TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第八頁 Middlegame

「本能共鳴技で分断して、接近戦に持ち込む所までは良いけど……あのフレットっていう子、一対一で止められるかな。こっちは一人多いんだし、そこだけ二人割けば――」

 特に彼と相性が悪いリアトリスは危惧を口にする。

 圧倒的な膂力(りょりょく)と速度。

 驚異的な雷属性の深術の威力と、一瞬も止まらない攻撃性に、再生能力。

 作戦がある程度定まってくるに連れて、フレットをマークしない事への不安が皆の間で少しずつ高まっていた。

 しかし、彼と戦う事になるであろうラークはその提案を断った。

「確かに普通に彼を仕留めるのは難しい。けど、足止めなら僕一人で問題ないよ。ルオンには可能な限り後衛で全体のフォローに回って欲しい」

 唯一『爪雷(そうらい)』のフレットと遭遇した事の無いリョウカは、噂に聞く敵の強さとラークの自信とを天秤にかけ、半信半疑という様子でラークに尋ねる。

「何か勝機があるの?」

「そうだね……彼は確かに強いけどまだ子供だって事だよ」

 

 ―――――――――――

 

 ラークと『爪雷(そうらい)』のフレット、身体能力が最も高い二人が激しくぶつかり合う。

 二人の得物は決して軽い物では無かったが、そんな事など忘れさせる程に互いの動きは鋭かった。

 当たれば必殺の勢いを持つ一撃一撃が、常人なら反応しきれない数で行き交う。

「やるな、けどディープスの扱いはてんでダメだ。わざと使わないのか?それとも――」

 術への適性の低いラークを嘲笑(あざわら)う様に、彼の「専雷爪(せんらいそう)」が放電音を鳴らす。

「使えないのか!?」

 雷撃の威力が上乗せされた攻撃が、ラークでは受け止め切れない勢いで放たれる。

 が、

 既に二度の戦いで同じ技を見ていたラークは、予備動作が見えた時点であっさりと範囲外へ退く。

 苛立ちを(あら)わにしかけるフレットに対し、ラークは何食わぬ顔で再び接近して先程までの切り合いを再開した。

「チッ、今度こそ消し飛べ!デュアル・インディグネイション!」

「……」

 雷の術と、鉤爪での二重の一撃。

 今度もまた必殺の威力を持った技だったが、速度で僅かに勝るラークが逃げるのを捉える事は出来ない。

 今までこれ程攻撃を回避された事の無いフレットには、予備動作を減らして動きを読ませない――等という細かい技術は無かった。

 が、流石に二度目はフレットも黙って見逃しはしない。

「あくまで逃げ回る気かよ、けどそれなら」

 彼は隣の戦場で戦っているクリフに対し武器を向ける。

 しかし、ラークはそれにも取り乱さない。

(身体が無意識に僕の方を向いたまま、わざわざ宣言してから動くのも遅い。つまり、君は――)

 ラークが床を蹴り、その姿が一瞬消える。

 間に合わないと(たか)(くく)っていたフレットは、表情を変えぬラークに追い付かれ狼狽(ろうばい)する。

「な、に!?」

(――結局、自分が仕留めると決めたターゲットに意識が向いたままなんだ。動き出しが鈍い!)

 一戦目は狙い通りリアトリスをあと一歩の所まで追い詰め、二戦目は乱戦で迎撃に回っていたが故に、フレットのその癖が露呈する事はほとんど無かった。

 けれど、ラークの百年分の経験と過去二回での戦いの記憶が、それを看破し「弱点」として追い詰める。

「クソッ!正面から戦え!」

 ラークはまたも平然と一撃離脱を繰り返し、容赦なく動きが乱れたフレットの隙を突く。

「ごめんね、でも遊びじゃないんだ」

 戦いの趨勢(すうせい)は少しずつラークに傾きつつあった。

 

 

