Fate/Kaleidoscope   作:リク@物書き初心者

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魔術師と騎兵

「ふんふんふーん、ふんふーん♪」

彼女はさぞご機嫌そうに鼻歌を歌う。

本人はただ何気なくやっているのだろうが聞いている方も癒やされるような天使のような唄だった。

彼女は同時に地面にチョークのようなもので絵を描いている。絵というより正確には複雑な文様なものだ。大きさは半径二メートル程度。事情を知らぬ一般人が見れば上手な文様だとしか思われないだろうが、魔術を多少なりとも学んでいるものなら間違いなく驚嘆するであろう。地面に描かれている魔法陣は現代のそれとは根本的に異なる、失われた神代の魔術にも匹敵する召喚陣だったのだ。これならば世界の裏側にいると言われる幻獣神獣の類も実体化させられる。このロストテクノロジーをただの少女が再現していると魔術師に知られれば魔術協会からの監視は免れないだろう。もちろん少女がその魔法陣を全て把握しているかと言えばそんなことはなかったのだが。

彼女が作業をこなしていると誰かが階段を降りてくる足音が聞こえてきた。

「キャスター。儀式の準備は順調かい?」

「はいマスター。もうすぐ準備が終わりますよ」

キャスターと呼ばれた少女は黒いコートを纏った男から声をかけられて作業を止める。男はお盆にグレープジュースとクッキーを乗せておもむろに工房へと降りてきていた。キャスターはずっと地下室にこもって儀式の準備に取り掛かっている。サーヴァントと言えども流石に疲れるだろう、という男の配慮だった。なにせ既にキャスターは地下の工房でほぼ丸一日作業をしているのだ。なので彼女のマスターであるレオン・ミヤクモは定期的にこうやって差し入れを持ってきている。

ありがとうございます。と嬉しそうに礼を言ってからコップに注がれたジュースを飲むキャスター。レオンのサーヴァントであるキャスターは魔術師の英霊とは思えないほど素直で子供っぽいサーヴァントだった。白いドレスを身に纏い明るく微笑む姿はとてもかわいらしい。最初に彼女と出会ったときなんかは本気で天使か何かと勘違いしそうだったほどだ。

「しかしすごいな、この魔方陣は。現代の魔術師に見せつけてやりたいレベルだよ」

「いえ、これは私の力ではなく私の師匠の術式なんです。私はそれを再現しているだけで」

「でもそれを再現できるってだけで十分すごいよ。俺は少なくともこんな事できないね」

掛け値なしにレオンが賞賛するとキャスターが頬を染める。褒められることになれていないのかどういう反応を示せば良いのか困惑しているようだ。

この召喚陣は近くに存在する概念上の存在を引きつけ実体化させる、と言う物だ。例えば近くに幻霊などがいれば呼び寄せて自分の使い魔として動かせるし、幻獣などが該当すれば自分が主として従わせることができる。現代の死霊術、降霊術では低級の霊などを使い魔とすることができるがキャスターの魔術はそういう点で現代の降霊術を遥かに超えていた。彼女の最大の特徴は幻想種をも呼び出せる高スペックな術式と膨大な魔力にある。幻想種とは幻想、伝説の中にのみ生息する生き物だ。いわゆる竜種や天馬などが該当する。世界に留まっている個体もいないことはないが、長い時を生きる物は肉体を捨てて魂だけの存在として世界の裏側に飛んでしまっている。彼女の召喚陣はその魂を固定し定着させるある意味究極の降霊術と言える。

そしてキャスターたちはこの手段で自分たちの使い魔となる幻獣を召喚しようとしていた。

「すみません、私がもっと戦闘に向いてるサーヴァントだったらこんな事しなくてもいいんでしょうが・・・」

「いいさ、誰にだって得手不得手はある。それに戦ってくれる存在は大いに越したことはないしね」

そう言って二人でおやつの時間を楽しむ。レオンお手製のクッキーは割りと上手にできており、口の中でサクッといい音を立てる。

魔術師と使い魔、という関係性からすれば変わった関係かも知れないが、レオンは自分のサーヴァントをとても大切にしていた。ようやく成年になったばかりのレオンはそこまで古臭い魔術師というわけでもないし、人の形をして話す存在を使い魔とは思えなかった。そして何より彼女といるととても楽しい。気が合うし魔術の話、彼女の過去の話をするのもとても有意義だ。

