TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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最終頁 道を拓く刃、壁を超える翼

 三方向から迫る生きた深術の獣に包囲されたエッジはそれらを無視し、その主である『鳥を追う者』を狙って走った。

(敵の狙いは俺一人、なら全ての術は絶対に当たる前に間近に迫ってくるタイミングがある……!)

 背後から迫ってくる風の鳥の気配を察知し、エッジはその風のディープスの塊を自身の背中に「再集束(リコレクト)」した。

 その戦術に、空中から傍観していたグランターは僅かに驚く。

(他人の発動中の術を再集束する事など出来ない筈ですが――)

 

 ―(ディープス)RC(リコレクト)変化―

 

討魔烈蒼翼(とうまれっそうよく)!」 

 エッジの背で風が翼となり、それによる加速を得た彼は瞬く間に二度の突進を重ねて『鳥を追う者』を翻弄する。

 空中で技が終了した途端、今度は彼の右から炎の虎が迫る。

(くっ、分解の力を持った深海の剣じゃ通常通り武器に再集束(リコレクト)は出来ない……それなら!)

 エッジは炎の塊を自分の右手へと取り込んで再集束した。

 

 ―(ディープス)RC(リコレクト)変化―

 

「ぐぅっ……鳳凰天駆(ほうおうてんく)!」

 自らの腕を焼く感覚を堪えながら、彼は炎を纏った急降下攻撃を叩き付ける。

 『色の水晶(クロマティック・クリスタル)』を操る敵はその炎の大半を虹色の水晶で無効化し、深海の剣の突き部分だけを同じ禁忌の剣で受け止めた。

 三体目の雷狼がエッジへと迫る。

 彼はそれを再度、手に集束しようとして痛みで中断せざるを得なくなった。

(ダメだ……これ以上は、剣を握れなくなる、けどこれなら!)

 

 ―(ディープス)RC(リコレクト)変化―

 

