紅魔族? いいえ蒼魔族です。   作:セレブレーション

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勇者にも、英雄にも

「なぁ嬢ちゃん」

 

「はい……」

 

「名前は?」

 

「アカンモウダメダー・スベテオシマイ・カナワンナァ……です」

 

「何? ふざけてんの?」

 

「ち、違うズラ! 本名ズラ!」

 

 駆け出し冒険者達が集う街。名は【アクセル】

 この街は駆け出しという名の通り、冒険者に成り立ての新米が戦闘のイロハ等を自身に叩き込む街である。

 チュートリアルを行い、腕と心に自信がつくまで滞在するのが基本なのだが、例外もある。

 

「……まぁいい。次だ。嬢ちゃんの年齢は?」

 

「この前十三になりました……」

 

 例外その一。

 アクセルは治安が大変よろしい。魔王の脅威が世に蔓延っているというのに殺伐とした雰囲気はなく、どこかのんびりとした空気が流れている。

 天下の魔王様も自身の脅威となりそうもないこの街に、わざわざ気にかける必要もない。故に安全安心。

 そんな空気に感化されてか、え? お前なんでまだこの街にいるの? と疑問を持たれるような、とても初心者の街にいるはずのないレベルの冒険者もチラホラと見受けられる。その殆どが男性冒険者であるのだが、はて? 何故だろうか。

 

「十三なら常識ぐらいあるよな?」

 

「はい……」

 

 例外その二。

 最初は誰しも胸に硬い決意を抱く。いざ! 魔王討伐! と。

 だが、蓋を開ければ思った以上にモンスターが強かったり、思った以上に自分の能力が早々と限界を迎えてしまった等々。

 苦労して痛くて辛い思いをするなら最初の街に舞い戻ってのんびりと暮らそうと。硬く誓った決意は瞬く間に瓦解し、初心者の街に高レベルの冒険者が住み着いてしまったのだ。

 

 当然、魔王討伐を目標に掲げ厳しい階段を登っている冒険者もいるが、この世界に祝福の音が鳴り響いていないところを鑑みると、その階段は中々どうして険しいようで。

 

 さて、前口上はこのぐらいにして未来の英雄アスカに目を向けよう。

 

「言いたいことわかるよな?」

 

「ごめんなさい……」

 

 筋肉隆々で険しい顔付きの男に説教されていた。

 

 場所はアクセルの街に滞在する新米や懐事情が寂しい冒険者達が寝床にする馬小屋の前。

 男は仁王立ちで、アスカはまたしても碧眼に涙を溜めながらしゅん、と俯いていた。

 側から見れば筋肉質な男がロリっ子に強迫しているような危ない場面であるが、アスカに非があるので仕方ない。

 

「毎朝毎朝毎朝自分は凄いとか、天才とか、特別だとか叫んでさ。こちとら迷惑してんだよ」

 

「はい……」

 

「んで、毎朝毎朝毎朝毎朝おかしな掛け声で寝床の前で騒がれてちゃたまったもんじゃないわけ。何? 嫌がらせしたいわけ? こちとらまだ眠っていたいのにさ」

 

「嫌がらせじゃなくて……訓練ズラよ……」

 

 事の顛末はこうだ。

 涙を溜めながら意気揚々と馬小屋を出たアスカは毎日に日課である剣の素振りを始めた。

 戦闘を行う冒険者として体を鍛える事は実に素晴らしい心構えであるが、問題はその行為ではなく、彼女の、厳密には蒼魔族特有の掛け声にあった。

 気合いを入れて剣を振るには自然と掛け声が出てしまう。蒼魔族はその掛け声がへっぽこなのだ。

 何とも気の抜けるそれを早朝に大声で発せさせてしまっては騒音以外の何物でもない。

 

 アスカがアクセルの街に来てそろそろ一年。

 この日課は毎日欠かした事はなく、初めは年端もいかぬ女の子が遊び半分で行なっているのだと認知した馬小屋諸君は微笑ましく思っていたが、日にちを跨ぐ程に首を傾げる事態になり、微笑みからどんどんドス黒い色に変わっていき、遂に本日堪忍袋の緒がぷっちんしてしまった。

 むしろ、よく一年近く耐えたものである。

 

「今日の朝も起きるや否や騒いでさぁ、俺言ったよね? 結構強めな口調で、うるさいって。 んで、君謝ったよね? なのに何で同じ過ちを繰り返すかな? 俺もう頭の中疑問でいっぱいだよ」

 

