陽陰と晴風   作:かないた

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航行開始

「・・・・・反乱とは、穏やかじゃない」

『ごめんなさい。現状はそれ以外の言いようがないわ』

「まぁ、これで司令官の予想通りになっているわけです。とりあえず状況が変わるまでこっちは逃げますよ」

『ごめんなさい、陽炎。晴風をお願い・・・・』

「本当なら私の身体も持ってきたいですけどそれだと晴風を直接は守れないですから。ではこれで。司令官もお体に気をつけて」

 ふぅ、とため息をついて陽野は誰もいない艦橋で何者かとの通信を切った。猿島からの攻撃を受け、とりあえず逃げた晴風はひとまずの休息を取っていた。当直の人員も最低限に削り、初めての戦闘行為を行った面々は休ませている。特に艦橋の主要メンバー全員は心理的なストレスが深刻だった。

「(艦長と副長は明け方、航海長も同じ。砲術長と水雷長は昼。ま、初陣の後だから大目にみとくかー)」

 陽野は内心呟きながら鎖を下ろし鳥島沖で停泊している晴風の舵を握る。眠くはならない。そういう体質だ。

 そんな一人でいる陽野の元に誰かがやってくる。艦橋の中に入ってきたのは麻侖だった。

「っと、今は教官だけか」

「ん?柳原さん、どうしたのこんな時間に。というかすごい汗だくだね」

「悪いね。ついさっきまで機関の修理してたんだ。汗臭くってしょうがない」

「いやいや気にしないよ。お疲れ様。この子、駄々っ子でしょ?」

「あぁほんとさ。一回焼きをいれたいぐらいだ」

 あっはっはっと快活に笑う麻侖だがわずかに疲れが見える。それもそうだと陽野は思い返す。調整が難しいこの晴風の機関を艦長の指示通り破損と紙一重のギリギリで稼働させきっていたのだから。おまけにまだ乗って一週間、それでこうも完璧に動かしてみせるのだから麻侖の苦労と実力が知れるものである。

「そんで教官が当直かい」

「うん。まぁみんな慣れない実戦で、ね」

「だろうなぁ。こっちも麻侖以外は全員布団にブチこんだよ」

「えっ、じゃあ柳原さん一人で機関整備をしてたわけ?」

「そーさ。ほら、麻侖は図太いからね。そんぐらいの気概を親方が持たなくてどーするよ」

「はは・・・・いやおかげで助かるけど、ちゃんともう休んでね?柳原さんだってこんなこと、初めてでしょ?」

「正直言えばだけど、さ。だけど洋美のこともあっから」

 洋美、といえばあの最初の顔合わせで陽野に詰問した黒木 洋美のことだろうか。麻侖は「あいつとは幼馴染なんだ」と言い、航海初日から編成のことで疑念を持って、特に艦長に対してあまりいい印象を持っていないという。

 猿島との交戦時に偶然流れてしまった「家族宣言」を聞いても尚だ。

「んー。黒木さんって、宗谷さんにこう、心酔?してるよね」

「包まず言えばな。麻侖もあんな洋美は初めて見たけど、思えばあいつ宗谷家のファンだった」

「ましろさんの家、ブルマーの宗家だもんねー。熱狂なシンパがいてもおかしくないから、しょうがないか」

 副長、宗谷ましろの実家である宗谷家は初代ブルーマーメイドを作り出した家であり、最初のブルーマーメイドが生まれた血筋だ。ゆえに、これまでも優秀なブルーマーメイドを生み出しており、宗谷家に良くも悪くもシンパがついている。

 あの洋美もまたそんな一人なのだろう。麻侖は親友の見たことがない熱狂的な姿に内心困惑しつつもいつもの調子を崩さずに機関室を治めていたのだった。

「とりあえず洋美のことは麻侖がみとくから、っていうのを副長には伝えといてくれい。ふぁ・・・教官、おやすみ」

「うん。ちゃんと寝てね。おやすみ」

 ふらふらと麻侖が艦橋から出て行く。外部の敵だけじゃなく、艦内も気にかけなくてはならない。後で医務室の鏑木さんにカウンセラーも頼んでおこうかと陽野は考えながら、明け方までの静かな海を眺めた。

 

 

 

