TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第九十三話 『この剣を使ってはならない』

 リアトリスが術を発動してすぐに、彼女を守る様な陣形を取っていたアキとリョウカは全力を込めて詠技の準備に入った。

 ラークとクリフも、少しでも『ジード』が高度を下げた時を見逃さないよう攻撃の態勢を取る。

 上空で近接戦闘を仕掛けていたエッジとクロウが飛び出すのと連動して、空を覆っていた『色の水晶(クロマティッククリスタル)』が二人の動きを妨げない様に解除された。

 防御壁が無くなった所へ、『ジード』の黒槍が再び飛来する。

「させない!」

 リアトリスの光の網に緑の光が走り、今度は狙われたアキとリョウカを守るようにピンポイントで『色の水晶(クロマティッククリスタル)』が展開され闇の深術を弾き返した。

 「リマイン・アーク」――空全体に伸びるディープスの伝達網で『ジード』が無詠唱で放つ術全てを即座に感知し、敵の術と同等の速度で全属性の元素を七色の防壁に編み上げ、味方の攻撃に合わせてそれを再び解除する事で敵の攻撃だけを一方的に防ぐリアトリスの切り札。

 コレクトバーストまで併用しながら彼女は敵味方全ての動きに合わせてその術を行使していた。

 当然の様に彼女の体力は急激に消耗され、リアトリスは額に汗を浮かべる。

 しかし、それによって全ての力を攻勢に傾ける事が可能になった仲間達の攻撃が『ジード』目掛けて襲いかかった。

魔神剣(まじんけん)・「(あお)」!」

 クロウと共に上を取ったエッジが、深海の剣の斬撃を放つ。

 急降下してそれを(かわ)した『ジード』の視界を今度はクロウの霧が奪った。

「――マーシレススパート!」

 範囲内の敵の動きを鈍らせ、生物の体温を奪い尽くす黒い霧。

 生き物ではない属性元素(ディープス)の意識集合体である『ジード』に対してダメージは通らなかったが、その突き刺すような冷気は羽根に干渉して確実に彼の動きを鈍くさせた。

 が、クロウ以上の力を持った『ジード』はそれを同じ術で押し返し、翼に降りた霜を吹き飛ばして簡単に無効化する。

 二人の放った霧は周囲へと拡散した。

 視認による位置確認が困難な状況になっても、闇のディープスを手足の様に扱えるクロウと『ジード』は容易く互いの状況を把握する。

「視界を奪う意味は無いと分かっている筈だ」

「一対一ならね、私はもう一人で戦ってる訳じゃない」

 自身の知覚域の更に外側を、クロウが依然として遮断している事。

 エッジの一撃を回避する為に高度が下がっていた事。

 その二つに『ジード』が気付いた瞬間、黒い霧が切り裂かれる。

 掌底を足場に見立て、クリフの気の力で高く跳んだラークが身を捻った。

裂空螺旋斬(れっくうらせんざん)!」

 弾丸の様に飛び出したラークの気を纏った剣閃で、黒い霧がズタズタに裂けて晴れる。

 切り裂かれた『ジード』の翼は瞬く間に再生するがその僅かな時間、青年の羽は空気を受ける事が出来ず速度が鈍った。

 そこへ、急降下したエッジとクロウの深海の剣の一撃が落ちる。

「ぐっ!」

 『ジード』の胸が切り裂かれ、黒い粒子は舞ったそばから蒼い光に分解され再生する間もなく空気に溶けた。

 一歩遅ければ致命にも近かった一撃に、彼は至近距離からの反撃で応える。

濡羽狩(ぬればがり)

 リアトリスのディープス感知によって実質的に深術を封じられた『ジード』は、滑り込む様にエッジ達との距離を詰め、踏み込みの効かない空中で刀に勢いを乗せる為に直前で自身の左脚のみに制動をかけた。

