Fate/Kaleidoscope   作:リク@物書き初心者

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かつて男はとある儀式を見た。
魔術師なら誰もが恋い焦がれる根源。
汲めども汲めども尽きぬ無限の魔力、この世全ての知識が詰め込まれた禁断の地、故に其処へ辿る事は困難を極める。
ある者は挫折し、ある者は志半ばで倒れ、またある者は己の子孫へとその道を託す。
だが未だ根源へと至った人間は皆無だ。根源とは決して人が触れてはならぬ力、誰かが得れば人類の発展は止まる。
かつて、その場所に至らんとする者達がいた。
男は根源を目指す者を幾度となく見てきたが、恐らくその者達が最も肉薄したのではないだろうか。それほどまでに男が見た三人の魔術師は秀でていた。能力だけではなく、根源への執念といったものが。
男は三人の魔術師の中の一人に招待されてその儀式に立ち会った。男にそのつもりはなかったがその魔術師は男を師と仰いでいた。正直なところ魔導元帥と呼ばれた男ですら根源への儀式など眉唾だった。また儀式もあまり期待しておらず暇つぶしに見物しにきたに過ぎなかった、はずだった。
男の誤算は三人の魔術師は彼の予想を遥かに超えるほど優れていたことだった。不可能と思われた、根源へと至らんとする魔術儀式は、しかしその儀式によって現実的となったのだ。
男は基本的に性格が曲がっているので素直に人を評価することはない。もっともそれは彼が評価するほどのことなど魔術にはあまり出会わなかったからでもあるが。
しかし男は瞠目せざるを得なかった。賞賛せざるを得なかった。
それほどまでに「大聖杯」のシステムは優れていた。
そして男は同時に大いに憤慨した。男がほぼ不可能と諦観していた事を目の前の三人がやってのけた。つまるところ彼は恐ろしく負けず嫌いだったのだ。
そして男はこう考えた。
あの者たちができるなら自分もできて当然だ、と。


一章
侘び寂び


侘び寂びという概念がある。

極東の島国、日本での美意識の一つであり、質素倹約を是とする考え方だ。静寂を好み、華美なものを好まない。他国にはあまり例を見ない思考であり、外国人が理解しづらい概念の一つかもしれない。ちなみに侘びと寂びは別の概念であったが現代では一つの言葉として表現されることが多い。

基山零士もその侘び寂びを重んずる男であった。彼にとっては日本人の美徳とは即ちこの侘び寂びであり、質素なものを愛する日本人の精神性は利口なものであろうと信じている。煌びやかな衣を身に纏い、溢れんばかりの富と名声を得て、広大な領地を手に入れたとしても、それは一時の充足感を得るための手段にすぎない。そしてその充足感は一過性であり、やがてそれだけでは満足できなくなる。更に良い物を、より多くの財を、より広い土地を、欲望は無限大に増幅し死ぬまで人間を狂わせ続ける。それならば精神的に充足する方法を選んだ方が賢しいと言えるものだ。

また基山は魔術師でもあった。魔術というよりも呪術、より正確には日本古来の陰陽術と呼ばれるものだ。陰陽術は、古くは周王朝時代の陰陽五行説が日本に渡来し律令制の元で陰陽寮へと組織化。平安以降は霊的な災害を回避するための方法を示し日本独自の発展を遂げていったと言える。卜占、除災など一般に知られる役割に加え、陰陽と木、火、土、金、水の五要素を操る事ができる。しかし魔術協会は呪術は学問ではない魔道であるとしており、呪術が進歩しているのは日本、中国などのアジア方面であるといえる。そして彼はお世辞にも魔術が栄えているとは言い難い日本で細々と魔術を学ぶ男だった。

齢は既に還暦も近いものの、重ねた月日に応じて知識もまた濃厚となっていた。顔に皺は増えたものの、常に魔道への探究心で満ちる彼の心は未だ瑞々しい。基山にとってそれは喜びであった。生涯を静かに穏やかに暮らし、人生を学問に費やす。現代においてここまで贅沢な時間の使い方というのはそうあるまい。知恵を得て精神を富ませる、これが彼にとっての何よりの幸福なのだ。

 

 

 

彼は自宅である屋敷で茶を点てていた。彼は日本古来の道として茶道も嗜んでいる。茶道とは侘び寂びが凝縮された文化である。茶の道を大成させた千利休など基山が尊敬してやまない偉大な人であった。戦国の世に精神的な静寂を広めた彼は評価してもしきれない。

今の時代お茶などそこらの店でいつでも楽に買うことができるが、茶道とはお茶を飲むためだけのものではない。その真髄は落ち着いた心でお茶を楽しむというところにあるのだ。

基山はいつもの通り茶道の手順に則り作業を進める。誰も見ていないとは言っても茶道とは礼に始まり礼に終わる世界だ。個人的に茶を楽しむ時にも厳しく己を律しなければならない。

棗と呼ばれる茶器から茶をすくって茶碗に入れる。そして湯を注ぎ茶筅で茶を点てる。お湯とお茶が混ざり合って緑色の美しい液体へと彩られていく。ただ茶碗の中で混ぜるだけではなく丁寧に力加減を誤らないように慎重に行う。また心も非常に静かな状態で保っている。