獅吼(しこう)……っ爆雷脚(ばくらいきゃく)!」

 エッジの脚を電熱が焼いた。

 獅子の形を模した気が脚を叩き付けた地点から噴出し、雷を押し広げて周囲に紫電の陣を形成する。

 その一撃は、『色の水晶(クロマティック・クリスタル)』の防御を押し込み『鳥を追う者』を大きく後退させた。

 立て続けの反撃にグランターは目を見開き、そして気付く。

 エッジが三回目のコレクトバーストに入っている事に。

 発動可能時間に限りがあるこの切り札を、彼は分割して使用していたが、それもこれが最後だった。

 集束(コレクト)量の向上と詠唱加速の効果を利用してエッジは自身が使用できる属性全てのディープスをありったけ束ねる。

「貫け――スパイラルライトニング!」

 雷の球体が周囲の空気を巻き込み、その範囲内へと引き寄せる熱風を伴いながら放たれた。

 回転するそれは青白い螺旋となって、『鳥を追う者』を捉える。

 が、剣による防御を上手く(かわ)したその一撃さえも鉄壁の防御力を誇る『色の水晶(クロマティック・クリスタル)』の前にあっさり逸らされ、後方へと弾かれていく。

「ぐっ……風よ導け、焔よ(まわ)せ!」

 そこを目掛け、エッジは迷宮内で入手していた予備の剣を拾い上げてブーメランの様に投げる。

 目標を越え、敵の遥か後方で雷弾と接触したその剣は、「スパイラルライトニング」と一つになった。

 炎が剣の両端に灯って回転力を与え、風が武器を軌道に乗せる。

 大きな弧を描いて戻ってきた雷剣が加速しながら『鳥を追う者』を背後から襲った。

「――剣に宿りて、落ちよ雷!」

 敵はその不意打ちさえも背後に展開した七色の水晶の障壁で防ぐ。

 受け止められ、回転のエネルギーを使いきった雷剣から光が散る。

 その散逸していくディープスを、エッジは剣に再集束(リコレクト)した。

「多段追撃秘奥義――インディグネイト・ジャッジメント!」

 コレクトバーストの集束能力強化と合わせ、失速した剣が力を取り戻して高速で逆回転する。

 「存在しない」構造を一時的に作り出す事で破壊不能となっている『色の水晶(クロマティック・クリスタル)』の障壁はどれだけダメージを蓄積させても破る事は出来ない。

 しかし、高速回転するその剣はコマの様に激しく火花を散らしながらその表面を転がる様に(はし)った。

「――!」

 障壁を強引に乗り越えた雷剣が相手の肩を掠め、初めてダメージを与える。

 激突しながら無理な運用をされた剣は、ただその一回で刃こぼれし床に落ちた。

 半ば勝敗は決したものと決めつけていた迷宮の支配者は、その反撃に頭上から賛辞を送る。

「お見事です、確かに先程の提案は(いささ)か早計でした……ですが」

 彼は残念そうに眼下の少年を見つめた。

「ハァ……っ、ハァ……」

 無理を重ねた身体が崩れ落ちる。

 不自然な呼吸はエッジの身体の限界を示していた。

 体力が切れた事で切り札のコレクトバーストが解除される。

 無理に炎と雷を吸収させた右手と左脚には、はっきりと火傷のダメージが残っていた。

「残念ですがここまでです、今の反撃が決め手となってしまいましたね」

 消耗したエッジとは逆に、肩に負った傷が軽いものであった『鳥を追う者』はすぐに立ち上がる。

 一時的に消えていた三体のディープスの獣も同様に復活する。

「ご希望通り、戦いは決着まで続けましょう。ですが、やはり最後に言い残される事は御座いませんか?」

 より感動的な「記録」を求めるグランターは改めて問うが、エッジはそれには答えなかった。

 老紳士は溜め息と共に操り人形にとどめの指示を出す。

「……『かくして勇者たちは最後まで諦める事無く戦ったが、その後彼らの行方を知るものは誰もいなかった』やや味気無くはありますが、これもまた物語の一つの結末ですね」

 その言葉を認めないかの様に、エッジは傷付いた脚に力を込め膝を立てる。

 しかし、万全の状態でようやく互角であった以上最早趨勢(すうせい)は明らかだった。

 

 ―――――――――――

 

 間近に迫るエッジの戦いの音で、クロウは目的地が目前なのを知る。

 最初は間に合わないかもしれないと思っていた筈が、彼女は不思議と心のどこかでこうなると分かっていた。

(やっぱり……あんたはいつもそう)

 仲間達に想いを託された彼は絶対に折れない。

 何時だって他人の為に戦って、

 何時だってその為に強くなり続けて。

(私もそういう所に助けられた……でも、本当はさ、そんなに強く無くたって良かったんだよ)

 一緒に戦ってくれるだけでクロウには十分だった。

 けれど、エッジは無理を重ねてそれでも強くなり続けた。

(そんな事続けてたら、今度はあんたが一人じゃん……報われないの、分かってる癖に)

 クロウは彼の選択について回る結果がどうしても許せなかった。

(分かってる……私だって多分ずっと一緒には居られないって。それでも私は――)

 

 ―――――――――――

 

 エッジ達の居る空間に小さな異変が起こった。

 

[クロウ・グレイス 脱落(LOST)

 

 唐突に表示された既知の情報を伝える通知にグランターは困惑する。

 相手の反応からエッジも異変を察する。

 

[クロウ・グレイス 脱落(LOST)

 

 同じ情報がまるで今起こっているかの様に再度表示される。

 老紳士は眉根を寄せた。

(バッファゾーンから……本来エリア移動時にしか出ない筈ですが――)

 彼が疑問についてそれ以上考える前に、何も無かった空間に亀裂が走り巨大な鳥の鉤爪が現れる。

 異常を示す様に通知が絶え間なくグランターに届き、彼の負荷を示す服の色が急激に黒く変わっていく。

「ぐ、ぉおお……っ!?」

 ここまで平然としていた老紳士が、明らかなダメージに身を(よじ)る。

 「何か」が壁を突き破った。

 

[クロウ・グレイス 復帰(RESPAWN)

 

「――ファーストエイドッ!」

 