「普通その歳で深術士(セキュアラー)なんて言ったらこんなに動けねぇもんだけどな」

「……貴様、セオニア人か」

 拳で打ち合っていたクリフと『厳岩(げんがん)』のバルロだったが、バルロの問い掛けにクリフの手が止まる。

 如何(いか)にバルロが老齢まで身体能力を維持していようと、遥かに若いクリフの体力には及ばない。

 しかし、バルロは錬成手甲「岩堵(ガンド)」のリーチ差と詠唱破棄の牽制を利用してインファイトの展開を上手く(かわ)していた。

「何でそう思った」

「西の大陸には貴様と同じ技を使う者が多く居るからな」

 軍属の経験からバルロは、クリフの闘法の出自に気付いていた。

 クリフは面白くも無さそうに答える。

「生憎だがレーシア大陸のダシュゲント出身だよ」

「ふん、鉱石堀りがわざわざ海を越えてセオニアか。中央大陸で安住の地を求める選択肢もあっただろうに、レーシア人はやはり目先の利益にしか目がいかぬか」

 レーシア連合国の商人達を揶揄(やゆ)して、バルロはそう口にする。

 それに対しクリフは乾いた笑いをもらした。

「はは爺さんの顔殴るのは抵抗あったけど、殴る理由が一つ増えたな。ラーデシア大陸を『中央大陸』なんて呼んでるのアクシズ=ワンドの人間だけだぜ」

「その口ぶりにしては、貴様の友人には随分我が国の人間が多い様だが?」

 エッジやクロウ、アキ達の事を指しているであろう老人の言葉にクリフはため息を吐く。

「それしか知らないのと、歴史を知った上で恣意的(しいてき)に呼び方歪めるのは違うだろ……大人の責任ってのはそういうもんじゃねぇのか」

 後半は殆ど「スプラウツ」という子供を利用する組織に対する批判に聞こえた。

 クリフの身体が青い「気」を(まと)い、彼の体内から湧き出る様に勢い良く流れていく。

「行くぜ、爺さん――奥義、練毅身(れんきしん)!」

 力強く踏み込んだ彼の一歩目が、このフロアを大きく揺らした。

 

 

詠技(えいぎ)――翠風(すいふう)!」

 回転させたアキの傘から生み出された風が、擬似的な詠唱による風のディープスの勢いと合わさり幾つもの見えない「帯」の様に伸びる。

 それらは『紅蓮(ぐれん)』のセルフィーが展開した「接華浮燈(せっかふとう)(じん)」を構成する無数の赤い光の珠のいくつかを捕らえ、コントロールの外へと弾き出す。

「良い狙い、けど全然間に合わないわね?」

 アキの攻撃はセルフィーを守って浮かぶ赤い光の珠を僅かに減らしたものの、それは全体のほんの一部であり相手の守りを崩すには至らない。

「ほらほら早く逃げないと、今度はこっちの番よ!」

 セルフィーの合図と共に、彼女を守る赤い光が次々にアキ目掛けて流星の様に飛んでいく。

「くっ!」

 飛来する光の正体である「炎熱鉱石」が、走って逃げるアキの背後で赤熱して弾け、炎を噴き上げる。

 明らかにセルフィーには余裕があり、じわじわとなぶる様にアキを追い詰めていく。

 しかし、多少手加減されていようと宙を(かけ)、追ってくる無数の鉱石から重い武器を操るアキが逃げ切る事は出来なかった。

「!」

 赤い光の一つが彼女を爆発の射程に捉える。

 炎が上がり、アキの姿は一瞬で見えなくなった。

 けれど『紅蓮(ぐれん)』のセルフィーは手を(ゆる)めず、そのまま更に三度同じ攻撃を繰り返す。

「あははっ、呆気なかったわね」

 彼女は向きを変え、次なる獲物を探し始めた。

 と、今火の海となった煙の中からアキの声が響く。

「――例えば火事の屋敷の中、火の海の中心……そういった環境で私の『(あけ)天傘(あまがさ)』は真価を発揮します」

 セルフィーが驚愕の表情と共に振り返る。

 辺りに舞う火の粉が自然な動きではなく、アキの動きに合わせて花弁(はなびら)の様に揺らめくのを彼女は見た。

秘奥義(ひおうぎ)――散華龍炎槍(さんかりゅうえんそう)!」

 揺らめく炎の花弁が渦を巻き、半身(はんみ)から繰り出された『(あけ)天傘(あまがさ)』の突きで炎が噴出し、巨大な槍となって一直線にセルフィーへと襲い掛かる。

「くっ!!」

 既に守りの要である「接華浮燈(せっかふとう)(じん)」を展開していたセルフィーは、陣の外縁部を次々と爆破して切り離し、攻撃を相殺しようとする。

 如何(いか)に周囲環境の熱を吸収した秘奥義といえど、一つ一つが上級深術にも匹敵する「炎熱鉱石」の火薬庫の様な総火力には及ばない。

 理論上、威力でセルフィー側が押し負ける事は無い。

 筈だった。

(何?これは……アイツの攻撃が止まらない、何で――)