 それにより自身の身体に回転を発生させた『ジード』は武器を振り下ろし、立て続けに流れる様な連撃を繰り出す。

真空破斬(しんくうはざん)!」

飛燕弾(ひえんだん)!」

 「裂空螺旋斬」の発動後で落下しているラークが中空から飛ばした斬撃と、地上からクリフの放った気弾が時間差で『ジード』の刀を弾き返した。

 それによりエッジとクロウを捉えかけた連撃は辛うじて止まる。

「――結晶化(ジェネレイト)!」

 その一瞬、敵との間に再び空いた僅かなスペースに、リアトリスが伝達網によって詠唱を破棄した『色の水晶(クロマティッククリスタル)』を展開する。

 防壁に遮られた『ジード』は急制動をかけてその手前で止まった。

 近接攻撃まで封じられた彼は翼を大きく広げて一気に離脱に転じる。

「逃がすか!」

 その後を追ってクロウもエッジと共にスピードを上げた。

 しかし、一直線に間合いを詰めた二人の追撃を『ジード』はいなす様にして(かわ)す。

 片翼になって速度が落ちたとはいえ逃げに徹した青年のスピードはクロウ達とほぼ互角であり、先を行く『ジード』の側に主導権があった。

 エッジとクロウは焦りを募らせる。

「クロウ、これ以上高度を上げられ続けたらリアトリスの術の効果範囲外になる」

「分かってる、けど……!」

 クロウは幾度も接近しながら攻撃が届く直前のところで敵にコース変更され眉間に皺を寄せる。

「俺が何とか出来ないかやってみる」

 エッジはそう言うと、わざと少しだけ敵の移動ルートを外して「魔神剣・蒼」を放った。

 自身の上方向ギリギリの所を掠めていったそれに『ジード』は一瞬高度を落とさざるを得なくなる。

 エッジの狙いに気付いた彼は次の攻撃が飛んでくる前に再び上昇に転じ、『ジード』のその行動を読んでいたクロウが牽制の「ブラッディランス」で彼の動きを鈍らせ再び追い縋る。

 

 空に二本の黒い線が絡み合う糸の様な複雑な軌跡を描き続けた。

 リアトリスも『ジード』の行く手を遮る形で次々に『色の水晶(クロマティッククリスタル)』を展開しエッジ達の補助をするが、両者の常軌を逸した速度の戦いの中ではそれらもほんの一瞬の足止めにしかならなかった。

 刻一刻と迫る「リマイン・アーク」の制限時間に、地上で何も出来ないクリフとラークは歯噛みする。

 

 ただ、二人アキとリョウカだけが目を閉じて戦場の物音を遮断し、詠技を放つ為のディープスを集め続けていた。

 アキの周囲で赤い花、リョウカの周囲で青白い葉を思わせる光が陽炎の様に揺らめく。

 普段の戦闘では使用できないほど長時間の集束(コレクト)が、実体化せずとも視認できる程に属性元素(ディープス)の濃度を高めていた。

 

