インフィニット・レスリング   作:D-ケンタ

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第七話 プロレスの意地

……どれくらい寝てた?一分?一時間?それとももっとか?

 

(……チッまだ頭がガンガンしやがる)

 

足に来てんのか、うまく力が入らない。膝に手をつきながらでようやく立ち上がる。

どうやらまだ試合は終わってないようだな。

 

「ど、どうして……」

「あん?」

「どうして立ち上がれるんですの?これ以上は、流石に……」

 

わざわざ地面に降りてまで、何を訊くのかと思ったら、そんなことか。

 

「下らねーこと聞くな」

「……へ?」

 

確かに体のあちこちが痛いし、足も震えている。機体もなんか『CAUTION』って出てるし。正直倒れて楽になりたい。

だけどよ……。

 

「プロレスラーっつうのは、心が折れたらそこで終いなんだよ」

 

生憎、この程度じゃ諦めてらんねえ。

 

「何が……一体何があなたをそこまで駆り立てるんですの!?」

「……」

 

そんなの、決まってる。

 

「約束しちまったんだよ、アイツに」

 

プロレスの本当の力を見せてやる……と

 

「だから」ガチャン

 

一歩……。

 

「俺がここで……」ガシャン

 

一歩……。

 

「倒れる訳には」ガシャン

 

一歩……。

 

「っ!!」

「いかねえんだよ!」ダンッ

 

痛む体とボロボロの機体にムチ打ってダッシュし、セシリアに一気に迫る。

 

「ッ!ブルー・ティアーズ!!」

 

まあ……当然、迎撃してくるわな。残りのビット二基が俺の進行方向に展開され、放たれたレーザーが機体を焦がす。

 

「ガアっ!」

 

もうこの程度も受け止めきれなくなってんのか……たかがビットの攻撃に膝をついてしまった。

もう機体が持たなくなってるってぇのかよ……ふざけんじゃねえぞ。

 

(……おい打鉄ぇ)

 

(生身の俺が立ち上がろうとしてるっていうのに、超兵器だとか言われているお前は、

 

「何寝ようとしてやがんだア!少しは根性見せやがれええええええええええ!!!」

 

 

ヤバい。龍輝の奴、気づいていないのか。

あの攻撃でエネルギーが無くなってなかったのは驚いたけど、モニターで見る限り、もうほとんど残っていない。このまま同じように戦ったら、

 

「終わりだな」

 

隣にいた箒が冷静な声でそう言った。反論したかったけど、このままじゃ結果なんて誰の目からみても明らかだ。何か所々火花が散ってるし。

 

「龍輝避けろ!プロレスに拘ってる場合じゃ……!!」

 

その瞬間、龍輝がビットの攻撃を受け膝をついた。打鉄の装甲はボロボロ、当の龍輝自身も、素人目でも分かる程ダメージが溜まっている。これ以上は危険だ。

 

「……これは!?」

 

ふとモニターとにらめっこしていた山田先生が驚いた声をあげた。何かあったのか?

 

「先生、どうしたんですか?」

「龍輝くんのISの出力が急上昇しています!」

 

な、何だってー!?

 

「それはつまり、暴走しているということですか?」

「いえ、そこまで異常な数値ではありません。ですが、こんなことが起こるなんて……」

 

何だかよく分からないけど、アイツはまだ諦めるつもりはないってことだよな。

 

 

熱い……アドレナリンが出てるんのかなんか知らねえが、体が熱い。あと目の前に《DANGER》って出てるけど、自爆とかしないよな?

 

「い、一体何が……!?」

 

攻撃が止んだ?やるなら今しかねえ!

 

「ドぉらあああああああ!!」ダッ

「!?しまっ……!!」

 

今更反応しても遅い。ビットを一斉射しようがライフルを当てようがこの勢いは止まらない。

その勢いのままビットに向かって跳び、そのビットを踏み台にしてさらにジャンプ。必死で跳んだ先に……

 

「……っ!?」

「よお……」

 

ようやくセシリアを俺の範囲(レンジ)に捕らえた。当の本人は驚愕なのか憤りなのか、そんな表情を浮かべていた。

 

「この⁉」

「おっと」パシ

 

迎撃のためか、ライフルを向けてきたが、銃身を掴んで阻止する。

 

「この範囲まで来たらお前に勝ち目はねえよ」

「……それはこちらのセリフですわ」

 

あん?