 エッジの身体を淡い光が包み、剣を握る力を(よみがえ)らせた。

 (あと)が残る傷も幾分軽くなる。

 戻ってきたクロウは、エッジの隣に力強く着地した。

「ごめん、遅れた。完全回復で大逆転――って出来たら良かったんだけど」

「クロウ……」

 信じられない表情で彼女を見上げる彼に、クロウは手を差し伸べた。

「勝つよエッジ。勝って二人でここを出る」

 痛みを訴える様に胸を押さえていたグランターが、苦笑いを浮かべる。

「やれやれ……貴女といい、あの他の次元からの御客人といい……人の域を超えた力を持つ方々には困ったものです……能力を完璧に再現しようとすると、どうしても余計な権限も持ってしまう」

 しかし、と老紳士は続けた。

「一度退場された方が辛うじて戻ってきても、そちらの不利に変わりはありません。エッジ様にも降参を提案させて頂いたのですが……貴女も諦めが悪くていらっしゃる」

 クロウは鼻で笑う。

「何?あんたエッジ相手に『諦めろ』とか言ってたの?無駄な事してるね」

 彼女の手を取って、エッジも立ち上がる。

 『鳥を追う者』の周囲の獣達が威嚇(いかく)する様に咆哮(ほうこう)した。

 戦いを再開する前に、自分達を見下ろす迷宮の支配者にクロウは言う。

「あんた言ったわよね?「ここは架空の空間」だって「ここでのダメージは現実の私達には反映されない」って――じゃあ、『こういう事』しても大丈夫ってコトだ!」

 何の備えもなく、クロウが一直線に敵へと駆け出す。

 『鳥を追う者』もそれに応える様に間合いを急速に詰め、剣を振りかぶった。

 迫る脅威に、クロウの中の宝珠の欠片が激しく反応する。

「なるほど、ご自身の身を危険に晒す事で意図的に暴走状態に入るおつもりですか……ですが、エッジ様を巻き込む様な無茶をされた所でその程度では――」

 グランターの言葉に、今にも攻撃が来るという状況でクロウは唇に笑みを浮かべた。

「無茶?巻き込む?……やっぱり、あんた私達のこと何も分かってない」

 クロウが正面から『鳥を追う者』にブラッディランスを撃ち込む。

 走りながらのその攻撃は他の相手ならば十分不意打ちになったかもしれないが、この相手には問題にもならず一瞬で黒い禁忌の剣で元のディープスへと分解される。

 が、クロウの狙いは最初からそこでは無かった。

「エッジ、繋いで!リンク状態のまま過剰侵食(オーバーカロード)に入る!」

「!」

 驚きながらも、エッジは言われた通りにする。

 一度散った闇のディープスが二人の手に集まって行き、彼らの意思を繋ぐ糸になった。

「この位何度も越えてきた。私とこいつにとって、こんなの無茶の内には入らない――そうでしょ?エッジ!」

「……ああ!」

 黒い禁忌の剣がクロウ目掛けて振り下ろされる。

 

 その刃は空を切った。

 代わりに『鳥を追う者』の背部、右腕、左脚目掛けた反撃が瞬時に降り注ぐ。

 殆んど視認できない速度の黒槍の雨を、敵は『色の水晶(クロマティック・クリスタル)』の同時展開で辛うじて防ぎ切った。

 

 背に翼が形成されたクロウの身体を、宝珠の欠片がコントロールしていた。

 現実では後遺症が残り兼ねない精神への負担も、保護障壁と瞬間移動の連続使用で痣になる程の身体への負担も、全てを無視して彼女は限界領域で人の身を超えた力を使用する。

 が、その猛攻でさえも『鳥を追う者』の鉄壁の守りを突き崩す事は出来ない。

(その能力は存じておりますよ。その上で彼を相手に選んだのですから、速度で上回っても残念ですがその攻撃では――)

 展開した水晶の壁が破られる。

 グランターは再び目を見開く。

 クロウの攻撃とほぼ同時のエッジの「深海の剣」による挟撃が、『色の水晶』のピンポイントの防御を越えていた。

 『鳥を追う者』は初めて、身を(かわ)す事でしかその攻撃をやり過ごす事が出来ない状況に追い込まれる。

(この攻防での障壁の位置を読んでいた?……有り得ません、共鳴(リンク)の情報伝達はそれ程強力なものでは無い筈。それなら、どうやって互いの動きを予測しているのです?)