 日課の素振りが十を超えたところで肩を叩かれ、振り向けば激おこぷんぷん丸な筋肉男。

 表情を視界に入れた瞬間、脊髄反射的なアレで逃げ出そうとするアスカであるが、この男もまた、アクセルの街にいる高レベル冒険者の一人であるため、あっさりと捕縛され説教をされている現状である。

 

「ごめんなさい……」

 

 口調は優しげだが、目と顔は一切笑ってない男の雰囲気にあてられ、未来の英雄はひたすら平謝り。

 

「でも……」

 

 しかし、やられっぱなしのアスカではない。ここで初めて説教開始から伏せていた顔を上げた。メラメラと燃える不安定な正義の炎は鎮火しそうであるが。

 

「迷惑をかけたのは本当に申し訳ないズラ。でも、毎日の日課を怠るわけにはいかないズラ」

 

 何故? と男が視線で問いかける。

 

「ワタシは魔王を討伐する未来の英雄ズラ。自分の力を高める為に鍛錬は欠かせない」

 

 綺麗な碧眼に溜まる涙。陽光でキラリと光るその瞳は真っ直ぐ男の視線とぶつかる

 彼女の涙を浮かべながらも揺るぎない決意。硬い意志。そこにはかつて男が持っていたが、捨ててしまったものがあった。

 

 とても初心者の街に居座るレベルではない自分。

 楽な方へ楽な方へと流され、いつの間にか決意は消え失せ、この街に戻り、適当にその日を凌げる日銭を稼ぎ、呑み仲間と酒を酌み交わし、怠惰に暮らす自分。

 だがどうだ、目の前のこの子は涙を浮かべながらも真っ直ぐ自分を射抜いてくる。

 あぁ、若い。何とも青臭い。

 彼女はまだ持っているのだ。希望と野心を。硬い硬い決意の炎を。

 

「魔王討伐の為、か……」

 

 言葉の端々で怒気を放っていた男の雰囲気が柔らかいものに変わった。

 一つ深い溜息を吐き出して、アスカを見る。

 

「いいか嬢ちゃん。口では何とでも言えるぜ」

 

「関係ないズラ。ワタシはやる女ズラ」

 

「この世界は……言っちゃあなんだかロクでもない。モンスターは強ぇし、野菜は何か動くし、理不尽な事も多々あるし、俺が持ってた常識なんて通用しねぇし、何よりせっかく貰った才能も役には立たなかった」

 

 何を言ってるのだろうか?

 

 アスカの頭はクエスチョンマークで埋め尽くされてるが、真面目に語る男の空気に口を開くの憚られた。

 

「いずれ誰かが、それこそ嬢ちゃんが言う英雄なんて奴が魔王を討伐するんだろうよ。俺は勇者にも英雄にもなれなかった……いや、ならなかった」

 

「ワタシは英雄になるズラよ?」

 

 何も疑問を持たない声。あっけらかんと放つ言葉。疑う事を知らない信念。

 

「いつか、誰かが、じゃなくて、近いうちに、ワタシが」

 

 一つ一つ力強く。

 あぁ、馬鹿なのだこの幼き少女は。馬鹿真面目なのだ。

 馬鹿は信念はまったくタチが悪い。

 

 突如、黒目を細めて大声で笑う男。

 いきなりの事に戸惑うアスカを尻目に男は自身の短髪の黒髪をガシガシと掻き、口を開いた。

 

「そうかいそうかい。魔王討伐っていう夢があるんならトレーニングは欠かせねぇわな」

 

 いつの間にか涙が引っ込んでいた碧眼が輝く。

 思わず口角が上がる。

 その口から言葉が出た。

 

「じゃあこれからも毎朝の日課をやってもいいズラね!?」

 

「へ? ダメに決まってんじゃん」

 

「ふぁっ!?」

 

 な、何故だ!? 今の流れではお互いハイタッチをして一緒に朝ご飯を食べながら冒険譚を語り合う場面では!?

 そして魔王討伐の未来を語り合う場面なのでは!?

 俺、平和になったら結婚するんだ、とか!

