紅魔族? いいえ蒼魔族です。   作:セレブレーション

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光と闇の共演

 時間という概念さえも切り取ってしまったその空間は闇よりも暗い暗黒。音もなく光もない、ただただ暗黒。

 漂う空気は重く冷たく、呼吸さえも吸い込んでしまいそうな、闇。

 短い時間でもそこに居れば気が触れて発狂してしまいそうな空間に、ソレいた。

 

「来たか……」

 

 およそいつぶりだろうか。永らく生まれなかった空間に音を発したソレは、伏せていた顔を上げ、正面を見据える。

 

「待ちくたびれたぞ」

 

 突如空間に重厚そうな扉が出現し、ゆっくりと開いていく。

 その様を見据えながらソレは歓喜するように口角を上げた。

 

 扉から現れたのは息を呑む程の美貌と、人を惹きつけるカリスマ性を纏った麗しく、また凛々しい顔を持つ一人の女性。

 スレンダーな体型を隠すような青を基調としたフルプレートメイル。左腕には白亜の盾を装備し、背には身の丈程の空色の刀身の大剣を携え、緑のマントを揺らしながら歩を進めてきた。

 

「……その台詞そっくりのまま返すズラ」

 

 足を止め、ソレを正面に捉えた彼女は口を開く。薄いピンク色の唇から零れた言の葉は、暗闇の空間を引き裂く鎮魂歌のよう。

 

「待ちくたびれたズラ。魔王」

 

 両目の碧眼が魔王を射抜く。彼女にとってこの対峙はどれ程待ちわびたことか。

 

「ほぅ、我を前にしても揺るがぬその信念。成る程、幹部全員を討ち取った事は偶然ではないようだ」

 

 待っていた。我はこの時を待っていたのだ。

 

 魔王は歓喜に震える。今まで自分を討伐しようと幾人もの勇者候補が挑んできたが、その者達と刃を交わす事はなかった。その前に全員、幹部に敗れてしまったのだ。

 

 故に! 歓喜!

 

 強者と渡り合う事が、刃を交わす事が、殺り合う事が、自分が存在する証。

 漸く現れた真の強者に思わず声が、気持ちが高まった。

 

「よくぞ此処まで来た! 我はこの世界を支配する魔の王! 我を討ち取りこの素晴らしい世界に祝福をもたらさんとする者よ! 名乗るが良い!」

 

 何もない空間から禍々しいオーラを纏った身の丈以上の大剣が現れた。

 剣を手に取った魔王はその切っ先を彼女に向ける。

 

「……我が名は」

 

 魔王の剣を闇だとするなら、彼女の剣は闇を振り払う光の剣。

 背にある聖剣の柄を力強く握り締め、彼女は一度美しい碧眼を伏せた。

 

 あぁ、長かった。永かった。

 此処まで来るのにワタシはどれ程の犠牲を出してしまっただろうか。

 

 脳裏に浮かぶのはこれまで出会い、支え、時は激しくぶつかった仲間達の顔と名前。

 

『あーあー! まったく損な役割だぜ! この俺様がお前の引き立て役になっちまうなんてな!』

 

 皮肉屋なのに本当は誰よりも仲間思いだったウマレテキテ・ゴメンナサイ。

 

『こんな老体でも……最期は貴女様の盾になる事ぐらいしか……ありませんから……』

 

 最期まで忠を尽くしてくれたイキ・テルカチナシ。

 

『大丈夫。泣かないで。私はいつでも君の傍で見守っているから。だからそんなに自分を責めないで』

 

 自分の慢心が死なせてしまったモハヤ・キボウモナイ。

 

『とっとと行けっつってんだろうッ!! 俺の体が滅びる前にッ!! 行けえぇぇぇぇぇッ!!!』

 

 時に優しく、時に厳しかった師匠のオレ・ナント・チェリーボーイ。

 

『ふっ……! それでこそ我が生涯のライバル……! 本物の英雄になって……こい……!』

 

 弱さを乗り越える為に、わざとピエロを演じてくれたライバルのアレナンデ・ボクイキテ・ルンダロウ。

 

