激闘の果てに、ついに遠征選抜に選ばれた三雲隊隊長三雲修。
迫る選抜をクリアするために一層の訓練に励んでいた彼だが、そんなある日先輩隊員の迅悠一に一つ助言を言い渡される。

「明日来る奴に鍛えてもらえればこの先ずっと楽になるはず」

驚き、その人はどういう人物なのかと問う修。
迅曰く、その人物は二年前にたった一人でB級ランク戦一位の成績を修めた人物で――――。


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短編と言う名の書き逃げ
作者さまの快復をお祈りします


ワートリ 主人公最強系

走れメロス。

教科書に載っている教材の一つである。

悪人なのか善人なのか良く分からないメロスが、ただひたすらに走るお話である。

 

「メロスは故郷から戻る途中、不運にも激流に阻まれ、山賊に狙われ、ついには心折れてしまいました。みなさんはこのメロスのことを情けないと思いますか? それとも――――」

 

「うぉ……」

 

足元で確かな振動。

一瞬地震かと思いつい声が漏れてしまう。

 

「どうかしましたか?」

 

「いえ」

 

バックの中の携帯が振動した。

幸いにも周囲にばれる程の大きな音を鳴らしたわけではなく、気づいたのは自分一人の様だった。

そのことに安堵の溜息を吐いて、黒板の文字をノートに書き写す作業に戻った。

 

 

 

 

 

 

授業を終え放課後になり、下校中にようやく携帯を確認する暇が出来た。

見ると、先ごろの振動は迅さんからのメールだった。

 

今度玉狛支部に来ないか?と言う内容だった。

来年に受験を控えなかなかに忙しい昨今、行く気などサラサラなく「無職には分からないかもしれませんが」と一文を添えてその旨を送り返した。

 

返事はすぐに来た。

 

「明後日近くまで来るでしょ? その時寄ってくれないかな。レイジさんが昼食にパスタご馳走してくれるから」

 

しつこいと内心思った。

断っても断っても執拗にメールを送ってきそうな感触だった。

伝家の宝刀「俺のサイドエフェクトが言ってる」を抜かれるまでそう間もないことが分かった。

 

根負けしたことを自覚しメールを打つ。

 

「トマトは飽きたんでそれ以外でお願いします」

 

果たしてこれは予知通りなのだろうか。

その疑問は送って数秒立たずに返ってきたメールを見て予知通りなのだろうなと確信に変わった。

 

「了解。手土産はいらないからね」

 

 

 

 

 

 

 

翌々日。

手土産はいらないと言われた物の、跳ねっ毛になんと言われるか分からなかったため、とりあえずどら焼きを買ってきた。

このどら焼きは玉狛支部では「良いところのどら焼き」として親しまれていると随分前に迅さんが言っていた気がする。

それを川沿いを歩きながら思い出した。

 

どういう理由か川のど真ん中にある玉狛支部。

水辺は不衛生じゃないのかなと言うのが第一印象だった。

カビとか凄そう。

 

古臭い扉の古臭い呼び鈴を押す。

リンゴーンと重厚な音が鳴った。

 

少しも待たずに開いた扉。

そこには詳細不明の動物に乗ったお子様がいた。

 

「何者だ」

 

ヘルメットの下からキランと星ひかる。

何だか知らないが貫禄のある人物を演じているらしい。

しかし何故か装着しているマスクのおかげで可愛らしくはあっても貫禄はない。

 

「迅さんは居るか?」

 

「迅は朝早くから出かけた。それよりもお前は何者だ」

 

「他に誰かいないのか」

 

「他にコナミがいる。お前は何者だ」

 

どうやら遊んでほしいらしい。

 

「こう言う者だ」

 

どら焼きの入った紙袋を差し出す。

お子ちゃまはすごすごと受け取り中身を確認した。

 

「こ、これは……!!」

 

大げさに驚くお子ちゃま。

俺は無言でうなずいた。

 

