TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第五十九話 終息、それは

 外から差し込む自然の光と、無機質な壁の光が洞窟の中で交差する。

 ラークの鋭い眼差しと、眼帯に覆われていないジェイン・リュウゲンの右目が互いを牽制していた。

「君の前でその名前を名乗った事は無い筈だ」

「では初対面か?渡せ、とそう言った筈だ」

 リュウゲンは答えるつもりは無い様だった。全ての相手にそうする様にただ、ラークに命令する。

 しかし、ラークは剣を納める様子も無くリュウゲンと対峙したまま動かない。

「力づくで無ければ伝わらないか」

 リュウゲンは手に持った刀に力を込め、踏み出す。

 が、振り上げた手は止まり、刀が音を立てて落ちた。

「――時間が無いんだ、僕が貴族なら斬らないと思ったのかい?」

 声を上げる間もなく、リュウゲンは人形の様にばたりと前のめりに倒れる。

 ラークはそれを確認して彼に背を向けると、洞窟の奥へと飛び出して行った。

 リュウゲンは動かない、彼から流れる血が一面を池の様にしていく。

 それが、スプラウツを操ってきたジェイン・リュウゲンの最期だった。

 切断された眼帯が地に落ちる。

 その下から現れた彼の左目は――

 

 クロウと同じ、闇に染まった色をしていた。

 

 

 エミス洞穴の最奥は、カンデラス火山同様に半球形の空間になっていた。

 入り口からここまで壁面を走っていた幾何学模様の光は、中央の三重の円形の台座に集まっている。

 そこに置かれている光の宝珠サンクォーリストの光は雲の様に生き生きと動いていたが、その輝きは自然のものではない無機質なものだった。

 それを映した壁面は奇妙な昼の空の様な、存在しない星空のような、不思議な光景を作り出している。

 ラークは急いでそこへ駆け寄ると、手を宝珠にかざして言った。

「へルトガードの名において(くさび)を解き放つ、光より闇へ流れる軌跡を天空の焔と描け……力を貸してくれ、サンクォーリスト」

 宝珠の光が強くなり、その雲の様な流れが加速する。

 壁面を走る幾何学模様の中を光が蜘蛛の様に走り、大気が深術士(セキュアラー)でないラークにも分かる程に震えて大きく動き、その変動はエミス洞穴全体、そして森を抜けて、炎が荒れ狂う王都シントリアにまで及んだ。

 

 

  ―(ディープス)RC(リコレクト)変化―

 

浄破(じょうは)滅焼闇(めっしょうえん)!!」

 炎が、エッジとクロウの二人を飲み込もうとしていた。

 その寸前、ラーヴァンの闇の槍と火の宝珠の炎が互いを打ち消す事で空気中に溢れていたディープスをエッジの剣が吸いこみ、黒い焔となる。

 D・RC変化は使用者の能力とは無関係に、扱うディープスの量で威力が決まる。

 エッジは両者の力を利用する事で、クロウが防ぎきれなかった炎を撃ち払った。

「ごめん、助かった!」

「いい、それよりルオンを」

 二人を乗せたラーヴァンは炎の壁を抜けた。

 クロウが身を乗り出して、火の宝珠を操り続ける少年に手を伸ばす。

 彼の瞳は何も映しておらず、その手は自らの意思で離せないかの様に赤い輝きに貼りついていた。

 クロウは火の宝珠を無理矢理、彼の手から叩き落とす。

 

 クロウの手が宝珠と触れた瞬間、彼女の頭の中を炎の景色が埋め尽くした。

 視界が塞がれクロウはパニックに陥りかけるが、自身の中から別な力が清水の様にその光景を振り払ったお陰ですぐに平静を取り戻す。

(こんなもの、ずっとルオンは使ってたの?……ラーヴァンに守られてる私でもこんなに影響があるのに)

 一旦エッジとクロウは地面がむき出しになった街の石畳に降りた。

 術士がいなくなっても、街全体にまで及んだ程の規模の深術は消えず炎の勢いは衰えない。

 クロウは白髪の少年に駆け寄る。

「ルオン、戻ってきて。お願い……」

 少年の見開かれていた目は幾分緊張を緩め、ただ虚ろに宙を見ていた。

 と、大気が変わったのを感じてエッジとクロウは顔を上げる。

 

