真剣で浪子に恋しなさい   作:ビーハイブ

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お久しぶりです。夏イベとハロウィンから再熱して書いてたのですがなかなか納得できなくてちょくちょく直してたら約半年経過してました。


来訪

 

 

 

 

―――川神

 

 

 七浜に隣接する政令指定都市であるこの地は、他の都市には無い2つの強大な影響力を持つ組織が存在する。

 

 一つは武の総本山と謳われる川神院。もう一つは世界三大財閥の一つである九鬼財閥の極東本部。この二つの存在から川神には武の実力者が集まりやすく、武器種を制限しない武闘大会と言った他の地区では見ない風変わりなイベントが開催されている場所であった。

 

「川神に到着……っと」

 

 そんな川神の玄関口とも言える川神駅。春先特有の肌寒い風と暖かな正午の光に照らされた駅の入り口に燕青の姿があった。

 

 その服装は昨日の物とは異なり、紺色のジーンズとフード付きの薄手の灰色のパーカーといったこの国では違和感のない格好に変わっている。腕を覆っていた重厚な手甲は外され、右肩に掛けられたシンプルな白い胴着入れの中に収められている。

 

 あの後フランクと別れて電車に揺られ七浜へ戻った燕青は、今後しばらくの拠点となる街の基本的な情報を調査。同じホテルで一泊過ごした後、この川神の地を訪れた。

 

「これは……」

 

 だが駅を出た瞬間、目に映る光景に違和感を覚える。初めて訪れた場所にあった何の変哲もない在り来たりな駅前の光景を燕青は懐かしいと感じたのだ。それは既視感などと言うものではなく、明らかに知っている景色を見たからこそ感じる感覚であり、その理由は何なのかと燕青は一人思案する。

 

「うん! わかんねぇ!」

 

 しばらく考えていた燕青であったが、心当たりを思い出せる気配が一切ないと判断するとあっさりと諦め、いい笑顔でそう宣言する。

 

 その声は普通ならば周囲の意識を集めるような大きさであるのにも関わらず、誰一人として一切反応を示さない。これには昨夜フランクとの会話で出てきた異能と呼ばれる特殊な力が関わっていた。

 

 

―――異能とは人が生まれながらに持つ先天的な特殊な能力の事である

 

 

 後天的な努力で獲得できない固有の才覚であり、大抵は戦闘能力に影響を与えるものであるが、燕青のかつての仲間には他者の意識を乗っ取る【憑依】という異能を持った例外も存在している。

 

 そして燕青の異能【気配遮断】はその例外に該当する異能の一つである。文字通り自身の気配を完全に遮断して存在を感知させない最高クラスの隠蔽能力であり、今まで燕青が1度も相手に認識されなかった理由であった。

 

 この効果は燕青が攻撃行動に入るか他者に接触するまで持続する上、彼が異能を解除するまで認識する事はほぼ不可能。さらに燕青が望めば相手が目の前にいても即座に気配遮断状態へと戻る事が出来る。

 

 当然万能の能力などこの世に存在するはずがなく、燕青の異能にも弱点が存在しない訳ではないが、確実な先制攻撃と如何なる状況下でも高確率での脱出ができる文字通り一撃離脱の暗殺術を可能とする力。

 

「んじゃ、とりあえず……」

 

 発動中は気配だけではなく聴覚と視覚すら欺く強力な異能を持つ燕青はそう言いながらパーカーを被ると―――

 

「目的地に向かうとしますかね」

 

 

――――何の躊躇もなく解除した

 

 

 存在を感知不可にする異能を解けば当然周囲にその姿が見えるようになるが、誰もが見れば振り向くような整った顔と全身の入れ墨、そして特徴的な手甲を隠し、その国にあった服装を身に纏えば体格や背丈は平均的な大きさである燕青が注目される要素はない。

 

 むしろ異能を解除する瞬間にたまたま傍にいた着物の少女が「にょわっ!」と特徴的な声を上げて驚いたせいで周囲の視線は全てそちらに集まり、それを利用して燕青は人ごみを逃れてこの場から何の問題もなく抜け出すとそのまま歩き出す。

 

「さて……。気は進まねぇが行きますかっと」

 

 事前に調べた大扇島という場所へ向かうバスへと乗り込み、一番後ろの窓際へと座る。

 

 『気』と呼ばれる人の肉体で発揮できる力の限界を突破するのに必要な才能を持つ燕青は、新宿駅を飛び越えた時のように身体能力を強化する事で少なくとも一般的に存在を認知されている乗り物よりも圧倒的に速く移動する事が出来る。

