Fate/Kaleidoscope   作:リク@物書き初心者

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世界は争いで満ちている。
世界は愚かさで満ちている。
世界は悲しみで満ちている。
汲めども汲めども尽きぬ哀しみ、それが地球という星を覆っている。
あるいは、人類がそれを積極的に発生させている。
争い、傷つき、争い、傷つき、争い、傷つく。
彼女は悲しくて仕方がなかった。まるで進歩せず、ただただ無限に繰り返される痛みを見るのは彼女にとってまさに、地獄の苦行であった。あまりに学ばず、あまりに救われない人類の事を思うと胸が張り裂けそうな思いだった。
―――争わないで
人類は争い続ける
―――憎まないで
人類は誰かを憎み続ける
―――どうか哀しみを産まないで
人類は無限に哀しみを産み続ける
「コロセコロセコロセコロセコロセ」
「タスケテタスケテタスケテタスケテタスケテタスケテ」
「ニクイニクイニクイニクイニクイニクイ」
「ダマレダマレダマレダマレダマレダマレ」
「シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ」
胸が苦しくなる怨嗟と絶望の声が延々と鳴り響く救いのない世界。
しかし、その反復にもいずれ終わりが来る。人が人の手によって新たな次元へと至るのではない。人は■の手によって管理される。数えるほどしかいない善人は■■へ、有象無象の悪人は■■へ―――。
彼女は主の一部として、『■■の審判』を実行する。全ての人間を公平に裁くために。善悪の二元論に則り、あらゆる魂は秤にかけられる。ガイアは恐らく抵抗しない。しかしアラヤは抑止力を行使するであろう。多少は厄介だが、十分に打倒可能な次元だ。
最終的にはこの道こそが編纂事象と化す。この行為はあくまで未来の為なのだから。
だが、彼女はそれを潔しとしなかった。彼女は他の個体とは異なり、眠らずに悠久の時を人類の観測に費やしてきた。本来は『■■の審判』を哀れな人類に通告するためであった。けれどもその長い時が、彼女に抵抗を生ませた。即ち『■■の審判』は起こすべきものではないと。これで運命を定めてはならないと。
だがそれは不可避の運命、未来に『必ず起こること』と予約された『決定』だ。一介の■■である彼女がどうにかできるものでないあたり始末が悪い。更にこれが人類史においての事象固定帯、即ち人理定礎となる。そうなれば人類■■の回避への機会は永久に近く失われる。原理上それを破壊することは不可能ではないが、少なくともそれほどの大偉業を成し遂げるのは彼女の出力では荷が重い。
故に、彼女は代替案を用意した。これを完遂すれば結果的に最悪の結末を回避できる。これを行うことで己という個体がどうなろうと構わなかった。
だが、この計画には多大な魔力を消費する。とても自分の■■としての権能だけで賄える量ではない。もっと膨大な魔力結晶が必要だった。
そして彼女は偶然それを発見した。正確にはそれを手に入れるための儀式があることを発見した。なるほど、それならば十分な魔力を得られる。己の計画を達成できる。それはまさに奇跡とも言える偶然であった。あるいはそれこそが運命であったのか、それは彼女すら与り知らぬ領域だ。
だがそんなことはどうでもいい。彼女はそれの名を口に出す。人類の為に絶対に必要であるその力の名を。自分が何としても得なければならない奇跡を。
「―――聖杯」







漆黒と日輪Ⅱ

「さて、邪魔して悪かったな、怪我はないか?」

突如現れたキャスターのマスター、レオンは気軽に嗣音に話しかける。その様子からは先刻、この無人屋敷の敷地でサーヴァント同士の熾烈な戦いがあったとは思えない。まるで何事もなかったかのようだ。

セイバーとアーチャーの戦いにライダーが乱入、更にそれを追ってきたキャスターまで入ってきた先の戦い。だがそれは、幸い四騎のサーヴァントによる殺し合いとはならなかった。ライダーはレオンを殺害しようとし、ライダーはそれを令呪で強制的に止めた。するとライダーは興ざめしたのか撤退し、アーチャーもそれに続いて姿を消した。今この場にはセイバーとキャスター、両陣営が未だ残っていた。

「いえ、こちらは大丈夫です。そちらこそ大丈夫ですか・・・?」

嗣音はレオンの問いに問いで返した。嗣音に怪我はないが、レオンはライダーに殺されかけたのだ。むしろそちらの方が遥かに心配であった。

「いや~肝が冷えたが幸い無傷だよ。おお怖い怖い」

あはははは、と笑みを浮かべながら返答するレオン。肝が冷えたとは言っているが、とても命の危機であったとは思えない様子だ。

「な、何が怖い怖いですか!もうちょっとで死ぬかもしれなかったんですよ!」

するとレオンの隣りにいたキャスターの少女がマスターに声を上げた。顔が赤くなっていて怒っているのは一目瞭然だ。

「すまなかったな、あそこで令呪を使ってくれて助かったよ」

レオンはキャスターの頭を撫でた。キャスターの怒りとは正反対にとても優しげな手つきだ。キャスターも最初は頬を膨らませていたものの、しばらく撫でられると機嫌が良くなったのか頬を緩ませていた。

「もう、次からは気をつけてくださいね」

レオンは首を縦に振ってから手を離した。そして再び嗣音達に顔を向けた。

「それで、あんた達はこれからどうするんだ?」

彼は嗣音とセイバー、両方にそう尋ねてきた。と言ってもセイバーに答える意思はあるまい。セイバーは刀こそ鞘に収めているものの、未だ柄に手を添えている。もしキャスター達が敵対の意思を見せればすぐにでも抜刀せんとする構えだ。

「私たちはとりあえず家に帰ろうと思います。初めての戦闘でちょっと疲れちゃったので」

嗣音は少しくたびれた様子で答えた。もちろん演技とかではなく素の態度だ。少なくとも今ここでキャスター達と戦うつもりはないし、戦えと言われても御免被りたいところであった。

「おおそうか、お疲れさん。もう夜だし、早く帰って寝るといい。魔術師だって人間だからな、疲れは取らないと魔術もまともに使えない」

「そうですね。休息は必要なものだと師匠も言ってましたし。・・・まぁ私の師匠はいつもだらしなかったですけど」

「え、あの、私実は魔術師じゃなくてですね・・・」

レオンとキャスターが疲れているのを気がけてくれたのはありがたい。レオンもそのサーヴァントも優しそうな顔をしているし、本当に良い人なのだろう。しかし嗣音は魔術師ではない。ただ気がつけばこの世界にいて、聖杯戦争に巻き込まれていたに過ぎないのだ。

「え?魔術師じゃないのにマスターなんですか?」

キャスターが目を丸くしている。マスターとは魔術師であって当然だ。驚くのも無理はない。魔術師でなければ魔力も持たず、サーヴァントを養うことも困難だからだ。嗣音とて、なぜ自分がセイバーを現界させられているのか不思議で仕方ない。

不思議そうに嗣音を見るキャスターに対し、レオンはじっと嗣音を見つめていた。肉体の特定の部位というわけでもなく、嗣音全体を、あるいは内面を見ているような目。手を顎に当てて何か考え込んでいる様子だ。

流石に嗣音も男性にジロジロ見られると照れくさい。レオンは服装は黒ローブという不思議な衣装だが、顔はアイドルや俳優のように整っている。一言で言うならばイケメンだ。そんな存在から見つめられた経験など無い。

「あ、あの、ど、どうかしましたか」

流石に耐えられなくなりレオンに抗議の念も込めて尋ねる。レオンは聞こえていないかのように見つめ続けている。更によく聞くと何かをボソボソと呟いている。何を言っているのかまでは聞き取ることができないが、何やら神妙な面持ちだ。

「なあ君、名前何て言うんだ?」

「え?はい、神崎嗣音と言います」

「そうか。では嗣音と呼ばせてもらうが」

ナチュラルに名前呼びされた、と若干驚く嗣音。もっともそれを突っ込むほど彼女は豪胆ではなかった。別に名前で呼ばれても問題はない。

「なあ嗣音。君は、一体何者なんだ?」

嗣音は思わず耳を疑った。レオンの問いが予想外だったからだ。

自分が何者なのか、など今まで考えたこともなかった。当たり前のように人間だと思ってきたし、外見的にも精神的にも人間だろう。人間の定義など哲学的な話はさておき、少なくとも生物学で言うホモ・サピエンスには該当すると思う。

突然の質問に呆けているとレオンが続けて口を開いてきた。

「嗣音、通常魔術師じゃないとサーヴァントを使役するほどの魔力は持てないんだ。しかし君は一般人にも関わらず最優のサーヴァントであるセイバーを現界させられている。君の先祖に魔術の家系はあったかい?」