 本能共鳴技(インスティンクティブ・リンクアーツ)を出さなければリンクは切れない。

 けれど、本来その繋がりは一秒毎に弱まっていく程度のもの。

 人の反応速度を超えた様な域での連係を可能にする様なものでは無い。

 

 グランターの戸惑いをよそに今度は左右からの同時攻撃が『鳥を追う者』を襲い、彼は禁忌の剣と水晶の壁との間の狭い空間での防御を余儀無くされる。

 明らかにエッジとクロウは意思疎通が出来ていた。

(いえ、そもそも、記録上お二人がこの様な戦い方をした事は一度も無い……本能共鳴(インスティンクティブ・リンク)は無意識下で僅かにでも相手を疑えば成功しない。「一度も試した事すらない」行為に何故なんの不安も無いのです?)

 けれど、二人はまるでそんな障害など存在しないかの様に、阿吽の呼吸で動く。

(そこまでの信頼――このお二人の共鳴は、明らかに他の誰よりも深いレベルに達している)

 グランターは垣間見える彼らの特異性に、ある種の畏敬の念さえ覚えた。

 

 

 クロウは乗っ取られかけた自身の意識を、エッジの思考が流れ込んできて繋ぎ止めるのを感じていた。

 流れてくるのは完全には程遠い断片的な動きのイメージ、けれどそれだけでも彼女は彼が何をしようとしているか判る。

 腰を落として、身体を捻れば「魔神剣」。ディープスを利用しようとする時は、剣と術を併用してきた癖でまず左手が動く……。

 見慣れた動きの一つ一つを無意識に知識が補完し、クロウは自然と相手のやろうとする事を全て理解出来ていた。

 むしろ彼女は、エッジの状態の方に驚かされる。

(どう考えても速度に付いてくるのは向こうの方が大変な筈なのに……戦い始める前より技量が上がってる、以前なら出来なかった様な速度でも連係してくる)

 予想を越える彼の成長と、それと肩を並べる頼もしさに、戦いの中でもクロウは笑ってしまいそうだった。

(本当にあんたって奴は……)

 いつかこの少年は、宝珠の欠片を持つ自分の力さえ超えていくかもしれない――そんな予感が彼女の頭を(よぎ)る。

 その可能性を信じているクロウの思考に、不安等というものは欠片も浮かばなかった。

 

 

 エッジが考える動きの中に、クロウの可能な行動が選択肢として含まれる様になる。

 それだけで防戦一方だった強敵に対し、一手先んじる事が出来る様になった事に彼は改めて驚かされた。

(動きの速さだけじゃない、一瞬で三手以上先の術の構成パターンまで思考になだれ込んでくる……これが過剰侵食(オーバーカロード)時の感覚)

 加速・防御・攻撃……本来なら一つ一つに詠唱という時間が必要な筈の術が、思考の中で圧縮されて瞬間的に手足の様に扱える感覚。

 それらに実際に高速で身体が動かされ、重力が目まぐるしく変わる様な感覚。

 その中で正気を保ち続ける事がどれだけ困難な事か理解し、エッジは改めて認識する。

(やっぱり凄いよ、クロウは……)

 迷わず前を向き自分を引っ張っていこうとするその背中に置いていかれない為、エッジは剣を握る力を強めた。

 

 