 

 目的地の場所も頭に入れているので迷う心配はなく、バスに乗るより走った方が圧倒的に早いのだが、ゆったりと景色を眺める事を好む為、急ぎの事態でなければ公共機関を使うようにしていた。

 

 そんな理由からバスに乗り、窓から海岸に並ぶ無骨な工業地帯を眺めていた燕青だったが、目的地に近いバス停のアナウンスを聞いて視線を前に戻し、到着と同時に立ち上がると手早く清算を済ませてバスから降りる。

 

 そして走り去るバスを見送ると、燕青は再び気配遮断で存在を消し、鼻歌を歌いながらゆっくりと歩き出す。しばらく景色を見ながら歩いていた燕青であったが、やがて一つの建物の前で足を止める。

 

 燕青の眼前に建つのは中央が吹き抜け、下層付近に渡り廊下のような物がある特徴的な形をした高層ビル。その入り口には日本では珍しいメイド服を来た燕青より少しばかり歳が上に見える金髪の女性がまるで門番のように立っていた。

 この建物の名は九鬼極東本部。川神の武の二大拠点の一つであると共に燕青の目的地である。

 

 そして入口に立っているメイドもただのメイドではない。何故なら九鬼に属するメイド、執事というのは例外なく九鬼家従者部隊と呼ばれる九鬼家直属の護衛部隊の一員であるからだ。

 

 従者部隊と呼ばれる彼らは戦闘技能、家事スキル、一点特化の才能などから総合的な能力を判定され、千までの数字から優れた者ほど少ない数字が与えられると言う、メイドや執事とはそういうものであったかと疑問を覚えずにはいられない序列制度を取り入れた完全実力主義の精鋭部隊なのである。

 

「さて串刺し野郎はいない……訳ねぇよなぁ」

 

 だがそんな従者部隊の者を殆ど気に留める事なくビルの最上階付近を見ながら心底嫌そうな顔をして呟く燕青。ただそれは決して相手を下に見ているからではない。

 

 理由は二つあり、一つはどれ程実力があろうともこの状況であれば気配遮断を使っている自身を認識する事は不可能であると、この異能の特性と欠点を誰よりも知る燕青自身が理解しているという事。

 

「相変わらず化け物染みた気配してんなぁ……ホントに同じ人間なのかねぇ……」

 

 

――――もう一つはこれからの事を考えると気が重すぎてゆとりが無かったからである

 

 

 そもそも燕青が此処を訪れたのはこの建物、より正確に言えば彼の視線の先辺りにいる人物に会うのが目的であった。

 

 だが燕青はその人物に対してあまり好意的な感情を持っていない。むしろ嫌いとまでは行かないがマイナスの感情の方が強く、出来れば死ぬまで会いたくないと思っている相手であった。

 

 それでも会いに来たのはその人物とは川神にいれば遅かれ早かれ遭遇するのは間違いなく、もし出会ってしまえば確実に厄介な事にはなると確信していたので、それならばいっそ先に会って面倒を済ませておいた方がマシだと判断したからだ。

 

「まぁ愚痴ってもしゃーねぇし、さっさと顔見せるか」

 

 そう言いながら周囲に見えないのを良いことにその場で上着を脱ぎ去り、見事な刺青が彫られた鋼のように鍛えられた上半身をさらした燕青は、肩まで長さがあるアームカバーを身に付け、手提げ袋から愛用の手甲を取り出して装着すると来日した時に着ていた外套を身に纏い再び素顔を隠す。

 

『戦闘装束』に着替えた燕青はため息と共に異能を解除しようとしたが、建物の入り口から出てきたメイドの姿に気が付いて動きを止める。何故ならその人物は燕青がよく知る相手であったからだ。

 

「……よし」

 

 その姿を見てふとイタズラ心が沸き上がった燕青は、そのメイドが入口にいた金髪のメイドと言葉を交わし、見張りを交代したのを見届けると異能を展開した状態で背後に回り込み―――

 

「いよっ!静初!久しぶ――おわっ?!」

 

 そして驚かせようと耳元で声を掛けると共に異能を解除すると、返事の代わりに一切躊躇無く首目掛けて振るわれたナイフを後ろに跳んで避ける。

 

「あっぶねぇな?! 死んだらどうすんだっつーの!」

「おや、貴方でしたか。申し訳ありません。てっきり九鬼に仇なす賊かと思ってつい……」

 

