「よし、呼ばれたメンバーは全員集合してるな」
臨海学校二日目、俺といつものメンバーの葵、箒、鈴、セシリア、シャル、ラウラは一般生徒達とは隔離された海辺に集合している。この場に先生も千冬姉だけしかいない。
今日は生徒全員で、IS装備の各種試験運用データ取りが行われる。無論専用機持ちにはその名の通り国から専用の装備や秘密性の高い装備が送られてくる。そのため一般生徒とは隔離して性能チェックするのはわかるんだけど……なんで俺と箒はここにいるんだろ?葵は代表候補生だからなにかしら特別な装備の試験を任されるんだろうけど。しかしそれにしては…。
「織斑先生、何故わたくし達だけこのような場所に呼ばれてますの?本日はIS装備の試験運用データ取りが目的のはずでは?それに本国から送られてきた装備もここにはありませんし」
セシリアが当然の疑問を千冬姉に言った。そう、この場には試験用のIS装備が見当たらない。千冬姉が立っている横に、なにやら黒い横長の箱が一つあるが、そこにここにいる全員分あるとはとても思えないし。
「予定変更だ。その前にお前達にやって欲しい事がある。それはこの場で専用機を持っていない」
と千冬姉が説明を始めた時、
「ちーちゃ~~~~~~ん!」
とどこからか声が聞こえてくる。声が聞こえた方に顔を向けると、物凄い勢いで束さんが走りながらこちらに向かっている。そしてそのまま束さんは千冬姉に近づき、
「会いたかったよち~ちゃーん!」
と千冬姉に抱きつこうとした。が、千冬姉はそれを拒否。見事なアイアンクローで束さんの抱きつきを阻止した。…なんかヤバい位指が顔に食い込んでるんですけど。
「暑苦しくなるから止めろ束」
「ちぇえ~~。ちーちゃんのいけず~」
と言ってするりとアイアンクローから逃げた束さん。…やっぱこの人もただ者じゃないなあ。そして束さんは箒の方を向いた。
「やあ!今度こそ会えたね箒ちゃん!てか昨日は酷いよ箒ちゃん!私から逃げるなんて!」
「え、いやまあその…、なんというかつい」
「つい!ついで逃げてたの箒ちゃん!ってまあいいや。こうして直に会うのは久しぶりだね。いやあしばらく見ない内に成長したねうんうん。特におっぱいが」
「ふん!」
あ、箒が束さんを木刀で殴った。
「怒りますよ姉さん」
「殴ってから言った~!しかも木刀で~!酷いよ箒ちゃん~!」
と涙流しながら抗議する束さん。う~ん、相変わらず束さんにたいして態度が堅いなあ箒。いや遠慮無くどついてるから、それなりに心を許せる相手と思ってるのかな?
「おい束、こいつらに自己紹介位しろ」
束さんと面識が無い鈴達を指差す千冬姉。まあ鈴達も束さんの名を知らないわけないからもうわかってるけどね。皆驚愕の目で束さんを見つめている。
「ああ、そういや忘れてたね」
いけないけないと言いながら束さんはセシリア達の前に立つと、
「初めまして凰鈴音さん、セシリア・オルコットさん、シャルロット・デュノアさん、ラウラ・ボーデヴィッヒさん。私が天才であり、箒ちゃんの姉の篠ノ之束です」
と言って、深々とセシリア達にお辞儀をした。って、…………ええええ!!あ、あの束さんが!!初対面の人にきちんと挨拶をした上にお辞儀まで!!!横を見ると箒と葵もお化けを見るような目で束さんを見ている。
「え!僕達の事御存じなのですか!」
自己紹介する前に束さんから名前を言われシャルは驚いている。いや、シャルだけでなく鈴もセシリア、ラウラも驚いた顔をしながら束さんを見つめている。
「ええ、もちろん。箒ちゃんの友達ですもの。その位天才の私なら朝飯前ですもの」
「ほ、本当に貴方は姉さんなのか!?」
箒がかなり動揺した顔で束さんに詰め寄っていく。鈴達はそんな箒を頭に?マークをつけながら見ているが、俺と葵ならわかる。束さんが他人に対しあんな行動取る筈がないからだ。
「ぶーぶー!酷―い箒ちゃん。私は正真正銘天才で箒ちゃんのお姉さんの束さんだよー」
そして束さんは俺と葵の方を向くと、極上の笑顔をして、
「やっほーいっくん!一日振りだね!そしてあーちゃん、久しぶり!うんうん昔から思ってたよあーちゃんが女の子だったら絶対美人になると!いや私の予想は正しかったね。おっぱいも大きいし」
葵の胸を凝視しながらハイテンションで言う束さん。…束さんおっぱいネタ好きなんですか?
「束さんお、お久しぶりです。この姿になって直接会うのは初めてでしたね。そして昨日は薬ありがとうございました。おかげでこの通り元気になりました」
さすがに箒みたいに殴ったりしないが、微妙に照れているのか胸を隠す葵。
「いやいやお礼なんていらないよ」
「でも」
「いいからいいから」
「あ、あのすみません篠ノ之博士!」
葵が束さんにお礼を言っている中、セシリアが多少興奮しながら束さんに話しかけた。ちょっ!待て!
