救済の技法   作:倉木学人

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気の迷いから設定集とか作って時間がかかったけど、
そっちはどうにか公開せずに済んだぜ。

ところで前作の主人公って、長月じゃ駄目なのかね?
アレ、主人公が誰、って決めて書いた作品じゃないのだけど。
誰が主人公かと問われれば、長月だ、と答えたい。


14.BERSERK -Forces- (TV version)

 呉鎮守府の一角、建造ドッグ。数多の艦娘が生まれる場所。

 

 建造を担当する艦である夕張と長月は、夕食を取っていた。

 食事はポークビーンズとポテトサラダという満足のいくものであった。

 

 最近は、建造もなく、多少は平穏であった。

 とはいえ艦これユーザーが“ドロップ艦“と表現するであろう現象が起きているので、全く仕事がないという訳にはいかなかった。

 それらの担当も、彼女たちの仕事であるのだ。

 

「彼女の調子はどうだ?」

「何も。特に変な所はないわね。艤装以外は、って所だけど」

「そうか」

 

 ここ一番の問題は、呉鎮守府のカウンセラーの行方不明と、同時に発見された“神隠し”によって作られた特殊な艤装の艦。

 同時期に他に行方不明になった人間がいないことから、呉のカウンセラーは妖精さんに浚われ、艦娘にされてしまった、と夕張たちは結論づけた。

 

 これが鎮守府的には大問題であった。

 おかげで兼正提督も、尾崎提督も大忙しだ。

 夕張たちも今は忙しくはないが、いずれ作業に悩まされることになるだろう。

 

 現在彼、いや、彼女は妖精さんの工房に安置されている。

 

「邪魔するわよ」

 

 そんな中で、叢雲が現れた。

 叢雲の長月たちとの関係は、たまに顔を見る程度の関係である。

 かつて、叢雲は横須賀で建造を担当していたこともあり、関係はそれなり、といったところだろうか。

 

「叢雲か。どうした?」

「ん。ここの様子を見に来ただけよ」

「隠さなくていいわよ。彼女のことが心配なんでしょ?」

 

 叢雲がカウンセラーと面識があることは、鎮守府の事情に特に詳しい二人の知るところである。

 そして、どんなことで面識があるのかも当然のように知っている。

 

 夕張の指摘に叢雲は渋い顔を作り、そっぽを向いた。

 

「否定はしないわ」

 

 少し間をおいて、二人に向き合う。

 

「で、彼は何になったの?」

 

 率直に、質問をした。

 彼の、彼女の艦名は、何であるかと。

 

「多分、速吸」

「速吸?」

 

 夕張は、洋上補給とカタパルトといった、彼女の艤装から判断した艦名を出す。

 

 しかし、叢雲の聞きなれない、知らない艦である。

 

「カタパルト付の高速タンカーよ」

「叢雲が沈没した後の艦だな。知らなくても無理はない」

「ふーん」

 

 叢雲が沈没したのが1942年、速吸が起工したのが1943年である。

 そういった意味で、叢雲の知らない艦であるのだ。

 

「見てみる?」

 

 夕張の提案に、叢雲はこくりと頷いた。

 

 そうして、二人は妖精さんの工房へと足を運んだ。

 長月は妖精さんの工房の中に入れないので、入り口で待機している。

 立入れるこの二人が特別なのだ。

 

 そこには、白ジャージ姿で辺りを見渡す、黒髪の少女の姿があった。

 

「あら、お目覚めね」

「えーと。おはようございます」

 

 少女は軽く会釈をした。

 それを見て、夕張も軽く頷く。

 

「調子はどう?」

「何と言いますか。まるで生まれ変わったようです。はい」

「まあ、確かに。その表現は正しいのだがな」

 

 長月が独り言ちた。

 

「で、自分が何なのか、分かる?」

 

 夕張が確認を取る。

 自分が何の艦娘なのか、あるいは艦娘とは何なのか、自分でも分からない艦娘はたまにいる。

 そうした意味もあり、この質問なのだ。

 

「航空機搭載給油艦、速吸です。ああ、艦娘ですよ。はい」

「当たりね」

「分かっているのならば話は早いな」

 