 余裕で回避できるとは言えいきなり全力で殺しに掛かられた事に抗議の声を上げると、声から燕青の正体に気が付いた女性が表情を変えぬまま、綺麗なお辞儀と共に謝罪を口にする。

 

「ついでで首を斬り落とすのかよアンタは」

「ご冗談を。私程度の相手に殺される貴方では無いでしょう」

「いや俺だとわかる前に殺しに来たよな?! 大抵の奴等は確実に殺せる速度だったよな?!」

「私の背後を取れるような相手なら対処できる速さだったと思いますよ」

 

 燕青の突っ込みをしれっとした様子で流す女性。だが良く観察すれば淡々としていた口調は僅かに優しさが感じられ、無表情だった顔には微かに柔らかな笑みが浮かんでいる。それに気が付いた燕青はフードの下の表情で穏やかな笑みを浮かべる。

 

「んじゃ改めて。一年ぶりだな静初。相変わらず美人だねぇ」

「お久しぶりですね闇の侠客。……『今日、客(きょう きゃく)』として訪れた理由はなんですか……ふふっ!」

「いや、自分で言うのもアレだが侠(かく)であって(きゃく)じゃねぇぞ……てかそっちのセンスも相変わらずだな」

 

 先程までのクールな様子とは一転し、第三者からすれば非常に下らない駄洒落を言って自分だけ受けている少しばかり残念な女性の名は李静初。数年前から親交のある元同業者であり、九鬼家の当主の暗殺に失敗して捕まってそのまま九鬼家のメイドになったというなかなか衝撃的な経歴を持つ人物である。

 

 組織在籍時に色々あって死にかけていた彼女を助けた時から縁が始まり、同じ獲物を狙ったり、時には敵味方に別れて戦い、またある時には手を組んで協力した事がある相手である。

 

 両者共にプロ意識が高く、対立した際には私情を捨てて本気で殺し合い、そして常に燕青は静初に勝利し続けていた。だが一度助けた相手に燕青は非情になりきれず、毎回殺す直前で見逃し、それだけでなく彼女が困っていれば可能な限り手を貸す等、暗殺者としては失格の対応をしていた。

 

 対する静初も最初に救われた恩義を抱いていており、同時に燕青の性格を理解していた為、見逃される事に屈辱を感じておらず、むしろ色々と手助けをしていた燕青を好意的に見ていた。なので同業者と言うよりも友人感覚で接することができる先輩後輩といった関係に近かった。

 

「さて世間話はここまでにしましょう……闇の侠客、一体何用で此処に来たのですか?もし九鬼に仇なすつもりならば刺し違えてでも討たせていただきます」

 

 だが突如静初の様子が変化する。直前までの冷静でありながらも暖かみがあった声色が一転し、氷のような冷たさを感じさせる声へと変わったかと思うと、静初はその手に持ったままであったナイフを向けてきたのだ。

 

「今は九鬼とやり合う気はねぇって。どうせ帝さんからも話行ってんだろ?」

「えぇ。ですが貴方は一度は帝様の首に手をかけた相手。いくら友人であっても気を抜くつもりはありません」

 

 二人の口から出てきた帝と言う人物こそが九鬼財閥の頂点に立つ九鬼家現当主の名である。その者は静初にとっては雇い主であり、燕青も面識を持つ相手であった。

 

「まぁ、確かに()()()()油断一切してなかったなアンタ」

 

 燕青は和やかな会話をしながらも初手の一撃から一切隙なく首を狙っていた事に燕青は気が付いていたので突如敵意を向けてきた事にも全く驚いてはいなかった。

 

「つか何でそんなに警戒してんだよ。そんなにさっきのイタズラ気に入らなかったか?」

「それは別に怒っていません。単純に私が世界で唯一帝様の命を奪えると思っている相手が目の前にいるので警戒してるだけです」

「ずいぶん立派な九鬼のメイドになったもんだねぇ。能面みたいな面して殺しやってた時とは別人だわ」

 

 静初の強烈なまでの忠誠心を見て苦笑を浮かべながらそう皮肉を口にする燕青であったが、その声色には何処か彼女に対して羨望の色があった。

 

「……今の私は九鬼のメイドです。あの頃の私とは違います」

「……いや、いいと思うぜ。カタギに戻れるなら戻るべきさ……。さて何の用かって話だが……単純にアイツへの顔見せだよ」

「アイツ……ですか?」

 