「高名なISの開発者の篠ノ之博士に是非とも、私のISを見て頂き」
「嫌」
セシリアが言い終わる前に、束さんは笑みを浮かべながらも拒絶した。
「え、いえその」
「嫌。悪いけど、セシリア・オルコットさん。貴方そのISを全然使いこなせてないもの。そんな未熟者のISを私は見る気は無いかな」
束さんは淡々とそう言って、その後鈴、シャル、ラウラの方を向いた。
「同じ理由で貴方達も同じ。頼んでも私は何も見ないからね。ま、ラウラ・ボーデヴィッヒさんはまだマシだけど、それでも私に何か意見言うのは早すぎかな」
束さんの有無を言わさぬ態度に、怯む鈴達。束さんは相変わらず笑みを浮かべてるが…わかる。鈴達に向けているあれは取りあえず笑ってるだけ。箒や俺、葵に向ける笑みとは全く違う。
「そ、そんな、わたくしが未熟者…」
セシリアがショックを受けた顔をして俯いている。…ISを開発した束さんに言われたからかなり堪えてるようだ。鈴達も複雑な顔をして俯いている。
「あ、あの束さん。そりゃ束さんは千冬さんを基準で考えてるからグア!」
「青崎、学園では先生と呼べと言っているだろ」
慌ててフォローしようとした葵に、容赦なく頭を殴る千冬姉。…いや千冬姉、さすがにここは空気読めよ。
「あははは!ちーちゃんは厳しいねえ!どんまい!あーちゃん!」
そんな二人を、笑みを浮かべながら笑う束さん。…さっきまでセシリア達に見せていた笑みとは違う、本物の笑みをしている。
「…なんか態度があからさまに織斑先生、箒、一夏、葵と僕達とでは違うね」
束さんと葵を見ながら少し落ち込んだ声で言うシャル。セシリアとラウラ、鈴も同感と言った感じで頷く。
「…いや言っとくが、これでもシャル達に取った束さんの態度は、俺達が知る中でも最大級の友好的な態度だからな」
「…そうなの?」
「…ああ。でも基本千冬姉、箒、葵、俺以外に束さん冷たいなんてもんじゃないから、あまり話しかけない方がいいぞ」
「…わかりましたわ」
心得えましたという感じでセシリア達は頷いた。
「…いい加減話を進めるぞ。束、例の物は」
千冬姉が束さんに言うと、束さんはふっふっふと笑うと大空を指差して言った。
「ちーちゃん!それはばっちりだよ!さあさあご覧あれ!」
そう束さんが宣言した瞬間、上空からなにやら縦に細長いひし形の金属の塊が俺達の目の前に落ちて来た。そしてそれの外装が捲れていき、中に一体の赤いISが入っていた。
「本邦初公開!これぞ箒ちゃんの専用機にして第四世代型IS、その名も紅椿!その能力は現行の全てのISを上回る束さんお手製の一品だよ!」
と言って大きな胸を張る束さん。その言葉を聞き、全員驚愕した。
「第四世代、だと…」
「各国でようやく第三世代の運用が始まってきたといいますのに…」
「それを飛び越えて第四世代…」
茫然とした感じで紅椿を眺めるラウラ、セシリア、鈴。シャルは実家を思い出してるのか…いやふれるのはよそう。
「じゃあさっそくフィッテイングとパーソナライズ始めようか箒ちゃん!お姉ちゃんがやってあげるからあっという間に終わるよ!」
「ええ、お願いします姉さん」
と硬い声をしながら言って、箒は紅椿に近づいて行った。
今姉さんは私の為に紅椿の調整を行ってくれている。姉さんの調整速度は素人の私が見てもわかる位…速い。学園の整備士が束になってかかっても姉さんには敵わない。いやそれだけでなく、科学という分野において姉さんに勝てる人等存在しないだろう。そんな姉さんを昔私は…
「うんうん箒ちゃん剣道の腕上がったね!筋肉のバランスを見てたらわかるよ~。いや~お姉ちゃん嬉しいな~」
「……」
姉さんが話しかけて来たが、…つい無視してしまった。しかし姉さんは気を悪くすること無く、笑顔で調整を続けている。
いや私もよくない態度だってわかっている。それに姉さんは私の為にこの機体を用意してくれた事もわかっている。妹からの初めての電話がこの機体が欲しいからかけたっていうのに、姉さんは物凄く喜んで、この機体を私の為に作ってくれていた。姉さんが肉親だからよくしてくれるというわけでは無い事も知っている。両親と姉さんの関係を見てたらそれはわかる。
ただ姉さんは、…私だからこの機体を用意してくれた。それは私にだって充分わかっている。でも、それでも、まだ私は姉さんのことは…。
姉さんの方を向くと、一夏と葵とで何か話している。先程セシリア達に笑みを向けていた時は驚いたが…昔から姉さんは私と千冬さんとあの二人にしか本当の笑顔を向けない。
一夏。私が専用機を欲しいと思ったのは一夏が原因だ。
男として唯一のIS乗りの一夏は専用機が与えられている。初めは私がよく知りもしないISの知識を絞り出し操縦を教えていたが…最近ではもう私と一夏の間では差はなくなってきている。そして一夏は何故か代表選の時もタッグトーナメントでもイレギュラーな事件に巻き込まれている。そしてその度に思った。私に専用機があれば…一夏と一緒に戦えるのにと。
葵。一夏と同じ六年振りに再会した私の幼馴染。かつては少年だったが今では少女となっている。…まあ見た目は昔から少女みたいだったからあまり違和感ない。そして葵の登場で…今まで私が思っていた常識は覆されてしまった。葵が来る前まではセシリア達と模擬戦で戦って負けても、訓練機の私が勝てる訳が無いと思っていた。
しかし葵は私と同じ訓練機に乗ってるのに、…セシリアに鈴、シャルに勝っている。ラウラには負けているが、それでもごく稀にラウラに勝利することもある。初めて葵と模擬戦をした時の事は、私は今でも忘れない。
「はあ!」
「甘い!」
私の気迫を込めた一撃を、葵は少し後退しただけでかわした。そして私に刀を振り下ろす葵。
その一撃を私はかろうじて防いだ。私は葵の刀を上へ押し上げると、すかさず葵の腹を横薙ぎに斬った。しかし葵は急上昇してそれを回避。上へ飛んでいく葵を追い、私も上昇。葵を追って上昇していたらいきなり葵は急旋回し、急降下しながら私に向かってきた。その速度に私は対応出来ず、上から葵に肩を突かれ私はその衝撃で地面に叩きつけられた。急いで体を起こすと葵は空の上におり、私が起きるのを待っていた。
その姿を見て、私は見下されてると思った。すぐにまた上昇し、葵に向かった。空中で静止している葵に斬りかかる。しかし、
「は!」
と私が斬りかかる前に葵は私の手首を刀で打ち据えた。衝撃で体が泳ぐ私に、葵は刀を振りかざし、そして容赦無く私の頭めがけて振り下ろした。衝撃で下に落下する私を葵は追いかけ…その後私はほとんど葵に対し攻撃を与えることも出来ず敗北した。
「箒がまだISに乗りなれて無いからとしかいいようが無いけど」
模擬戦終了後、葵に何故こうまで歯が立たなかったのか聞いてみたら、そう返された。
「生身の剣の勝負なら箒が私よりも強い。それは私も認める。でもISに乗ったら私が箒を圧倒するのはもう単純な話、箒がISを乗りこなせてないから。まあこれは一夏にも言ったけど、箒はただISを車の操縦みたいに動かして私に襲っているだけ。私はISを手足の延長として、生身と同じ感覚で動かしている。生身での精密な動きを箒はまだISで再現出来て無い。だから私に負ける」
葵の言葉を聞いても、納得できるようで出来ない。私だって自分の今まで体で覚えた剣の腕前を披露してきたのだ。それが全く再現出来て無いなんて。
「まあでも気にする事は無いと思うよ。だって箒はまだ本格的にISに乗り始めて三カ月も経ってないし。私は一年と半年以上ISに乗って激しい特訓してきたんだから。これで箒が私に勝ったら私凄くへこむよ。いや本気で。それに箒の腕前は一組じゃ専用機持ってる一夏達除けば一番上手いよ」
例えセシリア達を除いて一番と言われても、あまり嬉しくはない。私が欲しい実力はそのセシリア達のレベルなのだから。しかし、葵の言う練習の差が大きいのは認めざるをえない。セシリアに鈴、シャルロットにラウラ、葵も私以上に厳しい特訓を受けてたのだろう。ならそれに追いつくためには…
「はい終了~。さすが私超速い~~。終わったよ~~~箒ちゃん!ん、おや?箒ちゃ~~ん!終わったよ~~!」
「え、はっはい!」
どうやら考えこんでる内に姉さんの作業は終了していたらしい。姉さんの言葉を聞いて我に返った私は腕や足を動かしてみる。うん、正常に作動している。
「じゃあ箒ちゃん、試運転開始しよっか。準備はいいかな」
「はい、大丈夫です」
では、この機体、紅椿の性能を試させてもらう。
「凄いな箒の専用機…」
「あの機動性、第三世代の中を探してもそうそうないわね」
箒が束さんに言われた通りに試運転をやっていたが、その性能に俺達はただ驚いた。第三世代と比較しても速い機動性、雲を吹き飛ばしミサイルの群れを切り裂いた紅椿専用武器雨月と空裂。それらを振るう箒の姿はまさに威風堂々といったものだった。セシリア、鈴、シャル、ラウラは喰いつくように箒の専用機、紅椿を見ている。特にラウラが真剣な眼差しで眺めており、おそらくどう戦えばいいかをもうシミュレーションしてるのかもしれない。
「しかし空裂だっけ?さっき箒がミサイルの群れを切り裂いたやつは?あれなんかゲームにあった横一文字や空破斬みたいな技ね」
「ああ、それはわかる。しかし俺は雨月の方がいいなあ。あのエネルギーの弾丸飛ばすやつ。雪片弐型にああいった性能追加して欲しい」
俺と葵は紅椿の武器について語っている。いや俺の白式も零落白夜以外に何か欲しいと思うし。
「何言ってる織斑。貴様が雨月持ってても当てる事が出来ないと意味が無いだろうが」
バッサリと俺の願望を切り捨てる千冬姉。…いやそうかもしれないけどさあ。
「あ~あ、しかしこれで専用機持ってないのは私だけかあ。寂しいなあ」
と葵が溜息交じりに愚痴った瞬間、束さんが口を開いた。
「あ、それは大丈夫だよあーちゃん!ちゃんとあーちゃんの分も持ってきたから」
「ええ!」
束さんの言葉に驚愕の声を上げる葵。え、束さん葵の分も専用機持ってきてるの?
