そっちはどうにか公開せずに済んだぜ。
ところで前作の主人公って、長月じゃ駄目なのかね?
アレ、主人公が誰、って決めて書いた作品じゃないのだけど。
誰が主人公かと問われれば、長月だ、と答えたい。
呉鎮守府の一角、建造ドッグ。数多の艦娘が生まれる場所。
建造を担当する艦である夕張と長月は、夕食を取っていた。
食事はポークビーンズとポテトサラダという満足のいくものであった。
最近は、建造もなく、多少は平穏であった。
とはいえ艦これユーザーが“ドロップ艦“と表現するであろう現象が起きているので、全く仕事がないという訳にはいかなかった。
それらの担当も、彼女たちの仕事であるのだ。
「彼女の調子はどうだ?」
「何も。特に変な所はないわね。艤装以外は、って所だけど」
「そうか」
ここ一番の問題は、呉鎮守府のカウンセラーの行方不明と、同時に発見された“神隠し”によって作られた特殊な艤装の艦。
同時期に他に行方不明になった人間がいないことから、呉のカウンセラーは妖精さんに浚われ、艦娘にされてしまった、と夕張たちは結論づけた。
これが鎮守府的には大問題であった。
おかげで兼正提督も、尾崎提督も大忙しだ。
夕張たちも今は忙しくはないが、いずれ作業に悩まされることになるだろう。
現在彼、いや、彼女は妖精さんの工房に安置されている。
「邪魔するわよ」
そんな中で、叢雲が現れた。
叢雲の長月たちとの関係は、たまに顔を見る程度の関係である。
かつて、叢雲は横須賀で建造を担当していたこともあり、関係はそれなり、といったところだろうか。
「叢雲か。どうした?」
「ん。ここの様子を見に来ただけよ」
「隠さなくていいわよ。彼女のことが心配なんでしょ?」
叢雲がカウンセラーと面識があることは、鎮守府の事情に特に詳しい二人の知るところである。
そして、どんなことで面識があるのかも当然のように知っている。
夕張の指摘に叢雲は渋い顔を作り、そっぽを向いた。
「否定はしないわ」
少し間をおいて、二人に向き合う。
「で、彼は何になったの?」
率直に、質問をした。
彼の、彼女の艦名は、何であるかと。
「多分、速吸」
「速吸?」
夕張は、洋上補給とカタパルトといった、彼女の艤装から判断した艦名を出す。
しかし、叢雲の聞きなれない、知らない艦である。
「カタパルト付の高速タンカーよ」
「叢雲が沈没した後の艦だな。知らなくても無理はない」
「ふーん」
叢雲が沈没したのが1942年、速吸が起工したのが1943年である。
そういった意味で、叢雲の知らない艦であるのだ。
「見てみる?」
夕張の提案に、叢雲はこくりと頷いた。
そうして、二人は妖精さんの工房へと足を運んだ。
長月は妖精さんの工房の中に入れないので、入り口で待機している。
立入れるこの二人が特別なのだ。
そこには、白ジャージ姿で辺りを見渡す、黒髪の少女の姿があった。
「あら、お目覚めね」
「えーと。おはようございます」
少女は軽く会釈をした。
それを見て、夕張も軽く頷く。
「調子はどう?」
「何と言いますか。まるで生まれ変わったようです。はい」
「まあ、確かに。その表現は正しいのだがな」
長月が独り言ちた。
「で、自分が何なのか、分かる?」
夕張が確認を取る。
自分が何の艦娘なのか、あるいは艦娘とは何なのか、自分でも分からない艦娘はたまにいる。
そうした意味もあり、この質問なのだ。
「航空機搭載給油艦、速吸です。ああ、艦娘ですよ。はい」
「当たりね」
「分かっているのならば話は早いな」
どうやら彼女は艦娘としての自覚があるらしい。
物分かりの良い艦はたまにいるが、彼女もそのようだ。
「どこまで、覚えている?」
そんな中、叢雲が問う。
「どこまでって、少なくとも、貴女のことは。叢雲さん」
「本当に珍しいわね」
夕張は驚いて口を開ける。
叢雲はさもありなん、といった態度を取っている。
「ともかく、提督に連絡だな」
問題解決のため、事務仕事やらなんやらが彼女たちを待っている。
長月が夕張をせかした。
「ちょっと。先生、いや、この娘と話をしたいのだけど、いい?」
夕張はそれを一瞥すると、気にせず工房の外へ足を向け、長月もそれに従おうとしている。
「構わんよ。私たちは速吸の問題や所属について、提督と話をする。その間、面倒を見てくれ」
そうして、残された二人の間に、沈黙が流れる。
「まずは。そうね。あなたが艦娘になるなんて、本気でどうかしているわ」
「私も考えた上で、ですよ」
「貴方はカウンセラーでしょ? 私は見捨てて、他の艦を救いなさい。その方が賢いわよ」
「私は、目の前の鑑を救ってこそ、カウンセラーだと思います」
それを叢雲は鼻で笑った。
「貴女にも、所属する家族や組織があるでしょうに」
「そうですね。そう言われると言い返せませんね。はい」
速吸は苦笑した。確かにこれで家族に会わす顔はないな。