 

 まさかの否定にあんぐりと口を開けるアスカに男は言う。

 

「嬢ちゃんの意志は立派なもんだ。心の底から凄いと思う。だがそれはそれ、これはこれ。英雄目指すんなら他人様に迷惑かけちゃいかんだろ」

 

 正論であった。それも真顔で。

 魔王討伐云々以前に男はアスカの騒音問題を注意しているのだ。

 アスカの志がいくら立派なものだとしても、それとこれとは全くの別問題である。

 

「素振りやりたきゃどっか別の場所でやんな。ここでやられちゃ睡眠妨害だ」

 

 とはいえ、男はもう激おこぷんぷん丸ではない。

 アスカが他人に迷惑をかけずにトレーニングするというなら、むしろ応援してあげてもいいぐらいに男の気持ちは落ち着いている。

 

「とにかく、だ。人様に迷惑かけちゃいかん。わかったな?」

 

「あ、はい……」

 

「まぁ、嬢ちゃんみてぇな子供が魔王討伐なんて夢語ってくれちゃ、俺も久々に武器の手入れしてみたくなったぜ」

 

 毎朝の日課が禁止されてしまいしょんぼりと肩を落とすアスカを横目に男はふと、口に出してしまった。

 決して悪気があったわけではない。単純に疑問だったのだ。

 だがそれはアスカにとっての地雷なのだ。

 

「そういえば嬢ちゃん。今更だが戦えんのか? 剣持ってるってことは近接戦闘スタイルなんだろうけど、あのへなちょこな素振りじゃあ魔王討伐は難しいぜ?」

 

「は?」

 

 ぴしり、と空気が冷えた。今度はアスカの雰囲気が怒気を纏った。小刻みに体を震わせ、スッと碧眼が細まった。

 

 そんな突然のアスカの変化に男は首を傾げる。

 

 え? 俺何か地雷踏んだ?

 

「お前も蒼魔族を馬鹿にするズラか? ワタシを馬鹿にするズラか? お前らなんか畑仕事してろって言うズラか? なにその白髪? 若くして悩みが絶えないのプークスクスって笑うズラか? 蒼魔族なんか紅魔族のパチモンじゃんって揶揄するズラか?」

 

「え? おい嬢ちゃん……」

 

 止まらない止まらない。アスカの口から飛び出る言葉が止まらない。

 呼吸をすることも忘れているように一息で吐き出すアスカに、男は困惑が止まらない。

 

 いや俺、そんなこと言ってないし思ってないし。ていうか蒼魔族って何?

 

「あー! そうズラか! そうズラね!そこまで言うなら証明してやるズラよ! ワタシの強さを! 蒼魔族の強さを! 我が一族の恐怖を思い知らせるズラぁ!!」

 

「おーいっ!? 嬢ちゃぁーん!?」

 

 勝手に憤怒して勝手に解釈をして勝手に結論付けたアスカは体を反転。駆け出していく。

 咄嗟に男が手を伸ばすが掴むのは後塵ばかりで。何という足の速さか、アスカの姿はもう確認出来ずアクセルの街並みに消えていった。

 

「いやな予感がする……!」

 

 一体何がアスカをあそこまで怒らせてしまったのか定かではないが、間違いなく自分が発端であるのは明らかだ。

 長年の冒険者家業からくる経験が知らせる胸のざわつきに顔を顰めた男は、急ぎ馬小屋に戻る。

 自分の寝床に立て掛けてあった愛剣を片手に取り、男はアスカの後を追う。

 

 

「ぱにゃぁぁぁあッ!!」

 

 一方のアスカ。駆ける駆ける。蒼魔族特有のへっぽこな掛け声と共に、アクセルの街中を走り抜ける。

 朝っぱらから何事だと、アクセルの住民は奇異な目でアスカを遠巻きに眺めるが、御構い無しに蒼魔の娘は駆ける。

 目指すは正門。そしてその先にある平原。ターゲットはモンスターなら何でもいい。狩ってやる。

 

 あぁ! やってやる! やってやるズラぁ!

 

「こんな朝早くからクエストか?」

 

「あぁ。うちのパーティーに新しい仲間が増えたんだ。早く実力を見せてやるって言うから、んじゃ早朝でって」

 

「なるほど」

 

 正門が見えた。アクセルの街を警備している衛兵と軽装備をした男が口を動かして会話をしている。

 その男の後方にはパーティーメンバーだろうか、全身を重装備で固めた男と弓を片手に欠伸をする女。それから、

 

「お、そっちの嬢ちゃんが新しい仲間か?」

 

「そうそう。なんとアークウィザードなんだぜ!」

 

「ん? 紅い瞳……。嬢ちゃん、紅魔族か?」

 

「ふっ……! 如何にも……!」

 

 彼女が、いた。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして爆裂魔法を操る者……!」

 

 紅魔族が、いた。




蒼魔族ファイル

その3 足が速い。
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