「いえ、多分無いと思います。魔術なんて縁がなかったですし」

「そうか。だが君の魔力はとても魔術と無関係とは・・・。いや、これはそもそも人間の・・・?もっと別の何かが・・・」

レオンは目を閉じて考え込んでしまった。相変わらず小さな声で何かを口から漏らしている。その姿は難問を目の前にした学者と言った様子だ。

嗣音は自分の方がおかしいのかと不安になってきた。だが自分には魔術に関わる家系など無い。両親はごくごく一般的な人だったし、祖父母とて同様だ。そもそも魔術なんてない世界から来たのだ。魔術なんてフィクション以外では、見たことも聞いたことも・・・。

あれ?と嗣音は内心首を傾げた。今までの人生を詳しく振り返ろうとすると、何故か少しだが記憶がぼやける。これは沖田以外のサーヴァントを思い出そうとした時、バーサーカーやアーチャーと向かい合ったときと同じ現象だ。割りと子供の時の事は覚えているつもりだったが、ボケてしまったのか、あるいは昔のことも忘れてしまう何かがこの聖杯戦争にはあるのだろうか。

「まあいいか、特に問題もなさそうだし」

レオンは真剣な顔から一転、最初の顔に戻って口を開いた。その言葉に嗣音も考え事を忘れることにした。わからないことをいつまでも考えていても仕方がない。今は聖杯戦争の事を考えなくては。

「じゃあ俺達はライダーを追うことにするよ。幸いキャスターはライダーの居場所が大体わかるようだしな」

「待ってくださいキャスター。貴方はサーヴァントでありながらサーヴァントと契約しているのですか?」

セイバーがキャスターに正面から問いかける。あくまで声音は冷静で、キャスター達に対して油断はしていない表れだだろう。

「は、はい。師匠の召喚術を再現したら、ライダーさんが召喚されたんです。呼び出したのはいいんですけど、その後すぐにどこかに行ってしまって、急いで追ってきたらここに着いたんです」

「それも離れる瞬間様子が変だったんだ、こりゃただ事じゃないと思ってな。それで来てみたらああいう感じだ。まさかアーチャーにぞっこんとはなぁ」

返答するキャスターに続いてレオンも話す。キャスターが身振り手振りを交えて説明し、レオンはライダーに対して困っている様子だ。

「あの、そう言えば彼女のスキルがどうとかって言ってたんですけど、あれはどういう・・・?」

レオンはライダーに対して主にスキルの話を忠告している風だった。

サーヴァントにはスキルという特殊能力がある。スキルとは英霊が持つ技術や生前の活躍が具現化したもので、クラス特性とは異なる。レオンが言っていたライダーのスキル『妄執』は恐らく保有スキルなのだろう。

「ああ、それはこっちの事情だから気にしないでくれ。それに彼女自身の問題でもあるしな」

そう言って上手くはぐらかされてしまった。そう言うとレオンは乗ってきたバイクへと踵を返した。それを追ってキャスターの少女も歩いて付いていく。そして二人は機械仕掛けの馬へと勢い良く跨った。ヘルメットは持ってないようだが大丈夫なのだろうか。

レオンがバイクのエンジンを掛ける。今まで静かだったそれが一気に音を立てて鼓動を始めた。

「それじゃあまた。戦う時が来たら全力で戦おう」

レオンは軽く手を振って、キャスターはこちらにお辞儀をしてから、勢い良く屋敷の敷地から飛び出していった。あまり飛ばしすぎると危険なのでは、と不安になった嗣音だったが、まあそこは問題ないだろう、多分。

それにしてもあのレオンという人物。衣装こそ黒ローブといういかにも魔術師という感じだが、顔立ちや雰囲気がまるでそれらしくなかった。しかし嗣音の魔力について何か考え込んでいたのは少し気になった。

―――君は一体何者なんだ

彼の独り言にも近い言葉を胸の内で反芻する。自分は魔術師ではない。だからサーヴァントを使役できるほどの魔力を持っているはずがない。

ひょっとして本当は彼は自分の事を何か知っているのではないだろうか・・・・

だが、そんな思考はとりあえず頭の隅に置いておくことにした。気にしたところでどうにかなるわけでもないし、知ったところで何か変わるわけでもないだろう。それならもっと建設的な考えをしたほうが良い。

「さて、残っているのは私達だけですね。お怪我はありませんか?マスター」

セイバーがこちらの顔をじっと見つめている。既に刀を鞘に収め、警戒を解いているようだ。

ふと嗣音が辺りを見渡す。最大四騎のサーヴァントが集った廃墟の庭。そこには歴史に名を残す生きた伝説達が残していった跡があった。セイバーやアーチャーが宝具を構えたものの、実際に発動したわけではない。なので周囲の損傷と言ったら剣戟や銃弾の衝撃くらいのものだ。しかしそれでも岩にヒビが入るくらいの熾烈さであった。これが英霊の戦い。自分より遥か過去を生きた者たちの掛け値なしの殺し合い。

嗣音はふらっと足から力が抜け尻もちをついてしまった。放置された石畳に突然腰を下ろしたので多少痛かったがあまり気にするほどでもなかった。なぜなら痛いどころではなかったから。

「マスター!?やはりどこか怪我は何かを・・・?」

セイバーは慌ててこちらに屈んできた。突然立っていられなくなった主に驚いたようだが、彼女の主の表情を見て切羽詰まった表情は怪訝そうな物へと変わった。

座り込んだ嗣音は、笑っていたのである。

「あはははは、ごめんねセイバー。なんか、腰抜かしちゃったみたい」

苦笑いしながら屈んでいるセイバーに話しかける彼女。サーヴァント同士の殺し合いを間近で見たことで、本人でも気づかぬうちにかなり恐怖を感じていたようだ。戦いが終わって安心してしまったことで、一気に恐怖と興奮が波のように押し寄せてきた。あまりの非日常、普通の大学生だった嗣音が目撃した本当の命のやり取り。非現実的過ぎて痛みも特に感じない。一緒に戦うつもりだったのに、随分と情けない話だった。

「ごめんねセイバー、一緒に戦うつもりだったのに、私ばっかりビビっちゃって」

「大丈夫です、マスター」

セイバーは穏やかな笑顔でこちらに話しかけてきた。

「マスターが一緒に戦ってくれる、それだけで私は嬉しいんです」

セイバーが嗣音の目を見つめて話す。

私の願いは最後まで戦い抜くこと。病に冒され、隊士として存分に戦えなかった私は、ただ貴方と一緒に戦えるだけでいい。貴方と共に戦えるだけで私は幸福なんです」

静かに語られたその言葉は、こちらの不甲斐なさも一気に吹き飛ばしてしまう物だった。それだけ彼女の言葉には重みがあった。

新撰組一番隊隊長、沖田総司。新撰組随一の天才剣士と呼ばれながら、労咳に身体を蝕まれついに命を落とした悲運の武士。嗣音ごときが推し量れるものではないかもしれないが、仲間たちが国のためにと戦っている中、床に就くことしかできなかったのは屈辱の極みであっただろう。なら彼女の願いも合点がいく。この聖杯戦争で今度こそ最後まで主のために戦う、きっとそれは何よりも尊い願いだと思った。なら、自分が戦いを恐れるというのは、何より沖田に失礼というものだろう。

「わかった、ありがとう沖田さん。不甲斐ないマスターだけど、一緒に最後まで戦おう」

そう言って座ったまま彼女に右手を伸ばした。セイバーはそれをしばし見つめて、彼女も手を伸ばした。二人の手が固く結ばれる。不思議と心まで通い合ったような、そういう感覚だった。とても心地が良い。あまり人と触れ合うこともないが、人と触れ合うのがこんなにも気持ちいいことだったとは。

だが、とりあえずセイバーにはやってもらいたいことがある。いつまでも感傷に浸っている場合ではない。

「えっと・・・セイバーさん。ちょっと手引っ張ってもらってもいいですかね?」

左手の指で頬を掻きながら嗣音が話す。セイバーが謝りつつ急いで起こしてくれたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

「はぁ!」

短い声と共にランサーが槍を振るう。彼の獲物は、一般的に槍と呼ばれるものから常軌を逸している。彼の槍は雷神インドラから授かった物。柄の部分は短く、先端の鞘がとてつもなく大きい。紫色に輝く太陽を模した円から伸びている黒く鋭い三角。持ち手の短さと似合わぬそれのせいで、槍というよりはむしろ大剣という印象が感じられる。

彼はその槍らしからぬそれに己の炎を纏わせて攻撃力を向上させている。『魔力放出(炎)』というスキルだ。通常の魔力放出は、主に攻撃時に魔力をブーストさせて威力を上げるものだ。ランサーのそれは炎を付与して火力を増大させているのだ。

