カウンセラーは手元のファイルを見つめ、唸ったり、新しい紙に考えたことをまとめたりしている。
現在、叢雲についてまとめている最中である。
彼女に対して、カウンセラーはどうあるべきか。それを考えている。
彼女がカウンセリングに来ている以上、建設的な方向へとパーソナリティを変化させて欲しいものではあるが、さて。
どうした態度であるべきなのだろう。どうしたら彼女と共感し、彼女と共に歩むことができるのだろう。
少なくとも、期待は最小限であるべきなのはカウンセリングの原則だ。
“改善してください”、では駄目なのだ。“ゆっくり歩んでいきましょう“、という態度が大切なのだが。
それは分かっている。だが、これでいいのか、と思うのだ。
カウンセラーは彼女の言うとおり、鏡であるべきなのだ。自分というものを見つめ、自己の再発見を促す鏡であるべきだ。
だが、それだけでは足りない。彼女は既に、自分と言うものを十分すぎるほど見つめようとしている。足りないのは何か。
何か、アプローチが足りない気がするのだ。彼女は、口では否定するだろうが、アプローチを求めているように思うのだ。
しばらく、カウンセラーの手が止まる。ぼんやりし、そばを歩く妖精さんをただ見つめる。
妖精さんを見るのも久しぶりだ。ここも鎮守府とはいえ、妖精さんは中々見ない存在であるのだ。
資料では見たが、本当に人形みたいだな、と思った。
とりあえず今、分かっていることを整理してみる。
例えばだが、類型論で彼女を分類してみてはどうだろうか。彼女はこうこうなタイプの人間なのだ、と分類するのだ。類型論は人間が持つ個性というものを薄めてしまう危険性があるが、それでも人を分析するのには役に立つ。とりあえずやってみよう。
彼女は、人間としても、艦娘としても異端であるのだ。
まず人間として、彼女は極端に内向的な人間で、しかも極端にニヒリストだ。簡単に、そして雑に言ってしまえば狂人だろう。彼女は世間の常識に囚われず、確固たる深淵を持っている。
いや、これは間違いだ。世間の常識に囚われるが故、確固たる深淵を持っているのだ。
どうも彼女は、世間の常識がいかに無意味で残酷であるのかを知っていながら、それでも支持している節がある。
ニヒリズムはどうも難しい。
続いて艦娘としての彼女について、彼女は艦娘を疑う艦娘だ。彼女ほど、艦娘とは何か、と問うてくる艦娘は恐らくいないだろう。
戦闘美少女というものは、基本的に自らの存在について、戦う理由について疑問を持っていないものである。
だが、彼女は違う。彼女はかなり深い所まで艦娘とは何か、ということを疑い、知っている。彼女は極端なまでにメタ視点を持とうとしているのだ。
ここで重要なのは、彼女は戦闘美少女というものを理解した上で、それになることを望んだということだろうか。
夢だったのだろうか? 理解は未だできていない。
何故、そこまでメタであることを望んでいるのか。そんなにメタであるのは、逆に気色悪がれないだろうか。そこは大きな疑問の一つである。
あと一つ、気になることは、普段、彼女がどのような目で見られているか、ということである。
代替の予想はつくのだが。彼女は極端に外見というものを気にしている。そんな人間がどんなふうに見られているのか。
彼女から見出せることは多い。人間はそれだけ、多様性を含んでいるのだと思う。
そうして、準備を整えて、今日もカウンセリングが始まる。
話の中で、こんな話になった。
「ねえ。先生、ある日突然、美男美女になったとして、それで、幸せな人生を送れると思う?」
話題を変えようとしているのはわかるのだが、艦娘に関わる話だろうか。
「どうしたのですか。いや、まあ、送れるのでしょうかねとは、私も思ってますが」
「まあ、経験談よ。結果から言うと、難しい、としか言いようがないのよ」
「まあ、よく言われますね」
外面というのもその人の人生の一部なのだ。それが突然変わるというのは、それによる不自由が生まれて当然だと思うのだが。
「人は外見が九割って言うでしょ? でも別にこれって、ただ外面がいいから、っていう訳じゃないのね」
外面の大切さも分かるは分かるのだ。
そもそも、艦娘は外面が良いのだから良い印象を抱かれることが多いらしい。
外面の良さを嫌う人もいるのだが。まあ、少数派であるのだし、それはそうとしか。
「一番大切なのは、中身ってことですか?」
「半分は正解ね。外見って、礼儀作法とか、人との接し方とか、そういう所にも外見は表れるってこと」
礼儀作法等は、中身にあたるのではなかろうか。外見と言えなくもないのだが。
