TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第三十二話 水の都との別れ

 エッジはリョウカと二人で決めていた通り近付けるギリギリまで騎士たちに近付き、チャンスを待っていた。

 リョウカの叫び声が聞こえ、騎士達の注意がそちらに逸れる。

 まだ彼が見たのは数回でしかなかったが、リョウカの演技力には驚かされる。

 事前に計画を聞いていたエッジも一瞬、何かあったのか不安になる様な悲鳴だった。

 本当に敵でなくて良かった――とエッジは思いたい所だったが、今は一時的な協力関係にあるだけなのだ。

 なるべくなら、彼にとってリョウカは敵に回したくはない相手だった。

 

 騎士たちがリョウカの方に動くのを見て、エッジは物陰から半歩前に出る。

 早すぎれば見つかってしまうし、遅すぎればリョウカが囮をやっている事がばれてしまう。

 リョウカはくれぐれもそうならないように、と彼に念を押していた。

 エッジは騎士達の一挙手一投足に気を配りながら、何の術を使おうか考える。

 普段、相手が多いときに使うのは風属性の術。

 もし、多人数相手で力加減を誤ってしまっても殺傷力が低く安全だからだ。

 けれど、今の彼の出来る最大の力でも、七人も倒せるかは怪しい。

 少しでも威力が欲しい今、エッジが使うべきは一番得意な雷属性の術だった。

(でも、宵の地衣の力が未知数な以上もし……もしも、想定以上の力が出てしまったら……俺は、人を殺すことになるのか?)

 迷いが振りきれないまま幸運か不運か騎士たちが全員リョウカの方へ踏み出し、背後に回るのに十分な隙が生まれた。エッジは半分何も考えずに道の真ん中まで進み出てディープスを集束(コレクト)する。

 

 集束(コレクト)しはじめて、すぐに彼が感じたのは違和感。

 彼が集めた以上の量のディープスがエッジの手の中に集まっていく。

 まるで自分以外の人間がすぐ隣で一緒にディープスを集めている様な感覚、それでいて集まったものはエッジのコントロールを離れた訳ではない。

 これなら大丈夫かもしれないと衣に微かな安心感を感じつつ、同時にエッジが抱いていたもうひとつの不安は更に大きくなる。

 この威力では、本当に――。

(今更、俺に迷う権利なんて……!)

 ガクガクと震える手を抑えて、必死にクロウの為、自分の選択の為だと言い聞かせエッジは術を放つ。

 

 空気が渦を巻き雷の弾が放たれる直前、距離と方向を再確認する為に騎士達の後ろ姿を見て彼は気付いた。

 平和を守るため努力する彼らから命を奪えば、クロウの側で、クロウが誰も殺さない様にすると言った自分の言葉は意味を失う事を。

 気休めでしかないかもしれないが、エッジは放たれる雷の弾の方向を扇状に分散させ、手元に留める事に成功した残りのディープスを杭のように術の進行方向に二ヶ所撃ち込んだ。

 結果、雷の弾は一回り小さく三つに別れ騎士たちが振り向く間もなく彼らの身体を貫いた。

 ガラガラと鎧が音を立てた後、エッジは誰も立ち上がらない事を確認する。

 彼は騎士達が起き上がって来ることも不安だったが、全く動かないのも不安だった。

「私も少し危なかったわよ」

 エッジと同じように倒れた騎士達の様子を見ながら、リョウカが姿を見せる。

 騎士達は全員気絶しているらしい。

 正直、エッジの心身は共に限界近く謝る気力も無かった。

 謝罪を求めた訳では無いのかリョウカもそれほど気にする様子はなく、彼女が船に向かうのを彼は足を引きずる様にして追った。

 

 ――――――――――

 

