TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第二話 二人の決勝戦

 ロイは「熱狂」というものを初めて見た。

 共に闘技大会を訪れた同族の二人はどちらも其々の関心事がある様で、自分達の周りを埋め尽くす大勢の人々にはまるで興味を示さない。

 けれど、里の外の世界を知らないロイにとってその観衆の感情の移り変わりはとても興味深いものだった。

 自分達と同じ人間が刃を持って競い合う様に興じる者がこれ程居ることも彼には不思議であったし、試合結果に一喜一憂して警護(と恐らくは監視)に当たっている騎士達の目を盗んでお金をやり取りする者も居れば、本当に血が流れそうになると同じ人間が戦っている事を不意に思い出したかの様に目を覆う者も居り、逆に勝負の趨勢(すうせい)以外は目に入らない様子の者もいる。

 人の習性、本能、個体差。

 それらが顕著(けんちょ)に現れるこの場に於いて、今まさにその中心に現れたエッジという青年は一体どういう存在になるのだろうと、ロイはそんな事を考えていた。

 

「やあ、久しぶり」

 三年も音沙汰が無かったにも拘わらず、つい昨日別れたばかりの様に挨拶してくる(よわい)百を超える青年と相対してエッジは(しば)し目を丸くしたものの、既に試合の伝聞で予期していたのかすぐに(こな)れた笑みを浮かべて言葉を返す。

 二人の笑みは、互いにどこか作り物の様だった。

「驚いた、今度はどうしてまたこっちに?」

 「こっち」とは無論「アエスラング」の事だったが、大半の「空を越えた先のもう一つの世界」の事など与り知らない人々には精々、遠方の友人同士の会話としか聞こえない。

 もっとも、この闘技場内での会話は観客席からでは騒音に阻まれて殆ど聞き取れるものでは無かったが。

「久し振りに愛弟子の成長ぶりを確認しておこうと思ってね」

「……本当の理由は言えないって事か」

 はぐらかす様に肩をすくめてラークは剣を構えるが、エッジは剣を腰の鞘に納めたままで右足だけ半歩前に出た。

 実況の口上で会場の熱気が最高潮に達し、二人が身構えた所で試合開始の合図が為される。

「それでは、決勝戦開始!!」

 

 初めから大技を繰り出してきたブレイドとの対戦とは異なり、開幕と同時にラークは自ら間合いを詰めに動く。

 それに対してエッジは牽制として「飛ぶ斬撃」を選択した。

 鞘に納めたままの剣を一気に引き抜き、それに「気」と雷のディープスを込めて遠距離まで届く実体を持った攻撃として放つ。

 剣全体で衝撃波を放つ「魔神剣」の軌道を、エッジは更に狭く研ぎ澄ますことで「魔神剣」とは比較にならない威力と速度を技に与えていた。

雷点衝(らいてんしょう)

 殆ど「突き」と表現しても過言ではないピンポイントの攻撃が、走っているラークの手元を直撃し大きく体勢を崩させる。

 エッジはここまでの試合の全てを、この技で対戦相手の武器を手から弾き飛ばす事で勝利していた。

(走っている最中の手元を正確に狙ってくるか……)

 正直な所、重心が中心の柄に来るダブルブレードで無ければ、優れた握力を持つラークでさえ今の一撃は危ないと思わせるものだった。

 そこへ、力感無くラークの方へ一歩踏み込んだエッジの姿がかき消える。

 まだ痺れたままの手でラークが防御するのと、十歩は離れていたエッジの剣がそこへ振り下ろされるのは殆ど同時だった。

 そこから二人は三合ほど至近距離で斬り結んだが、手の痺れが取れてきたラークがエッジを押し返し、そこから返す手で「真空破斬」の遠距離攻撃へと繋いで状況を立て直す。

 

(一体、彼は何なのだ?)

