TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第十頁 DEAD END AHEAD

 最後のフロアは今までのそれと然して変わりは無かった。

 ただ、一点最奥にある玉座の様な椅子にたった一人腰掛ける人影を除いて。

 その人物は動く素振りを見せず、代わりに歓迎する様な声が上から降ってきた。

「流石です勇敢なる方々、皆様ならばきっとここまで辿り着くものと思っておりました」

 グランター、最初にこの空間を訪れた時にそう名乗った老紳士が宙に浮いた状態で再び姿を現す。

 彼の白一色だった燕尾服(えんびふく)は何故か黒い水滴を零した様な模様が更に増えており、今や白い部分は殆んど残っていなかった。

「衣装替えかい?道化師ならそういう柄も似合うのかもしれないけれど、あまり紳士らしくは無いね」

 自身の格好の事を言われていると気付いた老紳士は深く頭を下げる。

「申し訳ありません、これは(わたくし)の力が残り僅かである証。どうか御容赦を」

 リョウカはその回答の違和(いわ)を逃さなかった。

「あら、てっきりこの空間の何もかもを自由自在に出来るのかと思っていたけれど、限界があるのね」

「確かにこのライブラリーに於いて私は全てのものを呼び出し、管理する能力を持ちますが、それと同時に私の能力(演算)で全てが(まかな)われているという事でもあるのです」

 グランターは隠すつもりも無い様で丁寧に語る。

「この空間に呼び出した全てのモノ、それらが倒れる度私も相応の代価を払います。ですのでこの最後の戦い、私も自らの存在を『この者』に賭けてお相手致しましょう」

 彼の言葉と共に腰掛けていた人影が立ち上がる。

 玉座の様にも見えるその椅子は飾り気が無く、あくまで戦士を必要な時まで待機させておく為の物の様だった。

 その人物の振る舞いは余りに操り人形じみており、人間らしさを感じさせない。

 何より異様なのはそのシルエットだった。

 

 背格好は成人男性らしかったが、クリフ程背が高くは無い。

 重そうな大剣と、鎖が巻き付いた様な細身の長剣の二振りを抜き身で手にして既に戦闘態勢をとっている。

 が、そういった情報は見て取れるにも(かか)わらず、男の顔立ちは全く伺い知る事が出来ない。

 黒い線で塗り潰したかの様に一行の認識が阻害され、男の頭部はフード等を被っているのか否かすら判別出来なかった。

 そのせいで人間のシルエットには見えず、不気味さに拍車が掛かる。

「彼は『鳥を追う者』、貴方がたの旅の終焉です」

 グランターが紹介した男の手に握られた武器に、エッジはとても嫌な感覚を覚えた。

(何だ……?あの二振りの剣すごく気持ち悪い、まるで生き物みたいに気配を感じる)

「ルールはシンプルです、彼が倒されれば私もまた倒れ皆様の勝利となります。ご安心を、最初にも申しましたが此処(ここ)は架空の空間……例え全滅しても現実の世界の皆様が失う物は何もございません。全てを忘れ、また目を覚ます事でしょう」

 老紳士の説明にラークが微笑みながら剣を抜き、他の仲間達もそれに続いて武器を構える。

「もう全滅の心配をしてくれるのかい?流石に少し気が早いんじゃないかな」

 グランターもまた微笑んで付け足した。

「どうぞ彼の力を侮られませんよう。皆様に最も分かりやすい基準に例えるなら――」

 微かな放電音が走り、走る体勢では無かった『鳥を追う者』が間合いを瞬時に詰めリアトリスの正面に現れる。

「――彼の実力は『ジード』に匹敵します」

「っ『結晶(ジェネレイ)』――」

 躊躇(ためら)い無く発動された「コレクトバースト」で集められたディープスが七色の壁を彼女の前に形成しようとした。

 『鳥を追う者』が右手の大型の剣を振るい、その防御を許さずリアトリスの身体を深く切り裂く。

 大きく見開かれた瞳そのままに彼女は倒れ込み、その傷口から瞬く間に「記録」へと分解され消える。

 

[リアトリス・フローライト 脱落(LOST)

 

「あと七人ですね」

 グランターは喜ぶでも無く、あくまで中立かの様に落ち着いた声で告げた。

「リアさん!」

 あまりに唐突な展開にアキが声を上げる。

 リアトリスのカバーに入ろうとしていたエッジが、遅れはしたものの深海の剣を叩き付けた。

 『鳥を追う者』も黒い靄を纏った右の大剣でそれを防ごうとする。

 聞いたことも無い高音が、鐘同士が衝突した様な重い響きを伴って拡散した。

(受け止めた!?)

