救済の技法   作:倉木学人

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前回の没ネタ


「そういうのは、パッチ○ダムズとかは、まあ、素敵だったわね」
「クラウンドクター(病院などで心のケアをする道化師)の話ですね」

とある映画について語らせようと思ったけど、ハーメルンの禁止規約(実在の人物の登場する作品の投稿)に該当するんじゃね? と思ったので没。
いや、そういう意味ではないのかもしれないけど。

 この規約ってどこまでセーフか謎ですよね。登場ってどこまでがいいのでしょう。



9.救済の技法

 ただ、ただ、カウンセラーは叢雲を看続ける、

 いつまでも、こんな日が続くのだろうと、なんとなくそう思っていたのだが。

 

 どうやら、それは違うらしかった。

 ある日突然始まった日常は、ある日突然終わるのだ。

 

 さて、カウンセラーには、どうやったら人が、そして彼女が救われるのか、分からないでいる。

 ただ、彼は艦娘がそれで救われると信じて、艦娘にも人の教えが適応されると信じて、ロジャーズの教えを守っているだけだ。

 

  ロジャーズの教えの中には、こんなのがある。

 

 カウンセリングの中で目指すことになる望ましい人間性とは、症状の重さの度合いや能力の有無とは、別の次元で現れる、らしい。

 つまりは、ひどい精神疾患を抱えていても、身動きできないほどの能力の欠損が観られても、人間性は急速に回復することもあるということだ。

 

 望ましい人間が現れる条件とは。それが何なのか、彼は未だ知らない。

 言葉では知っているが、本質を理解した訳ではない。

 

 つまりは、何が言いたいかと言うと、彼もまだ若いということだ。

 

 

「カウンセリングを、やめようかと思っている」

 

 来て早々、叢雲はそう言った。

 顔は決意に満ちている。

 

「それはどうしてでしょう」

 

 叢雲はそれを聞いて、嫌な顔を作る。

 

「最初にも言ったでしょ。こんなところに居たくないって」

 

 こう言う所は、中々変わらない物なのだろう。

 カウンセラーは内心、ため息をついた。

 

「私ともっと、話をするのは駄目ですかね」

 

 カウンセリングは悪ではないのだ。

 心が傷ついた者には、カウンセリングが必要であると、カウンセラーはそう信じている。

 

「この場は、成長の場でもあるのです。叢雲さんが語ることで、叢雲さんの成長を促すことを、私は期待しているのですよ」

「成長なんか、欲しくないし」

 

 叢雲はそっぽを向いたが、何かに気づいたらしく、恥ずかしそうにしている。

 

「ハハ。子供みたいね」

 

 棒読みで、軽く笑う。

 

「ともかく、私は」

 

 叢雲は、口を開け閉めし、何かを言おうとしているが、言葉が見つからない。

 

「私は、叢雲さんと話ができて、嬉しいのですけどね。こうやって、深い話ができる人は、中々いませんから」

 

 カウンセラーは決して、他の艦娘との関係を軽く見ている訳ではないが、彼女は、ことさらに重いのは事実なのだ。

 カウンセラーにとって、心をくすぐる艦娘が、目の前の艦娘なのだ。

 

「私も、先生と話をするのは、嬉しいわ」

 

 叢雲は、俯きながら、そうこぼす。

 

「でも、私は、現実に。帰らなければならないのよ。自分は、現実にしか、生きられないから」

 

 窓の方を向き、水平線を見つめる。

 

「戦場が、地獄が私を呼んでいるのよ」

 

 カウンセラーは少し、考える。

 

「私は、叢雲さんの意思を否定しません」

 

 じっと、彼女の眼を見つめ、彼女が見つめ返すのを待つ。

 これまでも、やってきたことだ。

 

「ですが、もう少しだけ、その理由を聞かせてもらえませんか」

 

 彼女は沈黙し、時計の針が進む。

 

「そうね。じゃあ、あとちょっとだけ、話をしましょう」

 

 どうやら、まだ語ってくれるらしい。

 ありがたいと思うが、これが最後なのだろうか?