 静初の姿を見て感じた()()を一度頭を振る事で消し去ると此処に来た目的を伝えると、訝しげな表情を浮かべている静初から意識を外し、左手を首に当ててコキリと音を鳴らす。

 

 警戒を外したのは彼女相手ならば対処が容易であると慢心したからではない。何故ならば燕青は誰であろうとも油断も手加減もせず、全力で仕留めるべきだという考えがあるからである。

 

 確かに静初の言うように燕青の方が実力は圧倒的に上であると両者共に確信があるが、戦いに絶対は存在せず、僅かな隙が敗北と死を招くと()()()いるからであった。そんな燕青が目の前の相手から意識を外した理由はただ一つ―――

 

「そ。わざわざ屋上に出てこっちに殺気ぶつけて来やがる串刺し野郎にな」

 

 

―――静初を上回る脅威がこちらへ明確な殺意を向けてきていたである

 

 

「うっ……くっ……?!」

 

 燕青がそう口にした瞬間、燕青のみへと向けられていた凄まじい殺気が周囲全体へと膨れ上がり、眼前に立っていた静初が耐えきれずに膝を着く。

 

 友人として支えてやりたい想いはあったが、燕青はそれを振り払い、その場で振り返りながら右手で全力の一撃を振るう。すると次の瞬間には首目掛けて迫っていた影と燕青の拳が激突し、凄まじい衝撃が生まれた。

 

「ちっ………!」

「ふんっ……!」

 

 右腕に残る僅かな痺れに舌を打つ燕青の耳へ、燕青へ強烈な()()を放った何者かの鼻で笑うような声が伝わる。それを聞いた燕青は相手の姿を確認する事なく、一瞬で相手の背後に回り込み、心臓目掛けて手刀を突き立てるが、相手が即座に反応して回避した為、僅かに左肩に傷を付けるだけの結果となった。

 

「ふんっ!」

「っとぉっ?!」

 

 そしてお返しとばかりに振るわれた蹴りを燕青は咄嗟に左拳で受け流すと後退し、そのまま中国拳法の構えを取って襲撃者と相対する。

 

 

――――そこにいたのは精悍な顔立ちの老執事であった

 

 

 執事服の上からでもわかる程極限まで鍛えられた肉体と老人とは思えぬほど強大な気と存在感。対面したならば武人でなくともこの老人が化け物と呼ぶに相応しい規格外の強さを有しているのだと感じ取れるだろう。

 

 そんな規格外の化け物はそのまま十秒程対峙した後、やがてゆっくりと口を開く。

 

「ふむ。軽い手合わせとはいえ、俺に手傷を負わせるとはさらに強くなったようだな」

「ざっけんな! 最初の一撃ジェノサイドチェーンソーじゃねぇか! それで首狙うとか殺る気満々だったろ!」

 

 そして出てきたのはやたら上から目線の誉め言葉であった。それを聞いた燕青は思わず湧き上がったイラっとした気持ちを抑えられずに口元を引き攣らせながら抗議を口にする。

 

 ジェノサイドチェーンソーというのはこの老人が生涯かけて磨いた必殺技であり、食らえば戦車が落とした硝子のように砕け散る威力がある。そんなものが身体に直撃すればどれだけ楽観的に考えても悲惨な結末しか想定できず、そんな一撃を一切の躊躇なく首に向けて放たれた燕青の怒りは当然の物と言えるだろう。

 

「ふん。あれを防げぬならば貴様はその程度だったという話よ」

「……まぁもういいわ」

 

 だが何処吹く風といった様子で全く詫びる様子がないのを見て燕青は怒ってもこちらが疲れるだけだと判断して諦める事を選んだ。

 

 そもそもこの老人に会いたくなかった理由はこうなるとわかっていたからであり、全力で殺しに来たのも燕青ならば何とかできるという信頼の表れであると思い込む事で無理矢理己を納得させて老人へと向き直る。

 

「久しぶりだなヒューム・ヘルシング。できれば一生会いたくなかったぜ」

「久しぶりだな()()。あの時よりも成長していて安心したぞ」

 

 心底嫌そうな声と顔でそう言った燕青に対し、ヒューム・ヘルシングと呼ばれたその男は心底楽しそうな声でそう返したのであった。

 




燕青の作中での強さを表現するためにヒュームと戦わせました。

なんやかんやで設定だいぶ変えたので展開も当初の4分の3程変わってたりします。

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