TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼― 作:ILY
一行は何もない床の上を中央部まで進んだ。
反対側にようやく次のフロアへと続く道が見えてくる。
けれど、ここまで本当に「何もない」フロアが一つも無かっただけに一行の警戒心は
先程のクロウの「このフロアだけ様子が感知できなかった」という発言も皆の中で引っ掛かっていた。
と、小さな赤い光が先頭を行くクロウの視界の隅に映る。
「それ」に見覚えがあったクロウの背筋が凍った。
(
「みんな、伏せて!」
宝石の様な赤い石が見る間に輝きを増し、目が眩む程強くなったその光が石を膨らんだ様に見せる。
「エクスプロード」
火のディープスを集めやすい鉱石の性質を利用し、直前まで
その攻撃をよく知っているクロウが、いち早く気付いて相殺していなければ実際に八人が全滅しかねない威力だった。
「今のは……」
「
落ち着いて分析する暇は無かった。
薄暗かった周囲に青白く、この迷宮の
「リア、動かないで!まだ私が受ける、こいつら――」
クロウが警告を言い終える時間は無かった。
回避、という発想をする間もないほど一瞬で天地を裂く様な雷が閃く。
一拍遅れて、通常の深術ではまず起こらない地響きの様な
クロウが全員を
「っ……ぁ」
辛うじて防ぎきったものの、感覚を一部共有する
同等の上級深術を詠唱なしで発動できるクロウの力をもってしても、連続で受けに回るには敵の猛攻はあまりに苛烈だった。
「そんな……一体どこから?敵なんて何処にも」
倒れたクロウの
「『見えない』、かしら?」
またも声だけが響き、今度は予兆も詠唱も無く光の槍が現れ、交差するように飛来する。
しかし、それらは予期していたかの様にリアトリスが張り巡らせた光の障壁で容易く弾かれた。
「あら?」
クロウの役目を継いだリアトリスが、まるで相手の姿が見えているかの様に一点を見据える。
「見通せぬ
得意とする光属性で放つ術を、リアトリスは闇属性に置き換えて放った。
その術は「何も無い」様に見せていた偽りの光景を突き破り、密かに一行を狙っていた光の槍を次々に相殺する。
姿の見えない声は笑った。
「しぶといわね、けど十分時間は稼げたわ」
「大地揺るがす
「地を歩むもの全てを
先程までとは更に異なる属性の上級深術が一行を完全に包囲する。
発動の予兆の段階で、一行の身体が僅かに風で浮き上がる。
全方位から迫り来る風に逃げ場はなかった。
同時に彼らの足元の無機質な床が、一面の岩肌へと一時的に変わる。
怒りを
「みんな、
バランスを崩しながらもリアトリスが必死の表情でコレクトバーストを発動し、限界近い全属性のディープスを
「くっ……!」
エッジは唇を噛んだ。
単に逃げ場が無いだけでなく、先程から連発されている「上級」深術は通常なら一撃で勝敗を決め得るもの。
生半可な防御も、相殺も通用しないそれらを前にしては同等の術を行使できない大半のメンバーは手も足も出なかった。
「ッ……
集めたディープスを即座に編み上げ、リアトリスが『
風が遮断されたお陰で、浮き上がりかけた皆の足が下に着く。
「――サイクロン!」
「――グランドダッシャー!」
周囲から殺到した空気が圧力を持ち、一行がいる地点を絞り上げる。
大地から解き放たれた無数の
障壁と、岩の群れとがぶつかり合う乱雑な打楽器の様な音が、サイクロンの上昇気流と合わさり
それらの音は隔離され遠かったが、実際には轟音である筈だった。
砕かれた岩が突風で巻き上げられ障壁の外は何も見えない。
リアトリスの額に玉の様な汗が浮かぶ。
『
急速展開の為に併用したコレクトバーストの体力消費も
全てが終わって最後の風が止むのと同時に、リアトリスもまた力無くその場に倒れ込んだ。
ラークがその身体を受け止める。
「他愛ない。
聞き覚えのある老人の声が何処からか響く。
「……ちょっと身体がバラバラになった感覚くらいで……勝手に戦闘不能扱いするな」
クロウが震えながら立ち上がり、虚空を深術の刃で攻撃する。
先程も
『
「ふん、まだ立てたか。だが結果は同じだ」
『
「何か忘れてない?……こっちは、そうやってあんたらが固まってくれてたら一人で全員吹き飛ばせるんだけど……?」
クロウはその態度に
「
ただ命令する様な口調。
それで止まる筈もなく、彼女は警告した通りに攻撃を仕掛けようとするが、ふとバルロの視線の先にもう一人少女が居る事に気付く。
彼女は戦う事を
見覚えのある――けれど、鏡の外で決して目にする事の無い自分と同じ姿をクロウは見た。
「え……?」
クロウの視界の先で、溜め息と共に『
「――ブラッディハウリング」
何の詠唱もなく地面から黒い狼の群れが湧き出す。
よく見知ったそれは一直線にエッジ達目掛けて殺到した。
「くっ!」
クロウも即座に反応し、同じ術で反撃する。
しかし、
(まずい、これ本当に何もかも私と同じ術だ……さっきのダメージの分が)
まるで鏡像。
二人が放った術は完全に拮抗し、見えない境界が生まれる。
消耗したクロウが力を振り絞っても結果は同じだった。
あちらの少女も全く同じ事をして、返してくる。
先程の「インディグネイション」を受け止めたダメージが抜けないクロウは膝をつく。
「うっ……」
「撤退だ!」
リアトリスを抱えたまま、ラークが叫び、クロウの腰を抱く様にして術の競り合いを中断させた。