 ヴィツアナで怪我を負ってから、クロウは完全に心を閉ざしてしまった。

 クリフとも口を利かず、誰かと目が合えば睨み付ける。

 食事を運ぶ係もクリフの様に怪我をするのを恐れて、なるべくクロウに見られない様にドアから手を伸ばして皿と盆だけを置いていく様になった。

 その為、クロウがドアの側に置かなかった空の食器は回収されず、苛ついたクロウが改めてドアの近くに移動させるまでそのままだった。

 長い船旅が終わりクリフがそれを告げに現れた時も、クロウはそんなひどい状態の部屋のベッドの上で一人膝を抱えていた。

「ひでぇな……これは、よくこんな部屋に居られるな」

 いつもと同じように、クリフは返事がなくともクロウに話しかける。

「いい知らせだぜ、ようやくお前の嫌いな水の上とおさらばだ。一応、常に見張りが付くことになるけど、危害を加える気はねぇから安心しろ」

 沈黙。

 じっ、と自分の方を睨み付けたまま動こうとしないクロウに対して、クリフも目を逸らさず返事を待つ。

「……行かない、って言ったら?」

「はぁ?こんな部屋の方が良いなんて本気で言わねぇだろ。俺はそんな事したくねえけど、これ以上わがまま言われると俺もそろそろ他の奴らを押さえきれねえ。荒っぽい事にはしたくねえんだよ」

 暗い面持ちでクリフがそう言うと、クロウはふん、と鼻を鳴らした。

「不満がたまってても、結局動けないんじゃないの?誰もこんな化け物に関わって死にたく無いだろうから」

 その返答にクリフは目を丸くして、クロウに歩み寄る。

「そんな事思ってねぇよ!お前だって、ここにいたんじゃどうにもならないって分かって――」

「思ってるよ!」

 クリフがクロウの左手に触れると同時に、氷が砕けるような音と木が抉られるガッという音が響いた。

 クロウの力任せに振り下ろされた右手が黒い槍の様になっており、ベッドと床を切り裂いていた。

 クリフが見ている前で槍はゆっくり消え、クロウの手は元の形に戻ったが濃い闇のディープスの冷気に直に当てたせいで赤く、痛々しい色をしていた。

「あんたが思わなくても、この船に乗ってる他の奴は全員私を化け物だと思ってるよ……手なんか繋がなくてもちゃんと下りるから、出てって」

 クリフは手を離し、しばし何も言えなかった。

「待ってるからな」

 それだけ言ってクリフは出ていき、クロウは再び一人になった。

 