そのスキルに限った話ではなく、ランサーは戦闘時の魔力の消費量が馬鹿にならない。十分な火力を持つランサーは、それに応じて多くの魔力をマスターに要求する。もし彼が全力で戦えば、どんなに優秀な魔術師と言えども十秒で魔力が枯渇してしまうだろう。したがってランサーは己のマスターの魔力量に合わせて戦っているのだが、制限された範囲でも、ランサーの力は十分すぎると言える。

そして、その炎の槍を受け止める相手がいる。漆黒を纏う髑髏のアサシン。彼は、およそ最上級の英霊であるランサーの攻撃を、血塗りの大剣で正面から受け止めている。いかにランサーが全力を出せない状態といえども、それを受け止められるのはそうそうできることではない。正面から受ければ並みの英霊ではそれだけで大きな損傷となるだろう。それだけでも、アサシンがどれほどの力量の持ち主か推し量れるというものだ。

彼の獲物は何の変哲も無い剣。それを両手で振るってランサーと幾度となく打ち合っている。彼の剣には特に伝説に残るような逸話はない。神からの賜物でも伝説の名剣でもない。ただその剣は、アサシンの人生と信心が存分に染み付いている。暗殺者を暗殺する、教会の腐敗を葬り続けた彼の精神が、行動が、あるいは業の全てがその剣には血とともに塗りたくられている。仮令特別な品でなかったとしても、それだけでその剣は死の力を持つ魔剣と化す。

ランサーの槍はまたもその剣に弾かれた。勢い良く槍で斬りかかっていたため、ランサーが体制を崩してしまった。その隙を突いて、今度はアサシンが斬りかかる。上段からの一閃。何ら迷いのない一筋の刃。ランサーの首を取らんと襲いかかる。

もちろん黙っているランサーではない。ランサーは槍を持っていない左手をアサシンへと向ける。次の瞬間、ランサーの左手からおびただしい量の炎が噴出した。即座にアサシンが炎に包まれる。もちろんそれでどうにかなるほどアサシンは脆くはなく、またランサーもそこまで期待していない。だが十分に時間は稼げた。

アサシンは数秒後には炎から解放された。だがその時には既にランサーはアサシンの間合いから遠ざかっていた。先程の炎はただの目眩ましだ。アサシンが炎に気を取られている間に後退する。狙い通りに事が運んだランサーはひとまず内心ほっとした。

「見事だアサシン。暗殺者とは思えぬその技量、さぞ高名な英霊だとお見受けするが」

「我が名は誉れとは無縁の物。武とも縁無き暗殺者なり」

「ふむ、そうか。だがその剣の腕、よほど生前鍛錬を積んだに違いあるまい」

「我が授かった天命は即ち腐敗の断絶。その為に剣を振るうだけに過ぎん」

ランサーは内心アサシンを賞賛していた。彼の剣技にもそうだが、彼のそのあり方にもだ。彼の剣には一切の迷いがない。また、一切の装飾もない。ただ『殺す』という意志のみを凝縮した死の剣。憎悪による殺意ではなく相手の命を天に返さんとする純然たる信心。それが仮令狂信と呼ばれるものでも、その揺るがぬ有り様に、ランサーは敬意を表する。

「ならば、その天命を俺に見せてみろ。俺には神への信心と言った物はないが、インドラの名に掛けてお前を倒そう」

「良かろう、異教の神の子よ。我は汝の炎を消し去る者なり」

もはや言葉は不要だった。ランサーとアサシン。共に戦うために現界しているサーヴァント。そして互いの手には武器がある。ならばあとは戦うのみだ。

―――アサシンの力の源泉、彼の信仰がいかほどのものか、ぜひ見せてもらおう。

ランサーが槍の穂先でアサシンに突きを数回入れる。目にも留まらぬ速度だが、アサシンはそれを確実に剣でいなす。

だがランサーは既に次の動きに移っている。ランサーはアサシンへと跳び距離を詰める。その勢いで空中で前進しながら回転。力の限りを込めてアサシンの胸へと炎と共に斬りかかる。

アサシンは己の剣を両手で全力で槍と激突させる。

最上級のサーヴァント同士の正面からの全面衝突。

それは校庭の地面を裂き、校舎の壁に深い衝撃の跡を残す。周囲の遊具に至ってはほぼ完全に破壊されている。後日事情を知らぬ人間が見たら、爆発でもあったのかと驚くことだろう。それほどまでに、この二騎の争いは人知を超えたものであった。

相手を捻り潰すほどの膂力を秘めた槍。その一撃をもアサシンはあくまで剣で受けきった。

すでにアサシンの足下はひび割れ、多少ながら陥没している。それでもアサシンの鎧にすら傷が見えない。

刹那、アサシンの全身が黒い炎に包まれる。ランサーは反射的に目を見開く。もちろんランサーが放った炎ではない。そして黒い炎が消えた時にはアサシンの姿はなかった。

果たしてアサシンは何処へ行ったのか。それをランサーは僅か一秒後に知ることとなる。

―――凄まじいほどの殺気。

ランサーが背後から感じたのはそれだった。決して憎悪でも嫌厭でも、あるいは殺意ですらありはしない。ひたすらに単純明快。心情を抜きにして、ランサーの命、首のみを的確に見定めている。

ランサーとてサーヴァントだ。それだけで察することができた。アサシンは今、己の背後にいる。そしてその剣は己を狙っている。その剣を防ぐには、ランサーの一瞬の驚愕は致命的であった。

アサシンの剣がランサーの背中へと迫る。恐らく直撃すれば即死もあり得る剣。まともに食らうわけにはいかない。そう考え、ランサーはあえて膝を曲げ、斜め前の方向へと体制を崩した。アサシンの狙いが僅かにそれる。結果、ランサーを背後から狙った一撃は、ランサーの脇腹に吸い込まれていった。

「くっ!」

ランサーが剣で受ける痛みに苦悶の声を上げる。

ランサーの横腹にあたる部位。本来ならそこには、カルナの武装である黄金の鎧がある。しかし今彼を纏っているのは対象的な、漆黒の鎧。

黄金のそれは己のマスターの命のために与え、漆黒のそれは彼女とその同胞の憎悪を物質化した物。鎧としての機能は果たすだろうが、防御力は当然本来の黄金には劣る。漆黒の鎧によって軽減された攻撃は、しかし確実にカルナにダメージを与えていた。

だが受けた傷を気にしている場合ではない。肉を切らせて骨を断つ。それくらいの精神でなければ、アサシンに傷を負わせることはできない。

ランサーは崩した体制を立て直し、右手に槍を持ち、力強く横に薙いだ。

「ぐっ・・・!」

流石のアサシンといえども、攻撃後の硬直時間に神鎗を振るわれて躱す事はできなかった。ランサーの槍はアサシンの右腕に命中。アサシンを覆う重厚な鎧のせいで決定打とはならなかったが、アサシンも確かに損傷を負った。

更にランサーは追撃を仕掛ける。大きく払った槍の持ち手に左手を添える。槍と呼ぶにはあまりに肥大化している穂先でアサシンの髑髏の仮面に槍の一突き。

更に『魔力放出(炎)』で槍は日輪の炎に覆われる

結果、ブーストされた魔力によって驚異的な速度を持った槍がアサシンの兜へと迫る。いかにアサシンが強力な英霊といえども、神の槍を防ぐ術は持ち合わせてはいない。

「せえっ!」

力強い声と共に、アサシンの顔にランサーの突きが命中した。それと同時に、纏っていた炎が爆弾のようにアサシンを巻き込んだ。

ランサーが槍を頭部へ当てた瞬間、魔力放出によって生み出された炎を瞬間的に増幅。それをアサシンへと向けて一気に開放。結果としてアサシンとランサーの間には魔力の爆発が発生した。

ランサーはその動作を終えると一旦距離を置いた。この爆発はランサーが生み出した炎。己の炎で己が傷つく道理はない。故に爆発の中心にいたランサーは火傷一つない。

未だランサーの眼前にはアサシンを中心に炎の渦が発生している。校庭はすでに以前の面影はない。ランサーの威力を抑えた炎でも、遊具や草木は炎上しているのだ。校舎に至っては一部溶けかけている。

ランサーは己の脇腹を軽く手で抑えた。アサシンから受けた剣の一撃。幸い致命傷は免れたものの、その傷はかなり深い。だがこの傷のおかげで、アサシンには隙ができたのだ。その隙を突いて確実に攻撃を与えることができた。槍の人差しと炎の爆発。その威力は並の英霊の宝具にも匹敵する。確実にアサシンは傷害を負ったことだろう。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、という事だ。

だがランサーは油断してはいない。未だ槍の構えは解いていない。その双眼はしっかりと爆発の只中にあるアサシンを見つめている。理由は単純、これでアサシンを倒しきったとは思っていないからだ。