風樂一閃(ふうがくいっせん)――ガスティーネイル!」

 エッジが放った風の刃が『ジード』の直下の空気を切り裂き、それによって生まれた真空が彼を下へと引き込んだ。

 沈みこんだ彼を上から更にクロウが鉤爪で叩き落とす。

「リア!」

 「リマイン・アーク」のコントロールが粗雑になる効果限界地点から完全な有効射程内に『ジード』を落とした瞬間、クロウは地上のリアトリスに向けて叫んだ。

 高速で飛行していた彼を、リアトリスの術がようやく捉える。

 再び高度を上げようとする彼の鼻先で七色の水晶の障壁が出現し、それを見て方向を変えようとする『ジード』の行く手を次々に塞いだ。

「俺の動きを封じるつもりか?だが――」

 「聖櫃(アーク)」の名の通りの完全な包囲はしかし、完成したそばから亀裂が入る。

「ぐ……っ!」

 術の維持で手から抜けかけた杖をリアトリスは握り直した。

 自身を閉じ込める術が弱まった瞬間を『ジード』が見逃す筈も無く、背中の翼を針山の様に変化させる事で内部から全体を圧迫して障壁を突き破ろうとする。

 更に亀裂が増え、時間切れにより上空で崩壊しかける『色の水晶(クロマティッククリスタル)』の檻をリアトリスは懸命に抑え付けた。

「どうやらここが限界みたいね、これ以上集束(コレクト)する時間は無いみたい」

「はい」

 姉の呼びかけに、妹は緊張した面持ちで答える。

 地上のリョウカとアキは詠技の最終段階に入っていた。

「姉さん……」

「何?」

 もう一刻の猶予も許されぬ中これが最後の会話になるのが分かっていながら、リョウカは躊躇いがちなアキの呼びかけに軽い調子で答えた。

「私を、姉さんと家を捨てて逃げた私を……信じてくれますか?」

 妹の問いにリョウカは表情を緩ませる。

「バカね。ずっと信じてるわよ、もういちど一緒に歩くと決めたあの時から」

 二人は互いの武器を接触させた。

 『(あけ)天傘(あまがさ)』に蓄えられた火のディープスと『(よい)地衣(ちごろも)』に蓄えられた氷のディープスが反発し、武器から飛び出す。

 弾けた赤と青は二人の周囲を回りながら徐々に実体化していった。

 リョウカがその中心に立ち、アキはそこから慎重に間合いを測って、その一歩外側で足を止める。

 炎と氷が描く二重の円は、一周毎に勢いを増しながらその輪を二人に向けて狭めていた。

 交互に巡る光に照らされながら姉妹は互いの目を見て、呼吸を合わせる。

 アキが傘を振って自分の武器に溜めたもう一つの属性である「風」を投げ渡し、リョウカもそれを衣で受け取りながら「地」の属性を投げ返した。

熱波(ねっぱ)(つばさ)に――」

「――凍土(とうど)(やいば)に」

 アキは武器で地属性を受け取りながら、足元まで来た氷炎を避けて跳び上がった。

 直後、彼女の真下を通過し自身へと迫る二つのディープス塊を(かわ)しながらリョウカは衣を左巻きに自身の身体へ巻き付ける。

 次の瞬間、ぶつかり合った二属性が爆発を起こすのと、リョウカが右へと逆回転しながら爆発の勢いに乗せて「宵の地衣」を伸ばすのに転じる瞬間と、その硬質化した衣にアキが着地するのはほとんど同時だった。

「この身、矢と成す――」

「――この身、弓と成す」

 一糸の乱れもない二人の呼吸が、全ての動きを噛み合わせて空の一点を狙った。

 二人の頭上で『ジード』を拘束していた「リマイン・アーク」の水晶が限界時間を超えて砕け散る。

一寸光陰(いっすんのこういん)(きら)めけ――!」

「――千紫万紅(せんしばんこう)の輝きよ!」

 開かれた「明の天傘」が荒れ狂う熱波と冷気を受けて推力へと変換し、風のディープスの力を得て最大限に伸ばされたリョウカの「宵の地衣」が真っ直ぐにアキを宙へと撃ち出す。

「「鏡詠技(きょうえいぎ)桜花弓鳴閃(おうかきゅうめいせん)!」」

 

 拘束が解けた『ジード』は砕けた水晶の檻から飛び出した。

 黒い鳥の様な翼を広げるその様は、虹色の殻を破る孵化を思わせる。

 直前まで身動きが取れなかったとはいえ、その初速は既に青年の姿が霞む域に達していた。

 仲間達は間に合わなかったことを確信する。

 その一瞬、飛び出す際の隙とも呼べない刹那。

 彼女を撃ち出したリョウカの手元から遥か上空の『ジード』までをアキが駆け抜け、一筋の軌跡の光が繋がった。

 アキの「明の天傘」に限界以上に集束(コレクト)された地属性の余剰ディープスが彼女が推進力とした火と氷のディープスと結合して硬質化し、細かいガラスの欠片の様に砕けて炎陽(えんよう)の様な――あるいは氷華の様な景色を空に散らす。

