TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第六十五話 例え誰かを殺してでも

 マーシレススパートの範囲は見る間に拡大した。

 ひと一人を包む程度だったそれは家を飲み込むほどに成長し、濃度を増したそれは直に触れる事さえ出来そうな密度になる。

 敵の間近で戦っていたアキとリョウカはそれに巻き込まれない様、後退する。

 出口の見えない闇の中で、レパートは動かなくなった右腕を振り回しながら目前に迫る死を振り払おうとした。

 そんな彼の無事な方の手を、エッジの手が掴んだ。

「!?な、エッジ?」

 自分の放った術の中に飛び込んだエッジの姿を見て、クロウは慌てて術を中断させる。

 黒い雲が晴れて遮断されていた暖かな空気がエッジとレパートを包む。

 肩で息をしながら二人はその場に崩れ落ちた。

 が、直後にレパートの周りで生まれたつむじ風が砂塵を巻き上げ彼の姿だけを隠す。

「逃がす訳無いでしょう!」

「ダメだ!」

 レパートに逃げられる前に黒い槍で敵のあらゆる逃げ道を塞いで止めようとするクロウの行動を、エッジが厳しい声で制止する。

「何言ってるの、今逃したらこいつは――っ」

 一瞬クロウが止まった隙に、エッジ達全員を砂塵が吹き抜ける。

 視界が晴れた時、レパートの姿は何処にも無かった。

 リアトリスはすぐにアキを治療する為に駆け寄り、クロウはエッジに食って掛かった。

「何してんの!あと少し私が術を中断させるのが遅れたら死んでたんだよ?その上で更に敵を庇うなんて、どうかしてる!」

 エッジはゆっくりと立ち上がる。

 その服の端々は真っ白に凍り付いていた。

「クロウが殺しちゃ、ダメだ。無理矢理戦わされてる子供を」

 エッジはクロウと睨み合う、彼女は気に入らなかったらしく眉間のしわが深くなる。

「無理矢理?あいつは命令も受けてなかった。遊び半分で戦いに来たんだよ、今見逃したところでまた同じ事の繰り返しだよ」

 エッジは首を横に振り、クロウと真正面から言い返した。

「命令を受けてなくても、彼に選択肢は無かったんだよ。セオニアでクロウは言っただろ『誰とも戦いたくない』って。戦わされてるだけの子供と、クロウとを殺し合いなんてさせられない」

「私の望みなんてどうでもいい!そんな事の為に、エッジやアキ達を死なせられる訳無いでしょう?」

「『そんな事』じゃない!クロウの望みは叶えられる、高望みじゃない」

「高望みだよ、私みたいな人殺しに今更そんな望み抱く権利なんて無かったんだから」

 クロウは背を向け、どこかへ足を向ける。

「待って、どこ行くの?」

 リアトリスの質問にクロウは彼女の方を見ないまま、感情を抑えた低い声で答えた。

「……さっきの狙撃してきたのルオンだよ、だから私が様子を見てくる。敵か味方かはっきりさせておいた方が良いでしょう?」

 そう言って、返事も待たずにクロウは仲間達の元から離れた。

 

「追いかけなくて良いのか?」

 クリフは彼女を心配して追いかけようとするが、アキがそれを止めた。

「今は、少し時間を置いた方が良いと思います。クロウさんが大丈夫だと言うなら、私達は待ちましょう」

 アキの治療が終わってリアトリスは彼女から離れ、リョウカが入れ替わる様にアキの隣に来る。

 その姉の様子に軽い出血だけだったアキは照れ半分に苦笑いするも、彼女の表情が真剣なのを見て大人しく左腕の状態を見せた。

 

 エッジはクロウの残した言葉に悩んだまま立ち尽くしていたが、そんな彼に助言するようにラークが声をかける。

「エッジ、これ以上クロウの事に深入りしない方がいい。この先君が辛くなるだけだ」

「……どういう意味だよ」

 エッジは言葉の意味がよく理解できず、困惑した表情で聞き返した。

 ラークはほんの一瞬思量(しりょう)した様だったが、エッジと隣に来たリアトリスにだけ聞こえる声で言った。

「この先、彼女を死なせなければいけなくなった時。君が耐えられなくなる」

 一瞬、エッジの頭が真っ白になる。

 けれど、ラークとリアトリスの表情がその可能性を本気で考えているものだと知って、エッジは戦慄した。

「死なせる、って。何で……」

「一番初めに説明したはずだ。宝珠を元の形に戻さなければ世界は崩壊する、そしてその欠片をクロウが持っている。だったら、元の形に戻す為に何をしなければならないと思う?」