たしかに今の一撃はアサシンにとって手痛い一撃であっただろう。だが所詮はその程度。未だアサシンを殺し切るには足りていない。それをランサーは手応えから確信していた。

ようやくランサーが生み出した爆発が収束を見せ始めた。少しずつ炎の半球が萎みつつある。アサシンを中心としたエクスプロージョン。轟音も閃光も少しずつ止み、ついには完全に消え去った。中央に残っていたアサシンを残して。

爆発に巻き込まれた場所はことごとく黒ずんでいた。近くにあった草木は完全に炭や灰になっている。もはや到底校庭には見えない。そこは魔力による爆破跡であった。

そしてその中心にアサシンが健在であった。もっとも無傷であったわけではない。元々黒い具足であったため目立たないが、確かに炎で焦がされている。身体からは所々煙が立っている。衝撃に耐えきれなかったのか、両手で剣を立てて片膝を地に付けている。

「何・・・?」

流石のランサーも声を上げずにはいられなかった。何もアサシンが健在であったことに驚いたわけではない。先程の一撃でアサシンを仕留められないとはわかっていた。アサシンの損傷が片膝を付く程度で意識も戦意もあることは驚嘆すべきことだが、それに対して声を上げたわけでもない。

原因は、ランサーの目に入ったアサシンの姿であった。

ランサーは先程、アサシンの顔面に十全な膂力を込めた突きを放った。そのせいか、アサシンを覆っていた髑髏の兜が失われていたのだ。他の部位は欠失してないことから、恐らく刺突の衝撃で吹き飛ばされただろう。

アサシンは元から全身を黒い甲冑で覆っていた。その黒騎士を連想させる姿はアサシンの肌を完全に隠し、一切中の人物がどのような者か知る由はなかったのだ。しかし今アサシンの顔は顕になっている。

ランサーにも劣らないほどの鋭い眼差し。細い眉。皺一つ無い薄橙の肌。ふっくらとした小さい唇。更に肩ほどまである黒い髪。

ランサーは内心驚いた。その顔面はランサーにある事実を悟らせるに十分であったから。そして、それはランサーも予想だにしなかったことであったから。

そう、巨大な鎧を纏いその剣でランサーをも相手取ったアサシン、ハサン・サッバーハ。暗殺教団に伝説として名を残す初代のハサンであるサーヴァントは、少なくとも見た目は女性だったのである。

 

 

 

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・」

クンティはひとしきり走った後、校門まで辿り着いていた。この学校は校舎から校門までの距離が長く、全力で走ったのでそれなりに疲れてしまった。現に少しだが息が上がっている。だが途中で止まるわけにはいけなかった。何故ならアサシンから必死で逃げなければならなかったからだ。

胸に手を当てて深呼吸をする。クンティは戦闘用ホムンクルスであるものの、疲労がないというわけではない。走ったら汗もかくし呼吸も早まる。だが戦闘向けなだけあって、半ば自動的に魔力が回復に使われる。そのせいかもう呼吸は整っていた。

自分が走ってきた方向を振り返る。既に時間は夜で静寂に包まれている。ここからでは校舎しか見えない。

しかし、向こうの校庭では、二騎の英霊が覇を競っている。それも半端なサーヴァントではなく、この聖杯戦争で頂上決戦と言っても過言ではない二騎の戦い。

「わっ!?」

瞬間、クンティは蹌踉めいた。何も目眩や不調が起こったわけではない。単純に地面の方が揺れてしまったのだ。決して強い地震ではないが、常人なら何かに掴まっていないと立っているのは困難かもしれない。更にほぼ同時に遠くから爆発音が鳴り響く。間違いなく、これはランサーとアサシンの激突によるものだろう。ある程度距離が離れているのに、ここまで響く音と揺れ、どれほど戦いが熾烈なのか如実に示していた。ひょっとしたら、万が一にも、ランサーが敗北してしまうこともあるのではないか・・・

急に、胸が痛くなった。

またこの痛みだ、とクンティは首を傾げた。

苦しい、決して胸の部位に不調があるわけではないだろうに、なぜか刺激を感じる。ランサーは倒れていない。それはクンティとランサーの魔力の繋がりで感じることができる。だがランサーと交戦しているアサシン、あれはすごく危険だ。あのアサシンが何者かは知らないが、本能がそう告げている。あのアサシンは、ともすればランサーをも討ち取れるほどの強力なサーヴァントだろう。

思わず戦場に戻ろうとしてしまう。胸の不安がが大きくなっていく。

クンティ自身も驚いた。

自分はランサーを失いたくないと思ってしまっている。単純に戦力として惜しい、という理由もある。だが他に、彼を失う事が怖い、彼に死んでほしくない。そんな想いが自分の内に渦巻いている。

居ても立ってもいられない。ここで戦場に戻ることが不適当であると理解しているのに、それでも不安で不安で仕方ない。半ば無意識的に再び校舎の方へと向かおうとした時、全身に不思議な暖かさを感じた。

立ち止まって自分の体を、身体を覆っている黄金のドレスを見る。そのドレスが僅かに光っていた。太陽の輝き、それがクンティを暖めている。体温だけでなく、心も。まるで、大丈夫だ、と言われているかのように。

この金色のドレスは、ランサーの黄金の鎧から作られている。ランサーにとっての黄金の鎧とは彼の身体の一部のようなものだ。だから、今感じている暖かさはきっとランサーの暖かさそのものだ。そう考えると気持ちも落ち着いた。心配したって仕方がない。自分はただランサーが勝つのを待っていればいい。

その瞬間、風を切って何かがこちらに飛んできた。

剣、より正確にはレイピアのような物が三本。クンティも知識としては知っている。これは黒鍵と呼ばれる投擲武器だ。十字架を模した刀剣であり、多少の洗礼効果もある。使うのは専ら聖堂教会所属の代行者だ。

それも明らかにこちらの命を狙った物だ。物理的攻撃力はそこまで高くはないが、受けるのも好まない。クンティは即座に投擲された物を躱す。

「誰ですか!?」

即座に飛来してきた方向へと目を向ける。日が落ちているので辺りは暗い。街灯が夜道を照らしていると言っても、校門の周辺はあまり明るくない。そのため剣の主をすぐには観測することができなかった。

だが、コツコツと足音が聞こえてくる。次第に大きくなっていることからこちらに近づいてきている。

今こちらに来ている者は敵だ、それくらいはクンティも察することができた。ならば応戦しなければならない。クンティはドレスの内側に忍ばせておいた短い棒のような物を取り出した。それは剣の柄の部分であった。一切装飾のないシンプルなもので、片手で握れるほど小さい。だがそれには肝心の刃がなかった。もちろんクンティも刃がない剣で戦おうとしているのではない。

剣の柄を右手で握り、全身の魔力を集中させる。すると剣の柄が白く光始め、次の瞬間には何もなかった場所に美しい銀色の刀身があった。

この剣の柄はいわゆる携帯用の武器だ。通常時は剣の柄の状態であるが、使用者が魔力を注ぎ込む事で刀身が生え、剣として使えるという代物だ。魔力が強ければ強いほど強靭な刃となり、一般の剣と比較しても遜色のないほどの威力を発揮する。

そうして作り出した獲物を構えて目の前の敵が見えるまで待つ。しばらくするとようやく敵の姿が見えた。

全身を動きやすそうな修道服で包んだ男。その上からでもわかるほどの屈強な肉体。暗いのと、未だ距離があるので詳細なところは見えないものの、それでも大凡を見て取ることはできた。恐らくこの男は戦闘に慣れていると。

男はおもむろにこちらに歩いてくる。剣先を男に向けながらクンティは警戒する。

「答えろ、お前があのサーヴァントのマスターか」

すると男はこちらに問いを投げてきた。低く威圧的な声、間違ってもこちらと友好関係を築こうという態度ではない。

そして彼はサーヴァントと、マスターという単語を用いた。サーヴァントとはランサーのことを示しているのだろう。つまり、この男は聖杯戦争の関係者に間違いあるまい。サーヴァント特有の魔力を放っていないこと、更にこちらに攻撃を仕掛けてきたことからほぼ間違いなく他のサーヴァントのマスター。即ちこれ以上無い敵だ。

「はい。そういう貴方はアサシンのマスターですか?」

無機質に肯定し、相手にも同様の質問をする。あくまで右手の魔術じかけの剣を構えたまま。

「私の名はアラン・リンドバーグという」

すると男も首を縦に振った。名を名乗りはしたものの、相変わらず無機質な印象は消えない。ホムンクルスである自分以上に醒めているように感じられる。

名乗られた以上こちらも名を返すべきだろうか。以前の自分ならいざしらず、今の自分には彼から与えられた名前がある。名乗るのもやぶさかではない。そう考えていると。

「・・・人間ではないな。人造の生命、ホムンクルスか」

こちらが口を開く前にアランが口を開いた。

どうやったのかはわからないが、こちらの正体が一瞬で看破されてしまった。

クンティは内心僅かに驚いた。確かにクンティはホムンクルスだ。だが見た目は通常の人間と大差ない。確かに銀髪に白い肌、というのはいささか人間離れした印象を与えるかもしれないが、それでも本気で人間ではないと考える人間はいないだろう。

