ある日、カウンセラーは提督と呼ばれる人間に会う機会があった。
普段、カウンセラーは提督と話す機会がないのだが。
呉の提督は、心の専門家であるカウンセラーを信用していない、というより、どう接していいのかがわからないようである。
まあ、こちらとしても、変に口出しをして、機嫌を損ねられるのは困るのであって。下手に接触を取ろうとせず、実績で有効性を示そうと、今まで慎重な態度をとってきたのだが。
あとは、どうも本部たる横須賀と呉の提督は、複雑な関係があるのだというが。なんというか、仲があまり良くないらしい。
カウンセラーも本来は横須賀の所属、ということになっている。
艦娘のカウンセラーの仕事も、横須賀の提督とのコネで手に入れたのだ、呉の提督とは初回にあいさつを交わしてそれっきりだった。
そういう訳で、カウンセラーも上からの刺客か何か、と思われているのかもしれなかった。
まあそんな訳で面倒な関係があるため敬遠し、カウンセラーと提督は接触する機会がなかったのだ。
どちらも艦娘とかかわる職業であるので接点はあるはずなのだが、その接点が今まで生かされることはなかったのだ。
そう、今までは。
話す機会があったのは、叢雲について、提督が訪ねてきたからだ。
「先生から見て、アイツはどうですかね」
呉の提督は一見粗雑だが、悪くない人間であったとカウンセラーは感じている。
「難しいですね。彼女の問題を簡単に解決、とはいかないでしょうね」
「そうか。何を悩んでいるのか知らんが、アイツはそんなに悩んでいるのか」
軍人としての彼は評せないが、仲間思いであり、ある程度成熟した人間であると感じたのだ。
「アイツは、俺や他の艦娘に心を開かないからな。先生には、どうなんですかね」
「色々と話してくれましたよ。内容については、規則ですので口外できませんか」
散々な自虐ネタを披露してくれました、とはとても言えない。彼女が大事にしているであろう、なけなしの誇りやら信頼やらが傷つくだろう。
「そうか。先生には、色々と話しているのか。大事なことをもっと俺や、他の艦娘を頼ってほしいんだがな。アイツは、気取ってんのか、見下しているのか。まあ多分、俺らに気を使ってんだよな」
日常から彼女は、溜めこんでいることを想像できる。
「俺も問題児は多く見てきたが、アイツは一定の距離をとって近づいて来るから、分からん。普通は、他の連中は、もっと俺を頼るのだがね」
それは、カウンセラーも感じた。他に看る艦娘は、この提督のことを信用し、信頼しているようだったのだ。
「アイツは変わっているが、いいヤツだからな。あんまりため込んで欲しくないんだが」
提督から見ても、彼女は変わって見えるそうだ。とはいえ、普段の彼女を見ている提督の認識は、カウンセラーの知る彼女の奇怪さの認識とはまた違うのだろうが。
「横須賀の、兼正提督は間違いなく知ってるはずなんだが」
ぼそりと提督はつぶやいた。
「俺も、心理学を学んだ方が良いのかね」
「どうでしょう。生兵法だと、見くびられそうですけど」
「なるほど、こりゃあ難しいな」
この提督に近づかなかったのは食わず嫌いだったのかもしれない。ただ、やはりと言うか、確かにカウンセラーの知る兼正提督とは、相性が悪そうであったが。
「まあ、お互い、頑張っていこうや」
そんな訳で、それなりに有意義な交流ができたと思う。
ある程度、彼女の人間関係というものを聞けて、把握できたのは嬉しい。
他の艦娘や提督と、寄って近づかず、といった関係を築いているようだ。
ふと思うが、彼女に気を許せる友人というのはいるのだろうか。
叢雲は他の艦娘と行事に参加したり、ゲームをしたりはするそうだが、これといって仲が良い友人はいないそうだ。彼女と同じ吹雪型がせいぜいそれなり、といった所だそうだ。
どうやら一匹狼を気取っている、らしい。
しかし、友人がいない、というのは中々にさびしいものである。何と言うか、響き的に。キャラ的にはおいしいだろうが、心理的には良くない。孤独は人を容易く殺すのだ。
まあ、仮に彼女がそうだとしても、カウンセラー自身は、彼女の友達を名乗ろうかと思っている。
あれだけ、暴露してくれたのだ。友達を名乗ってもよかろうよ。
大事なのは、心理的に近寄れる人がいることだと思っている。何も、“私たちズッ友だよ”と言えるような関係が友達ではないのだ。
お互いの立場は関係ない。一緒にいてそれで救われるような関係、それが人生において理想的な友人関係というものではなかろうか。
そんな感じのことを思いながら、今日もカウンセリングは始まる。