 幾度目かの十字攻撃で敵がバランスを崩し、二人は一気に畳み掛けようとした。

 そこへ三体の獣が『鳥を追う者』を巻き込んだ広範囲攻撃で強引に割って入り、二人に攻撃を中断させる。

 敵は自身の仕掛けた攻撃に対し『色の水晶(クロマティック・クリスタル)』を展開していた。

 攻守が逆転し、二人は意識の中で会話の様に思考を交わす。

『エッジ!』

『こっちを集中的に狙ってきたか』

 次々に互いの間を縫う様な波状攻撃を仕掛けて来る獣達は、動きが比較的遅いエッジ一人に狙いを定めていた。

 クロウは少し感心する。

『確かにどっちかを足止めしとけば良い、って訳だ』

『どうする?』

『分かってる癖に、何の心配?』

『……まあ、今なら誰も巻き込まないか』

 クロウがエッジ目掛けて突進した。

 彼自身も敵の隙を突いて、クロウの方へと「雷踏閃(らいとうせん)」で一気に踏み込む。

 軸をずらしてすれ違うかの様に突っ込んできた二人は、直前で左手同士を繋ぎ強く掴んだ。

 速度がそのまま回転へと転化され、利き手を自由に動かせる状態の二人の攻撃は全方向へと拡散する。

『『転輪斬(てんりんざん)双翼(そうよく)!』』

 蒼い斬撃と、羽根の様に無造作に撒き散らされる黒槍とが、追撃を掛けようとしていた元素の獣達を大きく後退させた。

 広い平面の上で二人のこの技の前に逃げ場は無く、まるで本物の動物の様な俊敏さで跳び退いた三体はそのまま上空へと飛び上がる。

 獣達はそれぞれの属性の元素を集めて、遠距離攻撃の態勢をとった。

『あらら、逃げちゃった。あれ、鳥は隼か何かかな』

『空中から俺を一方的に狙い撃ちするつもりか……』

『任せて』

 クロウは羽を広げ、床を踏みしめる。

『鳥はともかく狼や虎が私に空中戦挑んでくるのはさあ……ちょっと舐めすぎじゃない?』

 弾かれる様にあっという間に加速をつけ、彼女は空中の敵へと迫った。

 雷の矢を皮切りに、炎、風と獣達の深術が雨の様に降り注ぐ。

 ディープスの塊である獣達は、ラーヴァン同様自らを構成するのと同量の第三属性元素を自由に操れる様だった。

 クロウはそれらを(かわ)して高速飛行のままローリングを行い、一瞬で術の掃射の範囲から逃れる。

 懐に入られた三体はどうにか彼女を射線に捉えようと角度を変えるが、クロウはそのまま獣達の脇をすり抜けて更に上を取った。

 偽りの薄暗い空の一番上まで彼女は加速を続けながら上昇し、その速度のまま軌道を水平へと曲げていく。

 三体の獣達もその後を追うが、みるみる内に差は開いていった。

 いかに自律し中級相当の力を連発できる程高度な未知の術でも、純粋な出力では宝珠の欠片に及ばず、クロウ自身の限界に近い速度に追い(すが)る術はない。

(散々落とされてここまで飛んできたお陰で、この空間の広さは大体分かってきた……本物の空じゃなくても、これだけ広ければ充分)

 飛行の為に広げていた翼を折り畳み、彼女は空気抵抗を極限まで減らす。

 加速を得る為の密度の高い術の放射と、航跡雲(こうせきうん)がクロウの後ろに長く尾を引いた。

 最高速のループがライブラリーの天辺ギリギリを掠め、そこに映っていた偽りの空がノイズ混じりの地金を(さら)す。

 その中で彼女は仲間達との思い出を小さな七色の水晶へと変え、手の中に集めていく。

 物体が音速を超える瞬間の衝撃がフロアを揺らした。

 三体の獣が迎撃の為、散開しようとする。

(まと)めて虹の残照(ざんしょう)にしてあげる――オーバーアクセラレーションエッジ!」

 音より更に早く獲物に到達したクロウにとって、三体は止まっているも同然だった。

 一瞬で引き裂かれた獣達は、超音速の余波で微塵に吹き飛ばされる。

 僅かなその残滓(ざんし)は虹の様に鮮やかな粒子となった。

 その彼らが戦っている隙を突いて、『鳥を追う者』がエッジの背後で剣を振り上げる。

 

(――絶対にそう来ると思ってた)