 十分と判断した陣の外縁部の爆発では、アキの攻撃が止まらない。

 それどころか、セルフィーが起爆していない陣の更に内側の「炎熱鉱石」までもが発火し始める。

(誘爆!?想定より向こうの熱と貫通力が高過ぎる、このままじゃ……)

 防ぎ切れないと判断したセルフィーは、無事な残りの鉱石を攻撃に転用した。

(いくら何でも攻撃と防御を同時には出来ない筈)

「燃え尽きろ――秘奥義、インフェルノドライブ!」

 先程の再現の様に、赤熱する「炎熱鉱石」の群れが弧を描いてアキへと殺到する。

 けれど、今度の鉱石は全てが爆発寸前の状態であり、到達時の破壊力はクロウの全力にも劣らない。

 セルフィーの読み通りアキは武器を引き、あと少しの所まで迫っていた「散華龍炎槍(さんかりゅうえんそう)」の攻撃は中断される。

(勝った!)

 再び攻守が逆転し、防げる筈の無い地獄の炎がアキを襲い、セルフィーは勝利を確信した。

 

 「インフェルノドライブ」が到達する刹那、アキは一見炎の勢いに押される様に武器を引いた。

 「明の天傘」がくるくると回る。

 それに引き寄せられる様、ごく自然に炎も渦を巻く。

 この攻撃を防ぐ事は出来ない。

 だから、アキは逆らわない。

 加速度的に膨れ上がっていく焔を武器ごと、炎斧の様に全身の力で振り回す。

(ごめんなさい、いつ誰が誰を攻撃するか分からない乱戦なら、本来私があなたを倒す事は出来なかったでしょう)

 舞い散る火の粉が赤から黄へ、更に温度を上げ白へと変じていく。

(けれど、『火属性の術』が『私一人を狙っている』この状況でだけは――)

「第二、秘奥義」

 いつしか両者の視界は白い炎の華で埋め尽くされていた。

散華絶龍閃(さんかぜつりゅうせん)!!」

 「インフェルノドライブ」の炎さえも吸収したアキの一撃が、横薙ぎに閃く。

 それはふたりの間にあった筈の間合いを無視し、舞っていた炎の華を粉塵爆発の様に一斉に起爆して、一瞬にしてセルフィーに到達する。

 その瞬間、自分を焼き付くす白光を彼女は見た。 

「助け――」

 

[『紅蓮(ぐれん)』セルフィー・シェイ 脱落(LOST)

 

 皆が気付かぬ中、ライブラリーの支配者グランターの側に微かな通知音と共に一列の情報が示され、消えた。

 それに伴いグランターの白い燕尾服上の黒い模様も、泥が沸騰する様にボコボコと広がる。

 

(まずい、これは明らかに向こうに有利な組み合わせを狙われている)

 セルフィーが倒されるのを見た『流連(りゅうれん)』のルクターは形勢がクローバーズ側に不利なのを見て取り、既に発動していた「ウィンドサーキット」を活性化させる。

 それを間近で見たエッジも妨害に動く。

「やはりそう来るか」

「く……!」

 しかし、体勢を崩したのはエッジの方だった。

 突風に足元を(すく)われた所に横風の追撃が来て、彼の身体はほとんど回転する様にフロアに叩き付けられる。

(「防御が得意」その言葉のイメージが先行して防壁で武器を止めてくると思ってたけど、これじゃアエスの力を活かせない……!)

