「そういうのは、パッチ○ダムズとかは、まあ、素敵だったわね」
「クラウンドクター(病院などで心のケアをする道化師)の話ですね」
とある映画について語らせようと思ったけど、ハーメルンの禁止規約(実在の人物の登場する作品の投稿)に該当するんじゃね? と思ったので没。
いや、そういう意味ではないのかもしれないけど。
この規約ってどこまでセーフか謎ですよね。登場ってどこまでがいいのでしょう。
ただ、ただ、カウンセラーは叢雲を看続ける、
いつまでも、こんな日が続くのだろうと、なんとなくそう思っていたのだが。
どうやら、それは違うらしかった。
ある日突然始まった日常は、ある日突然終わるのだ。
さて、カウンセラーには、どうやったら人が、そして彼女が救われるのか、分からないでいる。
ただ、彼は艦娘がそれで救われると信じて、艦娘にも人の教えが適応されると信じて、ロジャーズの教えを守っているだけだ。
ロジャーズの教えの中には、こんなのがある。
カウンセリングの中で目指すことになる望ましい人間性とは、症状の重さの度合いや能力の有無とは、別の次元で現れる、らしい。
つまりは、ひどい精神疾患を抱えていても、身動きできないほどの能力の欠損が観られても、人間性は急速に回復することもあるということだ。
望ましい人間が現れる条件とは。それが何なのか、彼は未だ知らない。
言葉では知っているが、本質を理解した訳ではない。
つまりは、何が言いたいかと言うと、彼もまだ若いということだ。
「カウンセリングを、やめようかと思っている」
来て早々、叢雲はそう言った。
顔は決意に満ちている。
「それはどうしてでしょう」
叢雲はそれを聞いて、嫌な顔を作る。
「最初にも言ったでしょ。こんなところに居たくないって」
こう言う所は、中々変わらない物なのだろう。
カウンセラーは内心、ため息をついた。
「私ともっと、話をするのは駄目ですかね」
カウンセリングは悪ではないのだ。
心が傷ついた者には、カウンセリングが必要であると、カウンセラーはそう信じている。
「この場は、成長の場でもあるのです。叢雲さんが語ることで、叢雲さんの成長を促すことを、私は期待しているのですよ」
「成長なんか、欲しくないし」
叢雲はそっぽを向いたが、何かに気づいたらしく、恥ずかしそうにしている。
「ハハ。子供みたいね」
棒読みで、軽く笑う。
「ともかく、私は」
叢雲は、口を開け閉めし、何かを言おうとしているが、言葉が見つからない。
「私は、叢雲さんと話ができて、嬉しいのですけどね。こうやって、深い話ができる人は、中々いませんから」
カウンセラーは決して、他の艦娘との関係を軽く見ている訳ではないが、彼女は、ことさらに重いのは事実なのだ。
カウンセラーにとって、心をくすぐる艦娘が、目の前の艦娘なのだ。
「私も、先生と話をするのは、嬉しいわ」
叢雲は、俯きながら、そうこぼす。
「でも、私は、現実に。帰らなければならないのよ。自分は、現実にしか、生きられないから」
窓の方を向き、水平線を見つめる。
「戦場が、地獄が私を呼んでいるのよ」
カウンセラーは少し、考える。
「私は、叢雲さんの意思を否定しません」
じっと、彼女の眼を見つめ、彼女が見つめ返すのを待つ。
これまでも、やってきたことだ。
「ですが、もう少しだけ、その理由を聞かせてもらえませんか」
彼女は沈黙し、時計の針が進む。
「そうね。じゃあ、あとちょっとだけ、話をしましょう」
どうやら、まだ語ってくれるらしい。
ありがたいと思うが、これが最後なのだろうか?
「私の、理由を言うけど。少し、自分の作品について話をしようかしらね」
「作品、ですか」
「終わりだし、最初と同じようなことを話すのが良いでしょうよ」
彼女の作品。彼女の作品は確か。
「だから、言ったと思うけど、つまりはこの世界のことよ」
そう、この世界こそが、彼女の作品であるのだ。
「私はランプの魔人に会い、世界を変える権利を手に入れた。そこに自分は、自分だけの作品を描いた」
ありえないことだが、ランプの魔人は、どんな願いをも、叶えてくれる存在なのだという。
最初は疑ってきたが、今はそうだと信じられる。
世の中には私たちの知らない、不思議なことが沢山あるのだと。
「だけど、実のところ、自分は、こうした世界を作りたい、という考えがなかった。こうだったらいいのにな、世界はこうであるべきだ、と思えなかった」
思い描かないその理由を、カウンセラーは聞いている。
「どんな世界を作ったとしても、誰かに否定されるから、でしたっけ」
「そう。そうして作った世界がこの世界だけど」
叢雲は俯きながら、話し続ける。
「何故、この世界なのか。この世界にはどのような意味があるのか。それは私にも、わからない。そして、自分も知りたいと思っている」
そこで、カウンセラーは疑問をはさむ。
「前に言ってた、冗談ではなかったのですか?」
「冗談ではあるつもりだけど。ひょっとすると、冗談ではないのかもしれない」
冗談では、あるが、冗談ではない?
