TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第四頁 次元断層

「エッジも苦戦してるね」

 リアトリスの言葉に治癒術を受けていたクロウはむっ、と顔を(しか)める。

 その頬を横から突っつきながらリョウカが茶々を入れる。

 彼女は幾分かの余裕をもって戦いを見ている様だった。

「はいはい、()ねないの。頑張ったわよ貴女は、さっきのは実力が違いすぎたのよ」

 顔を好き勝手に(いじ)る細い指を払い除けるも、クロウは反論せずその言葉を噛み締める。

「そんなの、分かってる」

 彼女がここまで素直に負けを認めるのが珍しく、リョウカとリアトリスはどんな反応をすべきか悩んで思わず顔を見合わせる。

「……まるで別次元で生きてきた人みたいだった。エッジが戦ってるあの人からもそういう差を感じる」

 先に反応したのはリアトリスだった。

「そうだね、あの人の術……多分深術じゃ無かった」

 それほどディープスの流れに敏感ではなく、今の言葉で初めてその情報を知ったリョウカは興味深そうに目を細めた。

「本当、何処から来たのかしらね」

 そう相槌を打ちながら、リョウカはここに来る発端(ほったん)になったのが禁忌の剣の不自然な暴走であるという事実を忘れてはいなかった。

(異常というならやはりこの建造物こそ異常よ、こんな闘技場がここにあるのはおかしい――いいえ、こんな人も集まらない所に『ある筈が無い』)

 (ぬぐ)いきれない疑念と共に改めて周囲を観察すると、リョウカにはこの闘技場の風化具合さえ、まるで『ずっとここに存在していた』と自分達に思わせる為の偽装の様に映った。

 

 追い詰められた表情で剣を構える目の前の少年に対して、クレスはわざと一度構えを解いて笑顔で問い掛けてみせる。

 今のエッジは先程までより更に張り詰めた状態で、集中しているというより気負い過ぎだった。

「まだやれるかい?エッジ君」

 相手が一度戦闘態勢を解いた事でようやく我に返り、問い掛けに気付いたエッジは目を瞬かせる。

 これが本当の「敵」からの言葉であるなら彼は激昂(げきこう)しただろう。有利な状況の相手から投げられるその言葉は「(あなど)り」でしかない。

 けれど、いつでも辞めて良いのだと示した上でのこの言葉はどちらかといえば「期待」だった。

 何を求められているのかは分からなくとも、エッジはそれだけで今一度身を震い立たせる。

「はい!」

 やる気に満ちたその返事にクレスは微かに口許に笑みを浮かべた。

 少年のその性質は紛れもない強さであったから。

 例えそれが今この瞬間の実力に結び付いていなくとも、一年先、五年先、努力に伴う苦難を苦難と思わないその真っ直ぐさは、正しい修行と結び付いた時、確実に大きな成果を生む。

 クレスはほんの一時だけこの戦いの目的を忘れた。

 大きくエッジが深呼吸するのと共に、空気の中の何かが変わるのをクレスは感じた。

 何かを思い直した様子で剣を構え直した少年をクレスは油断なく見つめる。

「――ライトニング」

「!」

 夜気(やき)を含んだ空気の中で乾いた放電音が響き、空から閃いた白い電光をクレスは驚きと共に自らの剣で受け止める。

 よく似た術を見知っていなければ彼も不意を突かれて感電する所だった。

 一方のエッジはクレスに術を防がれる事を想定していた様に、すぐさま次の動作に移る。

 利き腕一本に武器を持ち換えて、空いた手で空気を手繰(たぐ)り寄せる様に引く。

 ディープスに敏感な者であれば今し方霧散(むさん)した「ライトニング」の残滓(ざんし)がエッジの左手の中へと再集束(リコレクト)されていくのが分かっただろう。

 普段であればそのまま武器などに集めて技として放つ所だが、生憎と今エッジが手にする深海の剣は万物を分解する力を持つ剣――再集束(リコレクト)の対象になどしようものなら折角集めたディープスが根こそぎ大気へと還元されてしまう。

 その為、エッジは集めたディープスをすぐには使わず実体化させないまま左手にストックするに留めた。

 常道(じょうどう)をやや(いっ)する動きではあったが、そもそも「深術」という概念を知らないクレスにとってはそれは何ら疑問にならない。

 エッジは走って間合いを詰めながら魔神剣の態勢に入る。

 クレスはその動きに疑問を抱いた。

牽制(けんせい)じゃない?接近する事で当てやすくするつもりなのかな……それとも)

 距離が変化している状況での飛び道具への対応は間合いを見誤りやすい。

 それがエッジの「魔神剣・「蒼」」の様な威力を持つ技であれば猶更(なおさら)、焦りが伴いミスを生む。

 けれどクレスはそのどちらもまるで問題では無い様に、あっさりとエッジの放った攻撃を斬り払う。

(ここだ!)

