救済の技法   作:倉木学人

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8.橋大工

 ある日、カウンセラーは提督と呼ばれる人間に会う機会があった。 

 普段、カウンセラーは提督と話す機会がないのだが。

 

 呉の提督は、心の専門家であるカウンセラーを信用していない、というより、どう接していいのかがわからないようである。

 まあ、こちらとしても、変に口出しをして、機嫌を損ねられるのは困るのであって。下手に接触を取ろうとせず、実績で有効性を示そうと、今まで慎重な態度をとってきたのだが。

 

 あとは、どうも本部たる横須賀と呉の提督は、複雑な関係があるのだというが。なんというか、仲があまり良くないらしい。

 カウンセラーも本来は横須賀の所属、ということになっている。

 艦娘のカウンセラーの仕事も、横須賀の提督とのコネで手に入れたのだ、呉の提督とは初回にあいさつを交わしてそれっきりだった。

 そういう訳で、カウンセラーも上からの刺客か何か、と思われているのかもしれなかった。

 

 まあそんな訳で面倒な関係があるため敬遠し、カウンセラーと提督は接触する機会がなかったのだ。

 どちらも艦娘とかかわる職業であるので接点はあるはずなのだが、その接点が今まで生かされることはなかったのだ。

 そう、今までは。

 

 話す機会があったのは、叢雲について、提督が訪ねてきたからだ。

 

「先生から見て、アイツはどうですかね」

 

 呉の提督は一見粗雑だが、悪くない人間であったとカウンセラーは感じている。

 

「難しいですね。彼女の問題を簡単に解決、とはいかないでしょうね」

「そうか。何を悩んでいるのか知らんが、アイツはそんなに悩んでいるのか」

 

 軍人としての彼は評せないが、仲間思いであり、ある程度成熟した人間であると感じたのだ。

 

「アイツは、俺や他の艦娘に心を開かないからな。先生には、どうなんですかね」

「色々と話してくれましたよ。内容については、規則ですので口外できませんか」

 

 散々な自虐ネタを披露してくれました、とはとても言えない。彼女が大事にしているであろう、なけなしの誇りやら信頼やらが傷つくだろう。

 

「そうか。先生には、色々と話しているのか。大事なことをもっと俺や、他の艦娘を頼ってほしいんだがな。アイツは、気取ってんのか、見下しているのか。まあ多分、俺らに気を使ってんだよな」

 

 日常から彼女は、溜めこんでいることを想像できる。

 

「俺も問題児は多く見てきたが、アイツは一定の距離をとって近づいて来るから、分からん。普通は、他の連中は、もっと俺を頼るのだがね」

 

 それは、カウンセラーも感じた。他に看る艦娘は、この提督のことを信用し、信頼しているようだったのだ。

 

「アイツは変わっているが、いいヤツだからな。あんまりため込んで欲しくないんだが」

 

 提督から見ても、彼女は変わって見えるそうだ。とはいえ、普段の彼女を見ている提督の認識は、カウンセラーの知る彼女の奇怪さの認識とはまた違うのだろうが。

 

「横須賀の、兼正提督は間違いなく知ってるはずなんだが」

 

 ぼそりと提督はつぶやいた。

 

「俺も、心理学を学んだ方が良いのかね」

「どうでしょう。生兵法だと、見くびられそうですけど」

「なるほど、こりゃあ難しいな」

 

 この提督に近づかなかったのは食わず嫌いだったのかもしれない。ただ、やはりと言うか、確かにカウンセラーの知る兼正提督とは、相性が悪そうであったが。

 

「まあ、お互い、頑張っていこうや」

 

 そんな訳で、それなりに有意義な交流ができたと思う。

 

 ある程度、彼女の人間関係というものを聞けて、把握できたのは嬉しい。

 他の艦娘や提督と、寄って近づかず、といった関係を築いているようだ。

 

 ふと思うが、彼女に気を許せる友人というのはいるのだろうか。

 

 叢雲は他の艦娘と行事に参加したり、ゲームをしたりはするそうだが、これといって仲が良い友人はいないそうだ。彼女と同じ吹雪型がせいぜいそれなり、といった所だそうだ。

 どうやら一匹狼を気取っている、らしい。

 

 しかし、友人がいない、というのは中々にさびしいものである。何と言うか、響き的に。キャラ的にはおいしいだろうが、心理的には良くない。孤独は人を容易く殺すのだ。

 

 まあ、仮に彼女がそうだとしても、カウンセラー自身は、彼女の友達を名乗ろうかと思っている。

 あれだけ、暴露してくれたのだ。友達を名乗ってもよかろうよ。

 

 大事なのは、心理的に近寄れる人がいることだと思っている。何も、“私たちズッ友だよ”と言えるような関係が友達ではないのだ。

 お互いの立場は関係ない。一緒にいてそれで救われるような関係、それが人生において理想的な友人関係というものではなかろうか。

 

 そんな感じのことを思いながら、今日もカウンセリングは始まる。

 

「今日は、ですね。私の方から希望があるのですよ」

 

 叢雲は、じっとこちらを見ている。

 