「そうですが、何か」

しかし自分がホムンクルスだとしても、否、意志を持つホムンクルスだからこそ自分は聖杯を手に入れなければならない。

自分の手で他の精錬された生命達を生む魔術を消さなければならない。この願いを叶えるためなら、仮令生きている人間を殺しても構わないのだ。もちろん、目の前の男でさえも。

アランはこちらに目線を向けている。暗中で見る限りでは、その目線は何か考え事をしているような目だった。

しばらくの間、静寂の時間が続いた。やがて彼の目つきが変わった。こちらを見定める目から、倒すべき敵と認識した鋭い目に。

「なら、大人しく消えてもらう」

アランが動き出したのは突然だった。

アランが腰を落とす。次に地を勢い良く蹴った。

凄まじい速度でこちらに接近してくる。

「なっ!?」

あまりに唐突だった故に不意を突かれてしまった。こちらが動けるようになった頃には、すでにアランは眼前近くまで迫っていた。

そしてクンティの前で急停止、勢いはそのままに右の拳を打ち付けようとする。一刻と無く、彼の拳はクンティの胸を抉りに行くことだろう。もはや強化の魔術で耐えるのも間に合わない。

クンティは咄嗟に己の獲物を胸の前で、両手で横に構える。彼女の魔力で作られた剣はある程度の強度がある。剣の幅は一般的な程なので、アランの拳も防御できると半ば本能的に構えていた。

程なくして、剣と手が激突する。

恐ろしいほどの膂力、剣を通してクンティはそう感じていた。一撃があまりに重い。剣で受け止めきれなかった衝撃が全身を駆け巡る。戦闘用ホムンクルスであるクンティは多少頑丈だが、もし常人が受けていたらこれだけで行動不能になるだろう。

体中が軋む。痛覚が受けたダメージを激しく訴えている。だがここで死ぬ訳にはいかない。まだ戦いは始まったばかりだ。ここで負けるようでは聖杯など夢のまた夢だ。

気力を振り絞って剣を構え直す。未だ眼前にいるアランに全力で剣を振るった。

狙うは首。あらんばかりの力を込めて腕を動かす。

アランはその一撃を躱そうとする。だが即座の反撃は予想外だったのか、完全には避けきれない。切っ先はわずかに、アランの頬を切った。アランの頬に血が滲む。

―――まだ!

クンティは間髪入れずに追撃を入れる。首を切れなかった。なら次は心臓を刺す。アランの胸に刺突を繰り出す。だがアランは右にステップした。敵の胸を穿たんと放った一撃はただ空を切っただけであった。

すかさずアランが横から、再び拳を叩きつけようと構えている。クンティは背筋が凍る。

先程の一撃、クンティの全身を駆け巡ったあの衝撃。あの一撃の際、魔術や他の武装での強化はまるで見られなかった。彼は令呪とは異なる刻印が刻まれた手袋をしているが、恐らくあれは物理的威力とは無関係だ。

つまるところ、先の一撃はアランにとっては通常攻撃に過ぎないのだろう。激突箇所を粉砕する頑強な握拳。あの一撃を今度受ければ、いかにクンティといえどもただでは済まない。今はランサーからもらった黄金のドレスを纏ってはいるものの、これは所詮衣服、鎧のように攻撃を防ぐことはできまい。更に今、クンティは剣を振ったばかりで先刻同様に剣でガードすることもできない。

クンティはほとんど反射的に左手を伸ばした。もちろん己の左側にいるアランに向けてだ。瞬間的に左手に魔力を凝縮させる。

すると、クンティの左手から突然、炎が現れた。周囲を溶かす程の圧倒的熱量を伴った業火。その炎は一斉に腕を伸ばした先のアランへと向かう。

アランは一旦構えを解き、素早く炎の届かない範囲まで後退した。クンティも急いで後ずさり間合いを取る。

魔術師にとって炎を出すなど初歩も初歩だ。そして戦闘用ホムンクルスであるクンティにも基本的な魔術はインストールされている。魔力さえあれば攻撃の一種として行使できる。

何もないところから突然炎が現れるのは、一般人が見れば驚愕することだろう。だが魔術に多少なりとも理解がある者ならまるで驚くことではない。だが実戦で突然使われたのなら話は別だ。

なるほど、確かに魔術師同士の規則や取り決めに則った決闘ならば初歩的な魔術など話にならないだろう。

だが、これは実戦だ。

実戦では威力ももちろんだが、それ以上にスピードが要求される。相手が何か行動する前に動けば圧倒的に有利だからだ。そういう意味では、炎を出すような初歩的な魔術も時には非常に有用な手段となる。

だがクンティも僅かながら驚いていた。

確かに狙い通り、炎を目くらましにして間合いを広めることができた。だが、僅かな魔力しか使わなかったにも関わらず、自分が出した炎があまりに膨大すぎた。軽く炎で牽制するつもりだったのが、周囲を焼き尽くすほどの火炎が発生している。理由は恐らく己のドレスだ。日輪の子であるランサーの鎧から出来た服には炎を強化する能力があると考えれば納得がいく。思わぬところで恩恵を得られたのは不幸中の幸いだ。

だが、それで戦況が有利になったかと言われれば首肯し難い。アランの放った最初の一撃が未だに身体に痛みとして残っている。更に相手は殴るだけであの破壊力を連発できるのだ。恐らく相手は近接戦闘の専門だ。恐らく人間として限界まで肉体と技を鍛えたらこうなるだろう。とにかく勝機があまりにも無さすぎる。

サーヴァントならともかく、今の自分にはあの聖職者は手に余る。このままだと確実に押し切られて殺される。かくなる上は令呪でランサーをここまで転移させるべきか。

「・・・一つ聞かせろ」

脳内で思考を張り巡らせていると、アランは突然クンティに尋ねてきた。アランはある程度構えを解いている。

「お前は何のために戦っている?ホムンクルスであるお前が。誰かの命令か?」

クンティは予想外の質問に思わず面を食らってしまった。まさか戦闘中に突然質問をしてくるとも思っていなかったし、この男が戦う意味を問うてくるような人間には到底見えなかったのである。

クンティは敵と会話する趣味はない。本来ならば返答する義理はないが、こちらは傷を負っている。少なくとも治癒魔術のための時間を稼ぐ必要がある。

「誰の命令でもありません、私の意志です。私は聖杯を手に入れてこの世から魔術を、マナを消去します。断じて、誰にも邪魔はさせません」

アランを睨みつけて己の意志を話す。何故質問してきたかはともかく嘘をつくこともない。幸い治癒魔術で自分の傷は少しずつ癒えつつある。あと少し会話で時間稼ぎができれば良い。

だが、次のアランの発言がクンティを完全に硬直させることになった。時間稼ぎという目的すら忘れるほどに。

「何故そんな願いを持つのかは知らん。だがこの世から魔力がなくなればお前も死ぬだろう。それでも構わんのか?」

 

 

 

率直に言うと、アランは内心驚いていた。少女の外見をしたホムンクルス。それが自分と交戦し僅かだが傷を負わせた事に。そして未だ相手が生きていることに。

アランは最初の一撃を勝負の決め手となるよう放った。拳が胴体に命中すればその時点で勝敗が決していただろう。仮に防がれても行動不能となる程の威力だったはずだ。文字通り必殺の一撃、まともに食らえば即死もあり得る拳は、残念ながら防がれて殺し切ることはなかった。

ホムンクルスだからと見くびったわけではない。相手が誰であろうと、敵ならばアランは力の限りで殺しにかかる。アランの全力の一撃に対処することはホムンクルスはおろか、それなりに鍛えられた人間でも困難であろう。

加えてあのホムンクルスはそこから体勢を立て直し、剣で反撃してきたのだ。アランの拳を剣で防いだとは言えど、衝撃は肉体に響いたはずだ。全身には痛みが駆け巡りとても直ちに戦える状態ではなかっただろう。

だがホムンクルスはこちらに剣を振ってきた。それも闇雲に振り回したという感じではなく、確実にこちらの首を狙った一閃であった。アランは即座に回避を試みたものの、間に合わず僅かに頬に切り傷を負った。今もそこからは血が流れている。傷を負ったこと自体は特になんとも思っていない。教会の犬であるアランにとっては傷を負うことなど珍しくはないからだ。だがアランが傷を負う時は、それなりに強力な存在と戦う時であった。魔道に堕ちた危険な人間、あるいは強力な死徒などだ。だがホムンクルスと交戦して傷を負ったことはなかった。戦闘用ホムンクルスといっても所詮は雑兵、アランは歯牙にもかけていなかった。