とはいえ、そんなの倉橋佳樹にとっては元々だった。
カウンセラーになると決めたあの時から、元々の生活は捨てると決めていたのだから。
一番の問題は、自分はこれから嘗ての生活を送ることができないだろう、ということである。
カウンセラーを続けることも、正直できるかどうか分からない。
「でもやはり、艦娘のことは、艦娘にならないと分からないと思いまして」
ただそれでも。艦娘になることに、良き自身の道があるかもしれないと思ったのだ。
叢雲との出会いに、大事にしたいと思っていた。
その姿を見て、叢雲はため息をついた。
自分はとんだ馬鹿者に出会ってしまったのかもしれない。
「にしても、カタパルト搭載のタンカーって。艦娘としてアリなの?」
「そうは言われても。速吸は困ります。というか叢雲さんも、知らない艦娘がいるのですね」
「それは、いるわよ。私だって艦これの全てを知っている訳ではないわ。私が知るのは、精々、艦これ改までよ」
つまりは、アイオワや鹿島までが叢雲の知るところであったりする。
あと、駆逐艦辺りはちゃんと覚えているか怪しい。
まあ、それはともかく。
「で、艦娘になった気分はどう?」
それを聞いて、速吸は少し考える。
「まだ、良く分かりません」
艦娘の速吸としては、まだ戦ったこともないひよっこだ。
自身の特技である洋上補給だって、したことはない。
「ですが、分かったことがありますね」
叢雲に微笑みかける。
「こんな気分なのですね。艦の重みというものは」
「ふん。戦時生まれのタンカーが何を言っているのだか」
速吸、排水量20000t。叢雲、1980tである。
とはいえ、彼女たちの言う所の艦の重みとは、別の所であるのだが。
つまりは、積み重ねてきたものの重みだ。
「艦娘というのは、思ったよりも、はるかに重いものだと思うのですよ。叢雲さんもそう思いませんか」
叢雲はそれを聞いて黙る。
「少なくとも、自分はそう思っていたのだと思う」
叢雲は速吸を見つめる。
ニコニコ元気で、明るい艦娘だと思う。
彼女がそして、彼が何か悩みを抱えているとはとても思えない。
自分と同じ側の人間とは思えないのだ。
それなのになぜ、彼女は人を、そして自分を見つめるのだろう。
彼は自分を見つめていたのだろう。
「でも、自分を変える、というのは気分が良いものです。古い自分から抜け出し、新しい自分へと。それが、理想に近いものであれば尚更です」
そうして自分を指す速吸。
叢雲は困惑する。
彼も変わる必要が、本当にあったのだろうか?
彼はイケメンという訳ではなかったが、気のいい兄ちゃんみたいであったのに。
モテないことを自称するモテそうな奴、というのが叢雲の持った印象であったのに。
彼はどうして艦娘になることを受け入れたのか。
こればかりはどうしても分からないのだ。
「叢雲さんは、新しい自分へと変えた後に、幸せが訪れるのだと思っていたのですよね」
それは、図星だった。
「多分、そう」
恥ずかしくなり、目を逸らす。
「ですが、幸せというものは、そういうものではないと思うのですよ。何かをした後に幸せが訪れるのではなく、何かをしている時が幸せなのではないでしょうか」
速吸が思うに、彼女は行動の後に幸せを期待しているのは明らかだった。
銀河鉄道の夜の話をしたときもそうだ。
銀河鉄道の一時は美しいのに、彼女は現実に戻った時のことを気にしている。
それは違うのだ。
幻想の一時もまた、生きる世界の一つであり、今、ここであるのだ。
「例えば、運動をしている時に。ランナーズハイでもいいですが、幸せを感じませんか?」
叢雲は嫌な顔をした。
「その感覚は分からないわ。私も鬱病対策に運動はしているけど、大抵は辛いだけだから」
「では、ゲームではどうでしょうか」
視線を下げ、考える。
「それなら、分かる気がする」
ゲームをするのは楽しい。
現実から離れ、異世界へと旅立つ一時。
そこには素敵な人たちがいて、自分の心を癒してくれるのであった
それでも、それでも。そうであるのだが。
「でも、ゲームをした後に幸せがあるのではなく。ゲームをするのが幸せだと?」
視線を戻し、訴えかける。
こんなのを求めてはいないのだ。
「分からないわ。自分が求めているのは、何かの後に現れる幸福を。出会いが、その後の人生を左右してくれる程のものなのよ」
現実こそが自分の生きる世界であり、そこに私は幸福を求めているのだ。
こればかりは、どうしても譲れない主張なのだ。
「では、叢雲さんの幸せは、どんな形をしているのでしょう」
「私の、幸せ」
速吸は、首を傾げて聞く。
「どうある姿が、幸せであると言えるのでしょうか。速吸は叢雲さんの幸せに興味があります」
叢雲は、幸せ、幸せ、と呟き、自分に言い聞かせる。
「私は、どんな姿が、幸せであるかは分からない」
俯き、語り続ける。