 

「私の、理由を言うけど。少し、自分の作品について話をしようかしらね」

「作品、ですか」

「終わりだし、最初と同じようなことを話すのが良いでしょうよ」

 

 彼女の作品。彼女の作品は確か。

 

「だから、言ったと思うけど、つまりはこの世界のことよ」

 

 そう、この世界こそが、彼女の作品であるのだ。

 

「私はランプの魔人に会い、世界を変える権利を手に入れた。そこに自分は、自分だけの作品を描いた」

 

 ありえないことだが、ランプの魔人は、どんな願いをも、叶えてくれる存在なのだという。

 最初は疑ってきたが、今はそうだと信じられる。

 

 世の中には私たちの知らない、不思議なことが沢山あるのだと。

 

「だけど、実のところ、自分は、こうした世界を作りたい、という考えがなかった。こうだったらいいのにな、世界はこうであるべきだ、と思えなかった」

 

 思い描かないその理由を、カウンセラーは聞いている。

 

「どんな世界を作ったとしても、誰かに否定されるから、でしたっけ」

「そう。そうして作った世界がこの世界だけど」

 

 叢雲は俯きながら、話し続ける。

 

「何故、この世界なのか。この世界にはどのような意味があるのか。それは私にも、わからない。そして、自分も知りたいと思っている」

 

 そこで、カウンセラーは疑問をはさむ。

 

「前に言ってた、冗談ではなかったのですか?」

「冗談ではあるつもりだけど。ひょっとすると、冗談ではないのかもしれない」

 

 冗談では、あるが、冗談ではない?

 

「どうも、自分の欲望が多少反映されているところが、少なからずあるみたいだから。それを冗談というのは、ちょっと、自身が無くなってきている」

「どうでしょう、ね」

 

 彼女の冗談は、ニヒリズムであり、強烈な皮肉であるはずだ。

 冗談ではない、とは、彼女にとって何か価値のあることが、この世界にあった、ということだろうか。

 

 あるいは、こうして語っていく内に気づき、彼女の冗談に、修正が必要になったのかもしれない。

 

「例えば、自分は重度のアトピーだったのだけど。艦娘になったことでさっぱり治ったのよ」

「アトピーだったのですか」

 

 アトピー。正式には、アトピー性皮膚炎。

皮膚というものは異物の侵入を防ぐ、バリアの機能があるのだが、アトピーの人はその機能が弱いのだ。

 強いかゆみを引き起こし、重度の人は、全身が掻き傷だらけであったりする。

 カウンセラーのかつての恋人が、そうであったのを覚えている。

 

「どうも艦娘になることで、身体の障害がある程度、解消されるみたいね」

 

 叢雲は腕をまくって、そのきれいな肌を見せつける。

 

「どうせなら、頭の方もどうにかしてくれたらよかったのだけど」

 

 視線を外しながら、ため息をついた。

 

「それと、私だけの一発芸があるのだけど。そうね、先生には見せていいかな」

 

 そういうと、叢雲は深呼吸をし。

 

 その姿がブレた。

 

すると、目の前に、蒼い髪と青い眼をした、幸薄そうな少女が現れた。

 

「ハア?」

「えっと。これが、私の一発芸なんです」

 

 また、姿が変わり、今度は茶髪の、気弱い少女が現れる。

 

「自分は、今は電ですけど、ゲームの頃に、初期艦と呼ばれた艦娘になることができるのです」

 

 またまた姿は変わり、今度は桃色の髪の、不思議な雰囲気を持った少女が現れた。

 

「いやー。どうしてこうなった、とでも言いますかー。謎ですぞー」

「なんだか、眩暈がしてきました」

 

 カウンセラーは目頭を押さえた。

 目の前で起きている現象が信じられず、何が起きているのかさっぱりである。

 

「本当にこれは、謎ね。叢雲だって改二まであるのに。私の体に、こんな機能があるメリットが分からないわ」

 