 夜が明け、艦橋には砲術長と水雷長の除く艦橋員が集まっていた。

「晴風が反乱艦扱い!?」

「残念だけど、こっちの信号より先に古庄教官が連絡を飛ばしてたみたいだね」

「そんな・・・・こちらは一方的に襲われたというのに・・・・・!」

 ましろは陽野から告げられた事実に悔しそうに拳を握る。明乃は指を顎にあてて艦会えるそぶりを見せている。

「おまえたちはしってはならぬものをみたのダー!くちふうじにしずんでモラウー!アッ、にげられた。反乱したことにしちまエ!」

「えぇ・・・・!?そんなぁ」

 幸子がふざけた調子でそんなことを言い出しましろが「冗談でも勘弁してくれ」と言い、鈴は涙目に、明乃と陽野はクスクスと笑った。

 笑い事ではない状況なのだがそうなってしまった以上はどうしようもないと明乃は思っていた。なぜこんな自身が冷静でいられるのかとても不思議だが。自然と艦橋にいると落ち着いてしまっている。自室では不安で怖くて、誰かが死んだらどうしようと悩んでいたというのに。

「いやーまぁ、納沙さんの言葉も冗談ならよかったんだけど、あぁも攻撃されたらちょっと勘ぐっちゃうよね」

「ですがおかしいではないですか。こちらは遅刻して、その相手の都合の悪いものなんて見る余裕もなかった。陽野教官、あの猿島の艦長の古庄教官とは、どういう方なのですか」

「ん?いやほぼ面識ないからなんといえないけど、かなり真面目そうな人だったよ」

「あまり知らないのですか?」

「いやー配属先が違ったからねーしょうがない。でもま、理由もなく攻撃するような人じゃない」

 これは陽野の本心だ。あのタラップで自身を呼び止めたのは生徒たちのことを思ってだろう。そんなまともな人間があんな蛮行をするだろうか。よほどの役者じゃない限りは無理だ。

「まーしょうがない。疑いが晴れるまで逃げまわるしかないね」

「うぅ・・・・私たちお尋ね者ってことですかぁ」

「大丈夫だよ鈴ちゃん!きっと学校もちゃんと調べていけば私たちが無罪ってことわかってくれると思うから。ね、しろちゃん」

「なんでそこで私に振る・・・・・・」

 反乱艦扱いされたことに大いに混乱するかと思ったが首脳陣がこれなら大丈夫だろうと陽野は安堵する。なんであれ、このまま停泊しているわけにもいかないと明乃は判断し、抜錨を指示。鈴に学園に向けての航路を取るよう操艦させ、晴風は動き出す。

「まったく・・・初めての遠洋航海でこんなことになるなんて」

「あはは、そうだねしろちゃん。でも、きっと大丈夫だよ」

「艦長、楽観視するのは」

「ううん、そうじゃなくて。みんなが優秀だから、きっと平気だって」

「はぁ・・・・・とにかく、学園に戻りましょう。その間に損傷を受けた箇所の応急処理を」

「そうだね」

 猿島との交戦で一先ずは艦長、副長という間柄に収まったましろと明乃に陽野は微笑ましさを感じながらも平和を感じずにはいられない。幸いにも損傷は軽微で電子戦装備などは生きており、ネットも使用出来る。

 そのため、幸子などは丘のほうの情報を収集しているがこれといって何か報道はない。異常をきたしたのが猿島だけならすぐに報道もされないだろう。まだ昨日の今日だ。幸子はブラウザを落としながら、タブレットを脇に抱えた。

「はぁ、とにかく現況の記録は全部取っていますけど・・・・・・」

「とっておけば後で証拠になるしねー。改竄できない電磁記録なら尚更」

「はい。記録はこれからも続けます」

「よろしくね納沙さん。じゃあ私は仮眠をとるから、艦長は何かあったらよろしくね」

「はい、教官」

 あくびをしながら陽野は艦橋から立ち去っていく。初めての戦闘、後ろ盾を感じさせてくれた陽野に明乃は感謝しつつも制帽を被り直した。

「進路そのまま、ようそろ。各員気を抜かず、学校に戻り今回の事件を報告します」

 だが、この状況下で明乃も気がかりなことがある。何故か不具合のふの字もない通信機能がまともに作動しなくなっているのだ。おかげで長距離の通信は不可能。近距離か緊急の回線しか使えず学校にはまともに報告ができていない。