 本来なら手応えすら無く物質を分解する、深海の剣を受け止められる感触にエッジは驚愕する。

 今起きた現象をラークは信じられない思いで分析した。

(リアの術は間に合っていた。破壊不能の『色の水晶(クロマティック・クリスタル)』をまるで存在しないかの様に突破し、深海の剣の一撃を防ぐ……)

 そんな事が可能な武器は、彼の知る限り一つしか存在しなかった。

 ラークは敵が次の行動に移るのを待たずに、即座に『鳥を追う者』の背後をとる。

(禁忌の剣――天空の剣なのか。それなら、確かにリアの天敵。けど、同時にその剣は弱点も明確だ!)

 隙を突いて行われたラークの追撃を『鳥を追う者』は左手の細身の剣で何とか凌ぎ、それから右の大剣で攻撃を仕掛けた。

 その太刀筋を見切って受け流し、更なる反撃に繋げようとしたラークの武器が触れた瞬間に破壊される。

 至近距離でそれに反応する間も無く、彼の身体はその大剣の直撃を受けた。

(違う、その剣は――)

 

[ラーク・テンネシア/ディエルアーク=ハルディ・へルトガード 脱落(LOST)

 

 警告を発する事も出来ないままラークもまた消滅する。

 しかし、その光景を目にした仲間達はようやく相手の武器の能力を把握した。

「深海の……剣……?」

 エッジは信じられない思いで、シルエットも朧気(おぼろげ)な敵の武器を見つめる。

「どういう事だよ?その剣は今まで使えるヤツ居なかった筈だろ。じゃあ……こいつは何なんだ」

 クリフの疑問に答えて、グランターが口を開く。

 『鳥を追う者』も主を待つ様に動きを止めた。

「先程『貴方がたの旅の終焉』と申し上げましたのは比喩ではありません。この者はあなた方の時代より未来に現れるモノ――いずれ立ちはだかる『結末』です」

 未来。

 予想もしなかった答えに全員がしばし言葉を失う。

 ただ一人、リョウカだけがその意味を理解して唇を噛む。

(迂闊(うかつ)だった……私たち自身もここでは『記憶の再現』だと説明されていたのに、『現代』の基準を見誤っていた――この記憶の集合地(サーキュライツライブラリー)は、私達の時代より未来に存在している……!)

 彼女は僅かな情報の見落としで貴重な戦力を二人も失った事を悔やんだ。

 

 最年長のラークが欠けた穴を埋める為、エッジが代わりに皆に作戦を提案する。

「みんな、散開しよう……深海の剣は多方向からの攻撃には対応し辛いんだ」

 全員が頷き、相手を遠巻きに包囲する。

 グランターは仲間を失ってなお誰一人戦意を無くさない彼らの様子に満足げな笑みを浮かべた。

 その主の意を汲むかの様に『鳥を追う者』も、剣を構えて戦闘を再開する。

 膠着(こうちゃく)状態を最初に破ったのはクリフだった。

 『練毅身(れんきしん)』を利用しての超高速の突進が『鳥を追う者』の速度を上回り、黒い禁忌の剣を掻い潜る。

 続くクリフの回し蹴りを相手は左の剣で防御せざるを得なかった。

 そこへ、間髪を入れずにエッジが深海の剣で追撃する。

 『鳥を追う者』は右の禁忌の剣で防ぐも、それにより実質的に武器を封じられた。

 二人に挟撃され身動き出来なくなった相手に対し、更なる追撃が迫る。

詠技(えいぎ)――氷河(ひょうが)

詠技(えいぎ)――蓮華(れんげ)

 リョウカの「(よい)地衣(ちごろも)」から冷気の波が次々に氷塊を生み、急流の様に押し寄せた。

 アキの「(あけ)天傘(あまがさ)」から発生した爆炎が一直線に『鳥を追う者』へと迫る。

扇氷閃(せんひょうせん)

