紅魔族? いいえ蒼魔族です。   作:セレブレーション

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蒼と紅

 紅魔族。彼または彼女達は紅い瞳と黒い髪を持ち、生まれながらに高い知力と魔力を宿し、その誰もが優秀な魔法使いになれる一族。

 その素質と資質はかなりのもので、かの魔王の軍勢が脅威だと思わせるほどである。

 だが、そんな魔法のスペシャリスト集団には残念な特徴がある。

 

  ねーねー名前教えてー?

 

 我が名はちねもん! 紅魔族随一の歌い手であり、全知全能の踊り手でもある……!

 

 ち、ちねもん…? こ、個性的な名前だねー……。

 

 貴様はこれより我が鎮魂歌によって天にも昇る夢心地に胸を震わせ、華麗な足捌きで地獄に落ちるだろう……!

 

 え? どっち? 天国なの? 地獄なの?

 

 我が力の前では例え神であろうと無力……! 神話に残す伝説の幕開けだ……!

 

 とある一般人と紅魔族の会話である。

 残念な特徴がふんだんに垣間見え、思わず頭を抱えてしまいそうだ。

 

 まず名前。おかしいよね。ふざけてるよね。蒼魔族も大概であるが紅魔族だって負けてません。

 紅魔族に名乗なれた相手は、え? ふざけてんの? と口には出さずとも脳内で呟くことであろう。

 

 次、言動。おかしいよね。ふざけてるよね。蒼魔族もほんの少し大概であるが紅魔族はその先を行く。K点越えだ。

 紅魔族の殆どは『いかにカッコいい台詞とポーズを決めるか』が、重要視されており老若男女問わずに痛い集団でもある。

 

 ただ、紅魔族自身は名前に関しても言動に関してもそれが当たり前であり、相手に顔を顰められるのは御門違いというものらしい。

 

「ーーーーッ!?」

 

 そして、もう一つ。紅魔族には特に特別な特徴があった。

 

「ん? どうした? 紅魔の嬢ちゃん」

 

「私の事はちゃんと名前で呼んでください。……いえ、ちょっと……」

 

「トイレか?」

 

「紅魔族はトイレなんて行きません」

 

 先程、紅魔族特有の自己紹介をかまして衛兵に苦笑いを浮かべさせた、黒髮に紅い瞳の彼女。

 名はめぐみん。おかしいよね。ふざけてるよね。

 年齢は十三。スレンダーなんて言葉が失礼なほど幼児体型。ロリっ子である。

 紅いローブと黒いマントを着用し、頭には黒いトンガリ帽子を被り、片手に杖。

 魔法使いのイメージを体現している姿格好の彼女は、パーティーリーダーである軽装備の男の質問に淡々と応え、背後のアクセルの街中を、紅い瞳を細めて睨みつける。

 ちなみに左目は中央に十字架のデザインをあしらった眼帯をしているのが、負傷しているわけでも、溢れ出る魔力を抑える封印でもなく、単にカッコいいから装着しているだけである。残念。

 

「来ます……!」

 

「え?」

 

 めぐみんのその言葉に軽装備の男とその仲間ニ名は首を傾げる。

 チラリと軽装備の男がめぐみんの顔を伺う。

 すると一体どうしたというのか、幼く可愛らしいその顔を目一杯に歪めている。そこから読み取れる感情は嫌悪感。それも飛び切りの。

 

「なんなんだ……」

 

 軽装備の男は、ぽつりと零した。

 

 紅魔族は多少おかしな集団であるが、実力は確かで。

 例に漏れずにこの紅魔の娘も、昨晩出会った時には思わず乾いた愛想笑いを浮かべてしまいそうになるほどだった。頑張って営業スマイルで誤魔化したが。

 だが、紅魔族のそれを差し引いても別段おかしな行動はなかったというのに、突然どうしたのだ。

 

 そんな疑問を軽装備の男が口に出そうとした矢先である。

 

「ねぇ、街から猛スピードでなんか来てるよ?」

 

 パーティーメンバーのアーチャーを生業としている女性が、アクセルに大通りを指差した。

 同時にめぐみんも片手に持つ杖を大通りに向ける。

 

「なんだありゃ……?」

 

 仲間はナニカが見えているようだが、軽装備の男には見えない。だがよくよく見れば薄っすらと土煙が上がっているのが確認出来た。

 そしてナニカはどんどん此方に近付いている。

 

「蒼魔族……!」

 

 めぐみんにも見えているのか、嫌悪感に歪めた表情のまま言葉を漏らす。途端、ギリっと彼女歯軋りをした音が軽装備の男の耳が拾う。

 

 何やら不穏な雰囲気の紅魔のロリっ子に一粒頬に冷や汗を流しつつ、土煙の正体を暴かんと更に目を細める。

 

「年寄り……? いや、子供か?」

 

 視界に映ったのは白い髮。土煙が上がる度に三つ編みが揺れている。

 初めは老人かと思ったが、どうやら違うらしい。幼い顔立ちをした可愛らしい女の子だ。隣に立つ紅魔の娘のような。

 