「叢雲さん」

「何よ」

 

 今日のカウンセラーは、聞くに徹するのではなく、攻めてみようと思うのだ。

 

「人は、信じられませんか?」

「信じたいのだけどね」

 

 叢雲は少し目をそらす。

 

「あの文明人どもは、いつか裏切るわ。私たちの信用が固くとも、私たちを捨てる時が必ず来る。その恐怖が分からないとでも?」

「苦しんでいる、ということは伝わってきます」

 

 彼女の恐怖を、カウンセラーが全てを理解することはできない。

 分かるのは、彼女が本気で苦しんでいる、ということだけなのかもしれない。

 

「ですが、私たちは、もっと、分かり合えるのだと思うのですよ」

 

 沈黙が少し、流れる。

 

「そうかしら」

 

 納得はしていないようだが、話はできそうだ。

 

「ですから、とっかかりとして、映画の話をしませんか?」

 

 何やら、叢雲は考えている。

 

「映画か。ウォッチメンの映画は、私は見てないしな」

「意外ですね。観てないのですか」

 

 好きだと、主張していたので、カウンセラーは観ているのかと思ったのだが。

 

「私としては、あの漫画で満足してしまったからなあ。二次創作とかもそうだけど、あれを超えることって想像できないのよ」

 

 なるほど。そういうことか。その作品の価値を重んじすぎて、それ以降の作品を評価できなくなる、というのはあることだろう。

 

「だから、映画の方は、あまり期待していないわね。出来は良くも悪くもないらしいし」

「偉大すぎる作品というのも、考え物でしょうか」

「玩具にするなら、軽い方が安全でしょうね」

 

 叢雲は、ふんと鼻をならす。

 

「そうだな。じゃあ、ダークナイトは、観た? バットマンの映画の」

「ええ。観ました」

 

 ウォッチメンと同じ会社の、アメコミ原作の映画である。

 

「あれは、良かったわね。正統派のヒーローものっていうのは、ああいうので良いと思うわ」

「ですね」

 

 勧善懲悪に近いヒーローもので、単純ではない深みがある作品だったと思う。

 

「そういえば、あの作品にはジョーカーという悪役がいましたが、どう思いました?」

「ああ、彼も冗談屋(ジョーカー)だったわね」

 

 映画では、ジョーカーという悪役が描かれていた。趣味の悪い色合いの服と髪で、白塗りの顔に笑顔のような傷を口に持つ人物。単なる小悪党とは違う、世間やヒーローを引っ掻き回して遊ぶ。その姿は正に、ジョーカーであった。

 

「いいんじゃない? 私は、好きよ。ああいうセンスのは」

 

 コメディアンを好き、といっていた彼女であったが、ジョーカーもまたお気に召したようであった。

 

「まあ、評するなら、悪役らしい悪よね。かなり作りこまれているから、不快には思わないわ」

 

 カウンセラーもそう思う。あれは役者の、良い演技であったと思っている。

 

「バットマンと彼は、お似合いね。殺すことのできない英雄には、丁度良い好敵手でしょうね。トムとジェリーみたいに、周りに迷惑かけながら、いつまでも喧嘩してればいいと思うわ」

 

 やけに、辛辣なように思えるが。評価しているのだろうか。

 

「彼のジョークは。そうですね。何と言うか」

「ん。まあ、普通、狂人のジョークは観るに堪えないと思うけど」

 

 叢雲はやけに真剣そうな顔をする。

 

「私は笑えたわ。冗談に生きるというのは、やはりいいものね」

 

 あの作品も冗談だったのだろうか? カウンセラーにはちょっと違う気もするのだが。バットマンは普通に、正統派のヒーローものではなかろうか。

 

「やっぱり、ナッティープロフェッサーもそうですけど。ブラックジョークみたいな作品が好きなのですかね」

「うーん。一概にはそうは言えないのだけど」

 

 ブラックジョーク、つまり皮肉が好きだと見ているのだが。

 

「心揺さぶれるような作品が好きなのよ」

「心揺さぶれるような、ですか」

 

 そこで、叢雲は大げさに、身振り手振りをする。

 

「例えば、コメディーといっても、普通はマスクとか、ホームアローンとかみたいなのを想像するのじゃないのかしら」

「まあ、そうですね」

 

 マスクもホームアローンも、名作コメディーだろう。続編も作られ、それなりに有名だ。

 

「良い作品っていったら。アクションでいう、マッドマックスだとか、スターウォーズになるかしら」

 

 この二つの作品も有名だ。コメディではないので話からはそれるが、続編も作られ続ける名作に違いない。

 

「そういうのって、楽しいとは思うけど、その程度なのよね」

「はあ」

 

 叢雲は大げさに肩をすくめる。

 

「私が求めているのは、そう、心の変化なのよ。最近の作品だったら、君の名は、だったり、シン・ゴジラだったりするのよ」

 

 心の変化か。心、揺さぶれるような作品だろう。が、しかし。

 

「シン・ゴジラがそこで出てくるのは分からないのですが」

「え? 心に響かないの? ゴジラが来ているのに、会議ばっかりしているシーンが、すごく日本的で。私は心に響いたのだけど」

 

