救済の技法   作:倉木学人

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この回は、書くのに大分、迷いが生じました。

とはいえ、これで最終話までの構想がまとまりました。
たかが10話程度の作品ですが、これを考えるのって結構大変ですね。

60話とか、100話とか書く人って何を捧げればそうなれるのですかね。


5.ナーシサス次元から来た人

 カウンセラーは前回のカウンセリングではっきりしたことがある。この艦娘とのカウンセリングは、通常のカウンセリングと同じ危険が伴うのである。

 この職業について友人の一人は“かわいいねーちゃんと話をして、お金が貰えるとか最高かよ”とかほざいていたが、全く冗談ではないな、と今更ながら痛感する。

 

 クライアント中心療法の祖であるロジャーズ曰く、“悩めるその人がどうすればいいかは、その人自身が一番知っている”とのことである。つまり、コミュニケーションを取り合い、当人の悩みの答えを本人から引き出すことがカウンセリングの目的であるのだが。

 目的達成のために、カウンセラーはクライアント(患者)に対して、“あなたのことを理解していますよ”ということを理解させることが、治療への必須条件の一つとされる。

 

 ここでの問題として、精神疾患を抱えた人間は、基本的に精神疾患を抱えた人間のみによって理解され得る、ということである。つまり、障害による人間の苦しみは、同様の障害を抱えた人間によってしか理解されない、ということだ。

 

 カウンセラーも、カウンセラーの道を選ぶだけの精神疾患を持っていた。彼は夢を追いかける途中で障害にぶつかり、カウンセラーの手を借りることでそれを克服した。彼は人間というものに人一倍敏感であった。

 しかし、艦娘のカウンセラー倉橋佳樹は、どうしようもなく人間である。

 

 つまり、艦娘ではない。それ故、彼は艦娘を理解できるかどうかの不安を抱えていた。艦娘の問題は、艦娘でしか解決できないのでは? と。彼はそういった疑問を抱えながら、カウンセリングをこなしていたのだが。

彼は、結局のところ、艦娘を自分たちと同じ人間であると、見なすことができていなかったのだ。

 

 さて、彼としては艦娘が本当に、人間なのだろうかと問いてみたかった。かつての兵器の名を名乗り、人間離れした美しき姿を持ち、砲弾で撃たれてもいずれは元通りになる頑強さを持つ少女たち。ある人は、彼女らを進化した人間だと、ある人は、人には過剰な力を持つ化け物であるとしている。彼女を人間としていいのかは、マスコミや思想界において、艦娘が現れた時から延々と議論の的になっている。彼も、知識人の一人として疑問を持っていただけである。

 

 そんな中、カウンセラーの目の前に姿を現したのが、始まりの艦娘たる叢雲であった。

 彼女は、人間とは遠い容姿と力を持ちながら、明らかに普通の人間に憧れていた。そして、本人は自分を偽り、暗く語りながら、こっちをじっと見つめている。

 彼にとってその姿は、奇怪であった。何と言うか、こう。こみあげてくるこの感情がなんなのか。彼はその姿をどこかで知っている。

 

 そう、人間の姿だ。

 彼は、艦娘のカウンセラーになって、初めて艦娘の中に人間を見出したのだ。彼と艦娘は、人として分かり合えるのだと。

 

 さて、問題です。人間として彼女を理解するとき、貴方にある問題が発生するのです。それは何でしょうか?

 

 正解は、貴方も彼女の精神疾患に引っ張られる、ということでした。彼女の精神疾患を理解できてしまうが故に。つまりはニーチェの深淵だ。理解できるだけ、素養な十分にあるのだから。

 

 カウンセラーがカウンセラーであるために、彼はカウンセラーであるべきだ。何が言いたいかと言うと、自分を保たなければならないのだ。自らの仕事を、自らの立場を、自らの姿を見失ってはいけない。彼女のように、自分を見失ってはならないのだ。

 

 そうした決意のうち、今日もカウンセリングが始まる。

 

 今日の叢雲の様子は、何と言うか、不安のようだ。カウンセラーをまっすぐ見つめながら体をゆすり、落ち着きがない。

 

「最初に言っておくけど。前回は、えーと。その。御免なさい。あんなことを言うなんて、私もどうかしてたわ」

 

 そういって彼女は謝罪する。前回の発言を恥ずかしく思っているようだ。

 

「これまでは、そう、自分のことばかり話して気がするから。少し、楽しめるような、明るい話でもしようかしら。暗い話ばかりだと滅入ってしまうわ」

「そうですか。私としても、そういうのは歓迎ですよ」

 

 カウンセラーとしては、もっと彼女たちには人生もとい艦生を、楽しんでもらいたいと思っている。

 勿論、全ての人がそう思えるだけの感性や余裕がある訳ではないと、彼は知っている。特に、彼女らは自称するに兵器であり、軍人なのだ。

 それでも彼は、人の幸せが彼女たちにあるのだと思いたい。戦闘美少女としての戦いだけが、彼女らのすべてではないのだと。

 身勝手な思いではあるが、彼女たちと、もっと分かり合えても良いのではないか?

