ソードアート・オンライン~resistance soldiers~ 作:沖 雄喜
再び目を開けた時、目の前に広がったのは長い間待ちわびた、剣の世界―――――ではなく、無機質な暗い電子空間のような場所。
想像したものとは何もかも違う風景であるが、はやる気持ちを抑えて冷静になると、簡単に答えに行きつく。
「これは…ああ、初期設定画面か」
良くよく考えればあの幻想世界に映る自分、俗にいうアバターの設定も何も決めていない、この状態で先に進めるわけがない。
【キャラクターネームを 入力してください】
そんな栄治の答えに確証を持たせるようにこれまた無機質で機械的な声が耳に入り手元にバーチャルキーボードが出現した。
そのキーボードに栄治は予め決めておいた、他のゲームでも慣れ親しんだキャラクターネームを丁寧に入力していった。
「えーと…j,u,n,k、っと」
junk(ジャンク)、栄治はいつごろからかインターネットではこの名前を使うことが多くなった。使うようになった理由は忘れたが、親から授かった名前の次に身近な名前である。
【キャラクターネーム、junkが入力されました……キャラクターネーム、junkが承認されました】
幸い、自分に先立ちこの名前を使用していたプレイヤーはいなかったようでそのあともアバターの設定を次々と済ませていく。
そしてアバターの設定をすべて済ませると、最後の無機質なアナウンス。
【すべての設定が終了しました それでは 剣の世界へ…】
その言葉と並行して今度は周りの空間が真っ白になり、そこに一つの英文が表示された。
【Welcome to Sword Art Online】
「いよいよか…!」
ついに、待ちわびたあの剣の世界へ…
気持ちを抑えられない栄治=ジャンクを飲み込むように、空間の白さは輝きを増した。
次に目を開けたとき、視界に広がったのは長らく待ちわびた光景だった。
足元には石畳が広がり、周りを見渡せば中世のヨーロッパ――と言っても彼が真っ先に思い浮かべたのは有名なローマを舞台にした映画だったが――を思わせる風景、そして目の前にはたくさんの人、そしてその数は時間を追うごとに青い光と共に増えていく。
その、非現実的でありながら現実のように幻想的な世界の風景にジャンクはただただ感嘆の聞こえざる声をあげていた。
ついに、ついにやってきたんだ…SAO、ソードアート・オンラインの世界へ!!
この美しき幻想の世界に足を踏み入れたことへの感動に一通り浸ったのち、ジャンクはスタート地点である中央広場から露店が立ち並ぶ路地裏へと歩を進めた。
もちろん、この路地裏も自分と同じことを考えたプレイヤー達と露店を開くNPC達の声によって大いに賑わう。
その賑わいの中、左右をキョロキョロと確認しながらいかにも何かありそうな裏路地へと進むと、さまざまな剣を軒先に並べた店を見つけることができた。
「とりあえず、武器を買っておこうかな。」
SAOにおいて、剣という武器はなによりも大事だ。この世界では子供だろうが大人だろうが、現実世界では裕福な家庭に生まれた御曹司だろうが総理大臣であろうが人気のアイドルであろうが、自分のように工場で働きながら暮らすごくごく普通の若者であろうが関係ない。最初はみな平等でありその中で自分というものを飾り、確立していくためにはこの「剣」という武器が何よりも重要だ。
このゲームはこの手のMMORPGにしては珍しく「魔法」というものが存在しない。
従って敵と対峙したとき、攻撃するための手段はほぼこの剣という武器、厳密に言えば斧や槍などの武器や体術も存在するらしいが、それらに依存することになる。
店先に並んだ剣の中からジャンクは悩んだのちに片手用曲剣の中でも比較的反りの少ない剣を購入した。
これを右手でステータス画面を呼び出し、背中に装備する。
背中から伝わる、ややずっしりとした重み。通勤で背負うリュックとはまた違う重みを感じながらその剣を納める鞘から引き抜き、構えてみるとその輝きに思わず「おお…」と感嘆の声が漏れる。
こうなれば次に湧き出てくる衝動は一つだった。
「これでモンスターと戦って倒したら…楽しいんだろうな。」
剣を振るい、戦ってみたい。まるでおもちゃを与えられた子供のような感覚を懐かしくも思い出しながら、ダンジョンに歩を進めることにした。
「はああああ!」