「蒼魔族!」

 

 はっきりとめぐみんが、そう吠えた。

 

「ソウマゾク? 何それ? 紅魔族の親戚か何か?」

 

 問う軽装備の男に、めぐみんは顔を向けることなく、嫌悪感の中に怒気を込めて言葉を発した。

 

「違いますよ。奴らは害悪です。決して我ら紅魔族と同族のように口にしないでください。不快です」

 

「お、おう……。わりぃ……」

 

 思わず謝罪してしまったが、それほどめぐみんから発せられる雰囲気は不穏なのだ。

 触らぬ神に祟りなし。触らぬエリス様に祟りなし。触らぬ紅魔のロリっ子に祟りなし。

 男は口を噤んだ。

 

 最近のロリっ子って怖い。そんなことを薄ぼんやりと頭の片隅で愚痴っていれば、土煙を上げるナニカの正体がはっきりと見えた。

 

 所々傷んでいるような三つ編みにしている白い髮。

 背丈を包む緑色のローブ。

 その下には青いワイシャツのようなもの。

 細い足首と脛がチラリズムしている白いズボン。

 履いている空色のローファーは泥でも跳ねたのか少し霞んでいる。

 腰には鞘に収めてあるショートソードがある。

 そして強い意志を持った美しい両の碧眼。

 年齢は紅魔の子と同じくらいか。

 

 だがどうしたことか、ナニカの表情もまた、嫌悪感に歪められているでないか。

 

 そんな彼女は徐々にスピードを落とし、めぐみんが向けたままの杖の先、二メートル程の距離で足を止めた。

 

 言わずともナニカの正体はアスカである。

 

「……」

「……」

 

 蒼魔族のアスカと紅魔族のめぐみんは互いに睨みつける。

 めぐみんのパーティーメンバーはとりあえず事の成り行きを見守ろうと静観に徹することに。

 よくわからないが自分達が口を挟んでいい事情ではないようだし、何やら二人のロリっ子の空気がそれを許しそうにない。最近のロリっ子って怖い。

 

 ゆっくりと杖を下ろしながら、先に口火を切ったのはめぐみん。

 

「やはり蒼魔族でしたか。私の蒼魔感知《ブルーオブキル》が反応したので嫌な予感はしていたのですが……!」

 

 そう、紅魔族のみが持つ特に特別な特徴。それは付近に蒼魔族の存在があれば自動で反応するスキルを有している事だ。

 高い知力と強い魔力と同様にこれもまた生まれつき体内に宿している。

 細かい場所まで判別は付かないが、例え蒼魔族がどこに潜んでいても自動的に反応するので、対蒼魔族にはうってつけである。というか蒼魔族にしか使えない。

 ちなみに反応した際は背筋に悪寒が走るらしい。

 

「ワタシも感じたズラ。向かう先に紅魔族がいることを。紅魔感知《クセェコウマクセェ》が反応したズラ……!」

 

 対し、アスカも口火を切る。

 実はめぐみんが反応したと同時に、アスカもめぐみんを感知していた。

 これもまた蒼魔族の生まれつきのスキルの一種であり、めぐみん同様に自動的に反応するものだ。

 細かい場所まで判別は出来ないが、例え紅魔族がどこに潜んでいようと自動的に反応するので、対紅魔族にはうってつけである。というか紅魔族にしか使えない。

 ちなみに反応した際は鼻の奥がツンと痛むらしい。

 

「そこ、どいてもらっていいズラか? お前の相手をしてやってもいいが、生憎とワタシにはやらなければならない事があるズラ」

 

 めぐみんを睨みつけながら淡々とアスカは口を動かす。

 

「そうもいきません。私が紅魔族であなたが蒼魔族なのですから」

 

 アスカを睨みつけながら淡々とめぐみんは口を動かす。

 

 蒼魔族と紅魔族の間に一陣の風が吹き抜けた。

 蒼い瞳と紅い瞳の間に見えない火花が散った。

 白い髮と黒い髪が同時に動いた。

 

「我が名はアカンモウダメダー・スベテオシマイ・カナワンナァ! 蒼魔族随一の天才にして魔王を討伐する未来の英雄ズラ!」

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして爆裂魔法を操る者……!」

 

 緑色のローブを派手に翻し、両手を高々と掲げ、片足の膝を上げ、荒ぶる鷹のポーズを決めるアスカ。

 黒いマントを派手に揺らし、片手で顔を覆い、肩幅に足を開き、ビシッと杖を突き出すめぐみん。

 視線はお互いの蒼と紅に固定したまま彼女達は、言う。

 

「ほぅ、我が舞踊に対抗するとは、蒼魔族のくせに生意気ですね」

 

「減らず口を叩いてるのも今のうちズラ。魔法使いだか魔王使いだか知らないが、英雄に勝てるわけないズラよ?」

 

「英雄? 何を言ってるんですか? 魔王でも討伐する気ですか? それは私の役目、いえ、使命なのであなたはとっとと蒼魔の里に帰ったらどうですか?」

 

