TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第十一頁 たった一人の最終決戦

如何(いかが)でしょう?怨嗟の声あるいは決意の言葉でも、最後に何か一言あるなら是非ともお聞きしておきたいのですが」

 老紳士が空中から投げ掛けた言葉にエッジは答えなかった。

 ただ彼の操る黒い人影の圧倒的な威圧感に、全神経を集中させて剣を握る。

(武器の力は互角……ならまず一番対策しなきゃいけないのは、あの高速移動)

 後手に回るのが不利と判断したエッジは、「コレクトバースト」を発動させ多量のディープスを用いて自ら仕掛ける。

閃光動作(フラッシュアクト)――風の太刀、偽・疾風(しっぷう)!」

 雷の光が閃き、風の深術に乗ったエッジが一瞬にして距離を詰めた。

 兄の技を模した高速移動からの、禁忌の剣の一撃。

 仲間達を次々に倒された攻撃方法を先撃ちする事で、エッジは『鳥を追う者』が同じ事をしてくるのを阻止する。

 同じ禁忌の剣の使い手同士である以上相手は二刀流の優位を活かせず、止むを得ずに一刀流に切り換えて防御した。

 二人はそのまま数度切り結ぶも、単純な筋力も技量も『鳥を追う者』が上であり、有利な体勢から始めたにも(かか)わらずエッジが押されて一歩下がる。

 その不利を覆す為、エッジは再び雷のディープスを利用した。

閃光動作(フラッシュアクト)――偽・無影衝(むえいしょう)!」

 ラークの技を模倣した、高速のバックステップで間合いを外してのカウンター。

 しかし、それは通じず微かな放電音と共に一歩で間合いを詰めてきた『鳥を追う者』がエッジの防御を押し込む。

 「コレクトバースト」が一時終了し、虹色の光が散る。

(くっ、閃光動作(フラッシュアクト)は動作の瞬間に雷を合わせて間合いを見誤らせる技……連続使用してしまえば効果が落ちる)

 が、エッジは相手の使っている技も似たものである事に気付いていた。

(こいつが高速移動する瞬間も、毎回僅かな放電音がする……使用タイミングはそう変わらない、ただ目眩ましじゃないなら一体何に利用してるんだ?)

 目に見える範囲で発動する術では無いこと。

 そして、移動に利用していること。

 その二点からエッジは、相手が術を発動させているのは足裏であると仮定する。

(そんな使い方が出来るのか?それなら――)

 再び二人の間合いが僅かに離れ、『鳥を追う者』が放電音と共に間合いを詰めた。

(ここだ!)

 音から判断し、エッジも同じタイミングで相手の技術を模倣し高速移動しようとする。

 しかし、

「ぐっ!」

 エッジが発動した技はただ靴の下で弾け、何ら加速の効力を発揮せず普通の一歩になる。

 結果として間合いは敵の思い通りになり、エッジは相手の有利な距離から抜け出せない。

(風に乗ったり、火の爆発を活かすのとはまるで違う……相手は今どうやって足を動かしてた?)

 幾度も見せられた敵の動きを、エッジは頭の中で必死に思い返す。

(横方向への体重の移動、踏み込むイメージじゃない……多分、滑らせる様に!)

「――雷踏閃(らいとうせん)

 エッジの身体が踏み込みの本来の距離を大きく離れた位置へ、スライドする様に動いた。

 いきなり攻撃から逃れた彼に対し、『鳥を追う者』は再び距離を詰めようとする。

(成功した、動ける距離は精々相手の六割位……クリフみたいにスピードで圧倒する事は出来ないけど、これなら戦いを組み立てられる――戦える!)

 相手が一直線で距離を詰めてくるのに対し、エッジは真横に動いた。

 動き出しは同時でも僅かに動作が遅れた分、エッジが逆に後の先を取る。

「はあっ!」

 鋭い横凪ぎの一撃が、相手の胴を狙う。

 今度は『鳥を追う者』が防御に回る番だった。

 互いの速度差が減ったことでエッジ側にも回避の選択肢が生まれ、敵も安易な直線移動が出来なくなり、五分の読み合いが発生する。

(高速移動を模倣しただけじゃまだ足りない……もっと、もっと!)