「今日は、ですね。私の方から希望があるのですよ」
叢雲は、じっとこちらを見ている。
「叢雲さん」
「何よ」
今日のカウンセラーは、聞くに徹するのではなく、攻めてみようと思うのだ。
「人は、信じられませんか?」
「信じたいのだけどね」
叢雲は少し目をそらす。
「あの文明人どもは、いつか裏切るわ。私たちの信用が固くとも、私たちを捨てる時が必ず来る。その恐怖が分からないとでも?」
「苦しんでいる、ということは伝わってきます」
彼女の恐怖を、カウンセラーが全てを理解することはできない。
分かるのは、彼女が本気で苦しんでいる、ということだけなのかもしれない。
「ですが、私たちは、もっと、分かり合えるのだと思うのですよ」
沈黙が少し、流れる。
「そうかしら」
納得はしていないようだが、話はできそうだ。
「ですから、とっかかりとして、映画の話をしませんか?」
何やら、叢雲は考えている。
「映画か。ウォッチメンの映画は、私は見てないしな」
「意外ですね。観てないのですか」
好きだと、主張していたので、カウンセラーは観ているのかと思ったのだが。
「私としては、あの漫画で満足してしまったからなあ。二次創作とかもそうだけど、あれを超えることって想像できないのよ」
なるほど。そういうことか。その作品の価値を重んじすぎて、それ以降の作品を評価できなくなる、というのはあることだろう。
「だから、映画の方は、あまり期待していないわね。出来は良くも悪くもないらしいし」
「偉大すぎる作品というのも、考え物でしょうか」
「玩具にするなら、軽い方が安全でしょうね」
叢雲は、ふんと鼻をならす。
「そうだな。じゃあ、ダークナイトは、観た? バットマンの映画の」
「ええ。観ました」
ウォッチメンと同じ会社の、アメコミ原作の映画である。
「あれは、良かったわね。正統派のヒーローものっていうのは、ああいうので良いと思うわ」
「ですね」
勧善懲悪に近いヒーローもので、単純ではない深みがある作品だったと思う。
「そういえば、あの作品にはジョーカーという悪役がいましたが、どう思いました?」
「ああ、彼も
映画では、ジョーカーという悪役が描かれていた。趣味の悪い色合いの服と髪で、白塗りの顔に笑顔のような傷を口に持つ人物。単なる小悪党とは違う、世間やヒーローを引っ掻き回して遊ぶ。その姿は正に、ジョーカーであった。
「いいんじゃない? 私は、好きよ。ああいうセンスのは」
コメディアンを好き、といっていた彼女であったが、ジョーカーもまたお気に召したようであった。
「まあ、評するなら、悪役らしい悪よね。かなり作りこまれているから、不快には思わないわ」
カウンセラーもそう思う。あれは役者の、良い演技であったと思っている。
「バットマンと彼は、お似合いね。殺すことのできない英雄には、丁度良い好敵手でしょうね。トムとジェリーみたいに、周りに迷惑かけながら、いつまでも喧嘩してればいいと思うわ」
やけに、辛辣なように思えるが。評価しているのだろうか。
「彼のジョークは。そうですね。何と言うか」
「ん。まあ、普通、狂人のジョークは観るに堪えないと思うけど」
叢雲はやけに真剣そうな顔をする。
「私は笑えたわ。冗談に生きるというのは、やはりいいものね」
あの作品も冗談だったのだろうか? カウンセラーにはちょっと違う気もするのだが。バットマンは普通に、正統派のヒーローものではなかろうか。
「やっぱり、ナッティープロフェッサーもそうですけど。ブラックジョークみたいな作品が好きなのですかね」
「うーん。一概にはそうは言えないのだけど」
ブラックジョーク、つまり皮肉が好きだと見ているのだが。
「心揺さぶれるような作品が好きなのよ」
「心揺さぶれるような、ですか」
そこで、叢雲は大げさに、身振り手振りをする。
「例えば、コメディーといっても、普通はマスクとか、ホームアローンとかみたいなのを想像するのじゃないのかしら」
「まあ、そうですね」
マスクもホームアローンも、名作コメディーだろう。続編も作られ、それなりに有名だ。
「良い作品っていったら。アクションでいう、マッドマックスだとか、スターウォーズになるかしら」
この二つの作品も有名だ。コメディではないので話からはそれるが、続編も作られ続ける名作に違いない。
「そういうのって、楽しいとは思うけど、その程度なのよね」
「はあ」
叢雲は大げさに肩をすくめる。
「私が求めているのは、そう、心の変化なのよ。最近の作品だったら、君の名は、だったり、シン・ゴジラだったりするのよ」