 地上から空までを一気に貫いたその一撃は、『ジード』の身体をも貫き彼の左腕部を吹き飛ばした。

「ぐ、っああああああああああああ!」

 今度のダメージは再生しなかった。

 生物では無くただの第三元素の集合体である『ジード』に致命傷というものは無かったが、一度に人としての生前の姿を大きく崩された彼は元の姿を再現する事が出来なかった。

 片翼片腕の人と鷹の翼が混ざった様なその姿は、いよいよ人とは呼べないものになる。

「大人しくなった……限界なの?」

 彼と同じく心身を宝珠に侵食されているクロウは『ジード』の意思が弱まっていくのを感じ、エッジと共に攻撃の手を止める。

 技を終えたアキは広げた傘で落下の速度を制御しながら着地に移り、宝珠を破壊する訳にはいかない仲間達は相手の出方を見守って、戦場には一転して静寂が訪れた。

 島の周囲で渦を巻く風の音が、思い出したように戻ってくる。

 と、不意に人形(ひとがた)から崩れた『ジード』の輪郭が蜃気楼の様に更に歪んだ。

 その現象を見て何かを悟ったクロウの顔から血の気が引く。

「みんな、逃げて!!」

 狭い島内で逃げ場など無いことくらい彼女も百も承知だった。

 それでもクロウは他の言葉を思いつかず、警告を発さない事は出来なかった。

 ディープスの集束で歪んだ空間が元に戻り、その勢いで黒槍が今までの倍以上の速度で撃ち出される。

 クロウが自身の心の制限を乗り越えた事で使える様になった「ディストーションランス」と同等の威力の術が、幾つも、幾つも、無造作に空を裂いた。

 それらは一番近い所に居たエッジとクロウに真っ先に襲い掛かる。

魔神(まじん)――」

「エッジ!」

 仲間へ向かう槍を一本でも減らそうと「深海の剣」で『ジード』の術を防ごうとしていたエッジを、クロウが(かば)う様にして翼で包み込む。

 中断された攻撃の余波だけでもアエス・ディ・エウルバの蒼い元素分解能力はうねりの様に迫る黒槍の波を次々に消し去るが、エッジが一振りで十の術を潰す時間でその倍以上の術が押し寄せた。

 それに逸早く気付いたクロウはエッジを術の射線から退かせるが間近から放たれたその無数の線の前には完全な逃げ場は存在せず、攻撃が手薄な所を選んで飛びながら彼女も羽から黒槍の術を撃ち返して対抗する。

 しかし、二人の術は互角ではなくクロウは自分の術を犠牲に『ジード』の槍の雨を逸らして辛うじて回避スペースを作るので精一杯だった。

(これ、自分達の身を守る事しか出来ない……!とても皆のフォローなんて)

 

 逃げるエッジとクロウをあざ笑う様に、槍の雨は仲間達へ襲いかかった。

 

 クリフは防御の為に「錬毅身(れんきしん)」を発動し、

 「リマイン・アーク」の疲労で膝を着いたリアトリスの手をラークが取り、

 まだ「桜花弓鳴閃」から着地していなかったアキへリョウカが手を伸ばす。

 

「『(かく)』!」

 クリフの身体を覆った気の鎧は黒い槍に容易く貫かれ、彼は「瞬」で後退し僅かな時間を稼ぐ。

 「錬毅身」で全ての深錬体技を擬似詠唱なしで使える様になっても地上に回避スペースが無ければ「瞬」の回避は意味を成さず、「殻」の防御が通用しない以上複合技の「残影殻」も同様だった。

(クソッ、一か八かだ!)