「お前、どら焼き屋さんだったのか」

 

「そうだ」

 

「どら焼き屋さんが何の用なのだ」

 

「玉狛支部に定期的にどら焼きを卸す件について責任者と話をしに来た」

 

「つまり……?」

 

「食べ放題」

 

感激したお子ちゃまは動物から降りへへーとひれ伏した。

その間に「お邪魔するぞ」と敷居をまたぐ。

廊下を抜け茶の間に入るとコナミ先輩が赤いエプロンを着て掃除をしていた。

忙しそうにあっちへこっちへと動き、はたきで天井の埃を落している。

落ちた埃は、床に棚にテーブルにと節操なく溜まっていく。

 

暫しその様子を眺めていると一段落したらしくコナミ先輩は汗を拭う。

そこでようやく俺を見つけ眉を吊り上げた。

 

「あ。あんた何でいんのよ」

 

「呼ばれました」

 

「……手伝ってくれるの?」

 

はてと首を傾げる。

呼んだ張本人は居らず、なぜ俺がここに居るのか俺は分からない。

昼食をご馳走してくれるそうだが、もしかしてお礼的な意味合いで言ったのだろうか。

 

「まあ、はい」

 

「ほんと? じゃあこれ!」

 

渡されたバケツと雑巾。

床を拭けばいいのだろうかと足元を見るが、先に掃いた方が良さそうだ。

箒はないのかと先輩をねめつけた。

 

「窓拭いて。落っこちないように気を付けなさいよ」

 

「はい」

 

俺は窓べりをまたいで座り雑巾を絞る。

拭いてみると外側は結構汚かった。

 

「陽太郎ー、どこ行ったのー?」

 

コナミ先輩はお子ちゃまを探して部屋を出て行った。

窓を磨きながら自分の状況を思う。

 

ちょっと早く来すぎたかな。

そう思って時計を見れば昼の11時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をしているんだ?」

 

「掃除です」

 

11時も半ばを過ぎ、レイジさんが帰ってきた。

どうやら買い出しに行っていたらしく食材の入ったエコバックを両手に持っている。

 

レイジさんは俺の答えを聞きコナミ先輩に向き直った。

 

「どうして掃除をしているんだ?」

 

「え、どうしてって……。だってスポンサーが来るんでしょ?」

 

「なに?」

 

コナミ先輩曰く、「今日来るお客さんはボーダーのスポンサーだから、綺麗にして迎えないと!」と言う事らしい。

 

「客が来るとは聞いたが、スポンサーが来るとは誰が言ったんだ」

 

「とりまる」

 

また騙されたのか。

俺は窓を磨きながら思った。

レイジさんは溜息を吐いた。

 

「スポンサーは来ない。それは京介のウソだ」

 

「え」

 

先輩は固まった。

 

「じゃ、じゃあ、一緒にどら焼き屋さんが来て、話し次第じゃどら焼き食べ放題っていうのも……!!」

 

「紛うこと無きウソだ」

 

その話には聞き覚えがあった。

お子様を見るとショックを受けた顔でコナミ先輩と並び立っていた。

表情はどっちもどっちの酷さだった。

陽太郎は叫んだ。

 

「嘘を吐いたのかヤヨイ!!」

 

「あれはお遊びの話だったはずでは?」

 

「あんた嘘吐いたのね!!」

 

「しらん」

 

面倒とそっぽを向けばコナミ先輩はすぐ近くに迫っていた。

レイジさんに襟足掴まれ制止させられている。

さすがに、身を半ばまで外に投げ出している人間への暴力は危ないという判断だった。

この時期の川水はさぞや冷たいだろうな。

 

「掃除は止めだ」

 

「もう最後までやりません?」

 

「……俺は構わんが、コナミはもうやらないと思うぞ」

 

随分と落ち込んだ様子でそそくさと片付け始めているコナミ先輩。

そんなに期待していたのか。

 

「陽太郎」

 