『さっさと魔王を倒して帰ってこいよ。 べ、別に! お前のことなんか心配してねぇからな! でも……待ってる。蒼魔のみんなと一緒に待ってるぜ』

 

 そして最愛のジンセイ・モウツンデル・ワロタ。

 

 犠牲なった仲間達の為、最愛の人の為に、肩を震わせ涙流す世界の人々の為。負けられない。負けてたまるか。

 去来する想いを吐き出すように、開眼し、彼女は吠えた。

 

「アカンモウダメダー・スベテオシマイ・カナワンナァ! 蒼魔族随一の天才にして魔王を討伐する未来の英雄ズラ!」

 

 仲間達の墓前に約束した。流す涙は歓喜の涙。

 最愛の人と約束した。笑顔で帰って来ると。

 そして宣言するのだ。この世界に祝福をもたらしたのは紅魔族ではない。蒼魔族だと。

 

「その意思や良し! 我を討ち取り真の英雄となってみせよ!」

 

 限界まで口角を上げた魔王が駆けてくる。

 

「はあぁぁぁぁぁ!」

 

 暗黒の空間を引き裂かんとばかりに雄叫びを上げて、禍々しい闇の剣を彼女に向ける。

 

「ぽんぺけぺーッ!!」

 

 また、同時に彼女も吠えながら駆け出し、瞬時に抜いた聖剣で迎え撃つ。

 透き通るような美しい白い三つ編みの髪が、揺れていた。

 

「スーパーマオウアタック!」

「ブルーアイズホワイトドラゴン斬り!」

 

 光の勇者と闇の魔王が遂にぶつかった。

 世界の命運を賭けた戦いが幕を開けた。

 

 

 光の剣と闇の剣が交差するその瞬間。

 

 

「………………ふぇ?」

 

 彼女ーーアカンモウダメダー・スベテオシマイ・カナワンナァは目を覚ました。

 

 状況が整理出来ていないのか、ゴシゴシと小さな手で両目を擦り、時間にしてたっぷり数十秒熟考する。

 

 暗黒の空間など存在しない。代わりに木の天井と小鳥の囀りと少しばかり鼻腔をつく馬と馬糞の匂いが存在した。

 体を見る。スレンダーなんて言葉に失礼な程の見事な幼児体形。ぺったんこな胸が呼吸する度上下に揺れる。

 左手を見る。白亜の盾など当然ない。

 右手を見る。空色の刀身の聖剣もあるはずない。

 改めて体を見る。青を基調としたフルプレートメイルなんて着込んでいない。代わりに愛用している青い寝巻きを着込んでいた。

 

「なるほど……」

 

 現在の状況を理解したらしいアカンモウダメダー・スベテオシマイ・カナワンナァ……は長いので略称である【アスカ】とさせていただく。もっとも、彼女はその略称を気に入っていないようだが、そんなどうでもいい事柄はそこら辺の棚の上にでも放置しておく。

 兎にも角にもアスカは藁の上に寝そべっていた小さな体を起こし、差し込む陽光に向けるように薄く笑うのだった。

 

「予知夢ズラね」

 

 夢であると理解したのは結構だが、夢を夢で終わらせないのがアスカクオリティ。

 この蒼魔の娘、名前は死ぬほどネガティブだが思考は誰よりもポジティブである。天晴れなり。

 

「さすがワタシズラ! 日々のイメージトレーニングが予知夢として顕現するとは! やはり自分は特別ズラね!」

 

 寝起きにしては俊敏な動作で立ち上がり、両手を腰に当てて無い胸を張って大きく笑い自画自賛。

 

 蒼魔族の中でも指折りの変人だったアスカは己を疑う事を知らない。

 特別であり、天才であり、優秀であり、誰よりも強いと自分自身に言い聞かせて生きてきた。

 おかげで、過去の事を忘れて慎ましく暮らしていこうする蒼魔族の中では可哀想な子と認識されてしまい、老若男女問わず厄介者とされてしまった。

 

「さてさて! イメージトレーニングも大事ズラけど、やっぱり体を動かしてトレーニングするのも必要ズラ! 今日は素振り百本ズラ!」

 