更にアランが二撃目を加えようとした際、ものの見事にそのホムンクルスは回避した。隙ありと側面から殴ろうとしたところ、反射的に炎を生み出しこちらを牽制してきた。それも詠唱なしで圧倒される業火であった。幸い炎に巻き込まれる前に後退したため損傷は無かったが、もし直撃していたら危険であっただろう。

明らかに通常のホムンクルスではない。恐らく戦闘用ホムンクルスであろうが、それにしてもあまりに頑丈すぎる。自分が戦った物とは異なる個体で、特殊な能力を導入された新型故に強力であるという可能性もある。だがアランはそうは思わなかった。思うに、目の前のホムンクルスと従来のそれとでは明確に異なる点がある。

先程相手が剣で反撃してきた時。アランの膂力を受けて恐らくあのホムンクルスは動けないはずだった。少なくとも他のホムンクルスや常人ならばあそこで動けはしなかっただろう。だがあの状況で確かに剣を振った。こちらの命を狙ってきた。その時の彼女の顔つきはまさに真剣そのものであった。

つまり、あのホムンクルスは恐らく意思を持っている。それも半端な物ではなく、強固で揺るぎない信念と言う物を。

そしてそれはアランが持っていない、あるいはアランから欠如してしまったものだった。生きる意味がわからないアランにとって意志など遥か昔になくなってしまった。

アランは非常に興味が湧いた。

何故ホムンクルスが意志を持って戦っているのか。その意志はどういうものなのか、自ら生み出したものか誰かから与えられた物なのか。そもそも何故人形が人間らしく意思を持ち得ているのか。

故に問うた。

返答は、まるでホムンクルスらしくないものだった。ある意味自分より遥かに人間らしい。

魔術の根絶、そのような大願を掲げた理由は聞いていない。どのようにそれを成し遂げるのかもわからない。聖杯はそのような願いも聞くのだろうか。

だがホムンクルスが魔術を否定する、というのは己の出生を否定するに等しい。当然ながら、ホムンクルスは魔術、特に錬金術によって生み出される人造人間だ。生命活動には魔力を消費するし、逆に言えば魔力なくしてホムンクルスは生きてはいけない。

即ちあのホムンクルスは自ら死の道を選んでいるに等しい。

自らの命を投げ捨ててまでの理想、よほどの覚悟に違いあるまい。そう思い確認の意を込めて再び問うた。

しかし答えはアランの予想通りとはいかなかった。

アランが問いを投げた時。魔術がなくなる時お前も死ぬ、ということを告げるや否や、ホムンクルスは目を見開き、完全に固まってしまったのだ。

この反応から、アランは相手のことを知ることが出来た。

あのホムンクルスは自ら死ぬ覚悟でその願いを口にしたわけではない。単純に気づいていなかっただけなのだ。己の儚い命を勘定に入れず、ただ理想のみを追い求めている。

 

今も目の前のホムンクルスは身動きが取れないでいる。もちろんアランが拘束術を使ったわけではない。ただ信じがたい事実に狼狽えているのだろう。もし今アランが拳を打ち込めば、とても先程のような動きで回避することは出来まい。それくらい今のホムンクルスは隙だらけであった。

「話にならんな」

アランは短く呟いた。ため息混じりの声には確かに落胆が混じっていた。

もはやこのホムンクルスと語ることはない。最初こそ僅かだが期待していた。ホムンクルスとは元来感情が限りなく希薄な存在。それが確かな意志を持って自分と戦い、未だ倒されずにいる。この理由は、いわゆる意思の力というものだろうと推測した。

ならば自分も学ぶことができるのではないかと思ったのだ。アランは自らが醒めてしまっていると自覚している。信徒にして信心は薄く、人として生きる目的も見つけられない。自分が今までしてきた事など、教会の都合で異端や人外を葬ってきたことくらいだ。

だからこそ飢えている。明確な目的意識がないから、何のために生きているかわからないから、生きる意味にどうしようもなく飢えているのだ。

これがアランが聖杯にかける願いでもあった。即ち「自らの生きる意味を、人間の生きる意味を問う」という事だ。

もしかするとそれは、どうしようもなくくだらないものなのかもしれない。だがそれはアランにとっては心からの希求であった。

またそれは、ひょっとするとこの人の被造物からも学べるのではないかと見込んだのだ。もちろんただのホムンクルスではいけない。この感情があるホムンクルスだからこそもしかしたら、と甘い期待を寄せてしまったのだ。

だが実際はこのザマである。あのホムンクルスが持っていたのは、覚悟から来る決意ではない。ただの蛮勇であった。採算の合わぬ自滅行為。これではあまりにも未熟、アランが求める解など見つかるはずもない。

 

 

アランはクンティの方へとおもむろに歩き始めた。正確には校門へと向かう方向に彼女がいただけなのだが。彼女は完全に戦意を喪失している。その証拠に今も俯いており、アランが近づいてもまるで動く様子がない。

アランは何も言わず、すれ違いざまにクンティの腹に殴りを入れた。

「がはっ!」

突然の衝撃にクンティが血反吐を吐く。ホムンクルスはそのまま抵抗もせず地に伏してしまった。恐らく気を失ってしまったのだろう。これでしばらくは動けまい。

アランはそれを確認すると小学校の敷地へと侵入した。確実に魔力を感じる方向、校庭へと歩を進めていく。

その途中、アランは先刻の自らの行動を省みた。他でもない、ホムンクルスへの腹部への一撃だ。

あの一撃は「死なない程度」に強い一撃だった。もちろんあの場では相手は隙だらけで全力で殴ることもできた。その結果相手を葬ることもできたであろう。それなのに自分はそうしなかった。戦略的に見れば、それは明らかに誤りだ。

聖杯戦争において、敵の陣営を潰すために最も簡単な方法、それは敵のマスターを殺すことだ。敵の陣営には必ずサーヴァントがいる。もちろんサーヴァントを倒せば相手は落脱となるのだが、サーヴァントを倒すのは容易ではない。だがマスターはただの人間。そしてマスターを倒せばサーヴァントは現界できなくなる。つまりマスターを殺したほうが遥かに楽に勝利できる。

だというのにアランはそうしなかった。むしろある程度の一撃を与えて気絶させ相手を生かしておいたのだ。

―――ひょっとすると、自分はあれに期待でもしているのだろうか

甘い期待だ、と一蹴した。もはやあのホムンクルスは戦えまい。自分の願いはやはり聖杯に託す他あるまい。まがりなりにも万能の願望機と称されるものだ。人の生きる意味くらいは解答できるに違いあるまい。

そのためにもサーヴァントの手綱を締めなければならない。そう思いアランは校庭へと急いだ。自らのサーヴァントであるアサシンと邂逅を果たすために。

 

 

 

 

未だランサーとアサシンは向かい合っていた。ランサーは槍をアサシンに向けたまま多少驚いた様子だ。アサシンは片膝立ちをした状態でしっかりとランサーを見据えている。

ランサーの炎を纏った一撃はアサシンに確実にダメージを与えた。外見の損傷は目立たないものの、その霊基は僅かに摩耗していることだろう。そしてランサーの槍撃はアサシンの兜を吹き飛ばした。ランサーの炎の暴発は頭部を中心として発生したのだから当然といえば当然であった。だが露呈したアサシンの素顔は、その重厚な鎧に相応しくない女性の顔であったのだ。

確かにランサーは予想だにしなかった事実に驚かされた。だが彼が気を抜くことはない。相手が女性であったとしても、その戦士としての力量はまさにサーヴァントの中でも五本の指に入る実力だろう。まして近接戦闘を主としないアサシンのクラスでこの戦闘力。相手が女性であるからと言って侮るのはクシャトリヤの風上にも置けないし、何よりこれ程のサーヴァントに余りにも無礼というものだった。

するとアサシンは地に立てていた剣に力を入れて再び立ち上がった。その瞳からは未だ戦意は消えておらず、むしろこちらを睨みつけるような視線であった。相手を突き刺すような冷徹な眼差し、あのだけの攻撃を受けておきながら眉一つ動かしていない。まるで何事もなかったかのように再び剣を構えた。

「ランサーよ、見事なり。その力、技、まさに斬り甲斐があるというものだ」

アサシンが唐突に口を開いた。無感情のように冷たい声だったが、確かにその内には賞賛の念が籠もっていた。また先程までは兜越しで発声していたので声の詳細がわからなかったが、素顔で話している声は女性らしい澄んだ物であった。だが威圧的な様子が消えたわけでもない、むしろ性別などこの英霊には何の関係もないと考えるほうが自然だ、とランサーは自然とそう思った。