剣を突き出すようにイノシシのようなモンスター・フレンジーボアにエフェクトとともに突っ込み、突き刺し撃破する。
ジャンクがダンジョンに出ていくらか経ち、ソードスキル―――この世界における剣を使った必殺技―――の発動にも慣れて来たようだ。
ふとちょっと遠くを見ると、頭にバンダナを巻いた男がもう一人のプレイヤーとともに同じくフレンジーボア相手にソードスキル・リーバーを発動させ勝利していた。
まるで強敵を倒したような喜びようだ。残念ながらこのモンスターは序盤の雑魚キャラなのだが、その気持ちはわからなくもない。
自分の体で剣を振るい、モンスターを倒す。子供の頃、特撮やゲームを見て憧れたような世界が今、仮想のものとはいえほぼ現実のものとなっているのだ。誰とて興奮しないわけがない。
などと考えていたら、二人組の近くにいたフレンジーボアが1体、こちらに向かって突進してきた。
二人組の視線もこちらに向く中、冷静に攻撃をいなし、撃破してみせると二人組はジャンクの元に歩み寄ってきた。
「やるねえ、アンタ!」
「少なくともクラインよりは上手いな。」
「おいおい、ハッキリ言うなよ。あ、俺はクライン、そんでこっちがキリト。よろしくな。」
「どうも。僕はジャンク。よろしく。」
話しかけてきたのはさきほど曲剣を振るっていたバンダナの男クラインとそれに付き添っていた片手剣持ちの青年キリト。
話を聞くにβテスターらしきキリトにクラインが教えを乞うていた途中だったらしい。
なんだかんだで意気投合した3人はその後もフレンジーボアを狩り続け、気づけば辺りは夕暮れのオレンジ色に染まっていた。
「あーっ、狩った狩った!こんだけ倒せばさすがにソードスキルも慣れちまったなぁ!」
疲れたように地面に座ったクラインがやや大声で口を開く。
「しかしまあ、この世界を作ったやつはホント天才だよなぁ。」
「ああ、この世界はこいつさえあればどこだっていける。仮想世界なのに、現実より生きてる気がするよ。」
「現実より生きてる…ねぇ。あながち間違ってないかもな。」
剣を手に、キリトとジャンクは感慨深く言った。
「あー、もう5時回ってんのか。宅配ピザの注文5時半に設定してたんだっけ。悪い、俺一旦落ちるわ!お前らはどうする?」
メニューウインドウの時計を見ながら、クラインはすっと立ち上がる。
「そうだな…俺はもうすこし奥のダンジョンに行こうかと思ってたけど、ジャンクは?」
「うーん、僕もなんか腹減った気がするし、一旦落ちて軽く夕食でも食べようかな。」
「そうか、じゃあ俺も一旦ログアウトするか。」
そう言ってメニュー画面を開くと、後ろからクラインの声がした。
「あれ…おかしいな?ログアウトボタンがねぇぞ?」
その声に反応したキリトが自分のメニュー画面を操作する。
「そんなわけないだろ。良く見て見ろって…」
「…いや、やっぱりどこにもねえぞ」
クラインがやや首をひねる。
「キリト、僕のメニューにもログアウトボタンが見当たらないようだ。」
「俺もだ…どうやらクラインだけじゃないみたいだな。」
ジャンクもキリトも自分のメニューを探してみたが、クライン同様、あるはずの場所にログアウトボタンは見当たらない。
キリトがGMコールをしても返事は返ってこない。
「なんだこれ?バグかぁ?」
「そうかもね。でもそうなると厄介だな。確かナーヴギアってこっちから自発的に回線を強制切断する方法ってなかったよね?」
「ああ、ログアウトが出来ないとなると、誰かに外からナーヴギアを外してもらう以外、この世界から出る方法はないはず。」
キリトは神妙な面持ちで言った。
しかし妙だ。サービス開始初日にこんな重要なバグが発生したとして、運営からのアナウンスは一切無い。開始からある程度時間が経ちログアウトしようとしたプレイヤーがいないということは考えづらく、運営に問い合わせたプレイヤーがいない=この不具合に運営が気づいていないということはまず無いだろう。
問い合わせが多くてGMコールがパンクしたとしても、運営アナウンスと言う形でプレイヤー全員に事態の状況を説明してもいいはずだ。
考え込むキリトとジャンクの後ろではクラインが宅配時間を過ぎたピザを惜しむ声が聴こえた。
その時だった。突然、鐘の音が響き渡った。
そしてその鐘の音がなる中、3人の体が光に包まれ、消えていった。