 一時的に誰の邪魔も入らない状況。

 地上に狙える相手は一人だけ。

 エッジもまた相手が向かってくるのを待ち構えていた。

(向こうが真っ直ぐ俺を狙ってきてくれたお陰で、こっちも正面から迎撃できる……これが最初で最後の好機)

 

 完全に解放された深海の剣の蒼い放射体(オーラ)が高く高く伸びていく。

 エッジはそれを全力で上段から叩き付ける。

()れが、全てを呑み込む原初の深海――淵源海溝閃(えんげんかいこうせん)!!」

 同じく黒い放射体(オーラ)(まと)った敵の禁忌の剣と、蒼き剣は同時に振り下ろされ接触した。

 遥か頭上からエッジ達の所までを繋いだ一筋の光は、万物を切り裂く巨大な剣閃となる。

 同じ能力を持った剣同士の激突は、地響きの様な重さを持った高音を止めどなく響かせた。

 力を完全に解放した二振りの競り合いは一見互角だったが、そうではない事をエッジは見抜く。

(この相手は俺よりずっと強い。圧倒的な剣技、見たことも無い術の数々……総合力では俺は絶対に及ばない、けど!)

 天を割る程の剣閃を出せたのはエッジ一人だった。

 ここでは再現に過ぎない筈のその攻撃にライブラリーの天辺の空間が引き裂かれそうになり、迷宮全体が揺るがされる。

「!ぉおおっ」

 これまで涼しい表情で傍観を決め込んでいたグランターも、その概念的な破壊力さえ備えた剣閃からは流石に身を縮めながら逃れる。

 『鳥を追う者』が威力に押されて半歩下がる。

(今なら分かる、こいつは禁忌の剣の力だけは十分に引き出せてない、闘技場の時にコツを掴んだお陰で全ての力を解放できる今なら――!)

 更にエッジが押し込み、あと一歩という所まで来て、不意に『鳥を追う者』が抵抗するのを止めた。

 突然崩れた均衡にエッジが驚く間もなく、敵はそのまま後ろに跳んで「淵源海溝閃」の範囲から逃れる。

(まずい、この技は少しずつは前進するけど基本的にはその場に残存する斬撃……逃げる相手は追いきれない、けど、鍔迫り合いの最中にそんな事まで見切れる筈が)

 この攻撃はもう通らない。

 一度見せてしまった以上、相手は二度と正面からの鍔迫り合いには応じなくなる。

(あと少し、なのに――)

 無情にも敵は離れていく。

 その背中を、水の奔流が捉えた。

「継がれし力は清廉(せいれん)なる水、(ただ)破壊する呪いの(やいば)。されど全てが、私の証明……」

 更に闇のディープスが渦を巻いて敵を捕らえ、二属性の術は螺旋の様に(うね)って高速で『鳥を追う者』の自由を奪う。

(エッジ、そのまま!)

 諦めかけたエッジの意識に、クロウの呼び掛けが響いた。

 自身と宝珠の欠片とで二重に術を詠唱する彼女の瞳が、左右で黒と紫の二色になる。

 コレクトバーストと彼女自身の力全てを費やした白波の激流が敵の身体を飲み込み、闇の宝珠の力を利用した黒い急流が飛行と同様の凄まじい加速を与え敵を押し流す。

 『鳥を追う者』はすぐに『色の水晶(クロマティック・クリスタル)』の障壁を割り込ませ守りに入るが、一度身体に付着した水は闇の冷気で瞬く間に凍り付き、術の直接的なダメージを防いでも踏み止まる事が出来ない。

 一度逃れた「淵源海溝閃」の底無しの光が、敵の間近に迫る。

「深海に沈め!秘奥義(ひおうぎ)――プルーフ・オブ・グレイス(恩恵の証明)ッ!」

 黒白(こくびゃく)の螺旋が、敵を蒼い光の中へと叩き込んだ。

 最後の瞬間、『鳥を追う者』の正体を覆い隠していた黒い霧が薄れる。

 ここまでずっと人形の様に感情を殆んど見せなかった彼は、何かとても懐かしい大切なものを見付けたかの様に手を伸ばした。

 第一構成元素(ハイエス)を破壊する禁忌の剣の力が、その存在を飲み込む。

 そして、残る全ての力をつぎ込んで戦闘を代行していた存在が破れた事で、グランターもまた限界を迎えた。

「お見事です、あなた方に我が名……『与える者(Grand.Granter.)』の、祝福を――!」

 老紳士の白かった燕尾服が完全に泥の様な黒に染まり、風船の様に膨らむとそのまま花火の様に光と共に弾けた。

 黄金の光は彼の言葉通り、二人の勝利を祝うかの様に降り注ぐ。

 

