何とかプロトアーサー引いたけどこれだけ引いて勝ちとは言えないレベルの課金額でしたわ。
神奈川県七浜市。
日本の政令指定都市の一つであり、国際港の存在や中華街や赤レンガ倉庫といった観光地によって賑わう地である。
「さてと……新宿ってのはどうやって行けばいいんだったかな」
そんな七浜の大さん橋国際客船ターミナルに着船した豪華なクルーズ船から誰にも気が付かれる事なく降り立った男は、ポンチョに付いていたフードを目深にかぶって顔を隠しながらそう呟くと観光地案内の掲示板や旅行客には一切目もくれず、懐から封筒を取り出し、中に入っていた手紙を読み始める。
「まずはみなとみらい線の日本大通り駅から横浜駅に行ってそっから湘南新宿ラインに乗り換える……って、電車一本で行けないとか面倒な国だねぇ……案内無しだとしんどいわ」
必死で案内板を見ながら手紙に書かれた道順通りに歩を進めようとしている男がこの国に訪れたのは観光ではなく、この手紙を送ってきた者と会う為であった。
「電車とか乗るより走った方が早いが、場所わかんねぇし。いけばわかるだろって思ってたが……日本の交通機関を甘く見ていた……」
そう言って頭を掻く男の姿は一見すれば多少風変わりな格好ではあるが観光地で迷う旅行客と差異はない。
だがその周囲はあまりにも異質であった。それは周囲の人間に異常があるからではなく、むしろなんら不自然なく、独り言を呟く男の横を通り過ぎていく。
―――まるで男が見えていないかのように
関わらないように意図的に無視しているのではなく、本当に男がそこにいる事を誰も認識していない。
その証拠に前を向いて歩いている者達は皆、男を避ける素振りもなく、軽やかな足取りで歩く男が避けなければぶつかってしまうだろう。
「まぁ何とかなんだろ。会うのは明日だし、今日は観光でもさせてもらうか」
そんな異常を当然のように受け入れているその男は、やがて悩んでも無駄だと悟ったのか諦め、前向きに考えることにして鼻唄を歌いながら人混みの中に消えるのであった。
―――――――――
「新宿は魔境だわ」
翌日、日が完全に落ちた時間になって新宿駅から出た男の第一声はそれだった。
七浜に着いた日にせっかくだからと中華街で美味い物、特に好物の焼売の出店を満喫し、普段使わず貯まっていた金を糸目をつけずに使って高いホテルで一泊してから余裕を持って出発。予定より早く新宿駅に到着し、暇だったのでギリギリまで散策しよう新宿駅の中を適当にぶらつく事にした。
―――それがいけなかった
目的もなく駅周辺ぶらついた結果、自分が出てきた出口の位置を忘れ、待ち合わせ場所への道順がわからなくなってしまったのだ。
最初は普通に歩き回りながら探したのだが、待ち合わせの時間が迫ってきたため、最終的には知り合いの気配を察知しておおよその位置を補足、見事に反対側だった為、新宿駅の上を跳躍して向かうという強行手段で魔境を乗り越えた。
(名付けるならば悪性隔絶魔境新宿。とりあえずもう一人で来るのはやめとくか)
全くなんとかならず、新宿に屈した男は内心で思い付いたネーミングに満足しつつ、一人で都心に来ない決意をすると気配察知によって位置を把握した人物のいる待ち合わせ場所へと進んでいく。
それからしばらく進み、目的地であった新宿にある高級ホテルの最上階のバーへと辿り着くと入口から中を覗き込み、奥の座席に座る男性の後ろ姿を確認するとそのまま静かに歩を進めてその隣へと座る。
「遅くなってすまん。ちょいと迷ってた」
座ると同時に男が声を掛けた瞬間、その男性の視線がこちらに向けられる。その表情には僅かな驚愕の色があり、声を掛けられる瞬間まで男の存在を認識していなかったのだとわかる。
この場どころかこの国に似つかわしくない軍服を身に纏った初老の男性であった。一見すればコスプレのようにも感じるが、その様になっている様子や厳格な様子から本職の軍人なのだと見た者に直感的に理解させる雰囲気があった。
男性軍人の名はフランク・フリードリヒ。ドイツ軍の中将であり、彼こそが手紙を使って男を日本に呼び寄せた人物である。
「相変わらず完璧な隠蔽能力だね。今回も全く気が付けなかったよ」
「そういう異能だからな。簡単に見つかるようなら異能認定されねぇさ」
「ハハハ。確かにそうだ」
最初は驚いた様子を見せたフランクであったが、声を掛けてきたのが待ち合わせの相手であったと気が付くと穏やかな笑みを浮かべながらそう答える。年齢差が二回り以上あるはずなのにその口調と声色は年の近い友人に対する物と変わらない。
「正直あの手紙を君が読んでくれると思っていなかった。今日も待ち惚けとなる可能性が高いと思っていたよ」