「どうも、自分の欲望が多少反映されているところが、少なからずあるみたいだから。それを冗談というのは、ちょっと、自身が無くなってきている」
「どうでしょう、ね」
彼女の冗談は、ニヒリズムであり、強烈な皮肉であるはずだ。
冗談ではない、とは、彼女にとって何か価値のあることが、この世界にあった、ということだろうか。
あるいは、こうして語っていく内に気づき、彼女の冗談に、修正が必要になったのかもしれない。
「例えば、自分は重度のアトピーだったのだけど。艦娘になったことでさっぱり治ったのよ」
「アトピーだったのですか」
アトピー。正式には、アトピー性皮膚炎。
皮膚というものは異物の侵入を防ぐ、バリアの機能があるのだが、アトピーの人はその機能が弱いのだ。
強いかゆみを引き起こし、重度の人は、全身が掻き傷だらけであったりする。
カウンセラーのかつての恋人が、そうであったのを覚えている。
「どうも艦娘になることで、身体の障害がある程度、解消されるみたいね」
叢雲は腕をまくって、そのきれいな肌を見せつける。
「どうせなら、頭の方もどうにかしてくれたらよかったのだけど」
視線を外しながら、ため息をついた。
「それと、私だけの一発芸があるのだけど。そうね、先生には見せていいかな」
そういうと、叢雲は深呼吸をし。
その姿がブレた。
すると、目の前に、蒼い髪と青い眼をした、幸薄そうな少女が現れた。
「ハア?」
「えっと。これが、私の一発芸なんです」
また、姿が変わり、今度は茶髪の、気弱い少女が現れる。
「自分は、今は電ですけど、ゲームの頃に、初期艦と呼ばれた艦娘になることができるのです」
またまた姿は変わり、今度は桃色の髪の、不思議な雰囲気を持った少女が現れた。
「いやー。どうしてこうなった、とでも言いますかー。謎ですぞー」
「なんだか、眩暈がしてきました」
カウンセラーは目頭を押さえた。
目の前で起きている現象が信じられず、何が起きているのかさっぱりである。
「本当にこれは、謎ね。叢雲だって改二まであるのに。私の体に、こんな機能があるメリットが分からないわ」
カウンセラーの目の前の誰かは、叢雲のものに戻り、いつもの偉そうっぽくした口調で語る。
「あとは、色々と、それだけでは、ないのだけどね。自分が知っていた艦隊これくしょんとは、違う所もあるし、同じところもある」
そうして、叢雲は、カウンセラーの眼をはっきりと見ている。
「これだけは本当に言えるのだけど。作りたくて作った世界ではないんだよ」
自分の世界が、自分の思い通りではない、ということを伝えたいのだろうか。
「でも、こうだとは、常に思っていた。作らなければならない、と」
「作らなければならない?」
カウンセラーはそう聞き返す。
「そう。私の中に、脅迫のように、こびり付いている」
作りたいとは、思ってはない。だが、作らなければならない?
理解が難しい。
「先生は、芸術の創作活動というものをしたことがあるかしら?」
創作活動。つまりは、何か、芸術的な活動だろう。
「私ですか。そうですね。音楽活動を大学まで、してましたけど。あとは、ツイッタ―で呟くことを、一時期仕事でしていましたね」
「広報活動?」
「まあ、そんな所です」
これはあまり、カウンセラーにとっていい思い出ではない。
「私の文は、いささか過剰すぎるらしく、変な人気が出てしまったんですよね。それで、仕事も降ろされてしまいまして」
つまりは炎上してしまったのだった。
「音楽の方も、ミュージシャンを目指してはみたものの。この仕事の方が、好きになりまして」
カウンセラーはミュージシャンになることは、魅力的であると思っている。そう、今でも。
だが、ミュージシャンになるのは厳しい。売れる才能と呼べるものは、自分には無かった。辛い現状を認められず、結局は、今の道を選んだのであった。
今も、音楽自体は好きなのだが。
「創作するというのは、本当に難しいわね」
少し、叢雲の顔がこわばる。
「思いを込めて、一生懸命作った作品が、全く評価されない。思ったものとは、全然違う作品ができる。適当に他人の真似をして作った作品が、ありえないほど評価されたりする」
芸術というものの本質は、難しい。
芸術自体は、作ろうと思えば、簡単に作れるものではあるのだが。作ろうとする心こそが、芸術となるのです。
ただ、評価されるとなると、それは別なのである。
主義主張は変わるとも、この世の中では、芸術もまた、求められている。耳触りのいいものを、観るに耐え得るものを、あるいは必要とされるものを。
それに沿った作品というのが、一般には評価されるのである。
彼にも、カウンセラーにもそれは、できなかった。