 カウンセラーの目の前の誰かは、叢雲のものに戻り、いつもの偉そうっぽくした口調で語る。

 

「あとは、色々と、それだけでは、ないのだけどね。自分が知っていた艦隊これくしょんとは、違う所もあるし、同じところもある」

 

 そうして、叢雲は、カウンセラーの眼をはっきりと見ている。

 

「これだけは本当に言えるのだけど。作りたくて作った世界ではないんだよ」

 

 自分の世界が、自分の思い通りではない、ということを伝えたいのだろうか。

 

「でも、こうだとは、常に思っていた。作らなければならない、と」

「作らなければならない?」

 

 カウンセラーはそう聞き返す。

 

「そう。私の中に、脅迫のように、こびり付いている」

 

 作りたいとは、思ってはない。だが、作らなければならない?

 理解が難しい。

 

「先生は、芸術の創作活動というものをしたことがあるかしら?」

 

 創作活動。つまりは、何か、芸術的な活動だろう。

 

「私ですか。そうですね。音楽活動を大学まで、してましたけど。あとは、ツイッタ―で呟くことを、一時期仕事でしていましたね」

「広報活動?」

「まあ、そんな所です」

 

 これはあまり、カウンセラーにとっていい思い出ではない。

 

「私の文は、いささか過剰すぎるらしく、変な人気が出てしまったんですよね。それで、仕事も降ろされてしまいまして」

 

 つまりは炎上してしまったのだった。

 

「音楽の方も、ミュージシャンを目指してはみたものの。この仕事の方が、好きになりまして」

 

 カウンセラーはミュージシャンになることは、魅力的であると思っている。そう、今でも。

 だが、ミュージシャンになるのは厳しい。売れる才能と呼べるものは、自分には無かった。辛い現状を認められず、結局は、今の道を選んだのであった。

 

 今も、音楽自体は好きなのだが。

 

「創作するというのは、本当に難しいわね」

 

 少し、叢雲の顔がこわばる。

 

「思いを込めて、一生懸命作った作品が、全く評価されない。思ったものとは、全然違う作品ができる。適当に他人の真似をして作った作品が、ありえないほど評価されたりする」

 

 芸術というものの本質は、難しい。

 芸術自体は、作ろうと思えば、簡単に作れるものではあるのだが。作ろうとする心こそが、芸術となるのです。

 

 ただ、評価されるとなると、それは別なのである。

主義主張は変わるとも、この世の中では、芸術もまた、求められている。耳触りのいいものを、観るに耐え得るものを、あるいは必要とされるものを。

 それに沿った作品というのが、一般には評価されるのである。

 

 彼にも、カウンセラーにもそれは、できなかった。

 

「私も、小説だったり、動画だったり、漫画だったり、音楽だったり。色々試みてみたけれど。そんなことが当たり前だった」

 

 そういった中で、挫折を繰り返してきたのだろう。

 

「作ることが、好きなのですか?」

「いや? 嫌いだけど」

「え?」

 

 いとも、あっさりと、叢雲は答えた。

 

「そうね。自分が小さい頃の話だけどね。ガンダムのプラモデルを買ったことがあったのよ」

「はあ」

 

 ガンダムのプラモデルというとアレだろう。パーツの山から、完成品を作り出す作業である。

 そもそもプラモデルというのは、歴史が古く、奥深い分野だと聞いているが。

 

「買ったはいいけど。自分は不器用でね。完成できなかったのさ」

 

 まあ、難しそうだな、とはカウンセラーにも思う。

 それに、子供が手を出して、あっさり完成、とはいかないと思う。

 

「で。どうしようもないから、作りかけのプラモデルを従兄弟にあげたのだけど。彼、すごく優秀な人間で、あっさり完成させてしまったのよ」

 

 とはいえ、完成できる人は、あっさり作り上げてしまうのだろうが。

 

「なんか。それを見たら、馬鹿らしくなってね。あまり好きになれないのよ」

「才能みたいなものを感じたのですかね」

 

