TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第九頁 決別のディザスター

「ぐっ、ごぁあっ……おのれ」

 「気」を利用した体技の全てを連続で発動できるクリフの奥義、「練毅身(れんきしん)」の速度と爆発力が『厳岩』のバルロを圧倒していた。

 吐血し膝をついた老人を相手にクリフは流石に手を止めるが、バルロは尚も術の詠唱をやめない。

「……まだやる気か」

「隆起せよ――ロックブレイク!」

 クリフの足元に地のディープスが集束(コレクト)され、五つの岩が華の様に連なり合ってせり上がる。

 ディープス感知能力が然程高くないクリフはそれを事前に回避する事は出来なかったが、衝撃に備えていた彼は足元が平坦では無くなった瞬間に動いていた。

「『残影殻(ざんえいかく)』」

 『殻』の防御、『発』の迎撃、『瞬』の加速の合わせ技がその場に残像を残しつつの離脱を可能とし、物理的な攻撃を無効化する。

 クリフはそのスピードのまま瞬く間に相手との間合いを詰めた。

 が、既にこの技で何度も反撃されていたバルロも学習し、岩壁で自分の周囲を覆って相手の姿が見える前に防御に移る。

「おっと」

 勢いよく出現した岩壁は高速で突っ込んでくるクリフへのカウンターも兼ねていたが、彼は容易く避ける。

 ラークとの訓練でこの手の対策は彼の身体に染み付いていた。

「ハァ……いくら、速かろうと所詮術が使えぬ貴様では、この壁は崩せん」

 事実、クリフの技の中に一撃でこれを突破出来るような技は無かった。

 敵になす術が無いと判断したバルロは、悠々と壁の中で上級深術の詠唱を始める。

(確かに今までなら無理だった……けど、『決』と「練毅身」二つの奥義を物にした今なら)

 クリフは厚い岩肌に拳を叩き付けた。

(何でも良い、とにかく少しでも隙間が出来れば)

 空間を僅かに断絶する『決』が強制的に岩の壁に隙間を生んだ。

 それはすぐに元に戻ってしまうが、クリフはそこへ更に硬い物質を破壊する事に特化した『豪』を撃ち込み、それによって広がった穴に更に爆発を生じさせる『発』を撃ち込む。

「『豪決穿(ごうけつせん)』!」

 三種の技を複合して放たれたそれは、鉄壁に見えた岩の防御を貫く。

「っらあ!」

「ぬぅ!?」

 崩れかけた岩の壁を、クリフがとどめの蹴りで突き破る。

 それを予期していなかったバルロはまたも術を中断せざるを得なくなった。

 蹴りを受け止めた際に痛めた右腕をだらりと垂らしながら、バルロは自嘲するように微笑む。

「やるな……だが、貴様の様な精悍(せいかん)な若者に届かぬのは道理か……」

 どこか満足げな相手の表情に、クリフは眉をひそめる。

「……そうやって認めてやるべき相手は、てめぇの周りにたくさん居たんじゃねぇのか」

 ふっ、とバルロは笑う。

「子供は好かん、奴らは道理も信念も理解できん。(わめ)いて、言うことを聞かんだけだ」

 その言葉は、クリフの逆鱗(げきりん)に触れた。

「意味わかんねぇよ、そんな時期も無く大人になるヤツなんて居るわけねぇだろ!!」

 全ての「気」を加速に利用した爆発的な加速力の飛び蹴りが放たれる。

瞬発豪斧脚(しゅんぱつごうふきゃく)!」

 鉄の武器さえ粉砕するその一撃を老人は避けも防ぎもしなかった。

 

[『厳岩(げんがん)』バルロ・オファロン 脱落(LOST)

 

 あっさりと、現実の空間なら致命傷になる攻撃を受けてバルロの身体は細かな「記録」へと分解されて消えていく。

 自分の限界を素直に認める様なその最後の姿に、クリフは言い様の無いやるせなさを覚えた。

 

 