「ふふふ、さあご覧あれ!」
束さんが叫ぶと再び束さんの前に上空から細長いひし形の金属の塊が落ちて来た。それはまたさっきの紅椿同様外装がめくれ、中に一体のISが入っていた。白と黒、二色の色分けがされているその機体を見て、葵は再度驚いている。束さんはそんな葵を見ながら胸をはって機体を紹介した。
「ふっふっふ。どう驚いたあーちゃん!これがあーちゃんがいた出雲技研が作ろうとしていたあーちゃんの専用機、スサノオだよ!」
「スサノオ…」
束さんが持ってきた葵専用機スサノオを、葵は茫然とした感じで眺めている。しかし葵ちょっと驚きすぎじゃないか?そりゃ束さんが葵の分の専用機持ってきた事は俺も驚いたけど、お前さっきから幽霊でも見たかのような驚愕の顔してスサノオを見てるし。
「へ~これが葵の専用機なんだ?…う~訓練機でも負けてるのに専用機とか鬼に金棒じゃない…」
「まあ今まで持ってなかった方がおかしかったんですけど…しかし何で篠ノ之博士が葵さんの専用機を持ってきてるのでしょうか?」
「箒と同様に篠ノ之博士から葵へのプレゼントじゃないかな?」
「しかし先程出雲技研がどうのとか言って無かったか?ふむこの機体も紅椿同様第四世代機なのだろうか?」
「ん?出雲技研…たしかどこかで聞いたような気が…」
鈴、セシリア、シャル、ラウラも葵の専用機スサノオに注目している。箒も葵の専用機が気になりこっちに降りてスサノオを見ている。はて?そういや俺もどっかで聞いたような気がするな出雲技研って…。
「よしそれじゃああーちゃん!フィッテイングとパーソナライズ始めるからこっち来て~」
「え」
束さんに呼び掛けられてようやく葵は我に返った。そして束さんの方を向いて、
「束さん、ど、どうしてこの機体がここに存在してあるのですか…」
震える声で束さんに尋ねた。お、おいどうした葵!何で震えてるんだ?しかもさっきからどんどん顔色が悪くなってるぞ!
「私が頼んで束に作らせたからだ。いや正確には出雲技研の所長はじめ研究員たちが私に懇願してきたからだな。私を通し束に、お前に専用機を、スサノオを頼みますと」
葵の質問に、束さんでなく千冬姉が代わりに答えた。え、出雲技研の人達が?何で?
「出雲所長達が…で、でもたしかこの機体の研究データはあの時全て消えたって…」
「あははは、そこはこの天才の束さんにかかれば全く問題無し。だって私世界中のIS研究所のデータを24時間ハッキングしてたからね。研究データは私のラボの中にあったからそれを忠実に再現したよ。まあ~出雲技研の人達が私に懇願する理由わかるかな。私なら作るのはお茶の子さいさいだけど、今の出雲技研の皆がこの機体をもう一度作り直すとなると…二年位かかるかもしれないしね。そんなに待ってたら日本代表を目指すあーちゃんの足枷になっちゃう」
…常時世界中を監視してるのかよ束さん。てかそれが当たり前の事のように出来るって…。それにしてもどうしてその出雲技研の人達は千冬姉を通して束さんに頼むような事を?いや束さんの言からすると作るとなると二年かかるとか言ってるし…いやそもそも研究データが消滅?何があったんだ?
そしてさっきから驚いてるのが束さんがその出雲技研の人達の要請を受け入れてる事だ。さっきの話し方にしても、出雲技研の人達に対しては束さんは嫌悪感が全く無かった。あの箒や千冬姉、俺と葵以外はどうでもいいと思っていた束さんが。
「そうだ思い出したぞ!」
「うわっ!ちょっと何よ箒いきなり大声出して!びっくりしたじゃない!」
「ああすまない鈴。いやさっきから姉さんや織斑先生が言っていた出雲技研なんだが…一夏は覚えてないか?今年の三月の島根にあるIS研究所が実験の失敗による大火災で多数の負傷者が出た事件を」
「あ!思いだした!そうそうかなり大きなニュースとして流れてたよな。たしか重傷者が39名も出たっていう…ってちょっと待て!葵!お前もしかしてそこにいたのか!」
「…ええ。私がISの訓練をしてたのは今一夏が言ってた出雲技研。そして…その事件が起きた原因は私にある…」
俺の問いに沈痛な表情を浮かべて答える葵。っていや待て。葵のせいで事件が起きた?どういうことだ?あ~くそ!わからないことだらけだ。
「ちょっと葵!一体あんたに何が起きたのよ!」
「もしやお前が登校するのが遅れたってのはその事件が原因なのか?」
鈴と箒が葵に詰め寄っている。その顔は…葵に何が起きていたのかを本当に心配している表情だ。
「えっと。いやそれは」
「もう話した方が良いんじゃないかなあーちゃん」
束さんが葵に微笑しながらそう言ってきた。
「私も同感だ。つらい出来事なのはわかるが……少なくともここにいる連中には話してもいいと私は思う。特に一夏には言った方がいい。こいつは知らなかったら後で絶対後悔する」
俺が後悔する? 葵の方を見ると目を逸らされた。
「なあ葵、以前お前に登校遅れた理由を聞いた時、その時お前はまだ言いたくないと言ってたけど…今も駄目なのか?そして俺も関係あるのなら教えてくれ!頼む!」
千冬姉と俺の言葉を聞いて考え込む葵。セシリアにシャルにラウラも葵をじっと見つめている。葵は束さん、千冬姉、そして箒、セシリア、鈴、シャル、ラウラ、最後に俺をじっと見つめて、は~っとため息をついた