 炎は未だに中心だったこの場所を取り囲んでいたが、それを三人から遠ざける様に白い光の壁が形成されていく。

 彼らの周囲だけではなく、街中で同じ事が起きていた。宙を荒れ狂っていた炎の蛇が光で繭の様に覆われ地へと落ちていく。

 辛うじて生き残っていた人々を守る様に、リアトリスが使った光の障壁によく似た壁が作られ火の勢いをみるみる削いでいく。見た目は似ていても、その壁は決して炎に負ける事は無かった。

  

 エッジとクロウには何が起きたのか分からなかったが、少なくともこれ以上被害が広がる事は無いのを感じとって二人は安心する。クロウが手を握るとルオンもそれを軽く握り返し、彼の呼吸は安定していた。

「ルオンはまだ大丈夫、すぐに戻ろう」

 ほっとした様子でクロウはエッジを振りかえり、エッジは少し曖昧な表情で笑った。

「ああ……」

 エッジの態度にクロウは何か違和感を覚え、彼の挙動を観察する。

 クロウの視線が右腕に移るのを見たエッジは、反射的に右手を後ろに隠す様に回した。

「待って、エッジ」

 クロウが厳しい声で言って彼に近付くと、エッジが隠した右手を前に出させる。

「痛、」

 エッジの右手は直接炎で焼かれた様に、真っ黒になってしまっていた。

 クロウは動揺する。

「何で?さっきの炎直接浴びたの?私全然気付かなかった……」

 エッジは痛みを堪えながら、それを否定する。

「違うよ、大丈夫。あの技出すのに俺の武器だけじゃディープスを扱いきれなかったから、余剰分を右手に再集束(リコレクト)したんだ」

 エッジがやった行為は、自分の右手を燃やしたのも同然だった。

 クロウは目を丸くして、それから怒鳴る。

「何してんのよ!」

「いや、炎に呑まれたら二人とも死んでただろ?命と右手じゃ(はかり)になんてかけられない」

 エッジの言葉に、クロウは詰まりながらも反論する。

「じゃあ……隠さないでよ!処置が遅れて本当に手遅れになったらどうする気?」

 エッジはそれを突かれると少し困った様な表情を浮かべて言い訳する。

「いや、ほら。ちゃんと後でリアトリスに言って治して貰うつもりだったから」

 クロウはすぐに自身に出来る初歩的な治癒術でエッジの手を治し始める。彼女の術でエッジの痛みは引いたものの、完全に変質してしまった皮膚はあまり元に戻らなかった。

 クロウは悔しそうに口元を引き結ぶ。

「それは、私の術なんて頼りにならないかもしれないけど、それでもすぐに何もしないよりはマシなのに」

「迷いは人を弱くする、俺が弱かったらクロウが前を向いていられない。だって俺が怪我したりするって知ったら、クロウ絶対気にするだろ?」

 そんな事ない、とそう言い返そうとして、クロウは出来なかった。

 自分の中には確かにそういう弱さがある、と彼女は認めざるを得なかった。

「……かっこつけ無いでよ、馬鹿」

 (うつむ)くクロウの手を、傷ついた手でエッジは優しく握った。

 

 