 クロウが部屋から一歩出ると、目を伏せていても嫌でも視線を感じた。周りで話していた声が一瞬止んで、代わりに先程までと違うささやきが行き交う。

 最初にこの船に運び込まれた時クロウは気を失っていた為どこから乗り降りするのかは知らなかったが、何度か甲板に出た事はあったのでとりあえず彼女は甲板に向かう。

 さほど広くない通路で人を珍獣を見る様な目で見る人間達とすれ違うのはクロウにとって不愉快だったが、仕方なかった。

 甲板に出てしまうと、陸があるので降りる所はすぐ見つかった。

 当然、といえば当然だったが船はおよそ港とは言えないような人気の無い浅瀬に接岸していた。

 ここがクリフの言っていたセオニア大陸だろうとクロウは見当を付ける。

 舷梯から降りる時、下に海が見え、クロウは揺れに目眩がしたが何とか陸に足をつける。

 クリフは約束通り彼女を待っていた。

 クロウの姿を見て挨拶をしてきたが表情はやや固い。

 彼女は返事をせず、船酔いでの気持ち悪さを表情に出さない様にしようとしたが、しかめっ面がよりひどくなっただけだった。

 クロウが船から降りると、クリフ以外の乗組員もそれを囲む様に次々降りてくる。

 その様子にクリフが顔をしかめたのでクロウが輪の中に閉じ込められる事は無かったが、彼女の後ろには人の壁ができた。

 囲まれて窮屈な思いをするよりはマシかもしれなかったが、視界に入らない分クロウは後ろからの視線を痛い程感じた。

「じゃあ行くぞ、しばらくは道らしい道がねぇから気を付けてついて来いよ」

 そんなことには慣れていた。

 なるべく跡を辿られたく無いのだろう、彼女が船を振り返ると残った船員たちが早くも出航する準備を始めていた。

 突然、クロウは背中を突かれ息が詰まる。

 動かない彼女に痺れを切らした誰かが小突いたらしい。

 よろけただけで済んだがクロウの心には怒りが込み上げた。

「……やめてよ」

 それは警告だったが、クロウが後ろに並ぶ顔を一人一人見つめても誰も表情を変えない。

 怒りが込み上げ、彼女自身意識しない内に周りに僅かながら黒い靄の様なものが漂う。

 きっと今の自分の目はまた黒く染まっているだろうとクロウは思った。

 が、彼女は頭を振って仕方なく歩き出した。

 こんな事でいちいち腹を立てていても仕方ない、と。

 

 ――――――――――

 

 エッジとリョウカの二人は船に乗り込んだ。

 船は故郷で見慣れてはいたが、たった二人で(というかリョウカ曰く一人でも)動かせる等という船はエッジも初めてだった。

 周りのそびえる様な船と比べると二人が乗り込んだ船は小ぶりで、それほど大勢は乗れそうに無く十人もいれば満員になるだろう。

 妙に装飾も凝っていて、他の騎士団の紋章がついている船とも明らかに雰囲気が違う。

 特に奇妙なのは船体の形で、三角形を細く引き伸ばした様な鋭角的な形をしている。

「準備は良い?確認だけど、ジェイン・アキとあなたの仲間はこのヴィツアナに寄ったって事はセオニアに向かったのよね?……また誤魔化すのは無しよ」

 今までの反応からエッジはリョウカに釘を刺される。

「ああ、直接向かったかどうかまでは分からないけど、最終的な目的地がセオニアなのは間違いない」

 とはいえ、次に具体的にどの町を目指すのか等はエッジも聞いていなかった。

 あるいはラークはこの様な事態を想定して、わざと彼に目的地を教えていなかったのかもしれなかった。

 エッジが騎士団に捕まっても情報が漏れないように。

 それどころでは無かったというのも有るが、エッジはラークやリアトリス、それにアキの事はあまり考えない様にしていた。

 

 ラークは、わざとエッジを囮にしたのだろうと彼自身気付いていた。

 あの状況では全員で逃げるのは不可能だった、ラークの脚力がいくら異常でも抱えて逃げられのはせいぜい二人。

 そこで自分を選んだのは、やはり戦力的にだろうかとエッジは考える。

 そういえば、ラークはブレイドの事を知っていた。

 彼の兄だということも知っていたのか?リアトリスとアキは大丈夫だろうか?一度考え出すとキリが無かった。

「物思いに耽るのも良いけど、まだ逃げ切った訳じゃないのよ?」

 彼女の言葉にエッジは現実に引き戻される。

「ああ……」

「じゃあ、出すわよ」

 水晶玉の様な物の前に座って、リョウカはそれに両手をかざす。

 その珠は半透明ではあるものの、きれいに透き通ってはおらず木陰の水面の様に暗くよどんだ色をしていた。が、リョウカの動きに反応して青い透き通った海の様な色に変わる。

 直後、フォンという音を聞いた様な――否、体を通り抜けていくディープスの気配をエッジは感じた。

 と、エッジは右の方で術が発動するような気配を感じる。次いで今度は左手の方で、足元で、手首の側で、リョウカの側で……目が回る程無数の、深術が発動する直前の様な気配がして彼は落ち着かない。

 畳まれていた帆が勝手に広がったのを見てエッジは目を丸くした。

「キョロキョロしてないで、早く掴まらないと危ないわよ」

「え?」

 エッジは船が傾いた様な気がした。と、思うと風を受けた訳でもないのにいきなり船が加速してエッジは船底に叩き付けられた。

 いつもなら大した事は無くフラフラしながらも立ち上がれただろうが、今日の彼は立てなかった。

 倒れてしまうと不意にエッジは自分の身体の重さを強く感じ、とても起き上がれる気がしなかった。

 頭が熱いのに、寒い。

 エッジは熱がある様だった。

 船の揺れでぐるぐる転がって行く様な感覚を感じながら、彼は「だから言ったのに」という呟きを聞いた気がした。

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