 どうやら彼女は艦娘としての自覚があるらしい。

 物分かりの良い艦はたまにいるが、彼女もそのようだ。

 

「どこまで、覚えている?」

 

 そんな中、叢雲が問う。

 

「どこまでって、少なくとも、貴女のことは。叢雲さん」

「本当に珍しいわね」

 

 夕張は驚いて口を開ける。

 叢雲はさもありなん、といった態度を取っている。

 

「ともかく、提督に連絡だな」

 

 問題解決のため、事務仕事やらなんやらが彼女たちを待っている。

 長月が夕張をせかした。

 

「ちょっと。先生、いや、この娘と話をしたいのだけど、いい?」

 

 夕張はそれを一瞥すると、気にせず工房の外へ足を向け、長月もそれに従おうとしている。

 

「構わんよ。私たちは速吸の問題や所属について、提督と話をする。その間、面倒を見てくれ」

 

 

 そうして、残された二人の間に、沈黙が流れる。

 

「まずは。そうね。あなたが艦娘になるなんて、本気でどうかしているわ」

「私も考えた上で、ですよ」

「貴方はカウンセラーでしょ? 私は見捨てて、他の艦を救いなさい。その方が賢いわよ」

「私は、目の前の鑑を救ってこそ、カウンセラーだと思います」

 

 それを叢雲は鼻で笑った。

 

「貴女にも、所属する家族や組織があるでしょうに」

「そうですね。そう言われると言い返せませんね。はい」

 

 速吸は苦笑した。確かにこれで家族に会わす顔はないな。

 

 とはいえ、そんなの倉橋佳樹にとっては元々だった。

 カウンセラーになると決めたあの時から、元々の生活は捨てると決めていたのだから。

 

 一番の問題は、自分はこれから嘗ての生活を送ることができないだろう、ということである。

 カウンセラーを続けることも、正直できるかどうか分からない。

 

「でもやはり、艦娘のことは、艦娘にならないと分からないと思いまして」

 

 ただそれでも。艦娘になることに、良き自身の道があるかもしれないと思ったのだ。

 叢雲との出会いに、大事にしたいと思っていた。

 

 その姿を見て、叢雲はため息をついた。

 自分はとんだ馬鹿者に出会ってしまったのかもしれない。

 

「にしても、カタパルト搭載のタンカーって。艦娘としてアリなの?」

「そうは言われても。速吸は困ります。というか叢雲さんも、知らない艦娘がいるのですね」

「それは、いるわよ。私だって艦これの全てを知っている訳ではないわ。私が知るのは、精々、艦これ改までよ」

 

 つまりは、アイオワや鹿島までが叢雲の知るところであったりする。

 あと、駆逐艦辺りはちゃんと覚えているか怪しい。

 

 まあ、それはともかく。

 

「で、艦娘になった気分はどう?」

 

 それを聞いて、速吸は少し考える。

 

「まだ、良く分かりません」

 

 艦娘の速吸としては、まだ戦ったこともないひよっこだ。

 自身の特技である洋上補給だって、したことはない。

 

「ですが、分かったことがありますね」

 

 叢雲に微笑みかける。

 

「こんな気分なのですね。艦の重みというものは」

「ふん。戦時生まれのタンカーが何を言っているのだか」

 

 速吸、排水量20000t。叢雲、1980tである。

 

 とはいえ、彼女たちの言う所の艦の重みとは、別の所であるのだが。

 つまりは、積み重ねてきたものの重みだ。

 

「艦娘というのは、思ったよりも、はるかに重いものだと思うのですよ。叢雲さんもそう思いませんか」

 

 叢雲はそれを聞いて黙る。

 

「少なくとも、自分はそう思っていたのだと思う」

 

 叢雲は速吸を見つめる。

 ニコニコ元気で、明るい艦娘だと思う。

 

 彼女がそして、彼が何か悩みを抱えているとはとても思えない。

 自分と同じ側の人間とは思えないのだ。

 

 それなのになぜ、彼女は人を、そして自分を見つめるのだろう。

 彼は自分を見つめていたのだろう。

 

「でも、自分を変える、というのは気分が良いものです。古い自分から抜け出し、新しい自分へと。それが、理想に近いものであれば尚更です」

 

 そうして自分を指す速吸。

 

 叢雲は困惑する。

 彼も変わる必要が、本当にあったのだろうか?