「そろそろ、決着を付けましょうか?ルオン」

 仲間と瓜二つの顔をした敵に、リョウカは話し掛ける。

 一時は『流連』の援護を得た『孤氷』に対し守勢に回っていた彼女は、邪魔が無くなった事で改めて弓使いの少年を追い詰めていた。

「……」

 名前を呼ばれた『孤氷』の狙撃手は反応しない。

 リョウカと面識の無い彼にとって、それは不要なやり取りだった。

 ただ、最初に距離を詰められた時と同じ様に、人並み外れた跳躍力で跳び上がり、間合いの外からの攻撃を仕掛ける。

「やれやれ、やり(にく)いわね……本当にあの子を相手にしてるみたい。出来れば私も本気は出したく無かったのだけれど!」

 リョウカは詠技の「氷河」を応用し、林立する氷の柱を生み出す。

 突然一変した環境に対し空中のルオンは、狙いを変えるか、防御行動を取るかの思量を迫られる。

 その隙を突いてリョウカは武器を床に叩き付け、その反動を利用して高く跳び上がった。

「……」

 『孤氷』の狙撃手は冷静にその動きを見極め、身動きの取れない空中に上がってきた獲物に狙いを定める。

 それに対しリョウカは口許に、うっすらと笑みを浮かべた。

(身動きが取れないのは、貴方の方よ)

 相手の矢が放たれるのと同時に、『宵の地衣』が生き物の様に氷柱の一つに巻き付き、彼女の軽い身体を真横へと移動させる。

「!」

 『孤氷』の目が見開かれる。

 リョウカは木から木へと飛び移る獣の様に、次々と氷の柱を伝って移動し空中の少年に肉薄する。

 それに対抗して相手も氷柱を蹴って移動しようとするが、柱同士の間隔は人が四肢を伸ばして届く距離ではなく『孤氷』の高い身体能力も活かす事が出来ない。

 『宵の地衣』の先端一つ一つが氷で硬質化し、蜘蛛の脚の様に鋭利な八つの刃が生み出される。

(これは、みんなには見せられないわね)

「その一瞬を釘付けにする――秘奥義、霜林鬼貫衝(そうりんきかんしょう)

 『孤氷』の狙撃手が飛び上がってから、全てはほんの一瞬の事。

 氷の林が決着の瞬間を覆い隠し、その表面に僅かに反射する二つの人影だけが結末を映した。

 

「『孤氷』ルオン 脱落(LOST)

 

 

 次々と仲間が倒される中、そんな事は些細な事だとでもいう様に『爪雷』のフレットはリアトリスを追い詰める。

「時間稼ぎのつもりか?手応えねぇな!」

「っ!」

 幾つも光の障壁を張って対抗しようとするリアトリスだったが、フレットはそれをガラス細工でも割る様な気軽さで叩き割っていく。

 彼の速度についていけないリアトリスは、身体全体を防御するしかなく、範囲を広げた分強度が落ちる障壁は武器と雷との二重の衝撃に耐えきることが出来ない。

 あと一歩でとどめ、という所でフレットはふと背後からの強烈な殺気に気付いて振り返った。

「――リアさんから離れて下さい!」

 炎を(まと)った上からの落下攻撃をフレットは両手の武器で受け止める。

 『明の天傘』を知らないフレットは、未知の攻撃方法に興味を惹かれた様だった。

「面白い武器だな、もっと見せてみろよ」

「良いですよ、お望みなら」

 言葉と共にアキの武器から更に強く炎が噴き出し、フレットの『専雷爪』もそれに対抗し激しく放電したことで微かな爆発が発生し、両者が一歩下がる。

 立て直す間が出来た両者はそれぞれに異なる選択をした。

 フレットは塵が晴れた瞬間を待ってアキに突進し、彼女はその猶予を利用して技に必要な溜めに入る。

「詠技――白龍!」

 集められた光のディープスが、螺旋の軌道で振り上げられた武器の威力を上乗せし、アキの周囲へと生き物の様に広がる。

 十分な強度と熱を持ったその光は壁の様にフレットの突進を阻み、彼はブレーキ代わりに雷を纏った鉤爪を「白龍」に叩き付けた。

 遅れて防御に切り替えた分弱い技しか出せず、僅かに押し負けたフレットは激突の衝撃で下がる。

 そこへ、仕切り直しになった二人の間に新たな影が割り込んだ。

裂空落斬(れっくうらくざん)