 一瞬、放電音と共にクレスの動作が止まる。

 エッジは「魔神剣」を放つ為に態勢を低くして一度地面に触れていた。

 その地点から閃光が一直線に走り、先に放たれた「魔神剣」を隠れ(みの)にしてクレスの腕を打っていた。

 それは感電というには微かな隙ではあったが、クレスはまだ構え直す前であった事もあり既に(ふところ)まで飛び込んでいたエッジの攻撃が一手先んじる。

(取った!)

 確信と共に振るわれた剣は、しかし完全に空を切った。

「え……?」

 動ける様な暇はなかった。

 まして、相手を見失うなどあり得ない。

 エッジは直前まで目の前にいた筈の剣士の姿を探して辺りを見回す。

「上だ! エッジ」

 ラークの叫びで咄嗟に剣を頭上に構えたエッジの防御へ、落下の勢いを乗せた一撃が叩きつけられる。

(何だ!? 今の、有り得ない角度から攻撃された)

 体勢が崩れたエッジは為す術なく、膨大な隙を晒す。

が、クレスが追撃を仕掛けてくる気配はなかった。

 悔しさに歯噛みしながら、エッジは剣を構え直す。

(考える時間をくれてる? いや、『考える時間が必要』なほど普通じゃない技なのか)

 今、彼が違和感を感じたのは三つ。

 一つは跳躍までの動作が見えなかった事。

 二つ目は滞空時間が不自然に長かった事。

 三つ目は仮に跳躍で上を取られたとするなら、その後の動きの軌道が噛み合わない事。

(見失う直前と空中から飛び降りてくる所とで、動きの脈絡(みゃくらく)が切れているみたいだ)

 エッジの脳裏に、クロウが以前見せた様な高速飛行のイメージが浮かぶ。

(あれなら速すぎて制動に距離が必要になるから、遥か上空まで瞬時に飛び上がって、それから地面に落下してくれば似たような結果になるかもしれない……)

 けれど、目の前の相手は本当にそんな無駄の多い動きをしたのだろうかという疑念も拭えない。

(とはいえ、他の想定が出来てる訳じゃない。一旦相手が飛行してる前提で動く)

 そう決意すると、彼は再び間合いを詰める。

 クレスも牽制の為の「魔神剣」が再度飛んでくるのを警戒した様子を見せるが、エッジも今度はすぐには撃たなかった。

 既に見切られている技ではあったが「魔神剣」の威力だけならエッジが上回っている以上、クレスもその選択肢を完全に無視は出来ない。

 その一瞬の読み合いを利用して、エッジはまず数歩分の間合いを詰めた。

(これ以上は撃つ気が無いことに気付かれる)

 ここでエッジは遠距離に向けて斬撃を飛ばす構えではなく、上段から振り下ろす体勢を取った。

 クレスも今まで見たことの無い相手の構えを警戒する。

魔神裂爪斬(まじんれっそうざん)!」

 気を伴って勢い良く振り下ろされたエッジの剣は、獣の爪痕(つめあと)の様な三本の軌跡を描きながら地面へと叩き付けられる。

 それはクレスにはギリギリの所で届かなかったが、この攻撃はそれだけに留まらなかった。

 三本の斬撃は大地に沿ってその方向を変え、魔神剣の様な遠距離攻撃へと流れる様に変化する。

(上手い、一瞬初撃の防御を考えさせられる間合いだけど、届かないと気付いて防御に迷いが生まれれば時間差の追撃が刺さる)

 クレスは感心しつつも反撃に移った。

(今のは布石、さっきの技が来る……本当の勝負はここから!)