彼らが飛び去った瞬間、敵の放った術はその場を直撃する。
クリフも同様の事を考えていたのか、入れ替わる様に前に出て
「――『
練り上げられた青い「気」が彼の全周に放たれ、爆発的な暴風を生み、
攻撃としてはやや遠目から放たれたその技は、風の防壁によって容易く防がれたが、
「……上手く逃げられてしまったか」
味方を守った風の防壁を解除しながら、その青年――『流連』のルクターは悲しみと
―――――――――――
数フロア分をひたすら走り、何ヵ所かに検知の為の罠を張って敵の追撃が無いことを確認し、ようやく一行は落ち着く事が出来た。
「成程、『記憶の再現』というのはああいうのも有り、って事なのね……」
特に消耗の激しかったクロウとリアトリスの様子を見ながら、リョウカが先の出来事を分析する。
「ああいうの」というのは恐らくもう一人のクロウの事だろう。
「何となく分かってきたわ。要はあのグランターとかいう男、私達と因縁のある対決を再現して遊んでいる訳ね。だから
ずいぶん
「とはいえ、戦力差は深刻だ。さっきのは不意打ちだったとはいえ彼ら全員と正面から戦うのは少し分が悪い」
ラークの戦力解析も
エッジ達が三人以上のクローバーズを同時に相手にした経験は一度もなく、
フレットに至っては、クロウも含めた五人で戦ってやっと互角だった事さえある。
ラークはそのまま続けた。
「とりあえず、可能な限り敵の戦力を正確に把握しよう。僕が見た所、相手は確かに七人居た。もう一人のクロウに気を取られてしまったけど、向こうにはルオンも、もう一人居る」
そこで先程の撤退の判断を思い出し、クリフが気付く。
「ああ、それで退く事にしたのか。単に術での攻撃を防ぎ切れなくなってきたからじゃ無かったのか」
ラークは頷く。
「術ばかりを警戒していたあの状況で感知しにくい狙撃までされたらひとたまりも無かったからね。上級深術の連打は確かに彼らの最高火力だろうけど、正直隠れたまま『まず狙撃』なんて事をされなくて助かった」
視界が制限されてたのは向こうも同じだから目視の不確実性を嫌ったんだろうけど、と彼は補足する。
「もう一つ不確定要素がある。彼らは
ラークの言葉に、薬品のボトルの味に顔をしかめていたクロウが顔を上げる。
今回は治癒術を使える二人が消耗してしまった為、例の宝箱から入手した薬品類で体力の回復に努めていた。
「それ……あんたと同じ様な薄緑の髪で、他のメンバーより比較的歳上で、両手に三つずつ指輪付けてる男?」
クロウの反応に、ラークは頷く。
「やはり彼も元々クローバーズに居た人間なんだね」
「うん……ルクターはどっちかといえば防御が得意なタイプだけど。抑えるだけなら一人でフレットの相手が出来るぐらい接近戦も強いよ」
その話を聞いてラークは考え込んだ。
「また誰とも違うタイプみたいだね。もう少し情報を
―――――――――――
「おい、仕留め損なったじゃねえか」
今すぐにでも追撃に出たい様子で『
「今は場所を移して待ち構えるだけで十分だ。お前の勝手なペースに合わせては隊列が乱れる」
『
「一度待ち伏せが失敗したのに続けるのか、不意打ちも二度目では然して効果が無いだろう」
『
スプラウツの子供達全員を恐怖と痛みで支配する老人の方針に対し、明確に反抗の意思を示すのは彼一人だった。
「今の交戦だけで戦力差は明らかだ。下手な策より万全な態勢で迎え撃つ方が良い」
それに、とバルロは敵が去っていったのと反対の通路を見る。
「例の男の説明を信じるなら、どのみち奥へ進むには私達を越えていくしか無いのだからな」
その通路には進行を阻む黒い
早々にそれに気付いた彼等は、グランターから「勝ち残った参加者が確定すれば道は開ける」という情報を得ていた。
しばしの沈黙。
七人がこの場には居るというのに、その内半分は進んで口を開こうとしない。
『
『
最年少の『
そして、先程もう一人の自分と遭遇した『
彼女の様子を
「それにしても先程の相手は一体どういう集まりなのだろうな、クロウとルオンが居る辺り、例の説明通り「俺達より未来からの参加者」なのか」
「未来」という言葉が出た途端『
ルクターはそれを無視して続ける。
「ただ、今の君達とあまり見た目が変わらないのが気に掛かる。成立してそれ程立っていないチームであの
話に興味が無さそうだった『
「へぇ、お前もうすぐ敵になるのか」
「……」
クロウは、身に覚えの無い事で裏切りの疑いを向けられるのが心外な様子で押し黙るが、フレットはそれを見て楽しそうに続けた。
「おい、俺は嬉しいんだぜ!向こうのお前の方が本気で殺し合いが出来そうだ」
狂気じみた笑いを浮かべる少年に、嫌悪の表情を見せながらもクロウは反論しなかった。
そんな彼女を安心させる様に、いつの間にか傍に来ていたネイディールが耳元で
「大丈夫、心配しないで――そうなっても私が守ってあげる」
殆ど会話した記憶も無い、歳上の相手に親しげに話し掛けられ、クロウは困惑した表情になる。
セルフィーはその一連のやり取りに不愉快そうな顔で何も言わなかったが、日頃からクロウを「暗い」と
(みんな何なの……あんな訳の分からない、私と同じ顔をしたヤツのせいで)
『
先ほどの見知らぬ仲間たちに囲まれた「クロウ」の方が、自分より余程生き生きした表情をしていた事を思い出し、彼女はより一層