あとは茶碗を回して正面を客の方へと向けて差し出す。

とそこまでして基山は不思議に思った。

今茶室にいるのは自分のみ。もとより一人で楽しむつもりであったし来客の予定もない。それなのになぜ自分は茶碗を誰もいない空間に差し出したのであろうか。

年老いているという自覚はあったが阿呆になっている自覚はないつもりだったのだが、やはり寄る年波には勝てないということだろう。

悲嘆に暮れるよりもむしろ無常観を持って行動を反省した。だがこの行動は単なるボケではないことを基山はすぐに理解した。

「ほう、美味そうな茶があるのう。どれ、一杯頂くとするか」

突然茶室の入り口から声がかかった。基山の鋭い目が声の方向へと向けられる。そこには少女の見た目をした何かが堂々と立っていた。

全身を黒い軍服に包み身の丈ほどもある赤い外套を身につけている。頭の帽子についている兜の前立てが特徴的だ。まるで軍人か独裁者のような衣装なのに服の主は背の低い黒髪の少女であるから不相応に感じる。

「・・・何者ですか」

低い声で謎の少女に問いかける。外見は少女のそれではあるが、見た目で惑わされるほど基山は愚かではない。彼女の正体はもっと別の何かだと本能が告げている。この尋常ならざる威圧感、本当にまっとうな人間なのかも疑わしい。例えるなら、王、それも魔王であるかのようだ。

基山の問いかけを無視し茶室へと入ってくる。礼などする気配もなくただ置いてあった茶碗を手に取り音を立てて飲む。一度口に含むと彼女は気に入ったのか続けて二度三度飲んだ。

基山は嘆息した。この存在が何者かは知らないが礼儀というものを知らないようだ。茶道の手順はおろか座りも礼もせず、あろうことか立ったまま茶を飲むとは彼に言われば言語道断だった。それもまったく知らない相手にこの態度とは傲慢不遜の極みと言える。

「老人よ。お主良い腕をしておるな。茶の味も絶妙、陶器のセンスもなかなかどうしてわし好みじゃ。それにこの茶室も良い雰囲気を醸し出しておる」

空になった陶器を見つめながら彼女は基山を賞賛する。感心している様子から本心から言っているようだが、何処の馬の骨とも知らぬ相手に褒められても嬉しいとは言い難い。

「お褒めに預かり光栄ですが、その前に礼儀を学ぶべきではありませんか?」

基山は少女に対して少々強めに諌める。

「・・・礼儀、じゃと?」

「然り。茶道の常識も知らず暴慢に振る舞うその様子、決して褒められたものではないでしょう」

少女は基山の言を聞いて呆けた顔をした。そして数秒すると口元が歪み、更に腹を抱えて笑い始めた。

「何がおかしいのです」

真剣に説教したつもりが笑われて気分がいいはずもない。老人の戯言と嘲っているのかもしれないが、もしそうならば先程彼女から感じたプレッシャーも虚構のものだったのであろう。

「わしに礼儀正しく振る舞えときたか!随分と面白い冗談もあったものじゃな!あはははははは!」

相変わらず笑いをやめようともしない。いい加減耳障りになってきた。面倒なのでそろそろ外に追い出そうかとも考えた時、突如少女の雰囲気が変わった。先程の笑っていた様子から一転、再び先程の、否、先程以上のオーラを漂わせ始める。そして冷徹な声と共に口を開く。

「あまり図に乗るでない、『小僧』が。何故わしがお主ごときに礼を示さねばならぬ。寝言は寝てから言うのじゃな」

恐ろしく威圧的な発言だった。恐らく常人ならばそれだけでまともな精神状態ではいられまい。まさに魔王の風格と言える。相手の一切を否定するただひたすらに圧倒的なオーラ。

「何を言うかと思えば。礼節を知らぬ者などただの獣です。礼を知ることができるからこそ人は人たりえるのです」

しかし基山はそういった恐れは気にも留めない。故に目の前の暴虐的な目にもまるで恐れず、逆に睨み返す。己を曲げて強者の言いなりになることなど彼にとっては恥辱の極みだからだ。その結果首を切られるならそれは仕方のないことだ。

しばらく両者のにらみ合いが続いた。一触即発、緊迫した雰囲気が茶室を満たす。常人がここに入れば部屋を出ることも叶わず縮こまってしまうだろう。やがて少女が飽きたのか目を閉じて口を開く。

「ふん、まあ良い。お主の茶の点前に免じて不敬を許すとしよう。さぁ、もう一杯茶をよこせ」

「・・・良いでしょう」

先程の鬼迫はある程度鳴りを潜め、また元の雰囲気に戻る。一応基山の茶が気に入ったようでおかわりを要求してきた。断る理由もなく、相手が辞めたにも関わらずこちらが攻めるのも大人げないと感じ承諾する。

黙々と準備を進めていると少女は腰を下ろし畳の上に胡座をかいた。

「そうそう、一つ言い忘れておった」

「何です?」

手を止めずに耳だけを彼女の言葉に傾ける。

「わしのクラスはアーチャー、第六天魔王、織田信長じゃ。お主がわしのマスターで相違ないな?」

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