの若き職人、黄坂瑠璃。ドラゴンピットでデビューした彼女は、デビュー当時から風間の教えを感じさせる、基本に忠実な試合を展開していた。

 

『私も始めるまでは気づかなかったんですけど、レスリングって、力や技、スピードじゃないんですよ。風間さんと初めて組んだとき、正直驚きましたね。全く力が入ってないんですから……。だからといって手を抜いてる訳じゃないんです。風間さんが言うに、余計な力が入るとフィーリングが狂うと……ハッとしましたね。そのとき漸く気づきましたよ、レスリングで一番大事なのは、フィーリングだって。だからこそ惹かれるんだと思います』

 

―――力で勝てばいい、スピードで勝ればいい。そんな風潮を否定し、フィーリングを重視するその考えは、例え理解できなくてもその試合を観た者の心に深く残る。

 

 

―――そして、その考えに共鳴し、多くのレスラーが彼の元に集まった。この男もその一人……。

 

『You are Boring!もっと楽しませな!』

 

―――佐渡悠哉。アマレスでは無冠であったこの男は、自分を変えたいと、ジムの門を叩いた。

 

『今までやってたことを捨て、新しい自分にならなければ、あの現状は変えられなかった。もちろんすごく悩みましたよ。だけど、変わろうとしなけりゃ何も変化しない。勇気を出して一歩踏み出したからこそ、今の俺がある』

 

 

『皆見た目に囚われてるんですよ。だからその本質に気づけない。視覚で見るんじゃなくて、フィーリングで感じなければね。筋肉やスピードは年を取れば衰えるけど、フィーリングは死ぬまで鍛えることができる。だからこそレスリングは面白いんですよ』

 

―――今、ドラゴンピットでは、一般プロ問わず多くの人間が集い、稽古に励んでいる。学生から年配者まで、風間の元で同じように練習し、汗を流す。

 

『今いる若い選手の中から、次代のプロレス界を背負う選手が生まれてくれれば、これ以上に嬉しいことはないですね』

 

―――今回、ドラゴンピットから若手を中心に多くの選手が出場した。この大会を機に、彼らが更に成長してくれることを期待して……

 

『だからメインには、あいつらの指標になってくれるような選手を選びました。彼らなら、きっといい試合をしてくれるでしょう』

 

―――今大会もいよいよ大詰め。さあ刮目せよ!現代に甦った、真のプロレスの姿を!!

 

―――メインイベント、"This is Pro-WRESTLING!!"60分一本勝負!!アルフ・C・ディケージ&矢杉一成VSカール・レオ&ドラゴン・マシン!!

 

 

セミファイナルまでとは違い、会場内は、厳かな雰囲気に包まれている。

 

『青コーナーより、アルフ・C・ディケージ、矢杉一成―――"ジ・ハングズマン"の入場です!』

 

(入場曲:『雷撃走る』牧野忠義)

 

今大会のトリを務める戦士達、その第一陣の入場が始まる。

 

『今現在、この二人程、日本マット界を書き乱したタッグチームはないでしょう。大和プロレスでのタッグ王座奪取に始まり、プロレスリングビザーレでは外敵として、東條丈士やジョセフと抗争を繰り広げた二人組、それが"ジ・ハングズマン"、ディケージと矢杉なのです!ルール無用のラフ殺法も去ることながら、この二人の本当に恐ろしいところは、正統派としても通じる、確かなレスリング技術!あるときは悪魔のように、またあるときは冷徹な機械のように正確に、只のヒールではここまでできない。プロレスに、ヒールに誇りを持っている、これこそが彼らの強さの秘訣なのかもしれません……さあ入場して参りました!"イタリアの知将"ディケージ、"アンデッドガイ"矢杉!ディケージは不適な笑みを浮かべ、矢杉はハードコアマッチの繰り返しでできた顔の傷を疼かせながら、リングへと向かいます。腰には先月獲得したビザーレのヘビー級タッグのベルトを巻いております。さあそして、今代最強ヒールタッグが、荒々しい祝福を届けに今、リングイーーーンッ!!』

 

記念すべきこの興行、彼らは普通の祝福に来たわけではない。何が起こるのか。それは試合が始まるまでわからない。

 

『赤コーナより……"肘擊の金獅子"―――カール・レオ選手の入場です!!』

 

(入場曲:『とべ! グレンダイザー』ささきいさお)

 

この日の為に呼ばれた、風間が認めた男が、これより入場してくる。

 