 蒼魔の里から厄介者とされているアスカだが、別に何もしないで踏ん反り返っていたわけではない。

 彼女は努力家でもある。蒼魔の里では大人達が畑仕事をしている傍で兎跳びをして足腰を鍛え、子供達が家畜の世話をしているのを横目に独自に剣を振り回し、老人達が内職している後ろで寝転がりイメージトレーニングの日々。

 自分は特別で天才だが、努力も厭わない。そんな自分が素晴らしく、英雄になるのだと息巻いてきた。

 

「それにしてもいい朝ズラ! 絶好のトレーニング日和ズラ!」

 

 この世界には魔王が存在する。嘘偽りなく真実だ。

 魔王が君臨してからというもの人々は怯え、恐怖に涙を流す。嘘偽りなく真実だ。

 当然腕利きの勇者候補が挑んでいるようだが、未だ魔王の脅威から世界が晒さられているという事は、そういう事である。

 アスカとしてはそれは当然見過ごす事の出来ない事案。何故ならば彼女達蒼魔族は、その昔は正義感の塊だったのだから。

 だが、現在の里の者たちは正義感なんて何処へやら、魔王討伐という使命にも似た闘志の灯火はとっくに消えてしまっていた。

 なのにアスカだけは燃え盛る業火を胸に宿している。もっともその業火は不安定だったりするのだが、はてさて何故だろう。

 

「むむ! この天気なら百本どころか千本も素振りしてしまうズラね!」

 

 差し込む陽光に向けて大口で笑うアスカ。

 現在アスカは駆け出しの街を拠点としている。

 当初は魔王が居るらしい城へカチコミに向かうという自殺行為を敢行したアスカであるが、諸々の事情で駆け出しの街で息を整えることにし、当初は宿に宿泊していたが諸々の事情で現在の住まいである馬小屋で寝泊まりしていた。

 

 ちなみにこの馬小屋。駆け出しの街にいる新米冒険者や懐事情が寂しい冒険者達が寝泊まりしている場所である。

 まぁ、何が言いたいのかと問われれば、アスカの他にも住人はいるということと、朝っぱらからそんな大声を上げていれば当然、

 

「うっせぇ! こっちはまだ寝てんだよ! 静かにしろ!」

 

「ひっ……!」

 

 罵声や怒声がアスカに向けて飛来することになる。

 自業自得であるがしかし、いきなり怒鳴られたアスカは身を縮こませ、消え入りそうな声で謝罪した。

 蒼魔族特有の碧眼には涙が滲んでいたが、気合いで引っ込める。胸にある燃え盛る業火は少しばかり小さくなってしまったが。

 

 泣かないもん。だって未来の英雄だもん。

 

 等と自分に言い聞かせていそいそと身支度を整える。

 身を包んでいた寝巻きは畳むことなくそこら辺に放置して、そこら辺に転がっていた衣服を手に取る。

 青いワイシャツのような服に腕を通し、白い七分丈のズボンに足通し、空色のローファーを履き、背丈を覆う緑のローブを羽織る。

 腰には蒼魔の里から盗んだ……貰い受けた年季が入ったショートソードを装備。

 寝癖っているボサボサの頭を手櫛で整え、慣れた手つきでちょちょいと三つ編みに。

 予知夢の自分は透き通るような美しい白い髪だったが、現実は手入れがされてない少し霞んだ白髪。

 だが、そんなことを気にするアスカではない。

 最後にばさりと無意味にマントを翻し、準備完了。

 未来の英雄、アスカちゃんの爆誕である。

 

「さぁ行くズラ……!」

 

 彼女は踏み出す。英雄になる為の一歩を。

 彼女は歩き出す。日々のトレーニングの為の一歩を。

 彼女は進む。他の冒険者に怒鳴られないように忍足で。

 

「ワタシの冒険は始まったばかりズラ!」

 

 打ち切り書籍のラストシーンのような台詞を口にしながら。

 

「うるせぇっつってんだろうが!」

「ご、ごめんなさい……!」

 

 涙を溜めながら。アスカは進む。

 

 

 

 




蒼魔族ファイル

その1 自身の名前はネガティブ。

その2 掛け声がへっぽこ
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