「たまたまドイツに用があってな。ついでにと隠れ家に寄ったらアンタからの手紙がある事に気が付いた。まぁ見つけた時点で約束の日を過ぎてたら直接会いに行ってたさ」
「こうして無事な姿を見れて安心したよ。『闇の侠客』の名は耳に入っていたから生きている確信はあったがね」
「そっちも壮健そうで何よりだ。アンタの場合は表でも有名だからあまり心配はしてなかったがな」
そう語り合う二人の関係を一言で表すなら恩人同士と言うのが適切かつ妥当だろう。
数年前とある出来事で男に救われた恩を返したかったフランクは、その後ある事情から身を隠さねばならない立場になった男の為にドイツ国内に隠れ場を提供した。
それ以来、火急の件ではない依頼をフランクから受ける関係となっていたのだが、ここ数ヵ月は男の事情でドイツに寄らなかったせいで音信不通となっており、男と連絡が取れないフランクは提供した隠れ家に本日の日付と場所だけ書いた手紙を置き、ここに来たのである。
後は男の言うとおり偶然その手紙を発見、名前はなくともこの場所を知る人物は一人しか知らない上、仮に罠であっても突破する自信があった男は躊躇いなく来日し、二人は無事に再会したのである。
「そういえば今日は猟犬の奴を連れてないんだな。護衛三人とか無用心過ぎないか?」
「バーの中にいる一般人に紛れさせた部隊の者の数を当てるとは見事だね」
「こっちに意識向けすぎだ。気付いてくれって言ってるものだよ。ついでに俺が異能を解除して現れた時に警戒したろ? 紛れるつもりならもうちょい練習がいるな」
「その助言は有り難く受け取るよ。流石は梁山泊最強の名を持つ天―――」
「フランクさん」
何かを言い掛けたフランクの言葉を男が遮る。フードの下からフランクを見る男の眼光は先程と一転して鋭く、氷のような冷たさがあった。
「主への忠義と共に我が星は消えた。故にその名は我が物に在らず。そして星を継いだ時に親から貰った名も捨てた。今の俺は名も無きただの無頼漢だ」
「そう……だったね。済まない。少し飲み過ぎたようだ」
「いや。こちらこそ済まない。どうか過去を忘れられぬ小僧の戯言と聞き流してほしい」
謝罪を口にしたフランクへ男は逆に机に額が付くほど頭を下げる。その様子は常に纏う軽快な雰囲気も先程までの冷徹さも無く、誠実で真摯な好青年にしか見えないだろう。
「頭を上げて口調も普段通りに戻してくれ。君にそうされると私も心苦しいからね」
「その寛大な心に感謝する。償いにもならないが、アンタの依頼を受けよう」
「……お見通しか」
「当然だ。フランクさんが意味もなく俺を呼ぶ訳がないから」
男の言葉に苦笑を浮かべるフランクに対し、男が確信を持った口調でそう答えるとその通りだと言った笑みを浮かべながら頷き【依頼】の内容を話し始める。
「実は日本の学園に四月からクリスを通わせることになってね」
「クリスを?」
覚えのある名を聞いた男が意外といった様子で声をあげる。クリスとは彼の娘の名であり、同時に数年前にフランクと出会った出来事における中心人物である。たまたま彼女を救った事が男とフランクを繋ぐ切っ掛けとなったのだ。
彼女とはそれ以来今日に至るまで出会う事が無かったが、自身が背中に刻んだ【義】の文字や花の入れ墨を見てはしゃいでいたのをよく覚えている。
「よく許可したな。絶対認めないかドイツ軍丸ごと日本に送り込んで護衛にでもするかと思ったが……」
そして同時にフランクが娘を溺愛しているのは出会った頃から良く知っている事であり、そんな彼が娘を異国の地へと送り出す事を許可するとは思っておらず、それ故に意外であると感じていた。
「日本文化を見てみたいと言っていたからね。何、私も親馬鹿ではない。精々猟犬部隊の精鋭数名を常に交代で護衛に付けておく程度に留めておくつもりだ」
(いや充分だろう)
そう言いかけたのを堪えて心の中に留める。一見冗談のようにも聞こえるが、ドイツ名門一族の当主であるフランクの持つ権限ならば丸ごとは無理でもドイツ軍を動かす事は容易く、本当に娘の護衛の為だけに軍の精鋭を送るつもりなのだと男は確信していた。
「そして私の依頼とはただ一つ。クリスが日本にいる一年間、その護衛を君にして貰いたい」
「猟犬を常時付ければ大丈夫だろうとは思うが、俺までいるかねぇ?」
フランクの依頼を聞いた男は首を傾げる。二人が時折口にしている猟犬というのはドイツ軍における女のみで構成された特殊部隊の名であると共に、その隊長を務めている女、マルギッテ・エーベルバッハの二つ名でもあった。
彼女と一度手合わせした事がある男は、自身の攻撃を
「マルギッテの実力は疑っていない。猟犬部隊も精鋭揃いだからね。そこに不安はない」
男の問いにそう答えるフランクの言葉に嘘は感じられず、彼女達の強さを信頼しているのが伝わってくる。