「うーん。表現するのが難しいわね。ともかく、美男美女であり続けているってのは大変なのよ。美男は美男の作法を知っている、美女は美女の作法を知っている、だから美男で、美女なのよ」
「はあ」
言いたいことはつまり、美人は美人であることを知っている、ということだろうか。
「それでも、美は追い求めたくなるものね。そんな作品ってあるでしょ? ある日突然、という展開の作品が。映画だったら、あれよ、ナッティープロフェッサーってあったでしょ。あれが近いかしら」
「また、懐かしいものを持ってきましたね」
確か、デブの生物学教授が、デブであることを馬鹿にされて、やせ薬を作って飲む話だったと思う。
薬を飲んだ教授は、痩せてイケメン(?)になり~、といったストーリーが続く。ダイエットを皮肉る話であったと思うが。
「美男であるだけで、あるいは美女であるだけで人生が上手くいくのなら。どんなにいいのかしらね」
そういった話は、多い。
それで上手くいかない作品もそれなりには多いのだが。ナッティープロフェッサーも上手くいかない方の話だった。
しかし、映画に出てくる俳優は美男美女が多いことを鑑みるに、それでも結局美男美女を追い求めるのは、人のサガなのだろう。
「外見だけ、美男美女になることは。まあ、そんなに難しくないのだけど。整形手術だってある訳だし、あれも、一発で、とはいかないで、何回か繰り返し行う必要があるそうだけど」
叢雲は小さく、ため息をついた。
「一人前のレディーを目指すなんて、結構とんでもない話よね。暁って艦娘が横須賀にいるけど、彼女は分かっているのかしら。なるのは簡単、でも成り続けるのはとても大変。夢なんてこんなのばっかよね」
人は悩む生き物だ。どんなに夢を叶えても、ああしたい、こうしたいといった欲は尽きないだろう。彼女はわかってなかったのだろうか。
わかってなくても、当然ではあるのだろうが。彼女もまだ、若いという証拠だろう。
彼女は老けたような発言が多いが、まだまだこれからだろう。
「でも、夢はいいものだわ。私も夢を見たい」
「夢を、ですか。今からでも、遅くはないのでは?」
幾つになっても、夢は追いかけるチャンスがある。
古臭い言い回しだが、本人の言うとおり、夢を見るのは悪くない。
夢を見るのは活力が湧いてくる。
「正直、分からない。どんな夢を見たらいいのか。分からない」
叢雲は首をふる。
「どうしていいのか。どんな夢を見たら、皆が喜んでくれるのか。皆にけなされないで済むのか。今は、よく分からない。とてもじゃないけど。夢なんか見られない」
夢を見るのに、他人の眼を気にする必要はないのだが。
さて、困ったものだ。これでは、どん詰まりだ。
なんとかできない物か。
「叢雲さんは、悲観的な人間だと思うのですよ」
「悪い? 本当の自分がこんなので」
叢雲は俯く。
「人間に、良いも悪いもないでしょう」
「でも、社会は区別するでしょ?」
「ですが、本質的に、ですよ」
彼女は人間に対して悲観的だ。
それは己に対して、あるいは他人に対して。
「だから、どうにか、とも思うのです」
誰かに頼ろう、という発想もないのかもしれない。
あるいは、頼りたくても頼れないのかもしれない。
「私は、貴女に、人生は生きるだけの価値があるのだと、思って欲しいのです」
どうやったら、彼女は気を楽に生きることができるのだろう。
「私はそう、思わずにはいられません。それだけは伝えたいのですが」
彼女の人生に対する絶望は、晴らすことができないだろうか。
「別に、私は、人生に、生きる価値がないのだとは思っていない」
叢雲は、カウンセラーの眼を恐る恐る見ている。
「私だけの価値を見出そうと。自分を殺すために生きようとしたのが、この自分の、私の人生でも、あるのだから」
「自殺するために生きる、ですか」
「駄目?」
勿論、人は生まれ育ち、何れ死ぬ定めである。
のだが、死ぬために生きる意味が分からない。
「生きることは、素晴らしい。じゃあ、同様に死ぬことも、同様に素晴らしいはずじゃないかしら」
叢雲は視線を下げる。
「そう思うのは、ただ。誰かが、悪いという訳でもない。ただ、ただ。生きる、というのは、自分にとって、そうとしか思えなかったのだから」
叢雲は頭を軽くかき混ぜる。
「どこから始めたものかしら」
しばらく、叢雲は沈黙し、思想する。
「結局は、私が艦娘になる前のことを話さなければならないのか」
そうして、ため息をつき、
「私は、生まれた時から、馬鹿だったんだ」
叢雲はぽつぽつと語り始めた。
「それで、よく、皆から笑われていたんだ。いっつも私は笑い者。勝手にクラスで面白い奴にされた。親たちですら私を笑っていたんだ」
ハハハと棒読みで笑うが、顔は笑ってない。