「なんだ」

 

「さっきのどら焼きはどこに?」

 

「ここに」

 

正体不明の動物が咥えている紙袋。

今更だが、この動物の名前は雷神丸と言うらしい。

 

「コナミ先輩、いいとこのどら焼きありますよ」

 

「え、ほんと!?」

 

「ほんと」

 

どら焼きを差し出すと沈んでいた表情が一転輝いた。

素直な人は扱いやすい。

 

早速食わせてやろうと取り出したそれをレイジさんが横から奪って行った。

 

「ありがたいが、これはおやつまで取って置こう」

 

「ええ、そんな!?」

 

「今から昼飯だぞ」

 

「でも時間かかるでしょ!?」

 

「一時間もかからん」

 

紙袋を台所に持っていくレイジさん。

追う雷神丸と陽太郎。しかし筋肉に阻まれてすぐに帰ってきた。

眦に涙一粒浮かべながらも気丈に陽太郎は言った。

 

「どら焼きは今日のおやつだ」

 

「当然じゃないか?」

 

取りあえずそう言っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、ヤヨイ君! 元気にしとったかねえ?」

 

「ぼちぼちです」

 

正午を過ぎ、徐々に支部に人が増えてきた。

茶をすすりながらパスタを待ち焦がれる。

横で栞さんは眼鏡族勧誘に余念がなく、メガネの有用さについて延々語ってくれた。

 

「眼鏡はファッションなのですよ」

 

「そうですね」

 

「眼鏡を付けた自分と付けない自分、どっちも良くてどっちも捨てがたい。そうでしょ?」

 

「ですね」

 

「眼鏡一つでファッションの幅が広がる。これ以上ないアドバンテージです」

 

「まさしく」

 

「どうかねヤヨイ君、眼鏡かけて見んかね?」

 

「結構です」

 

会うたびに勧誘される。別に目は悪くないのだが。

 

いよいよテーブルに海鮮系のパスタが並び、昼食にありつけると言う所で烏丸先輩がやってきた。

 

「なんだ、もう来てたのか。早いな」

 

「いつごろ来ると思ってました?」

 

「迅さんは一時頃って言ってたぞ」

 

「読み違えたんでしょう」

 

俺は一口パスタを食べる。

美味しかった。その旨レイジさんに伝える。

 

「なによりだ」

 

「これ食べたら帰りますけど、それまでに迅さん帰ってきますか?」

 

「わからん」

 

「例え帰ってこなくても俺は帰りますよ」

 

レイジさんはただ「そうか」とだけ言った。

それから間もなくしてまた来客が現れた。

 

黒髪眼鏡を筆頭に白チビ、チビ少女、外国人が現れた。

 

「……こんにちは」

 

「こんにちは」

 

眼鏡が嫌に緊張した面持で挨拶してくる。

何故汗をかいているのかは分からない。

 

その四人を見て「来たか」とレイジさんは呟いた。

その横で栞さんが立ち上がり、上機嫌に一人ひとり紹介してくれた。

順に三雲修、空閑遊馬、雨取千佳、カナダ人のヒュース。

玉狛支部のメンバーらしい。

 

なんでも最近結成したばかりにして遠征選抜を受ける程の腕前なのだとか。

凄いですねと率直に言っておいた。

 

「それでヤヨイ君にお願いがあるんだけど」

 

「ほう」

 

「この修くんを鍛えてあげてほしいの」

 

「ほう?」

 

当の眼鏡を見る。

緊張と不安とで表情が強張っている。

真面目そうな人だ。

 

「皆さんで鍛えてあげればいいのでは?」

 

「うん、当然みんなで鍛えてるんだけどね。迅さんがね」

 

野郎の暗躍か。

俺はパスタを頬張った。

 

「ヤヨイ君に鍛えてもらった方がいいって言うんだよね、真意は分からないけど」

 

「どうせ適当言ってんのよ、迅ってそう言う奴でしょ」

 