 追い詰められたクリフは気を集める範囲をもっと狭めて、自分の技で自分の技を潰すように「内側」へ向けて青い気を圧縮した。

「空間断絶――『(けつ)』!」

 

「ラーク、下がって……まだ、これ位止められる」

 手を借りて立ち上がりながら、リアトリスはラークの前に進み出て黒槍の軌道を仲間から逸らそうとした。

 しかし、既に『色の水晶』を維持できる体力が残っていない彼女が作った白光の多面体の群れは強度不足で黒槍の軌道を逸らす事もできずに砕け散る。

 それでも尚続けようとするリアトリスの肩に、ラークの手が優しく乗せられた。

「リアは、よく頑張ったよ」

 彼女が気が付いた時、その身体はラークに投げられて高く宙に舞っていた。

 たった一人で槍の雨と向かい合おうとする彼の姿に、リアトリスの背筋が凍る。

「真空破斬!!」

 ラークが次々に放った真空の刃は正面から『ジード』の術の穂先を捉えて角度を変えさせ、空中のリアトリスに向かっていた術は全てラークへと向かった。

 

 ふと、彼女と目が合いラークは微笑む。

「後は任せたよ、リア」

 リアトリスは彼の名前を呼ぼうとしたが、その声は彼を飲み込む暴風の様な黒い槍の雨にかき消された。

 

「姉さん!」

 遥か上空から落ちてきた妹を辛うじて衣で受け止めたリョウカは、直ぐさま切り替えて黒槍の雨を睨んだ。

「トウカ、明の天傘を貸して!二つの力で防壁を張るわ」

「はい!」

 アキは姉の言葉に頷いて自身の武器を手渡す。

「ありがとう」

 礼を言ってそれを受け取ったリョウカは、手にした傘と身に纏った衣の両方に全力でディープスを集束した。

 「明の天傘」が赤く熱し、大気中の火のディープスの割合が減った事で氷を形成しやすくなった「宵の地衣」が幾重にも氷を纏う。

 氷の防御を形成するのに余分になった火のディープスをリョウカは空中に帯の様に解放し、冷気を纏った槍の威力を弱めた。

氷装抱華(ひょうそうほうか)紅桔梗(べにききょう)!」

「え……?」

 技を放つと同時に向きを変え、自身を(かば)う様に抱く姉の行動をアキは咄嗟に理解出来無かった。

 「宵の地衣」が二人を守る様に覆う。

 降り注いだ『ジード』の深術は炎で弱まる様子をほとんど見せないまま、その衣が形成する氷壁に突き立った。

「姉さん?」

「――生きなさい、トウカ」

 後から後から氷に槍が突き刺さる硬い音の中に、もっと柔らかい何かに刺さる様な音が混ざる。

 リョウカの身体が射抜かれる音がする度に、温かい血液がアキの身体にかかった。

「嫌です……離して下さい、姉さん」

 自分を抱く腕が震え、少しずつその温かみが消えていく感覚にアキはぞっとして懇願する。

 それでも彼女に回された腕は、アキを守ろうと固く離さなかった。

 

 

 クリフが圧縮した気は彼の目の前にあったものを――空気も、元素も、その「空間」をも押しのける。

 一時的に隙間を広げても断絶された空間は瞬く間に元に戻るため「決」は防御としては「殻」より遥かに短い時間しか保たず、空間に作用させる事に重点を置いている性質上攻撃能力も「発」等に劣っていた。

 しかし、クリフの前面の空間を遮断することで攻撃を届かなくするその技は『ジード』の死槍をほんの一部分だけ押し留める。

 彼の左右を、押し寄せる波の様な黒槍の群れが通過した。

 敵の術の到達に時間差が出来た事で生じた槍と槍の隙間にクリフは飛び込む。

 直後に、彼が立っていた地面を「決」で止められていた槍が貫いた。間一髪で『ジード』の術を凌いだクリフはほっと息をつく。

 そこで他の仲間に目を向けた彼は、動かないラークの上に乗るリアトリスに気付いた。

「やめてよ、ラーク……自分の身体をクッション代わりにするなんて、された側がどんな気持ちか考えてよ」

 手を戦慄(わなな)かせながら彼女はラークの傷に触れる。

 すぐに治る筈の彼の傷は、いつまでも治る気配を見せていなかった。

「本当に人の気持ち考えるの苦手なんだから。今度ばっかりは起きたら私だって流石に怒るよ?だから――」

 リアトリスは目を閉じたままの彼の頬をなぞった。

「だから、目を開けてよ……ラーク」

 身体を貫かれ血を流し続けるラークの姿に、クリフとリアトリスは呆然とする。

 しばしそのままだった二人は、圧し殺したアキの悲鳴で我に返った。

「あ……ああ」

 悲鳴を漏らしている事にも気付かない様子で、彼女は血に染まった自身の両手を見つめて目を見開く。そのアキを(いだ)いたまま力尽きたリョウカは眠る様に静かに目を閉じていた。