 

「そうね。前回の映画の話のような、話ができるといいわね」

 

 理解できることを互いに話し合うというのは良いことだ。理解されないことが孤独へと繋がるのならば、調子が乗れば、自信の復活もつながるだろう。

 

「私。ウォッチメンっていう漫画、アメリカンコミックだけど。それが好きなんだ」

「ウォッチメン、ですか。映画で見たことがあります」

「あら。知ってるのね。良かった。嬉しいわ。私は映画で見てないのだけど」

 

 ウォッチメンのストーリーはこうである。

 スーパーヒーローが実在し、なおかつヒーローの活動が法律で禁止されている冷戦期のアメリカ。その中で、違法に活動しているヒーローであるロールシャッハは、ヒーローの一人、コメディアンが殺されているのを発見する。彼はそれをヒーロー狩りだと思い、かつての仲間に知らせていく。そうした中、一人、また一人とヒーローが消えていく。そうして、ロールシャッハは捜査を進めていく内に、ある男の恐るべき計画を知ることになる。

 そして、物語は終結し、未来はある人間によって託される。

 

「何回も読んで。今でもたまに読んでるわ。艦娘になってから、取り寄せるのには苦労したけど。かつて自分が持っていたのは知らず間に処分されてしまったから」

 

 まあ、単純明快なヒーローものとしては楽しめないであろう作品だ。カウンセラーの評価はまずまずだったが、一緒に見た友人からの評価は悪かった。友人はもっとヒーローが活躍するのを見たかったらしい。

 外部評価は高いが人を選ぶ作品であり、恐らく感受性の高い人に向く作品であると思われる。

 

「ねえ。先生はどう思った?」

 

 少しカウンセラーは考える。ここは、正直であるべきだろう。

 

「映画館で見たのですけど。正直、よく分からなかったんですよ」

 

 映画でのウォッチメンは難解だった。情報があまりにも多く、全てを理解できたとは思えない。

 

「まあ、しょうがないかな。あの作品は精密だから。一度で全て理解できるとは思わないわね」 

 

 いくら言葉を並べても、言葉を絞らなければ相手を混乱させるだけである。

 映画化にあたって、ウォッチメンは幾分簡略化されていたが、それでも難解であった。

 

「だから、何度も見る価値があるのだと思うのよ」

「なるほど。今度、もう一度見てみます」

 

 カウンセラーが思うに、作品にそれだけの価値が彼女にはあるだろう。

良い機会だ。ツタヤで借りてもう一度観てみることにする。

 

「こんな質問、下らないかもしれないけど。誰が一番好きだった?」

 

 ウォッチメンにはいろんなヒーローが登場する。

 古き良き時代、ミニッツメンのヒーローたち(大半が悲惨な最期を迎える。コメディアンも含める)。

 歩く核爆弾、実在した(スーパーマン)たるDR.マンハッタン。

 大富豪にして慈善家、人間の最高峰、オジマンディアス。

 どうしようもなく普通なヒーローとヒロイン、ナイトオウル二世にシルクスペクター二世。

 そして、作中では異端のヒーローにして物語の語り部であるロールシャッハ。

 

「やはり、ロールシャッハですかね」

「ロールシャッハか。作者の一押しキャラね」

 

 ソフト帽とトレンチコートを着込み、顔のマスクにロールシャッハテストの模様を浮かばせるヒーロー。

 それが、ロールシャッハだ。

 

「間違いなく、あれはヒーローと呼ぶには相応しいだろう。確固たる意志を持ち。決して諦めず。神に対面してなお、己の意思を通す」

 

 違法とされているヒーロー活動を独自につづけ、正義を求め続ける人間。悪に対して一切の容赦がない。

 アメリカはもとより、日本での人気も高いらしい。

 

「格好いい? あれが」

 

 それを叢雲は鼻で薄く笑う。

 

「違うのですか?」

「個人的には、嫌いだよ」

 

 少なくとも、カウンセラーにとってあの姿は格好良かったのだが。

 

「作品の中で出てくる、“WHO WATCHES THE WATCHMEN?”(誰が見張りを見張るのか)という言葉は、彼のために用意されているのだと思わない?」

 

 ウォッチメン世界は、ヒーローに厳しい。マントが回転ドアに挟まって銀行強盗に射殺されたヒーローが居るくらいだ。

 ヒーロー活動が法律で禁止されたのも、警察がヒーローの自警活動に対してストライキを起し、市民がパニックになったからだ。

 

「つまりの所、あんなのが現実にいたら、溜まったものじゃないってこと。ヒーロー気取りなんて、市民や警察に嫌われて当然よ」

 

 ロールシャッハの存在は違法であった。アウトローと書けば格好良いかもしれない。

 だが、そのものは管理されていない獣と同じだ。社会にとっては害獣だったのだろう。

 