「帰るのはそっちズラ。お前が近くにいると紅魔族の匂いがぷんぷんして鼻が痛いズラ。ほらほら回れ右ズラ。帰り道忘れちゃったズラか?」

 

「鼻が痛いのはこっちです。あなたからブルーパイナップルの匂いがして迷惑なんですよ。なんであんな青いものを食べてるんです? 奇妙な一族ですね」

 

「ここ一年食べてないから匂うわけないズラ。おかしいのはお前達の名前ズラ」

 

「おい、私の名前に言いたい事があるなら聞こうじゃないか」

 

「あぁ、あるズラよ。 めぐみん? なんズラ? ふざけてるとしか思えないズラ。 プークスクス」

 

「はぁ……やれやれ、これだから蒼魔族は。この素晴らしい名前が理解出来ないなんてかわいそうですね。ところであなたの名前、えーっとクズでしたっけ? さすが蒼魔族。あなたにお似合いじゃないですか」

 

「は? その耳は飾りズラか? ワタシの名前も覚えられないなんて、高い知力が聞いて呆れるズラ」

 

「無駄に長いあなたの名前なんて覚える価値なんてありませんよ。というかあなたの名前なんて覚えたくもありません」

 

「黙れズラ紅魔族。我が名前を馬鹿にするならタダじゃ済まないズラよ? 辺り一面お前の血で濡らしてやる」

 

「やれるものならどうぞ。だが、舞い踊るのは貴様の鮮血になる……!」

 

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 とてもロリっ子が口にするような内容ではない物騒な口論が激しさを増し、いよいよ互いに手が出そうになった瞬間、このまま傍観するのはマズイと感じ取った軽装備の男は、背後からゆっくりと、だが素早く忍び寄りめぐみんを羽交い締めにする。

 

「な! 何をするんですか!? 離してください! セクハラですよ!」

 

「落ち着けよ嬢ちゃん! このまま街中で暴れられたら困る! というかそんなぺったんこでセクハラのしようもねぇよ!」

 

「なぁ!? ぺったんこ!? 私のどこを見てぺったんこなのか聞こうじゃないか!?」

 

 今度はこちらで口論が勃発。

 仲間の二人も呆れているのか、深い溜息を吐き出している。

 そんな中、アスカは自分の胸とめぐみんの胸を見比べ、

 

「ふっ」

 

 と、勝ち誇ったように笑みを浮かべる。

 幸いその様子をめぐみんに見られる事はなかったが、正直どんぐりの背比べである。どちらもぺったんこである。

 

 とはいえ、優越感を得たアスカは軽装備の男と口論しているめぐみんの横を意気揚々と歩く。

 

「おい紅魔族。お前との勝負はお預けズラ。ワタシはやることがあるのでもう行くズラ」

 

「決着はいつかつけますよ蒼魔族。私の爆裂魔法の灰燼に溺れるがいい」

 

「は? 爆裂魔法? あのネタ魔法をお前が? 笑わせるなズラ。お前みたいなちんちくりんが扱えるような魔法じゃないズラ。寝言は寝て言うズラ」

 

「私とあなたそんなに背格好かわらないと思いますが、まぁ、いいです。寝言なんて言った覚えはありません。私は爆裂魔法の使い手です」

 

 軽装備の男から解放されためぐみんは真っ直ぐにアスカの碧眼を射抜く。

 めぐみんの紅い瞳には硬い硬い意志が見えたのは気のせいだろうか。

 きっと気のせいだ。アスカはそう言い聞かせてアクセルの出入り口である門を潜る。

 

 背後にめぐみんの視線を感じつつ、目の前に広がる平原を歩く。

 

「さて……」

 

 めぐみんと遭遇して当初の燃え上がる憤怒の炎は鎮火寸前だが、せっかくここまで来たのだ。やってやろう。

 紅魔族感知スキルである鼻の奥が痛む症状が治り、アクセルの街が見えなくなるほど歩くと、アスカは足を止めた。

 

「……」

 

 腰に提げているショートソードを抜き取り、刀身の樋にコツンと額を当て、目を閉じる。

 

 あの筋肉男に見せつけなければならない。自分の強さを。

 もう誰も蒼魔族を笑わないように、自分が為すのだ。

 あの紅魔族が泣きながら蒼魔族に深々と頭を下げさせる為に、やるのだ。

 

「さぁ、やるズラ……」

 

 瞑想は終わった。

 決意も再確認した。

 胸の炎は燃え上がった。

 

 全ての準備は整った……!

 

「モンスターよ! どこからでもかかってこい! 未来の英雄が相手をしてやるズラ!」

 

 ショートソードを天に掲げる。晴れ渡る青空がそこにあった。

 やはり、蒼は美しい。全てを浄化してくれそうな、青。

 

 その青が突然真っ黒になり、

 

「わぷっ……」

 

 アスカは、モンスターに、頭から、ぱっくりと、食べられた。

 




蒼魔族ファイル

その4 固有スキル
紅魔感知《クセェコウマクセェ》

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