例えば彼女の師匠は優れた魔術師らしいが人間的にはろくでなしだったらしい。正確には人間なのは半分だけらしいが、基本的に毎日だらけていて世話なんかは弟子であるキャスターがやっていたらしい。

「さて、そろそろ召喚の儀式に入りましょうか」

「お、もう準備はいいのか?」

「はい、あとは召喚の呪文を唱えるだけです」

お菓子を食べ終わりキャスターが立ち上がる。そして蝋燭の炎のみで照らされた地下室の魔法陣の前に立つ。その後を追ってレオンも彼女の隣に立つ。

「楽しみだな、一体何が出てくるのやら」

彼女が一日掛けて作った魔術儀式、現代では到底拝めない物故に、魔術師であるレオンは興奮を隠しきれない。

キャスターが何かを口ずさむ。すると何もなかった右手にはいつの間にか杖が握られていた。竜を象ったような黒く大きな物だ。普段は出していないがこれが彼女の武器だ。現代の魔術師が魔術を使う時は触媒を用意することは多いが、わざわざ古風な杖を使うなんてことはほとんどない。世間一般の魔術師のイメージは杖を使って不思議な魔法を使い、箒を使って空を飛び・・・といったところだろうが、実際の魔術師でそんなことをする者はいない。なので杖を使って召喚の儀式を行うキャスターは割りと珍しいと言えば珍しかった。

「さて、じゃあやりますね。マスターからも魔力を持っていくかもしれないんで気をつけてください」

そう言って彼女が杖を掲げる。そして杖の先を彼女の目線まで下ろす。すると今までなんともなかった魔法陣が連動したかのように白く輝き始めた。そして彼女が召喚の詠唱を始める。

「我は魔術師、魔を統べ、魔を手繰り、魔を修める者

霊長の至りし魔の極地として、汝らの魂を知り得る者」

彼女の召喚の口上に呼応して地の魔法陣の輝きが更に増す。暗かった地下室が今や爛々と輝く光で眩しいほどだ。そしてマスターであるレオンの体内からも確実に魔力がキャスターに流れていく。そしてキャスターからも召喚される魂へと魔力が移されているのだろう。隣りにいるキャスターの額にわずかながら汗が滲む。

しかし彼女は止めることなく式句を紡ぐ。そして魔術の契約においてもっとも重要であるもの、即ち自らの名を明瞭に告げる。

「我が真名『アルトリア・ペンドラゴン』において汝らに命ずる

器なき霊魂よ、我が元に集え

実体なき幻想よ、この不浄の地へ再臨せよ」

そう、彼女こそブリテンを異民族から救いし伝説の王。円卓の騎士を率い国につかの間とは言え平和をもたらした偉大なる騎士王、アーサー王なのだ。今は若い時代の姿で召喚されているためブリテンを統治したという経験はないのだがそれでもアルトリアであることに違いはない。

するとキャスターは右手の指を左手の手首に当てた。一見すると脈を診るような姿だ。すると傷をつけてもいないのに手首から血液が滲んできた。そして魔法陣の上に彼女の血液を垂らす。すると今まで白く光っていた召喚陣が突然赤く光り始めた。彼女の体に含まれている竜の因子が魔法陣と呼応したのだ。こうすることで召喚術の精度は格段に向上する。幻想種の頂点である竜種でさえ召喚可能なほどに。儀式は着実に進んでいた。あとは術者であるキャスターが最後の詠唱を唱えるだけだ。

キャスターはこれまでより声に力を入れてこの世ならざる者を手繰り寄せる。

「我が意、我が勅に従うならば応えよ!我は己の血肉を贄とし、汝らの手綱を握るもの也!」

言葉とともに膨大な光が地下室に溢れた。まるで閃光弾が目の前で炸裂したかのような圧倒的な光量にレオンはたまらず腕で目を覆う。

時間が経ち少しずつ赤い光が静まっていく。それを腕の隙間から確認してレオンは再び目を開いた。部屋の中は儀式の前と同じろうそくでのみ照らされた空間になっていた。あまりに一気に光ったため部屋がかなり暗く見える。そして今は力を失った魔法陣の中央にキャスターが召喚した使い魔がいる。