 

 今度はエッジが守りの姿勢を取る。

 クレスが跳躍で真上に攻撃を回避すると同時に、光が微かに渦を巻く。

 身構えていたエッジにも今度は、はっきりと「それ」は見えた。

 集まっていくその光はクレスと共に上昇していき、そして――

空間翔転移(くうかんしょうてんい)!」

 派手な音も無く、彼の姿が掻き消える。

 予備動作から少しでも軌道の予測を立てよう、というエッジの僅かな希望は散った。

 先程の経験からエッジは見失った瞬間、即座に行動する。

(上を取られたとはいえ攻撃手段が斬撃なら、完全な視界外になるのは――!)

 左へと転がる様に回避行動しながらエッジは振り向き、剣を振るう。

 背後を取られたという前提。

 左右の見極めは完全に勘だった。

「ッ――裂爪斬(れっそうざん)・「(あお)」!」

「!?」

 クレスにとっても、それは予想外。

 完全に防ぐでも避けるでもなく、防御を度外視してのカウンター。

 互いの剣は噛み合うことなく交差し、あと少しでどちらかが腕を切り落とされる所だった。

 どちらも流石にそこから無理な追撃を仕掛ける事はせず、一定の距離を空けながら睨み合う。

(模擬戦でこんな捨て身の賭けに出てくるなんて……これ以上下手に長引かせれば大怪我をさせてしまうかもしれない)

 クレスは目の前の少年の覚悟に驚かされるも、同時に軽々に命のやり取りに足を踏み入れてしまう危うさを危惧し、ある提案をする。

「エッジ君、最後は正面からの大技の撃ち合いで決めないかい?」

「正面から?」

 クレスは頷き、エターナルソードを構える。

 改めてその濃紺(のうこん)の刀身を見据え、エッジは今の瞬間移動の他にもまだその剣に秘められた力がある事を確信した。

(クレスさんだってアエスの力はある程度分かってる筈……)

 正直な所、エッジは自らが手にする深海の剣の破壊力を恐れていた。

 未だ一度も全力を引き出せた事は無くとも、それが敵味方の区別なく無差別に破壊を尽くす類いのモノである事を理解していたからだ。

(その上で受け止められる自信があるのだとしたら――)

 逡巡(しゅんじゅん)の後、エッジは提案に頷いた。

「分かりました」

「ありがとう、じゃあ……いくよ」

 クレスは儀礼の騎士のような直立不動の構えで集中し始めた。

 先程の跳躍を伴った急浮上とは異なり、ゆったりとしたペースで彼の身体が宙に浮き始める。

 光の粒子を纏うその姿にはどこか神々しささえあったが、今のエッジにそれに見惚れる余裕は無い。

 

 ふと、仲間達の声援がエッジの耳に届く。

「頑張れ」、「落ち着いて」、「負けるな、エッジ」――その声で彼は、不意に自分が今たった一人で広い闘技場の真ん中に立っている事を思い出した。

 誰も深海の剣の制御に手を貸してはくれない。

(本当に出来るのか?空振りなら相手の技が直撃する……暴走ならみんなに被害が及ぶ)

 彼の手の中の深海の剣は微動だにしない。

 依然として破壊力の源である放射体(オーラ)だけは刀身から僅かに立ち上っていたものの、それ以上の力を発揮する気配は無かった。

 

 エッジの焦りとは対照的に、クレスは落ち着いた様子で剣を振り上げる。

 その身体は既に闘技場の観客席の一番上より、更に高い位置まで上昇していた。

 エターナルソードの桔梗(ききょう)色の刀身が、生き物の拍動(はくどう)の様に強く揺れる。

 その時だった。

「ぐっ、!?」

 危機を感じ取ったのか、或いは二振りの剣に何か引き合うものがあったのか、深海の剣の力もまた脈打つ様に強くなる。

 手の中で加速度的に強くなるその気配に、エッジの背筋が冷えた。

(これは、暴走……!)