心の変化か。心、揺さぶれるような作品だろう。が、しかし。
「シン・ゴジラがそこで出てくるのは分からないのですが」
「え? 心に響かないの? ゴジラが来ているのに、会議ばっかりしているシーンが、すごく日本的で。私は心に響いたのだけど」
叢雲の眼が泳ぐ。
「ともかく、そういうのが私は欲しいの。性質の悪い冗談も素敵だけど、心温まる、というのも、悪くはないわね」
カウンセラーは考える。
彼女が求めているのはスリルではなく、深い人間性なのだろうか。
「では、ブラック・スワンという映画はどうでしょう?」
「何それ」
ここで、ある有名な映画を挙げる。
「バレエの話ですね。純真なバレリーナが、悪役を演じようとして、悪徳を知り。その役に飲まれてしまう、という話ですよ」
バレエを知らなくても楽しめて、サイコホラー染みた心の奥深さのある作品だ。
「心温まる、とは違いますが。心理学的に、中々興味深い話だったので」
叢雲は首に手を当て、考えるそぶりを見せる。
「なんだか暗そうね。大丈夫かしら」
「暗いのは、駄目ですか?」
人の心を描いた良作なのだが。
カウンセラーが思うに、案外、彼女は怖がりだったりするのだろうか。
いや、まあ見るに、多分そうなのだろうが。
「どうなのだろう。ちょっと。妄想代理人っていう作品を思い出して」
「どんな作品ですか?」
「映画じゃなくて、長編アニメなんだけど。日本人の陰湿さを書いていたのだけど。あまりにも、生々しいというか。あまりにも陰鬱すぎて、途中で見るのを止めてしまったのよ。同監督のパプリカと千年女優が良かったから観たのだけど」
カウンセラーは頷く。
「あまりにも暗すぎるのも問題ですね。フランスの歌に、暗い日曜日という作品があるのですが、非常に重たく、あまりにも闇が深く、多数の自殺者を出したと言われてます」
叢雲はあいまいに、ゆっくりと頷いた。
「私も、人の心を見たいけど。暗い部分を見るのが好き、って訳ではないのさ」
しばし、沈黙が流れる。
「意外と、映画、好きなんですね」
叢雲はそっぽを向いた。
「まあ、嗜む程度よ」
彼女からは教養を感じられる。
色々なものを学び、観てきたという裏付けからなる教養が見て取れる。
「ただ。どうしても、好きだとは言えないわね」
「それは。どうしてですか」
叢雲は俯く。
「ゲームが好き、って言えない理由もそうだけど。現実の世界に戻ってくるのが辛いのよ」
すると、叢雲は顔を上げる。
「素晴らしい作品は、私たちを異世界へと連れてってくれるのよ。銀河鉄道の夜は知ってるでしょ?」
「まあ、ええ」
「異世界へと旅発つのは、とても、素敵なことだわ」
それは、宮沢賢治の未完の童話だ。かなり、宗教的で、哲学的な作品である。
「主人公は、いじめられていて、寂しく、辛い生活を送っていた」
ジョバンニはザネリにいじめられ、親友とも距離があり、孤独であった。
「するとある日、銀河鉄道に乗ることになり、異世界へと旅立つ」
突然、星空を眺め、銀河鉄道への旅へと、友人カムパネルラと共に行く。
「そこで見たのは。美しき風景、素敵な人たち。彼はそこで幸福な時間を過ごすのよ」
化石の発掘所、鳥捕る人、死んだ兄弟たち。
「でも、楽しい時間はあっという間」
降りゆく人々。そして、夢の中での、カムパネルラとの別れ。
「夢を見ていたことに気づき、ジョパンニは現実に戻ると、唯一の友人が死んでいた」
カムパネルラは川で溺れたザネリを助けるため、行方不明になっていた。
「この構図は残酷ね、幻想が素晴らしい程、現実は辛いのよ」
深く、叢雲は俯いた。
「銀河鉄道の夜の解釈は概ねその通りでしょう」
カウンセラーは何度も頷く。
「しかし、その話はもう少し、補足せねばなりません」
彼女の解釈は、少々足りないのだ。
「異世界へと旅発つのは、現実へと帰ってくるためなのですよ」
肝要なのは、ここなのだ。
「幻想を通して、新しい現実を見出すために、我々は異世界へと旅立つのです」
幻想を通り抜けた後、現実へと戻ってくるのは不幸ではないのだ。
そこから、新しい現実が、生きるための新しい人生が始まるのだ。
「私はそのために、映画を見るのです」
叢雲は天を仰ぎ、口を開いた。
「そう」
心ここにあらずといった様子で、ぼんやりとつぶやいた。
「自分も、現実を見れるようになりたい」
納得はしたのか、カウンセラーは分からない。でも、それでいいのだ。
「見れますよ。いつか、きっと」
カウンセラーは、いつか、そのときが来るのを待っている。
その時が来るまで、辛抱強く待つつもりであるのだ。