 全域の通信を傍受して現在の晴風の立場は知れたがそれだけだ。こちらから無罪を伝えるには直接学校に戻るしかない。

「(なんであれ、みんなを無事に返さないと)」

 艦長の責務を改めて確かめながら明乃は艦橋に立つのだった。

 

 

 

 夕暮れの中、晴風は学校への帰路を取っていた。朝からこれといってトラブルも起きず艦内の損傷を確かめながらクルーたちは艦内を動き回っていた。それを陽野は各部署の確認も込めて顔を出していた。

「よっと。ほいみんなやってるー?」

「おぅ!教官、機関はとりあえずだいじょうぶでぃ!」

 機関室にやってくれば麻侖が快活な笑みで出迎えてくれる。他の機関員たちはハンドルから手を離して用意されている椅子に座っている。麻侖の徹夜の修理で直った高圧缶は安定し、戦闘にでもならなければぐずる心配もなくなっていた。

「柳原さんもみんなもお疲れさん。通常の航行はもう平気そうだね」

「おうさ。だいたい勝手はわかったかんな。あとはこいつを艦長たちが無茶させなきゃ平気さ」

「あはは、まぁもう無茶させることはないと思いたいね」

「次無茶させたら教官からも艦長にお願いします」

 麻侖の横に座っている洋美はそんなことを言うが陽野は苦笑いして頷くだけだ。なんともわかりやすい反応に麻侖も苦笑してわるいわるいといったジェスチャーをしている。麻侖がいる限りは洋美も滅多なことはしないだろう。

「まぁ、あとは帰るだけだから。一度学校に戻って今回のことを報告して、もう一回実習だね。戻るまで、よろしくね」

「合点承知だ教官。麻侖に任せとけば問題ねい!」

「あはは、よろしくね」

 頼れる親方の返事を聞いて陽野は機関室を後にした。ここは麻侖がしっかり締めてくれるから概ねもんだいはないだろうと踏んだ。そのあとも備品倉庫や炊事室、砲塔や甲板などをめぐり、一通り見回った陽野は晴風の損傷はまだまだ軽微だと判断する。

 少なくとも応急修理であと何戦かいけるだろう。

 そう、陽野はこのまま何事もなくすぐに帰れるとは思っていなかった。いや、それどころか帰るのはもっと先になると踏んでいる。今起きていることがなんなのか、おぼろげながら知っている陽野は真雪から預けられたこの艦の生徒たちを守るためにも全てを艦長以上に把握しておかねばらない。

 たとえ偽りの教官という立場であっても、教官として彼女たちを見捨てずに誰も犠牲にさせず横須賀に帰らなけらばならない。

「(けど、そんな都合よくいくはずがない)」

 しかし、陽野は知っている。戦闘という状況がそんな甘いことをさせてくれるはずがないと。何かを失わずに守れるものなどないのだから。

 

 

 

 その陽野の予感は最悪に近い形でやってきた。もう陽も落ちる寸前で晴風の進行方向に割り込むように一隻の艦艇が現れたのだ。

 艦橋では明乃が現れた艦艇に近づくのは危険と判断し、すでに同航戦の状態に射程外だが並べている。見張り台とIFF反応からレーダーに映った艦影が今回の遠洋航海に参加したドイツからの留学艦“直教艦アドミラル・シュペー”であることがわかった。

「シュペーの主砲射程外ギリギリです。まだこちらに気がついた様子はないですが・・・・」

「いや、こちらはアクティブレーダーを使っているんだ。すでに向こうに捕捉されているはずだが」

「それなのに仕掛けようとはしてこない。でもこちらが離れようとするとついてこようとする。なんでだろうね・・・・・」

 幸子の分析から射程外での同航戦状態だがまだ戦闘にまではいっていない。向こうも晴風の様子をみるかのように動いており一定の距離を維持している。この動きからして、学校からこちらの探索を命じられたのではと明乃は思い、短距離なのでシュペーに通信を試みたが何故か向こうは応答なし。回線は事前に配られている遠洋航海の概要書に記載されていたものを使ったがそれでも反応がない。