 

「ラーク……リョウカ」

 エッジは放心した様に倒れた仲間の名前を呼び、クロウは黙ったまま目を剥く。

 自分達の手の届かない地上で倒れた仲間達を見て、二人は自分達の無力さを呪った。

 そして、同時に互いの得物を元凶たる敵へ向ける。

「ジードォオオ!!」

 後悔をそのまま敵意に変換する様に、無言だったクロウは吠えながらエッジの手を引いて突撃した。

 『ジード』とクロウの間で同じ属性、同じ術である「ディストーションランス」が交差し互いを削り合う。

 攻撃術を身代わりとする様な強引な攻め方で彼女が間合いを詰め、そこから砕けて粒子となっていく闇のディープスをエッジが左手に再集束(リコレクト)した。

「クロウ!」

「行くわよ、エッジ!」

 二人は『ジード』を挟み込む様に別れながら、空中で手を離した。

 離れた二人の手を繋ぐ様にエッジの左手からクロウの右手に黒い光が流れ、意識を伝達する。

 クロウの五指から伸びる鉤爪が、受け取った闇のディープスで一本の槍の様に長く伸びた。

 

 ―本能共鳴技(インスティンクティブ・リンクアーツ)

 

「「天羽(てんう)霧沙雨(きりさざめ)!」」

 

 左右から同時にエッジとクロウの連続突きが『ジード』を襲う。

 深海の剣の突きがクロウを掠め、クロウの攻撃が生身のエッジを掠めた。

 一歩間違えれば互いの致命傷になりかねない挟撃も、二人が完璧な呼吸で合わせることで逃げ場の無い必殺の連携になる。

 しかし、

「くっ……!」

 『ジード』はそれを残像が見える程の速度ですり抜ける様に次々に(かわ)した。

 クロウは「本能共鳴技」が終了するのと同時に落下するエッジを再び傍に引き寄せようと手を伸ばす。

(これでも、駄目なのか)

 エッジも彼女の手を取りながら、攻撃手段がまた一つ潰された現実に冷や汗が背を流れるのを感じた。

 技の終了直後で速度が落ちた二人に獣の様な咆哮をあげる『ジード』の反撃が牙を剥く。

「うぁっ!?」

「がはっ!」

 集束の動作が無い蹴りが放たれ、不意を突かれた二人は空中で折り重なる様にその直撃を受けた。

 痛みと蹴られた衝撃で二人は一瞬、錐揉(きりも)み状態に陥るがエッジが咄嗟に飛ばした魔神剣が『ジード』の追撃を防ぎ、その間にクロウが何とか体勢を立て直す。

 リアトリスが最後のチャンスと表現した通り、「リマイン・アーク」による防御を失った戦線は一気に瓦解し始めていた。

 辛うじて踏み止まるエッジとクロウに、宝珠に宿った精神体『ジード』は闘争本能に飲み込まれ、人の表情を失いながらもなお二人に襲いかかる。

「俺ハ、この世界を変える……宝珠もシンの力も、世界を平和にする為に在るモノだ!」

 人としてのジードが最期に残した叫びを、クロウは正面から否定した。

「違う!「平和な世界」はどれだけ犠牲を出しても良い目標なんかじゃない!大切な人たちが傷付くのが嫌だから、失う事が辛いから、例え完全には叶わなくても『平和』っていう希望で未来を照らして生きていくの――そんな当たり前の出発点も無くした亡霊が、私の仲間に手を出すな!」

 両者の放った深術が空中で弾け、氷の塵を散らしながら大気を震わせた。

 

 