 高速回転しながら落下してきたラークの剣が、防御の為に交差させられたフレットの「専雷爪」とぶつかり合った。

 青白い火花が二人の顔を照らす。

 ラークは回転のとどめとして相手の武器を強く払い()け、その反動で離脱する。

 態勢を崩されたフレットは更なる後退を余儀無くされた。

「二人とも!ありがとう。助かったよ」

 リアトリスはようやく一息つき、彼女の得意とする白い光の矢で援護に回る。

 威力としては初級程でも回り込んで背後を狙うそれらに対し、フレットはコレクトバーストで応えた。

「面白ぇ、全部叩き落としてやるよ!」

 彼が払い除ける様に手を振ると、雷が波濤(はとう)の様にフロアからせり上がり彼の周囲を回転し始める。

 ひどく乱暴な方法だったが、それはコレクトバーストの軽減能力と合わせて確かにリアトリスの光の矢を打ち払った。

 彼は消耗も構わずその回転する雷波を維持したまま反撃に移る。

雷旋乱牙(らいせんらんが)!」

 三本の鉤爪から放たれた衝撃波が、次々と半ば無差別に飛ぶ。

 孤立しつつある状況をむしろ楽しむかの様に、フレットの攻撃の範囲はどんどん拡大していた。

 アキはその攻撃から仲間を庇って、『明の天傘』で炎の盾を張る。

 激しい閃光が視界を塞ぎ、状況は再び五分の仕切り直しになるかと思われた。

 が、

「ぐッ!」

 視界が晴れるや否や、フレットに二つの傷が付く。

 一つは、アキの後方から飛び出したラークが付けたもの。

 もう一つは、更に合流してきたクリフの飛び蹴りによる鋭い擦過傷(さっかしょう)

 以前の展開とは明らかに違う。

 前回乱戦になった時、アキ達は順番に一人ずつ攻撃を仕掛けるしか無く、人数差にも(かか)わらずフレットは互角の戦いを出来ていた。

 しかし、幾度の戦いを経て一行の連係の精度は大きく上がっており、多対一でも複数人が同時に攻撃を仕掛ける事が可能になっている。

 既にクローバーズの大半が倒れて大きく傾いた戦況を、彼一人の力で覆す事は出来なかった。

「クソッ!一人一人なら手も足も出ねえ雑魚の癖に――」

 と、彼は自分を狙うラークの構えが先程までと違う事に気付く。

 咄嗟の反応ができない程大きく武器が後ろに引かれ、その分の「溜め」が全てフレットに向いている。

 ひどく冷めたラークの視線が、彼を射る様に見つめていた。

「細断、連斬、颶風(ぐふう)の如くして微塵も残すもの無し――秘奥義(ひおうぎ)千裂真空塵(せんれつしんくうじん)!」

 エッジの「真空蒼破塵」同様、重ねられた斬撃が一つの巨大な刃となってフレットに迫る。

「はっ、それがお前の切り札か。けどな!」

 コレクトバースト発動中のフレットは、両の武器に雷を纏わせた「四電双爆破(しでんそうばっぱ)」の爆発でそれを防いでみせた。

「無駄なんだよ、俺とお前じゃ威力が――」

 言い終える間も無く、二撃目が迫りフレットは再び迎撃する。

 そこへ更に三撃目が飛来するのが見え、仕方無く彼は片手ずつ交互に発動できる「デュアル・インディグネイション」での迎撃に切り替えた。

 術士として圧倒的な攻撃能力を持つフレットはそれでもまだ打ち負け無かったが、立て続けの連撃に少しずつ押されていく。

「くそっ、お前……いつまで」

 雷を操れる者と、そうでない者の攻撃力の差は埋まらない。

 しかし、狂気の様に真空の刃を重ね続けるラークの動きに対して、僅かずつながらフレットの対応が遅れていく。

 相殺し切れなかった刃が、彼にダメージを与え始めた。

「『混血児』である君の身体能力は確かに純血の僕とそれほど変わらない。けれど、軽視したねその僅かな差を」

 ただ事実を並べる様に、ラークは目の前の少年に対して口を開く。

「武器を振るう速度の差、持久力の差……そういう基礎的な身体能力の差は何処までいってもゼロにはならない――この状況を防げなかった時点で、君に勝ち目は無かったんだ」

 何もかもを微塵に裂く様な刃の嵐の中で、他の選択肢のない少年は攻撃を相殺し続けた。

 しかし、それでも少しずつ攻撃の速度の差は開いていく。

 コレクトバーストの深術を軽減する効果も、ラークの純粋な剣技の前には何の効力も発揮しなかった。

「クソッ、くそぉおおお!」

 

[『爪雷(そうらい)』フレット 脱落(LOST)

 

 最後の一撃が届き、ラークは少年を(あわ)れむ様な表情で剣を納めた。

 

 