「そうだね。この専用機を前にしてもう事情話さないってのもアレだし…。というかさっきから意味深な発言連発しすぎたし。それに……皆なら話してもいいかな」
そして葵は、今まで話さなかった遅れた理由を語り出した。
「じゃあ長くなるけど順を追って説明するから。以前話したように私は初めての模擬戦で代表候補生を一撃で気絶させた後、政府関係者が協議した結果代表候補生に選ばれた。そして選ばれた後私は島根にある出雲技研というIS研究所に案内され、そこで代表候補生としてISの訓練を受けることとなった。その出雲技研だけど、私以外にも4人IS訓練を受けている同学年と年下の少女達がいたのよ。三人は代表候補生候補という名の通り代表候補生予備軍。訓練次第で候補生になれるかもしれない者達。もう一人が……私が殴り倒した代表候補生。別の施設行けよと心底思ったわね。この四人と私は一緒になってISの訓練を受けてたわけだけど、はっきり言って私と四人の仲は最悪だったわね。欠片も友情なんて芽生えなかった」
思いっきり嫌悪感むき出しの表情で葵はそう言った。
「まあ三人からすれば私はいきなり候補生になったから気に入らなかったんでしょうね。候補生の方は初めてIS乗った私に一撃で気絶させられたからもあるけど、まあこの四人とも完全なる女尊男卑主義者だったってのもあるわね。ようは私が元男だったから今は女でも彼女達の認識としては男。で、今の風潮で男は女からはどんな存在か言わなくてもわかるわよね」
「なんか凄く偏見持った連中だったんだな。心は知らんが葵は体は本当に女なのに…」
「まあ今の社会だとIS乗りは特別な存在だからね。ある種の特権階級的な意識もあったのよ。そんな連中に私は少女漫画みたいないじめを散々受けたわね。無視、ハブ、私物を壊される、ISスーツはハサミで刻まれる、専用ロッカーは私の落書きオンパレード、大勢の前で誹謗中傷等々。そしてそれだけやっても誰も咎めなかったわね。出雲技研にいた女性職員の8割は彼女達の味方だったし。残りの2割は飛び火を恐れて見て見ぬ振り」
「ちょっと葵!その連中の居場所吐きなさい!私が衝撃砲で吹き飛ばしてやるわ!」
「俺も我慢出来ねえな!最低だろその連中!」
「よってたかって一人を嬲るとは…最低の連中だな!」
「僕だったら耐えきれないだろうな、そんな環境…」
「私も本国でライバルから似たような事をされましたわね…、でも葵さんよりは酷くなかったのは確かですわね」
「私も教官が来る前は…」
「まあ怒るのはまだ話を最後まで聞いてからにして。この4人、ここまで私をいじめた理由だけど、さっき言ったのと他にもあるのよ。ま、これは自慢になっちゃうんだけど私は出雲技研に入った初日で候補生候補の三人を模擬戦で下し、それ以降ずっと負け無し。候補生もだけど2ヶ月間位は向こうが専用機もあるし優勢だったけど、半年もすれば私もIS操縦にかなり慣れて打鉄で五分五分、8ヶ月後には私の勝率は相手は専用機、私は打鉄でも完全に100%となった。出雲技研に来て8ヶ月目以降、候補生との戦いで私は最後まで負け無しとなった。これが彼女達のプライドを完膚なきまでに砕いたんでしょうね。ロッカーの落書きとかもうバキの真似?と思ったわ。どんなにいじめても肝心のIS戦で私に負けまくった彼女達を私は完全に見下してたわね。だから彼女達のいじめもその8か月経った以降は虚しい抵抗みたいに思えた」
…なるほど、確かにどんだけやっても越えられない壁か。その四人が悔しく葵を憎む理由はわかったが全く同情はしないけどな。
「それに出雲技研で私に味方が全くいなかったわけじゃないわよ。出雲技研にいた男性職員全員に私はよくしてもらったというか可愛がられた。女になってまだ半年だったからどっちかというと男の方が話かけやすいみたいなものがあったからね。まあ私としては普通に話しかけただけなんだど、そしたら向こうがめちゃくちゃ感激したのよ。酷いのになると『いつもお世話になります』みたいなこと言っただけで感涙した人もいたわね」
「はあ?なんだそりゃ?」
何でその程度で?
「いやさ、さっきの4人の振る舞いとそれが容認されてるのを考えればわかると思うけど、出雲技研において男性の地位は物凄く小さかった。女性職員、そしてさっきの4人に男性職員は奴隷みたいな扱いだったのよ。そんな中元男とはいえ年頃の女の子が笑顔で接してくるだけで向こうは相当嬉しかったみたいで…」
まあ葵は見た目は相当の美少女だしな。性格も良いしそんな女の子が笑顔で接してきたら……あ、なんか納得。
「私もその四人と女性職員からは嫌われてるせいもあって、皆に懐いた。喜ぶと思って暇な時は菓子を作って振る舞ったり、バレンタインの時も手作りチョコ配ったりした。そしたら娘や孫のように扱われ、『是非将来孫の嫁に!』『息子の嫁に!』『俺の嫁になって!』と言われるようになった。そしてその言葉が本気なのか私に遊び相手が欲しいだろうと思ってなのか、両方だろうけど休日は職員さん達の息子や孫を呼び、私と一緒に遊ぶようにしてくれた。彼等と遊ぶのはかなり心の支えになったわね。あそこで男友達がいなかったら私心荒んだだろうなあ」
と言って笑顔を浮かべる葵。
「なあ葵、人間関係はわかったがいつになったら話の核心に触れるんだ?」
「まあまあ焦らない焦らない。この人間関係がこの後重要になるんだから」
「…そうか」
ん?なんかいらつくなあ?何でだろうな?