 彼の意思とは関係なく剣から全てを分解する蒼い光が広がり、膨らんでいく。

 やむを得ずエッジは、周辺の被害を防ぐ為に唯一開けた空へと剣を掲げた。

 遮るものの無い宙を蒼い光はどこまでも一直線に奔り、雲にまで穴を開ける。

 それが契機となり、二人は互いに振り上げた剣を一気に振り下ろした。

次元(じげん)(ざん)!!」

「くっ……淵源海溝閃(えんげんかいこうせん)!」

 クレスが先に動作に入り、それに追い立てられる様にエッジも続く。

 今の深海の剣の状態では、前方の闘技場諸共クレスさえ消し去ってしまうのではないか、とエッジは危惧していたがその様な結果にはならなかった。

 天まで伸びる消滅の光は振り下ろされた剣の動きに連動して前方を凪ぎ払う様な事にはならず、代わりに天と地とを結ぶ一直線の「溝」の様な状態となって触れる大気の全てを呑み込んでいく。

(良かった……けど、暴走した状態で何でこんな限定的な範囲の攻撃に?)

 無我夢中だったエッジはそこでようやく、先に発動していたクレスの技の効力に気付く。

(違う、これは偶々前方に攻撃範囲が伸びなかったんじゃない……攻撃範囲が『押し止められた』!)

 クレスの放ってきた技はシンプルな上空からの斬り下ろしだった。

 集まっていた光からもそれほど強い力は感じられず、技として洗練されてはいたものの、一目では深海の剣と互角に撃ち合える程とは到底思えない。

 けれど、それは飽くまで表面上の話だった。

 クレスが技を放った位置には、全てを呑み込み続ける「海溝」の力が届かない。

 先程からクレスが不可思議な力を使用する度に現れる光の粒子の正体に、エッジはようやく気が付いた。

(これ、攻撃に利用されてないけど、ディープスなのか……!?)

 エッジ達この世界の住人は皆、目的に沿って大気中のディープスを集束する。

 けれど、クレスはディープスを「集束していなかった」。

 彼の周囲の大気――時空そのものが圧縮され、操られる。

 そこに含まれるディープスが、ただ結果として白光として可視化されているに過ぎなかった。

(押し切れない、すごい力だ……!)

 クレスと鍔迫(つばぜ)り合いの形になったエッジは、コントロールしきれていない蒼い光の力も目の前の相手へとありったけ注ぎ込む。

 海溝と、圧縮された次元の壁とが、共に前進し拮抗(きっこう)する。

 目の前の相手しか見えていないエッジの視界の外で、その激突は予想もつかない現象を引き起こしていた。

 エターナルソードの力で強引に固定され、さながら硝子(ガラス)の様に平面的に可視化され引き伸ばされた空間が、深海の剣の破壊力で限界を迎えて(ひび)割れる。

 次元の壁が砕けたその地点から先は色とカタチが輪郭を失い、河の様に流れていく。

 先ほど既に遠かった仲間達の声援が、エッジから更に遠くなる。

 二人の頭上に開いた次元の裂け目は今や音さえも呑み込み始めていた。

 その静寂の中で、エッジは足元から立ち上る光の陣に気が付く。

 その文字が理解できなくとも、そこに順番に並んでいく十二の文字が何らかの「時」を刻んでいくのは彼にも理解できた。

 今までクレスの剣の周りで散っているだけだった光が、色を持って層となり、滝の様に止めどなく降り注ぐ。それはまるで終わらない斬撃だった。

 局所的に空間が強く圧縮された反動なのかそれに伴い、二人の剣のぶつかり合う地点を中心に衝撃が波となって幾度も弾ける。

(押し負ける……!)

 もはやエッジの理解の外だった。

 「禁忌の剣」、「抑止力」、「宝珠の暴走を制する最終手段」――その様に評される女神アエスラングの創造物が圧倒されている。

 それならば、この世界の何を(もっ)てすれば目の前の巨壁(きょへき)に対抗し得るというのか彼には想像もつかなかった。

 エッジの信じてきた力、頼りにしてきたもの、全てが打ち砕かれていく。

 

 「時」の針が頂点に達した。

「エターナルブレイド」

 クレスの声と共に均衡が崩れる。

 その一瞬、エッジは守るべき者の存在を忘れた。

 戦う理由を忘れた。

 全てを失った頭の奥で、エッジは深海の剣の力が一瞬変質したのを感じた気がした。

「―――」

 剣の力の流れるまま何か分からない技を振るった事を、エッジはこの後も思い出せなかった。

 何故なら視界も、音も、手の感覚も、激突の閃光の中で何も記憶に残らなかったからだ。

 