「うそ・・・あなたは・・・?」

キャスターの動揺する声が隣から聞こえる。レオンも自分の目を疑った。キャスターの召喚術(正確には彼の師であるマーリンのものだが)は幻獣神獣と言った幻想種を呼び出すものだったはずだ。最高にうまくいけば頂点に君臨する竜種の召喚すら可能なものだ。なのに今目の前にいる存在はとてもそう言ったものではない。今二人の目の前に立っていたのは天馬でも竜でもない。

「女の子・・・?」

召喚の儀式に応じた魂、それは見たところ不思議な雰囲気を身にまとう一人の少女だったのだ。

藍色の軽鎧を身に纏い腰には刀を帯びている。銀の長い髪や端正な顔立ち、青い目がどこか幻想的な雰囲気を漂わせる。

想定外の結果にマスターとサーヴァントが揃って固まっていると、召喚された少女が口を切った。

「サーヴァント、ライダー。召喚に応じ参上いたしました」

 

 

 

なんとも奇妙な舞台に来てしまった、とライダーは思う。

気がつけば自分は奇天烈な文様の中心に立っていて、目前には黒い青年と可憐な少女がこちらを見て呆然としているのだ。もちろんライダーにもサーヴァントとしての知識はある。この聖杯戦争においてはサーヴァントはマスターに召喚されるはずではないのだが、どういうわけだが自分は霊基を彼らに引き寄せられてここに来てしまった。更に魔力のパスを確認するとライダーを呼び寄せたのはマスターである男ではなく、そのサーヴァントであるキャスターが召喚したようだ。つまりサーヴァントがサーヴァントを召喚したのである。なのでライダーのマスターはキャスターの少女だし、確認すれば彼女にも令呪が宿っていることだろう。

だが、ライダーに言わせればそんなことはどうでもよかった。もとよりまともに彼らと契約する義理も意思もない。無理やり霊基を引っ張られて現界させられたのが不愉快だという理由もある。しかしそれ以上に彼女には既に心から忠誠を誓う主がいるし、他の者に仕える気など毛頭ない。

ひとしきり目の前の二人が固まると、次は一気に喜び始めた。

曰く、サーヴァントが来てくれるなんて大当たりだよ!さっすがキャスター!だとか、曰く、私もこんなにうまくいくなんて思ってませんでした!だとか。

おめでたい連中だ、と微かに心の中で侮蔑する。何処の馬の骨かもわからぬ英霊を目の前にして無邪気にはしゃぐなど。もしその気になれば今すぐ刀を抜いてキャスターのマスターを殺してやってもいいくらいだ。もちろんそんなことをやっても利益は何もないからしないのだが。

ライダーの口から思わずため息が漏れる。

本当にくだらない儀式に付き合わされてしまったものだ。彼らとの主従だけでなく、ライダーにとっては聖杯戦争そのものがどうでもいいものだ。しかしライダーとて裏切りの汚名を着ているとは言え武士だ。更に今ライダーを現界させているのはキャスターの魔力だ。もし自分を生かしているキャスターに対して何も報いないようでは武士としての恥であろう。ならばせいぜい彼らの駒として使われるとしよう。

「えっと、じゃあ一応私が貴女のマスターみたいですね。よろしくおねがいしますね」

そう言ってキャスターが手を差し伸べてくる。握手をしようという意思表示だろう。一応返事として軽く握手してすぐに手を離す。馴れ合う意思などないと示すように。

―――嗚呼、会えないだろうか。そう彼女は内心嘆息する。

聖杯戦争。古今東西の英雄が一箇所に集い覇を競う魔術儀式。伝説や歴史上の人物が現界するならば、万に一つくらいは可能性があるのではないかと思ったのだ。いや期待したのだ。ライダーがもっとも愛するあの方も召喚されるのではないかと。まして裏切り者としての認知くらいしかないであろう自分が呼ばれるくらいなのだから、莫大な知名度を誇るあの方が参加していてもおかしくはないだろうと。

しかし聖杯戦争におけるサーヴァントに該当するサーヴァントは星の数ほどいる。何しろ世界中の英雄が候補なのだ。ライダーが望んでいる英霊が実際に来る可能性など本当に天文学的な数字だ。事実ライダー自身諦めていた。そんな奇跡が起こるはずもないと。ありえない話なのだと。