 それを聞いた、叢雲は、深いため息をついた。

 

「あまり、私は才能って言葉、好きじゃないわ」

「それはどうしてです?」

 

 何が気に入らないのだろう。

 

「才能って言葉を使う人は、言い訳しているのだと思ってた。何の積み重ねもなしに、自分ができる人間だと、信じていることに絶望してね」

「そうですか」

 

 言い分もわかる。才能は、それまでの人生の積み重ねであると、どこかで聞いたことがある。最初から才能があるのではなく、それを形にするまでに、やることをやったのだと。

 

「そういう意味で、私は、技法の積み重ねが足りないのじゃないかな。って思ってたのだけどね」

 

 そこで、叢雲は自嘲した。

 

「でも、やっぱり、作ること自体は、作品自体は素晴らしいのよ」

 

 少し、何か、叢雲の雰囲気が変わる。

 

「自分の冗談に対して、皆が、思い通りの反応を返してくれる。それって、素晴らしいことじゃないかな。妄想するだけで、恋している気分になるわ」

 

 顔もゆるみ、ひょっとすると、笑っているのかもしれなかった。

 

「だから、自分の表現が、誰かの心を響かせる。そこに、誰かが、私の中に神を見出すのだと」

 

 ただ、それもすぐに鳴りを潜めた。

 

「信じていたのだけどね」

 

 カウンセラーにとって才能というものがあるかどうか、答えるつもりはない。

ただ、向き、不向きというものはあるのだと思っている。

 

 それは、どうしようもなく、生まれた時から決まっているものなのだ。

 例えば、生まれた環境が音楽に触れやすかったりすることで、どうしようもなく、音楽の素養というものが決まってしまったりもすることが、その一つだと思っている。

 

「信じれない。のですよね」

「正直。わからない」

 

 向いてないなら、どうするのか。

 そこで、絶望いているのか、代わりのものを見つけるのか、あるいは、それでも諦めないのか。

 

「自分は、作ることに絶望したはずなのだ」

 

 きっと、彼女は、諦めてはいないのだろう。

 

「でも、こうして、この世界を作り上げた」

 

 叢雲は天を仰いだ。

 

「そして、これからも、私の物語を作り上げるのよ」

 

 そうして、自身に言い聞かせる。

 

「どこでもない、この現実でね。それが、私の生きて、死ぬ意味なのかも、しれないのだから」

 

 そうして、椅子から立ち上がり、ここから去ろうとする。

 

「さようなら。先生。今までありがと」

「待ってください」

「何よ。もう十分語ったでしょ」

 

 カウンセラーは去る者は、追わず。

 

「これから、一人で、考え続けるつもりですか」

「そうよ。何か問題でも?」

 

 だが、言うべきことがある。

 

「これから、辛いことがまだ、あるかもしれません」

 

 彼女は、これから生きていてまた、死にたいと思うときがあるのだろう。

 

「その時は、私と一緒に考えませんか?」

「アンタ。いや、先生に、期待しろっての?」

 

 出来れば、自身に期待してほしいのだが。

 

「いいえ、違います。期待するのは叢雲さん自身です」

 

 きっとそれがいいのだろう。

 

「私は、未熟者です」

 

 人間は、未熟な生き物だ。

 完成させようとしても、完成がどこにあるのかすら分からない。

 

「ですが、叢雲さんもそうではありませんか?」

「だから何よ」

 

 できるだけ、精一杯の笑顔を作って、カウンセラーは語り掛ける。

 

「一人で考えるより、二人で考える方が、マシではありませんか?」

 

 しばらく、叢雲はカウンセラーを見つめ、何かを考える。

 

「考えておく」

 

 そう言い残すと、部屋の扉を開ける。

 

 そこで、立ち止まり、カウンセラーの方を向いて、こう言った。

 

「御免なさい」

 

 そうして、彼女は去っていった。

 

 だが、物語はまだ、終わらない。

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