 圧倒的な実力差を埋める為、エッジは目の前の相手の剣技を模倣する事に全てを賭ける。

 

 一秒後には、自身が同じ技を使うという前提。

 理解できない技術の可能性は排除する。

 それなら、どの道一秒では再現できない。

 出来ない事はやらない。

 同じ剣士である以上『自分が扱える技術の延長に相手の技術がある』という可能性に限定し、エッジは動く。

 少しずつ、けれど確実に二人の実力差は縮まっていく。

 自分がどれだけ異常な事をしているのか考える余裕は、今の彼には無い様だった。

 グランターは興味深そうにその戦いを眺める。

(ACSS(海天歴)3643年のエッジ・アラゴニートにこれ程の力は無い筈。これが世界を救った人間の資質ですか)

 少年の奮闘を評価しつつ、しかしそれでも勝敗が既に揺るがない事をこの迷宮の支配者は理解していた。

 目の前の相手の技を模倣しなければならないという状況は、それ自体が優劣を明確にしている。

 実力差が縮まろうと、覆る事は決して無い。

(残念ですが、せめて最後まで見守らせて頂きましょう)

 

 ―――――――――――

 

 風を切る感覚で、クロウは目を覚ました。

(ここは……アキ……は)

 どれ位落ちたか彼女には分からなかったが、未だ落下の最中にいる事に気づいたクロウは直ぐに仲間の姿を探す。

 彼女の視界の端に、主を失い消えていく「明の天傘」が映った。

 結局、直撃を受けなかった自分だけが生き残った後悔がクロウに重くのし掛かる。

(ダメだ、切り替えろ……私が少しでも早くみんなの所に戻らないと、アキのしてくれた事が本当に無駄になる)

 驚く程静かな空間に時折響く戦闘の音で、仲間がまだ戦っている事を把握した彼女は巨鳥(ラーヴァン)を呼び出そうと詠唱を開始しようとし、異変に気付く。

(動けない……口が開かない)

 その間にも彼女の身体はどんどん戦場から遠ざかる。

 焦りを募らせる中でふと、クロウは戦闘の音が既にほとんどしなくなっている事に気付いた。

 聞こえるのは時折響く、禁忌の剣同士の衝突音だけ。

(まさか、もうエッジしか残ってないの……!?)

 この短時間で七人が倒されたとするなら、エッジ一人で勝てる可能性は絶望的に低い。

 クロウは改めてグランターと名乗った老紳士に言われたルールを思い返す。

 

『ここで何が起きようと皆様の現実でのお身体の安全は保証されております』

 

(確かにアイツはむかつく、私だってぶん殴ってやりたい……けど、悔しいけど……今度の敵は私達の旅に立ちはだかってる訳じゃない)

 ここまでの経験で、戦いの痛みや苦しみは現実である事を理解していた彼女は祈った。

(お願い、無茶しないで)

 

 ―――――――――――

 

「っ、裂爪斬(れっそうざん)!」

 エッジが相手を追って振り下ろした、三筋の獣の爪痕の様な剣閃は空を切る。

 逃げに(てっ)した『鳥を追う者』を、エッジは捉える事が出来なかった。

(こっちに向かってくる動きなら「雷踏閃(らいとうせん)」で回避も出来る、けどまっすぐ逃げられたら、速度の差で追い付けない)

 間合いが開いた事で、敵は一度鞘に納めた左の剣を再び抜いた。

 その指揮に従うかの様に三体の獣が飛び出し、エッジを襲う。

 

 雷、風、炎。

 視界から一時『鳥を追う者』が消える程の波状攻撃を、エッジは次々に斬り払った。

 辛うじて彼が凌げたのは、三体の獣の方も「深海の剣」の破壊力を警戒する様に身を(かわ)した為。

 しかし、それと「雷踏閃(らいとうせん)」の回避を併用しても三体に囲まれたエッジは反撃に転ずる事が出来ない。

 それどころか、甘い動きをした途端再び『鳥を追う者』自身も間合いを詰めてくる。

 実質的な四対一の状況に、エッジは一方的に追い詰められていく。

「くっ、連撃にして一撃成す、(これ)は引き裂く風の刃――秘奥義(ひおうぎ)真空蒼破塵(しんくうそうはじん)!」

 一度、二度、大振りな動きから繰り出された真空の刃が連なり、三度目のとどめがそれらを飲み込んで一つの巨大な刃を生む。

「――!」

 三体の獣がその一撃を回避しようとした事で陣形に大きな穴が空き、その背後にいた『鳥を追う者』は直接エッジの攻撃に晒される。

 遠距離攻撃ながらも深海の剣の第一元素破壊能力が込められたその攻撃を、相手は黒い禁忌の剣で受け止めざるを得ない。

 直接『鳥を追う者』への攻撃ルートを切り開いたエッジは、その場で半回転しながら更に次の一撃へと繋げた。

 一瞬だけ発動された再度の「コレクトバースト」の光が閃く。

「連なる刃は獲物を食らう!――秘奥義(ひおうぎ)真空双刃衝(しんくうそうじんしょう)・『喰雷(はみかづち)』!」

 同系統の大技での連続攻撃。

 V字に広がった真空の刃は相手の回避の選択肢を奪い、左手から放たれた追撃の雷が動きを止める。

 堅実にエッジの攻撃を捌いていた『鳥を追う者』の動きが、僅かな雷閃で一瞬、しかし確実に止まった。

 束ねられた「真空蒼破塵」と比較すればサイズは落ちるものの、相手を仕留めるには十分な大きさの真空の刃が放たれる。

 が、その瞬間に雷の狼がエッジに噛みついて来ようとし、狙いが狂った。

(術が動いた?あり得ない、術士が痺れてる瞬間なのに……!)