「有難く受け取っておく。だがお前の剣も素晴らしい。お前とはぜひ剣士のクラスで戦ってみたいものだ」

「ふ・・・そうか、だが我がアサシン以外で現界する事はない。我は剣士にあらず、まさしく暗殺者の権化なれば」

ランサーもアサシンの技量を褒め称えた。

これまでランサーが生前戦った相手、またサーヴァントとして争った相手、その中でも随一の強さを誇るアサシン。気を抜けば即座にあの凶刃は己の息の根を止めることだろう。そのような相手と一対一で争えるという事は、無意識に彼の武士としての血を滾らせた。

再び撃ち合わんと両者が獲物を構える。破壊跡と化した夜の校庭に緊迫した雰囲気が流れる。まさに一触即発、どちらかが僅かにでも動けば、先程のような苛烈な闘いが行われるであろう。相手の動きを読み、自らが動くタイミングを測っていたその時。

「そこまでだ、アサシン」

突如二人以外いないはずの校庭に男の声が響いた。二騎のサーヴァントは目線を乱入者の方へと向けた。

アサシンの背後には全身を修道服に包んだ男性、アラン・リンドバーグが立っていた。アサシンとランサーの威圧を正面から受けておきながらまるで動じていない。それだけでもかなり肝が据わっていると言える。

「何用だ、我は貴様をマスターとは思っていない。早々に立ち去るが良い」

アサシンは相変わらず低い声で話す。それは女性の物であっても聞く者を萎縮させる凄みがあった。もっともアランにはまるで効いていないようだが。

あの男がアサシンのマスターなのだろう、とランサーは確信した。見たところ関係はあまり良くないようだ。だがアサシンは口振りは厳しいものの、その様子に嫌悪や侮蔑などは感じられない。まるであの男を試しているかのような、そういう雰囲気であった。

「そういうわけにはいかない。俺にも聖杯を手に入れたい理由がある。そのためにも、戦力としてお前が必要だからだ」

淡々とそう言ってアランは左手を右手に触れさせた。そして右手に装着していた手袋を外す。そこには赤い刻印、令呪がはっきりと存在していた。間違いなく、アサシンとの繋がりを示す令呪だ。

「―――令呪を以て命ずる」

アランの令呪の一画が輝きを増した。令呪、サーヴァントに対する絶対命令権を行使しようとしている。だがこの段階ではランサーも、アサシンでさえも、どのような命令を下すのか正確に予想できなかった。令呪を使ってランサーと戦わせる、という命令ならば令呪を使うには非効率的だ。また令呪によるブーストで一気にランサーを倒す、というのなら納得できるが、それならわざわざリスクを払って姿を現した理由にならない。

故に、アランが口にしたのはサーヴァント達にとって予想外のコマンドだった。

「アサシンよ、俺のサーヴァントになれ」

そう言って令呪が更に輝きを増し、そして消えた。

令呪は英霊に対するある種の抑止力であり、また特定の動作を支援する魔力の塊だ。その命令は具体的であればあるほど効果を発揮しやすい。例えば宝具を全力で開放せよ、という命令ならば通常より膨大な火力を持った宝具を放つことができるし、令呪を使えば魔法の域にある瞬間転移をも可能にする。

だがその反面、抽象的な命令には効果が薄い。その点、アランが言った『俺のサーヴァントになれ』と言うものはあまりに漠然としていた。契約上確かにアランはアサシンのマスターであり、サーヴァントになる、というのは魔力を含んだ命令でどうにかなるものでもない、ある種精神的な物だからだ。もちろんアランはそれを承知した上でやっている。

「愚かな。たかが令呪の一つで従うものでもない。あまりにも浅はかなり」

「―――重ねて令呪を以て命ずる。俺の傀儡となれ」

故にアランは迷いなく二画目を使用した。再び令呪が光り消える。その余波は確かにアサシンへと届いた。だがやはり抽象的な命令であることに変わりはない。確かにアサシンの内心には『この男に従え』という念が生まれたものの、それは恐ろしく微弱で拒絶すればあっさりと消える程のものだった。アランは既に三画の内、二つの令呪を消費した。

原則として聖杯戦争に令呪の復活はない。他の聖杯戦争では監督役の聖職者、あるいはルーラーのクラスから譲渡されることもあるがこの聖杯戦争にそのようなものはいない。

また令呪を失ったマスターは英霊に対する抑止力すら失うことになる。つまり令呪をすべて失うと言う事は、いつ己のサーヴァントに殺されても不思議ではない、というリスクを伴う。ただの人間であるマスターと人理に刻まれた英霊、争うまでもなくマスターは死ぬであろう。故にアサシンはここまでだと考えた。確かに令呪を惜しみなく投与したことは驚いたが、それでも従う義理はない。それだけでは山の翁を御するだけの覚悟が足りない。そう考えたのだが。

「最後の令呪を以て命ずる」

「何・・・?」

予想に反して、アランは何の迷いもなく最後の令呪を使おうとしている。思わずアサシンも声を漏らした。彼の目線はしっかりとアサシンへと向けられており、一切の雑念がない。そして最後の命令を、命を危険に晒してまでの言葉を放った。

「アサシン、その剣で俺に聖杯をもたらせ」

果たして最後の令呪が輝き、アランの右手からは完全に刻印が消え去った。これでアランはアサシンに抵抗する術を失った。その気になれば今すぐアサシンは己のマスターを殺すことができる。

元よりアサシンには聖杯に賭ける望みはない。聖杯とは異教の聖遺物だ。また仮にその聖杯がかつてかの聖人の血を受けた『Holy Chalice』ではない物だとしても、そもそもアサシンには願いなどないからだ。万能の杯によって叶えられる願いなどまやかしに過ぎない。

アサシンはランサーに背を向けてアランの方へとおもむろに歩いた。アランは逃げる素振りすら見せない。ただただじっと立っている。令呪はすべて使った、もしこれで殺されるならばそれだけだ、と覚悟していたからだ。

アサシンがアランの目の前で立ち止まる。アサシンはしばらくアランの顔を、目を見ていた。そして右手に持っていた剣を動かす。

―――やはりダメだったか、とアランは嘆息した。

元より望みは薄かった。アサシンはまるで自分に従う意思がなかった。この世界に来てからもアサシンはずっと単独行動をしていたし何をしていたかもしれない。だがそんな様子で聖杯戦争に勝てるはずもない。そこで街中を探しているとこの校舎で魔力の衝突を感知し、来てみるとアサシンがいた、というところだった。

こちらに付き従う意思がないならば、従わせるしか無い。そこでアランは令呪三画を以てアサシンを従わせようとした。単に令呪で強制的に隷属させようとしたのではない。令呪を全て使うことで、彼なりに己の聖杯戦争に向ける覚悟を示したのだ。謀反への備えである三画目の令呪すら消費したことで、命を捨てるほどアサシンが必要だ、ということを如実に示したのだ。それほどまでに、アランの聖杯への願いは本物であった。

だが現実はこうしてアサシンはこちらの命を狙っている。恐らくこちらの打算は失敗に終わり、数秒後には己の首は胴体から離れていることだろう。恐怖はない。むしろどうしようもない無念が胸の内に広まった。

アサシンがゆっくりと剣を動かす。しかしその剣はアランの首へと向かうこと無く、力強く地へと突きつけられた。殺すのではないのか、とアランは困惑した。

「承知した。我の力、ひとまず汝に預ける事としよう」

アサシンの言葉はアランの想像したものとは乖離していた。思惑通りに行ったことにアランは胸を撫で下ろした。

アサシンは令呪三画に抵抗できなくなったのではない。三画重ねようとも、その命令は意識にこびりついている程度にすぎない。だがアサシンは確かにアランの意思を、覚悟を感じた。アランの決死の覚悟はアサシンに納得させた。この男は自分が力を貸すに足りる存在であると。彼は異教徒ではあるが、己のマスターとして相応しい存在であると。ならばサーヴァントとして闘うことを拒みはしない。存分にこの力をマスターの勝利のために使うのみ。

「ではひとまず撤退するぞアサシン。ここで決着を付けることはない」

アランがアサシンの姿を見て提案した。アサシンの全身の損傷を見て、これ以上のランサーとの闘いは危険であると判断したのだ。仮にここで命からがらランサーを討ち取ったとしても、アサシンも瀕死状態と化すのは免れない。そこを他のサーヴァントに急襲されれば敗北もあり得る。またランサーには、あのホムンクルスのサーヴァントとしてまだ生きていてもらわなければ困る。

「請け負った」

短くアサシンが首肯する。その後ランサーへと振り返った。ランサーは未だ戦闘態勢を解除していない。両者の視線が交錯する。彼らの強い瞳は、常人ならばそれだけで腰を抜かすであろう重圧を帯びていた。