 客席のシエルは目の前で繰り広げられる戦いを観察して、困惑していた。

 互いに距離を取った二人はディープスや「気」の力を利用した遠距離攻撃手段を主体として、絶えず動き回りながら互いの隙を窺っている。

 驚くべきはそのスピード。

 ラークが主力としている「真空破斬」は離れた位置を武器を振るうのと殆ど同時に切り裂く事が出来る技で、回避するのには大きく体勢を変えるか、かなりの距離を移動する必要がある。

 それを連続で放たれれば対戦相手は普通回避が間に合わなくなり、足を止めて何らかの防御手段を講ずるか、無理矢理にでも距離を詰めるしかなくなってしまう。

 しかし、エッジはそうなっていなかった。

 緩急の激しい動きに目が慣れていない人間の目では追い切れない速度で次々と位置を変えながら、僅かな隙に最低限の動作で反撃の「雷点衝」を挟む事で、手数で勝るラークの動きを抑制し次の回避までに立て直す余裕を生み出している。

 それでも、それだけなら脚力で勝るラークが軽々間合いを詰めて勝負を決められる筈だった。

 戦況が拮抗(きっこう)しているのは、エッジの速度もラークのそれに匹敵するからに他ならない。

 彼が動く度、空気の弾ける小さな放電音がシエルの耳には届く。

 エッジという青年が何らかの深術を利用しているのは明らかだった。

(技の威力や最高速では先程のブレイドという騎士の方が上かもしれないが、この青年の動きには無駄がない)

 派手な爆発や大振りな一撃に頼っていない分、次の動作に移るのが早い。

 それが冷静な判断と相俟(あいま)ってこの速度域を完全に物にしている。

 シエルはそこに胸騒ぎを覚えた。

(何だこの違和は……この間まで子供だった様な年齢の人間がここまで自分の身を戦いの為の道具として研ぎ澄ませるものなのか?)

 まるで刃そのもの。

 確かに余人が到達できない高みへ軽々と到達してしまう天才というものは居る。

 けれど、彼女が知るそういった人間と、エッジとは何かが異なっている気がした。

「スパイラルライトニング!」

 数度に分けた詠唱を完了したエッジの手から周囲の空気を巻き込む風と、熱の波を伴った青白い雷の弾が放たれる。

(これは……)

 ラークはその術に見覚えがあった。

 エッジが使用できる三属性全てを束ねた深術。

 人の背丈程もある直径で術者の姿を丸ごと覆い隠す程の大きさのそれは、三年前の段階で彼が扱える最も強力な術だった。

(この術は一度避けても軌道を変えて、手元を離れた武器と時間差で攻撃してくる「インディグネイト・ジャッジメント」に派生する。なら――)

 ラークは真空の刃を三度、次々と「スパイラルライトニング」の右側面に沿わせる様に放つ。

 空気が薄くなった側へ、雷弾の軌道は僅かに右方向へと逸れた。

 ラークは術に向かってわざと突っ込んでいき、寸前でスペースの空いた反対側へと身を捻る事でエッジの術の大きさを逆手に取ったカウンターを仕掛ける。

 これならば相手からは見えない筈だった。

 と、

「ぐっ!?」

 ラークは予想もしていなかった鉄の一撃の手応えに急制動を余儀なくされる。

 見れば彼が咄嗟に受け止めたものは、回転を加えて投擲(とうてき)されたエッジの剣だった。

(雷弾の背後に、剣を?僕が「インディグネイト・ジャッジメント」を警戒するのを分かって――)

「リバース・インディグネイト」

 エッジが詠唱破棄によって一筋の電流を空から自身の剣へと落とし、それが呼び水となって先に放たれた巨大な雷弾を破裂させ小規模な爆発を生じさせる。

 勢いよく飛ばされたラークの身体が会場の柵に背中から激突し、近くに居た観客達は驚いて反射的にそこから一歩引いた。

 一方のエッジは自身の術の余波を利用して自分の武器を再びブーメランの様に手元に戻し、崩れ落ちたラークを油断なく見据える。

「……やるね」

 ふっ、と楽しそうに笑ってラークがふらふらと立ち上がる。

 攻撃のタイムラグを減らした分だけ「リバース・インディグネイト」の威力は幾分控え目になっている様で、ラークの優れた治癒能力の前では決め手にまではならなかった。

 普通なら勝敗が決する一撃だっただけに、平然と立ち上がるラークの姿に審判も困惑する。

 