 エッジは必死に頭を働かせる。

 クロウが持つ宝珠の欠片を取り出さなければ、宝珠は元に戻らない。

 そんな当たり前の事をどうして今まで考えてこなかったのかとエッジは自分自身に苛立った。

「でも……元々クロウは普通の人間だろ?宝珠の欠片が埋め込まれただけの物なら、取り外せば良いだけでクロウを死なせる必要は無い筈だ」

 話を聞いていたリアトリスが横から説明する。

「エッジ、どうして私達の髪とか目は一人一人違う色だと思う?これは、身体の中に皆が持ってる『属性』が表面化したものなんだよ。だから普通は髪の色と瞳の色は大体同じだし、それが変わることなんて有り得ないの」

 言われてエッジはその意味に気付く。

 彼女が術を使う時、瞳が黒く染まっていた事に。

 リアトリスは説明を続けた。

「でも、クロウは違う。闇の宝珠の力を使う時、明らかに身体の属性が変化する程の負荷がかかってる。それに、この前の姿……多分、宝珠の欠片を取り出すなら身体への影響が出るのは避けられないと思う」

 言いながら目を伏せる彼女に、エッジは震えながら尋ねる。

「知ってたのかリアは?クロウを……死なせる事になるかもしれないって」

「知ってたよ、クロウと初めて会った時から」

 口にしながら、自嘲の笑みを浮かべるリアトリス。

「全部知ってたよ、クロウの身体のディープスのバランスがおかしい事も、いずれはクロウから宝珠の欠片を取り出さなきゃいけない事も、そんな事をしたらクロウの身体がどうなるか分からないって事も――でも、考えない振りしてたの」

 彼女はエッジの事を見つめて、思い出す様に続けた。

「エッジの事見てたらね、本当にクロウを助けられる様な気がして……クロウを守る事が宝珠の欠片を守ることになるんだって自分に言い聞かせて、私は目を塞いでたんだよ」

 エッジは彼女の言葉にショックを受けながら、尋ねた。

「それでもリアは、クロウを助けたいと思ってるんだろ……?」

 リアトリスは首を横に振った。

「私は世界とクロウと、どちらかしか助けられないなら世界を選ぶ。私はシンの一員だから。例えクロウを犠牲にする結果になったって、私はこの世界を守る」

 絶句するエッジに対して、彼女は柔らかく微笑んで付け足す。

「エッジはクロウの側に居てあげて?私じゃ最後まであの子の味方でいてあげられないから」

 呆然とするエッジを置いて、二人は彼の側を離れた。

 エッジは味方を失った様な感覚を感じながら一人立ち尽くす。

「……」

 木の陰で隠れて聞いていたクロウは顔を伏せたまま今度こそルオンのところへ向かった。

 

 ―――――――――――

 

「くそっ、何だよ、何だよこれ……!」

 クロウの深術に触れ、右手が氷像のようになってしまったレパートは左手にまだ使える銃を握りしめ、凍った右手を庇うようにして森の中を逃げていた。

 視界の悪い中で彼は枝を見つけてはそれを慌てて避け、足元の石を見つけてはそれにつまずかない様足を動かし続けた。

 しかし、その焦りから彼は木の根に足を取られて地面を転がる。

 痛みから彼は自分の手が欠けた恐怖にパニックになり、右手を二度もなぞる様にしてようやく無事なのを確かめた。

「何でこんな事になったんだ……俺は、こんな事したかった訳じゃないのに」

 スプラウツの本拠地に戻れば治癒術を使える術士がいる。

 そこへ辿り着けばきっと治して貰えると、そう願う事で恐怖を抑えながら彼は逃げ続けた。

 クロウと、何処へ行っても戦いから逃れられない現実の両方から。

 