「そもそも通信が使えなくてもそのつもりなら停船信号をなんらかの形で送っているはずだ。それができないということはどういうことなのか」

「とりあえず撃っとく?」

「西崎砲術長、それでは本当に反乱になります」

「でもこのままじゃ埒があかなくない?」

 志摩の頭を撫でながら芽衣はそう言った。確かにこのままというのも気持ち悪く、向こうがこちらに接触しようというのなら拒否する必要性も特にない。学校側から派遣されているのなら尚更だ。

 明乃はひとまず艦を接近させてみようと思い立ち、鈴に面舵を指示。晴風はシュペーへの接近を開始した。

 が、そうした途端にシュペーの方向から幾つかの煌めきが起こった。

『シュペー発砲!』

「なにっ!?」

「有効射程に入った瞬間に・・・・・!?」

 シュペーの主砲28cm三連装砲など晴風に直撃すれば一撃で轟沈。全員お陀仏。そんな代物がいきなり有効射程に入れば発砲。明乃は咄嗟に回避行動を指示するが、シュペーの砲弾は晴風の遥か手前で着弾する。

『着弾!しかしこちらを狙ったものではありません!』

 見張りの野間の言う通り、シュペーの砲撃は晴風を狙ったものでないようだった。

「野間さん、シュペーが何を標的にしているかわかるか」

 ましろが即座に野間に確認をとらせらば、野間から叫ぶような声が返ってくる。

『しゅ、シュペーは小型艇を狙っています!』

「なにっ!?小型艇だと!?」

「そんな軟目標を主砲で!?信じられない!?」

「シュペーの主砲は28cm・・・・こんなものをボートがくらったら・・・・・!」

 ましろ、芽衣、幸子がそれぞれ信じられないといった様子で声をあげる。明乃は悩む時間もおしいと口を動かした。

「総員!対艦水上戦闘用意!」

「か、艦長!?なにを!?」

「あの小型艇を即座に回収してシュペーから逃げます!それまで時間を稼ぐだけです!」

「しかしっ!」

「ココちゃんは教官を起こしてきて!」

「は、はい!」

 明乃がましろとの会話をしつつ幸子に陽野を呼んでくるように指示を出し、幸子が艦橋から出ようとしたが、そうしたところで丁度陽野が出てきた。本当に仮眠を取っていたのか花柄のパジャマ姿だ。

「うわっ、きょ、教官」

「あっごめんごめん。仮眠のはずがぐっすりだったね。そんで状況は?」

「ドイツ直教艦アドミラル・シュペーが小型艇を攻撃しています」

「小型艇を・・・・・」

 明乃からの報告を受け明らかに陽野が怪訝な表情を浮かべる。シュペーからの攻撃はまばらで小型艇はまだ逃げている。だが時間に猶予はない。いずれあの小型艇は至近弾で粉々にされ乗っている者も死ぬ。

「それで艦長はどうしたいわけ?」

「交戦許可を」

「うーん。自ら突っ込んだら誰か死ぬけどいい?」

 なんの臆面もなくそう忠告する。明乃は陽野の言葉に臆さずに立っている。ましろは陽野の言葉が事実だと、艦長が考えを改めてくれることを願ったが明乃の答えは想定外のものだった。

「では、私がスキッパーで小型艇の搭乗者を直接回収します」

「そうきたかー。艦長、それ艦長が死ぬよ?」

「うえぇぇ!?か、艦長、それは・・・艦長〜」

 鈴が泣いて明乃に言うが明乃は困ったように笑いながら制帽を脱いだ。それをましろの胸に押しつける。

「ごめん、しろちゃん。晴風の指揮権を一時的に預けます」

「な、艦長!待ってください!あなたは!?」

「晴風は私の発艦後シュペーの射程外ギリギリに退避!小型艇の乗員を回収するまで待機していてください!」

「ちょ!?マジで!?」

 本当に艦橋から駆け出していく明乃に艦橋員全員が衝撃を受け、明乃はましろの制止など気にせずに飛び出してしまった。後に残されたのは固まっている艦橋員のみ。ましろは信じられない様子で制帽を抱えている。

「ふーん。あの子はそういう子ななんだねぇ」

 そんな中、陽野だけはマイペースにそう述べた。それは失望でもなければ、落胆でもない。ただ事実を確認しただけのような口調だ。それに対してましろは立場など忘れて怒鳴った。