「エッジ、クロウ!くそっ!」

 先程まで一緒に居た姉をなくして放心状態のアキを、リョウカから半ば引き剥がすようにしてクリフは戦闘の余波から少しでも彼女を引き離す。

 幸か不幸かダメージを負った事で理性を失った『ジード』の攻撃対象は眼の前を飛ぶエッジとクロウの二人だけに向けられていた。

 アキはまだ戦いが続いている事を頭では理解しているらしく「明の天傘」を強く握りしめて『ジード』の方へ向けては居たが、力無く崩れ落ちた姉から目を逸らす事が出来ずにいた。

 身体が戦う事を選ぼうとしても、心が付いてこない――そんな状態の彼女にクリフも掛ける言葉が見つからない。

「大丈夫だよ」

 リアトリスが二人を元気付けるように言った。

 アキとクリフはその言葉に思わず彼女の顔を見る。

 リアトリス自身も限界近く疲弊(ひへい)し、ラークが倒れたショックを受けているにも(かか)わらず、その言葉は決意と確信に満ちていた。

「もう防御術は使えないけど治癒術ならまだ使えるから、私を信じて二人は戦って」

 恐らくは最後の力で術を使おうとしているリアトリスの真っ直ぐな瞳を見て、アキは目の端に溜まった涙を拭う。

「はい」

 穴だらけになった「宵の地衣」を拾い上げてアキは上空へと顔を上げた。

「リアトリス」

 クリフは何かに気付くが、彼女はそれ以上の詮索を断る様に首を横に振る。

「後をお願いしますクリフさん。エッジとアキと、クロウを」

「ああ、任せとけ」

 クリフはそれ以上言及せずに、二人の治療を彼女に託した。

 

 アキ達が戦線に復帰したのを確認して、彼女は深呼吸すると自身が服の下に身に着けていたペンダントを――(シン)の一族である証を外した。

(……起きてたらきっとラークは反対するよね、例え「この術」を使っても戦いに戻れる程完全には回復させられない。世界を守る使命にも、シンの掟にも背く事になるけど、それでも私は二人に生きて欲しいの。私が守りたかった世界は不器用なラークが、やっと姉妹に戻れたアキとリョウカさんが――皆と生きるこの世界が、私の守りたかった「世界」だから)

 

「だから、さようなら、ラーク」

 リアトリスは倒れた二人の身体に微弱な雷のディープスを走らせて傷の状態を確かめる。

 二人は既に被術者の生命力に比例する治癒術が効果を及ぼさない状態にあった。それでも彼女は通常の走査よりも更に念入りに傷の箇所と状態を調べる。

 コレクトバーストまで発動し、リアトリスは空気中から通常の治癒術に必要なディープスより遥かに多大なディープスを集めて傷の場所へと移動させる。

 傷を自然に「治す」のではなく、壊れた部位を一から「作り直す」為に。

「――再現構成(リジェネレイト)!」

 網目の様に細かく編まれた光の束が二人の傷を埋め、それが脈打つように幾度も拡縮を繰り返しながら、リアトリスと被術者の第一構成元素(ハイエス)を吸って少しずつ周囲の部位と同化していく。大気から集められた「属性」に過ぎなかった第三元素(ディープス)は形をとって生命の一部となっていった。

 ラークとリョウカの止まっていた呼吸が再開し、ふらりと術を使用しているリアトリスの頭が揺れた。

「これで……後は……」

 二人の命を繋ぎ止めるのと引き換えに今度こそ全ての力を使い果たしたリアトリスも、両者に続いて倒れ込む。

 ペンダントを握りしめたままの彼女の手はラークにそれを手渡す様に重ねられていた。

 

 

(肩が、外れそうだ……でもこいつだけは!)