「槍兵よ、勝負は預けておく。次こそは必ず、汝の首を断つ」

相変わらずの力強い声だが、それは先刻の物とは僅かに異なっていた。その声には殺しきれなかった口惜しさが確かに含有されていた。そして次は必ず殺すという強い意思も。

「了解した。その時は俺の首を持っていくが良い。無論持っていければの話だが」

ランサーは臨戦態勢を解いた。それに次いで獲物の槍が光となって消えた。

ランサーとアサシンが言葉を交わす。インドの大英雄と暗殺教団の伝説は戦いを通じて、確かに相手を好敵手だと認めていた。

ランサーの言を聞き終わると、アサシンは黒い靄に包まれて跡形もなく消えた。霊体化したのだ。マスターの指示に従い戦場から離脱したのだろう。今いるのはアランと武器を持っていないランサーだけだ。

まだマスターが残っているのに一人で撤退するのはサーヴァントとしてはいかがなものだろうか。まして目前には、交戦の意思がないとはいえ敵サーヴァントがいるのだ。ランサーに襲われることはないだろうが、文句の一つは言いたい気分になった。

「では失礼する、ランサー」

そう言って校庭から離れようと歩く。両サーヴァントの激突で地面には亀裂が無数に発生し、部分的に凹んでいたが、歩く分には困らない。入ってきた校門とは異なる裏門の方を目指す。ランサーは何も答えずただじっと佇んでいる。予想通りアランを狙うことはないようだ。あとはこのまま校舎から離れるのみ―――。

ふとアランは立ち止まる。まだ若干ながら心残りがあった。首だけランサーを振り返る。

「ランサー。一つ頼みたいことがある」

「・・・?なんだ?」

突然話しかけられランサーが意外そうな表情をした。アランはそれを無視して淡々と口を開いた。

「お前のマスターであるホムンクルスについてだ。あれを決して死なせるな」

アランは自分でもその発言を疑問に思った。どうしてまだ自分はあのホムンクルスに期待しているのだろうかと。聖杯に問うべきことを、何故未熟な人造の生命にも待望しているのかと。

敵は即座に無慈悲に殺す、というのが彼の美徳だったのだが、人は期待と言うものを簡単に捨てられないから始末が悪い。まだアランの内心には、あの儚い命が己に解をもたらすのではないかと見込んでしまっているのだ。

そしてそれは決してあり得ないことでもないと考えている。何故ならあれは自分よりよっぽど人間らしい感情を獲得しているのだから、生きる意味をも発見することも不可能ではないのではないか、とアランは考える。

「無論、言われるまでもなくマスターは俺が守る。だがなぜお前がそれを願う?お前にとって我が主は倒すべき敵だろう」

ランサーが鋭く指摘する。アランは自らの内心が見られているようで些か不快であった。そして痛いところを的確に突いてくる。ランサーの問いは、まさにアランの方が解を欲しているのだから。

「何故、か・・・。強いて言うなら、あのホムンクルスを倒すのは俺だ、とでも言っておくか」

その言葉はあながち間違いでもない。アランが解を求めるのはあのホムンクルスであり、また倒すべき敵でもあるからだ。もし何も納得の行く答えが得られなければ、期待はずれとして自分が始末する。

「わかった。では行くが良い。お前の問いに答えが現れることを願っている」

ランサーはじっとこちらを見据えて話した。再びわかっているような事を言うのは気になったが、一々突っかかるほどではない。第一、今自分が話している相手は、あのアサシンと互角な程の力を持つ英霊なのだ。万一機嫌を損ねて殺されては堪ったものではない。

アランは首を前に向けて外へと歩いた。破壊された足場は歩くのが不可能な程ではなかったが、それでも歩きづらい。傷が入った校舎はサーヴァント同士の闘いの過激さを顕著に示していた。だが、それだけの戦闘力を持つあのアサシンを手に入れることが出来たのは大きい。それだけで令呪三画を使った価値はあっただろう。あとはあのアサシンを上手く使って戦っていけば良い。アランは確かな手応を感じ夜の街へと歩を進めた。

なおこの破壊の跡は翌日『小学校で謎の爆発、原因はガスか』という見出しで報じられたが、真の理由を知るものは、街の住人には一人もいなかった。




こんにちは、Fate/EXTELLAで号泣したリクです。アルテラさんまじ尊い
さて、この度もご閲覧いただきありがとうございました!
前回と今回でランサー陣営とアサシン陣営を書かせて頂きました。実は私カルナはトップクラスに好きなサーヴァントで書くのは本当に楽しかったです。CCCでは本当にジナコとの関係が好きだったので、自分もがんばってキャラを表現できたらな、と思います。(更に今行われているCCCコラボ直前ピックアップでカルナさんをお迎えできました!!!十連一回で引けるなんて神ガチャですよ!ちなみにマイルームをアルジュナにしたら来ました、やっぱ好きなんすね~)
山の翁はFGOで本当にお世話になってます(笑)あんなダークソウルにいても違和感ない見た目でめちゃくちゃ強くてかっこいいってんですから、こりゃ惚れないわけないっすわ、うん。
私が書いた本編では山の翁に関するとんでも設定が出てきてしまった(というか私が勝手に書いた)わけですが、FGOで山の翁を持ってる方、もしくは持ってない方もぜひ山の翁さんの性別を見ていただきたい、性別不明って書いてあるのだよ!!!(迫真)まぁ冗談はさておき、ちゃんと事情があってのそういうキャラ付けなんてぜひここは生暖かく見守っていてください。
そう言えば、友人のN君と話してたときなんですが
N「お前のSSの『つぐね』ちゃんの設定なんだけどさ~」
俺「おう・・・(つぐねちゃんって誰・・・?)」
N「主人公なんだからもうちょっとこう成長物語の方がいいって言うか・・・」
俺「(主人公・・・?主人公の名前って嗣音なんだけど・・・あっ)」
俺「すまん、あれで『しおん』って呼ぶんやで」
N「マジ?」
という会話がありました。はい、まるで気づきませんでした。
主人公は神崎嗣音(かんざきしおん)という名前です。文面だと気にならなかったんですが、呼び方が少し難しかったかもしれません、申し訳ない。
あと時々入る冒頭の文章。あれはある二人の視点で語られてます。一人は型月系の知識にお詳しい方ならもう目星が付いていると思います。もう一人に関しては・・・しばらくお待ち下さい。


そう言えば最近のFGOなんですが、イベント盛りだくさんですね
まず本能寺→明治維新
前回あとがきを書いたあとなんやかんやあって、ついに沖田さんを引き当てることが出来ました!ほんともうかわいい!マイルームに設置してつんつんするだけで幸福を感じられます。あ、沖田さんの絆4のボイスは破壊力まじやばいので、まだお聞きになってない方はぜひ聞いてみてください。
明治維新ではまさかの土方さんが実装されました。中の人はなんと星野貴紀さん(ジャック・アトラス!)。沖田さんつながりだし、モーションも凝っててすごくかっこいいですよね。引こうと思いましたが流石に無理でした、しゃーない。またぐらぐだかと思いきや意外とシリアスもありましたよね。ノッブも言ってましたが、型月はギャグの中にもシリアスを、シリアスの中にもギャグをぶっ込んでくるから素敵ですよ。
そして!ついに待ちに待ったCCCコラボ!執筆は奈須きのこ先生!もう面白くないわけがない!CCCは個人的に全Fate作品の中でもトップクラスの面白さだと思っているので、再びFGOでその姿が見られるのは本当に嬉しい限りです。先日のニコ生も興奮しながら拝見しました。5/1からGWを挟んでのコラボで、なんとボリュームは五章以上、林檎を齧る用意は万全です!
ちなみになんですが、沖田とカルナを引けたことで、私の作品に出ているサーヴァントで、FGOで実装されている鯖を全員揃えることが出来ました。わざわざカレイドスコープ、という名前のチームを作ってニヤけてます(気持ち悪い)


さて、御礼のほど述べさせていただきます。
今回も設定等のお話や日頃から交流させていただいているみやくもさん。本当に感謝してもしきれません。今後もおつきあいよろしくおねがいしますね!
友人のNくん。心理描写があまり得意でない私にとっては貴重な意見をいつもくれる貴重な人です。これからもアドバイスよろしくね。
また今回も読んでくださった画面の前の貴方、本当にありがとうございます。UAが上がるたびに喜んだり、コメントを頂いた日には家の中で飛び跳ねております(歓喜のあまり)。コメントを頂ければモチベが上がるので何卒・・・・・何卒・・・・!
次回はいつになるかわかりませんが、どうか首を長くしてお待ちいただければ幸いです。
それではまた次回のSSでお会いしましょう!さらば!

P.S
メルトが☆5とか・・・うそやん(絶望)
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