 味方が密集した場所で貫通力のある矢は危険と判断したルオンは、大きく放物線を描く氷の矢で正確に敵を上から狙った。

 武器での対応を封じられた『鳥を追う者』は三方向からの攻撃に対し、動くことが出来ない。

「――」

 空気中のディープスが動く。

 それはまるでコレクトバーストの様だったが、集束(コレクト)された虹色の帯は『鳥を追う者』の元へは集まらず、その周りを流れた。

 それに続いて彼の周囲三方向に七色の水晶が形成され三人の攻撃は完全に防がれる。

「『色の水晶(クロマティック・クリスタル)』……!?」

 リョウカが驚愕するのも無理はなかった。

 それを扱える人間は(シン)の一族――それもリアトリスの様な優れた術者だけだと聞いていたからだ。

 彼女の様に広範囲に展開したものでは無かったものの、「破壊不能」と評される防御力の前に一行の攻撃は無意味だった。

「みんな、下がって!――その程度の壁で防げると思うな、マーシレススパート!」

 クロウの言葉で、間近に居たエッジとクリフを含めた全員が退き、『鳥を追う者』を覆い尽くす冷気の黒い霧が四方向から殺到する。

 広範囲の空間を対象としたその攻撃の前には、先のピンポイントでの『色の水晶(クロマティック・クリスタル)』の防御は出来ない筈だった。

 ここまで、ただ補助的にしか使われていなかった『鳥を追う者』の左の剣に鎖で繋がれた石が光る。

 赤い閃光が走った。

 一瞬の後に火柱が立ち上ぼり、「マーシレススパート」の壁を、内側から膨張した空気が霧散させる。

(こいつ……詠唱なしで!?)

 正面から完全に押し負ける程では無いにしろ、実体が無い冷気程度では対処できない術にクロウは驚く。

 全員の包囲攻撃を退けた『鳥を追う者』の姿が不意に消え、次の瞬間弓を武器とする少年の目の前に現れる。

「ルオン!」

 エッジの警告が響く中、彼は既にコレクトバーストを発動していた。

 通常の術を使うには足りない僅かな時間。

 ルオンは局所的に限定することで濃密な霧を発生させる。

「覆い隠せ――ディーペストフォグ」

 完全に見通す事が出来ない程の白い霧が『鳥を追う者』の視界を奪う。

 彼は攻撃能力が無い術だと看破したのか、今度は爆発でそれを払おうとはしない。

 代わりに再びの高速移動で濃霧の範囲を抜け、ルオンの居た場所に攻撃を仕掛けるが、彼は既に持ち前の跳躍力でその場から飛び退いていた。

 その様子にクロウは胸を撫で下ろすも、敵の攻撃は止まらない。

 

 今度はアキの方へ『鳥を追う者』が迫り、彼女は間近での対応を余儀無くされる。

(あちらに武器を貫通する攻撃がある以上、重い武器は不利にしかならない……けれど、攻撃手段は近接攻撃に偏重している!)

飛天翔(ひてんしょう)

 アキは風に乗って大きく飛び上がり、敵が振るった黒い禁忌の剣を避けた。

(とにかく時間を稼いで、人数差で攻撃の機会を増やし続けるしか――)

 と、今度は『鳥を追う者』の左の剣が二色の光を放ち、そこから「何か」が飛び出す。

 烈風が空中に居るアキの安定を奪って吹き飛ばし、雷の爪痕が彼女の胴を捉えていた。

(何、が……?)

 どうやって攻撃されたのか理解が追い付かないまま、アキの身体はフロアの外へと投げ出され、落下へと転じる。

 辛うじて自分を攻撃してきた「何か」へ視線を向けた彼女は、旋風(つむじかぜ)が鳥の様なシルエットを取り、雷が狼の様な姿で駆けているのを確認した。

(まるで生き物の様な……深術……?)

「アキ!」

 クロウが慣れない術で背中に翼を作って飛び出し、何とか彼女の落下を止めようと手を伸ばす。

「ダメ、です……私を助けようとしては」

 アキの手を掴む事に集中していたクロウは、背後から再び二体のディープスの集合体が迫って来ている事に気付かなかった。

裂駆(れっく)(せん)!」

 身動きの取れない空中でアキは「(あけ)天傘(あまがさ)」で風を受け、無理矢理にクロウと身体の位置を入れ替える。

 彼女の盾となったアキの行動は風の鳥による追撃を防いだが、続く雷の狼の突進までは止められなかった。

 実体を持たないその獣は、生きた深術として二人の身体をまとめて貫いた。

(や、ば……意識が……これ、下は――)

 アキのお陰で致命傷は免れたものの、クロウもまた意識を保っている事が出来ず、二人はそのまま虚空へと落ちていった。

 

[ジェイン・アキ/タリア・トウカ 脱落(LOST)

[クロウ・グレイス 脱落(LOST)

 