―――ドクン

突然心臓が高鳴る。醒めていた頭に一気に熱が灯り、活力のなかった体に熱い血液が循環し始める。今までのキャスター陣営に対する僅かな苛立ちと聖杯戦争についての考え事など思考の外に追いやられた。

果てしない高揚感。例えようのない興奮。

熱い、熱い、熱い。全身の熱が彼女をも焼き尽くしてしまいそうだ。

何が起こった、と理性が驚嘆する。だがそれよりも遥か先に本能が理解していた。本能が間違っていないか理性でも確認する。誤りがないか、ぬか喜びではないか。そして本能での把握が正しかったと証明する。

―――間違いない間違いない間違いない!あのお方がこの世界にいらっしゃる!この聖杯戦争に参加なさっている!きっとこれは運命だ。ありえない確率を弾き飛ばすほどの必然。私があの方を愛するが故の必然なのだ!

「ふふ・・・ふふふふふ・・・!」

「あの、ライダー・・・さん?どうかしましたか?」

「おい、大丈夫か?」

突然俯き笑いだしたライダーに向かってキャスターとレオンが心配そうに声をかける。先程まで無表情だった人間が突然不気味に笑いだしたら誰でも、気でも狂ったかと心配になるだろう。しかしもはやキャスター達の声などライダーの耳に一切入っていない。

ライダーは「妄執」というスキルを持っている。彼女の精神性がスキルへと昇華したものであり、特定の対象への執念が関係するスキルだ。様々な効果があるがその中の一つに対象の現在地を把握できるという効果がある。彼女の妄執はAクラス、対象がたとえ地球の裏側にいようとも把握できる。故にライダーは妄執の対象である存在がどこにいるかすでに感じ取っていた。

場所がわかったならばこれからの行動はただ一つ。もうキャスター達を手助けするなどどうでもいい。この奇跡に等しい確率を、僥倖を、無駄にしてなるものか。もう二度と一人で勝手に逝かせない。炎の中で消えていった貴方を今度こそ私は、永遠に二人で添い遂げるのだから。

―――待っていてください、信長様。今度こそ、絶対に逃しませんから・・・!

 

 

 

 

「消えた・・・!?」

不気味に笑い、レオン達の声も無視していたライダーが忽然と姿を消してしまった。ひょっとしたら召喚に何か不手際があり存在が消えてしまったのではないか。

「キャスター!ライダーはどうなったんだ!?」

「大丈夫です、消えたわけではなく霊体化しただけのようですから。で、でもライダーさんの霊基が急速にここから離れていってます!」

「なんだって!?一体どこへ・・・?」

サーヴァントは基本的に霊体、普段は魔力を使って実体を得ているが基本的には目に見えない存在なのだ。そしてライダーは霊体化してから一気にレオン達の屋敷から脱走しどこかへ向かっている。

こうしてはいられない、急いでライダーの後を追わなくては。ライダーは霊体化する前、明らかに様子がおかしかった。何かしらの不調が出ているのかもしれないし突然飛び出していくなど何かあったに違いない。

しかしどうやってライダーを追いかけるか・・・

そう考えているとキャスターが言い出しづらそうに口を開いた。

「あの、マスター。一つお願いしてもいいですか?」

「お願い?どうしたんだいきなり」

普段からあまりお願いなどしてこないキャスターが頼んでくるとは珍しかった。それもライダーがいなくなった今言わなくてはならないほどの重要なことなのだろうか。

「マスター。どうかあのライダーさんを、一緒に助けに行ってくれないでしょうか・・・?」

少し緊張した様子でそう頼んでくる。恐らく断られることを怖がっているのだろう。傍から見ればその様子も可愛らしいものだったのだが。

そして頼まれた内容だが、うちのサーヴァントは割りと馬鹿なようだ。ライダーを探しに行く?そんなこと、仮令反対されても行ってやるとも。

「キャスター、ライダーの居場所はわかるか?」

「あっはい。私とライダーはパスがつながっているので大体どこにいるかはわかります」

それを聞いてレオンはキャスターの背中を軽く叩く。そして彼女の頼みに全力で応えた。

「それじゃ探しに行こうぜ、突然どこかへ行ってしまう困ったちゃんのライダーをよ!」

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