眼鏡を見る。

俺の視線を受けた眼鏡は一瞬動揺したが、すぐに決意に燃ゆる目で見返してきた。

 

なんか意思の硬さやばそう……。

 

俺はその眼を見つめながらはっきりと言った。

 

「お断りします」

 

がっくりと栞さんが脱力した。

 

「まあそうだよね。いきなり言われてもそうなるよね」

 

「……ヤヨイ、俺からも頼む。鍛えてやってくれないか?」

 

今度は烏丸先輩の番だ。

イケメンクールの無表情に気圧される。

 

「修は俺の弟子なんだ。迅さんが意味もなくこんなことを言うとは思えない。多分大事なことのはずだ」

 

「そうですね」

 

コナミ先輩がやさぐれたように「どーだか」と呟いた。

レイジさんにはたかれる。

 

「なにすんのよ、レイジさん!」

 

「お前は昔のことをいつまでも引きずりすぎだ」

 

「う……っ。ひ、引き摺ってなんか……」

 

そんな二人を尻目に白いちびっこが口を開く。

 

「なあ、修を鍛えるのに何かダメな理由があるのか?」

 

「正直に言えばだるい」

 

「……嘘は言ってないね」

 

何だか含みのある言い方だ。

怖いな。あの赤い目怖い。

 

「バトンタッチ」白い子がそう言い、今度は小さい女の子が口を開いた。

 

「あの、どうしてもだめかな? 私からもお願いします」

 

「だるい」

 

「うぅ……」

 

女の子の困った顔はずるいしカナダ人の目力は凄い。

無言の圧力は城戸さんに匹敵しそうだ。でも心は動かされない。

 

ようやく眼鏡本人が口を開いた。

 

「君にとってはただ面倒なだけかもしれない。けど僕にとっては大切なことなんだ。出来る限りお礼はする。だから僕を鍛えてください、お願いします!」

 

「だるい」

 

お礼という言葉が出てきてしまい、つい即答してしまった。

眼鏡の言葉は表情と一緒で無駄に深刻めいている。

 

考え込み黙ってしまった眼鏡を差し置いて、コナミ先輩が「それしか言えないのあんた?」と口を挟む。

変わらず「だるい」と言った。そしたら背後から羽交い絞めにされた。

決して煽ってるわけではないんですと弁明を余儀なくされた。だるいです。

 

必要以上にシリアスに眼鏡は言う。

 

「あの、どうしてもだめか?」

 

「俺にメリットがないです」

 

「メリット……」

 

俺は頷いた。

 

「来年に受験を控えていて忙しいんです。あなたを鍛えるとなると相応の労力と時間を割かないといけない。どうしてもって言うならそれに見合うメリットを提示してほしい」

 

「あんた、一丁前に交渉しようってわけ?」

 

「立場は俺の方が上なんで」

 

「生意気……!」

 

首を絞める腕に力が込められる。

今のうちからタップしておこう。

 

おずおずと女の子が言った。

 

「お、お金とか?」

 

「俺別に貧乏じゃないんでいらない」

 

まさかこんな展開になるとは思っていなかったらしい。

誰からも二の句はなくレイジさんたちは静観している。

考え込む眼鏡を見て、予知馬鹿は何をやっていたんだと少々の疑念が生じた。

野郎なら適当なアドバイスの一つも送ってそうだが。

 

頭の後ろで腕を組んでいた白チビが口を3の字にしながら尋ねてきた。

 

「ヤヨイが言いたいのはつまり、修を鍛えたいって思わせてみろってことか?」

 

「まあそうだ」

 

「修の事知れば鍛えたくなる?」

 

「それはしらんが、取りあえずだるいな」

 

「ふうむ……」

 

椅子に座ってなお俺と白チビは同じくらいの目線の高さだ。

窺うように見つめてくる白チビに俺はさて、何を言ってくるかと少しドキドキした。

 

「じゃあ賭けはどう?」

 