 全ての力を使い果たした二人も仰向けに並んで倒れ込んだ。

「……終わっったー!正直まだ何か出てきたらもう負けで良い……」

 心底、という様子で疲れを隠そうともしないクロウに、エッジは苦笑する。

 けれど、彼もまた達成感に浸り晴れやかな気分だった。

 二人は後から後から降ってくる黄金の光を見つめ、それが通貨や希少な薬や武具などありったけの宝の山である事にようやく気付く。

 クロウは呆れた様に呟いた。

「はあ、持ち帰れないの分かってる癖に……あ、何か凄そうな青い瓶の薬あるよ。今飲んじゃう?」

 主が消えた事で迷宮全体も、端から少しずつ消滅し始めている。

 エッジはそれに安堵の表情を見せた。

「本当に終わったんだ……良かった。これでもう、誰もこんな戦いに勝手に呼び出されないな」

 それが一番嬉しいかの様に言った彼に対し、クロウは胸が小さく痛む。

(そっか……気付いてないのか)

 もしこの戦いに巻き込まれた者全員が被害者だとするなら、今回一番長く戦わされたのは彼自身だという事に。

(もうすぐ全部無かった事になる……この迷宮での戦いも、エッジの頑張りも)

 それがあまりに悔しくてクロウは何かを残せないか必死に考える。

 ふと、記憶の中のリョウカの言葉が(よみがえ)った。

 

『――口づけには色んな意味があるのよ、祝福や感謝や親愛……額とか頬とか手とか、する場所によって意味も色々だけれど』

 彼女は思い出した情報を必死に整理する。

(額、頬、手……こういう時ってどこが正解?というかそういう慣習有るってエッジは知ってる……?知らなかったら嫌なんじゃ)

 考えれば考える程クロウは正解が分からなくなり、『恋人だったら口だよ』と余計な情報を追加してきた記憶の中のリアトリスを思考から締め出した。

(ああもう!何で一ヶ所に決まってないわけ?)

 悩んでいる間にも刻一刻と迷宮の崩壊は迫る。

 どうせ失敗しても記憶には残らないという事実に後押しされ、彼女は目の前の少年の頬に狙いを定めた。

「?どうかしたのか、クロ――」

 目を閉じて勢いよく迫ってきたクロウの額と、不審に思って不意に横を向いたエッジの額が激突する。

「いっ……!?」

「っ~~!」

 鈍い音がはっきりと聞こえる程の頭突きに、二人はしばし頭を抱えて痛みを堪えた。

「何するんだよ!急に」

 まさか攻撃を受けるとは思っていなかったエッジは流石に怒ろうとする。

 が、目の前で見た事も無い程真剣な表情で真っ赤なクロウを見て、思わず黙る。

「誰も知らなくても、私は知ってるから……またこんな戦いが起こらないのは、エッジが頑張ったからだって」

「え……?」

 エッジはそれが特別な事だとは思わなかった。

 けれど、まるで「それが本当に大切な事」であるかの様に語る彼女に彼は困惑する。

 一度失敗して緊張が解けたのか、クロウは優しく少年の傷付いた顔を撫でた。

「お疲れさま」

 それが、この空間で二人が見た最後の光景になった。

 

 

 

(派手にやられたわね、グランター(与える者))

『……ホホ、ショーはお楽しみ、頂けましたか?』

(私達(ミリア)には理解し兼ねるわ、何故わざわざ全てを賭けてまでこんな事をするのか)

『単純な、事です……私は見たいのですよ、人が困難に打ち勝つ様を』

(その割には負けもありそうな相手だったけれど)