「ま、私がいた出雲技研はそんな環境下だったわけ。そして今年の1月、IS学園入学が決まると同時に出雲技研が長年開発していた第三世代型ISの運用の目処が立ち、そのパイロットとして私が選ばれた。開発陣は全員男性職員で、私のためになんとかして入学前に完成させようと皆急ピッチで開発を急いだわね。私も専用機を貰えると思うとワクワクし、完成が待ち遠しかった。しかし、翌月の2月、一夏の登場である変化が起きてしまった」
「俺の?まさか葵が前言っていた俺の専用機を作るためコアが無くなったとか言ってたが、それのことか?」
「そう。でもあれは一夏のせいじゃない。一夏が望んだ事じゃないのはわかるし、日本政府としても唯一の男のIS乗りに専用機を与えようと思うのは至極当然の事。ただそれに私の分のコアを使われたのは事実。じゃあ足りないコアをどう補充すればいい?簡単なこと既存の機体から抜き取ればいい。で、それに選ばれた機体ってのが…出雲技研にいた、私が殴り倒して気絶させた代表候補生の機体って訳。私との対戦履歴があまりにも酷いからというのもあったけど、第二世代機でしかも第二形態になったのにワンオフアビリティを発動出来なかったから見切りをつけたのよ。一応代表候補生のままだけど事実上のリストラかなあれは」
「うわ…自業自得とは言えキツイな」
だけど聞く限り同情はしないけどな。
「泣いて彼女は嫌がったけど、国の決定事項だから変更は無し。彼女の専用機の解体は決定されたけど、最後に彼女は条件を出して懇願した。『なら最後にその第三世代型ISをこの機体で勝負させて欲しい!』と。役人さん渋ったけど新型ISの性能を試すにはいいかもと思い、それを受け入れてしまった…」
は~っと溜息をつき思いっきり暗い顔をする葵。なんだ、なんか物凄く嫌な予感がしてきた…
「そんなわけで一時的に訓練機の、私がよく使用していた打鉄を解体しコアを取り出してそれを元に作成。そして今年3月、出雲技研の第三世代型ISスサノオ完成。名前は候補としてアマテラスもあり、女性神だからそっちが良いのでは?という意見もあったけど、やっぱ戦の神の方が縁起が良いとのことでスサノオと任命されたわ」
「そして私がスサノオのフィッテイングとパーソナライズを行ってる時、彼女が現れた。皆驚いたけど、自分が対戦する機体を見に来たんだろうと思い気にしなかった。そして彼女は私の方をじっと見つめ、笑みを浮かべると……ISを展開し、グレネードランチャーを構え私に発射した」
「「「「「「ええ!!!!」」」」」」
「セッティング途中だったけど、その動きを見た私はとっさに近くにいた職員を突き飛ばした。その直後に私に着弾、大爆発が起きたわ。途中だったからエネルギーもまだ十分補給しておらず、その一撃だけで私のエネルギーはほぼ消滅。私がまだ生きてるとわかった彼女は再びグレネードを構え私に撃とうとしたけど、横から銃撃を受けグレネードは破壊された。そちらを向くと職員がIS用アサルトライフルを数人で構え彼女に浴びせていた。そして私を見て『逃げろ!』と叫んだ。そしてその直後彼女は別の武器を取り出しまた発砲。爆発が起き彼等は吹き飛んだ。私は彼らに駆け寄ろうとしたが上手く動かない。調整が済んでないため動きがかなり悪かった。そんな私を彼女は笑い声を上げながら銃を構え、撃った。避けきれるわけもなく直撃をくらい、スサノオの機体は砕け私は血まみれとなり気絶した」
…そんな、ISを使って葵を殺そうとしただと。嫉妬で悔しかったとしてもそれはあまりにも…。
「目が覚めたら私の上に血まみれの所長さんが覆いかぶさっていたわ。意識はなく背中から大量の血を流していた。大声で呼びかけても返事は無かった。そして次に周りをよく見てみたら、燃え盛る研究所で、私の周りに横たわる職員さん達だった。皆血を流しどう見ても重傷だった。意識がある職員さんがうわ言のように『守るんだ…葵を』と言ってたわ。それを聞いて、皆私を守るため戦ってくれたんだとわかった。朦朧とする意識の中、血が噴き出す腹を押さえ立ち上がった私の前に、彼女は現れた。皆の必死の抵抗を受け、武器を全て失い絶対防御のエネルギーを消費してまで機体を動かしているのか、左腕の装甲は無くなっていた。それでも私を殺そうと機体を動かして私の前に立ち塞がった。『あんたが!あんたが悪いんだ!あんたが全て!』と泣き声を上げながら片腕を振り上げ私に襲ってきた。必死になって避けたけど、全身から出血してるせいで意識がなくなりかけ、壁際に追い詰められた。その時死を覚悟し、走馬灯が頭を駆け巡ったけど、その中に打開策があった」
…え、その状況下で?
「チャンスは一回こっきり。壁に追い詰めた彼女は大きく腕を振り上げた。その瞬間私は死力を振り絞って彼女との間合いを詰め、左手を彼女の腹にそえた。そしてその左手の上に私は右手を思いっきり叩いた。そして…彼女は私の攻撃を受け気絶して倒れた。それを見届けた私も気が緩み再び気絶した」
「いやちょっと待ってくれ!なんかもう想像以上の事が起こりすぎてもう何から聞いたらいいのかわからなくなってきたが、とりあえず最後の、どうやって相手を倒したんだよ!」
「だから左手を」
「いやだから何でそんなんで」
「昔、父から鎧を着た武者を素手で倒す方法を習ったからね。絶対防御が発動しなくなったISなら条件は同じかなと思って。というかそれしか方法が無かったのよ。なんせ彼女のIS,全身甲冑装甲タイプ。フルアーマータイプだから。一夏の白式や打鉄見たいに顔面露出とかしてたらそこを殴って倒してるわよ。2年以上前に教えて貰い、その時は合格点貰えたけどあの極限条件下で再び成功するかは賭けだったけど」
「その後だけど私は全治1カ月の重傷。スサノオに守られてたからこの程度で済んだけど、…私を守るために戦い庇った職員さん達は全治3カ月から半年の重傷。死者が出なかったのが本当に奇跡だった。私は全治1ヶ月とはいえ、体調を完全に取り戻すにはさらに2ヶ月かかった。別の施設でリハビリをようやく全て終えた私の前に千、いや織斑先生が現れてIS学園に連れて行ってもらった。そしてあの時のホームルームに繋がるというわけ」
そしては~っと葵は再度溜息をついた。俺は箒や鈴達を見てみた。皆葵の話を聞き茫然となっている。そりゃそうだ、こんな展開予想外すぎる。葵に何があったのか知りたかったがまさかこれほどのことがあったとは。そして葵が真相を話すのを渋ったのがわかる。つまり…
「…俺がISに触れなければ、コアの数は足りてそんな事件は起きなかったんだな」
間接的とはいえ、俺が原因でそんな事件が…。
「それは違う一夏。それがなくても彼女と私との仲を考えると…似たような事は起きたかもしれない。……だからこういう事一夏には言いたくなかったのよ。言ったら一夏は自分を責めると思ったから」
「織斑、青崎の言うとおりだ。結果的にそう思っても仕方ないかもしれんが、あくまで悪いのは暴走した小娘だ。お前は関係ない」
「でも!」
「少しは考えろ馬鹿者!お前がそうやっていじけることが青崎にとって苦痛となってるのかわからんのか!」
千冬姉の言葉で俺はハッとなり、葵の方を見た。その葵の表情を見て…千冬姉の言葉の意味を理解した。
「で、織斑先生。そのバカをやらかした犯罪者はどうなったのですか?」
鈴が底冷えするような声で千冬姉に聞いた。目が物凄く冷たい。いや、箒にセシリア、シャルにラウラも同じ表情を浮かべている。
「さすがにこのようなことは表沙汰にはできんからな。代表候補生が嫉妬で殺人未遂、大量傷害、器物破損建物全壊、罪状を並べたら死刑になる可能性もある。だがこのようなスキャンダルが世間に流せるわけがなかろう。そうなったら日本のIS地位の低下は避けられん。情報操作をし実験の暴走として処理させたが、あの小娘は極秘裏に監禁させた。20年は出れんだろうな」
「死刑にすればいいのよそんな奴!」
俺も同感だ!そんな奴は死んだ方が良い。更生なんて無理だろ絶対!
「一応まだ未成年だからな。多少の温情措置は取ってやった。…若い時をずっとせまい部屋で過ごすんだ。罰としては十分だろ」
青春の全てを独房で過ごすのか。それでも足りない気がするけどな。
「長々と話したけど、これが真相。私が遅れた訳も専用機を持ってなかったものね。
…あ~なんかすっきりした。話したくない内容だったのに、皆に話したら気分がすっきりした。解放された~って気分かな」
「それはお前がずっと抱え込んでたからだろ。辛かったのなら私たちにもわけるとよかったんだ。…私たちは友達だろう。辛いことがあるなら話して軽くすればいい」
「箒の言う通りだぜ。言いづらかったのはわかるが…もう、一人で抱え込むなよ。そんな辛いことがあったとしても、俺達が忘れさせてやるからさ」
俺と箒の言葉を聞き、葵は首を縦に振り、
「ありがとう」
笑みを浮かべながら言った。そしてその瞬間、
「あ、あれ?あれ?」
葵の目から大粒の涙がこぼれていった。張り詰めたものが切れたのか、今まで我慢してたのが溢れたんだろう。涙を零す葵を眺め、気がつくと
俺は葵を抱きしめていた。そして俺の胸に葵の顔を押し付けると、
葵は、
声を出して泣き始めた。
「う、うわああっ!う、うう……」
俺の胸で葵は声をあげて泣いている。話してる時は平静を保ってたが、……やはり辛さを押し殺してたんだな。出雲技研で葵が受けた陰湿ないじめ、葵は平気みたいな言い方していたけどそんなはずがない。俺の想像を絶する悲しみがあったはずなんだ。そしてその悲しみを和らげてくれた出雲技研の男性職員達も、候補生が暴走し葵を守るために傷ついて…。
でも、そんな出来事を俺に話したくなくて…。話したら俺が…。
ああ、くそ!なんだよ俺!
