インフィニット・レスリング   作:D-ケンタ

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第八話 笑って生きよう

気が付くと白い部屋にいた。

 

「……知らない天井だ」

 

とりあえず言っておいたが、大体この部屋の予想はつく。たぶん医務室かなんかだろう。

 

「目が覚めたか」

「織斑先生」

 

声をかけられた方を見ると、俺のクラスの担任で世界最強の織斑千冬が立っていた。

 

「まさか本当にISでプロレスをやるとはな」

「それしか取り柄ないっスから」

 

てゆーかあんた、結構ノリノリで解説してなかったか?

 

「お前が使ってた打鉄だが、整備士が泣いてたぞ。修理よりもパーツを総取っ替えした方が早いと言っていたな」

 

あちゃー。それは悪いことしたな。

 

「すみません」

「なに、謝らなくてもいい。久々にいい試合を見せてもらったからな」

 

やっぱこの人、プロレス好きなのか?

 

「だが、その状態では次の織斑との試合はやらせられん」

「そうですよね……」

 

骨折こそしてないものの、体へのダメージは酷い。そりゃあんだけの攻撃を受け続けたんだ。当然か。

 

「残念だが、お前は棄権ということになる」

「分かりました」

「あまり気を落とすなよ」

「大丈夫っス。そこまでやわじゃないんで」

 

プロレスラーに怪我は付き物。いちいち落ち込んでなどいられない。

 

「いらん心配だったか。私はもう行くが、しっかり体を休めとけよ」

「分かってますよ」

「じゃあな」

 

そう言って織斑先生は退室していった。

しかし退屈だ。次の試合、一夏が相手だから遠慮せずガンガンやれると思ったのに。

 

コンコン

 

不意にドアがノックされた。誰だ?

 

「どうぞー」

 

とりあえず入室を促す。一夏かな?

 

「し、失礼いたしますわ」

 

予想を裏切って入ってきたのは、さっきまで俺と試合していたセシリア・オルコットだ。別に文句言う訳じゃないけど、お前かい。

 

「何だ、敗者を笑いにでも来たのか?」

「違いますわ!わたくしはその……あなたに謝罪したくて……」

 

謝罪?謝られることあったか?

 

「先日は、あなたの大切なものを侮辱してしまい、申し訳ありませんでした」

 

そう言うとセシリアは深々と頭を下げた。

侮辱?ああ、あの件か。

 

「その事だったらもう気にしてねーから、そんな頭下げんでえーよ」

「それではわたくしの気が収まりません!」

 

つっても、本当に気にしてないんだがな。

 

「……あの時」

「?」

「あなたに投げられた時、その投げひとつで、あなたのプロレスへの想いが伝わってきました」

 

あー……まあ、あのスープレックスは俺の全身全霊をかけたからな。師匠もスープレックスにこだわりを持っていたし、その影響だな。

 

「あなたがどれだけの努力をしてきたか、それを知らずに、わたくしはプロレスを侮辱して―――」

「だからいーって、んな大袈裟にすんな。お前の気持ちは十分伝わってきたからよ」

 

「ですが……」と食い下がるセシリア。ほんとにもういいんだけどな。

 

「それに、努力してるってんならお前も同じだろ?」

「……え?」

 

すっとんきょうな声が出たな。録音機器がないのが残念でしゃーない。

 

「前にも言ったが、代表候補ってのはオリンピック選手みたいなもんなんだろ?だったらそれに選ばれんのがどんだけ大変かなんざ容易に想像がつく。何せ国の代表なんだからな。イギリスだったら、えーっと……確か6300万だっけ?その中から選ばれんだ。生半可な努力じゃ選ばれねーだろうしさ」

 

俺は別にオリンピックにはまったくといっていいほど興味を持ってないが、その大変さはわかるつもりだ。選手に選ばれるためにガキん頃から頑張って、それでようやくスタートラインに立てる。それくらい敷居が高いっつーか、ハードルが高いっつーか……うまく言えんが、まあとにかく大変なんだ。

 

「お前のいかにもエリートです、って態度や女尊男卑的な発言だって、その背景があんなら頷けっしな。他はどう思うか知らんが、俺は別に嫌悪感とかはねーしよ」

 

まああんな態度とるのは、あまり誉められたものでもないかもしれんけど。少なくとも師匠なら、礼儀がなってない、つって怒りそうだがな。

 

「だからな、あんまし気にすんな」ニッ

「……はい、ありがとうございます」

「それとな、そんな暗い顔すんな。そんな顔してっと余計に辛くなっぞ」

 

懐かしいなー。昔よく、暗い顔すんなって怒られたっけ。

 

「で、では、どんな顔をすれば」

「とりあえず笑っとけ、そーすりゃ元気出っから。ほら、にーっ」

 

諺じゃねーけど、実際笑っておけば気分前向きになれるし、元気も出る。よく言うだろ?元気があれば何でも出来るって。

 

「こ、こうですの?」ニー

「……」

「だ、ダメでしたか?」

 

いやいや驚いた。いつもしかめっ面やらしてたから気付かんかったが、

 

「お前、結構かわいい面してんのな」

「ふえっ?!」///

 

そう言った途端、セシリアの顔が真っ赤に染まった。なんかまずいこと言ったか?俺。

 

「もうっ!からかわないでくださいまし!」

「別にからかってないぞ。実際そう思ったし」

 

誉めたのに何で怒ってるんだ?確かにちょっとナンパくさかったかもしれんが……それがダメだったのかな?