「……ふむ」

 

白チビはいよいよ好戦的な雰囲気を隠すことなく笑っている。

まあこの後の展開は大体想像できた。

 

「賭けの内容は?」

 

「俺とヤヨイが戦って俺が勝てば修を鍛える」

 

「なるほど」

 

自信満々に白チビは言ってのけた。

横で眼鏡が何言ってるんだと驚いている。

予定調和ではなさそうだ。

 

「一つ聞きたいんだが、俺のログを見たか?」

 

「いや見てないよ」

 

「ほう」

 

まあ見ててもあまり関係ない。

最新で一年前のログしかないし。

そもそも、もっと根本的に無理だ。

 

「残念だが、それは出来ない」

 

「なんで?」

 

「トリガーを持ってない」

 

「はあ!?」

 

コナミ先輩が背後で声を上げた。

 

「あんたトリガー本部に預けっぱなしなの!?」

 

「そうです」

 

「だから大規模侵攻の時あんた来なかったのね!!」

 

頬を引っ張りながら過去のことを追及される。

 

「全隊員に召集かかってたでしょうがぁ!!」

 

「ネイバー乗り越えて本部に辿り着くのは無理と言うかいひゃいいひゃい」

 

「それでもどうにかするのがボーダー隊員よ!」

 

今度はレイジさんも止めてはくれない。

侵攻の時に駆けつけなかったのがそんなに腹に据えかねていたか。

前もって教えてくれていればもっとやりようはあったよ。

 

と、諸悪の根源について考えていると反応あり。

 

「やっほー、皆さん。実力派エリート迅悠一きましたよー」

 

ようやく呼んだご本人が到着した。

迅さんは来るなり俺とコナミ先輩の距離感を揶揄した。

 

「おおー、仲良いなお前ら」

 

「うっさいわよ」

 

迅さん出現でようやく頬から手が放された。

赤くなっては無かろうか。

 

「迅、あんたからも言ってやりなさい。こいつ修鍛えるの嫌だって言うのよ」

 

「マジで?」

 

「まじよ、まじ」

 

迅さんはさして驚いてもなさそうな調子だった。

 

「でも、眼鏡くんたちも頼んだんだろ?」

 

「だるいって一蹴されたわ」

 

「へえ」

 

迅さんの目が白い子に向いた。

白い子は面白くなさそうに口を開く。

 

「勝負して決めようと思ったけど、ヤヨイがトリガー持ってなくて無理だった」

 

「なるほどねえ」

 

迅さんが俺の目の前にゴトリと一つトリガーを置いた。

見た目こそ汎用のそれだが、いやに見覚えがある。傷とか、なんか見覚えがある。

 

「じゃあこれで解決だ」

 

ニヤリと厭らしく笑う迅さん。

その意味を悟って白チビは眼を輝かせる。反対にレイジさんの表情が引き攣った。

 

「…………人のトリガー勝手に持ち運ばないでもらえます?」

 

分かっていたことだけど、苦言はあまり響かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玉狛支部には本部と同様の模擬戦闘ルームが完備されている。

今、モニターの前にヤヨイと遊馬を除いた面々が顔を突き合わせていた。

これから始まる二人の戦いを観戦するために。

 

モニターを覗く面々各々やいのやいのと会話している。

倣うようにその背後で鳥丸が迅に話しかけた。

 

「迅さん」

 

「ん?」

 

「遊馬が勝つんすか?」

 

「んー……どう思う?」

 

「……」

 

人を食ったように笑う迅に、烏丸は何も言わない。

代わりに小南が答えた。

 

「当然、遊馬が勝つに決まってるでしょ。誰が教えてると思ってるのよ」

 

背を反らし胸を張る小南。

小南自身№3攻撃手。そんな彼女に師事を受けている遊馬も№5相当と中々の猛者である。

そのことを考えると、小南の言葉もごもっともと言う感想を抱いて良い物だが、迅は生暖かく微笑むだけだった。

 