「これ、あいつがやったのか……」

 街の外で一部始終を見守っていたクリフが、(かたわ)らに共に残ったリアトリスに呟く様に尋ねる。

 リアトリスはまだ暗い表情だったが、多少落ち着いていた。

 光の宝珠の力で炎が収まってから少しずつ、少しずつ、生き残った人達が街の外へ出てきていた為、助かった実感が辺りの人の中に広がり始めていた。

 痛みと喪失感は誰にとっても耐えがたかったが、今この瞬間だけは皆の中にはまず安堵があった。

「間違いないと思う、これほどの力は他に無いし。あんな術は人の手が及ぶものじゃないよ」

 リアトリスは再び、先程の術を使った時の事を考える。

「人一人の力って何て無力なんだろうね。宝珠の力を前にしたら……人間もシンも何も無いんだって思い知らされた」

 彼女の言葉にクリフもまた表情を暗くする。

「ああ、俺もだ……」

 彼もまた無力さに拳を握りしめた。

 と、二人の前にボロボロになった姿の見覚えのある女性が現れる。

「あら、よりによって貴女だけ?」

「え?」

 リアトリスがいきなり声をかけられて困惑し、声をかけてきた相手の記憶を辿った。

 そして、彼女が背負っているのが気を失ったアキであることに気付いてようやくリアトリスの中で記憶が繋がる。

「あなたは、セオニア王国で会った……」

「リョウカよ、タリア・リョウカ、この子の姉。仲間でしょう?連れて来てあげたわよ」

 自分から名乗ると、長く熱い空間を歩いてきたリョウカはアキを下ろして崩れ落ちるように膝をつく。

「え、姉……って、え?え?」

 以前アキに敵意を剥き出しにしているところを目にしていたリアトリスは混乱する。

「大丈夫かよ」

 倒れ込んだ彼女を見かねたクリフが助け起こそうとすると、リョウカは彼を疑わしげな目で睨んだ。

「誰よ、貴方」

「いや俺も居ただろその時!」

 リョウカは真剣に考え込み、それから結論が出たらしく言い切った。

「あの時真っ先にそこの娘が反論してきたのは覚えてるけど、貴方の事は覚えてないわ」

「えぇ……あのなあ」

 クリフは助け起こそうとした手を止めて、呻き声のような声を出す。

 リアトリスは何とかフォローを考えた。

「えっと……ほら、あの時クリフさんラークの足元に倒れてて、その後も私達が治療してたから死角だったんじゃない?」

 落ち込むクリフの横で必死に励ますリアトリスを尻目にリョウカが続ける。

「二回も会って覚えてないんだから影が薄いだけじゃないかしら」

「そんなに俺――って、待て二回ってちゃんと覚えてんじゃねえか!」

 頭を抱えるクリフがはっ、と気付いて突っ込む。

 リョウカはそれを聞いて意地悪げな笑みを浮かべる。

「あら、エッジ達と会った回数で鎌かけただけかもしれないわよ?」

 う、と再び黙らされるクリフ。

 以前の様に本気で敵意を向けられている訳ではない為リアトリスは食って掛かったりはしなかった。

 ただ何処まで本気か分からない彼女の言動に「やめて下さい」と頼み、リョウカはそんな二人の様子を面白そうに観察する。

 そこへ、エッジとクロウも気を失ったルオンを連れて現れる。

「あんたらうるさ過ぎ。まあラーヴァン出してあんまり目立つ訳にもいかないし、すぐ見つかって助かったけど」

「みんな……アキも良かった、無事で」

 周りにも負傷した人間は大勢居た為、エッジとクロウが指名手配犯であることにまで気を配る様子は無い様だった。

 エッジは仲間達の顔を見回して、居ない人間に気付く。

「ラークは?」

 リアトリスが安心させる様に答える。

「大丈夫、さっきの光はラークが上手くやった証拠だから無事だよ」

 エッジもそれを聞いてほっ、と胸をなで下ろす。

「良かった、じゃあすぐに迎えにいこう!」

 その言葉にクロウが後ろからエッジの頭を小突く。

「馬鹿、なんでそうなるのよ。あんた怪我してるでしょうが、リアトリスに診てもらうのが先」

 リョウカもそれに続いて頼む。

「ごめんなさい、いきなり押しかけてきて迷惑だと思うけどトウカもお願い」

 突然頼られ、リアトリスは誰から診て良いか迷った様子だったが、特に殆ど初めてまともに話すリョウカに対し、引き受ける意思を示す為に笑顔を作る。

「えっと、でもリョウカさんもひどい火傷じゃないですか。大丈夫ですよ……全員治して、きっとその間にラークもすぐに帰ってきますから」

 それから傷の様子を順番に見始めた彼女からは、先程までの落ち込んだ様子は幾分鳴りを潜める。

 何であれやるべき事があるのは今のリアトリスにとっても良い事の様だった。

 念の為、目立たないよう森の中へ少し移ってから彼らはそれぞれの傷を癒し始めた。

 

 ―――――――――――

 

 エミス洞穴の内部、光の宝珠の前で青年は一人佇んでいた。

「相変わらず本当に躊躇(ためら)いが無いな、でもお陰で全ては上手くいった。君なら必ず光の宝珠の力を使うと思っていた」

 力を解放され、白い輝きを放つ宝珠を眺めてその青年は微かな微笑みを浮かべた。

「この世界の宝珠はあと一つ、何処にある?ディエルアーク」

 答える声は無い。

 ただ、彼の足元には血だまりがあり、その中で必死にもがくラークの姿があった。

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