『私は別に出来レースが見たい訳ではありません……本物の、彼らの輝きが欲しいのです』

(気付いている?貴方のしている事は毎回自分で自分を破滅させているだけだって)

『身勝手な悪は滅びるものです……私はただ、貴方様がたに知って頂きたい……人の生き様には、確かに記録する価値があるのだと』

(グランター、貴方の行動は何一つ理解出来ない)

『私は信じています……貴方様がたにも(いず)れ分かる時が来る筈です……その時まで……記録し続けましょう、今日の様な――残す価値のある物語を。それこそがこの、ライブラリーの存在意義なのですから』

 

 

 

 ―――――――――――

 

 晴れた空の下を一行は歩く。

 道はずっと登り坂で、中々次の町は見えてこない。

「良かったね。往来が減ってるから運良く街道で道のりを短縮できた」

 一度先行して偵察をしていたラークが、皆の倍近い距離を走った疲労も見せずに言う。

 指名手配犯二人を抱える一行はアクシズ=ワンド領内では慎重に行動していた。

 歩き詰めでやや息が上がったリョウカは、信じられないという表情でラークを見る。

「……貴方、本当に次の町の手前まで行ってきた直後?」

 少し遅れていた彼女を待って、一行はやや歩調を緩めた。

 先頭を行っていた二人にクリフが遠くから声を掛ける。

「一応、指名手配されてんのお前らなんだから気を付けろよー!」

 エッジの方が振り返ってそれに答えた。

「分かってる、先に見通しの良いとこから遠くを見るだけにするよ!」

 そう言って手を振る彼に、傍らのクロウはわざとらしく考え込むポーズを取る。

「ねえ、考えたんだけどさ……」

「?」

 エッジは彼女が何を言おうとしているのかまるで予想がつかず、首を傾げた。

「私って体力無いじゃん」

「えっと……まあ?」

 エッジは慎重に肯定するが、クロウは気にする様子もなく続ける。

「でもエッジ剣二つ持ち歩いてるでしょ?普通のとあのヤバい奴と」

「そうだな……?」

 ここまで言うと彼女は不意に得意気な笑みを浮かべた。

「つまりさ――かけっこなら私に分があるんじゃない、って事!」

「え」

 先に走り出したクロウを追って、エッジも条件反射の様に走り出す。

 彼女の言葉通り、互いの速度に殆んど差は出なかった。

 坂道で転びそうになり、二人はどちらからとも無く手を繋ぐ。

 登り坂でスピードは出なかったが、上で待つ空は一歩ずつ確実に近付く。

 坂が終わればきっと自然と手は離れる。

 それでも登り切るその瞬間まで、二人はどちらも自分から手を離そうとは思わなかった。

 

 息を切らしながら、二人は同時に丘の頂上にたどり着く。

「ゴールっ!これは流石に私の勝ちじゃない?」

「先に走り出してそれはズルいだろ」

 内心では互いに「負けてない」と思いながらも、二人はしばし睨み合う。

 が、すぐに下らなくなって吹き出した。

 

 二人が共に目を向けた前方には、晴れ渡る青い空と次の目的地が広がる。

 旅は確実に終わりが近かった。

 この先に待つ『ジード』との死闘の事を考え、クロウはふと思う。

(勝っても負けても……私達が一緒に居られる時間は、もうあんまり無いかもしれない)

 全員で生き残って、リアトリスやラークとの戦いを切り抜けて、無事に宝珠の欠片を取り出すことに成功して……。

 それがどれだけ僅かな可能性なのか、彼女は薄々理解していた。

 それに対する不安は間違いなくクロウの中にあったが、不思議と恐怖は無い。

(だって、きっと一緒に歩いたこの道は無くなったりしない……何があっても、やっぱり最後までこいつは隣に居る筈だから)

 再び目が合ったエッジは首を傾げるが、その何の恐れも抱いていない表情が彼女には何より心強かった。

(私は信じてるよ……例え何があってもエッジなら越えていけるって)

 

 世界間記憶元素迷宮サーキュライツライブラリー ―完―

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