 そうして誰もが二人の次の動きに注目する中で、ふと誰かが気付いた。

 一対一で行われる試合会場の中に、三人目の人影がある事に。

 興奮して柵を乗り越えてきた観客、という風ではない。

 青年らしきその人影は昼間だというのに頭まですっぽりと外套(がいとう)を被り、竜の様な鳥の様な尖った形状の仮面を付けている。

 金属製の鎧は着けていない為、騎士ではないと分かるのと同時に相当に鍛えた肉体の持ち主である事が見て取れた。

 エッジとラークもそれに気付き、直ぐさま試合を中断し相手に武器は向けずとも、いつでも互いをカバーできる位置まで接近する。

 仮面の男は二人の武器の間合いの遥か外で止まって、低い声で確認する。

「お前がエッジ・アラゴニートだな?」

 問われたエッジは首肯(しゅこう)し、聞き返す。

「君は?」

「リペル・バード」

 そう言うなり男は剣を抜く。

 奇妙な剣だった。

 刀身はエッジやシントリアの街の騎士達が使っているのと殆ど変わらない長剣なのだが、柄の部分に溝が深く彫られており、そこに巻き付ける様にして宝石の付いたペンダントが三本も固定されている。

 装飾としては少々行き過ぎで、実用性を犠牲にし兼ねない造りだった。

「武器を下ろせ!」

 仮面の男が剣を抜いた事で、会場の警備に当たっている騎士達が即座に警告を発する。

 突然試合が中断された事で観客達の間で騒ぎが起き始めており、騎士達は接近に苦労していたがそれでも三人の騎士が男の側まで詰め寄る。

 が、恐らく名前として「リペル」と口にした仮面の男は背後に武装した相手が複数人で迫ってきたにも拘わらず振り返りもしない。

 その直後、強風が目に見える程の土埃(つちぼこり)を伴ったつむじ風となって三人の騎士達を後方の観客席の更に後ろまで吹き飛ばした。

 対峙するエッジとラークはそれを目にして相手が「得体の知れない者」ではなく「強敵」であると認識を改めざるを得なくなる。

 離れた場所に鎧を身に纏った人間が落下する轟音が、辺りに響く。

 それ程までに重い物を、立ち見している観客たちに掠らせもせず浮かせる風というのは術としては間違いなく中級以上の深術に相当する。

 問題なのはそれを何の動作も見せずに放ったという事。

 二人の記憶の中で、独力でそんな芸当が可能な人間は存在しなかった。

 今の攻撃を(もっ)て相手が敵であると認識したラークは、無言で相手に突進し斬り掛かる。

 仮面の男はそれを受け止めるが、ラークはそれで止まらずそのまま至近距離で激しく斬り結ぶ。

 と、いきなりエッジがそこに割り込んで仮面の男の剣を受け止め、ラークの腕を掴んで下がらせる。

 その直後、二人が直前まで居た位置に今度は雷が落下してきた。

 今度のそれも詠唱破棄で放たれた術としては威力が桁違いで、先程エッジが起爆剤として使用した「ライトニング」を一筋の閃光とするなら、これは一度で大木を真っ二つにし兼ねない程の太い落雷だった。

 (かば)われたラークは意表を突かれた様子で礼を言う。

「よく今の攻撃が分かったね、流石エッジ」

「……そんな事言ってる場合じゃないだろ」

 少し呆れた様に返されて、ラークは楽しそうに頷く。

「それはそうだ」

 今しがたの落雷はまだそこに留まったままで、その形状を変化させていた。

 生き物――例えるなら狼――の様に「四肢」を伸ばし、爆発的な力は稲妻として落ちてきた先程とは違い一時的に内側に溜めている様で発光こそ控え目だが、空気との境界が絶えず放電を繰り返すさまが間違いなくこれが自然な存在では無いことを示している。

 大規模な未知の術に気を取られていた二人は、仮面の男が間近まで迫って来ていた事に気付かなかった。

 そこでラークは違和感を覚える。

(油断していたつもりは無いけど、この男が直に攻撃してくるのが頭から抜け落ちてた……どうしてだ)

 深術士(セキュアラー)でないラークが直ぐに気付けないのも無理はなかった。

 深術の発動中はその術者は術のコントロールに集中している為、動けないのが当たり前――これはかつて宝珠の力を借りて戦っていたクロウやジードでさえ例外では無い。流石に呼吸をする様に周囲の大気全てを操れる二人の場合は全く身動き出来ないという程ではなかったが、それでも「術と全く別々な動きで術者が波状攻撃を仕掛ける」等という事はまずしていなかった。