「ハァ……それで、最後はあんたら全員で私を殴って勝ちって訳……」

 とうとう立っているのが自分一人になった『黒翼』の術士は、「未来の自分」の元へ続々と集まってくる仲間達を涙目で睨み付ける。

「……」

 クロウと『黒翼』の術士は幾度も同じ術同士をぶつけ合って、五分の消耗戦を行っていた。

 互いに限界は同じである為、ラーヴァン抜きでも身体の負担を超える様な事にはならない。

 しかし、行き交う術自体は必殺のものであった為、どちらも一瞬たりとも気を抜く事は出来なかった。

「あんたはただ待ってれば良かった……時間稼ぎの戦い――そんなのが大口叩いた私とあんたの違い?」

 過去の少女は、未来の自分に怒りをぶつける。

 クロウはそれに落ち着いて答えた。

「待ってたのは本当。全員が私の後ろに居ないと危ないから――ごめん、みんな。手加減出来ないから下がっててくれる?」

 途中で顔の向きを変えた彼女に対し、『黒翼』の術士は激昂して攻撃を仕掛けた。

「ふざけるな!」

 乱射された「ブラッディランス」が、クロウ目掛けて宙を(はし)る。

 彼女はすぐに反撃せず、冷静に軌道を見極めて術を発動させた。

「――ディストーションランス」

 空気が(ひず)む音と共に後出しされたクロウの黒槍が、相手の黒槍を貫き無効化する。

 もっともそれを認識出来ているのはクロウだけで、視認不能の速度の術を撃たれた『黒翼』の術士は何が起きたのかを理解出来ていなかった。

「なに、その術……何で私が使えない術を」

「使える筈だけどね――いや、昔の私も、きっと同じ反応してたか」

 クロウは考え込みながら提案する。

「ねえ、もっと分かりやすい方法で決着つけようよ。一番最初と同じ、正面からの力比べ」

 前回その方法で競り勝っていた『黒翼』の術士は、それを(あなど)りであると受け取った様だった。

「前にダメージ受けてて負けたリベンジのつもり?何度やっても同じなのに」

 そう言いながら彼女は利き手を前方に向け、勝負から退かない姿勢を見せる。

 クロウもそれを見て同じ構えを取った。

「ブラッディハウリング!」

「ブラッディハウリング!」

 互いの範囲攻撃の中でも最も威力に優れる術が、正面衝突し拮抗する。

 黒い狼の群れが、あれだけの人数が別れて戦えていたフロアの半分近くを覆い尽くした。

 まるで鏡写しの様な互角の力比べ。

 しかし、激しさを増す激突の中で過去の『黒翼』の術士の表情が苦しそうなものへと変わる。

「くっ……!」

「どうしたの?まだ限界じゃない筈でしょ」

 クロウが術の出力を上げ、均衡が崩れる。

 それに対し相手は明らかに焦りを見せた。

「違……分からないの!?」

  尚もクロウの術の威力が上がり、黒い狼の群れが肥大化する。

 押され続け焦りを浮かべていた少女の顔が、恐怖の色に染まった。

「なに考えてるの……やめて、やめろ!」

「吹き(すさ)べ――ディザスターロアー!」

 限界を超えて出力を上げられた術が、別な術へと変貌する。

 魔狼の群れが一頭の巨大な狼へと姿を変え、『黒翼』の放った「ブラッディハウリング」を呑み込んだ。

 暴走――一直線に放たれた筈のそれはクロウのコントロールを離れ、生き物の様に蛇行し破壊の限りを尽くす。

 フロアの表面が抉れ、床の材質を維持できなくなった「記録」がライブラリーへと還っていく。

 

 やがて、術が終了して静寂が戻り、(わだち)が残るフロアの中央で倒れ伏した『黒翼』の術士はボロボロの体で、未来の自分に憎しみの(こも)った目を向けた。

「あんたが、本当に私なの……自制も出来なくなった、バケモノが……」

 クロウはその言葉にため息を吐いて答えた。

「私がバケモノなら、あんたも同じなんだって」

 過去の彼女は必死で首を横に振る。

「違う!私は……ちゃんと力を制御して……あんたみたいには、絶対に……」

 その姿に、クロウはスプラウツにいた頃の記憶を思い出す。

(確かに、そんな事考えてたな)