親友が一番辛かった時に何もしてなくて、しかも勝手に消えた事に怒ってばかりで…
葵は最悪の環境下でも負けずに前を向いて、真っ向から立ち向かってたってのに…
そんな葵に俺はのんきに葵と再会出来たことをただ喜んでただけで…
再会後も葵は俺に気を使って真相は誤魔化して胸の内に秘めて…。
俺は、泣いている葵を強く抱きしめた。俺よりもずっと強い葵だが、こうして抱きしめると吃驚するほど儚く感じてしまう。そして俺はある事に気付いた。葵とは出会って10年近くになるが、
声を出して泣いたのをこれが初めて見たと言う事に。
その後葵が泣き止むまで嗚咽の声は続いた。
「ごめん、一夏」
ふきふき
「…いや気にするな。この程度でお前の気が楽になるならいくらでも許す」
「本当にごめん」
顔を真っ赤にしながら葵は、……涙と鼻水で汚れた俺の胸を束さんから貰ったハンカチで拭いている。いやかなりべったりついてたからな。泣き止み葵が顔を上げたら、俺の胸に葵の涙と鼻水がべっとりと付いていた。葵が大慌てで何か拭くもの探したら笑顔で束さんが葵にハンカチを手渡してくれた。
「もう落ち着いたか、青崎」
千冬姉がびっくりする位優しい顔して葵に尋ねた。
「はい、もう大丈夫です」
目は赤いが、しっかりした声で葵は返事した。うん、あの表情ならもう大丈夫かな。いつも様子を取り戻してきている。
「落ち着いたようですわね、ねえ葵さん」
「すまないがオルコット、青崎に聞きたい事は沢山あるだろうが後にしてくれ。青崎、束、時間が押しているためもうスサノオのフィッテイングとパーソナライズを始めてくれ。そして他のメンバーは私に付いてこい」
セシリアの台詞を遮って、千冬姉は束さんと葵にスサノオの調整を急がせた。セッティングを束さんにまかせ、千冬姉は移動し始めた。俺含めセシリア達も葵に聞きたい事がたくさんあったが、千冬姉が有無を言わさない目つきをしたので、渋々みんな移動をした。葵達が見えなくなる距離まで離れた所で千冬姉は立ち止った。
「まあこの辺で良いだろう。…お前達の気持もわかるが、今はそっとしといてやれ。代わりに私がある程度の疑問は聞いてやる」
確かに落ちついたとはいえ、葵の中でも気持ちの整理はまだ終わってないよな。あれだけ大泣きしたんだ、今はあれこれ聞かずそっとしておいたいいか。
「じゃあ織斑先生、質問していいですか」
「なんだ織斑」
「さっきの葵の話なんですが…どうやったら出雲技研の人達、代表候補生の専用機を絶対防御のエネルギーが無くなるまで追い詰める事が出来たんです? 研究所に対IS戦用の武器があったとしても、敵うはずが無いと思うんですけど?」
ISは世界最強の兵器だ。それを武器があると言っても、プロの軍人でも無い研究職員が数十人では普通敵うはずが無い。
「ああ、その事か。それは葵を襲撃した時、あの小娘の専用機のエネルギーは1割も無かったからだ。…葵の話に出て来た、葵の専用機が出来るまで待って欲しいと頼まれた役人が、あの小娘の様子を見て、万が一を思いエネルギーを最低稼働域まで削るよう指示出していた。あの小娘の専用機に対する執着は役人も当然理解していた。自棄になって他国に専用機事逃亡されるのを恐れた役人は、逃亡途中でエネルギー切れにするようにしたんだよ。確実に捕まえられるように。…まさか葵を殺そうとするまでは思ってなかったようだが」
「…逃亡の可能性も考えてたんなら、なんで取りあえず専用機外させて当日返すようにしなかったんだよ」
その方が確実で安心できるじゃないか。
「…織斑。専用機を与えられる。それがどれほどの努力の末与えられる物なのかを考えてみろ。役人もその意味をわかっているからこそ、少しでも一緒に居させてやろうと思ったんだろう」
千冬姉の言葉を聞き、俺は鈴達の方を向いてみる。そこには…何とも言えない複雑な表情をしていた。
「しかし織斑先生、それでも少しとはいえエネルギーがあったんならそこまで追いつめられるとは考えにくいんですが」
「そこは出雲技研の男性職員に聞くしかないな。私も戦闘の様子までは聞いてはいないが…対IS戦装備があったんだ。そこまで絶望的な状況では無い。私でも同じ状況下なら流石に無傷は無理だが…追い詰める事は可能だろう」
…う~ん、確かに千冬姉なら出来そうだ。以前生身でラウラの攻撃をISのブレードで受け止めたからな。
「あの、すみません。次はわたくしの質問よろしいでしょうか」
「いいぞオルコット」
「織斑先生、出雲技研であれほど昔は男として生活されてた事を理由に迫害されましたのに、葵さんの登校初日で何故織斑先生はその事をわたくし達に話そうとしたのですか?まあ葵さん本人が直接わたくし達に話されましたが、葵さんが言わなくてもあの時は織斑先生が話そうとしてましたけど」
ああ、そういえばそうだったな。たしかにあの日千冬姉、もういきなり俺達に葵の事情を話そうとしてたな。
「その事か。いくつか理由があるが…一つは隠してもいずれバレるからだ。青崎は日本代表を目指している。今の世界において、ISの国家代表の存在がどれほど大きいかわからないわけではなかろう。ましてや日本の国家代表だ、世界中が徹底的にどんな存在か調べ上げるぞ。そうなったら日本がどれだけ情報操作してもバレ、その事実を公表されるだろう。そうなったら知らなかった日本の国民の中で、隠していた事等に不満を持つ奴が必ず出てくる。そういう連中がきっかけで青崎を代表から外そうという動きがでるかもしれない。なら最初から公表しておいた方が良い。その上で実力で代表になった事を見せつければそういった連中も文句は言えまい」
「…すみません織斑先生、その理由は聞いてたらもう織斑先生の中では葵は日本代表になるから隠し事はせずさっさと公表した方が後の面倒が無くていいと思っているようにおもえますが。…つまり葵の日本代表はもう決定しているのですか?」
鈴の質問に千冬姉は、
「さあな、それはどうだかな」
と言ってニヤっと笑った。いや千冬姉、口で誤魔化してもその態度でもうバレバレですから。そういや昨日の夜、千冬姉俺に葵が日本代表に確実になるとか言ってたな。
「しかし織斑先生、それはあくまで可能性の問題ですよね。実際の所後でバレたとしても、確かに隠していた事に不満持たれるかもしれませんが事情が事情ですしそれが理由で代表から降ろされるなんて事は無いと思いますよ?僕なんか男と偽ってIS学園に入学しましたけど、…今は隠さず本当の性別を発表してますが代表候補生から降ろされてませんし」
シャルの話を聞いて俺も同感。確かにそうだよな、いずれバレるからといっても事情が事情だし、そこまで不満を持つ奴ばっかりとは思えない。シャルの言葉に千冬姉は若干呆れた顔で言った。
「デュノア、もうお前が女だと正式に世間に公表したから言うが…お前の性別詐称などバレバレだったぞ。学園上層部は全員知っていたし各国のお偉いさん達にも公然の秘密となっていた。ネットのとある掲示板等ではお前が男のはずがない、女に決まってると連日激論され、証拠の写真とか言って色々張り出されてたぞ。中にはお前が中学生の頃の写真も載っていたな、女の子の服装をしたお前が。フランス政府は必死になって毎回火消しに追われてたな」
「ええ!そうだったんですか!」
シャルは知らなかった新事実に驚愕しているが、…あ~なんか納得。そのとある掲示板って頭に2の数字があるあれか?