 自身で術を扱う事の出来ないラークには、どうすればそんな芸当が可能なのか推測するのは困難だった。

(術を操作していない? そんな事有り得ない筈だ、そもそも制御できていないなら戦闘には使えない筈)

 疑問に思いながらもラークは視界の端に雷の影を捉えて、横へ独楽(こま)の様に回転しながら仮面の男の剣を払い除ける。

 その直後、ラークが退いた事で二人の間に出来た空間に食らい付く様にして先程の雷の獣が飛び込んできた。

 ラークは回避したその術が脇を通過しきるのを待たずして、その横腹に向けて真空の刃を振るう。

 彼の手元を離れた剣閃は当然の様に雷獣にダメージを与える事が出来ず貫通するが、それはそのまま仮面の男へ到達する。

「!」

 このタイミングで攻撃を受ける事を予測していなかった男は、(すんで)の所で疾走の為の前傾姿勢を解き、ナイフを扱うかの様な独特な動きでその攻撃に対応した。

 ラークが敵の気を引いた隙に今度はエッジが術の詠唱を完了させ、雷獣の方へと対応する。

雷網回旋(らいもうかいせん)――スパークウェブ!」

 深術においてもエッジの能力は既に術での戦闘を専任する騎士達と同等以上の域に達していた。

 獣を丸ごと包み込む紫電の網も傷を与えたりするには至らなかったが、それを無視して跳び上がろうとする雷獣の動きを確実に阻んでいる。

 雷の網に食い込みそのまま通り抜けるかに見えた狼の四肢は、しかしそこを通過するのに長い時間を要する様で文字通り網に絡まったかの様に勢いを削がれる。

「足止め程度なら同属性の術の干渉でも十分、か」

 本当は実体のある氷や地の属性の方が良いんだろうけど――と一人言の様に呟いてエッジは残る仮面の男の方へと歩みを進める。

 男は反射的に一歩退くが、背後からもラークが距離を詰めて来ている事に気付いて動きを止める。

「……流石に一体だけでは無理か」

 焦っているとは言い難い声色で呟き、仮面の男は何も無い宙に向けてその奇妙な剣を振るった。

 鎖で繋がれた三色の石が揺れる。

「!!」

 先程、警備の騎士達を襲ったのと同じ突風が今度はエッジのすぐ側を通り抜け、炎の渦がラーク目掛けて顎門(あぎと)を開く。

 エッジの背後ではそれにより綻びた紫雷の網から、再び白銀の獣が放たれた。

「――盾華(じゅんか)紅葉(もみじ)!」

「――氷装華(ひょうそうか)桔梗(ききょう)!」

 二人にその術が届くより早く、客席から飛び出してきた人影が彼等を庇う。

 一人が盾とした「傘」は炎を吹き上げる事でその範囲を広げてラークを押し寄せる熱波から守り、

 もう一人の周囲から蜘蛛の脚の様に伸びた布が氷を纏って、翼の様に広がりエッジに襲い掛かる雷を退けた。

「いつでも携行できるからこその護身用、ってね」

 貴賓(きひん)席から飛び出してきた女性は、およそ武器とは思えぬ厚手の衣を生き物の様に操りながら、かつての同志であるエッジに微笑みかけた。

「リョウカ……アキ」

 不意打ちに失敗し、更に二人が加勢に来た事で四人に囲まれる形になった仮面の男は、今度は自分自身を突風で浮かせる。

「待て!」

 エッジが男を制止するも、しかしその突風の余波だけでも一瞬の隙を作るには十分であり、男は瞬く間に四人の間合いから逃れて観客席を越え、その更に向こうの建物の陰へと消えていった。

 大きく陣形を乱されていた会場の警備の騎士達がその後を追おうとするが、大会の最中に突然始まった本当の戦闘にパニックを起こした観客達が(せき)を切った様に客席から走り出したのとかち合い、やむを得ず騎士達は本来の任務の一つである会場の混乱の収拾を優先せざるを得なくなる。