 エッジは敵との経験値の差に内心焦るも、相手の力に警戒心を抱いているのはルクターも同じだった。

(この少年の剣、最初に逸らそうとした時ほとんど風で干渉出来なかった……術を無効化するのか?だが、それなら前回の戦いで何故全く使わなかった?あの剣にはまだ何かがある)

 エッジの攻撃を防いだルクターは、すぐに『孤氷(こひょう)』の名を持つ狙撃手に呼び掛けた。

「ルオン!頼む!」

 

 呼び掛けに応えて、クローバーズの『孤氷(こひょう)』の狙撃手は長距離射撃状態に切り替えた弓を構える。

 だが、彼と目の前で対峙するリョウカは当然それを見逃さない。

「あら、味方の援護かしら。けれど私の仲間は撃たせないわよ」

 弓の威力を引き上げた相手に対し、リョウカもまた『(よい)地衣(ちごろも)』を束ねて威力重視の制圧形態『鋒矢(ほうし)(かた)』へと武器を変化させる。

 それと共に素早く背後へと視線を走らせリョウカは、仲間たちへの射線を確認した上で全て塞ぐ。

 しかし、次の彼の行動は彼女の予測を超えていた。

 『孤氷(こひょう)』の狙撃手はバックステップでリョウカから距離を取ると同時に、僅かに空いた間合いを利用して彼女が届かない所へと矢を放つ。

(何をしているの!?そんな所には誰も居ない筈)

 リョウカの守りをすり抜けた矢は真っ直ぐに虚空へと飛んでいく。

「ウィンドサーキット――連結(バッテリー)

 『流連(りゅうれん)』のルクターが指を鳴らすと、目標を失ったかに見えた氷の矢は縦横に張り巡らされた直線をなぞるかの様に風に乗り、ラークと『爪雷(そうらい)』のフレットが一騎討ちを繰り広げる場所へと導かれる。

「!!」

 戦いを有利に運んでいたラークは、(さば)こうとしていたフレットの攻撃に、突然矢による狙撃までもが加わって来たことで二重の衝撃に体勢を崩す。

「おい、ルクターてめえ!邪魔するな、こいつは俺の獲物だ!」

「すまない、フレット!だがネイディールが追い詰められている。君の力を貸してくれ」

 激昂(げきこう)するフレットを(なだ)めつつ、ルクターは再び風の陣を起動しようとする。

 

 そこへ、剣での攻撃を中断したエッジの詠唱が響いた。

風樂一閃(ふうがくいっせん)――ガスティーネイル!」

 圧縮された風の刃が長い爪痕を残し、「ウィンドサーキット」を引き裂く。

 しかし、無形の風はすぐに寄り集まり元の形に戻ってしまう。

「同じ属性の術で干渉を狙った判断は見事だ。けれど活性化の瞬間で無いなら妨害は出来ない」

「くっ……!」

 ルクターのその言葉通り、二度目にエッジの詠唱は間に合わない。

「ウィンドサーキット――入城(キャスリング)

 再び指が鳴らされ、風の陣が戦場に介入する。

 

「!?待て、君の相手は――」

「悪いな、お前とやるのは次だ」

 ラークと対峙していた『爪雷(そうらい)』のフレットの身体が風に乗り、一気に加速する。

 術の補助無しでほぼ互角のスピードだったラークはそれに追い付く事が出来ない。

 

「残念、どうやら仕切り直しみたい。じゃあね『お姉ちゃん』」

 リアトリスに抑えられていた『純白(じゅんぱく)』のネイディールも風に運ばれて彼女から逃れ、口調に余裕を取り戻す。

(そんな、折角この子の幻影を止めてたのに、また見失ったら――)

 リアトリスの焦りを裏付ける様に、ネイディールの姿はみるみる内に視認できなくなっていく。

 それだけならリアトリスには通用しなかったが、別な問題が彼女を阻む。

「よお、じゃあお前倒してさっさと戻らせて貰うぜ」

「……っ!」

 ネイディールと入れ替わる様に現れた『爪雷(そうらい)』のフレットの鉄の鉤爪が、リアトリス目掛けて振り下ろされる。

 彼女もそれを深術障壁で防いだが、武器を防ぐのに不向きな障壁には亀裂が入った。

 