「陽野教官!?なぜ艦長を止めないのですか!?このまま艦長が飛び出せばあなたが言ったように誰かが死ぬ!それが艦長になる!何故止めなかった!?」

「止められないでしょ。あれはそういうもんだよ」

「そんな無責任な!」

「まぁトチ狂った艦長はこのまま海の藻屑になりにいったわけだけど、どうする副長」

 不気味なまでに冷静な陽野にましろは気味が悪くなる。何故この状況でこんなにも冷静に言葉を紡げる、なぜこんな簡単に人の生き死にを言える。何故この状況で、

 

 わずかに微笑を浮かべられるのだ。

 

 緊迫した艦橋内で野間からのシュペー発砲の報告だけが響く。小型艇を狙った砲撃が着々と正確になっていることも。

 そんな中、声をあげたのは意外にもいつもどこか逃げ腰の鈴だった。

「あ、あのう!か、艦長をたすけに・・・・!」

「知床さん!あなたはわかっているはずだ!シュペー相手に真正面から突っ込んでも・・・・!」

「でも、このままじゃ艦長が・・・・・艦長が・・・・・!」

 もう泣きながらの鈴の言葉にましろは狼狽えかける。胸に預けられた制帽からどんどん明乃の体温が消えていく。まるでタイムリミットを告げるかのように。とにかく時間はない。クルーの命をとるか、艦長の無謀に従うか。

 艦長は退避を指示した。それは自らの無茶に付き合わせないという配慮と戦闘になっては勝ち目がないことを見越しての判断だろう。ドイッチュラント級と陽炎型が正面から戦闘したところで勝ち目は薄いのだから。

 だが、だがこのままではあの艦長が死ぬ。間違いなく。彼女は言ったのだ「一時的に指揮権を預ける」と。それは絶対に帰ってくるつもりの者が言うことだ。あぁそうだ、何て身勝手な言葉だろう。だからこそ、ましろは腹が立ってきた。乗艦をほったらかしていったあの艦長に。

 ましろはわずかな間目を閉じた後、制帽をかぶりいつもは明乃の立っている場所に立ち、伝声管に向かって告げた。

「全艦、対水上戦闘用意!これより本艦はシュペーから砲撃を受けている小型艇救出に向かった艦長を援護する!相手にダメージを与える必要はない!牽制をかけ注意を引き、艦長が小型艇から人員救助後、海域を離脱する!」

 警報が響き、戦闘態勢に晴風が移行する。陽野は覚悟を決めたましろを認めて彼女の横に立った。

「教官、なんのつもりですか」

「いや、副長は必要でしょ」

「・・・・・・お任せします。ですが、戦闘後あなたにも私は言いたいことがあります」

「なんなりと。それじゃあ、始めようか」

「第五船速!おもーかーじ!」

「おもーかーじ!」

「発砲を許可する!ただし水面を狙って!」

「ゥイ・・・・・」

 ましろからの指示を受け、志摩は主砲それぞれの砲術員に指示を下す。主砲が旋回し、シュペーの少し手前の海面へ砲が向けられる。

「撃ち方始め!」

「てっ!」

 晴風が発砲した。それを音で聞いた明乃は振り向かずに驚愕する。指示したはずの退避をせずに晴風はこちらを援護するつもりなのだと。

「(みんな・・・・ごめん・・・!)」

 届きもしない謝罪をしつつ、明乃はスキッパーを小型艇へと向ける。晴風の発砲のおかげか、小型艇を狙っていた砲撃が緩んでいる。これならせっきんできそうだった。

 一方、シュペーの注意を惹きつけた晴風には六門の28cm砲による猛烈な攻撃が向けられている。

『シュペーまたも発砲!』

「取り舵!」

「とりかーじっ!」

『着弾!右20!また夾叉だ!』

「くっ・・・・!そう長くは」

「陽野より機関室、機関は?」

『あんまり長期間の負荷はきつい!もう機嫌わるそうでっ!?』

 麻侖からの言葉が途切れ伝声管の向こうから機関員たちの喧騒が聞こえる。慌てて陽野が麻侖に呼びかける。

「機関室!機関室!?」

『だぁー!バルブ損傷!馴染んできたと思ったらこれだ!ブリッジ!とにかく長くは保たんぞ!』

 ブシューという噴出音が陽野にも伝わり、機関室が今大変なことになっているのはすぐにわかった。これでは長くシュペーと距離を維持できない。下手に近づかれれば今度は晴風が明乃を回収できなくなる。