「アキ!クロウ!」

 二人の名前を呼ぶエッジの声は届かなかった。

 とうとう仲間の半数が脱落してしまった事に加え、新たに風と雷の二体の獣が敵として現れた事でいよいよ人数差は有って無い様なものとなる。

 この状況に一番焦っているのはクリフだった。

(まずい、最初から『練毅身(れんきしん)』を発動してたせいで、いよいよ残り時間が少ねぇ)

 追い詰められた状況を覆す為、彼は仲間達に提案する。

「なあ、頼みがあるんだけどよ、何とかしてアイツの足を止めてくれねえか」

 エッジ、リョウカ、ルオンは一瞬顔を見合わせるが、彼が残りの力で一か八かの賭けに出ようとしている事に気付いて頷く。

「分かった、あいつとあのモンスターみたいなのは俺たちに任せてくれ」

「安請け合いし過ぎよ、エッジ。けど、ここはチームワークを見せるしか無い様ね」

 エッジとリョウカが同意し、ルオンは既に弓を構えていた。

「そういうのなら、これが良い――フリッジド・ゾーン」

 対冷弓「フレキシブルスナイプ」が極低温の狙撃状態に入り、それに合わせる様に敵を中心とした広範囲のフロアの熱が奪われていく。

 ダメージが入る程の冷気では無かったが、『鳥を追う者』の動きは確実に鈍る。

「化け物じみた実力だけど、あいつは『ジード』とは違って生身の人間の様ね。もっとも、あの術で出来た獣の方には影響があるのか分からないけれど」

「効くよ」

 リョウカの疑問に答えたルオンは、多量の氷のディープスを纏った矢を、風の鳥目掛けて放った。

 正確な狙いで頭部を狙う、その矢を嫌って巨鳥はその身を(かわ)す。

「ほら『避けた』……他属性のディープスの干渉は受ける」

 その言葉に三人は目を丸くしながらも、微かな希望を取り戻した。

「流石、頼りになるな」

 最年少とは思えない彼の戦闘経験を誉めながらエッジが術の詠唱を開始した。

 相手もそれをただ黙って見逃す筈はなく、二体の獣が詠唱を阻止しようと迫る。

(掛かった、今までの傾向からも向こうはセオリー通りに倒しやすいと判断した相手を優先的に狙ってくる……動いたのがあの二体の方なら――!)

「有難いわね、これなら武器を分解される心配も無い。詠技、闇蜘蛛(やみぐも)!」

 最大まで伸ばされたリョウカの衣は驚く程のリーチを発揮し、闇属性のディープスで鋭利に硬化した八つの先端が相手を串刺しにしようとする。

 風の獣は上に、雷狼は素早い動きで横に逃れようとするが、闇の冷気と共に長く伸ばされた衣は「突き」の部分を回避されて尚、文字通り蜘蛛の様に相手を絡め取った。

「正直避けられるかと思ったけど、確かに貴方の術の速度低下も響いている様ね、ルオン」

 少年は集中して答えず、残る『鳥を追う者』に狙いを付ける。

 敵も当然例の高速移動を用いており、それを捉えるのは容易ではない。

 そこへ、先程からのエッジの詠唱が完了する。

風樂一閃(ふうがくいっせん)――ガスティーネイル!」

 長く伸びた一筋の真空の刃が『鳥を追う者』の脇を掠め、敵の動きを僅かに制限する。

氷屑の破者(ブレイクシュート)

 その一瞬を見逃さず、ルオンが一直線に最大威力の氷の矢で敵を捉える。

「――」

 『鳥を追う者』はそれを『色の水晶(クロマティック・クリスタル)』で防ぐ。

 その一瞬、確かに相手の足は止まった。

「ありがとよ、お前ら――秘奥義(ひおうぎ)――彗・星・破・砕(ほしくだき)!」

 「発」と「瞬」の重ね掛けで爆発的な加速を得て空中に弧を描いたクリフの身体が赤い軌跡を残す。

 「殻」で保護された身体が熱で赤く染まる程の速度で、彼は『鳥を追う者』へと拳を振り下ろした。

 しかし、全員の力を合わせてようやく当てる事に成功したその一撃さえも、『色の水晶(クロマティック・クリスタル)』の力に隔てられ敵の身体まで届かない。

「本当に、防げてるつもりか?」

「――!」

 リアトリスが広範囲に展開する堅固(けんご)な障壁とは異なり、狭い範囲に展開された『色の水晶(クロマティック・クリスタル)』の壁は盾の様なものの様で、破壊される事は無くともクリフの渾身の一撃の勢いを止める事が出来ない。