 

 彼はイケメンという訳ではなかったが、気のいい兄ちゃんみたいであったのに。

 モテないことを自称するモテそうな奴、というのが叢雲の持った印象であったのに。

 

 彼はどうして艦娘になることを受け入れたのか。

 こればかりはどうしても分からないのだ。

 

「叢雲さんは、新しい自分へと変えた後に、幸せが訪れるのだと思っていたのですよね」

 

 それは、図星だった。

 

「多分、そう」

 

 恥ずかしくなり、目を逸らす。

 

「ですが、幸せというものは、そういうものではないと思うのですよ。何かをした後に幸せが訪れるのではなく、何かをしている時が幸せなのではないでしょうか」

 

 速吸が思うに、彼女は行動の後に幸せを期待しているのは明らかだった。

 銀河鉄道の夜の話をしたときもそうだ。

 

 銀河鉄道の一時は美しいのに、彼女は現実に戻った時のことを気にしている。

 それは違うのだ。

 幻想の一時もまた、生きる世界の一つであり、今、ここであるのだ。

 

「例えば、運動をしている時に。ランナーズハイでもいいですが、幸せを感じませんか?」

 

 叢雲は嫌な顔をした。

 

「その感覚は分からないわ。私も鬱病対策に運動はしているけど、大抵は辛いだけだから」

「では、ゲームではどうでしょうか」

 

 視線を下げ、考える。

 

「それなら、分かる気がする」

 

 ゲームをするのは楽しい。

 現実から離れ、異世界へと旅立つ一時。

 

 そこには素敵な人たちがいて、自分の心を癒してくれるのであった

 

 それでも、それでも。そうであるのだが。

 

「でも、ゲームをした後に幸せがあるのではなく。ゲームをするのが幸せだと?」

 

 視線を戻し、訴えかける。

 こんなのを求めてはいないのだ。

 

「分からないわ。自分が求めているのは、何かの後に現れる幸福を。出会いが、その後の人生を左右してくれる程のものなのよ」

 

 現実こそが自分の生きる世界であり、そこに私は幸福を求めているのだ。

 こればかりは、どうしても譲れない主張なのだ。

 

「では、叢雲さんの幸せは、どんな形をしているのでしょう」

「私の、幸せ」

 

 速吸は、首を傾げて聞く。

 

「どうある姿が、幸せであると言えるのでしょうか。速吸は叢雲さんの幸せに興味があります」

 

 叢雲は、幸せ、幸せ、と呟き、自分に言い聞かせる。

 

 

「私は、どんな姿が、幸せであるかは分からない」

 

 俯き、語り続ける。

 

「言ったと思うけど。私が好き勝手したって、それが認められるとは思わないから。そういう人って、極端に少ないでしょう? 好きなことで生きていくなんて、極一握りの成功者の言葉でしょう?」

「そうですね。はい」

 

 好きなことで生きていく。なんと甘美な言葉だ。

 

 大人たちはそれを子供たちに大いに語っているが、現実は厳しい。

 多くの子供たちが、現実を知りながら、大人になっていくものだ。

 

「確かに、殆どの人は成功者ではありません。ほとんどの人は、どこかで妥協して、なあなあで生きているのでしょう」

 

 成功者はいる。膨大な生存競争を潜り抜け、そして生まれる。

 そうした姿は美しく映えるものだ。

 

 しかし、その過程で多くの敗北者の機会を踏みにじっている。

 そうした者たちは往々にして語られない。

 いや、皆そうであるが故、語ることができないのだ。

 

「妥協できるのは、それはそれで幸せだろうけど」

 

 しかし、それだけが人生ではない。

 例え負け組の人生を送ろうと、幸せはそこらへんに転がっているものだ。

 

 少なくとも、そのはずだったのだ。

 