 ―――――――――――

 

 クロウが見つけた時、ルオンは驚く程静かにその場に立っていた。

 既にフレキシブルスナイプも構えておらず、以前の様にクロウに対して攻撃しようともしない。

 彼女の姿を見つけたルオンは、仲間として当たり前の様に敵意の無い声でクロウに言った。

「『火の宝珠を使え』っていうのが最後の命令。でも、もう命令は無い」

 その瞳はひどく遠くを見ており、何をして良いのか分からないと迷っている様にも見えた。

 クロウはそんな彼の様子に胸を痛める。

「だから、仲間を守る。けど、レパートも仲間。僕は――」

「ルオン……」

 呆然と、ルオンは手の中の弓を見つめた。

 俯く彼の首筋に目をやったクロウは、そこに獣の様な体毛があるのを確かめてカンデラス火山でのフレットとのやり取りを思い出す。

「次は何をしたら?クロウ」

 それは迷っている人間の言葉ではなかった。

 ただ、ただ機械の様に疑問も持たずに、ルオンは誰かに命令されるのを待っていた。

 クロウはいたたまれなくなって、自分よりずっと小さな彼を抱きしめる。

「もう良いんだよ、ルオン。悪い夢は終わったの。だから、これからはあなたがやりたい事をやって良いの」

 クロウの腕の中でルオンは首を傾げる。

「やりたい事?それ……命令?」

 一瞬クロウは当然望みはある筈だと思い込んでいた自分の考えを恥じて撤回しようかと考えるが、すぐに思い直して頷く。

「そうだよ、やりたい事を見つけるの。何が何でも……出来ないなんて絶対許さない」

 ルオンは考え込み、それから答えた。

「じゃあ仲間を守る。クロウは、仲間だよね?」

 はっ、とクロウは顔を上げる。

「……当たり前じゃない」

 何の(てら)いも無く自分の顔を見つめる彼に応えてクロウは笑った。

(レイン、ルオンの事は私がちゃんと守るから)

 今は亡き友にクロウは心の中で誓った。

 

 ―――――――――――

 

「傷大丈夫か?アキちゃん」

「心配性ね、あの位のかすり傷で」

「いや、あんたの方が心配してただろ」

 未知の敵を相手に真っ先に最前線で戦ったアキを気遣うクリフの様子に、リョウカが呆れた様に突っかかる。

「私は身内だもの、妹に馴れ馴れしく近付かないで。ちゃん付けも無し」

 辛辣な当たり方をする姉をアキは制止する。

「クリフさんは心配してくれてるだけです、呼び方くらい気にしませんから」

 それを聞いたリョウカは口元に笑みを浮かべて、クリフを睨む。

「ほら嫌がってるじゃない」

「じゃあ、なんて呼べば良いんだよ。呼び捨てにしろってのかよ」

「クロウのことは呼び捨てにしているでしょう?二歳下なだけで私の妹を子ども扱いしないで」

 

 ラーク達の間で交わされていた話を知らないまま騒々しく会話を繰り広げる三人を見つめながら、リアトリスは尋ねた。

「ねえ、ラーク……エッジもう居ないよね?」

「ああ」

 鋭敏な聴覚を持つラークが小声で保証する。

「何でクロウだったのかな、何で人の体に宝珠を埋め込むなんて事したのかな」

 ラークは彼女の弱音を責めなかった。

「宝珠の力は人が手にするには大きすぎるものだ。例えクロウに埋め込まれなかったとしてもどこかで必ず別な形で犠牲になる人間は出た筈だよ。だから、僕達は人の手から宝珠を遠ざけなきゃいけない。これ以上クロウみたいな子が出ない様に」

 リアトリスは頷き、それから付け足した。

「うん、分かってるよ。大丈夫。ただ――ああ、駄目だね私。こんな事口にしたらまたラークが辛いだけだって分かってるのに」

 リアトリスはラークの肩に縋る様に顔を伏せる。

「私クロウを死なせたくない……クロウが生きちゃいけないなんて思いたくないよ」

 ラークはその言葉を否定しなかった。

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