 触れれば相手を消滅させていた筈の必殺の一撃は、敵の脇をすり抜けてそのまま背後へと飛んでいく。

 『鳥を追う者』は硬直から回復して剣を構え直し、エッジは再び四対一の包囲の中に置かれた。

 

 グランターが悲しそうに提案する。

「貴方様もまた大切な賓客(ゲスト)。意味もなく苦しませるのは本意ではありません。既に実力差は分かった筈です。降参しては頂けませんか?」

 エッジは荒い呼吸のまま答えた。

「断る、俺は……みんなの分まで戦う」

 ふむ、とグランターは顎に手を当てて考え込む。

「それは確かに素晴らしい理由ではございますが……正直に言わせて頂ければ貴方様は既に十二分にその期待に応えるだけの活躍をされたのでは無いかと。エッジ様ご自身に理由が無いのであれば、諦めても(よろ)しいのでは」

 汗だくのままエッジはふっ、と笑いを(こぼ)した。

「……じゃあ、一つ聞かせて貰っても良いか?」

 ここまでずっと目の前の敵だけを見つめていた彼が、視線を上げグランターを正面から見据える。

「ここまで戦った俺の仲間や、敵になった人達は、今俺が感じてる痛みや苦しみを感じてなかったっていうのか?」

 その瞳の奥には明確な意思が燃えていた。

「それに対して――今、俺が感じてる怒りは戦う理由にはならないか」

 老紳士は気圧された様に口を(つぐ)み、微笑んで首を横に振った。

「……失言でした、どうかお許しを」

 彼の怒りに反応しエッジの手の中の深海の剣が警告の様に、オーラを立ち(のぼ)らせる。

「分かってるアエス……大丈夫」

 穏やかな笑みと共に、深呼吸で彼は自分の中の負の感情を戦いから切り離す。

 一度暴走状態を経験した事で、エッジは今まで以上に剣の暴走するラインを明確に感じ取る事が出来る様になっていた。

(みんなの分まで立っていられるならそれで良い、それ以外の俺の中の余分は要らない)

 彼は一時的に意識に上った感情を手放し、自分自身を一振りの武器の様に研ぎ澄ます。

「続けよう、まだ終わってない」

 

 ―――――――――――

 

 果ての無い落下に慣れ、少しずつ周りの光景がクロウの目に入ってくる。

 迷宮の中で目にした無数のフロア――それらが規則的に並ぶ中を彼女は落ちていた。

 が、同時にクロウはこれが非常にまずい事態である事に気付く。

(これ、真っ直ぐ落ちてない……ちょっとずつ床が近付いてる)

 既に落下の速度は信じられない域に達しており、顔のすぐ横を掠めていく音が彼女にその脅威を思い知らせる。

 このまま接触すれば確実に命は無い。

(何も出来ないの……?せめて、せめて何処か一ヶ所でも身体が動けば――)

 クロウは様々な部位に意識を集中させてみるも、それは無意味な足掻きだった。

 口さえ動かせない状況で指一本動く筈は無い。

 次の床はあっという間に迫る。

(やばい、ぶつかる――!)

 目を背ける事さえ許されないまま、彼女は自身が叩き付けられる光景を鮮明に想像した。

 

 クロウの右肩に埋め込まれた宝珠の欠片が反応する。

 世界を維持する機能の一部として唯一正常に働いている自己保存の原則――「防衛本能」が空間の闇のディープスに働きかけ、制御下に置く。

 それらは黒い巨鳥の姿を成して、彼女の身体を受け止める。

 寸前で起きたその羽ばたきが、床に空気を叩き付けて激しい風がクロウの髪を揺らした。

(ラーヴァン!?動けるの?何で……)

 この空間で動けないのは人間だけなのか、或いは巨鳥(ラーヴァン)だけが動けるのか。

 一瞬浮かんだそんな疑問を、彼女は頭の片隅に追いやった。

(いや、そんなのどっちでも良い。とにかく、これなら行ける)

 動けない身体の代わりに巨鳥に体勢を整えさせ、クロウは遥か頭上を目指す。

 本物の鳥であればそう易々といかない所も、触覚さえ共有するラーヴァンと彼女には容易い事だった。

 既に戦闘の音は殆んど聞こえなくなっている。

(間に合わなくても良い。それでも、エッジ……もし戦ってるなら私はあんたを一人にはしない!)

 落下の速度さえ上回る、天を衝く様な黒い羽ばたきが果てしない虚空を一直線に貫いた。

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