 まるで棋板の上で駒を動かす様に、直接攻撃していない『流連(りゅうれん)』のルクターの一手一手がエッジ達に傾きかけた形勢を五分に戻していく。

「ルオン!すまないが、もう一度頼む」

 ルクターはエッジが再び斬り掛かって来ても対応できる間合いを保ちつつ、仲間に指示を出した。

 エッジは必死に「ウィンドサーキット」への対抗策を考える。

(やっぱり風の通り道を完全に読まないと止められ無いのか……!せめて、何か手がかりがあれば)

 と、エッジは不意に風が吹き込んでいく入り口の一つが間近に在る事に気付いた。

 

 『孤氷(こひょう)』の射手は合図を受けて再び矢を(つが)える。

 リョウカは必死にそれを阻止しようと動くも、今度は遥か頭上を狙われ『(よい)地衣(ちごろも)』によるブロックはまたしても届かない。

(く、今度は殆ど垂直に……!本来なら通しても問題ない、ただ床に刺さるだけの攻撃なのに)

 一対一ならリョウカは狙撃を完全に封殺出来ていたが、実質的に一対二での対応を余儀無くされた彼女は連係に翻弄(ほんろう)される。

 

 高く放物線を描いた矢が、上昇した時と同じ様に急角度でフロアへと迫る。

 しかし、それが床に着弾する前にまたも「ウィンドサーキット」の風が作用し、矢の軌道を水平へと戻してしまう。

 そのタイミングで、エッジは再び妨害の為、風の深術を放った。

「ウィンドカッター!」

 陣の入り口へ目掛けて放たれたその術は、瞬く間に「ウィンドサーキット」の風に飲み込まれていく。

 エッジの妨害など無かったかの様に矢は縦横に軌道を変え、味方の援護へ向かおうとしていたアキの方へ狙いを定める。

「!?」

 彼女もそれに気付き岩にも等しい硬度の傘で防ごうとするが、その必要は無く今度の矢は目標を外し、彼女の横をすり抜けてフロアの外へと飛んでいった。

 

「……なるほど、ウィンドサーキットは一つの繋がった風の流れ。それを加速させても結局狙いは外れる」

 『流連(りゅうれん)』のルクターは対峙する少年に繊細なコントロール故の欠点を突かれた事に気付き、僅かに微笑む。

「君は僕の知っている子達とは何か違うな、必死なのにそれが自分の為じゃない、まるで――」

 彼の言葉は途中で遮られた。

「エッジ、こっち!避けて!」

 過去の自分自身と戦っていたクロウがいつの間にかエッジ達のすぐ傍まで来ており、一瞬の隙を突いてエッジのカバーに入る。

「ブラッディハウリング!」

「!」

 少年の方に気を取られていたルクターはなす(すべ)なく、クロウが放った魔狼の群れに飲み込まれ引き倒される。

 

「背を向けるなんてずいぶん余裕ね、私?」

 クロウの背後から彼女と同じ顔の、過去の『黒翼(こくよく)』の術士が攻撃を仕掛ける。

 が、それに対してはクロウと入れ替わる様にして前に出たエッジが相対する。

 エッジと出会った事の無い『黒翼(こくよく)』の術士は、剣一本で自身に立ち向かおうとしてくる少年に憤った。

「そんな武器一本で相手になると思ってるの?邪魔するな!」

 未だ一度も深海の剣の力をクローバーズに見せていなかったエッジは、頭の中で素早く勝算を計算する。

(初撃だけなら、こういう時クロウが使ってくるのは正面からの――)

「ブラッディランス!」

 威力とバランスに優れた余計な破壊をしない術。

 エッジの読み通り、最短経路で必殺の一撃が飛んでくる。

魔神剣(まじんけん)・「(あお)」!」

 それに対し深海の剣の力以外に武器を持たないエッジは、攻撃を隠れ蓑にして限界まで姿勢を低くする。

 蒼い光の元素破壊能力は難なくブラッディランスの接触した部分を大気に還して貫通するが、空中を飛ぶ攻撃を地を這う斬撃では完全に相殺できずエッジのすぐ頭上を黒槍が掠めていく。

「なっ!?」

 その展開を一切予想していなかった『黒翼(こくよく)』の術士は慌てて蒼い光を回避する。

(動きを予想して、アエスの力を借りてそれでも一撃凌ぐだけで精一杯か……やっぱり強いなクロウは)

 本気の彼女と初めて戦場で対峙したエッジは、改めて実力差を肌で感じて身震いする。

 