 晴風の有効射程はまだ遠く、一方的に攻撃を受けているが距離上がりどちらも動いているせいで未だ直撃は受けていない。ましろはそうわかっていても至近弾を数回受けて、晴風ももう無傷というわけではない。

「野間さん!艦長は!?」

『もう接触した!今小型艇から人員を回収中!』

「よしっ!知床さん!取り舵二点!シュペーの射程外に逃げる!」

「に、逃げるのはまかせてー!ようそろー!」

 泣き叫びながら鈴が舵を切り、晴風は退避を始める。だがここでシュペーの行動に異変が起きた。

『シュペー!取り舵!こちらに急速接近!』

「あちゃー。見逃してはくれないか」

 陽野が双眼鏡で見れば確かにシュペーは晴風へと接近しようとしている。これはもうどうしようもない。シュペーが舵を切っているせいか砲撃は止んでおり、わずかだか艦橋員たちは考える時間をあたえられる。

「ど、どうするの!?撃つ!?」

「・・・・・魚雷がない」

「そうだったーーーーーー!」

「シュペーの速力はこちらと同等以上、機関が弱い晴風では・・・・・」

 幸子がシュペーと晴風のデータを比較しながら苦い顔をする。いずれこのままでは機関が停止し晴風は蜂の巣どころか轟沈だ。ましろはこの状況ならどうするべきか考えるが何も策が浮かばない。ただし、もう夜だ。逃げ切ってしまえばそうそう砲撃も当たらない。

 そのために必要な足がもう厳しい。八方塞がりだった。

『シュペー発砲!』

「取り舵いっぱい!回避運動!」

「とりかじーっ!」

 必死に鈴が舵輪を回して晴風が大きく左方向に船体を向ける。砲弾は船体がわずかに傾いたせいか艦橋のスレスレを通り抜けていく。

「今のは危なかった・・・・!夜戦でこうも正確に位置を・・・・・・ってそうか!」

「(やっと気がついた・・・・)艦長代理、電気全部消させるよ」

「教官も気が付きましたか!そうさせてください!艦内の照明は全て切って!位置灯も!」

 ましろの指示で晴風の明かりが全て消されて夜闇に紛れる。そのまま進路を明乃との合流地点まで移動させればさっきまでのシュペーの正確な射撃が明らかに狂い出し、明後日の方向に着弾し始める。

「こんなわかりやすいことを・・・・・!」

「でもまだあいつら追ってくるけど!」

「どっちにちしろレーダーあるからすぐに対応されるか。艦長代理に意見具申。探照灯を使用して目くらましをおこなう」

「教官、それは・・・・・」

「動かしてるのは人間だからさ。悪いけどこっちも死にたくない」

 陽野が言ったのは夜間使用の探照灯を敵艦のブリッジに直接照射し目くらましをした上でその隙に逃げるというものだった。探照灯の光量は凄まじいもので直視などしようものなら失明する。それを利用し、相手のい動きを照射中は封じようというのだ。

 ましろはいくらシュペーに狙われているとはいえ、これではシュペーの生徒たちにも怪我をさせる可能性があると思ったが状況は優しくない。レーダーを目にシュペーは向かってくる。

「それをするぐらいならアクティヴレーダーを切ってしまえば・・・」

「いやもうそれ遅いよ。捕捉されてる。探照灯で目くらまし後にやるならいいけど」

「・・・・・・・」

『艦長のスキッパーと交差点まで70!』

 野間からの報告でましろは決断をせまられる。何を守るべきなのか。法か、仲間か、家族か。これから何かを救うために、何かを捨てろとこの教官は言っている。おそらく、いざとなればこの教官は自身から指揮権をとりあげることができるはずなのに、それをしよない。