「言ったと思うけど。私が好き勝手したって、それが認められるとは思わないから。そういう人って、極端に少ないでしょう? 好きなことで生きていくなんて、極一握りの成功者の言葉でしょう?」
「そうですね。はい」
好きなことで生きていく。なんと甘美な言葉だ。
大人たちはそれを子供たちに大いに語っているが、現実は厳しい。
多くの子供たちが、現実を知りながら、大人になっていくものだ。
「確かに、殆どの人は成功者ではありません。ほとんどの人は、どこかで妥協して、なあなあで生きているのでしょう」
成功者はいる。膨大な生存競争を潜り抜け、そして生まれる。
そうした姿は美しく映えるものだ。
しかし、その過程で多くの敗北者の機会を踏みにじっている。
そうした者たちは往々にして語られない。
いや、皆そうであるが故、語ることができないのだ。
「妥協できるのは、それはそれで幸せだろうけど」
しかし、それだけが人生ではない。
例え負け組の人生を送ろうと、幸せはそこらへんに転がっているものだ。
少なくとも、そのはずだったのだ。
「今の世界は、優しいです。かつてのように飢えで苦しむこともありません。嘗てのように、生きるためだけに、努力する必要があるというのは辛いことです」
速吸として過ごしたごく短い期間。速吸は戦争という地獄を知った。
そこはただ、生き残るための生存競争であった。
戦いであっさりと死んでいく兵士たち。
戦わなくとも病気やら事故やらで自然と死んでいく兵士たち。
そして、尽きることの無い敵と戦う、勝利の終わりが見えない戦い。
その中で速吸は生き、そして沈んだ。
期間は短くとも大きいその思いは、この身体の中に息づいている。
それを考えれば、同じ戦いの世でも、今の世は天国であろう。
少なくとも、簡単に死ぬことは、艦娘には存在しない。
「でも、それでも。優しい世界にいても、苦しみ続ける人がいることを、私は知っているのです」
「それが自分であると?」
それを聞いて、叢雲は速吸を睨む。
それでは、自分が弱者のようではないか。
「生きること自体が本来、戦いであったのです。ですが、彼らは、そのことを忘れていないだけなのです」
速吸はこの世の中において苦しむ彼らのことを、この時代における戦士だとおもうのだ。
どうしようもない現実と戦う、戦士であると。
それは弱者であれど、良く生きることを求める求道者たちなのだと。
その主張を聞いて、叢雲は口をつぐんだ。
工房の時計の針が流れる。
そして、叢雲が口を開いた。
これを言わなければ、と思いだしたのだ。
「いつ、どこで思ったかは、忘れてしまったけど。自分の幸せは、完璧な自分を演じることができれば、訪れると思っていた」
ぼそりぼそり、とこぼした。
「完璧な自分を? 人から見て、でしょうか」
「いいや。自分から見た、完璧な自分」
馬鹿らしいとは思うけど、叢雲はそう付け加えた。
「自分の紡いだ言葉が、人を動かせるのならば、素晴らしいだろう。自分の作った作品が、褒められ、称えられる。自分の歌った音楽が、人の心を共鳴させ震わせる。そうであれば、素晴らしいのだろう」
それは夢だったのだ。
この世界でちっぽけな自分が、世界を描き、変えるのだと。
叢雲はそう思っている。
「そして、これらは本当に難しい。極少数の人に対してはできるけど、大多数の人に向けては無理だ。皆の人気者であることが、自分の憧れではあったけど。今は、どうであれ苦しみがあると知って、そうは思えないのだけど。その志向だけは変わらない」
今の自分が、どうであるのかは分からない。
自分は社会の中で、十二分に狂ってしまった。
今の自分が、叢雲であるのか、正直自信がない。
こんな自分を見て、叢雲だと信じれる人が、かつての艦これユーザーの中で、どれだけいるのだろうか。
でも、こんな自分でも、叢雲であるところはあるのだと思っている。
「自分を、世界を律するのだと」
自身が誇りをもって、自身と世界を制しようとしているのだと。
それだけは叢雲であるのだと、自分は信じているのであった。
「そうして、生きていくのよ。これからもね」
自分でも嫌な生き方だと思う。
だが、自分だけでは、これが限界なのだ。
そんな生き方をして、今後どうなるのか。
わからないが、どうせろくなものではあるまい。
「これからも。出来ればですが。速吸も、叢雲さんと一緒に歩んでもいいでしょうか」
そんな叢雲に、速吸は微笑みかけた。
彼女としては、そんな叢雲がどうなるのか、とても興味があった。
「いいけど。私なんて、案外くだらないわよ」
互いに理解はできていない。
それでもここに、奇妙な信頼関係があった。
「ですが、そこに価値があるのではありませんか?」
彼女たちの生は続く。
何時まで続くかは誰も知らない。
それでも、彼女たちは生きようとするのであった。
そこに理由はない。だが、生きることとは、そういうものであるのだから。
これでお終い。