 

「~~~っ!!」///ポカポカ

「いてっ!お、おい叩くいてっ!俺怪我人いたたっ!わ、分かった、俺が悪かった!」

 

何故か叩いてきた。普段ならまったくダメージはないのだが、怪我と疲労でこの程度でも痛く感じる。怪我人ということを言ってもやめてくれないので、取りあえず謝ったらようやくやめてくれた。

 

「まったく、ああいったことはあまり言わない方がよろしいですわよ」

「怪我人をポカポカ殴るのもしない方がよろしいと思いますわよ?」

「口調を真似しないでくださいまし!」

 

……フ

 

「ハハハッ」

「うふふっ」

 

静か目な笑い声が医務室に反響する。うん、いい笑顔だ。

 

「これからもよろしく頼むぜ、セシリア」スッ

「こちらこそよろしくお願いしますわ、龍輝さん」ギュッ

 

そう言って差し出した右手を、セシリアは握り返してきた。わだかまりが無くなったなら、前みたいな関係はやだしな。向こうも同じ気持ちだったんだろう。

ところで

 

「いきなり名前呼びなんだな」

「あら?それはあなたもではなくて?」

「むぅ、確かに。こりゃ一本取られたな、アッハハハハ!」

 

してやられたな。こんな軽口叩くんなら、もう心配いらんよな。

いや、もとから心配要らんかったんかもな。確かに最初の印象はあれだったが、蓋を開けてみればいい性格してたし、ちゃんと会話してればあんないさかいなんて起こらなかったのかもな。

ま、これから仲良くできんなら、気にしたってしゃーないか。

 

――――――

 

セシリアと和解した後、一夏やその幼馴染みとか言う女子(何だっけ?モップだっけ?)も見舞いに来てくれた。まあ幼馴染みの娘はどちらかというと一夏に付いてきたって感じで、俺への見舞いがメインじゃなかったぽいけど、お互いそこまでよく知らんし、当然といっちゃ当然か。

基本的にはワイワイ話してたけど、一夏からは無茶しやがってと言われたけど、別にこれくらいの怪我なんともないし、この程度で騒いでたらレスラーは名乗れん。まあ、休めとけって言ったときの織斑先生の目がなんか鋭かったから、大人しく寝とくけど、明日の授業にはちゃんと出るからな。

そんなこんなで時間も結構経ち、明日の授業で使う物の準備を頼んだところで解散という流れになり、三人は退出していった。

やることないし、いつもより少しどころじゃなく早いが眠りにつくとするか。

 

コンコン

 

……今まさに寝ようとした瞬間、ドアがノックされた。誰か忘れ物でもしたか?

 

「どうぞー」

 

ガチャ

 

ドアが開けられた音に反射的にそっちを向くが、正直驚いた。

何故なら入ってきたのはセシリアでも一夏でも幼馴染みの娘のどれでもなく、試合が始まる前、迷い込んだ格納庫らしき所で会った水色の髪をした女子、確か簪だっけ?その娘だったんだからな。

 

「なんだ、見舞いにでも来たのか?」

「……まあ、そんなとこ」

 

なんか間があったけど。まあでも、見舞いに来てくれたのは素直に嬉しいな。

 

……

 

暫く二人ともだんまりしたまま、なんか気まずい雰囲気が流れる。こういうの苦手だなあ。

 

「……試合見たわ」

 

おお、見てくれたのか。返事聞いてなかったから、来てくれるかどうか気になってたんだ。そうかそうか見に来てくれてたか。

 

「それで、あなたに訊きたいことがあるの」

「?何だ」

「……何で、あんなにボロボロになってまで、プロレスにこだわるの?もっと効率のいい戦い方があるのに」

 

あー……なるほど確かにな。その疑問ももっともだがな。

 

「試合見て、どう思った?」

「え?」

 

そう訊くと簪は、少し間をおいてから答えた。

 

「……凄かった。うまく言えないけど、体の奥が、熱くなるような……」

「そうか。さっきの質問だけどな、それが答えだよ」

 

そう言ってやったらきょとんとされた。うーん言葉足らずだったか。

 

「……どういうこと?」

「プロレスってのはな、只勝つだけじゃ駄目なんだ。観客の心に響くような戦いをしなきゃ行けねえ。相手の攻撃を受けてどんなにボロボロになろうとも、何度打ちのめされようとも、何度でも立ち上がり、相手に向かっていく。諦めず、何度でもな。その姿を見せて、観客に勇気と元気を与える、それがプロレスラーだ」

 

簪は、俺が語っている間黙って聞いていた。

確かに、今の世間になってからプロレスの火は消えかけているが、プロレスが持つ力は変わらない。

 

「……本当にプロレスが好きなのね」

「ったりめーだ。レスラーがプロレスを好きでなくてどーすんだ」

 

確かに、と言って彼女はクスッと笑った。

 

「……私にも、出来るかな……?」

「?」

「私には、乗り越えなきゃいけない壁がある。とてつもなく大きな壁だけど……越えれるかな……?」

 

……ああ

 

「出来るさ」

「!」

「だからもう暗い顔すんな。どんなに辛くても、笑っときゃなんとかなっから」

 

「何それ」と言いながらも彼女は口元に手をやり、笑った。うん。

 

「いい顔すんじゃねーか。最初会ったときより今の方が断然いいぜ」

「そ、そうかな……?」///

「そうだとも。笑顔になるだけで美少女度120%増しになったしな」

 

そこで俺の意識は途切れた。かろうじて覚えてるのは真っ赤に染まった簪の顔と、顔面左側から襲って来た衝撃の二つだけだった。

 

(……あれ?なんかデジャブが……)ガクッ

 


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