「はっきり言って辛かったよ。なんで笑われなきゃいけないんだろうって。笑って欲しくないって、ずっと思ってた。それなのに、私が笑うなという度に皆、面白がるんだ」
カウンセラーにも、頭の中にありありと映し出される。笑っている皆の中で、一人困惑する少年の姿が。
「あれは辛かったなあ。冗談で、皆、私をからかうのだから。私のリアクションを求めて、ね。殴る真似をして、寸止めして。自分が大げさに反応して、彼らはこういうんだ。冗談だって」
彼女の言う冗談が、今になって理解できる気がした。
「私がこう聞いても。“どうしたら笑われないでいられるのだろう”。そう親に聞いても、いっつもこうだ。“笑われても、無視していなさい。笑っていなさい”って」
彼女はやはり、コメディアンで、パリアッチであったのだと。
「私はひどく、寂しかったよ」
叢雲は、頭を机に着け、伏した。
「だから、皆が、頭のいい人が羨ましかったんだ。私も、皆と同じように笑っていたいと思っていた」
そこで、カウンセラーは少し疑問に思う。
「皆が、頭がいいと? 話を聞く限り、彼らを頭がいい、というには過大評価ではありませんか?」
「そうかもしれない」
自分や他人と言う人間を客観的に見ようとするだけ、彼女の方がまともな人間のように思えるのだが。
「まあ、こういう話はあるだろう。もし、自分がとてつもなく、”まとも”だったとしても、周りが馬鹿ばっかりだとしたら」
叢雲は伏した状態から少し顔を上げ、上目でカウンセラーを見る。
「誰が、その人の”まとも”を証明するのかなって話だよ」
カウンセラーは沈黙する。
「だから、頭がいい人になりたいと思った。皆の中に入って、尊敬されたいと思っていた。だから、いろんなことを学んだんだ」
彼女にも、それをどうにかしようとする時期があったのだろう。
「私は才能というものがなかったけど、学ぶ環境はあったんだ。私の家は、裕福で。親も、そこそこ良く出来た人間だったんだ。私を笑ってはいたけど、私を愛してくれたんだ。辛いことがあったら慰めてくれたし、身を案じてくれた」
自分で現状を変えようと、笑われない方法を模索しようと努力したのだろう。
「私は勉強を頑張った。それなりに大成して、いろんなことを学んで賢くなった自信はあるよ。良い大学に行けて、親も喜んだ。専門的な話は辛いけど、色んな話をそこそこ話せると思う。賢いことで、皆と一緒に居られると思っていた。そう勘違いしていたんだ」
彼女の妙なプライドの高さというか、雰囲気は、それから来るものだろうか。
「ある日、私が笑っているときに、皆が笑っていないことに気付いたんだ」
それは当たり前の気づきだった。
「ひどく不思議だったよ。私は皆を笑っているのに、皆は笑っていなかったんだ。その癖、皆、私を見て笑うんだ。変な話だと思わない?」
カウンセラーも変な話だとは思う。
笑っていたのだから、そのことを笑われても可笑しくはないのだ。
可笑しくはないだけで変な話かもしれない。
「その時は、不思議だとは思っていたけど、わからなかった。しかし、ある時、私は気づいたんだ。私は普通の感性を持っていないのだと。それを皆が笑っているのだと」
群衆というのは残酷である。愚かで、嗜虐的で、残酷である。
彼女は、群衆の残酷さを知って、恐れているのだ。
「私もお笑いは好きだったし、コメディアンのように、なりたいと思っていたけど、お笑い芸人のように扱われたい、とは、思ってなかったのに」
コメディアンとお笑い芸人がどう違うのかは、カウンセラーには理解しにくいが、こうだろうかと想像できる。
彼女は、いわば、いじられキャラなのだ。
「決定的だったのは、親の一言だったよ」
叢雲は何かを必死でこらえている。
「私の親が、アスペルガーだったことを告白したんだ。そして、自分もそうらしい、と。病院に行って分かったんだ」
アスペルガー症候群。興味やコミュニケーションの特異性を示す障害。
明らかには普通とは違う、特異なハンデ。
「自分は、永遠に普通になれないのだと、知って。正直、絶望したよ」
叢雲は静かに、涙をこぼした。
「だけど、絶望してなお、自分は未だ、普通になることに固執している。私が普通であるために、私は自分を殺すしかないのだと。それが、自分の生きる意味であるの」
カウンセラーには、自分殺しを勧めることはできないでいる。
救う者であるというより、社会の一員として、自殺を推奨できないのだ。
それでも、理解はできる。自分を殺したいという希望が伝わってくる。
しかし、謎は深まるばかりだ。
なぜ、そこまでして彼女は、自分殺しに失敗しているのか。
そこは、理解できれなかった。