敵の名はアフトクラトル軍である。
木虎藍から敵国の情報が流れてきたボーダー本部は困惑してきた。
それは仕方がない事であろう。
突然に隊員から敵の正体と詳細な情報が来た事に疑問を抱かない訳がない。
「木虎隊員。その情報はどこで手に入れたものだ?」
ボーダーの最高責任者たる城戸司令が代表して尋ね返す。
『はい。何でもアフトクラトル軍を追い掛けて来た
「……そうか。その者に代わる事は可能か?」
『はい。……えっ!?』
例の協力者に変わろうとした時、木虎から驚愕の声があげられる。
それを聞いた本部一同は襲撃を受けたのかと勘違いするが、次の一言でほっと胸を撫で下ろす事になる。
『あの新型をこの短時間で倒したの!? しかも二体も』
『今のオサムならば可能だ。……初めまして、上層部の方々。私はレプリカ。オサムの協力者にして多目的トリオン兵である』
通信越しから聞こえてくる無機質の声に城戸は姿勢を正す。
相手は何者か知らないが、第一印象が肝心だ。
総司令たる威厳を保って相手と話す必要がある。
「私はボーダー総司令の城戸だ。お前たちの目的を聞こう。場合によってはお前達を葬らなくてはいけない」
『了解だ、キド司令。我々の目的はアフトクラトル軍に攫われたユーマの救出。同時にオサムの故郷たるミデンの守護である』
「なんだと?」
それは敵が自分たちの世界を指す名前である。
この場にいる誰しもが知っている事であるが、重要なのはそこではない。
レプリカは言った。
故郷たる
つまり、レプリカが言うオサムたる人物は
「些か信用できないな。その証拠はどこにある?」
『証拠は示せないが、そちらの情報端末から割り出す事が可能であると推測する。三雲修15歳。それだけ伝えれば、そちらで調べる事は可能であろう』
「沢村くんっ!!」
忍田が直ぐに補佐役の沢村響子に指示を出す。
既に市民のデータベースにアクセスして検索をかけていた沢村は三雲修がヒットした事を確認する。
「出ました、三雲修。第一大規模侵攻時に行方不明となっています。恐らくは――」
「自力で近界から帰還したとでも言うのか!? 信じられない」
沢村の報告に忍田は驚きを隠せずにいた。
例えどんな優れた人間であろうとも自力で帰還する事なんて不可能だと思っている。
そもそも捕まった人間の運命など催眠調教されるかトリオン器官を奪われて死ぬだけだ。
それに加えて帰還するには遠征艇と呼ばれる移動手段がなければならない。
普通に考えればレプリカが名乗った者が言っている情報は信憑性の欠ける内容であると言い切れる所であるが、事が事である。
忍田は振り返って城戸の指示を仰ぐことにした。
「司令」
忍田の言葉に軽く頷き、レプリカに伝える。
「そちらの言い分は了解した。利害が一致している以上、協力を受け入れる。まず、そちらが保有するアフトクラトル軍の情報開示を要求させていただこう」
『心得た。協力感謝する』
レプリカは自分達が知っているアフトクラトル軍に関する情報をボーダーに伝える。
新型のトリオン兵の正体がラービットであり、使用目的はトリガー使いの捕縛であること。
敵は角トリガーと言われている特殊なトリガーを使用する事。
また角の色が黒であるならば敵は
あと、
敵の狙いがC級隊員であろうと、包み隠さずにレプリカは情報を公開していく。
「忍田君。これらの情報を直ぐに戦闘中の全隊員に伝達。敵の狙いはC級隊員であるとな」
「了解」
命令を受けた忍田が直ぐに沢村に伝え、全隊員に知り得た情報を伝える様に命令する。
「新型――ラービットの相手はA級隊員にお任せする。部隊が揃っているB級隊員は散開しているトリオン兵の駆除。それ以外のB級隊員はC級隊員の救出に動け」
全隊員に忍田の命令が下される。その命令は修と対峙している木虎と千佳の二人にも届いたのだった。
***
「雨取さん。私達は後ろにいるC級隊員を安全な場所まで移動させましょう」
もともと木虎は雨取の援護をする為に部隊から離れて単独行動をしている。
トリオン怪獣と呼ばれている彼女であるが、まだまだ実戦経験不足の為に危なっかしい印象が感じられる。
気づけば自然に彼女と行動を共にしている事が多くなっていた。
「それなら僕も手伝おう」
バックラーを装着し直した修が二人に提案する。
木虎は雨取を護る様に一歩前に歩みだして庇う様な位置取りを取る。
警戒心むき出しの彼女に「まるっきり信用されていないな」と苦笑した修に、木虎は「当然でしょ」と言い返した。
「そもそも、あなたは何者なのよ。突然、現れて」
「何者って……。レプリカに聞かなかったの?」
先ほどレプリカと上層部で修の名前が挙げられていたが、木虎はあえて聞かなかった振りをして修に問い質す。
アフトクラトル軍についての情報は提供してくれたが、修自身に関する情報は何一つ教えてはくれなかった。
警戒心を解けと言う方が難しいだろう。
「……僕は三雲修。通りすがりの
そこで疑問符を付けられても対応に困るのだが、木虎が気にした点は別の所であった。
「
しかし、
「そうだよ。今はまだ詳しい情報は教えられないけどね。ちなみに名前は
「……そうね。なら、あなたが攻撃してこない限り信用してあげるわ。感謝しなさい」
「なはは。ありがとう。後ろの子もよろしくね」
「う、うん」
「雨取さん?」