「まあ元々フランスとしても織斑に近づき情報をある程度収集出来たら良し程度の目的だったからな。今では織斑の友達となっているし、実力的には問題ないからフランスとしてもバラした所で候補生としては外さん。それにデュノア、こう言ってはなんだがお前の場合は国と家の事情で振り回された身だからな。公表してもお前は同情されこそ非難はされなかっただろ。まあ何人かの小娘が『初恋だったのに~』と泣いてたようだが」
…その女生徒達、まあ可哀そうだな。シャルも「そんな子がいたんだ…」と気まずそうにしている。
「織斑先生、しかしいずれバレると言いましてもシャルロットの言う通りそこまで酷い事態になるとも思えないんですけど。それならIS学園にいる間だけでも秘密にした方がよかったんじゃ?あたしもそういう事情があれば、いや例え理由聞かなくても葵のためなら一夏も箒も協力するのに」
あ、今度は鈴が千冬姉に質問か。
「そうかもな。葵の昔を知っている生徒は凰に織斑に篠ノ之の三人だけで、日本政府が本気で詐称すれば学園在籍時だけでもバレないで過ごせたかもしれない。しかし、さっき述べた理由を聞いて青崎は最初っから話した方が気が楽だし、後で真相知って自分から離れる人とかを見たくないという理由でやはり最初から全て話す事を決めたな。それに」
そういって千冬姉は箒、鈴、俺を見て
「周りから何か言われようと、一夏達が一緒にいてくれたら大丈夫だからと笑顔で言ってたぞ」
と笑みを浮かべながら俺達に言った。う、そ、それはなんといか…照れるな。箒に鈴も同様で少し赤くなってる。
「それに今では織斑、篠ノ之、凰以外にもオルコットにデュノアにボーデヴィッヒも事情を知っていても仲良くしてるからな。結果だけみても良かっただろ」
そう言われ俺等は顔を見合って、笑みを浮かべた。ああ、そうだよな。セシリア達も葵の事情聞いても全く嫌悪感なんて抱かなかったし、葵と友達になったし。結果的に見たら問題無かったな。
その後もちょっとした事について千冬姉に俺達が質問していたら、
「ち~ちゃ~ん、終わったよ~!」
と束さんの声が聞こえたので、俺達は束さんと葵がいる場所まで戻って行った。
「箒ちゃん同様あーちゃんのデータはあらかじめいれてあるし、紅椿以上にスサノオは近接格闘特化型に調整してあるよ。まあ私が調整したんだから不具合なんてあるわけないけどね」
と大きな胸を張って自信満々に言う束さん。その言葉通りなのか、さっきから葵は手足を動かしてるが、満足そうな表情をしている。
「はい、束さんの言う通り初めて乗っているのにいつも使っている打鉄以上に馴染んでいます!」
「ふ、ふ、ふ。量産機とは違うのだよ量産機とは。じゃああーちゃん、さっそくだけど飛んでみて」
「はい!」
と返事をした瞬間、スサノオは物凄い勢いで一気に上に飛んで行った。うわ、なんだこの急加速!一瞬にしてはるか上空まで飛んで行った葵を、俺達は驚愕の眼差しで見つめる。
「今の速度、箒の紅椿と同等か?」
「いやラウラ、私よりも早いぞさっきのは」
はるか上空まで飛んでいった葵は、しばらく上空を急加速したり急降下したりして性能を確かめている。その動きたるや、先ほど箒が紅椿を動かしている時も凄かったがそれと比較しても全く見劣りしない。むしろそれ以上に見える。
しばらく上空にいた葵だが、急に凄まじい勢いで地上に降りてきた。地面に激突?と思ったが、葵は寸前でPICを調整し、地面すれすれで浮いている。…俺なら絶対あの速度だと激突してたな。
「凄いです束さん! 想像以上に私が思った通りに動きます!」
興奮した様子で束さんに報告する葵。うわすげえ嬉しそうだな。
「そうでしょうそうでしょう。なんせ作ったの私だし」
「設計は全て出雲技研だろうが。お前はその通りに作っただけだろ」
「ちーちゃん、いやそうだけど私が作ったから不具合無いって事をいいたいんだよ…」
あ、ちょっといじけただした。千冬姉の言う通りだけど、なら出雲技研ってそうとう凄い所だな。葵の為に心血注いで開発して…やっぱ自分達の手で完成できなかったのは無念だったろうなあ。
そして葵は再び上空に飛んでいき、そこで止まると…ん、動きが止まったままになった。何してるんだ?と思ったら、束さんからオープンチャンネルで葵の声が聞えてきた。
「…あの束さん。武器の性能チェックしようと思ったのですが…今見てみましたら何も入っていないんですけど。スサノオの専用武器天叢雲剣や八尺瓊勾玉はおろか、このスサノオの第三世代特殊兵装八咫鏡もないんですけど?」
は?何も無い。どういうことだろうか?いやスサノオという名前から予想してたけど、武器の名前も神話からとってるんだな。
「青崎、一旦降りてこい」
千冬姉が葵を呼び、葵は再び地面に降りて来た。そして千冬姉にまたさっきと同じ質問をした。
「どうして武器が無いんですか?」
「ああ、そのことなんだが…専用の武器と第三世代兵装は束でなく、出雲技研に再び作ってもらうことにしているからだ。これは日本政府の命令でもある」
え?何で機体は束さんに作らせたのに、武器や第三世代兵装は出雲技研に作らせるんだ?