「お久しぶりです、ラークさん。お怪我はありませんか?」

 一先(ひとま)ず危機が去ったと見て、大きく息を吐き呼吸を整えたアキもラークに声をかける。

 三年ぶりの再会で殆ど見た目の変わらないラークは、いつの間にか背の伸びた彼女と殆ど同年代の様になっていた。

「眼鏡を掛けたんだね、似合っているよ」

「その返事なら大丈夫そうですね」

 以前なら生真面目に反応していた彼女に大人の対応で流され、ラークは少しだけ寂しそうに笑った。

 その一方で、リョウカが彼に向ける表情は険しい。

「それで、今度はどんな厄介事を抱えて空を越えてきたの?」

 ラークはちらりと客席に目を向け、そこで待機している同郷の二人の様子を確認する。

 彼等は下手にラークとの関係を悟られない様に距離を置いたままだったが、その目は注意深く彼に向けられていた。

「……イクスフェントからこっちに渡ってきた理学者(りがくしゃ)を探している」

「理学――研究者、か何かですか?」

「ああ、サーリス・カートという男だ」

 アキの言葉に頷くラークを横目に、先刻まで彼と激しい戦いを繰り広げていた若き騎士は、落ち着きなくその場を去ろうとする。

「俺は行かないと」

 そんなエッジを、リョウカが引き留める。

「待ちなさい、大会が有耶無耶(うやむや)になったとはいえ正式に表彰の取りやめが発表されない限り貴方はここに居た方が良い」

「でも、今動けるのは――」

 切れ長の眼を細め、少し厳しい口調でリョウカは再度止める。

「ええ、そうね貴方が行けば今の男を捕らえられるかもしれない。けれど、確実でないなら貴方がここを去る事で不安に思う人も出る。心象も悪くなるわ……それは、負わなくて良い荷物よ」

 そこまで言われ流石にエッジも諦めた様子で、渋々ながら彼女の言葉に従った。

 

 ―――――――――――

 

 結局、闘技大会の決勝戦は中止となり、略式での結果発表でエッジと「謎の剣士ディール」の二名が共に優勝という形で幕を閉じた。

 突然会場に現れ場を荒らしていった仮面の人物は捕まらず、被害こそ然程では無かったその目的は不明のまま。

 散々な結末にリョウカ達は頭を痛めていたが、元より大会そのものには然して興味が無かったらしいラークはかつての仲間達に出会えただけで満足であったらしく、追っている男について仔細(しさい)に語る事も無くその場を後にする。

「何故、サーリスの事を彼らに話したのですか」

 ラークにとって幼馴染、といって差し支えない間柄の女戦士が歩きながら尋ねる。

 (シン)の隠れ里の出生率は低く、長命の一族の中でほぼ同年代として共に育ってきたのは彼らの世代ではラークとシエルの二人だけ。

 そんな彼女の声音は非難半分、困惑半分でラークの珍しい行動に驚いている様子だった。

「やっぱり聞こえてたか」

 そう誤魔化した彼自身が少し申し訳なさそうにしていた為に、シエルはより一層混乱する。

 彼女の知るラークは次代の指導者としてシンの一族の規則を強く自分に課しており、不必要に外部の人間に情報を渡したりする性格では無かった。

「まだ手掛かりが殆ど無いからね、こっちの世界に慣れている人間の目から見て何か異変は起きていないか――と、あの時は思ったんだけど……確かに、どうしてかな」

 やはり変わった、とシエルは思う。

 先のアスネイシスを巡る騒乱の中でラークは単身このアエスラングへと渡り、十五年の時をここで過ごした。

 二人が共に過ごしてきた百年以上の時の中で初めての空白。

 道化を演じるにしろ、そうでないにしろ、元々本心をそのまま口に出さない事の多かったラークの真意は彼女には最早分からない。

(これは、ディエルアーク様の本心なのか?)

 まだ幼い頃の彼は、自分の責務に押し潰されそうになる事があった。

 弱音を吐く彼を、他の里の大人達がそうする様に自分も叱責(しっせき)しなければと思いながらも、シエルはいつも他に居場所の無い彼の味方をして慰めていた。

 けれど、そんな事を繰り返す内、ラークはいつしか彼女にさえ弱味を見せなくなっていった。

 むしろ、シエルの前の彼はわざとおどけた言動をしたり、自分の負うべき責任など何でもないかの様に振る舞う事が増えた。

「何かお考えがあっての事なら良いのです……差し出がましいことを口にしました。申し訳ありません」

 そんな主の前で彼女は、ただ忠臣(ちゅうしん)として振る舞う事しか出来なかった。

 幼馴染みの「シエル」はもう必要なくなったのだと――シエルディート・オロペンドラはそう自戒した。

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