 叢雲の眼が泳ぐ。

 

「ともかく、そういうのが私は欲しいの。性質の悪い冗談も素敵だけど、心温まる、というのも、悪くはないわね」

 

 カウンセラーは考える。

 彼女が求めているのはスリルではなく、深い人間性なのだろうか。

 

「では、ブラック・スワンという映画はどうでしょう?」

「何それ」

 

 ここで、ある有名な映画を挙げる。

 

「バレエの話ですね。純真なバレリーナが、悪役を演じようとして、悪徳を知り。その役に飲まれてしまう、という話ですよ」

 

 バレエを知らなくても楽しめて、サイコホラー染みた心の奥深さのある作品だ。

 

「心温まる、とは違いますが。心理学的に、中々興味深い話だったので」

 

 叢雲は首に手を当て、考えるそぶりを見せる。

 

「なんだか暗そうね。大丈夫かしら」

「暗いのは、駄目ですか?」

 

 人の心を描いた良作なのだが。

 

 カウンセラーが思うに、案外、彼女は怖がりだったりするのだろうか。

 いや、まあ見るに、多分そうなのだろうが。

 

「どうなのだろう。ちょっと。妄想代理人っていう作品を思い出して」

「どんな作品ですか?」

「映画じゃなくて、長編アニメなんだけど。日本人の陰湿さを書いていたのだけど。あまりにも、生々しいというか。あまりにも陰鬱すぎて、途中で見るのを止めてしまったのよ。同監督のパプリカと千年女優が良かったから観たのだけど」

 

 カウンセラーは頷く。

 

「あまりにも暗すぎるのも問題ですね。フランスの歌に、暗い日曜日という作品があるのですが、非常に重たく、あまりにも闇が深く、多数の自殺者を出したと言われてます」

 

 叢雲はあいまいに、ゆっくりと頷いた。

 

「私も、人の心を見たいけど。暗い部分を見るのが好き、って訳ではないのさ」

 

 しばし、沈黙が流れる。

 

「意外と、映画、好きなんですね」

 

 叢雲はそっぽを向いた。

 

「まあ、嗜む程度よ」

 

 

 彼女からは教養を感じられる。

 色々なものを学び、観てきたという裏付けからなる教養が見て取れる。

 

「ただ。どうしても、好きだとは言えないわね」

「それは。どうしてですか」

 

 叢雲は俯く。

 

「ゲームが好き、って言えない理由もそうだけど。現実の世界に戻ってくるのが辛いのよ」

 

 すると、叢雲は顔を上げる。

 

「素晴らしい作品は、私たちを異世界へと連れてってくれるのよ。銀河鉄道の夜は知ってるでしょ?」

「まあ、ええ」

「異世界へと旅発つのは、とても、素敵なことだわ」

 

 それは、宮沢賢治の未完の童話だ。かなり、宗教的で、哲学的な作品である。

 

「主人公は、いじめられていて、寂しく、辛い生活を送っていた」

 

 ジョバンニはザネリにいじめられ、親友とも距離があり、孤独であった。

 

「するとある日、銀河鉄道に乗ることになり、異世界へと旅立つ」

 

 突然、星空を眺め、銀河鉄道への旅へと、友人カムパネルラと共に行く。

 

「そこで見たのは。美しき風景、素敵な人たち。彼はそこで幸福な時間を過ごすのよ」

 

 化石の発掘所、鳥捕る人、死んだ兄弟たち。

 

「でも、楽しい時間はあっという間」

 

 降りゆく人々。そして、夢の中での、カムパネルラとの別れ。

 

「夢を見ていたことに気づき、ジョパンニは現実に戻ると、唯一の友人が死んでいた」

 

 カムパネルラは川で溺れたザネリを助けるため、行方不明になっていた。

 

「この構図は残酷ね、幻想が素晴らしい程、現実は辛いのよ」

 

 深く、叢雲は俯いた。

 

「銀河鉄道の夜の解釈は概ねその通りでしょう」

 

 カウンセラーは何度も頷く。

 

「しかし、その話はもう少し、補足せねばなりません」

 

 彼女の解釈は、少々足りないのだ。

 

「異世界へと旅発つのは、現実へと帰ってくるためなのですよ」

 

 肝要なのは、ここなのだ。

 

「幻想を通して、新しい現実を見出すために、我々は異世界へと旅立つのです」

 

 幻想を通り抜けた後、現実へと戻ってくるのは不幸ではないのだ。

 

そこから、新しい現実が、生きるための新しい人生が始まるのだ。

 

「私はそのために、映画を見るのです」

 

 叢雲は天を仰ぎ、口を開いた。

 

「そう」

 

 心ここにあらずといった様子で、ぼんやりとつぶやいた。

 

「自分も、現実を見れるようになりたい」

 

 

 納得はしたのか、カウンセラーは分からない。でも、それでいいのだ。

 

「見れますよ。いつか、きっと」

 

 カウンセラーは、いつか、そのときが来るのを待っている。

 

 その時が来るまで、辛抱強く待つつもりであるのだ。

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