「でしょうね」

「ただ、彼は、気取る余裕など、人に気を使う余裕など。もう、残っていないのは知っているけど」

 

 ロールシャッハは、一般に言う狂人であった。彼は正義に取りつかれてしまっている。

 だが、その姿こそが格好良かったのかもしれない。カウンセラー風に言うならば、彼の姿は最高に“ロック”だからだ。

 

「どのような理由であれ、正義の味方など、なるものではないな」

 

 叢雲はそう溢す。

 

「自分は、自分の味方であるべきなのだが。彼もまた、人間の悪に対して、一倍敏感で。社会に耐えきれなかったのだろう」

 

 そこで、カウンセラーは考える。

 

「あの世界は好きですか?」

「ええ。あの世界は、最高の出来の、最悪の冗談だった」

 

 冗談。冗談とは何か、まだ理解できていないが。それを体現するかもしれない人間が、ウォッチメン世界にいた。

 

「コメディアン」

 

 叢雲が止まる。

 

「好きなのですよね」

 

 叢雲は、頭をかき混ぜた。

 

「今、思えば、私も恥ずかしいことをしたものね。何かにつけて、冗談だなんて、ジョークだなんて。理解されたいという要求に、私も、毒されすぎているようだ」

「理解されたいというのは、人として当然だと思いますが」

 

 理解され、尊重されることは、人は嬉しく思うものだとカウンセラーは信じている。

 

「自分が思うに、コメディアンは、唯一、尊敬するヒーローなのだ」

 

 叢雲は俯く。

 

「素敵なヒーローなんて、今時、そこらじゅうにあふれている。だが、彼のようなヒーローは中々いない」

 

 確かに、彼のようなキャラ自体は少ないだろう。そして、彼のようなキャラを好む人もまた少ない。

 

「彼は、控えめに言っても、最低だろう。戦争で活躍し、女子供を容赦なく撃つヒーローがいるか? 仲間をレイプしようとするなんて、論外だ」

 

 コメディアンはヒーローと言うより諜報員で、汚れ役であった。

 彼は、法律でヒーローが禁止された後も、政府に活動を許されていた。何故なら彼は政府の犬だったからだ。

 

「ただ、“この惨劇が人心に、どのような影響を与えるのか。理解できる人間は極めて少ない。例外はブレイクだけだ。彼は完璧なまでに理解している。そして、気にもかけていない…”。人類に潜む悪を見て、発狂したのがロールシャッハで、それでも笑っていたのがコメディアンなんだ」

 

 叢雲は顔を上げ、カウンセラーの眼を見つめる。

 

「自分が彼を好きな理由はそこにある。私が言いたいことは分かる? 先生?」

 

 そこでカウンセラーは沈黙する。

 彼女がコメディアンを好きだと言っている理由は、まだ、理解できないでいる。

 

「ねえ。先生、私の言ったことを覚えている?」

「色々あると思いますが、どれでしょうか」

 

 それを聞くと、彼女は口を開け閉めする。

 

「ほら、いくら好きなロックミュージシャンの恰好を真似して同じ台詞を吐こうと、その人になることはできないだろう」

 

 可笑しなテンションで、彼女は答える。誰かを真似するように。

 

「コメディアンは、自分の完成形足りえなかった。だけど、大いに参考にすべきだと思った」

 

 カウンセラーにはすべてを理解することはできない。コメディアンではないのだと、彼女の完成形とは何かと、まだまだ問うてみたいことはたくさんある。

 

 ただ、彼女が彼女なりに、コメディアンという生き方をリスペクトしようとしているのは明らかではあった。

 

「結局は、彼の言うとおりであるのだから。結局、この世界の全ての悪いことが、全て、冗談にすぎないと気づいたのならば、コメディアンになるしかないのだと」

「それならば、コメディアンにはなろうとはしないとは、どういう?」

 

 そこで、叢雲は少し沈黙し、俯く。

 

「私はコメディアンにはなれない。彼のように、人間という獣に正直であることも、彼のような切れ者であることも、あとは、彼の恰好を真似することも。どうであれ不可能だと思っている」

 

 彼女の基の彼も、ひょっとしたら、コメディアンには成りたかったのだろう。だが、何かしらの思いで、コメディアンになることは無理だったのだろう。

 

「ただ。ただ、私は知ってしまったのだ。世界がどうであれ、コメディーではあるべきだとは思ったんだ。そして、もう、戻ることはできないのだと」

 

 何が、彼女をそこまで固執されるのだろうか。

 

「冗談だと思うでしょ? でも、これは私自身、本気だった。この世界が私なりの冗談だってのは」

 

 冗談とは笑いごとではないのだろうか。何を笑わせようとしているのだ。

 

「だって、そうするしか、私は」

 

 そもそも、彼女は何を相手にしているのか。

 

「この苦しみが、誰にも伝わらないのだもの」

 

 何が冗談なのだろう。この世界の何が、一体冗談とは。

 

 カウンセラーにはまだ、理解できないでいた。

 そしてそれは、これから理解することになる。

 

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