「エッジ!!」

 観客席からクロウが飛び出す。

 もっとも、それは全てが収まった後の事だった。

 二人の技のぶつかり合いの余波は凄まじく、目に見える範囲だけでも転がっていた石が瞬く間に砂へと変わっていくのが全員に見えていた。

 それらが収まってようやく彼女も動くことが出来たのだ。

 見通せぬ程の砂塵(さじん)と、不気味な程の静寂(せいじゃく)が仲間達の不安を煽る。

 

 と、二人の輪郭すらも見えなかった砂埃(すなぼこり)が、にわかに晴れていく。

 彼らが無事らしきことを確認してクロウは足を止める。

 最後の一撃の影響か、再び観客達の目に映る二人の距離は、いつの間にか大きく離れていた。

 そして闘技場の中央、二振りの剣の力が解放された地点には、先ほど上方で発生した「裂け目」が消えずに残っている。

 今、その得体の知れない裂け目は、砂塵(さじん)を吸い込み続けていた。

「引き分けだね」

 クレスはその現象に驚く様子もなく、剣を納める。

「……いいえ」

 エッジは膝をついたまま、荒れた呼吸で答えた。

(本当なら、クレスさんは今の技を最初から撃つことだって出来た……瞬間移動を一度見せて、俺に反撃する隙を与える必要も無かった)

 悔しさが滲む少年の返答に、クレスはやや複雑な表情を浮かべる。

「実を言うと僕とグリューネさんは気が付いたらここに居たんだ。信じられない事だけど、誰かか、何かに連れてこられたみたいに」

 不本意ながら、というのがクレスの様子からも見てとれた。

「エターナルソード――この剣には時空を渡る力がある。僕はここに到着してすぐ(いく)つもの年代を越えてみたけど、どうもこの世界は僕の知っている世界とは全く違うらしい」

 そう語る彼の視線は「裂け目」に注がれている。

 エッジはこの戦いでのクレスの本当の目的を悟った。

「まさか……そこに飛び込むつもりなんですか?それで本当に帰れるんですか?」

「分からない。けれど、どうしても決着をつけなければいけない相手が居るんだ」

 クレスの瞳に迷いは無かった。

 彼は最後にまた微笑(ほほえ)む。

「エッジ君、君は一人で魔術まで使えるんだ。きっと、もっと強くなれる。だから、それまで自分を大切にね」

「……はい」

 それ以上の言葉をエッジは返せない。

 武器と自身の十二分の力を出した上での敗北は、それ程までに重いものだった。

 彼の目の前でクレスは剣を掲げると「裂け目」を更に押し広げ、扉程の大きさに安定させてその中へと消えていく。

 誰が止める間もない、自然な所作(しょさ)だった。

(いずれ強くはなれるから「自分を大切に」か……そんな風に思ったことは無かったな)

 

 二人の強敵が去り、闘技場に残された仲間たちは戦いの爪痕も激しい中央部に誰からともなく集まっていた。

 皆の視線は当然、一向に消える様子の無い何かの「裂け目」へと集中する。

「クレスさんはご無事でしょうか」

 アキの(もっと)もな不安に、リョウカが答える。

「少なくとも無策ではないでしょう。でなければこんな得体の知れない所に飛び込もうとは思わない筈よ」

 とはいえ、と彼女は続けた。

「どうしたものかしら、可能なら閉じたい所だけど。それが無理ならせめて人が近付かない様にしておかないと」

 洞窟の様な普通の穴なら埋めたりすれば入り口は隠せるが、この様に開けた場所で空間そのものに「穴」が空いているのでは皆もお手上げだった。

「ここが長らく無人だったらしいのは不幸中の幸いね、一度マーミンまで戻りましょう」

 リョウカの言葉で皆が戻る準備をしかけたその時だった。

 

『おや、残念です。皆さん自身で扉をくぐって頂きたかったのですが』

 何処から聞こえてきたのか判別できない――けれど、耳元で話されているかの様にハッキリとした声が聞こえる。

 その直後、全員の足下(あしもと)が抜けた。

 彼らに辛うじて認識できたのは今しがたまで確かに地面だった所が、何時の間にか砕けた硝子の様に変化していた事だけ。

 それは先程出来た空間の裂け目に瓜二つの光景だった。

 

 そして、全員が飲み込まれ再び無人になった廃墟は、音もなく消えていった。

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