 幾度目かの「転翔斬」で『ジード』の攻撃を凌いだ瞬間エッジは痛みで肩を押さえる。その瞳に静かな怒りを燃やしながらも身体は確実に疲労を蓄積していた。

 クロウも乱れた呼吸でエッジの体重を支える手を両手で握り直す。

 接近戦では『ジード』を圧倒し防戦に追い込んでいた二人の連携も、今や相手の動きについていくので精一杯になりつつあった。

 アキが「宵の地衣」と「明の天傘」の力を束ねて放った赤い光線が『ジード』の翼を焦がすが、『ジード』は瞬く間にアキが追い切れない動きでその熱から逃れ再生する。

(理性を失って反応速度までラーヴァンと互角になってる……このままじゃ)

 減り続ける体力に危機感を抱きながらも、クロウは迫る『ジード』の攻撃を(さば)く為に再びラーヴァンに意識を委ねて全力で動くことを余儀なくされた。

魔神剣(まじんけん)(あお)

 深海の剣の斬撃は完全に見切られており、エッジは懸命に剣を振るうも『ジード』の突進の軌道を僅かに変える程度の成果しか上げられない。

 エッジの反応速度が追いつかない『ジード』の刀に対し、クロウが体勢を入れ替える様にして前に出ながら鉤爪を刀の軌道に重ねて受け流す。

 しかし、今の『ジード』はそれだけでは止められなかった。

 半身の黒鷹はそこから次の動きへ繋げて身を捻り、黒烏の少女もそれを読んで同時に空中で回転する。

 噛み合う歯車の様に舞いながら、『ジード』とクロウは互いの一歩先の動きに対応していく。

 

 受け流された勢いを斬撃に乗せて『ジード』がクロウの腕を断ち切ろうとすれば彼女はエッジの手を引いてそこから逃れ――

 その回避動作の先を狙って至近距離から『ジード』が放とうとした「ディストーションランス」の集束するタイミングに合わせてクロウも闇のディープスを集束し――

 同時に敵と同じ術を実体化させる事で自分の槍を砕かれながらも、反射角を調整して意図的に『ジード』の槍を自分達の外側へと逸らす。

 

 一瞬の間に人間の思考が把握しきれない生死のやり取りを二人は幾度も繰り広げた。

 が、「本能共鳴技」以外でその速度域にエッジがついて来られない以上、クロウ側はアエス・ディ・エウルバの威力を活かす事が出来ずに攻め手を欠き防戦一方になる。

 遠方からのルオンの援護も続いていたが、更に反応速度の上がった『ジード』には掠りもしなかった。

 そんな中、深術の軌道上からエッジの手を引くクロウの動きを先読みした『ジード』が彼女達二人を捉えた。

 二人の身体が同時に刀の突進の先に投げ出される。

「エッジ!」

 それに反応できるクロウはそこからエッジの方を逃す事を選んだ。

 繋いでいた手を離して彼を突き飛ばし、黒い複葉の深術を地上まで五重に展開して受け止めさせる。

 エッジは彼女を自分の傍に留めようとしたがその身体は瞬く間に重力に捕まり、クロウの作り出した深術の中心を地上の島へ向けて落ちていく。

 ほんの一瞬で、彼は飛んでいた空の世界から切り離された。

 たった一人で『ジード』の突進と向き合う事になったクロウは、真正面からそれを迎え撃つ。

 鉤爪を振りかぶりながら、最大の速度で彼女も一直線に敵の懐に飛び込んだ。

 互角の反応速度、遥かに上回る力の相手に対して余りに無謀な接近戦。

 その代償は高く付いた。

 『ジード』が手にする刀がクロウの胴体の中心に吸い込まれ、彼女の細い身体に収まりきる筈も無いその長い刀身はその背を貫いて鮮血に(まみ)れる。

 黒い羽根と赤い血が飛び散り、クロウの身体は力の抜けた人形の様に浮き上がった。

「あ……?――がはっ、ごあっ!」

「クロウーッ!!」

 血で(むせ)ぶ彼女の姿に、エッジの心の中で何かが壊れた。

 彼が握る深海の剣の周囲の蒼のオーラが呼吸をするように一定のリズムで明滅し、刀身の表面に新たな文字を形成する。

 

『fe lus fqa'd melo.fe elx cene melostan'i luser es unde zu afnar melo』

 

 剣に最後の警告文が浮かんだ。

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