「今の世界は、優しいです。かつてのように飢えで苦しむこともありません。嘗てのように、生きるためだけに、努力する必要があるというのは辛いことです」

 

 速吸として過ごしたごく短い期間。速吸は戦争という地獄を知った。

 そこはただ、生き残るための生存競争であった。

 

 戦いであっさりと死んでいく兵士たち。

 戦わなくとも病気やら事故やらで自然と死んでいく兵士たち。

 そして、尽きることの無い敵と戦う、勝利の終わりが見えない戦い。

 

 その中で速吸は生き、そして沈んだ。

 期間は短くとも大きいその思いは、この身体の中に息づいている。

 

 それを考えれば、同じ戦いの世でも、今の世は天国であろう。

 少なくとも、簡単に死ぬことは、艦娘には存在しない。

 

「でも、それでも。優しい世界にいても、苦しみ続ける人がいることを、私は知っているのです」

「それが自分であると?」

 

 それを聞いて、叢雲は速吸を睨む。

 それでは、自分が弱者のようではないか。

 

「生きること自体が本来、戦いであったのです。ですが、彼らは、そのことを忘れていないだけなのです」

 

 速吸はこの世の中において苦しむ彼らのことを、この時代における戦士だとおもうのだ。

 どうしようもない現実と戦う、戦士であると。

 それは弱者であれど、良く生きることを求める求道者たちなのだと。

 

 その主張を聞いて、叢雲は口をつぐんだ。

 

 工房の時計の針が流れる。

 そして、叢雲が口を開いた。

 

 これを言わなければ、と思いだしたのだ。

 

「いつ、どこで思ったかは、忘れてしまったけど。自分の幸せは、完璧な自分を演じることができれば、訪れると思っていた」

 

 ぼそりぼそり、とこぼした。

 

「完璧な自分を? 人から見て、でしょうか」

「いいや。自分から見た、完璧な自分」

 

 馬鹿らしいとは思うけど、叢雲はそう付け加えた。

 

「自分の紡いだ言葉が、人を動かせるのならば、素晴らしいだろう。自分の作った作品が、褒められ、称えられる。自分の歌った音楽が、人の心を共鳴させ震わせる。そうであれば、素晴らしいのだろう」

 

 それは夢だったのだ。

 この世界でちっぽけな自分が、世界を描き、変えるのだと。

 叢雲はそう思っている。

 

「そして、これらは本当に難しい。極少数の人に対してはできるけど、大多数の人に向けては無理だ。皆の人気者であることが、自分の憧れではあったけど。今は、どうであれ苦しみがあると知って、そうは思えないのだけど。その志向だけは変わらない」

 

 今の自分が、どうであるのかは分からない。

 自分は社会の中で、十二分に狂ってしまった。

 今の自分が、叢雲であるのか、正直自信がない。

 

 こんな自分を見て、叢雲だと信じれる人が、かつての艦これユーザーの中で、どれだけいるのだろうか。

 でも、こんな自分でも、叢雲であるところはあるのだと思っている。

 

「自分を、世界を律するのだと」

 

 自身が誇りをもって、自身と世界を制しようとしているのだと。

 それだけは叢雲であるのだと、自分は信じているのであった。

 

「そうして、生きていくのよ。これからもね」

 

 自分でも嫌な生き方だと思う。

 だが、自分だけでは、これが限界なのだ。

 

 そんな生き方をして、今後どうなるのか。

 わからないが、どうせろくなものではあるまい。

 

「これからも。出来ればですが。速吸も、叢雲さんと一緒に歩んでもいいでしょうか」

 

 そんな叢雲に、速吸は微笑みかけた。

 彼女としては、そんな叢雲がどうなるのか、とても興味があった。

 

「いいけど。私なんて、案外くだらないわよ」

 

 互いに理解はできていない。

 それでもここに、奇妙な信頼関係があった。

 

「ですが、そこに価値があるのではありませんか?」

 

 彼女たちの生は続く。

 何時まで続くかは誰も知らない。

 

 それでも、彼女たちは生きようとするのであった。

 そこに理由はない。だが、生きることとは、そういうものであるのだから。




これでお終い。
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