「流石エッジ、昔の私になんか負ける訳無いと思った」

 『流連(りゅうれん)』のルクターを倒したクロウは、エッジの肩に手を置き再び交代を促す。

「どこまでも馬鹿にして……あんたと私で何が違うっていうの」

 過去の『黒翼(こくよく)』の術士は、未来の自分であるクロウに敵意剥き出しの視線を向ける。

「教えてあげる、かかってきなよ」

 互角の能力を持つ相手に対し、「今」のクロウはその敵意を真っ直ぐ受け止めた。

 

 ―――――――――――

 

 エッジとクロウが「ウィンドサーキット」に対抗していたのと同じ頃、自由に動ける様になった『純白(じゅんぱく)』のネイディールは逆転の手を打とうとしていた。

(流石にただ風景に溶け込ませるだけの投影はもう効き目が薄いでしょう。やっぱりここは倒れたセルフィーの力を貸して貰おうかしら)

 敵の記憶の真新(まあたら)しさを利用して、直前に倒した筈の相手の姿で注意を引く――理性でそれが偽物だと判断する事は出来ても、反射的に一度確認してしまう事は止められない。

(となれば狙う相手も決まりね、あの不思議な傘で戦う子には苦しむ間もなく串刺しになって貰いましょう)

 ネイディールの口元に笑みが浮かぶ。

 「深術士(セキュアラー)の仲間達の為」という大義名分を得た彼女は、知らず知らずの内に自分がそこに嗜虐的(しぎゃくてき)な喜びを見出だし始めている事にまだ気付いていなかった。

(……それにしても暑いわね、さっきの余波かしら)

 微かな熱気に集中を削がれた彼女はふと顔を上げ、自分目掛けて弓を構える少年の存在に気付いた。

「ずっと待ってた、一人になる所」

 ルオン――エッジ達の仲間のルオンは一人、皆の戦いを後方で観察しながら確実な機会を(うかが)っていた。

 今、この一瞬に全てを賭ける彼を「コレクトバースト」の七色の輝きが包む。

 最大まで威力を引き上げられた「耐冷弓(たいれいきゅう)」が(きし)み、放たれた矢は氷の深術で更に勢いを増し、白い跡を空中に刻んだ。

(まさか、私を狙っている!?)

 姿を隠しているネイディールは動揺しつつ、何とかその攻撃を防ごうと、攻撃の為に残していた詠唱待機状態の光の槍を全て防御の為に動員する。

 が、一直線に飛んでくるかに見えた矢は空中でいきなり消失し、異なる地点へと飛躍する。

(これは……なるほど、さっきの熱はこれね。フロアの熱を上げ、冷気の噴射で矢を断続的に加速させ、温度差で空気を歪ませている)

 視覚のトリックで相手を騙すことに長けているネイディールは、すぐにルオンの蜃気楼の仕組みを見抜く。

 それと共に、自分が狙われたのは錯覚だったと結論付け彼女は胸を撫で下ろす。

 だが、ネイディールの予想とは裏腹に、幾度も消失と出現を繰り返すその矢の音は確実に近付いて来ている。

(何故?私が見えている筈はない。だって周りの景色は完璧に真似して――)

 改めて周囲と自分の付近とを見比べた彼女はようやく、足元で揺らぐ微かな陽炎に気付く。

 ネイディールが見落としていたそれは「投影杖(とうえいじょう)」の景色のコピーだけでは不完全で、よく目を凝らせば投影との境界面が見てとれた。

(まさか、この距離でこれに気付いたっていうの!?なら蜃気楼を利用した時点で狙いは最初から――)

 ルオンにはリアトリスの様に幻影を看破する特別な感覚は無い。

 けれど、その代わり彼には獲物を見付け狙撃する技術が備わっていた。

「手の内ならお互い分かってる。秘奥義、ピアース・ザ・ミラージュ」

 加速し続けた白い矢が、ネイディールが防御の為に交差させた光の槍を(ことごと)く貫く。

 幻惑という武器を失った彼女の術は驚く程に脆かった。

 

[『純白(じゅんぱく)』ネイディール/ハク 脱落(LOST)

 

 少女を示す名前がまた一つ、この空間から消えた。

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