 かつての彼女は簡単に何もかもを破壊してしまう自分の力を、どうにかして抑えようとしていた。

 その努力の一つの結果が、通常の攻撃範囲を「点」で抑える事。

 威力が制御困難な分、貫通させれば余計な破壊は最小限になる。

 そうして行き着いたのが「ブラッディランス」を主軸とした戦闘スタイルだった。

 けれど――

「他人からしたらどうでも良いことだよ、私が力を制御できてるかどうかなんて。大事なのは何に使うかだけ」

 クロウは胸を張って、かつての自分に言った。

「だから、私はもう見ず知らずの人間にバケモノだって思われても平気なの」

 『黒翼』の術士は、それでもその言葉を受け入れない。

 彼女の身体はダメージから脱落が近かったが、治療などは考えもしない様子だった。

「分からない……何でそんな前向きな事が言えるの」

 最後の最後に、過去の少女は涙混じりの声で叫ぶ。

「この力がどれだけのモノを私達から奪ってきたか、忘れられてない癖に!」

 クロウと全く同じ声でそう言い残して彼女は消えた。

 

[『黒翼(こくよく)』クロウ 脱落(LOST)

 

 仲間達に背を向けたまま、クロウはしばらく過去の自分が消えていった場所を見つめていた。

 それを心配したエッジが声を掛ける。

「クロウ」

 彼女は振り返らないまま答えた。

「大丈夫、あれが私だったから。あの子もきっと分かるよ」

 

 立ちはだかるクローバーズを全て倒した一行は、未だ行く手の通路が黒い(もや)で覆われたままなのを確認する。

 ラークが違和感に気付いて剣を抜く。

「とどめが甘かったかな」

 クロウがまた小さくため息を吐いて、倒れたままの青年に声をかける。

「――いい加減死んだフリは良いわよ、ルクター。起きないとこいつ本当に剣突き立てるから」

 その言葉で『流連』の名を与えられていた青年は、戦うつもりが無いことを示す様にゆっくりと立ち上がった。

「流石に、死んだ者が消えていくこの特殊な空間では無理があったか……」

 かつての同僚にクロウは呆れた顔を見せる。

「分かるって、そもそも私も術直撃させてない。あんたバルロがいくら苦戦してても助けなかったし、本気じゃ無いのバレバレだって」

 敵意が無い様子の二人のやり取りを目にし、ラークを始めとした仲間達もひとまず武器を納める。

 

 久々に言葉を交わす二人の間に、しばし何とも言えない沈黙が流れた。

 が、やがて歳上のルクターが表情を緩めて先に口を開く。

「スプラウツを抜けた後でも元気そうで何よりだ――ルオンも」

 話し掛けられると思っていなかった様子の彼も、顔を上げて挨拶を返す。

「ルクターも元気そうだね」

 その言葉に、過去の存在であるルクターは苦笑いした。

「ああ、お陰で。変わらないな、君は。クロウとは一緒にスプラウツを抜けたのか?」

 その質問にルオンは無表情に首を横に振ったが、クロウの表情は目に見えて曇る。

「やっぱり、覚えてない……ううん、知らないんだね」

 彼女の脳裏に、最後に彼と会話した時の出来事が甦った。

 

 ―――――――――――

 

「何、で……こんなの」

 廃棄された夜の砦の中で、苦戦の末敵の術士を倒したクロウは力無く座り込む。

 見たことも無い術を操る敵は、彼女達同様に子供。

 しかし、スプラウツに属するクロウ達とは違い彼らはただ生きる為の武器として深術を覚え、子供だけで身を寄せ合って生きていた。

 最終的に命のやり取りをする事になったとはいえ、彼女はこの砦に住む子供達を倒す正当性が自分にあるとは到底信じられない。

 立ち上がれないクロウの肩を、共に来ていた『流連』のルクターが強く掴む。

「クロウ、今すぐここから逃げろ。君はこんな所に居るべきじゃない」

「え……」

 彼女は目を丸くする。

 脱走を考えた事がなかったからではない。

 失敗した時どんな目に逢うか分からない事と、あまりに突然の事で行き先が思い付かなかったからだった。

 ルクターは怯える彼女に、強い口調で続ける。

「君はまだ完全にこの異常な組織に染まってはいない、けれどこれ以上こんな事を続けたら戻れなくなる――」

 二人の会話を遮る様に違う階からの爆音が響く。

 元々砦が老朽化していた事に加え、先の戦闘の影響で部屋の屋根と壁は半壊状態にあった。

 二人が音の出所を探して辺りを見回した瞬間、室内に新たな足音が響くと共に肉を切り裂く嫌な音がする。

 ルクターが、がくりと膝をついた。

「――ようやく、てめえの鬱陶しい風に邪魔されずに済んだぜ。裏切り者」

「フレッ、ト。そうか、そういえば君は耳も良いんだったか……」

 青年を背後から斬り付けたのは、苦戦する二人の援軍として送られた『爪雷』のフレットだった。

「ルクター!!」

 クロウが駆け寄ろうとするが、ルクターはそれを制止する。

「構うな、走るんだ!」

 足を止めた彼女を送り出す様に、風輪(ふうりん)「ファーサイトサイクル」の風がクロウの背中を押す。

 躊躇いながらも彼女は言われるがまま、間近の森を目指して走り出した。

 