「レイジさんはどう思う?」

 

「……さあな」

 

明言を避けたレイジ。

つまらないとばかりヒュースが鼻を鳴らした。

 

「こんなつまらない戦いをなぜ俺が見なければいけない」

 

「あんた一応チームメイトでしょ。少しは遊馬を応援したらどうなの」

 

「どちらが勝つにせよ、そこの男の掌の上だ。どうせ勝者も分かっているのだろう」

 

睨まれた迅は「さあねえ」とあげせんを食す。

ぼりぼりと粗食する彼を修は何とも言えぬ表情で見ていた。

 

一体全体迅さんは何を考えているのか。

遠征に行く前にあのヤヨイと言う子に鍛えてもらおうと言ったのは彼だ。

その経験がこの先役に立つからと。

 

彼が言うにはもっと簡単に話が進むと言う事だったが、実際はそうでもなく取り付く島がない。

だと言うのに迅は何をするでもなく呑気に揚げせんを食べている。

これも予知通りなのだろうか。だとするなら、この戦いは遊馬が勝つことになるのか。

……本当にそうなのだろうか。

 

嫌な予感が胸中を駆け巡る。

 

「修」

 

「は、はい」

 

悩む修を烏丸がいつも通りの無表情に加え変に抑揚のない声で呼んだ。

 

「迅さんの予知があるから大丈夫だとは思うが、一応次の展開も考えておけ」

 

「次の展開……ですか……?」

 

「そうだ」

 

いよいよ戦闘が始まろうとしているモニターを眺めながら烏丸は続けた。

 

「遊馬が負ける展開だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

10本勝負を望んだ遊馬と3本勝負を望んだヤヨイ。

間を取って5本勝負で模擬戦闘することになった。

 

白いシンプルな訓練ルーム。その真ん中でヤヨイはトリガーを弄びながら言った。

 

「俺が使うのはスコーピオンとシールドだけだ」

 

遊馬は多少驚きながら、サイドエフェクトでウソの無いことを知る。

 

「どういうつもり?」

 

「早く終わらせたいんで」

 

攻撃手同士の戦闘ならば、さほど時間はかからず一本決まる。

距離を取ったり、変に策を練ったりせずに真正面から戦えばより早い。

ヤヨイの言いたいことはそういうことだが、遊馬にしてみれば舐められてるとしか思えない。

 

「ああ、状況によってはグラスホッパー使うかもしれない」

 

「ほう」

 

「苦戦すればバイパーも……うん……」

 

「ほう」

 

「カメレオンは……セットしてたかな」

 

「ほう」

 

そんなわけで、5本勝負第一戦スタート。

 

 

 

 

 

 

 

 

一戦目は互いに様子を見ていた。

 

攻撃はせず受けてばかりのヤヨイ。

一挙一動観察されてるのを自覚しながら、遊馬はある程度の距離を保って斬りかかった。

 

当然、それは受け止められる。

しかし競り合いになることはなく刃の上を受け流される。

 

(あんまり攻撃に熱心になると体勢を崩されかねないな)

 

遊馬は一度距離を置くことにした。

グラスホッパーで背後に跳ぶ。

追撃はしてこなかった。

 

ヤヨイは調子を確認するようにスコーピオンで空を切っている。

何度か空振って、ようやく遊馬に面と向かった。

 

「換装するのは久しぶりってわけ?」

 

「ああ。相変わらず違和感を感じる」

 

そう言いながら軽くジャンプするヤヨイ。

着地と同時に顔を顰めた。

 

「何もかも軽いんだな。身体も剣も」

 

まるで初めてトリオン体に換装した訓練生の様な口調だ。

おそらくはここしばらく換装していなかったのだろうが、しかしそれにしてもあまり慣れている様子ではない。

もしかして経験が浅いのか。二年以上前にボーダーに入隊していると言う話だが。

組織の中でどれだけ古株でも経験が浅ければ無意味だ。トリオン体の感覚に戸惑うような奴に他人を鍛えられるのだろうか。

 