 

「この距離ならさすがに無事では済まないでしょう?」ジャコン

 

腰にもまだあったのか。……だが。

 

「食らいなさい!」

「ホアタァッ!!」ガン

 

セシリアが腰の砲台を撃とうとした瞬間、砲身を蹴りあげた。発射されたミサイルだかロケットだかは見事に明後日の方向に飛んでいき、空中で爆散した。

 

「そんな……!」

 

接近戦なら拳や蹴りの方が早い。

 

「で、ですがまだわたくしは負けては」

「すまん、セシリア」

 

ハトが豆鉄砲喰らったみたいな顔をされた。まあ当然か。

 

「お前は代表候補生として本気で俺を潰しに来た。なのに俺は信条を言い訳にして、嘗めた戦いをした」

 

さっきダウンしたとき、そしてその後の猛攻を受けて思い出した。師匠のあの言葉、それの続き。確かに師匠は、女子に手を上げるのはやってはいけないと言った。だがリングの上で本気で来る相手には本気で相手をする。それが格闘技の礼儀だ。……と師匠が言っていた。

リングに上がれば男も女も老いも若いも関係ない。そんな基本的なことを忘れるなんてな。

 

「だから、俺も全力の技で応える」ガシ

 

ライフルを掴んでた手を外し、セシリアの胴を正面からクラッチする。

 

「キャッ!い、いきなり抱きつくなんて」

「投げられるのは一回だけ、この投げに、俺の魂を込める!!」

 

深く息を吸い込み、踏み込んで思いっきり跳ね上げる。

 

「ッダアッ!!!」ダン

 

 

龍輝に組み付かれたセシリアは、ある種の恐怖を感じていた。元々女尊男卑思考の彼女にとって男に抱きつかれるということ事態おぞましいことではあるが、この恐怖はそういうものではない。もっと本能的なものだ。

 

(とにかく、脱出しないと!)

 

しかし、時すでに遅し。龍輝は既に投げの体制に入っていた。

 

「ッダアッ!!!」ダン

 

掛け声と同時に跳ね上げられたセシリアは、そこでようやく恐怖の正体を知った。それは、どう足掻いても回避不能な攻撃が来るのを予感してのものだった。

組まれたら終わり。組まれたら投げられる。それに気付かず接近を許したセシリアの落ち度。しかも相手は嘗めを捨てたレスラー。この瞬間、セシリアの運命は決まったと言えよう。

龍輝はセシリアを跳ね上げると、そのまま体を後ろに反りながら横に捻りを加える。

地面に叩きつけられる瞬間セシリアの目には、青い空だけが写っていた。

 

 

ドゴォーーン

 

叩きつけた音が響く。俺がセシリアを投げた音が。

 

『き、決まったーーーーー!!龍輝選手、起死回生の投げでセシリア選手に一矢報いました!!』

 

実況が声を張り上げる。そういえば、暫く影が薄かったけど。トラブルでもあったのか?

 

『フロントスープレックスか。いい技を使うな』

 

フロントスープレックス。

俺の師匠から教えてもらった。師匠はスープレックスの名手と呼ばれてたから。身に付けるのに妥協は許されなかった。お陰でこうして仕掛けられたんだけどな。

 

「う、うう」ガシャ

 

セシリアが立ち上がってきた。何か辛そうだな。後頭部はぶつけないようにしたんだが、いかんせんISのパワーで投げたもんだからな。

 

「まさか、ISで投げをするなんて」

「これしか能がないんでな」

 

打撃も関節もできるが、やはり一番得意なのは投げだな。うん。

 

「……本当に、プロレスがお好きなのですね」

「まあな」

 

俺にはこれしかないからな。

 

「だけど投げた反動で、俺の方は限界が来ちまった」

 

ほんとよく耐えてくれたよ。こんなに火花撒き散らして、装甲ボロボロになりながらさ。

 

「お前の勝ちだ。ナイスファイトだ……った…ぜ」ドサッ

 

言い終わるやいなや、その場に倒れ込んでしまった。どろどろになった頭が最後に記憶したのは、試合終了のアナウンスと、心配そうな目をしたセシリアだった。


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