『かつて、たった数度の来日で、我々の心を虜にしたこの男。その強烈なエルボーで、数々の強敵をマットに沈めてきたマスクマン、カール・レオ。全く無名の選手でありましたが、基本に忠実、堅実なレスリングと、その紳士的な性格によって、一躍トップレスラーの一人にまで上り詰めました。その後、長らくマットを離れていた彼が、盟友風間の呼び掛けに応え、祝福するために、遠いフランスの地から数年ぶりに来日。我々は再び、金獅子の闘いを目撃することが出来るのです!!ああっと!"金獅子"カール・レオがその姿を表した!!ブランクがあるとは思えない分厚い肉体!そして獅子の意匠を凝らしたマスク!あのときと変わらぬ姿で、フランスの獅子王が我々の前に姿を表したーっ!!貫禄のある足取りで、ゆっくりとリングへと向かっていきます。その視線は鋭く、対戦相手を見据えています。さあリングサイドから、コーナーへ登った!!カール・レオ!今、リングへと降り立ったーあっ!!』

 

煌めく鬣を靡かせて、フランスの金獅子が今、四角いジャングルへと馳せ参じた。

 

『赤コーナーより―――ドラゴン・マシン選手の入場です!!』

 

(入場曲:『HEATS』影山ヒロノブ)

 

燃え滾るような入場曲をバックに、入場のトリを務める男が姿を見せる。

 

『この男、経歴、実力の一切が不明。確かなことは只一つ、それは風間が、今大会の大トリに相応しいと、直直に指名したということだけ。額にDの文字を刻んだマシンマスクで素顔を隠したこの男は、風間曰く、ドラゴンなマシーンだと。言葉の意味はよく分かりませんが、とにかく凄い選手だと言うのは伝わります。しかし!それだけでは私達は納得することはできません!彼が真に実力のある者なのか、風間が推薦するに相応しい者なのか、それはこれから行われる試合で明らかになるでしょう。さあ入場して参りましたドラゴンマシン!黒のショートタイツとマシンマスクで身を包み、一歩一歩花道を踏みしめながら入場してくるこの男の肉体は、分厚い筋肉に覆われています!その威圧感だけで、彼が真の実力者であると言うのが伝わってきます!彼は一体、私達にどんなレスリングを魅せてくれるのでしょう!?ドラゴン・マシン、リングイィーンッ!!』

 

熱き戦闘機械、全てが謎に包まれた闘士の佇まいに、観客達は息を飲む。

静寂……メインイベントにも関わらず、会場内は静寂に包まれている。

 

『これより、メインイベント、スペシャルタッグマッチ60分一本勝負を行います!!』

 

ワアアアァァァーーー!!!

 

その瞬間、今大会最大級の歓声が沸き起こり、会場の空気をビリビリと震わせる。

 

『青コーナァー。191cm、106kg。"イタリアの知将"アルフ・C・ディケェージイィーッ!!』

 

不適な笑みを浮かべるはこの男。腹の底を見せぬ異様さは、リング上で浮いているように見えるが、それすらも計算の内か。

 

『182cm、98kg。"アンデッド・ガイ"矢杉ぃぃ……一っ成いぃーっ!!』

 

身体に刻まれた傷は、幾つもの死線をくぐってきた証。数々のハードコアファイターと渡り合ってきた男、矢杉。その覚悟は、生半可なものではない。

 

『赤コーナァー。188cm、105kg。"肘擊の金獅子"カール・レエェーオォーッ!!』

 

黄金の肘を引っ提げて、フランスの金獅子は再び日本の地に舞い戻った。その眼光は鋭く対角線上の獲物を射抜く。

 

『175cm、100kg。"燃え滾る戦闘機械"ドラゴン・マシィーンンーッ!!』

 

謎のマスクマン、その風貌もスタイルも不明であるが、只一つ言えることがある。この男は、間違いなく強い。

 

『レフェリー、柴田京二』

 

レフェリーが選手達をチェックし、コーナーへと下がらせる。先発は矢杉とマシン。ゴキゴキと拳を握る矢杉に対し、マシンは無駄な力を入れず、リラックスした構えをとっている。

……静寂。観客達が、まるで心臓の鼓動が大きくなったかのように錯覚するほど、リングの上は静かであった。

そして―――

 

「ファイッッッ!!!」

 

さあ刮目せよ!最高峰の男達による、最高峰の闘いを!!

 


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