遊馬は思ったがそれは心の中にしまっておいた。

その答えは、恐らくこれから分かるだろう。

 

「まあ、とっとと終わらせよう」

 

「勝つのは俺だよ」

 

「どっちでもいいが、易々負けるのは癪だ」

 

案外勝気だ。

遊馬はヤヨイから目を離さず、その一挙一動を見る。

さなか、唐突に、ヤヨイはスコーピオンを放ってきた。

 

顔目がけて投げられたそれを焦らずに弾く。

 

気付けばすぐ目の前まで接近するヤヨイ。

その左手にはすでにスコーピオンが握られている。

遊馬は両手にスコーピオンを構え迎え撃った。

 

十に満たない数を打ち合って、遊馬は自分が押されていること自覚した。

 

手数ではこちらが勝っている。

なのに左手一本のヤヨイを相手に防御一辺倒。

単純にヤヨイの方が攻撃が速いのだ。

 

ヤヨイの右腕はフリーだ。

新しくスコーピオンか、そうでなくても他のトリガーを使われれば勝負が決しかねない。

遊馬はわざと刃を滑らせ、体勢が崩れたように見せかけた。

ヤヨイは遊馬の首目がけてスコーピオンを振る。

 

その背後で遊馬の腕から奇策のブランチブレードがヤヨイの側頭部向けて伸びる。

完全に死角のはずだが、それはよりにもよってピンポイントシールドでに防がれた。

 

予測していたのか、はたまた別の要因か。

とにかく、引き分け狙いの策は防がれ、一戦目はヤヨイが勝利した。

 

 

 

 

真正面から打ち合えば不利である。

一戦目でそのことを学んだ遊馬はブランチブレード、モールグローを使っての搦め手とグラスホッパーを使っての機動戦に切り替えた。

 

絶えず死角を取るように移動し、その合間に攻撃を放つ。

グラスホッパーによって機動力に勝る遊馬。

殊勝にも、ヤヨイは先の宣言を守りグラスホッパーは使ってこなかった。

 

二戦目三戦目と連続で遊馬が取った。

 

来る四戦目。遊馬が勝てば賭けにも勝利と言う一戦。

遊馬はその戦いの最中、既視感を覚えた。

 

機動力を生かした攻撃。ブランチブレードを使っての絡め手。

その一切が通じなくなったのである。

 

それはまるで村上鋼と戦っているかのように、行動の一手一手に先手を打たれ、新しいパターンでの攻撃にすら対処され、かすり傷の一つも追わせられないまま遊馬は追い詰められ、落された。

 

最終戦。

初っ端からヤヨイはスコーピオンを突きの要領で伸ばしてきた。

遊馬は屈んで回避する。

 

屈んだところによもやのもう一本のスコーピオン。

シールドでガードする。

 

スコーピオンを二本つなげて鞭のように使う『マンティス』と言う技があるが、ヤヨイのそれは技と言えるほど高尚な物ではなく、ただ伸ばしただけだった。

スコーピオンは通常、伸ばせば伸ばすほど脆くなる。だからこそ『マンティス』は二本つなげて強度を補強しているのだが、ヤヨイのスコーピオンは遊馬のシールドで受けられても砕けなかった。

 

遊馬が受け切り動きを止めている間にもう一本のスコーピオンが襲い来る。

それもシールドで防ぐが、やはり砕けない。

 

伸びるスコーピオンで次の攻撃。

その一撃でようやくスコーピオンは砕けた。

 

舞うスコーピオンの破片。

その向こうで、掌に極大サイズのトリオンの弾丸を生み出しているヤヨイ。

まずいと遊馬は思う。

 

「フルガード!!」

 

「アステロイド」

 