先ほどから会話に入って来なかったから気付かなかったが、千佳は大きく目を見開いたまま修を見ていた。
まるで死んだ人間と出会ったかの様に信じられないと口元を抑えて。
「雨取?」
聞き覚えのある家の名であった。
その名を聞いて最初に思い浮かべた人物は――。
「……雨取千佳?」
――両親の付き合いで幼い頃から交流を持っていたお隣さんただ一人だけだった。
「やっぱり、修くんなんだ」
「はは、こいつは驚いたな。雨取さんってボーダー隊員だったんだ」
修の知っている雨取千佳はボーダー隊員になる様な強い女性ではなかった。
兄である雨取麟児によく甘えていた。
そんな彼女が血生臭い戦場に立っているなんて、いったい何が彼女をこのような戦場へ駆り出したのだろうか。
四年前にこの地から連れ出された修には分からない事であった。
「……知り合いなの?」
そんな二人の反応を見て、木虎が千佳に話しかける。
「あ、はい。隣に住んでいる三雲さんの――」
「……三雲さんのって、香澄さんの弟さん!? ウソ」
雨取と付き合いだしてから何回か三雲香澄と顔を合わせている。
若くて確りしたお姉さんだな、と言う印象を持っていた木虎に修は間髪入れずに訂正する。
「いえ、息子です」
「はい?」
「だから、息子です」
二度同じ事を伝えたにも関わらず、木虎は修が言った意味を分かりかねていた。
困惑する木虎に千佳は苦笑しながらも真実を伝える。
「あの、木虎さん。あの人はお姉さんじゃなくって修くんのお母さんなの」
「……えっ!? そうなの。とても一児の母に見えなかったんだけど」
仰天する木虎に「よく言われたな」と懐かしそうに呟いた修は背後から近づく何かを察知する。
直ぐに思考を戦闘モードに切り替えて、
戦闘態勢に入った修を見て、二人もこちらに敵が近づいてきたのだろうと理解したのだろう。
それぞれ武器――木虎は短銃を、千佳はアイビスを――構え、迎撃態勢を取っていると現れたのは同じボーダー隊員の迅悠一であった。
「……迅さん?」
「やっほ、雨取ちゃん。無事でよかったよ。そして、御宅が件の
色々と交流が多い迅の登場に千佳はアイビスを解き、迅の元へ駆け寄る。
彼女の師匠である木崎レイジは迅と同じ玉狛支部の人間だ。
千佳は本部所属であるが、色々と玉狛支部の人間にはお世話になっている。
「そう言うあなたは?」
「俺は実力派エリート、迅悠一。木虎ちゃんと雨取ちゃんの場所に
「未来が視えた?」
「迅さんのサイドエフェクトよ」
首を傾げる修に木虎が補足説明をする。
サイドエフェクト、通称副作用。
能力の差異はあるが一言で申すと超能力的なものと覚えていた修はその効力に驚かずにいられなかった。
「それで、その迅さんとやらが何の御用でしょうか?」
「キミの選択の一つで色々と未来が変わるみたいでね。けど、どうやら杞憂だったかな? こうした二人の傍にいるところを見ると」
未来の一つに修が二人から離れて戦いに赴く姿があった。
その選択肢をしても二人に悪影響があるわけではないのだが、より良い未来を導くためには修がボーダーと連携するのが望ましいと思ったからである。
そこで初めて修は
自分に危害がない事を理解した修は傍で浮遊していたレプリカに声をかける。
「……レプリカ。人型の出現は確認できたか?」
『まだだ。どうやら、奴らは様子見を決め込むつもりらしい。その隙に彼ら彼女らを安全な場所へ移動させるのが望ましいだろう』
レプリカのレーダーに引っ掛からないところを見ると、まだラービットを主体に攻め込むつもりらしい。
あの程度ならば問題ないだろうと踏んだ修は迅に向かって言う。
「あなたは、これからどうするつもりで?」
「敵の狙いがC級隊員と分かった以上、後ろの子達を蔑にする訳にはいかないからね。本部まで護衛したのち、俺はトリオン兵の駆除に戻るよ」
戦力的には充分だと思われるが、複数で攻められると大勢のC級隊員を護りきるのは難しい。
迅の考えに大きく頷いた修は木虎に「先を急ごう」と話を促す。
***
修達が迅と合流した時、ミラの
「例の
「言ワレルマデモナイ」
――
ジャンプ台トリガー
狙うは唯一の肉親であった父親、空閑有吾を殺した三雲修を抹殺し、
宙を駆け上がった遊真は迷う事無く修達がいる地へと飛んで行く。
何人かのボーダー隊員が目撃するもあまりの速さに攻撃を当てる事が出来ずにいた。
最初の
***
遊真が修に接近する様子を見ていたハイレインは出番を待ち兼ねていた部下に命令する。
「……よし、頃合いだな。ランバネインとエネドラは東西に分かれて好きに暴れて来い。お前たちの目的はあくまで陽動だ。ラービットを倒せる戦闘員を出来る限り相手をしろ」
「了解だ、隊長」
「ハっ。やっと出番かよ。待ち疲れて昼寝するところだったぜ」
命令を下された二人、ランバネインとエネドラはミラの
二人が出撃したのを確認して、残っているウィザとヒュースに命令を下す。
「ウィザ翁とヒュースは金の雛鳥の確保。ユーマがオサムの相手をしている間に金の雛鳥を連れて来い」
「御意」
「彼との決着をつけたかったのですが致し方がありませんね。ご命令しかと承りました」
遅れてウィザとヒュースも出撃する。
その数分後に遊真が修に向けて
普通に考えればマザートリガーがブラックトリガーするのかよ、って思いますが練習――で許されますかね?