「私も、小説だったり、動画だったり、漫画だったり、音楽だったり。色々試みてみたけれど。そんなことが当たり前だった」
そういった中で、挫折を繰り返してきたのだろう。
「作ることが、好きなのですか?」
「いや? 嫌いだけど」
「え?」
いとも、あっさりと、叢雲は答えた。
「そうね。自分が小さい頃の話だけどね。ガンダムのプラモデルを買ったことがあったのよ」
「はあ」
ガンダムのプラモデルというとアレだろう。パーツの山から、完成品を作り出す作業である。
そもそもプラモデルというのは、歴史が古く、奥深い分野だと聞いているが。
「買ったはいいけど。自分は不器用でね。完成できなかったのさ」
まあ、難しそうだな、とはカウンセラーにも思う。
それに、子供が手を出して、あっさり完成、とはいかないと思う。
「で。どうしようもないから、作りかけのプラモデルを従兄弟にあげたのだけど。彼、すごく優秀な人間で、あっさり完成させてしまったのよ」
とはいえ、完成できる人は、あっさり作り上げてしまうのだろうが。
「なんか。それを見たら、馬鹿らしくなってね。あまり好きになれないのよ」
「才能みたいなものを感じたのですかね」
それを聞いた、叢雲は、深いため息をついた。
「あまり、私は才能って言葉、好きじゃないわ」
「それはどうしてです?」
何が気に入らないのだろう。
「才能って言葉を使う人は、言い訳しているのだと思ってた。何の積み重ねもなしに、自分ができる人間だと、信じていることに絶望してね」
「そうですか」
言い分もわかる。才能は、それまでの人生の積み重ねであると、どこかで聞いたことがある。最初から才能があるのではなく、それを形にするまでに、やることをやったのだと。
「そういう意味で、私は、技法の積み重ねが足りないのじゃないかな。って思ってたのだけどね」
そこで、叢雲は自嘲した。
「でも、やっぱり、作ること自体は、作品自体は素晴らしいのよ」
少し、何か、叢雲の雰囲気が変わる。
「自分の冗談に対して、皆が、思い通りの反応を返してくれる。それって、素晴らしいことじゃないかな。妄想するだけで、恋している気分になるわ」
顔もゆるみ、ひょっとすると、笑っているのかもしれなかった。
「だから、自分の表現が、誰かの心を響かせる。そこに、誰かが、私の中に神を見出すのだと」
ただ、それもすぐに鳴りを潜めた。
「信じていたのだけどね」
カウンセラーにとって才能というものがあるかどうか、答えるつもりはない。
ただ、向き、不向きというものはあるのだと思っている。
それは、どうしようもなく、生まれた時から決まっているものなのだ。
例えば、生まれた環境が音楽に触れやすかったりすることで、どうしようもなく、音楽の素養というものが決まってしまったりもすることが、その一つだと思っている。
「信じれない。のですよね」
「正直。わからない」
向いてないなら、どうするのか。
そこで、絶望いているのか、代わりのものを見つけるのか、あるいは、それでも諦めないのか。
「自分は、作ることに絶望したはずなのだ」
きっと、彼女は、諦めてはいないのだろう。
「でも、こうして、この世界を作り上げた」
叢雲は天を仰いだ。
「そして、これからも、私の物語を作り上げるのよ」
そうして、自身に言い聞かせる。
「どこでもない、この現実でね。それが、私の生きて、死ぬ意味なのかも、しれないのだから」
そうして、椅子から立ち上がり、ここから去ろうとする。
「さようなら。先生。今までありがと」
「待ってください」
「何よ。もう十分語ったでしょ」
カウンセラーは去る者は、追わず。
「これから、一人で、考え続けるつもりですか」
「そうよ。何か問題でも?」
だが、言うべきことがある。
「これから、辛いことがまだ、あるかもしれません」
彼女は、これから生きていてまた、死にたいと思うときがあるのだろう。
「その時は、私と一緒に考えませんか?」
「アンタ。いや、先生に、期待しろっての?」
出来れば、自身に期待してほしいのだが。
「いいえ、違います。期待するのは叢雲さん自身です」
きっとそれがいいのだろう。
「私は、未熟者です」
人間は、未熟な生き物だ。
完成させようとしても、完成がどこにあるのかすら分からない。
「ですが、叢雲さんもそうではありませんか?」
「だから何よ」
できるだけ、精一杯の笑顔を作って、カウンセラーは語り掛ける。
「一人で考えるより、二人で考える方が、マシではありませんか?」
しばらく、叢雲はカウンセラーを見つめ、何かを考える。
「考えておく」
そう言い残すと、部屋の扉を開ける。
そこで、立ち止まり、カウンセラーの方を向いて、こう言った。
「御免なさい」
そうして、彼女は去っていった。
だが、物語はまだ、終わらない。