「教官、なぜ教官が指示を出さないのですが」

「最初に言ったでしょ、私がとやかく指示を出すことはないって」

「ですが、この状況は私達学生の裁量を超えています」

「そうかもね」

「教官!あなたは・・・・・本当に教官なのですか!?」

 思わずましろが陽野の襟元をつかむが陽野はまったく動じない。不気味なまでに平常心だ。ましろの顔が驚愕に染まり、すぐに手を離す。一体彼女はなんなのか。

「・・・・・探照灯用意。シュペーの艦橋を狙う。立石砲術長、やってくれますか」

「うい」

 目深かに制帽を被り直し、ましろが志摩に探照灯照射を指示し、志摩が艦橋から出て行く。

「航海長は艦長を回収後取り舵いっぱい。機関室、離脱時に無茶させますが、よろしいか」

『てやんでい!死ぬよかマシだ!ただ十分だ!十分を超えたら機関が吹っ飛ぶぞ!』

「了解した。離脱時に五分だけ最大戦速。機関を不完全燃焼させて、黒煙でダメ押しする」

『わかった!あとあぶねーから麻侖以外退避させんぞ!』

「それは・・・・・・・わかった。ただし機関長も危なくなったら退避を」

『任せとけい!ほら洋美、若狭!さっさと出てけ!あとは麻侖に任せとけ!』

「では作戦開始!探照灯照射と同時に機関最大!艦長を回収する!」

 ましろの号令と同時に船速があがる。機関室では麻侖が必死にオンボロの高圧缶を制御する。あぁは言ったが本当はもういつ吹っ飛んでもおかしくない。全力稼働を続けた上での不完全燃焼。あまりに無謀だが、全員死ぬかどうかを天秤にかければこれぐらいは安いものだと麻侖は笑って仕事を続ける。

 陽野は襟元を正しながらシュペーをよく観察する。そうすればわずかにシュペーの船体に赤い葉脈のような模様が光っているのをが見える。思わず彼女はつぶやく。

「ミツケタ」

と。あまりに小さなつぶやきにましろ他の艦橋員は気がつくことなく、状況は進む。

「探照灯照射!」

 ましろの指示に従い、艦体に設置された探照灯を志摩が照射。まさに光の帯ともいうべきものが闇を切り裂いてシュペーの艦橋に直撃する。途端に相手の速力が鈍り、砲撃も止んだ。

「効果あったみたいだよ!」

 芽衣の報告にましろは次の指示を下す。

「もう艦長のスキッパーと交差する!回収用意!」

『艦長との距離20!』

「とりかーじ!艦長と接舷させて!」

『甲板の和住です!艦長を確認!艦長は回頭してこちらと並びました!』

「そのまま回収フックを!」

『えぇ!?で、でもやらなきゃ!青木さん!』

 並走しながらスキッパーを回収するというとんでもなく難しいことを初めてなのに成功させた応急長たちにましろは感謝しつつ、最後の指示を下す。

『艦長の回収確認!』

「このままシュペーの射程外へと退避し海域から離脱する!探照灯切れ!相手の目が戻る前に煙幕で撹乱できる!」

『うい』

「最大戦速をあと4分維持!納沙書記!付近に隠れられる無人島でも探して!そこで一時停泊、艦の修理を行う」

「はい!」

 シュペーの追撃はなく、晴風は這々の体で逃げ出すことに成功する。どうにか切り抜けたましろは様々な怒りと疑念が同時に吹き出してきた。飛び出した明乃への憤りもあるが、それ以上にこの教官かどうかすら怪しい少女に。

 陽野を睨めば、彼女はそんなことを気が付かずに鈴にレーダーを切っておくように指示していた。

 本当にこの教官はなんなのか。なにを教導するためにこの艦に乗っているのか。

「事後処理後、教官と艦長をこちらに。いいですね」

「・・・はい」

「あなたには一度、洗いざらい話してもらいます。私はあなたを・・・・ここのクルーとは認められない」

 ギロリとましろは制帽のつばで影になった奥から陽野を睨んだ。それを受けて陽野はお手上げだとホールドアップした。

 

 

 

 シュペーとの交戦により晴風は機関損傷。船体に複数の至近弾による損傷を受け、また負傷者も重症のものこそいなかったが何人も出始めていた。傷ついた晴風はその傷を少しでも癒すために入江のある孤島に数日間の潜伏余儀なくされることになる・・・・・・・。

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