「無駄だぜ、あいつの足で俺から逃げ切れるなんて思ってねえよな」

「……」

 『流連』のルクターの足元に血溜まりが出来る。

 深手を負いながらも、彼はゆっくりと立ち上がった。

 それと同時に、何の予備動作も無くフレットは背後の壁まで一気に吹き飛ばされる。

 人の体重を物ともしない強風が彼を中心に吹き荒れた。

「っ!?」

「――そういえば、君に本気を見せた事はなかったな。フレット」

 ルクターはゆっくりと振り向くと、自身を粛清しようとする少年と対峙する。

「上等だ、そんなのはお互い様なんだよ」

「悪いがクロウの後は追わせない、もう少し付き合って貰う」

 二人は同時にコレクトバーストの状態に入り、風と雷の柱が周囲を巻き込み夜空へと昇る。

 

 その衝突の音を遠くに聞きながら、クロウは暗い森の中を息を切らしながらひたすら走っていった。

 

 ―――――――――――

 

「……その戦いがどうなったのか私は知らない。もしかしたら、って思ってたけど確信を持ったのはずっと後……あんたの跡を継いだ次の『流連』が出てきた辺りで私はようやく気付いたの」

 クロウは黙って聞いていたルクターに、震える声で最後の内容を告げた。

「スプラウツに、あんたはもう居ないんだって」

「そうか……走れ、としか言わなかったか。随分無責任だな未来の俺は」

 青年は自らの最期であろう出来事を聞き、目を伏せる。

(言わなきゃ……「ありがとう」って)

 しかし、クロウの意思に反して言葉は中々出てこない。

 そんな彼女の様子に気付いたのか、ルクターが笑う。

「俺に何か言おうとしてるなら、不要だ。君の未来は、君が掴んだもの……むしろ、礼を言うのはこっちの方だ。本来俺が見られなかった二人の元気な姿が見られたんだから」

 その反応に安堵してクロウもぎこちない笑みを返すが、同時に今回は彼に気を遣われただけだという事にも気付いていた。

(いつかは言える様にならないと、こういうの……)

 

「――さて、あまり君達の仲間を待たせるのも悪い。敵である俺は大人しく退場するとしよう」

 その言葉にクロウは戸惑う。

「戦う気無いんでしょう、それなら何も消えなくても」

 『流連』の名を与えられた青年は首を横に振った。

「いや、グランターと名乗ったあの人物が口にしたルールが確かなら俺達にはそれぞれ『チーム分け』の様なものがあるらしい。どちらかのチームが全滅して初めて最奥への道は開く。『黒翼』の識別名持ちの君と、そうでない君にはそれぞれ別な名称と所属が割り当てられている筈だ」

 どうあってもここで別れるしかないという現実を前に、ルクターは朗らかに告げる。

「じゃあな、クロウ、ルオン」

 ルオンは言葉通りにそれを受け取り、何気無い様子で返した。

「うん、またね。ルクター」

 その一言に二人は思わず目を丸くする。

 流石に反応が変だと気付いたのか、ルオンは首を傾げた。

「何?」

「いや……いい言葉だ。また会おう二人とも」

 最後まで暗い表情を見せること無く背を向け、果てしない深淵に飛び込もうとする青年をここまで静観していたエッジが呼び止めた。

「待って、せめてこの剣の力を使います。その方が……簡単な筈です」

 ずっと自分と戦っていた少年の提案にルクターは驚いた様子を見せるも、すぐにその顔は不安そうなものへと変わる。

「危ないぞ……」

「……?ある程度の制御は出来てます。事故は起きないと――」

「今の提案は俺を案じてのものだろう。気を付けた方が良い、その発想は一歩間違えれば君の心に消えない傷を刻む」

 エッジはその言葉に何と返すべきか分からなかった。

 

 ―――――――――――

 

 一行の前を覆っていた黒い(もや)が晴れ、次のフロアへの道が開く。

 今までは周囲に高さの違うバラバラのフロアが存在していたが、この先にあるのは一本の道の先に見える床だけ。

 ここが迷宮の終点である事を全員が何と無く感じ取り、足が鈍る。

「……行こう」

 意を決したエッジの後に続いて、一行は最後に待つものへと歩みを進めた。

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