シールドは意味を成さない。

物の一瞬で削り取られたシールド。

それでもまだ無数の弾丸が残っており、身を翻すことすらできず、遊馬は敗北した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝ちましたがなにか?」

 

勝利宣言に静まり返る訓練ルーム。

コナミ先輩は歯ぎしりしながら悔しそうに震えている。

 

それはとても気持ちの良い物だが、眼鏡の恐れ慄いた表情には何だか恐縮してしまう。

 

「一体、どんなトリオン量してるんだ?」

 

「現状№2」

 

最近誰だかに抜かれたらしい。

それはとても残念だが、本部の壁をぶち抜く強者と張り合おうとは思わない。

俺だってやろうと思えば出来る。そんな虚しい言葉は心の中にしまっておくに限る。

 

レイジさんが白チビに感想を求めた。

 

「どうだった遊馬」

 

「ふむ。強いことは強いけど、最後のはトリオンでごり押しだった。もう何戦かしないとよくわからん」

 

「そうか。ヤヨイはどうだ」

 

「強いですね」

 

白チビを横目に見ながら率直な所を言う。

 

「その年齢でその強さは本当に凄い。天才じゃないですか? 次の時代が来ましたね」

 

わなわなと震えていたコナミ先輩が当然よと機嫌を直した。

師弟揃ってへれっとしている。ちょろいな。

 

「そうか。……ちなみにヤヨイ。遊馬はお前より年上だぞ」

 

「え?」

 

「15歳だ。遊馬は」

 

まじまじと白チビを見る。

この見た目はどう考えても小学生だ。

 

隣にいる女の子と合わせて小学校中学年から高学年と言う所だ。

嘘つけおらと言いたいところだが、そんな折りに風間さんの見た目を思い出した。

見た目で判断するのはダメと学ばざるを得ないあの人のことだ。

 

「中学三年生?」

 

「いえす」

 

「まじっすか」

 

「いえす」

 

「こっちの子は……」

 

「中学二年生」

 

「まじっすか?」

 

「い、いえすです……」

 

取りあえず舐めた口きいた旨を詫びる。

気にするなとお許しを頂いた。ありがたや。

 

「じゃあもう帰りますよ」

 

「おっけー。また来いよー」

 

ぼりぼりと揚げせん食べながら迅さんは軽く言う。

良いのか。……良いの?

 

「…………」

 

「え、なに?」

 

皆で迅さんを見つめた。

誰もがお前何言ってんのと思っていた。

 

呼んだのお前だろ、おい無職と。

俺も思った。

 

「いいんですか?」

 

「うん。いいよ」

 

迅さんは眼を眇めながら俺を見た。

その眼は青空を思わせるブルーだった。

 

「未来はもう動いてる。俺のサイドエフェクトがそう言ってるんだ」

 

でた、伝家の宝刀。

これを言われては仕方がない。

まったく意味が分からないけど、こういう時はとっとと帰るに限る。

 

「じゃあ帰ります。お邪魔しましたー」

 

訓練ルームから廊下へと出る。

ひんやりとした空気が頬を撫でた。

 

そのまま数歩歩いたところでUターン。

 

閉めたばかりの扉をそっと開ける。

全員の視線を受けながら一言言った。

 

「良いところのどら焼き買ってきたんで皆さんでどうぞ食べてください」

 

言いたいことを言って確かな満足。

今度こそ帰ることにする。

 

帰り際、玄関わきに雷神丸が座っていた。

見つめ合い、近づき合い、そのお腹をモフモフする。

雷神丸は逃げない。むしろゴロンと寝っ転がってくれた。

 

暖かい肌。触り心地の良い毛並み。見た目はちょっと不細工だけどそこがまたいい。

日々蓄積される疲れが癒されるのを実感した。

 

アニマルセラピーの効能を体験し、思いがけず労力に見合うメリットを発見してしまった。

 

取りあえずUターンである。

 

 

 

 




最強をコンセプトに書きましたが多分最強じゃないです
その内続き書けたらいいですね


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