「私が恐れているのは君が敵になる事だ。君が敵となる可能性がある事が私は何よりも恐ろしいのだよ」
「大袈裟だねぇ。心配せずとも
フランクの言葉を男はカラカラと笑いながら否定する。それは今の言葉が本心であると告げると同時に、何らかの条件が揃えば敵になるという事を示しており、フランクの背筋に冷たい物が流れる。
「まぁ。安心してくれ。その依頼は承った。この国に正規で留まれる身分をくれ。後は何も要らない」
「そういう訳にはいかない。しっかりと報酬は用意させてもらうつもりだ」
「金は余ってるし地位は邪魔だ。そして今は名誉に興味はない。そんなもんより正規の立場のが価値があるさ。それで?日本の何処に住ませるんだ?」
報酬の話は終わりだと言うように無理矢理話題を切り替える。クリスが住まう場所が今後の拠点になるのは間違いない為、男にとってはこちらの方が重要であった。
「武の総本山である川神。そこにある川神学園に二年生として通わせる予定だ」
「川……神……?」
川神という言葉を聞いた瞬間、男の顔色が変わる。表情の変化はあれど常に強い意思があった男の顔には困惑と動揺の色が浮かび、まるで迷子になった子供のような不安定さがあった。
「川神がどうかしたのかね?」
「懐かしい……いや懐かしくない。俺は川神なんて場所を知らないはず……だがあいつらと約束した……約束ってなんだ? あいつらって誰だ?」
初めてみる男の変化に戸惑うフランクが男の肩に触れ、声を掛けるが男は反応せず、ただ独り言を呟くだけであった。
「仕方ない……」
尋常でない様子の男を見てフランクが覚悟を決めたような様子で呟く。強い衝撃を与えれば正気に戻るかもしれないが、恩人に暴力を振るう事に躊躇があったフランクは、精神的に揺さぶりをかけて覚醒を促す判断を下した。
―――それは彼が捨てた名
かつて男が誇りと共に名乗り、今は自らへの侮蔑として呼ばれることさえ苦痛となってしまった現代における世界最強の暗殺者に与えられた異名。
「……『天巧星』、燕青!」
「?! その名で――!」
燕青と呼ばれた男の目に憤怒の色が宿ると共に、その意識が覚醒する。そして男はフランクに対して怒鳴ろうとする直前、ここがバーであり、自身の精神が不安定であった事を思い出す。
「……済まないフランクさん。迷惑を掛けた」
そしてそんな自分を戻すために敢えてフランクがその名を呼んだのだと理解した男、燕青は再びフランクに対して謝罪と共に頭を下げた。
「こちらこそ名を呼んで済まない。恩人であり娘が気に……入っている人物に暴力を振るいたくはなくてね」
「懐の拳銃握りながら言われても説得力がないが、気持ちは伝わったよ」
娘の恩人に無礼を働きたくないという理性と娘に近付く男を許さない本能という、相反する二つの考えから心と身体が乖離した行動を取ろうとしているフランクに対して苦笑を浮かべる。
「ところでかなりの動揺が見られたがら川神がどうかしたのかね?」
「……わからん。ただ川神の名を聞いた瞬間、既視感のような違和感のような感覚が……もう何も感じねぇけど……。死ぬほど嫌いな名前を呼ばれたせいで飛んじまったわ」
「その事に関しては―――」
「冗談だ。気にしないでくれ。それに一回呼ばれたら何か変にスッキリしたしな」
再び謝罪を口にしようとしたフランクに笑顔を向けながら男は呼ばれた名に想いを馳せる。
―――『天巧星』燕青
それがかつて所属していた組織にて与えられた男の称号であり、不本意ながら裏社会において絶大な知名度を持つ悪名である。
天涯孤独のみであった己の才覚を見出したある男に拾われてから鍛練し、今から六年前、十二歳の頃に幼少の名を捨てて燕青の名を拝命した。
それ以降所属していた組織の命で多数の咎人を殺し続け、それにより救われた者からは感謝を、咎人の配下だった者達からは憎悪を込めて燕青の名を呼ばれ続けている。
「名を捨てても罪から逃れられる訳じゃねぇのはわかってるんだがねぇ……」
そう自嘲するように呟く燕青の声には深い後悔の色があった。
「まぁ。辛気くさくなるしこの話は止めようや。それじゃ俺は先に川神に向かうから用意ができたら来てくれ。気配を察知して会いに行く」
燕青はそういうと立ち上がってフランクに背を向けると、フランクが一瞬驚いた後、感心した表情に変わる。
「異能【気配遮断】。君が他者に干渉する意思を捨てればその気配を完全に消し去る能力。私には君の存在を既に認識できないから伝わるかわからんが、娘を頼むと言わせてもらうよ」
フランクの呟きを聞き届けた燕青はイタズラが成功した子供のような笑顔を浮かべながらその場から立ち去ったのであった。
燕青さんの名前だし。もうちょっと隠したかったけど隠して書くのは書くので案外手間だったので素直に披露しました。