「私も作っとくよ~とちーちゃんに言ったのに止められたんだよね~。なんか私が全部作っちゃうと不味いとかなんとか。なんか設計は確かに出雲技研の皆が作ったけど、私が全部作ったら本当にその性能の全てが出雲技研の設計によるものなのか?と疑われるからとか」
「日本のIS開発技術を他国にも知らしめるために必要な事だからな。特に第三世代は今各国が死に物狂いで開発を急いでいる。それを束が全て作ってしまったら本当に日本の開発陣が作ったのか?と疑われても仕方ないだろう。青崎、不便だとは思うがしばらくは我慢してくれ。出雲技研の者達も後1、2ヶ月後には半数以上の者が完治し、開発に取りかかる。遅くても年末には完成するとは言っていた」
なるほど、確かに束さんが全て作ったらそりゃ疑うよなあ。
「そういうことですか…、ええ、それなら私も完成するまで待ってます!」
と笑顔で答える葵。ま、葵からすれば出雲技研の人達が作ってもらう方が束さんに作って貰うより嬉しいんかもな。あ、束さん少し不機嫌になってる。
「しかし織斑先生、武器無くても戦えますけど領域もったいないですよ。ならせめてブレードの一本でも欲しいですけど」
…武器が無くてもいいとか。葵しか言えない台詞だな。
「心配するな。あそこにおいてある箱を開けてこい」
と言って千冬姉は、俺達が来た時から置いてある横長の箱を指差した。葵はそれに近づき、箱を開けると…中には一振りの剣が入ってあった。ん?まさかこれは。
「天叢雲剣じゃないですか!どうしたんですかこれ?」
葵は興奮した声を上げ、千冬姉に尋ねた。あ、やっぱりなあ。流れからしてそうだと思った。
「あの事件で機体も武器も兵装も壊されたが、その剣だけは奇跡的に無事だった。しばらくはその剣だけだが我慢しろ。青崎からすれば八尺瓊勾玉が無事な方が良かったかもしれないがな」
「とんでもありません!これで百人力です!」
と言って天叢雲剣を構え、素振りをする葵。天叢雲剣、見た目は日本刀の太刀みたいだな。一体どんな性能があるんだ?
「今から見せてあげるわよ。じゃあ束さん、もう一回上に上がりますんで箒の時と同じようにお願いします」
「りょ~かいあーちゃん」
再び上空へ飛んでいく葵。そして頃合いを見計らった束さんが、
「じゃああーちゃん、これでどうかな」
そう言った後束さんはまたミサイルを呼びだして…って多!箒の時の倍はあるぞ!それを一気に葵に標準を合わせて発射した。迫りくるミサイルの群れを、葵は剣を構え、ミサイルに向かって振った。するとその振った軌道に合わせて青いレーザーが帯状に広がって行き、ミサイルを切り裂いて行った。おお、紅椿の空裂と同じだな。しかし
「ふふふ、甘いよあーちゃん」
と言って束さんはパネルを操作しだした。するといくつかのミサイルは葵の一撃をかわしスサノオに近づいて行った。それでも大部分は同様に切り裂いて行ってるが、2発ほどもう激突寸前まで近づいて行った。
「葵!」
思わず叫ぶ俺だが、激突する寸前で葵は後ろ向きのまま一瞬にして後退した。え!あれはまさか
「後ろ向きのまま瞬時加速だと!」
箒が驚愕して葵を見ている。あ、やはりさっきのは瞬時加速なんだな。そうしてミサイルから距離を取った葵は、残りのミサイルもなんなく撃墜させた。
「さすがだねあーちゃん、次はこれかな?」
と言ってまた空中から何かを出す束さん。次に出したのは紅椿やスサノオを格納していたひし形の塊だった。
「じゃああーちゃん!次はこれを斬り裂いて!」
と言って束さんは葵に向かって物凄い勢いでそれを飛ばした。葵も剣を構え、それを迎え斬った。そして…ひし形の塊は見事に二つに割れていた。
「あの一瞬で二つに斬り裂けれるなんて…」
鈴が驚いてるが、それよりも俺は葵が手にしている天叢雲剣に注目した。さっきまでは何ともなかったのに、今では刀身が青く光っている。
「気付いたか織斑。天叢雲剣はレーザーで敵を切り裂くだけでは無い。そのレーザーのエネルギーを刀身にコーティングすることで攻撃力を上げる事ができる。天叢雲剣の全エネルギーを刀身に乗せる事も出来、その時の一撃ならお前の零落白夜には劣るだろうがかなりの威力にはなるだろう。無論全エネルギーを一度にレーザーとして放つ事も出来る。大型レーザー砲並みの威力があるようだがそれは避けられたらお終いだからな、滅多には使わないだろうが」
ありがたい解説ありがとう千冬姉。ってなにそのチート性能。俺の雪片弐型より数段凄いんですけど。
「馬鹿者。それでも一撃の威力ならお前の雪片弐型の零落白夜の方が上だ。葵のはそれと同等の威力はだせんし、それにお前のは一応連続使用可能だろうが」
いやそうはいいましても千冬姉。馬鹿みたいにエネルギーを消費する零落白夜はそんな頻繁に使えないじゃないですが。
「それはお前がなんとかするんだな」
そうですね。
「ま~性能が良いのは当然だよねえ。だってあの剣、ほとんどオートクチュールに分類されるよ。スサノオ以外の機体が使ったらレーザーは出せるけど、刀身にコーティングすることは出来ないしね。あ、紅椿ならできるけどね。ただ今の箒ちゃんじゃあのコーティング技術は無理かな。あれ、簡単そうに見えて物凄く調整が難しいから」
へ~そうなんだ。文字通りスサノオ専用武器なんだなあれ。そして箒、さっきの束さんから無理と言われて悔しいのはわかるが、束さんを睨むのはやめてやれ。
「ふむ、何も問題はないようだな。よし、これで篠ノ之も青崎も専用機の使用に問題が無い事がわかった。なら早速だが誰か、篠ノ之と青崎と戦って貰おうか。そうだな…篠ノ之にはデュノア、お前が戦え」
「はい!」
「そして青崎だが…」
辺りを見回す千冬姉、そして俺の方を向くと、
「織斑、お前が青崎と戦え」
俺を指名した。
おまけ
「ねえねえちーちゃん」
「何だ束」
「あーちゃんのIS学園でさっさと事情バラした件だけど、あれっていっくんがIS学園にいたからしたんだよね。いっくんいなかったらちーちゃんもバラさず秘密にしようと思ってたでしょ」
「まあな、あいつらには言わなかった本当の理由の一つはそれだ。一夏がいるからさっさと話させた。例え経歴を変え名を変えて入学してもだ、葵が一夏達にも黙っておくのは耐えきれないだろうからな。そうなると必然的に一夏達には正体を明かすだろう。まああいつらなら秘密を守るのに快く協力するだろうが……問題はその後だ。一夏の性格からして葵と再会したら喜び、そして前と同じように一緒になってつるむだろう。葵もそれを望んでる。だがな、周りからすれば何で最近登校してきたばかりの葵と一夏があんなに仲が良いのか?と疑問に思われるぞ。あいつらからすれば昔と同様に過ごしていると思ってるが、はたからみれば付き合ってるようにしか見えんからな」
「…だろうねえ。箒ちゃんも同じように接すると思う」
「そうだ。そして箒も昔同様葵と接するだろう。しかしだ、IS学園で人付き合いが悪い箒が周りから見れば初対面の葵に親しげに話してるように見える。違和感を持たれるのは避けられん。あいつもあいつでお前の妹と言う事で周りから注目されてるからな」
「…箒ちゃん、やっぱり友達少ないんだね」
「あいつもお前にだけは言われたくないだろうがな。さらにだ、鈴も演技とかそういうのは向いてない。感情を素直に表す奴だからな。おそらく一夏達とたいして差はないだろう。一夏に、箒、鈴の三人が登校初日からおそらく葵と仲良くしだしたらやっぱりおかしいだろう」
「ふ~ん、そうだよねえ」
「まあ他にもあるがな、真相話させた理由も話しても大丈夫な理由は」