 二人分の体重を物ともせず、彼らは衝突の勢いそのままに後退していく。

 押し出された『鳥を追う者』の足が、フロアの端を越える。

 最後の一瞬、クリフは相手の身体を蹴って踏み台にし、自身は反動でフロアへと戻った。

 『鳥を追う者』はフロアの下へ落下していく。

 主を失った二体の獣が空気に溶ける様に消えた。

 場外――先程二人が脱落したのと同じやり方を、クリフは敵にやり返す。

「っしゃあ!やったぜ」

 奥義も時間切れで、クリフの周囲を流れていた「気」の流れが散逸(さんいつ)し、彼は体力を使い果たして膝をつく。

「成る程、考え無しって訳ではなかったわね」

 リョウカも感心した様に言いながら、ほっと息をついた。

 

 ――と、

 風が下方から勢いよく吹き上がり、それに乗った何かが上昇すると共にフロアの端に居たクリフの身体を引き裂く。

「な……に……?」

 

[クリフ・セイシャル 脱落(LOST)

 

 風の翼が敵の背で広がる。

 一度姿を消した獣を自身の身体に取り込んだかの様に、『鳥を追う者』はまたも詠唱無しで術を発動させフロアに復帰する。

 グランターは称賛の声と共に解説した。

「素晴らしい機転でございました。ですが、そちらにも飛べる方がいらっしゃったので、万が一空中戦をなさった時、即座にエリアオーバーとならぬ様「場外」の判定は少し余裕をもって設定させて頂いております」

 エッジ達は表情に悔しさを滲ませながら、いよいよ焦りを隠せない。

 或いは、先程アキとクロウが消えるラインを十分に観察していれば、防げたかもしれない事態だったがそこまでの余裕は彼等には無かった。

 

 復帰してきた『鳥を追う者』は流石に長時間飛ぶ事は出来ないのか風の翼を解除し、微かな放電音と共に踏み込みで後衛のルオンを狙う。

「ッ、ディーペストフォグ!」

 彼は再び相手の視界を奪って跳躍で空中に逃れるが、二度目の今回は相手もそれを予想して動いていた。

 間合いの外のルオンの身体を、三体目の獣――炎の虎が捉えて焼いた。

 

[ルオン 脱落(LOST)

 

「ルオンっ!」

 炎と共に姿が見えなくなった仲間の名前をエッジが呼ぶ。

(三体目の生きた深術……ルオンはこの上無く頑張ってくれたけれど、流石に近接戦闘に対抗できないハンデが大きすぎる)

 二人だけになったリョウカは、ここに来てまだ新たな手を残している敵に背筋が冷たくなるのを感じながらエッジとの距離を詰める。

 ここまで追い詰められては、下手な散開はあまりにリスクが高かった。

 

 それを裏付けるかの様に『鳥を追う者』は、またも一瞬で二人の目の前に現れる。

 エッジが相手の右に回り込んで黒い禁忌の剣と対峙し、リョウカは左から手数の差を活かして攻めようとした。

 と、今度は背後から一陣の風が二人を押し出し、間合いの目算が狂う。

 待ち構えていた『鳥を追う者』は、大きく凪ぎ払う様な黒い禁忌の剣の一撃でエッジの体勢を崩し、リョウカの「宵の地衣」をバラバラに切り裂いた。

 それに続いて彼の左手の剣が武器を失ったリョウカの身体を貫き、経験した事の無い痛みが彼女を襲った。

(まず、い……エッジ)

 リョウカに致命傷を負わせた二刀流の剣士は、未だ体勢を立て直せてはいないエッジにも止めを刺そうとする。

(ま、だ……私の、武器は!)

 衣の残骸を血が滲むほど強く噛み締めて痛みを堪え、彼女は最後の力で手元に残った「宵の地衣」の断片を伸ばしてエッジを攻撃の範囲から突き飛ばした。

(勝ち目があるとしたら、貴方の「深海の剣」だけ……悪いわね、程々に頑張りなさい――)

 

[タリア・リョウカ 脱落(LOST)

 

「リョウカ!!」

 目の前で消滅した最後の仲間にエッジは手を伸ばす。

「皆様、実に勇敢でございました。ですがどうやらここまでの様です」

 グランターは惜しむ様に目を閉じ、彼に告げた。

「貴方で最後です。エッジ・アラゴニート様」

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